「…やあ、ここ…いいかな?」 そう言って、シャーロウは返事も待たずにテーブルの向かいに座る。 メラノーマは一瞬眉を顰めるもののすぐに微笑みを浮かべる。 「ええ、別に構いませんが…いいんでしょうか?私なんかと一緒で」 少し苦しげに答えるメラノーマ。 儚く、思わず微笑を返したくなるような優しそうな笑み。 シャーロウもにこやかに微笑み返した。 「…ふむ、ありがたいね…ところでキミも冒険者だと思ったんだけど、お仲間はどうしたのかな?」 「ええ、みなさんは買い物に…私は居残りです」 少し残念そうにメラノーマは返す。 「…それは、失礼」 肩をすくめて苦笑するシャーロウ、その動作はどこか道化を思わせる。 「…ならば…退屈しのぎにカードなんてどうだい?」 そう言って手元から奇術師の様にカードを取り出し、そのままカードを繰り、手元に広げる。 「私たち、たった今会ったばかりですけど?」 僅かに首を傾げて少女は問う。 「…ああ、御互いに自己紹介がまだだったね…僕の名前はシャーロウ、シャーロウ・エクスタ…君は?」 話が微妙にかみ合わない状態で自己紹介するシャーロウ。 「メラノーマ…マリグラント・メラノーマです」 自己紹介と共に一礼するメラノーマ。 それを聞き実に嬉しそうな笑顔を浮かべるシャーロウ。 「…うん、知ってるけどね」 「え?」 思わぬ予想外の返事に戸惑うメラノーマ。 「…僕は請負人なんだ、調べ物が得意でね…今、この酒場にいる冒険者の簡単なプロフィールくらいなら知ってるよ?」 にこやかに告げるシャーロウ。 「ええっと、なら私の自己紹介はいらなかったのではないかしら?」 「…うん、ただの嫌がらせだよ?」 何食わぬ顔でいけしゃあしゃあと言い放ち、くっくっと喉を鳴らして嗤うシャーロウ。 僅かな変化…そう、思わず見逃しそうな微妙な変化。 それに気付き、シャーロウはニィッと唇を歪めて愉快そうに嗤った。 「…………まあ、悪趣味な冗談がお好きなんですね」 少し間を開けてメラノーマはなんとかそう返した。 「…うん、まあ人が嫌がる顔を見るのが僕の趣味だからね」 「あらあら、それは…実に高尚な御趣味ですのね」 「…そうだね、よく言われるよ?」 「…やあ、ここ…いいかな?」 いきなりそんな風に声をかけられた時は驚いた。 朝は少し体調が悪かったので買い出しにはついて行かなかったが、しばらく自室で休んでいると少しは体調も良くなり、暇を持て余し酒場に降りて来たのだが…。 ぼんやりとお気に入りのオレンジジュースを飲んでいたら見知らぬ相手に声を掛けられたのだ、しかもこちらの返事も待たずにさっさと対面に座ってしまう身勝手な女だ。 (気分悪いのが…分からないのかしら) 空気読め、と心中で毒付きながらメラノーマは、それでも瞬時に微笑を浮かべて返事を返す。 「ええ、別に構いませんが…いいんでしょうか?私なんかと一緒で」 少し苦しげな顔をしながら答える。 若干演技が入ってるが、事実この女と相対していると少々気分が悪くなる。 病気と疑わんがばかりの白い肌と髪も、それに相反するかのような黒いロングコートも、肩の所で無造作に切り詰めた袖も、何の意匠か分からないが毒々しく逆立てた真紅の襟も、ミニスカートからすらりと伸びた足も、性別を疑いたくなるほど絶壁入った胸元も、両腕に緩く巻き付けた魔術礼装と思われる薄く長い布も、その下の黒い長手袋に覆われた腕も、人を小馬鹿にするかのように歪められた口許も、それを助長するかの様に掛けられた小さな丸眼鏡も、それら全てがメラノーマの神経を逆撫でしていた。 内心の不快感を抑えつつ、女を見ると…にこやかに微笑み返していた。 「…ふむ、ありがたいね…ところでキミも冒険者だと思ったんだけど、お仲間はどうしたのかな?」 何気ない風に女は聞いてきた。 (こっちの事を知らないのかしら………) 否、この女はしっかり承知の上でこういった質問をしているに違いない。 根拠など無い、だが何故かはわからないがメラノーマは断定する。 冷静に考えれば迷宮攻略がなされているこのクルルミクの、しかも迷宮の近くにあり、冒険者の溜まり場となっている酒場に僧侶とおぼしき少女が一人でいるはずもなく。 ならば仲間がいる筈だと推測するのはある意味当然なのだが…。 (……単純に性格が合わないのかしらね…) だからそういう風に悪い方に考えるのだ、と自己分析してみる。 「ええ、みなさんは買い物に…私は居残りです」 そう思いつつも口は半ば反射的に返事を紡ぐ。 愛想笑いをしつつも少し残念そうな顔をするのも忘れない、既に無意識レベルでなされる行為に自らの事ながら呆れてしまう。 (………嫌な相手だろうがお構いなし、か……世渡り上手というか節操なしというか…) 顔にはおくびにもださず、そう自嘲する。 「…それは、失礼」 そう言って女はわざとらしく肩をすくめる。 意識してのものだか無意識だかは知らないが一々仕草が道化の芝居じみている。 と、女はどこから取り出したのかカードを手にしていた。 「…ならば…退屈しのぎにカードなんてどうだい?」 そう問いながらも女は既にカードを繰っている。 そして、あっと言う間にシャッフルを終え、ずらりとテーブルの上に並べる手際は一流の奇術師を思わせる。 ………と、そうではなく…。 「私たち、たった今会ったばかりですけど?」 