暗殺者と獣姫2





追っ手は撒いた。

何故か連れてきた…この少女。今更ながら、どうしたものか。

連れてきておいて捨てるのもな。

奴隷商人にでも売るか?そこそこの金にはなるだろう。

「うがぁ…。」

少女が呻き声を上げる。全身傷だらけだ。

あのサディスト貴族に、たっぷりと可愛がられていたようだ。

悪いな、貴族を殺しちまって。自分の手で復讐したかっただろうに。

「ふぅ~。」

大きく溜息をついて、俺は歩き出した。

少女の事は後で考えよう。今はゆっくりと休みたい。

暗殺者には色々のタイプがいる。

人を殺す事に快感を得る奴。金の為にやっている奴。

組織に飼われ、己の命すら何とも思わない人形みたいな奴。

他人の死で自分が生きていることを実感する奴。

復讐の為になった奴。死に場所を求めている奴。

最低なのが、ただなんとなく暗殺者をやっている奴。

俺の事だ。





「おかえり、クロウ。」

根城…俺が住み着いている小さい宿屋。

スラム街の無法地帯にあり、泊り客全員が犯罪者だ。

俺に声をかけたのは、宿屋の主人である【ハムケル】。

高齢であるのに関わらず、身体の動きに無駄がなく、眼光も異様に鋭い。

一般人ならハムケルに睨まれただけで、腰を抜かして動けなくなるだろう。

「明け方近いのに、まだ起きていたのか。」

「年寄りは寝るのも起きるのも早いのさ。」

ハムケルは俺を一瞥した後、俺の担いでいる袋に視線を集中させる。

「それは何だ?」

「何だと思う?」

なんのことはない。袋の中には少女が入っている。

スラム街に着くまで街の中も歩く。

そこで裸の少女を担いでいれば、警備兵を呼ばれるに決まっている。

逃げている途中で見つけた、汚い麻袋に少女を詰めこんだ。

ただ、それだけだ。

「があぅ…だ…せ…。」

間の悪いことに少女が起きたようだ。

ハムケルは目を細める。

「クロウ…暗殺以外に誘拐も始めたのか?」

「まさか。」

誘拐なんて面倒臭いことはしない。最近は暗殺ですら面倒だと思うのに。

「落ちてから拾ったのさ。」

「そうかい。」

ハムケルはカウンターに置いてあった本を取り、椅子に座って読みはじめる。

どうやら興味を失ったらしい。

俺は部屋の鍵を外して中に入る。扉を閉める前に、ハムケルの声が聞こえた。

「声から察して子供か。クロウが幼女趣味とはな。」

な、なんだと!

「そんなわけあるか!」

俺は叫んで、乱暴に扉を閉めた。





少女を袋から出してベッドの上に転がす。

「がうるるるぅ。」

獣の目。そうとしか言い様のない目で少女は俺を睨む。

何をどうやったら少女が、こんな目が出来るようになるのか。

ふと考えた瞬間。

「があっ!」

少女が飛びかかってきた。

手刀!?俺の目と首を狙っている。手首を掴んで止めたが、ぞっとした。

爪は鋭く、まるで獣の爪。易々と人を切れそうだ。

「ぐっ!?」

少女は掴まれた両手を軸に、飛びかかった勢いを殺さず、強烈な蹴りを俺の腹に撃ちこんだ。

たまらず倒れこむ。だが、少女の両手は離さない。

「こ、こいつ!」

「うがぁぁっ!ニンゲン、殺す!」

憎悪のこもった声で、少女とは思えない殺気を放つ。

油断した。あの身体で、ここまで動けるとは。

「うるさいぞ。もっと静かに楽しめ。」

ハムケルの声が聞こえた。

楽しめるか!状況を察しろ!

馬乗り状態になった少女は手に力をこめる。

上から体重をかけて、俺を手刀で刺し殺す気だ。

並の奴なら、このまま殺されていただろう。

「ちっ!」

舌打ちして俺は少女の両手首を強く掴る。

「がぐぅ!?」

本気を出せば、片手でレンガくらい砕ける。

痛みに耐え切れず、少女は俺から逃れようともがいた。

両手を離すと逃げる暇も与えずに、少女の首を掴んで立ち上がる。

軽いな。少女を高く持ち上げた。

「あがっ!…ぅあ!…くぁ!」

俺の握力と少女自身の体重で、気道が圧迫されて息が出来なくなる。

足をばたつかせるが、地面に届くはずもない。

手は麻痺して、しばらく使えないだろう。

このままなら1~2分で窒息死だ。

もっとも殺すつもりはない。そのままベッドに叩きつけた。

「きゃうん!」

少女は痙攣した後、動かなくなった。

やりすぎたか?

息はしている。心音も正常だ。首は俺の手の痕が残っているものの何ともない。

どうやら気絶しているだけのようだ。頑丈な…。

俺は少女を残して部屋を出た。





カウンターでハムケルが、まだ本を読んでいた。

さっきまでの騒ぎを、ちっとも気にしてない。

当然か。この宿屋では日常茶飯事だ。

犯罪者しか居ないからな。殺人ですら、平気で起こる。

宿屋に限ったことじゃない。この辺り…スラム街の無法地帯も同じだ。

弱肉強食。力のない者は力のある者に食われる。

ここでは当たり前なのだ。

休みたかったが、気分が落ちつかない。

何故だ?少女を痛めつけたからか?あれは自業自得だろう?

今まで何人も殺してきた俺が、いちいちそんな事を気にしてたまるか。

「ふぅ~。」

溜息をつく。考えてもしょうがない。

貴族を殺した報酬を受け取りに行くか。

宿屋を出ると、後ろからハムケルの声が聞こえた。

「いってらっしゃい、ロリコン。」

「ロリコンじゃねぇっ!」

俺の叫びが空しく辺りに響いた。





続く?