『シャーロウ前日譚 〜前編〜』 byウェイン姐さん


 暗い森の静寂を破り、二つの音が響く。
 一つは無数の男達の怒号、そしてもう一つは少し先から聞こえてくる嘲るような含み笑い。
「…フフッ君達も飽きないねぇ、そろそろ諦めたらどうだい?」
 露骨な悪意を隠す素振りも見せずに言い放つのは木々の間を縫って走る黒い影。
 しばし間を置いて後ろからざけんなだのぶっ殺すだのといった物騒な言葉が聞こえてくる、心なしか男達の速度も少し上がった気がする。
「…ははっ、そうそうやれば出来るじゃないか…ほら、もう少し頑張れば追いつけるよ?」
 しかし対する黒い影は緊張感を感じさせない声で更に煽っている、声の感じでは男か女かも定かではない。
「…ま、君達にも面子ってものがあるんだろうけど…いや……」
 そこで一旦言葉を切り、影は嗤う。
「…あの子はそんなに人望があったのかな?」
 その瞬間罵声は更にその大きさを増し、剣呑な殺気が吹き付けた。
「……フンッ、君達は他人の命は簡単に奪う分際で…お仲間が殺られると怒るんだねぇ」
 影は僅かに不快さをにじませ一人駆けた。

 依頼は盗賊団に連れ去られた少女の救出だった。
 付近の自警団も返り討ちにされ、騎士団にも傍観される状況で偶然村を訪れた流れの請負人。
 村人達は藁にも縋る思いで救出を依頼した、村中からかき集めた依頼金を前に請負人は快諾してくれた。
 それどころか依頼金の大半を不要として村に返還し、請負人の手元に残った額は相場の一割にも満たない僅かな金額。
 危険だからとついて行こうとした村の若者も置いて請負人は行ってしまった。
 相手は危険な盗賊団、幾つもの町を襲い奪う外道達であり噂では何度か騎士団ともやりあっているという…無事であろうか…。
 村人達には祈る事しか出来ない、連れて行かれた娘とシャーロウ・エクスタと名乗ったあの請負人との無事を…。


 依頼人の事情はどうでもよかった。
 所詮この程度の不幸なぞ世界のどこに行こうと見る事は出来るものであり、むしろ定期的な搾取と虐殺が行われていない分平和な村とさえ言えた。
 そんな村から取れるはした金などどうでもいいし足手まといがついてくるなど冗談にもならない。
 盾や囮として使っても構わないがあの連中は頭に血が上っているしこちらの指示を理解できないだろう、使えない上にどう動くか分からない味方など敵より厄介だ。
 だから一人で侵入した。
 あの村の連中は知らないだろうがこの盗賊団…クルバン盗賊団は多額の賞金がかけられており、それなりに名の知れた連中なのだ。
 …もっとも自分としては賞金などには興味はなく、ただ奴等が集めた財宝が目的であった。
 クルバン盗賊団は遺跡の発掘隊を襲う事もあり、そこに眠っていた秘宝なども頂いているのは一部では有名な話である。
 その宝が目的でこの依頼を受けた、それだけである。
 そんなこちらの事情も知らずに土下座までして感謝していた村の連中、思い出してクスリと笑った。
「…さて…もうすぐ砦だ、準備といこう」
 そう呟いたシャーロウは黒いローブを纏っていた。
 ゆったりとした作りで体の線が見えないが、胸の辺りは女というには膨らみが足りなく、それでいて覗く手足はほっそりとしており男には見えない。
 だがその顔は紛れもなく女、それも誰もが注視してしまいそうな美貌だった。
 否、確かに顔形は整っているが、飛び抜けたものではない。
 ただその気配、雰囲気、まるで獲物を誘う食虫植物の様な妖しい空気を醸し出していた。
「…さて…と…これで、大丈夫だねぇ」
 そう言い終わるとシャーロウは顔をフードで覆い尽くす、その瞬間森からシャーロウの気配が消失した。
 最初からそこには何もなかったかのような空虚な感覚。
 ・――夜色の外套(ヨルイロのマント)、稀少蒐集家(レアコレクター)のシャーロウが持つ不思議なローブである。
 魔王が纏っていたとも伝えられるアイテムであり、このローブを羽織ると気配をほぼゼロにまで押さえる事が出来る。
 建物への潜入するにはもってこいのアイテムであり、シャーロウのお気に入りの一品でもある。
「…先に依頼から片付けるかな?」
 どうでもいいとはいえ依頼は依頼だ、請負人としてここにいる以上財宝より先に娘を押さえる事にする。
「…折角のお姫様だ、かわいい娘だといいねぇ」
 呟きながらシャーロウは正面から堂々と砦に入る、見張りは八人いるが誰もこちらには気付かない。
 そのまま脇を抜け中へと入って行き慣れた様子で次々に部屋を巡る。
 と、シャーロウの足が止まる。
「…おや、先にこっちが見つかったか…」
 そこは略奪した品の保管庫だった、高く積み上げられた物品はざっと見回しただけでも一端の騎士が一生を遊んで暮らしても百人分は賄えそうだった。
「…ま、興味ないけどね」
 どれだけ量があっても結局単なる金銀宝石である、たった一つの珍品奇宝にも及びはしない 少なくともシャーロウにとってはガラクタの山にも等しい。
 あっさりと踵を返し、再び部屋を巡り行く。

