四月六日
  ダンジョン生活三十日目。
  #32、タンパーティと擦れ違う。
  #1、暫定アヤカパーティに連れられて地上へと帰還。
  パーティを再編成し、再びリーダーとなる。
  演算魔法を再び改良。以降はこの演算魔法ver1.05を試行。





 アヤカは、出遭ったそのパーティと軽い挨拶を交わして別れる。
 もうあの時の事は忘れてしまったのか。
 それとも他の連中に目が行って気付かなかったのか。
 特に何事も無かったかのように擦れ違って行った。
 十五だけはそれを少し複雑そうな目で見ていたけれど。
 もう少しマシな状態で出遭えてたら、それなりに愉しめたのだろうがね。
 機にそぐわなかったのだから仕方無い。
 こうして、私達は地上へと戻って来られた。
 丸裸で帰還した私の名声は地に落ち、背徳の賢者の名も廃る事だろう。
 
だがそれで良い。それも私の目的なのだから。


 そして。
 当然と云えば当然の帰結だが、一緒に帰還した三人でパーティを組む事になった。

「そういう訳で、スゲーイカス神様の為に異教徒をぶっ飛ばしに行きましょう」

 他にメンバーが居なかったからと云ってしまえばそれまでだが、別に実力はそう悪く無さそうだ。
 ならず者に捕まったと云っても、抵抗を続けて裸すら見せて無いのだし。
 その武装の生きている鎧や血色の鍵など、興味が無いと云えば嘘になる。

「……ふん、よろしくな」

 色々とばつが悪いのか、十五は無愛想にそう挨拶した。
 今朝擦れ違った半獣人の少女との事がそんなに堪えたか。
 別に、どうでもいいけれどな。
大事なのは、使えるかどうかだ。

「何かの縁、と云う処か。別に悪く無いがね……四人目はどうするんだ?」

 辺りを見回しても、他に冒険者は居ない。
 竜騎士達が空いている冒険者を全員かっさらってしまったのだ。

「そうですわね、傭兵でも雇いましょうか」

 アルムはそう云うと、つかつかと酒場の隅っこに居る男に声を掛けた。
 声だけじゃなく、首根っこに手も掛けていた。

「あなた傭兵でしょう? 一緒に来なさい」
「……別にいいけどよ」

 男はビールジョッキを持ったままずりずりと私と十五の前まで連れて来られる。
 二十代前半と云った処か。
 短めに切られた髪、適当に伸ばされてる顎髭、筋肉質の躰。
 服飾関係は渋い茶色で統一されているので、年齢よりもおっさんっぽく見える。
 有り体に云えば地味な容貌で、帯剣してなければとてもじゃないが傭兵に見えない。

「こんなのでもいないよりはマシですわね」
「……まあ、よろしくな」

 傭兵はそう言ってビールを飲み干し、口に付いた泡を腕で拭った。
 これでパーティの再編成は終了。
 アイテムは何も無し。地図も纏めたところ、四階までの地図しか出来ていない。
 大分戻されてしまったな。これでは誰かに先を越されるだろう。
 手段を選ばず、急いでみるべきかも知れない。
 
とは云え、あっさり他の冒険者にやられる程度なら、私の理想からは程遠いのだが。


 食料を含めた、冒険道具一式の準備は既に終わった。
 演算魔法も既に弄り終わった。
 装備の手配は、街に戻ると同時に終えた。
 暇だ。だから、洞窟の入口まで鴉を飛ばしてギルドニュースを拾わせて来た。
 どんな情報も、無いよりは在った方がいい。
 知って不幸になる真実は確かに世の中に多く存在する。
 けれど、現実に働きかけられるのは結局真実に他ならない。
 与えられるのでは無く、何かを与えようと思ったら手札は増やしておくに限る。
 それが私の持論だ。
……別に、心配してる訳じゃあ無い。
 いつも通り独特の文体で書かれているそれは、迷宮内の現状を的確に教えてくれる。
 かつてパーティを組んだ三人が犯され、オナーは性奴隷として売却されたと書いてある。
 何が幸せで、何が不幸か。それはオナー自身が決める事だ。
 冒険者としては終わりでも、彼女の人生はこれから文字通り死ぬまで続く。
 彼女と共に歩んだ道は、なかなか楽で愉しかったけれど。
 同じものを見ながらオナーは人間の善意を信じ、私は人間の悪意を信じた。
 それは、本質的に交わらない道だ。