それが何を呑気にカードなどをやろうとしているのだろうか。 そもそも自分はこの女など知らないし用もない、火急速やかに立ち去る事を望むのみだ。 (というかさっさと帰らないのかしら) そう思っていると女は何かに気がついた様に ん と呟く。 「…ああ、御互いに自己紹介がまだだったね…僕の名前はシャーロウ、シャーロウ・エクスタ…君は?」 聞いちゃいない。 どういった思考パターンならここで自己紹介になるのだろうかとメラノーマは本気で考えた。 さりとて向こうが自己紹介したのだ、周りの目もあるし適当にでも返さなくては…。 「メラノーマ…マリグラント・メラノーマです」 言うと同時に軽く一礼。 少なくとも表面上は完璧な挨拶だ。 礼をしながらも、この迷惑な女、シャーロウをどうやって追い払おうか思案していると向こうは喜々とした笑顔をしていた。 それは、してやったりとでも言いたげな獲物を罠に掛けた狩人の笑みであった。 「…うん、知ってるけどね」 あっけらかんとイイ笑顔で言い放つシャーロウ。 「え?」 思わず聞き返すメラノーマ。 いきなりナニを突拍子もない事を言い出すのだこの女は。 たった今、人に自己紹介させたのは何処のどいつだ。 「…僕は請負人なんだ、調べ物が得意でね…今、この酒場にいる冒険者の簡単なプロフィールくらいなら知ってるよ?」 殺意すら抱きたくなる程ににこやかに告げるシャーロウ。 ふと一瞬そのニヤついた赤い目と目が合う。 (………あ) メラノーマの動きが止まる。 だがそれも一瞬、即座に我に返る。 「ええっと、なら私の自己紹介はいらなかったのではないかしら?」 そのまま思わず問い掛けてしまう。 だがなんとなく答えはわかっていた、そう…それは単に…。 「…うん、ただの嫌がらせだよ?」 悪びれる様子も無くシャーロウは答える。 心底楽しそうに、くっくっとネコのように喉を鳴らす独特の嗤い。 だから確信する。 (……ああ、そういう事か…) ようやく合点がいった、自分が何故ここまでこの女を嫌うか。 (その眼……) 常にこちらの一挙一動を見極めんとする狩人の様なあの眼。 ニヤニヤと嗤いつつも、その実少しも笑ってないあの眼。 こちらの思惑など全てお見通しと言わんがばかりのあの眼。 そう、あれは…。 (私と同じ…) 常に己を偽り、人を騙す欺瞞に満ちた眼。 メラノーマにとって、自己を偽る事において最も重要なのは相手の思考の「解読」だ。 人の動きを見て、場の流れを視て、相手の感情を観る、その上で相手の望む自分を演出する。 それが自分の流儀、今までひたすらに己自身も仲間達も周りの空気も、ただただ全てを偽り続けたマリグラント・メラノーマの流儀。 あの女はそんな自分と同じ眼をしていた…だが、それ自体ではない。 許せないのは、偽りを演じるために自分はこれだけ苦労しているというのに…。 なのになぜあの女はそんな自分を嘲笑うかの様に自由奔放に生きているのか。 自らを偽るでもなく、解読した情報をひたすらに周囲に対する皮肉に用いて、ただ享楽に耽る。 コレを見ているとマジメに偽りを演じるのがバカらしくなってしまう。 無論八つ当たりに近い感情だとは自覚している…だがあの瞳が言っているのだ。 隠すな…と。 「…楽になりなよ、マリグラント・メラノーマ」 と。 謳うように。 嘲るように。 誘うように。 嫐るように。 …そして籠絡しようとするように。 どこまでも無邪気そうな笑顔のシャーロウ。 (そうね…) 相手はバカだ、それも嫌がらせのためなら己の全知全能を賭けてやりたい事をやらかすバカだ。 そんなバカを相手に演技など、そう…。 (それこそバカみたい…) どうせ腹の読み合いならば向こうが上、演技など意味がない、ならば隠そうとするだけ無駄。 「…………まあ、悪趣味な冗談がお好きなんですね」 でもだからといってそんな相手の誘いになんて乗る気はない。 向こうのペースに乗らずこっちはこっちのペースでやるのみ。 あくまで上品な態度を崩さず、されど内面を取り繕いもせず。 それに気付いたのかシャーロウは僅かに笑みを深くする。 「…うん、まあ人が嫌がる顔を見るのが僕の趣味だからね」 悪びれなくシャーロウは笑う。 相手のムカつく顔が見れて大満足、とでも言いたいのかやたらと上機嫌だ。 相変わらず見るだけで腹の立ついやらしい笑み。 現在進行形で気分が悪くなっていく。 だが……。 「あらあら、それは…実に高尚な御趣味ですのね」 …だが、なぜだろう。 不快に思うのであれば、即座に席を立ち、そのままこの場から去ればいいだけの事。 なのに何故自分はこの女との会話を続けようとするのか。 否、それどころかこの言い様のない高揚感。 (楽しんでる…というのかしら) 今まで誰とも共有する事のなかった「自分」を理解してくれる相手が現れたから? 気を使わずにぶっちゃけトークが出来るから? まさか偽らざる心情を吐露したかったから? そんなもの…。 (……冗談じゃない…) あんな女にシンパシーを覚えるなんて…一瞬でもそんな風に考えた、そんな自分が腹立たしい。 そんな共感(モノ)はただの錯覚だし、高揚感は目の前の女を言い負かそうとしているだけ…そうだ、そうに違いない。 「…そうだね、よく言われるよ?」 シャーロウの笑みは、まるでメラノーマが葛藤しているのを見透かしているかの様に、実に「楽しんでる」笑顔だった。 |