メリッサ


破裂で終わる夢。
いつもそうだったかもしれない。
どんなに長くて楽しい夢を見ていても、いつか何かに追いまわされるような恐怖感が身体にまとわりついている。
それは必ず終わるのだと、呪詛のように自分の脳裏から離れてくれない。
いつからそれを認知したのかはわからないけれど、恐怖を自分の中に覚えてからは離れてくれる事は無かった。
たくさんの生とたくさんの死、そしてたくさんの性に囲まれた生活と言うのがわたしのすべてだった。
享楽的に現在を受け入れ、刹那的な瞬間に酔いしれる。
自分たちが死ぬ事におびえては、その恐怖から逃れるように研究に没頭する。
適当につがいを求めては、単純な快楽に逃げ込んで苦しみを忘れようとする。
それらすべて、皆が何か形の無い恐怖と言う物に怯えている。
毎日はどこかしら退屈さを常に持っていた。
わたしはというと、やはり同じような所をどこかしら抱いていたと思う。
主席という成績にわたしがいるのは、やはり同じように恐怖から逃れるために魔術をひたすら勉強していたからだろう。
それが良い結果につながっているかはわからない。
ただ、目の前の魔術をひたすら頑張っていたらそうなっていた。
結果が後からついてくるとは皮肉な物だった。
それと同時に、魔術を極めれば極めるほど自分の中での悲観的な思考に裏付けが附加されてゆく。
絶対的な死の存在に、失われる事に対しての恐怖に。
わたしはどんな道を選ぶ事も出来なかった。
ただ走って逃げ続けただけ、恐怖から。
そんな逃げるしか能の無い人間に、グリューネと言う人は声をかけてきた。
それもただのきっかけでしか無かったけれど。

戦うとはどういう事だろう。
目の前にある一切合財、森羅万象のすべてと対峙する事。
それは限りなく孤独でありながら、空虚さばかり産み出す作業でもある。
なのに、生きる限りは戦う事を余儀なくされる。
そうまでしてしがみつく生も、やがて来る肉体の滅びには叶わない。
「何故、わたしは生きてるのかな」
幾度めかの戦闘が終わり、思わずわたしはそんな事を口に出していた。
答えは当然無く、熱気の無くなった戦場が目の前に広がっているだけだった。
生きている事は退屈でも何でもない。
些細な喜びもあれば、思いもよらない壁もある。
それらに出会う事は嫌いでは無いし、かえって何かそういった事にかまけている時の方が恐怖から逃れられる。
死にたいワケじゃない。
ただ、恐怖に怯えるのがイヤなだけなのだ。
どこか矛盾しているようで、どことなく滑稽で。
戦うと言う事は、わたしにとっては何でも無い行為だった。
ただ、そこにあるだけの行為。
無数の屍を作り出す事も、何にしても、後から結果がついてまわる。
いつしかわたしの心は無数の死の上の中で、答えの出ない問題に疲弊してしまった。
戦いに勝つのは当然の事、生きるのは当然の事と。
どこかで慢心していたのかもしれないし、他人に心が存在している事をいつしか忘れてしまったのかもしれない。
何せ、わたし自身の心は何も感じなくなっていたのだから。


