朱幻あかいまぼろし


 その場所は赤く濡れていた。




 惨状である。
 動くモノのない通路には、屈強な筋肉を纏った屍体がを撒き散らした無残な姿で幾つも転がっている。

 武器ごと額を断ち割られた男。
 獲物を振り上げた姿で胴を断たれた男。
 矢に射貫かれた男と、石弓を構えたまま首を落とされた男。

 致命傷となった一太刀を除けば、その身体に傷は殆んど付いていない。
 その事実一つを取っても、襲撃者の力量が窺い知れる。
 もっとも、この数の用心棒たちを皆殺しにできた時点で、すでに人の技量など踏み越えているのだが。

 無数の骸が転がる通路のその奥、開け放された隠し扉の中に、たった一つだけ様子の違う死体があった。

 外の男たちが僅か一合、せいぜいが数合でその命を絶たれているのに対して、その死体の全身には細く鋭い傷が刻まれている。
 外の用心棒たちが単なる障害物として排除されているのに対して、この死体だけが怒りの儘に切り刻まれていた。
 おそらく、致命傷となったのは胸を貫いた刀傷であろうが、その前に失血死していたかもしれない。
 抉られた左目はぽっかりと眼窩を晒し、それは開け放たれた扉をぽかんと眺めていた。





 狭い部屋の中に一揃いの机と椅子。
 窓のない部屋に、その代わりにと置かれた灯り台。
 部屋中に散らばった大量の書類が、に濡れて赤黒く変色していた。

 重さだけが取り柄の、さほど値の張らない机にもたれ掛かかるようにして倒れている片目の男。
 外の用心棒たちとは対照的な線の細い男である。
 彼らが一様にさまざまな武器を携えていたのに対して、彼らの主人であったこの男は護身用の短剣すら持ってはいなかった。

 全身を真っに染め上げた生気の尽きた身体。
 それが僅かに震え、残された右目をゆっくりと開く。

 微かな息を吐いて、男は声にならない言葉を呟いた。

「……殺し損ねたのか。……それとも、これも復讐の一環か……」

 血臭漂う部屋の中で、まだ生きている男は、白く濁った視界で開け放たれた扉を見つめていた。

「……あるいは、これが、因果というものか……」