「……もう一度だ」 酒場にやたらと陰気な声が響く、声の主はご存じ『災害存在』ミラルドで 向かいにはカードを弄びながら『黒い請負人』シャーロウが座っている 横にはミューイとクロジンデもいた、ミューイは心配そうに様子を伺い クロジンデは興味なさげに本を読んでいる 「…いいけど、諦めた方がいいんじゃないかな?」 シャーロウは半ば呆れた顔で告げる、事実シャーロウの周囲にはちょっとしたコインの山が五つほど出来ている 「うるさい、ここから取り返す」 ミラルドは限り無く不機嫌に呟く 「…取り返す、ねぇ…一応聞いておくけどさ、キミ…自分がどれだけ負けてるか分かってるかい?」 肩を竦めながらニヤニヤといやらしく嗤うシャーロウ、カードを切りながら聞くその顔は心底楽しそうだ 「…分かってるって言った…」 だがミラルドは取り付く島もない 「も、もうやめた方がいいですよミラルドさん…」 控え目にミューイが止めようとするが、ミラルドに睨まれて黙り込む 「放っておけ、ミューイ」 クロジンデは本から目を離さず言い放つ 「自分がどんな状態かもわからん程に血が上っているんだ、他人の忠告なぞ耳に入るまい」 そう、現在ミラルドの負けは積もりに積もって、もはやクルルミクの国家予算70%にも及んでおり、コインの山はただの飾りと化していた どれだけ負ければここまで負債が膨らむかは当人達にもわからない、これぞ災害クオリティといった按配だ 「そもそも悪知恵比べの騙し合いでそこの腹黒に勝てるはずもなかろう、自らの腹黒さを顔の白さで誤魔化してるような輩だぞ」 クロジンデも言う事に容赦がない 「…おや、そのドス黒いのにカードで挑んだのはキミが最初だったと思うけど?」 「そうだな、我ながらどうかしていたよ…我が身一生の不覚だ」 吐き捨てるように言い放つと手元のカクテルをグイッと飲み干した 「…フフ、拗ねた顔も綺麗だよ?」 「ほざいてろ、胸もないが遠慮もなく、骨の髄までドス黒く腐れ切った悪魔め」 やたらと機嫌の悪いクロジンデ、さもありなん実はミューイとクロジンデもシャーロウにカモられた後なのだ シャーロウは勝ったり負けたりを巧みに繰り返しつついつの間にか有り金を巻き上げていった、次で勝って取り返すと思わせつつむしり取っていくのが恐ろしい程上手いのである それでもクロジンデは持ち金の半分を持っていかれた時点で降り、ミューイもお小遣いのほとんどをさらわれた時点で降参した 唯一ミラルドは意地でも負けを認めず、こうして延々と二人打ちで黒星を重ねていた ちなみにミラルドとしても言い分があり、今までのミラルドはギャンブルをした場合、『国が丸ごと一つ傾くくらいの大勝ち』か『何十代かけても返しきれるかの大負け』のどちらかの結果しかなく、それ故に基本勝ったら『踏み倒されて』負けたら『踏み倒して』という傍迷惑なギャンブル遍歴の持ち主なのだった ……しかし彼女は賭場場ではなく個人同士で行う賭け事ならば『はした金』でもなんでもきちんと約束は守るのが信条でもあった だから勝算は薄くてもこのまま続けて一発逆転を狙うしか手は残っていなかった 「………意地でも勝つ」 そう呟くミラルドの目は静かに燃えていた 「…意地で勝てれば誰も苦労しないね?…はい、あがりだよ」 だが無情にもシャーロウの前には意地も通用しそうになかった 「…ミラルド…もういいんじゃないかな、これ以上は時間の無駄だよ?」 対するミラルドは無言 「…フフ、まあ…返せる額じゃないし一発逆転を狙いたいのはわかるけどねぇ…だってこのままいったらミューイが大変な事に…」 意味ありげにミューイを一瞥する 「え?わ、わたしですか!?」 突然話をふられてあたふたと狼狽するミューイ 「シャーロウッ!」 ミラルドが声を荒げ、シャーロウを睨み付ける そこいらのならず者なら百人いても一目散に逃げ出しそうな勢いだ 「…おっと…これは失言だったねぇ」 だが当のシャーロウは涼しい顔だ 「………ちょっと待て、何故そこでミューイが出る?」 