「…メラノーマ?」 不意に声をかけられ、ハッと声の方を向くメラノーマ。 そこには自分のパーティメンバーであるダイアナ、クレール、シェンナが立っていた。 どうやら買い物を終えて帰ってきたらしい。 シャーロウの方をみると、「…だから言ったのに」とか言いたそうにニヤニヤしている。 「珍しいな、メラノーマが私達以外と食事とは……な…?」 ダイアナがうんうんと頷きながらこちらに近付き、シャーロウを見て、ピタリと動きを止めた。 「…や、久しぶり」 ズパッと右手をあげて挨拶するシャーロウ。 即座にスッと顔ごと目を逸らすダイアナ。 「……何の事だ?知らんな、貴様など…」 あさっての方を向いたままダイアナが言い捨てる。 だらだらと汗をかいていなければ誰か納得してくれたかもしれない。 「…これは、切ないねぇ…束の間の安らぎも振り切って、ひたすら真っ直ぐに語り合った仲じゃないか、流れる汗も拭わずにベッドの中で」 ざわ!と、一同がダイアナを見る。 「捏造するな!貴様などと太陽が落ちるまで拳を握り殴り合ったり、似た者同士と笑いあったりした覚えはない!」 珍しくマジ切れして怒鳴るダイアナ。 三人は呆然と見ている。 「…クク、そう怒らないでもいいじゃないか…ダイアナお姉様?」 乱暴にテーブルに手を突き、シャーロウに詰め寄るダイアナ。 「そうか…やっぱりアレは貴様の仕業か…!」 これ以上放置するとヤバそうなので、ここでクレールがカットに入る。 「待て待て、何があったのか知らんが落ち着け、こっちはそこの御仁の名前も知らんのだぞ」 理詰めで言われたダイアナは渋々引っ込む。 代わりにクレールがシャーロウの正面に座る。 「…はじめまして、かな?」 「うむ、私はこの『クレールパーティ』リーダー、クレール・アズナヴールだ…竜騎士をしている」 以後、よろしく頼む。 と律義に軽く頭を下げる。 「…僕はシャーロウ・エクスタ、一応盗賊さ」 「一応?」 「…うん、一応…本業は請負人だから」請負人という単語を聞き、クレールが眉をひそめる。 「請負人?む、聞いた事があるような…」 「…フフ、要はなんでも屋みたいなものさ」 「何でも屋………そうか、思い出したぞ」 合点がいった表情でクレールがポンと手を叩く。 「貴公、確か辺境を中心に活動している義賊ではなかったか?ほとんどタダに等しい依頼料で弱者からの仕事を受けている人格者がいると聞いた事があるぞ」 「「それはない」」 ダイアナとメラノーマが声をハモらせてざっくり否定。 「ち、違うのか!?」 クレールは即座に断言されて狼狽する。 「…や、間違いってワケでもないけどね」 確かに貧乏人から仕事を請け負った事は一度ならずあるし、その時は報酬もほとんど貰わなかった、それは事実だ。 だが、ソレは別に義賊を気取っていた訳ではない。 大半は暇潰しだったり仕事の内容に興味を持ったからである、依頼人の窮状など知った事ではない。 依頼料にしても、どうせ貧乏人から取れる額など大したモノではないからだ。 それに、タダ同然の依頼料を提示した時の依頼人の反応を見るのもシャーロウの楽しみの一つでもある。 たまに泣いて土下座するのもいたりして軽く笑えるし。 「…ま、そのあたりは…ね」 それはともかく、ここでソレを言うのも流石にどうかと思ったので適当に流す。 「そうか…まぁ色々あるのだろう」 クレールも空気を読んだのか、とりあえず追及しない。 「それはともかく、紹介だが…この娘はシェンナ…我らのパーティの食事担当だ、兼任で盗賊もやっている」 「あの、クレールさん…私一応メインが盗賊なんですけど」 自信なさげに小声で抗議するのは自分の力量と相談した結果だろうか。 「シェンナよ、何も恥じる事はないぞ…兵站は前線においては最重要の案件だ。 確かに多少ならず地味なポジションだが、その役目は時にはリーダー以上に評価されるモノなのだぞ?」 「そうじゃなくて…あう…もういいです」 ガックリ肩を落とすシェンナ。 「でも探索力が竜騎士以下の盗賊はどうかと」 ぽつりと呟くメラノーマ。 はぅ!と胸を押さえるシェンナ。 かなり気にしていたらしい。 しかし、気を取り直して懐からなにやらかナイフ状の物を取り出す。 「でも!宝箱の開封とかならクレールさんには負けませんよ!」 「…おや?ソレ…僕がこないだプレゼントした解錠刀かな?嬉しいね、ちゃんと使ってくれてるんだねぇ」 うんうんと頷くシャーロウ。 「いや待て、貴様…シェンナと知り合いなのか?」 後ろにシェンナを庇いつつ、半目でシャーロウを見据えるダイアナ。 「…ん?この街に来てすぐ、くらいかな?」 