荒い息がまとわりつく。
いくら走っても、暗闇から逃れる事が出来ない。
身体中はきしんで細かく悲鳴を上げているけれど、それでも立ち止まれない。
立ち止まってしまったら、私はこの闇から逃げられないから。
「……けて……」
虚空に向かってあえぐように声を出す。
回りに人影も無く、助けてくれる仲間達とはすべて散り散りになってしまったのに。
助けが来ない事なんて自分でも分かりきっているのに。
闇から逃げ出したくて、かすれた声をあげる。
どこにも辿り着けない道を走りながら。

ただ、私は……


あれからどれだけの時間が経ったかをはっきりとは覚えていない。
戦に負け、敗軍の将の一人として私は処分された。
平たく言うと、兵士達の慰み者だった。
人が波のように私の身体と心を飲みこんでいった。
時々身体が壊れない程度の休息を与えられ、身体に焼けつくような痛みが浸透する。
痛みはいつしか慣れたけれど、身体に空けられた穴はそのままだった。
やがて裁判がされ、一方的に私達は理不尽なぐらいの刑を言い渡された。
その中でも、私はまだ他の人達よりは寛大な処置をされていた。
少なくとも人間として生きて良かったのだから。
これから先の目的も持てないまま、私は戦功のあった兵士の所で奴隷として仕える事になった。
奴隷といっても、その兵士は非常に私に対して優しく、自由が存在していた。
街中に買い物に行くのも、着る物にも困る事は無かった。
そして反乱を恐れてか、私達はその裁判以降で一度もお互いに顔を合わせる事はできなかった。
それがより孤独の深さをそれぞれに植え付け、抵抗心をゆっくりと失わせてゆくのだとはうすうすながら分かっていた。
風のウワサによると、貴族のなぐさみものにされて気を違えてしまったり、前線の兵士の欲望の捌け口とされたり、残りの人生を娼館の中で暮らさなくてはいけないという事を聞いた。
私は生きている。
生かされている。
ただ、これから先のゆく道を自分で決める事が出来ない。
それだけが、呪詛のように私に付きまとっていた。
「……ふぅ」
洗濯も終わり、私は一息つく。
どこか見ない土地から吹いてくる風が私の髪をゆらし、吹き抜けてゆく。
その自由さに悲しさをおぼえながらも、私はまだこうしていられるだけ幸せなんだと言う事もわかっていた。
「私だけが不幸とは言わないけれど、それでも……悲しいね」
草原に腰をかけながら、私はそこにいないはずの誰かに向かって言う。
今まではそこに仲間の姿があった、となりにいてくれた。
それが無いというのが、ものすごくさみしい。
本当に私達はこれだけの報いを受けるような悪い事をしてきたのだろうか。
そんな事は決して無いと思いたい。
けれども、神は救ってくれなかった。
それはやはり、私達のしていた事が悪い事だったのだろう。
「お疲れ様」
後ろからする声に振りかえってみる。
その聞き慣れた声の主は、微笑んでいた。
「ジェイク様」
「おいおい、様を付けるのはいい加減やめてくれないか?」
少しだけ困ったような苦笑いを浮かべると、ジェイク様は私の横へとやってくる。
「それでも、ジェイク様と私とじゃ身分が違います」
私は戦犯の一人で、目の前にいるジェイク様は戦場で功労のあった人だ。
本当ならば、こんな風に対等な言葉を交わす事もおかしいはずなのに。
なのに、この人は私にそれを許してくれている。
「以前にも言ったかもしれないけれど、僕とユナの立場が逆であっても全然おかしくは無かったと思う。たまたま僕がいる方が戦争で勝っただけの事だ」
「でも……」
「そんなに自分を責め続けないで、ユナ」
私が反論をしようとすると、ジェイク様は諭すように優しい目をする。
いつもそうやって、ジェイク様は私に優しく触れてくる。
こうやっていると私は段々と自分が戦争で負けた事とかも夢なのではないかと、そんな事を思ってしまう。
そんな事を考えるのは、本当は良くないのだと思いながら。
信仰も何もかも忘れて、この人の胸に抱かれたら良いと思っている。
「不幸な出来事を全部忘れる事は出来ないし、あの騎士団の他の人も今はどうなってしまったかわからない。でも、少なくともユナには幸せな人生を歩んでもらいたいと思うような人達なんじゃないかな」
「多分、みんなはそう考えると思います」
優しかった皆だから、ジェイク様の言う通りにきっとみんなは許してくれる。
私もそうするべきなのではないかと、わかってはいる。
そうした方がいいのだと言う事は、考える必要が無いはずなのだけれど。
「まだすぐにってワケにはいかないと思う。ただ、ユナを不幸しにたがっている人はいないさ」
ジェイク様が私の髪にそっと触れる。
「だから、幸せにならなくちゃ」
「はい、私もそう思います」
ちょっとだけ無理をしながら、私は微笑みを作ってジェイク様に見せる。
そう、こうする事も私にとってはきっと贖罪なのだ。
ジェイク様が幸せになってくれと言うのだから、それに応える事が罪をあがなう方法なのだろう。