怪訝な顔でクロジンデが問い質す 「……………」 だがミラルドはツイと顔を背けて押し黙る、よく見ると頬を一筋汗が流れている 「黙秘か……ならシャーロウ!」 クロジンデはシャーロウに向き直る、ちなみにシャーロウは丁度通り掛かった新人のウエイターを口説き始めたところだった 「…別に…ただミラルドには賭ける物がもうなさそうだったからね」 そこで言葉を切り、唇をペロリと舐める 「…だからミューイの所有権を一晩くれと言っただけだよ?」 悪びれなくシャーロウは気軽に答える 「えぇ――っ!!そ、そんなこと聞いてませんよ!?」 「…言ってないからね」 シャーロウは腕をぶんぶか振り回すミューイの抗議を軽く流す 「だって!だって!だって第一わたしが賭けの対象なのにそれを教えてもらってないってどーゆー事ですか!」 憤懣やるせないミューイ、シャーロウは溜め息をつきながらミューイの肩に手を乗せわざとらしく首を軽く振る 「…ミューイ、確かにキミは賭けの賞品だ………でもこれは僕とミラルドの問題なんだ」 そこでミューイの瞳を覗き込む 「…だからそれに対してキミに発言権はないし、それならキミに知らせようが知らせまいがどっちでも構わないだろ?」 「あのー、それじゃ私の意向とかは…」 シャーロウは大袈裟に溜め息をつき、いやらしくニヤリと嗤う 「…あっはっは…そんなモノはないねぇ、キミにあるのはミラルドのとばっちりを食うか…僕の玩具になるかの二者択い」 そこまで言ったところでクロジンデからの絶対零度の視線に気付く 「シャーロウ…」 「……はいはい、もちろん冗談さ…」 頭をかきながら手を振るシャーロウ 「まったく…仲間を賭けの対象にするなど戯けた事をする、この賭けはノーカウントだ…ミラルドも異論はないな?」 有無を言わさぬ迫力にミラルド嬢は不承不承頷く 「…あれ?じゃあ今日の僕の勝ち分は全部チャラかい?」 不服そうなシャーロウ、別に勝ちに拘るわけではないが貰える物はいただくのが自分の流儀だ 「いや、そこまでは言わん…そうだな、ミューイを賭けた以降の分はナシだ」 「…なるほど、まぁ…妥当な線だねぇ」 そこでシャーロウは意味あり気に嗤い… 「…さて、ミラルド?」 密かに席を立とうとしていたミラルドに声を掛ける 「…おや、ひょっとして逃げようとしてたかい?」 なんとも意外そうに驚いてみせる 「…そうだよねぇ、あそこからチャラになっても…どのみち返せないよねぇ」 ネチネチといやらしく言うシャーロウ、まるて獲物を前にした肉食動物の様だ 「……わかってる、逃げやしないわよ、金だって払う」 苦虫をまとめて1ダースほど噛み潰したような顔でシャーロウを睨み付ける 「…どうやって?」 シャーロウはくっくっと喉を鳴らして笑いながら問い掛ける 「…ま、僕も鬼じゃない…返せるアテもない相手から取り立てるのは可哀相だし…キミの今回の負け分はチャラにしてあげてもいいよ?」 「……なんだと?」 「よかったですね!ミラルドさん」 唐突なシャーロウも申し出に眉をひそめるクロジンデと素直に喜ぶミューイ、だがミラルドは何かを警戒するように目を細める 「何が…目的?」 そして、低い声で問う 「…あっはっは、別に何もしないさ…僕とキミとの仲だろう? カ ラ ミ テ ィ 」 ――刹那、酒場の空気が凍り付く ――次の瞬間、ミラルドを中心に轟!と空気が震える …だが丸まり、災害存在用耐ショック姿勢を取ったもののいつまで待っても周囲が吹き飛ぶ気配はないので、ミューイは恐る恐る顔を上げた すぐ横で同じく丸まって耐ショック姿勢を取っていたクロジンデ(何故酒場が吹き飛ばないかわからないといった顔)と目が合った そのまま付近を見回してみると、半数が既に逃げ去っており 残り半分は二人と同じく、各々が耐爆姿勢をとっていた 「……おや?存外に我慢強いんだねぇ…」 そんな中、何食わぬ顔でシャーロウは感心する 目の前にはグラスを握り潰しつつ、奥歯も砕けよとばかりに歯を食いしばるミラルド 「アンタね…死にたいのかよ…!」 