「シャーロウさん、私が悩んでたら相談に乗ってくれた上に、この解錠道具もプレゼントしてもらったんです」 少し照れながらも嬉しそうに語るシェンナ。 「ほう、それはそれは…やはり人格者なのだな」 「どんな裏があったのだ、ソレは」 「呪われているから押し付けたとか?」 三者三様の反応を示すクレール、ダイアナ、メラノーマ。 「…ま、そこまで高級なモノでもないしね、ちゅー1回で手を打ったよ?」 ぬ、と微かに顔を赤らめるクレール、この手の話題は苦手らしい。 残りの二人は、なんとも呆れた表情だ。 「…ちなみにメラノーマにしたみたいに舌は入れてないから安心していいよ?」 言われた瞬間、ボッとメラノーマが赤面する。 「な、何言ってるのよ!?こんなところで!バカじゃないのかしら!?」 「…おや、ここでなければ言っちゃってもよかったかな?」 子供をあやすように、メラノーマの抗議を受け流す。 「…ちなみにダイアナの時みたいに一緒にお風呂、とかもないから」 今度はダイアナが赤面。 「き、貴様!」 「…ん?ウソは言った覚えはないけど?」 しれっと言うシャーロウ。 ジト目で睨んでくるが、当然のごとくスルー。 「……イマイチ互いの人間関係がつかめんのだが…」 クレールが困惑気味に口を挟む。 「まずはシェンナはこの街に来てからシャーロウと知り合い、多少の相談に乗ってくれた相手…でいいな?」 こくこくと頷き返すシェンナ。 「次にメラノーマはいつからかはわからんが知り合いで、その…とりあえず舌を入れて接吻をする仲…」 「違います」 即答。 「全然違います、私はここでこの痴女に絡まれてただけです」 訂正するメラノーマ。 シャーロウは肯定するでも否定するでもなく。 クク、と含み笑い。 「むう、ならばとりあえずここで知り合った友人か」 「あら、精々『知人』であって、『友人』じゃありませんわ」 笑顔で訂正する。 「……ならば知人だな、後は…」 ダイアナの方を見るクレール。 つい、とダイアナが目を逸らす。 何とも言えない微妙な空気。 「………聞かない方がいいか?」 「いや…そこで気をつかってもらってもな…」 視線でシャーロウに説明を促すダイアナ。 「…ダイアナは僕が依頼を請け負った時に現場にいた責任者…かな?」 シャーロウが言葉を引き継ぐ。 「どんな依頼だったのかしら?」 自分に関係なさそうな話題なためか、興味津津なメラノーマ。 「盗賊団の捕縛でな…そこの黒いのには上司から本拠の探索が依頼されていたそうだ」 「…それで斥候兼案内役として相手の動向を調査しながら同行したのさ」 「へぇー、竜騎士さんの出張る任務に同行かぁ…少し羨ましいですね」 なぜかやたらと感心するシェンナ。 だが、クレールは首を傾げる。 「いや、待て…今の話だとダイアナがシャーロウを嫌う理由がわからんぞ」 「『一緒にお風呂』と『ベッドの中で』の謎も解けてませんわ」 「あと『お姉様』もですよね?」 続けてメラノーマとシェンナも。 「…言って…いいのかな?」 ダイアナに確認する。 クスクスと笑ってしる、明らかに楽しんでいた。 「えぇい!好きにしろ!」 半ばヤケになって叫ぶダイアナ。 「…ん、じゃ言っちゃうけど…その時の依頼の報酬代わりにダイアナをいただこうかな、とかね」 一瞬の沈黙。 「……?いただく、とは?戦力としてか?」 「えぇ!?百合百合ですよね?ロザリオですよね?」 「節操無し」 三者三様の反応を示すクレール、シェンナ、メラノーマ。 「それでこの痴れ者はいきなり私のベッドの中に忍び込んでいたのだ!私が就寝する前に!密かに!」 うわぁ、とかそんな感じのリアクションをとる三人。 「…フフ、俗に言う『夜這い』だね?」 「……いや…当人より先に忍び込んだのでは夜這いではないだろう、常識的に考えて」 真っ当なツッコミをいれるクレール。 「それでそれで!その後どうなったんですか!?」 「可哀想に…ダイアナはそのまま純潔を散らしてしまったのね」 妙に目を輝かせて詰め寄るシェンナと憐憫の表情を浮かべ、哀れみに満ちた目でこちらを見つめるメラノーマ。 「散らされてたまるか!即!気付いて蹴り出したわ!」 語気も荒く言い捨てるダイアナ。 「…で、仕方ないから妥協案として一緒にお風呂で洗いっこしようと持ち掛けたのさ」 「……妥協案という事は、結局二人でお風呂は実現したのか…?」 むぅ、と頬を赤く染めるクレール。 「それでお風呂の中で愛を語り合ったんですか!?」 「そのまま勢いで肉弾戦になだれ込んで、純潔を」 「だから!散らしてたまるかと言っているだろうが!」 そろそろマジ切れ直前のダイアナ。 対してシャーロウは珍しくうんざりした顔。 「…何の因果か、戦術論について二時間強語り合う羽目になったのさ」 「「「……は?」」」 