翌日、私はジェイク様の頼みで酒場に酒の買い出しに来ていた。
歩く街並みは穏やかで、それでいて活気があふれている。
ジェイク様の家で仕事をする穏やかさよりも、もともと神殿で他人の世話をする事の多かった私にはこの喧騒の方が安心する。
特に酒場や神殿は、身分の差を感じる事が無いのがとても素晴らしいと思っていた。
「そういえば、ここに来るのもずいぶんと久しぶりですね」
酒場の扉を開けて、中を見る。
そこには戦争前と全然変わらない雰囲気があった。
少しだけ漂うアルコールの匂いは、それだけ人が生きているという証でもある。
私は酒場の奥に進む為に、テーブルの間をすりぬけていく。
そこでコツンと、足元に感触がした。
「きゃっ!」
慌てて私は足元を見る。
そこにあったのは、男の伸ばされた足だった。
「おいおい、せっかく呑んでいるのに邪魔するんじゃねぇよ」
頭が禿げている中年の男がそう文句を言ってくる。
「すみませんでした、ごめんなさい」
私はそこで素直に頭を下げる。
向こうから足を出してきた事は何となくわかるんだけれども、ここで不用な争いを巻き起こすのは良くない。
「人の足を蹴飛ばしておいて、すみませんでしたで済むワケねーだろ」
けれども、禿げた男はテーブルから立ちあがって私の事を見下ろしてくる。
謝ったダケは済まさないぞと、その表情が雄弁に語っていた。
「本当に申し訳ないです……」
「てめぇ、何で奴隷のクセにそんな服着て街中歩いてるんだよ!」
もう一度私が謝ろうとした時、禿げた男は私の言葉をさえぎるように大声をあげる。
いきなり胸ぐらをつかんで、私の身体を服ごと少し浮かせる。
酒場の雰囲気が、一気にザワつきだす。
「だいたい、てめー一人だけそうして何幸せそうにしてるんだよ。お前以外の騎士団の連中は、みんな奴隷として奉公しているぜ」
みんなと言う言葉を男が口にした瞬間、私の胸は締め付けられたような痛みを覚える。
ジェイク様はなるべく考えないようにというけれど、やはり私にはそれは付きまとって離れない闇のような感覚がある。
「何か言い返してみたらどうだ、私は戦犯でありながらのうのうと日々を幸せに暮らしていますってな」
「そんな事無いです、私だって」
「てめぇの言い分なんて聞いてねぇってんだよ!」
男は私の身体をさらに軽く持ち上げたかと思うと、テーブルに激しく叩きつける。
痛みはそんなでも無かったけれど、肺の空気が一気に外へと吐き出された。
「うあっ!」
自分の悲鳴なのに、どことなく他人の声のように聞こえる。
その感覚は、少し前に味あわされた時と似ていた。
テーブルの上に身体を倒された所で、周囲の風景が一気に飛びこんでくる。
固唾を飲んで状況を見守っている人や、この状況をどことなく楽しんでいる人、さまざまな人がいた。
そこの中には助けてくれる人の姿は無かった。
いや、今の私に助けを請うだけの資格なんてあるはずがなかった。
この人達の中で、私は罪人でしかないのだから。
「俺の息子達は、みんなてめえらに殺されちまったんだ。なのに、どうして戦争が終わってお前はこんなにも綺麗な服を着てられるんだっ!」
ビリビリビリッ
いつの間に男は手にしていたのか、小型のナイフで私の来ていた服を縦に引き裂いた。
「あっ!」
