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あたしは……なんとなく、あたしを呼ぶ声に意識を向けた。
……誰?あたしの名を呼ぶのは。
(……ようやくこちらに気を向けたか。『時の狭間』に閉じこめられし魔道士よ)
声はあたしの心に直接響いた。
どうやらテレパスの持ち主によるもののようだった。
あたしも心で応対する。
時の狭間?何を、言ってんの?あんたは誰?
……誰でもいいわ、あたしを助けてくれるの?ねぇ、助けてよ、お願い。
(無論御主の救助が我が目的の一つ。ただし一つ条件がある)
条件?何でもいいわ。なんでも飲むわ。
今のこの状況より非道い状況なんてありゃしない。
命を失ったって構やしないわ…むしろそうしてよ、お願い、早く。
(では……)
声と同時に、視界が暗転した。
あたしを嬲っていた男達も、瞬時に視界から消えた。
と言うか、あたしの周りには闇しかない。地面すらない。かといって浮遊感もない。
衣服も破かれる前に戻っているし、全身にまとわりついていた白濁液も消えていた。
股間を襲っていた違和感と痛みも無くなっているし、疲労感も消えている。
「すご……どうなってんの?」
(御主の脳を除く肉体の『時』を、御主の敗北以前にまで戻したまでのこと)
「時を……?まさか、時空魔法の使い手なの?!凄いわ、実在していたなんて」
(そうであるとも言えるし、そうでは無いとも言える)
「回りくどいのねー。ま、いいわ。早く条件とやらを言って頂戴」
(物わかりが良いな)
「時空魔法なんてとんでもないシロモンを操る相手にどんな抵抗したって無駄でしょ。それに受けた借りは良しも悪しもきちんと返すのがあたしの主義なの」
(良き哉。我が提示する条件とは、困難だが明解なこと。ただ一つ、我に協力する事だ)
「まどろっこしいなあ。協力?」
(御主は、何故、あのような目に遭っていたか、記憶しているか?)
「え…と……ちょっと待って、まだ頭がぼんやりしてるの……段々はっきりしてきたわ、今思い出すから」
あたしは……
そう、サプリーム・ソーサレスに参加したのだ。
そして敗北した。
その敗北によるペナルティを受けていたのだ。「あたしに賭けて損をした観客による輪姦」というペナルティー。
……考えてみれば胡散臭い大会だった。
勝者には絶大な富と栄光。
しかし、「最強」の魔道士を決定するはずの大会であるのに、参加資格者は女のみ、そしてその魔力は決して戦闘による死者が出ぬようパワー制御がかけられている。
実態を知らずに参加したあたしが不覚だったと言うしか無い。
「あたしは……どこで負けたんだっけ?結構いいとこまで言った様な記憶があるような無いような…」
(決勝だ。決勝で御主は敗北した)
「決勝?そうか、決勝まで行ったんだ……。悔しい、あと一人だったんじゃんかさ……負ける気なんか全然しなかったのに。え……ちょ、ちょい待ってよ」
あたしはふと気づいた。
どうもおかしい。
「…あたしは、決勝で、誰に負けたの?」
記憶が欠けている。
「……どういうこと、思い出せない」
(御主は決勝で敗北した)
「だから!それはもう判ってんのよ!決勝で『どんな奴に』負けたか、って聞いてんの!」
(御主は決勝で敗北した)
「ちょっと、あんたねえ!……え、何、まさか……」
(そう、『御主は決勝で敗北した。それ以上の事実は、存在しない』)
「事実が、存在…しない?何それ。どういうことよ?」
(言葉のままの意味だ。御主が戦った相手は、存在していない。御主は、決勝に進むべくして進み、負けるべくして負けたのだ。判明し存在しているのはその事実のみ。そして、その直後、『時は止められた』)
「なん…ッ」
(御主は永遠に凌辱される瞬間を繰り返す『時の狭間』に、無限に閉じこめられていたのだ)
「…………!」
朦朧とする頭の、勘違いでは無かった。
過去や未来を感じないのも、勘違いではなかった。
あたしは永遠に『あの瞬間』を繰り返していたのか!