「…死にたくは、ないねぇ」 押し殺した声は、それだけで人を殺せそうな剣呑なものだが…シャーロウは軽く流す こんな面白いモノが見れるのだ、自分の命などどうでもいい 常にスリルを求めるイカれた精神構造、「危険中毒者<リスクジャンキー>」としての本能がシャーロウを動かしたのであった 「…しかし、よく暴れなかったね?」 「あんなわかりきった挑発に…乗るかよ」 そう言いつつも今だに怒りの表情のミラルド 『憤怒』というタイトルが似合いそうだ、などと場違いな事をシャーロウは思い、苦笑する 「約束通りこれで負けはナシだよな?」 首を横に振ろうものなら即座に首をへし折ってやる、とでも言いたそうな顔でミラルドは問う 「…それは無論さ」 そう言ってシャーロウは大袈裟に腕を広げる 「…よかったねぇ、これでキ」 「彼の者に戒めを!」 突然ミラルドの周囲に無数の赤い鎖が浮かび上がる 「!!…っ!なっ!」 鎖は瞬時にミラルドに絡み付き、動きを封じる ついでに第一感剥奪!とばかりに口を覆いつくす 「うふふ、見ましたか!みなさん?!」 はて、とシャーロウが振り向くとミューイが腕を組んで仁王立ちしていた どうやらミューイが捕縛の魔術を不意打ちで発動させたらしい 「ふっふっふ、どうですか!あたしももう一人前の賢者なんですよ!?ミラルドさんの暴走を食い止めるくらいワケないのです!」 えへん、とばかりに胸を張るミューイ どうやら耐ショック姿勢をとって丸まっていた事は器用に忘却したらしい 「ぅあひうぇほぁひへいわぅわ!」 無い胸反らして威張るな!と言いたいのだろうが、残念ながら口が塞がれているので言葉にならない 「なにか負け惜しみを言ってるよーですが、何を言ってるかさっぱりわかりませんよー」 ちっちっちっと指を振るミューイ、今にも踊り出しそうなほど浮かれている 「う"ゅーいっ!うぁんはぁおうぇおぉあうぁふぁ」 先程までと同等かそれ以上の怒りを浮かべてミラルドがふがふがと猛る 「ふふん、いくらミラルドさんでもソレは破れませんよー、対竜捕縛術式の二重掛けですからねー 普通の人間なら相干渉する呪力界面の反転作用で生命活動自体が凍結されて死んじゃいますけど、ミラルドさんだしだいじょーぶ!」 笑顔でVサイン、実は結構黒いのかもしれない 「さて、それじゃミラルドさんには頭を冷やしてもらいますね」 そう言って、ミューイはミラルドを引きずって酒場から出ていった そして五分程でミューイは帰ってきた 「ただいま帰りましたー」 「?…ミラルドの姿が見えんのだが…?」 クロジンデが問い掛ける 「ミラルドさんは反省の意味も込めて裏の池に漬けて冷やしてます」 「水に漬けて冷やすとはスイカの様だな…ふむ、そういえば最近スイカとはご無沙汰だな…久しぶりに食したいものだが…」 「スイカは塩を一振りすると美味しいですよね」 「む、それは違うぞミューイ!確かに塩を振ったスイカは仄かな甘みと塩がほどよく混ざり合い、夏の風物詩というに相応しい逸品だ、だがやはりスイカという物の素材の味を楽しむためにも何もつけずに食してこそ…」 なにやらスイカについてやたらと熱く語りだすクロジンデ、意外と食いしん坊キャラなのかもしれない というか誰もミラルドの心配をしていないあたり、本人の人徳なのか信頼されているのか… 「…フフ、よく冷えたミラルドを美味しく…というのも乙だね?」 誰にともなく一人ごちるシャーロウ 残念ながらクロジンデもミューイもスイカ談義に花を咲かせて聞いていない 何をするでもなく酒場を見ていると、ふと一つのテーブルが目に止まった そこでは楚々とした一人の少女が優雅に座っていた 酒場でありながら飲んでいるのはオレンジジュースだが、それがその少女にはこの上なく似合っている (…そう、あれは確か…) シャーロウは、このクルルミクに着いた時点であらかたの冒険者については把握していた そして、その情報と外見を照らし合わせた結果 「…マリグラント・メラノーマだったかな」 目を細め、そう呟いたシャーロウは席を立った |