ジェイク様がわざわざ私の為にと買ってきてくれた服が、無残にも切られる。
『だから、幸せにならなくちゃ』
先日に言われた言葉が、悲しいぐらいに宙に舞う。
その言葉が逃げないようにと、私は手を伸ばす。
けれども、その手はすぐに誰かに押さえつけられた。
「思い知らせてやる!」
禿げた男の声が聞こえたかと思うと、切り裂かれた服の隙間からガシッと太ももを捕まれる感覚があった。
ずぐっ
「ひゃッ!」
冷たい感触の何かが股間に突っ込まれたかと思うと、液体が秘所に注ぎ込まれてくる。
液体そのものはそんなに暖かくないのに、身体の中で触れるとはじけたようにそこが熱をおびる。
「てめぇには勿体無いけれど、とりあえずは呑ませてやるよ。げひゃひゃっ!」
男の声で、私は股間に酒瓶か何かを突っ込まれているらしいとボンヤリわかる。
それから少ししたら、何となく頭がぼぉっとしはじめた。
「これを全部呑ませたら、俺のミルクも飲ませてやるからな」
そう良いながら、股間にさらに衝撃が走る。
「うぐっ!」
酒瓶が太くなっているあたりまで、一気に身体の中に埋没してくる。
以前に滅茶苦茶にされたから痛みはそんなになかったけれど、私の心が悲鳴をあげる。
ボロボロと私は涙を流していた。
「おら、この程度で済むと思うなよ。たくさんの回りの人間が、お前らによって人生狂わされたんだからな!」
ごめんなさい、ジェイク様。
私は……この先幸せになる事が出来るとは思えないです。
この人にしても、やはり私とその騎士団を憎んでいました。
そんなたくさんの憎しみに対して、幸せになる事で償えるとは思えないのです。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
その男から始まった陵辱は、まるで病のように酒場の周囲の人間を巻き込んでいった。
私に出来た事は、抵抗をしない事だけだった。
少し前に戦場で兵士達に輪姦された事が、ゆっくりと現在の自分に重なってくる。
ただあの時よりも、絶望感が大きく覆い被さってきた。
どろりとした精液の中で、小さな子供のように泣きじゃくっていた。
「うぁぁ……やめてぇ……いたい……いたいの……」


男達から開放された時には、すっかりと外は暗闇に包まれていた。
買い物をする事も出来ないまま、私は切り裂かれた服もそのままに夜道を戻るしか出来なかった。
「うぅ……ぁぁ……」
いくらぬぐっても、後から後から涙があふれてくる。
それと同じように、歩いていると秘所から精液がこぼれ、内股をしめらせる。
身体中につけられた精液が乾きはじめている中で、私の股間だけが男達に輪姦された残滓をこぼしていた。
「……ごめんなさい……うぅっ……」
ジェイク様の顔を思い出しては、私はさらにせつなくなる。
こんなに良くしてもらっていても、ジェイク様が幸せになれと言っても、私は幸せになんてなれそうにない。
戦犯である事が、その罪がつきまとう。
私が忘れても、それに巻きこまれた被害者はけしてそれを忘れない。
館への道は、まるで夢の中の風景と一緒だった。
私はここを歩いていても、きっとドコにも辿り着く事が出来ない。
闇から逃げ出したいけれども、かないそうにない。

それでも私は……

<Fin>