思わず声をハモらせる三人。 なんで戦術論?と目が雄弁に語っていた。 「…や、場を和ませようと共通の話題を探してたら…ね?」 なんとも微妙な表情のシャーロウ。 「意外に見識ある事を語るのだ、こいつは…普段からは絶っ対に想像も出来んがな」 「ほう、それは是非とも聞いてみたいな」 なにやら妙な方向に話が行きかけていた。 「それで、『お姉様』は何なの?」 方向修正するメラノーマ。 今度はダイアナがイヤそうな顔。 「…うん、とりあえずお風呂だけじゃ物足りなかったから口直しに部下の子達をね?」 舌を出し、ぺろりと唇を舐めながら囁くように告げる。 流石のクレールもその意図を察する。 「それは…その、むぅ…そういう事…なのか…?」 「シャーロウさんスゴ〜い」 「色情狂」 各々好き勝手に言ってたりする。 「だが!それはいい!…いや、良くはないんだがこの際置いておく!」 ずずいっと詰め寄るダイアナ。 なんだか目がマジで据わっている。 「貴様、部下にはなんと言ったんだ?」 シャーロウは、ん〜?と目を細める。 「…や、ベッドで言っただけさ…『色恋沙汰に禁忌なんてないよね?』…てね」 「そうかそうか…その無責任な言葉のおかげでな…貴様が去った後、私は延々と『ダイアナお姉様〜』とか言われながら過剰にスキンシップをされる事になったんだぞ!!」 「…いやいや、要はダイアナがそれだけ魅力的だって事さ」 含み笑いをこらえながら指をピッと立てるシャーロウ。 ヒクリと頬を引きつらせるダイアナ。 一触即発の空気に慌てて仲裁に入ろうとするクレール。 …だが、その時…。 「シャ〜ロ〜ウゥ〜」 後ろからシャーロウにしがみつく者が一人。 「…っ!?」 不意の事に、流石のシャーロウも目を丸くする。 いや、だって気配まったく無かったし。 「シャ〜ロウゥ〜、聞いてくれぇ〜、ミューイのヤツがひどいんだ〜」 ソレはヒドく酔っ払ったクロジンデだった。 子泣きジジイよろしく泣きじゃくりながらシャーロウの背中にしがみつく様子は、とてもじゃないが『神殺し』とか恐れられる神官戦士には見えはしない。 「違いますよぉ〜ヒドいのはクロジンデさんですよぉ〜」 今度はミューイがシャーロウの腕にしがみついてくる。 クロジンデと同じく完っ全に酔っ払っている上に、やはりえぐえぐと涙目だ。 「…えぇと、どうしたんだい?二人とも」 シャーロウ尋ねるも、いつものキレがない。 「それがシャーロウよぅ聞いてくれミューイがヒドいんだ私がスイカを食べた後は残った皮を漬物にして食べると美味いと言ったらそんなのヘンだとかセコいとか貧乏性だとか文句言うんだ違うよな私はヘンじゃないよなシャーロウだってやるよな?セコくないよな生活の知恵だよなおいしいよなスイカの皮の漬物おいしいしスイカを最後までおいしく味わって食べたからって貧乏性はないよなそうだよなシャ〜ロォ〜〜ウゥ〜〜」 「違います違います〜ヒドいのはクロジンデさんですよぉ〜クロジンデさんてば私が向日葵の種を揚げてチョコを絡めて食べるとそれはそれは美味しいって言ったらリスじゃあるまいしとかサイズ的にはピッタリだなとか喉に詰まらせるなよとか言うんですよぉ〜ヒドくないですかぁ〜私いくらなんでもそこまで小さくないですしそんなにお子様でもないですよぉ〜それに種チョコはちょっとしたつまみに最適なのにそう思いますよねぇ〜シャ〜ロウさ〜ん」 ステレオ放送で両側から喋くりまわす二人しかもマジ泣きだ。 心底どうでもいい事で言い争ってるようだが、ソレ言ったら更なる言葉の洪水に飲まれそうなんで黙っておく。 「…お三方」 なにやら苦り切った顔で向き直るシャーロウ。 「…悪いけど今日はこれでお開きといこうか」 まー、クレール達もシャーロウが身内の恥をこれ以上晒すのも可哀想なんで素直に頷く。 「そ、そうだな…二人の紹介は次に会った時にでも…な」 「あはは、出来ればアルコール入ってない状態がいいなぁ」 クレールとシェンナの言葉に苦笑で応じておく。 「その、なんだ…貴様も意外と苦労しているのだな…」 「可哀想だから同情してあげてもいいわ」 なんかダイアナとメラノーマからは哀れみを受けてしまった。 もぉどうでもよくなったので、こっちにも笑顔で応じておく。 さいわい、二人とも背中と腕にしがみついた状態なので運搬は楽そうだ、クロジンデも鎧着けてないし。 「…では諸君、次に因果の交わるまで…天下無敵の幸運を」 最後までキザに去っていくシャーロウ。 だが、二人の酔っ払いを難儀そうに抱えて歩き去る姿を見て。 (それが必要なのはどう見てもシャーロウ<お前>の方だ) と異口同音に思った四人であった。 可哀想なんで口には出さなかったが。 |