 そうしてシャーロウはとある部屋の前に差し掛かり足を止める。
 そこには数人のならず者共がたむろっており、その奥には他より幾分立派な部屋があった。
「…見るからに、怪しいねぇ」
 姿を消し、気配を絶ったところで扉を開ければ流石に気付く。
 だが、アジトの他の部分はあらかた調べ終わった、後はこの部屋を調べればこのアジトに用はない…ならば…。
「…強行突破…かい?」
 誰にともなく呟き、苦笑。
 そのままフードを外し、すたすたとならず者達に歩み寄る。
「あ?なんだァ?」
「どっから入ったんだ?」
「ボスが呼んだんじゃねぇの?」
 好き勝手な事を言いながらシャーロウを取り囲みニヤニヤといやらしく笑う。
 ふらつく足下と赤くなった顔からどうやら酒が入っているようだ。
 対するシャーロウは無言、ただ目を閉じ薄い笑いを浮かべている。
「どうよ、ボスの前にオレらと楽しまねぇ?」
「なぁに、準備運動ってヤツさ」
「準備運動でイッちまっても構いやしねぇぜ?」
 そう言って一人がシャーロウに手を伸ばし、止まる。
 ならず者達から一気に酔いが覚める、シャーロウから発する気配に気付いたのだ。
 周囲を圧倒する静かな気配、敵意ではなく悪意ではなく殺気ですらない。
 ただその気配に圧倒され身を竦めたならず者にシャーロウは優しく問い掛ける。
「…二日ほど前に、付近の村から娘をひとり攫われてるんだけど…」
 そこで言葉を切り、ならず者達を見回す。
「…ここでいいのかな?」
 酷薄な笑みを浮かべて確認する。
 ならず者達は蒼白になり必死に頷く。
 逆らおうなど微塵も思わない、否、思えない、あんな眼を見てそんなこと考えようはずもない。
 この女は自分達が喋る気がないとわかれば即座に自分達を殺す気だ。
 迷いだとか躊躇だとかは一切無い、人は歩く際に足下の雑草を気にしないというがアレはそんなレベルですらなく。
「日々の行動で周囲の空気に気を配る人間はいない」…あの女にとって自分達は塵芥にすら劣る存在なのだ。
 そう思わせる気配があの赤い瞳にはあった。
「…それじゃ、遺跡からの盗難品がこのアジトにあったはずなんだけど…その中にあった発掘品、どこかな?」
 ならず者達は互いに顔を見合わせた…知らない、確かに遺跡の調査隊を襲った事は何度もある。
 だがならず者にとって遺跡からの発掘品など極一部の好事家しか喜ばない代物(ガラクタ)であり、そんなわけのわからないモノより誰にでも売り捌けるお宝の方がよっぽど重要である。
 しかし、その事をこの女に言えばどうなるか知れたものではない。
 どうしたものか目で確認しあいながら様子をみているとシャーロウはひとつ頷く。
「…知らないみたいだねぇ」
 わざとらしく溜め息をつき、苦笑。
 その一挙一動にビクつきつつもならず者は慌てて叫ぶ。
「ままままま待ってくれ!」
「…待ったら思い出すとか言うのかな?」
 シャーロウは目を細めて酷薄に微笑む、その艶のある姿に、この極限状況にも関わらず思わず喉を鳴らすならず者達。
 しかし、次の瞬間に全員同時にばたばたと倒れ伏す、その眉間には寸分違わず投擲用のダガーが打ち込まれていた。
「…ウソは、いけないよねぇ」
 もはや死体など一顧だにぜずにシャーロウは歩を進め、扉の前に立つ。
 扉には重厚な鍵がついているが、シャーロウは意に介する事もなく扉に手を掛ける。
 すると、いかな神技かまるで最初から施錠などされていなかったかのようにあっさりと開いた。
 そして、部屋の中に入ったところでシャーロウの足が止まる。
「…おやおや」
 はたしてそこには依頼された村の娘がいた…否、そこに「あった」