そんな日常が繰り返された中、変化はある日突然に訪れた。
「でりゃああああ!」
目の前にいる傭兵の繰り出した突き。
その驚異的な早さに、わたしの身体の動きは追い付いてこなかった。
「あああッ!?」
正確にわたしの身体を捉えた一撃は首飾りの宝石と、わたしの中にあった何かを同時に砕いていた。
その瞬間に、わたしの中で一気に挫折感が形を取った。
足から力が抜け、立っている事が不可能になる。
「ど……どうして……」
自分でもおかしな言葉を口にしていると思いながら、それでも言葉になったのはわたしの心からの言葉のはずだった。
それは現実に恐怖が追いついて来たからなのだろうか。
それとも自分の中で戦いに勝つのは当然の事といった不文律が崩されてしまった事なのだろうか。
その理由はわからない。
傭兵は自分の出番は終わりだとばかりにくるりと踵を返すと、他の兵士たちが笑みを浮べながらわたしの方に向かってきた。
「おらぁ、ザマぁ無いんだよ!」
相手と対峙して物の五分もしないウチに、突然にわたしの目の前が回転した。
身体が地面に打ち付けられる感触に、今まで味わった事の無い痛みが全身をビリッと稲妻のように走り抜ける。
息が詰まり、思わず前後不覚に陥ってしまう。
意識という回線がブツリブツリと途切れ途切れになっては、視界がぐるぐると点滅するようにコマ送りになる。
自分が殴り飛ばされたと言う事に気がつくのに、さらに少しの時間が必要だった。
「なっ……」
確か、戦場において負けた将と言うのは捕虜としての扱いがされるはずだ。
それにも関わらずいきなり殴られた事に、わたしは怒りを覚える。
「いきなり殴っ……ッ!」
言いかけたわたしの言葉を中断するように、兵士の一人が腹部を蹴りつけてくる。
喉元まで液体がこみあげてきて、目にじわりと涙が浮かび上がってくる。
「かはッ!」
思わずそう言いながら、わたしは蹴られた場所を手で押さえて身体を自然と丸くした。
けど、兵士達は容赦なくわたしに向かって暴力を行使してくる。
捕虜に対しての扱いも何もかも、そんな世間的に言われているような事は微塵も関係が無かった。
髪の毛を引っ張られて、丸くなろうとしているわたしの顔を無理矢理持ち上げる。
そこにいる男達はみな不細工で、醜悪で、下卑た笑みを浮べていた。
魔術の勉強を一緒にしていた人達とはさらに毛色の違う、自分達で何かをしている事を放棄したような連中。
さっきの傭兵とは違い、何も考える事の無い連中。
そんな何も考えていない人間達に対して、今のわたしは無力だった。
恐怖から逃れるための魔術も、森羅万象の理も、今のわたしを助けてくれる物ではなかった。
ギリギリと引っ張られる髪の毛の根本にわたしの体重がかかる。
「痛い痛い痛いッ!」
痛みを訴えながら手をバタバタと動かして少しでも楽になろうとするが、手には何も引っかからずに無駄に宙を泳ぐ。
何だかその苦しみの中で意識が少しずつ遠くなり、わたしの頭の中を痛みだけが支配されていくようになる。
「いたっ、やめてぇっ!」
どうしてわたしはこんなにも酷い事をされているんだろう。
自分でもわけがわからないうちに、髪の毛をつかまれていた痛みから、兵士達に押さえつけられる体勢へと変化していた。
ギリギリと男達の体重が身体にかかり、わたしの骨がどこかで小さな悲鳴をあげる。
壊れるほどでは無くても、それが痛みを伴っている事には変わりは無い。
「くはっ」
肺が兵士達体重で面積を縮め、胸の中に収まっていた空気が楽器のようにわたしの口を鳴らしながら吐き出される。
同じようにして兵士達が、わたしとは違う意味合いを持った吐息をまとわりつかせながら距離を近づけてくる。
吐き気がしそうなむせる匂いの中、わたしの胸の上をもぞりと兵士の手がなぞる。
毛虫が這いずり回るような気色悪さに、思わずわたしは身体をビクつかせる。
「やめて、触らないで!」
矢のようにわたしは反射的に叫び声を上げるが、兵士は逆にその胸をなぞる動きに力をこめてくる。
抵抗しようと身体の四肢に力をこめても、それは数人の兵士達によってたかって身動きを取れない状態にさせられていた。
「バカ言ってんじゃねーよ」
一人の兵士がそう言うと、まわりからそうだと声が上がる。
狂っている。
こんな今の現実も、それを楽しそうに受け入れている兵士達も。
そう感じている間にも、兵士達の手は止まる事が無い。
わたしがどんなに抵抗をしてもそれはまったく止まる事も無く、それどころかわたしの身体をまさぐる手は増えていく。
まるでたくさんの虫がわたしの身体を巣にでもしているみたいに、もそもそと動いてゆくのがわかる。
胸だけでなく、わたしの股間をも同時にいじくりまわされ、思わず身体が敏感に反応を示す。
それだけでわたしの身体には、今まで自分が感じていたのとはまた全然別の恐怖が生まれはじめていた。
自分の身体が自分の物ではなく、他人に自由にされるがままのタダの欲望の捌け口になっていく事。
「やめて、やめて、やめてぇーッ!」
わたしは再びもがくけど、それはビクともしない力で押さえつけられていた。
本当に魔術なんて、恐怖の前には無力でしかない。
無慈悲な男と言われている押し寄せる波のような恐怖の前に、わたしと言う自我はあっさりとさらわれていった。


ひとしきり男達の行為が終わり、わたしはそれから場所を変えては再び男達に輪姦される日々を過ごす事になった。
他の騎士団の皆の動向はわからない。
人によっては処刑され、人によっては戦功を立てた人間に引き取られていったらしい。
わたしは、そのまま男達に再び慰み物にされるだけだった。
監禁されて陵辱される事を伝えられた時、戦場で犯された事を思い出して裁判の中、恐怖のあまりに失禁してしまった。
しかしながら、その恐怖に怯えていたのも最初の話だけだった。
幾度も男達に犯され続ける中で、わたしの中に新しい感情が生まれはじめてきた。
性器をいじられる事は、ちっとも苦痛では無くなっていた。
股間を貫く体温をいつしかわたしは望むようになっていた。
受けとめる事で、その恐怖に慣れてゆく。
「ひぁッ!?」
最初はピリッと気持ち良さのような物が走り抜けていた。
苦しみの中に生まれた違和感は、小さな波だった。
その波がわたしの中で反響して大きな波になり、快感という渦を作り出してゆく。
恐怖を超えた所に存在したその快感は、わたしを支配していく。
もはやわたしの自我なんてどこか吹き飛んでしまっていた。

今、ひとつ願いがあるとするならば。
もう一つの恐怖を試してみたい。
やがて訪れる死の先に何が待ち受けているのか、わたしが失われた後にその恐怖はどうやってわたしを蝕むのか。
その先に何か別の快感が見えるような気がする。
気のせいかもしれないけれど。
それはおかしい願いだろうか…………。

<Fin?>

 

<挿し絵・雪村一>