「尤も、もう二度と会う事なんて無いだろうけれど」

 それはこう云う場所に挑む以上仕方無い事だ。
 明日は我が身、か。
 覚悟はとうに出来ているし、此処で朽ち果てるもまた一興。
 自分の事ですらそんな状況だ。
 他人の身を案じている余裕など、当然無い。
 けれど。

「何だ、ちゃんと脱出してるじゃないか」

 私が感じているこの感情の名前は───安堵だ。全く、下らない。
 本当、下らないよな。
 ……下らない。





 四月七日
  ダンジョン生活三十一日目。
  #46、レーヴィンパーティと遭遇する。
  階段を降りて二階へ行った後、シュートを用いて三階へ。
  Cコインとロブスターワインを手に入れた。
  ならず者を一人焼き殺す。
  他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。





「おい、背徳の賢者」

 地下二階を探索している途中、十五から声を掛けられる。

「どうした、罠でも見つけたか」
ええ、その通りですよ。ただ
「……ただ、どうした」

 十五は床石をこんこんと叩く。
 そして、云った。

「前に言ってたよな。使えば早く進めるんじゃないかって」
「何の話ですの?」

 アルムが訳の解らない、と云った顔で訊ねて来る。
 だが、私には察しが付いていた。

「……先に進まないのかよ?」

 フルフェイスにプレートアーマー。
 昨日とは打って変わって重武装な傭兵がそう云う。
 その言葉に少しだけ考え込み。

「そうだな、先に進むか」

 そう答えた。

分の悪い賭けは、嫌いじゃない

 十五はそう云うと、コンコンと床石をノックした。

「って、何ですの!?」
「うわーったった!」

 瞬間、床は滑り台へと変化し、私達は三階へと落とされる。
 落ちた先にはトゲもプールも何も無く、四人とも外傷は無い。

「む、無茶しますのね」
「全く、進んで罠にかかる冒険者なんか聞いたこともねぇ……」
「無茶かも知れないが、無理では無かっただろう」

 しれっと答えて、先に進む。

結果オーライって奴さ

 私が目指す場所は遠く、深い。
 理由も無く立ち止まっている暇は無かった。



みんな、お宝発見だよ〜

 ごどごそと、四人でおたからを物色する。

「シャノアールさん、これは?」
「Cコインだな。最早見飽きたと云ってもいいぐらい出るが……だからこそギルドにとって貴重な収入源らしいぞ」

 結構グレードの落ちた装備品に身を包んでいるのだが、それでも今の物よりマシな装備は見つからなかった。

「お、何だこれは。酒か? 飲んでいいか?」
「そっちの赤いのはロブスターワインだな。高く売れるから飲んだら駄目だ。白いのはただのワインだし、探索に影響が出ない程度なら飲んで良いぞ」

 と、そこまで云って気付く。

「待て、ロブスターワイン……だと?」
待ても何も、今自分でロブスターワインだと言っただろう

 ロブスターワイン。
 ただ飲む分には極上の美酒だが、揮発させると強力な媚薬の霧を発生させる。
 そして、ワインセラーでも何でも無いこんな場所では、酒は微量だが揮発していく。
 例え固く栓をしてあったとしても、だ。

「何だか暑いですわね……」

 アルムはぱたぱたと、自分を手で扇ぐ。
 顔色は普段より少し上気していた、何が起きているか明らかだった。

「はぁ……はぁ……」

 明らかだけに、見たくない。

「あっふぅ〜ん……」
「……何ですの? 変な声を出して。余り気持ち悪いと殴りますわよ」

 しかし、ずっと目を背けている事は難しいので、仕方無く声の方を見る。
 明らかに傭兵は発情していた。

「はぁはぁ……殴って下さい……」
「……。何だかとてもうざいですわね、こいつ。後は任せましたわ15さん」

 云うなり、アルムは傭兵に容赦無く蹴りを入れた。
 蹴飛ばされる先に居るのは当然十五。

「ちょっ、えええええええ!?」
「ご主人様〜僕をなじって〜」

 狼狽する十五と、それに嬉しそうに縋り付く傭兵。
 全ての薬には、効き易い体質と効き難い体質と云うものがある。
 この傭兵は前者で、私達は後者だったと。そう云う事だろう。