 全裸で横たわる遺骸は左腕の肘から先が無く、右腕は指を全て切り落とされ、両目は無惨にくり抜かれており、腹は十字に切り裂かれた挙句に臓腑は全て取り出され、何の冗談か床に整然と並べられていた。
 しかも逃亡防止のためか両足の腱も抉り取られている。
 それらは生きたまま行われた事なのか、端正な顔は引きつり、その表情は苦痛と絶望にゆがんだまま涙と涎を垂れ流した悲惨な状態だった。
「…素材は良いのに、勿体ないねぇ」
 そんな惨状すらさして気にするでも無くシャーロウは肩をすくめる。
 別に生死など構うものではないが、依頼人たるあの村の連中にはどう言ったものだろうか…。
 と、そこで気付く。
「おっと、動いたらブスリと逝くぜ?」
 後ろから何かを突き付けられていた。
 背後からの声は幼く、あどけないとすら言えそうだった。
 …だがすぐ後ろにいるはずの今なお僅かな気配も感じない、恐ろしい程の手練であった。
「…おや、いきなり後ろからイくだなんて、大胆だね?」
 そう言って身を捩ろうとするシャーロウの背中に何かがグッと押し当てられる…ソレは刀剣の類いではなく、鋼のごとく研ぎ澄まされた手刀であった。
 それでシャーロウは相手の正体を察する、このクルバン盗賊団の頭目であるユーリだ。
 若干17才にして天才的な拳術士として名を馳せるものの、短気で粗暴な性格故に数人の騎士と問題を起こして相手を全員殺害。
 捕縛に来た役人をも皆殺しにして逃亡したはずだった。
 しかも全身鎧の重騎士を素手で解体してのけ、「解体屋」などという物騒な異名を持つ曰く付きの犯罪者だ。
 たしか「Dead Only<死体のみ>」で多額の賞金も出ていたはずだが。
 思案しつつ、気付かれぬように僅かに重心をずらし…。
「動くなっつってるだろォが! オレの腕は鉄でも穿つんだぜ?」
「…おや、動きもしないモノを壊せるのが…そんなに自慢かい?」
 バカにするかの様におどけるシャーロウに対して背後の気配からは笑いの気配。
「ハッ、この状態でこのユーリ様に軽口叩くたァ……噂以上だな請負人よォ」
 賞賛、だがその声は人体を解体出来る事に対する隠しきれない歪んだ嗜虐の愉悦に満ちていた。
「…おや、僕の事…知ってるのかい?」
「知らいでか、ンな珍妙な格好でここまで入り込むウデったら、そうはいねェ」
 そこでユーリは一息つく。
「ンで、アジトの中に妙な気配があるから…こォやって身を隠して待ってたって寸法よ」
 そこまで言われてシャーロウは怪訝な顔をする。
「…はて、気配…かい?おかしいね、気配遮断に不備は無かったはずだけど」
 ならず者の眼前を素通りしても気付かれなかった程なのだ。
 今までに無かった事態に疑問を抱く。
「阿呆か?テメェ、アジトの中にぽっかり気配の空白がありゃ違和感の一つも感じるだろォが」
 言われてみれば単純な事だった。
 むしろ気付いてしまえば、今までこの欠点が露見しなかった事の方が驚きだ。
 どうやら自分は今までよほどの間抜けな連中の場所にしか侵入していなかったらしい、そう自嘲しつつ苦笑。
「…これはうっかりしてたね、次からは気をつけるとしよう」
「テメェ頭脳がマヌケか?次なんざありゃしねェよ」
 手に力がこもり、声に殺気が混じる。
 寸分の隙も見逃さない捕食者のごとき気配、迂闊に動こうものならそのままバッサリ殺られるであろう。
「まずはこのまま背中から開いて…サバキにしてやるよ!」
 殺気が膨れ上がったその瞬間、シャーロウは前方に倒れこむ様にダッシュ!
 そしてその勢いを利用して鋭くフェイントを入れつつ円弧のステップを刻み、距離を取ろうとする。
 だが、相手は「解体屋」ユーリ。
 フェイントに惑わされる事なく、即座にシャーロウに追いつき、貫手を放つ。

