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〜プロローグ 〜
……この頃、昔の夢をよく見る。
「何不自由なく暮らさねばならない」という名の不自由を抱えながら、生きていた少年時代。
そして、僕の半歩先の位置には、いつも弟の背中があった。
僕が躓くと、弟はいつも苦笑いをして倒れた僕に手をさしのべてくる。
彼は、僕と同じ道を何のミスもなく優雅に歩ききり、その足の向きをわざわざ後退させて、
僕のあくまで前方から!……手をさしのべてくる。
僕がその手を払いのけると、いつも弟はとても悲しそうな顔をした。
(そんなに悲しいかい?……泣きたいのはこっちさ)
僕が渋々その手を握ると、いつも弟はとても幸せそうに笑った。
(……そりゃ嬉しいだろうね。圧倒的な優越感だ)
弟は、全ての才能で僕を上回っていた。
同じ年に受けた魔法学院の入学試験も、必死に勉強した僕は落ち、弟は主席で合格した。
両親にとって僕はただ、出来の良い弟と比較される為だけの存在だった。
たった数秒早く生まれたと言うだけで、僕に与えられた義務。
そんなものを、家族のために、弟のために、果たすのはサラサラごめんだった。
14の時、僕は、全てに耐えられなくなった。
そして、家を飛び出した。
・
・
歓声が響き渡り、僕は我に返った。
そうだ、これから試合が始まるのだ。
サプリーム・ソーサレス。暗黒社会の黒幕達によって催される、外道で卑劣な魔法大会。
勝者には栄光を、そして敗者には絶望的な陵辱を。
だが、性別を偽り、男の身で参加している僕にとっては、敗北は死を意味する。
<サプリームソーサレスに女装して参加し、優勝して、表彰式の場で大会主催者達を殺害せよ>
それが、師の出した卒業試験。
それがなければ、こんな腐ったイベントには関わる気すらサラサラなかった。
だが、サプリームソーサレスの優勝は、全世界の魔法使いの頂点をも意味する。
弟と比較され続け、才能の存在を否定していた僕が、魔導暗殺者である今の師の元でここまで昇りつめた。
そんな、己の心の中にある、陳腐な満足感を満たしたくなる感情が全く無いと言えば、ウソになる。
見返してやる。
……誰を?
親を?
弟を?
そんなことは、今は解らない。
今の僕に必要なのは、とりあえずの勝利、ただそれのみだった。
敗北は惨めな死を意味する。
……1回戦が始まる。
命をかけた茶番劇の、幕が今、開いた。
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