「い、いや、こういうの好みじゃ……って足にしがみつくな!!」
「ご主人様〜、もっとぉ〜」

 二人を置いて、すたすたとアルムと一緒に進む。
 振り返ったら負けだ。

「ええい、誰がご主人様だ! おいお前等! こいつどうにかしろ! さっさと行くな! おい! おいって!」
「よろしくお願いしますね」
「任せた」

 そう。ロブスターワインには持ち主を淫乱にする魔力が在る。
 間違い無くそれは、魔性の力だった。

「ご主人様ぁ〜」
「ぎゃあああああああああああああ!」
「はぁはぁ……御主人様の足、たまらないぃ……」
「だ、誰か……おい、モスード! ウラッド! キモイから嫌だ。全く汚らわしい。ガニー、お前得意だろ! でもこういうの、趣味じゃないしー。ヒビー! キヌス! 誰でもいい! 俺、男だし。諦めてはいけないぞ? チャレンジだ。誰でもいい、代わってくれ! アーッ!」

 無視。

「変態同士、お似合いですわね」
「ああ。ただの冴えない傭兵かと思ったら、人は見かけに依らないな」

 私もアルムも、回復魔法は一通り扱える事は昨日確認した。
 つまり、魔法で正気に戻す事も出来るのだが。

「聞こえたぞてめーら! 後で覚えてろよ!」
「はぁはぁはぁはぁ……15さまぁ〜」
「ぎゃああああああああああああー!!」

 二人とも力尽きてからでいいか。
 正直面白いしね。特に、十五の反応が。
 
生の感情剥き出してるのを冷静に眺めるにはそれが一番だろ? ……だっけか。




 四月八日
  ダンジョン生活三十二日目。
  階段を降りて四階へ。
  テレポーターに引っ掛かり七階へ。フロアの特質で魔力を封じられる。
  モンスターに遭遇する。ならず者を三人叩き殺す。
  他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。





 階段を降りて四階へ。
 地図はこの階層分までしか完成していない。
 五階までは簡単に行けるだろうが、残りの五階の探索にはかなり時間を食いそうだ。
 そう思っていた矢先。

あ、ごっめーん

 十五が罠に引っ掛かった。
 しかも、テレポーターに。
 一瞬にして展開される、転送用の魔法陣。

「我が神よ、私達にその加護を……」

 アルムは諦めたように祈りを捧げる。

「探索、ガッチャマンに任せるのは失敗だったか。罠に掛かるの何度目だよって感じだしな」
悪い悪い。どうもそういう細かい事は性に合わなくてな

 十五は男らしい苦笑いを浮かべながら平謝りする。

「まあ、いいさ。いざとなったらそこの男を犠牲にしてでも戻るまでだ」
「……俺は生きて帰れるのだろうか」

 傭兵が不安そうに呟くと同時に、私達の転送が終了した。

「困ったな。この階か」

 そこは、私にとって一番長居をしたくない階層。
 地下七階、魔封じの迷宮だった。

「わたくしはそもそも回復魔法が苦手ですから使えなくてもさほど困りませんけれど」
「逆に私は、魔法が使えないと殆ど何も出来ない無能だからな」

 やれやれ、と嘆息する。

で、結局ここは何階なんだよ? ああ、筋肉馬鹿の貴方には分からないでしょうが、ここは地下七階魔封じの迷宮ですね。他に魔法の使えない階層はありませんし

 何も知らずに見ると、脳内会議を口に出している危ない奴にしか見えない。
 けれどそんな光景にももう慣れた。
 ティーチも、良くこんな厄介な奴の面倒を見ていたものだ。
 彼女は噂に依ると一番攻略の進んでいるパーティに潜り込んでいるとか何とか。
 随分と先を越されてしまったようだ。

「で、どうするんだよ。戻るのか?」

 不安そうに訊ねてくる傭兵に対し。

「いや、進むぞ。ちゃんとヴァンガードとしての務めを果たせよ」

 私はそう命令した。
 すると丁度良くモンスターが現れる。
 あれはサドナリーマッスルか。

「まあ、やるだけやってみるけどよ……。強そうだなおい」
「我が神の布教を阻む、愚かなる敵に天罰あれ」
こういう分かりやすいのが一番好きだぜ!
「頑張って三十秒耐えろ。そうしたらそいつ、めちゃめちゃ弱くなるから」