 だが、相手は「黒い請負人」シャーロウ。

 回転しつつローブを軽く翻してユーリの貫手に絡み付かせる。
「しゃらくせぇ!」
 そう叫び、一息にローブを貫徹 。
 更に一歩踏み込み…。
 次の瞬間、体に絡んでいたローブが凄まじい勢いでユーリを締め上げる。
「ッ…! ガハッ!」
 その力は半端ではなく、全身の骨が微塵に砕かれかねない程だった。
 夜色の外套(ヨルイロのマント)――シャーロウの持つ気配遮断用のマジックアイテムだが、元は気配もなく冒険者に忍び寄り不意に巻き付き、圧殺するという事件を繰り返した呪われた道具である。
 だが、事件解決を請け負ったシャーロウがその隠密性に着目し、知己の賢者の手を借り無害化し、己の道具として利用していたのだった。
 しかし、ユーリの放った一撃は賢者の細工を破壊し、元の呪いの外套へと引き戻し、その性質のままにユーリに牙を剥いたのである。
「…おや、急にどうしたのかな?大変そうだね?」
 他人事の様に肩を竦めるシャーロウ。
 だが、ユーリはその言動にキレた。
「っ…なっ…めンじゃ……」
 外套に締め上げられながらも衰えぬ…否、それどころか膨張する殺気。

「ねェッ!!」

 強引に腕を振るい、外套を外そうとするユーリ。
 纏わりついていた外套が一瞬撓み、直後に更に収縮。
 右腕が骨ごと粉砕する音が響く。
 無視。
 そのまま残った左手を引き絞りシャーロウに猛進!
 だがシャーロウは抜く手も見せずに右手を振り、何かを投擲…寸部違わず狙うはユーリの首、喉元。
 互いの間合いは手を届かせるに若干足りぬ程度、シャーロウの技倆を以てすれば着弾までは刹那――回避など無理な間合い。
「ぅうらぁあああっ!!」
 だが極限の集中の成せる業か、ユーリは左手を投擲物と首の間に滑り込ませた。
 …だが、その腕から返ってきた手応えは刃物のソレではなく、まるで泥でも塗りたくられたかのような異様な感触。
「……ッ…?…首輪…だァ?」
 呻くようにユーリが呟く。
 そう、ユーリの腕にかかるそれはまさに首輪であった。
 薄い円盤状のソレは銀の装飾が施されており、そこから伸びる細い鎖はシャーロウの手元につながっている。
 意図を計りかねるユーリ。
 否、そもそもどうやってこの首輪は自分の腕にかけられたのか、どう見ても首輪が開閉するようには出来ていない。
「…フフ、よく…防いだね?」
 艶然と笑うシャーロウ。
 その手に握られた鎖を軽く指で弾く。

 するとユーリの左手に引っ張られるような僅かな抵抗、そして灼熱感。
 激痛に顔をしかめたユーリが見下ろすと左の二の腕から先が綺麗に切断されている。
 そして緩く弧を描きシャーロウの手元に戻る首輪。
 しかし首輪には先程とは違いがあった。
 刃、首輪の内側は銀の装飾はそのままに怜悧な刃と化していた。

 カネツチ――とあるイカれた賢者が作り上げた魔術道具である。
 魔術加工を施したミスリルを使った首輪部分は「泥」の性質を持っており、外側からの接触に対しては抵抗なく内側に通してしまい、逆に内側からは強固な枷として逃がさないという極めて特殊な構造である。
 そして、鎖部分は最大20mまで伸長し。
 更に鎖の持ち手の意思に従い、瞬時に首輪部分を切断用の処刑具へと変じさせるのである。
 作り主である賢者はこれを従者達に取り付け、その性質について念入りに説明し。
 いつ気紛れで殺されるかわからない中で奉仕させられる様を見て楽しんでいた生粋のサディストである。
 シャーロウは、この道具に興味を持ち、賢者から仕事を請け負った際に報酬代わりに幾つかを受け取ったのである。
 もっぱら潜入先での尋問に使用するが、今回のように暗器として使う場合もある。
 防御不能な投擲武器という性質とシャーロウの技倆を合わせた結果、極悪な使い勝手となっていた。

