「…という訳で、もう盗賊団の心配はいらないよ?」 盗賊団壊滅…その知らせを聞き、一同は喜ぶ前に唖然とした。 請負人に依頼をしてからまだ半日も経っていない。 だが、その半日であの盗賊団を瓦解させたというのか。 「…おや、ひょっとして…疑ってるのかな?」 目を細めて薄く笑うシャーロウ。 冗談めいた口調だが目は笑っていない。 「い、いやとんでもない!」 ウージェ――村の長であり、さらわれた娘の父親でもある依頼人の禿頭の大男――が首を振り、必死で否定。 正直半信半疑だが、事実だったら機嫌を損ねてはマズいといった感じだ。 「…フフ、心外だなぁ………とは言え、ただ信じろ…と言うのもアレだしね」 そういって懐から何かを取り出すシャーロウ。 はたしてそれは一房の髪と、それを縛る髪留めであった。 「これは…メイルーの…!!」 髪留めを受け取り、驚愕の表情で目を見開くウージェ。 それは確かに娘が大事にしていた髪留めだった。 「…うん、まぁ…遺品になるのかな」 「………っ!」 その場で泣き崩れるウージェ。 集まった村人も悲痛なその姿に押し黙る。 「…遺体までは間に合わなかったから…せめて、ね」 「いえ……これで…充分です……娘もきっと…安らかに逝けるでしょう」 涙ながらに語るウージェ。 その手に小振りな袋を渡すシャーロウ。 「……これは?」 「…依頼の前金だよ?」 あっけらかんと言い放つ。 「…依頼は娘さんの救出だからね……果たせなかった時は報酬は受け取らない事にしてるんだ」 「…そんな! ですが!」 盗賊団の脅威を取り去った上に娘の遺髪まで届けてもらった。 この上報酬までいらないと言うのだろうか。 必死の抗議にシャーロウはしばし考え髪留めを指差す。 「…なら、コレをもらってもいいかな?」 ウージェは手にした遺品に目を落とし黙考。 やがて、諦めたかのように嘆息。 「……わかりました、娘もあなたに受け取ってもらえれば満足だと思います」 遺髪から髪留めを外すと静かに差し出す。 「…ん、確かに」 受け取り、表面を軽く撫でる。 そのまますたすたとその場を去るシャーロウ。 「…じゃ、君達に幸運があらん事を」 手をひらひらと振りながら去るシャーロウ。 それを見送るウージェ以下村人全員。 シャーロウの姿が見えなくなるまで頭を深々と下げたままであった。 「お疲れ様でした、お姉様」 村から出てきたシャーロウを満面の笑みで迎えるリズ。 早速駆け寄り腕に抱き付く。 「…ん」 受け止め、空いた手で頭を撫でる。 気持ち良さげに目を細めるリズ。 「でもお姉様、何故あの髪留めを?」 「…フフ、これはね」 髪留めに手を翳し、何かを囁く。 すると髪留めにあしらわれた無色の小さな宝石が緑色に淡く輝く。 「あ…きれい…」 思わず見とれてしまうリズ。 「…クク、これはこれは…」 皮肉っぽく嗤うシャーロウ。 「これは…宝具の一種ですの?」 不思議そうに宝石に見入るリズ。 だが、その目はすでに魔術師としてのソレであった。 「…そう、これは『オルタフの涙』というアルティス王朝時代の宝具さ」 オルタフの涙――意思伝達用の宝具である。 歴史学者や魔導学において、魔法文明の一つの到達点とも言われるアルティス王朝。 数百年前に栄えたその都で一般的に使われていたといわれている発掘宝具だ。 持ち主の感情を読み取り、それに対応した色の光を発する特性を持っている。 当時は、この特性を利用して、敵意を意味する赤の「涙」を決闘状として敵対する相手に送りつけたり。 愛情を意味する青の「涙」を恋人に送ったという。 「…ま、実際に目にする事はそうそうないけど、蒐集家の間じゃ知れた宝具だね」 そう締めくくるシャーロウ。 「では…この緑色は何を意味しているんですの?」 興味津津で聞いてくるリズ。 「…これはね、『恨み』…それも知己に対する呪詛さ」 「縁者に…ですの?」 殺した当事者ではなく、自らの家族への? 「…そう、たぶん『自分はこんなに苦しんでいるのにどうして助けてくれないのか!』とかそんな感じかな?」 「身勝手な逆恨みですの」 あの村の戦力で盗賊団に太刀打ち出来るとでも思ったのだろうか。 それとも自分一人救出できない家族など死ね、とでも言うのか。 