 云うと、傭兵は雄叫びを上げて突っ込んで行く。
 不平を云っていた割に、仕事に対して真面目だな。
 そんな事を考えながら、戦う三人を眺めていた。



「いたたたた……。魔法が使えないというのも、案外不便ですわね」
「同感だ。不便を越えて不安だと云える」

 サドナリーマッスルを無事に倒したものの、アルムは結構な傷を負っていた。
 この程度の傷、普段ならさっさと治してしまう処だがそうも行かない。

「こっちは、思ったより怪我しないで済んだぜ」
黙れ非忍

 ちゃんと戦闘後報告をする傭兵に対し、十五は辛く当たる。
 昨日の事を根に持ってるんだろうな。
 
まあ、私にとっては興味の無い人命なんて使い捨て感覚だが。
「そろそろ何処か安全な場所を探して休むか。対して回復は期待出来無いが」
その前に、お客さんのようですよ

 十五から為された警告の意味を直ぐに理解する。
 参ったな、結構大人数だ。
 とは云え、やるだけやってみるしか無い。

「今のわたくしは、気分が優れなくてよ?」

 百六人のならず者達に対し、アルムは血色の鍵を構える。

この階での俺の出番と格好良さはいつもの二倍だ!

 十五は愉しそうに笑い、身構える。

「どちらかと言えば、あんたらとはお友達に……なれそうもねえか」

 傭兵は諦めたように抜剣。

「確か、こう云う時は……」

 憶い出せ。
私は知っているハズだ。
 憶い出せ。
生まれ持った爪と牙を振るう方法を。
 憶い出せ憶い出せ憶い出せ───
───魔法無しで、人を殺す方法を。

「お前等俺を殺す気だろう! だが俺もお前等を殺す気だ!」

 傭兵に飛び掛かった三十二人中、十二人は斬り殺される。
 だが、傭兵の今の体力では残った二十人に叩きのめされるだろう。
 しかしアルムの血色の鍵が閃き、その内九人が斬り殺される。
 残った十一人を、傭兵は体力に任せて蹴散らした。
 アルムに向かっていった十六人は既に今の一振りで一緒に死体となっている。

力で俺に勝てると思ってんのかぁー!

 十五は向かい来る二十八人を、文字通り力技で縊り殺して行く。
 辺りには生々しく醜悪な死体が折られ積み重ねられた。
 そして。
 私は向かってくる三十人の内先頭で突っ込んできた者の足を引っかけ転ばせる。
 そこに全体重を掛けて飛び乗った。頸骨の砕ける音。
 怯まず突っ込んでくる二人のならず者に対し、ザックから果物ナイフを取り出し構える。
 自分から突っ込んで来るので、それは喉へと比較的簡単に突き刺せた。
 私の力では引き抜けるか怪しいので、それを捨てて距離を取る。
 男達がそこに組み付こうと飛び掛かって来ていた。
 都合良く棒きれが落ちていたのでそれを拾い、向かって来る者に思い切りフルスイング。
 棒きれが折れる程の衝撃を頭に与えたので動かなくなった。
 辺りを見回しても、他に武器になるような物は見当たらない。
 後は体力の続く限り避け、躱し、走り回り、逃げるだけ。
 結局ならず者達は私を捕まえられず、散り散りに逃げて行った。

「はぁ……はぁ……本当、魔法が使えないってのは、不安、だよな……」

 すっかり息が上がっている私に対し、アルムと十五は涼しい顔だ。
 傭兵も私程息は上がってないが、なかなかに疲れている様子で。

「それにしてもシャノアールさんって、結構すばしっこく動けるんですのね」
「……必死なだけさ……」

 息を整えながらではそれだけを云うのが精一杯だ。

全く、鍛えが足りないな。貴方のような、肉体労働しか出来ない人と比較されても。なんだと!? まあまあ、そういきり立つな。
「15さんって、常に一人漫才してますのね」
「……そう云う病気らしいぞ」
ちげーよ!」 

 大分呼吸も整って来たし、休める場所を探すとするか。
 正直、こんなのが続くと身が保たないな。
 やれやれ。……全く、厄介な場所だ。
 
もし闇商人が現れたら、きっと。
 私は容赦無く、十五を売り飛ばすだろうな。




 四月九日
  ダンジョン生活三十三日目。
  死霊使いヒネモスと遭遇する。倒した後捕獲。
  城に引き渡す為帰還を開始。
  偶然割れていた地底湖を通り地下三階まで戻る。
  モンスターに遭遇する。ならず者を八人焼き殺す。
  他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。





 通路の奥から魔法の光源の明かりが近付いて来る。
 討伐隊の冒険者か? と思ったが、痩せ細ったローブの男が一人。
 何処かで見た事の在る人相。
 そう、例えば酒場の賞金首リストに掲示されたいたかのような。

「ヒネモス、か」

 また、酷い場所で遭ったものだ。
 取り敢えず、前の三人に任せるしか無い。

「何だか、やばそうなんだけど」
「ただの異教徒ですわ。捕まえて金に替えましょう」
「くく、私を捕らえて小金をせしめようと言う腹か? ならば私もお前達を捕らえて小金をせしめるとしよう」