 だが右腕を失い、今また左腕を断たれ、それでもユーリは止まらない。
 怒りに歪んだ凶相はもはや人ではなく獣のソレであった。
 正気を半ば失ったユーリは、それでもシャーロウの喉笛を食い千切らんと文字通り牙を剥く。
 しかしその牙がシャーロウに届く前にユーリの頭が跳ね上がる。
 その眉間には、まるで奇術のようにナイフが生えていた。
 抜く手どころか振るう様すら視認できない神速の一撃。
 そのまま大の字に倒れるユーリ。
「…惜しかったねぇ…ま、今度は僕みたいにかわいい女の子に生まれ変わるんだね」
 などと嘯くシャーロウ。
 口調こそ気楽だが、実際にはギリギリだった。
 元々不意打ちだった上に、相手は凄腕の賞金首だ。
 むしろ、今生きている事自体が僥倖である。

「…ま、それはともかく…」
 そう呟きながらシャーロウは娘の遺体に近寄り、手を延ばし…視線を後ろに向ける。
「おいっ! そこで何してやがる!!」
 怒号。
 背後からはならず者達が大挙して扉の前に押し寄せている、先程のユーリの咆哮を聞き付けたらしい。
 すでにある程度は状況を察しているらしく、全員武器を手に殺気立っていた。
 ふとシャーロウは、その中心にいる男に目がいった。
 彫りの深い貴族然とした金髪の偉丈夫、周りのならず者に比べて随分と落ち着いている。
 向こうもこちらの視線に気がついたのか凶暴な笑みを浮かべる、途端に男の周囲に濃密な殺気が立ち上ぼる。
「オレの名はヤブキ、そこで寝てるユーリは…ま、オレのダチなんだがよ…」
 言いながらすらりと剣を抜く。
「ひとつ、聞いとこうか…ここで何してやがる?」
 ヤブキは付近のならず者を手で制しながら問い掛ける。
 尋ねつつも妙な事を口走れば一息で踏み込み、斬って捨てると目が語っているあたり、確かにユーリと気が合いそうである。
 しかし、ヤブキと言えば名の知れた賞金稼ぎ、「Dead or alive<生死は問わず>」以上の賞金首しか相手にせず、標的は必ず殺す人斬りだ。
「…うん、ナニしてたと思う?」
 周囲の様子を伺いつつ逆に聞き返す。
 実のところシャーロウは一対多の戦いに弱い。
 一対一の戦いならば聖騎士が相手だろうが遅れは取らないとの自負があるが、集団が相手では勝手が違う。
 俗に言う数の暴力にはからきしなのだ。
「…何をしていたか…」
 呟きながら目を閉じるシャーロウ。
 あまりに無防備なその様に一瞬動きを止めるヤブキやならず者。
 そして、数秒の沈黙…ゆっくりと目を開くシャーロウ。
「…正解は…!」
 眼前に両手をあげる。
 そこには奇妙な幾何学的紋様が彫り込まれた苦無、数は片手に各四本。
 不意の事に慌てて浮き足立つならず者。
 ヤブキは咄嗟に踏み込もうとするもたじろぐならず者が邪魔で前に進めない。
「クソッ! おい邪魔だ! どけっ!」
 それらを見て、実に満足そうに嗤うシャーロウ。
 次の瞬間、八本の苦無を一気に放つ!
 異様に甲高い風切り音をあげて八本の苦無がならず者達に殺到。
 派手に血飛沫を撒き散らしながら倒れ伏すならず者達。
 苦無の軌道から外れていた者にすらも無数の傷を負って苦悶の声を漏らす者や耳を押さえて顔をしかめる者がいる。

 八迅――とある忍者の一族に伝わる特殊な苦無である。
 緻密な計算の基に彫り込まれた溝が空気を大きく攪拌し、異常なまでの高音を発する。
 また、八本を同時に特定の配置で投げる事により互いに干渉しあい、無数のカマイタチを発生させるのだ。

「…フフ、じゃあね?」
 ひらひらと手を振りつつ窓際にダッシュ。
 同時にナイフを窓に放ち割り脱出口作成。
「野郎っ! ……逃がすかよ!!」
 ヤブキは耳を押さえながらもならず者達を掻き分けて前に出ようとする。
「…やぁ、僕は野郎じゃないしねぇ」
 ニヤニヤと笑い、シャーロウはならず者達の中心に何かを放り込む。
 ソレは一抱え程もある黒い球体であり、上端からは導火線が伸び、尚且つ既に点火済みであり、簡単に言えばソレは爆弾だった。
 突然現れたソレに呆気にとられるならず者を尻目にシャーロウは跳躍。
 ゴトン とソレが床に落ちるのとシャーロウが窓から飛び出したのは同時であった。

 直後、クルバン盗賊団がアジトとして利用していた洋館の一角は轟音と爆炎をあげながら派手に吹き飛んだ。

中編に続く…→