「なんで、どうしてそんなことが……」
(何者かが、非常に不完全な状態にて何らかの時空魔法を使用した。そして、暴走させたのだ)
「!」
(それを解除しない限り、『時』は無限にあの瞬間で静止するのみとなる)
「誰が使ったって言うの?!まさか、あたしが負けた決勝の相手?」
(その可能性もある。が、確定では無い。そこで話を元に戻す事になる)
「……あたしの協力?」
(そうだ。御主はこの大会の決勝まで辿り着いた。その記憶を逆算し、乱れている「時間図」を正確に記録し直すのだ)
「記憶の逆算? 時間図を記録し直す? 何それ、どういうこと?」
(いかに『現在』の時間図が確定されていない状態の不完全なものであろうとも、そこそれに至るはずの過程である『過去』の示す事実はただ一つ。御主がどのような経緯で誰と戦い、誰に勝ち、そして誰に負けたか。その事実を正確に算出し証明させることにより、乱れ不安定な時間軸を矯正し、安定させる事が出来るのだ)
「時間軸の矯正?…あんた一体、何者なの?!」
(我は時空神。時空神グリニウス。時と空間を操る者)
「時空神……」
ババァの…アイギースの書庫で、そんな名前の出てる文献を読んだことがあった気がする。
確か「古代神」、エヌヴォア12神がまだ神として世に君臨していた頃、彼らと対立していた別の神だ。
「時空神…時と空間を操る神様が、なんであたしなんかの助力を必要とするわけ?」
(我が万全の力を用いさえすれば無論、我の力だけで全ては事足りる。が、今の我は万全ではない。時を『過去』に戻しそれを『現在』に反映させる力は持とうとも、『現在』を『未来』に干渉させる力を失っているのだ)
「『現在を未来』に……?」
グリニウス、と名乗ったその声は、さらに話を続ける。
(我には『ヒペリオン』と言う、我が僕にして我が身を分かち創り上げた分身が三体存在する。その各々にそれぞれ過去、現在、そして未来を司らせ、時を支配する力を与え、我がそれらを総括し空間軸を支配することにより全ての時空魔法を行使していた。しかし、千年ほど前、とあるきっかけで我とヒペリオンが分離させらるる事態が発生した。それにより我は一時的に全ての時間操作能力を失ったわけだが、長き年月を経、過去を司りし「カルコ」、現在を司りし「エドヴィン」の二体は回収に成功したものの、残る一体、未来を司りし「フロイントリッヒ」が、我への帰結を拒み、わが支配から完全に離脱した。以降、我は『未来』に干渉する力を失ったままだ)
「フロイントリッヒ……じゃあ、そいつがこの事態を?!」
(否。今の彼奴に可能なのは、「『未来』の計測」という、ただそれのみの力。現在を司りし「エドヴィン」の力を合わせて初めてそれを『現在』に反映することが出来る。此度の事は彼奴の所業ではない)
「じゃあ…一体誰が?」
(我以外の何者かが時空魔法を独力で開発し、そして使用した。その『何者か』を探るために、時間図の矯正と御主の協力が必要なのだ)
「具体的に、あたしは何をどうすればいいの?」
(まずは思い出すのだ。自分がいかなる道程を経てこの大会の決勝の舞台まで進み得たか。それを遡り、大会の進行図を完成させてゆけ。それこそが時間図の矯正に繋がるただ一つの道)
「…でも、あたしには思い出せないわ。少しずつなら…わからないけど」
(少しずつでよい。御主のおぼろげな記憶を頼りに、我は御主の時を過去に遡らせる。実際の体験に触れなおし、もう一度過去を体験してくるのだ。さすればそれがさらなる記憶の片鱗に触れるかもしれん。それによって示され証明された過去の事実は、我が記録して行く。ただしこれはそれ自体が非常に不安定な行為であり、過去を正確になぞらねば再び『時』は無限の往復を繰り返す)
「当たりが出るまで永遠にやり直せ、ッてこと?まどろっこしいなあ……その、さっき言ってた未来を司るヒペリオン…とか言うのに助力は頼めないわけ?」
(不可だ。彼奴は愚かにも人間などに転生した。……全く持って愚かなことだ。全ての未来を観測できる身で、人間の生活なぞできようはずも無いものを。自ら『罪人』の名を冠し、何処かの国で軍師の真似事なぞしておったようだが、それも遥か過去の話。とうに人としての寿命なぞ尽き、消滅しておろう)
「ふーん……」
(それは我が今後永遠に「未来」に干渉する力を失った事を表すが、それ自体はさしたる問題では無い。全ての時が停止している現在の事態に比ぶればな。過去も無く、未来も無い。あるのは永遠の現在のみ。幾度我が時を過去に遡らせようとも、原因が判明しなければ解決策も無い。フロイントリッヒが我が元に戻り、我が万全の力を振るうことかなえばまた少し事情は変わったが、仮定の話しをしても詮方無い事)
グリニウス、と名乗る声の調子が、少しだけ変わった。
(……だが、彼奴はたった一つ、今の事態を好転させる希望を残してくれた。それが御主だ)
「あたしが?」
(そう、御主だ。かの「フロイントリッヒ」、未来を司るヒペリオンが人間と化してから残したただ一つの血脈、その血脈の持ち主が今ここに現れたことにこそ、我は希望を抱いているのだ、『マギ・ジャヴァロック・プリズナー』!!)
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