 ヒネモスが杖を振り上げると、現れるのは二十七体の死霊。
 こいつ、此処で魔法が使えるのか?
 それとも、前もって召喚しておいたのか。

「ふん、あのギルドの者か。地獄で後悔するがいい。殺してしまったら、賞金貰えないと思うのですがね。じゃあ、活かさず殺さずで行こうか。ああ、それがいいな。賛成〜。だから、お前等……」
「くっく、地獄で後悔しろだと? 先日里帰りして来たわ!」

 こうして戦いは始まった。
 ばっさばっさと死霊を斬り倒して行くアルム。
 ゴースト相手に首を刎ねる十五。
 しっかりと前線に立ち、攻撃を防ぐ役目を担う傭兵。
 見てるだけの私。
 ひたすら薙ぎ倒して行き、着実にヒネモスへと迫るアルム。
 ゴーストを真っ二つに引き裂く十五。
 ヒネモスの放つ魔法を果敢に防ぎきる傭兵。
 見てるだけの私。
 遂に死霊を全て消滅させたアルム。
 ヒネモスを殴り倒す十五。
 倒れたヒネモスへと飛び掛かり、取り押さえる傭兵。
 見てるだけの私。

「く、此度はまた短い娑婆であったわ」

 十五はロープで抜け出せないように締め上げると、麻袋の中に放り込んだ。

「さて、どうしますの?」
「一度帰るか。こんな荷物を持ったまま冒険、とは行かないだろう」

 特に異論は無く、私達は引き返す事にした。



 五階。地底湖前。
 誰かが通ったのであろう、湖は丁度良く割れていた。
 だが、またいつ道が閉ざされるか解らない。

「走るぞ」
「ええ、そうですわね」

 私とアルムは走り出す。

「確かに水没はごめんだ」
「おい、これどうするんだよ!」

 走り出す傭兵と、ヒネモスの入った袋を見せ訊ねて来る十五。

「引き擦ってでも持って来い!」
「……引きずってでも、ね」

 十五は云われた通り、ヒネモス袋を引きずって走った。
 途中、湖底の岩などにガンガンとヒネモス袋が当たる。

「痛っ! もうちょっと丁重に扱ってくれぬか」

 くぐもった声が袋の中からする。
 だが、構ってる暇は無い。
 ひたすらに走る。
 後少し、と云う処で突然湖の水が元に戻った。

「ええいっ、忌々しい!」

 アルムは鎧の一部分を脱ぎ捨てると、そのまま岸へと辿り着く。
 私はそれ程重い装備をしてなかったので、そのまま辿り着いた。
 直ぐに自分とアルムに魔法を掛け、服や道具を乾かす。

「げほっ……おい、こいつ捨てていいか!」
「駄目」

 叫ぶ元気があるなら持ったまま辿り着くだろう。
 そう思ってると、傭兵はフルフェイスのまま岸へ辿り着いた。
 何だか死にそうな程疲れ果ててるが、放っておこう。
 少しして、十五はヒネモス袋を持ったまましっかりと辿り着いた。

「お疲れ」
「ぜえっ……ぜえっ……ぜえっ……」

 肩で息をしている十五に、速乾魔法を掛けてやる。
 一応ヒネモス袋にも。……ああ、後傭兵にもだな。

何で、俺が、こんな目に
「お前がテレポーターに引っ掛かったから?」

 因果関係を思い出し、そう答える。

それは俺じゃねえ! うん、私だね。やれやれ、もっと慎重に行って欲しいものですね
「喧嘩なら頭の中でやってくれ」

 私はそう云うと、アルムと傭兵を引き連れて階段の方へと歩いて行った。
 当然、荷物持ちは引き続き十五の係だ。



 何とか私達は三階まで戻って来られた。
 このペースなら、明日には地上へと戻れるだろう。
 回復魔法を唱え、休み、明日へと備える。
 傭兵は裏切る事も無く。
 賞金首は逃げ出す事も無く。
 私は怪我の一つもする事は無く。
 恙なく、平和に時は過ぎて行った。
 探索は、相変わらず四階までしか進んでいないけれど。
 危ない橋を少しばかり渡らされたが、特に何事も無く平和だった。
 そう。
 まるで、嵐の前の静けさのように。
 
元より選んだ道が道だ。平和は尊いと思うが、別に望んでやしない。
 だから。……何なんだろうな、何かが引っ掛かっているのは。



戻る