「…無惨に殺されたあの娘が最後に思った事は何か…それが知りたくてね」 だからコレを貰ったのさ。 と、未だに緑色に輝く髪留めを軽くなぞる。 すると、光は少しずつ弱まり、やがて消える。 それを確認して、髪留めをリズに渡す。 「え? お姉様?」 「…もういらないからね、欲しいならあげるよ?」 別に用が済んでいらないだけなのだが、リズは感極まって涙ぐむ。 「お姉様! わたくし、リジェシ・モルビルフィーンはこれを一生の宝にします!」 胸元に髪留めを抱き締めて宣言。 「…フフ、これでリズの宝物はいくつくらいになったのかな?」 「はい、これで613個です! 無論、今までの物も全て微塵の汚れも許さず保存してますわ!」 即座に応えるリズ。 それを見て思わず笑みを浮かべるシャーロウ。 (…いやはや、こういうのもリサイクルと言うのかな?) そんなシャーロウを見て、怪訝そうに首を傾げるリズ。 「お姉様?」 「…ん、なんでもないさ…それより、そろそろ時間だ」 なにやら懐から長い紐の付いた鈴を取り出した。 そして、軽く振り、鈴を鳴らす。 リィン…と軽やかな音が周囲に響き渡る。 その音に合わせるように、二人の前の空間が歪み、円形の魔方陣が現れる。 と、魔方陣から小柄な人影が飛び出す。 ソレは藍色のワンピースの上に白いエプロンドレスを纏い、頭部にはカチューシャを付けた…簡単に言えばメイドさんだった。 黒髪ロングのそのメイドは可憐の一語がこの上なく似合いそうで、どことなくリズと似た雰囲気を持っていた。 「お待たせしました、ご主人様」 そのメイドは地面に降り立つと一礼。 それは先程鳴らされた鈴の音を思わせる透明な声だった。 「…ん、今来たところさ、ウル」 ひらひらと手を振って応じるシャーロウ。 ウルと呼ばれたメイドはそれを聞き、クスリと微笑を浮かべる。 「どうでした?今回の仕事は」 「いつものおばかさんが出てきて面倒でしたの」 憮然としたリズが答える。 せっかくのいい雰囲気を邪魔されて少々不機嫌そうだ。 「いつのもって………マービンさん?」 「ウル、あんな蛆虫モドキにさん付けなんていりませんの」 第三者に対しては相変わらず容赦がない。 「ふふっ、でもあの人もいい加減諦めればいいのにね…どうせご主人様が振り向く可能性なんて無いのに」 さらりとひどい事を言うウル。 「…ま、今回は微妙に有益な情報が手に入ったからいいさ」 二人の頭にポンと手を置いて微笑むシャーロウ。 「有益…ですか?」 「クルルミクの件ですの?」 同時に聞き返す二人。 ウルの方はリズに向き直り、クルルミク? と、首を傾げる。 「…そう、例のメイシス遺跡からの発掘品はクルルミクに流れたらしいのさ」 「ではクルルミクについての情報を?」 「…そうだね、帰ったら調べてくれるかな?」 ウルの耳元で囁くシャーロウ。 「あの、ご主人様?」 そのままウルを抱き締めるシャーロウ。 「…フフ」 「あ…」 おまけにウルの耳朶を甘噛みする。 「…クク、ま…冗談はここまでにしておこうか」 「え? ……え?」 ウルから身を離す。 キョトンとして少し残念そうな表情を浮かべる。 「…続きは調べものが終わってから、ね」 「あう…」 顔を真っ赤にして俯くウル。 「……ウルだけズルいですの」 ポツリと呟くリズ。 その呟きが聞こえたのか、ウルは微妙にバツが悪い表情を浮かべる。 「え…と、じゃあ…とりあえず帰りますよ」 そう言いながら一冊の本を取り出す。 ウルがパラパラとページをめくるが、どのページも白紙で、何も書かれていない。 本の中程で、めくる手を止め、本の上に手をかざすウル。 「蒐集…検索…」 短い詠唱と共に開かれたページが輝く。 「…検索………再幻…」 そしてウルの周囲に膨大な文字列が浮かび上がる。 一見不規則に、その実、緻密にして精密に一定の法則に基づき踊り回る。 周回する文字列は、あっという間に数を増し、側に居たリズやシャーロウをも飲み込む。 「…再幻………再現」 荒れ狂う文字列の中心からウルの声が響く。 次の瞬間、周囲を蹂躙していた文字列の嵐は消失していた。 文字列の中に居た三人の姿もない。 空間転移の儀式魔術「光の道」である。 シャーロウがクルルミクに姿を現わす一月前の出来事だった。 |