1.『手を繋いで』

 日の光の差し込まない迷宮の奥では、正確な時刻が分かるはずもない。魔法の中には時刻を知るためのものもあるというが、そのような魔法を備えたパーティーの数は多くなく、ほとんどが適当に夜だと思った時間に睡眠を取っている。
 アリスパーティーも、そんなほとんどの中に含まれるパーティーの一つだった。
「でも、その間に襲われた事ってないんだよね」
 単に運が良かっただけかもしれないが、今まで交代で見張りを立てながらそれが役に立った事はない。無論、何もないほうが良いに決まっているのだが。
「モンスターやギルドの人も、夜は寝てるのかなあ……なんてね」
 ぶつぶつと、すっかり癖として染み付いてしまった独り言を繰り返しながらウィルカは見張りをしていた。
 交代の時間まではまだまだ長い。周囲を見回していることに疲れ、ぐっすりと眠っているパーティーリーダーの黒騎士の少女に視線を落す。
 安らかな寝顔は普段の勝ち気さが消え、年相応のあどけない少女の顔になっている。
「いつもはかっこいいけれど……うん、可愛いアリスちゃんもいいなあ」
 思わず手を伸ばし、アリスの髪を梳くように撫でる。金糸のような髪がさらさらと指の間を流れていくのを感じながら、2度3度と動作を繰り返す。
 ウィルカはアリスに憧れていた。颯爽として自信に満ちた態度に。その自信に裏づけされた、パーティーを引っ張っていく行動力に。それは尊敬や憧憬といった感情、そう思っていた。
「騎士団の仲間って、言っていたけど……」
 今日の探索中、その小休憩中に何気なく仲間の一人であるムーンストナが振った話題の中に出てきたアリスの同僚だという少年の話を思い出す。
「きっと、アリスちゃんの好きな人だよね」
 彼氏なのかと茶化すムーンストナに対し、アリスはそんなわけはないと一笑に付していたが女性の勘か、それとも単なる邪推かウィルカはアリスがその少年に好意を持っていると、そう感じていた。
 チクリと心が痛む。
 昼間に話を聞いた時もそうだった。自分がアリスに抱いている感情が尊敬や憧憬だとすれば、この心の痛みはなんなのだろうか。考えてみても答えは出てこない。
「ん……」
 突然のアリスの身動ぎ驚き、びくっと手を引っ込める。
「起こし……ちゃっ……た、かな?」
 びくつきながらそっと様子を伺ってみるが、どうやらただの寝言だったらしい。ほっと息を付く。
 改めて寝顔を眺め、ある一点、穏やかな寝息を立てる僅かに開かれた口元に目が止まる。
 心臓が跳ねた。
「だ、誰も見てないよね……?」
 びくびくと辺りを見回す。他の仲間もぐっすりと寝ていて、いつもどおりモンスターもならず者達も影さえない事を確認し、ゆっくりと視線を戻す。
 ゴクリと唾を飲み込む音が、やけに大きく聞こえた。
「少しだけ、少しだけだから……」
 誰に対して何を言い訳しているのか、そもそも自分が今何を考えているのかも良く分からないまま、ウィルカはゆっくりと自分の顔をアリスの方へと近づける。
 喉が渇く。距離が詰まるにつれ激しさを増す心臓の鼓動がガンガンと耳元で鳴り響き、周りの微かな音さえ聞こえなくなる。
(もうちょっと、もうちょっと……)
 その距離は吐息を感じれるまで縮まり――
「フィ……ル……」
「――――!?」
 小さな呟きに我に返り、声にならない声を上げながら大慌てで大きく体ごと遠ざかる。
 激しい運動をした後のように、全身からどっと汗が噴出す。心臓はまだ早鐘を打っているが、さっきまでと違い思考は明瞭になっていた。
「わ、私、な、何を――」
 何故あんな行動に走ったのか、自分でも分からない。
「最低。こんなのまるで、夜這いだよ……」
 多少落ち着きを取り戻し自分の行動を省みて、ウィルカはそう自分を恥じた。
 遠ざかる時に結構な音を立ててしまったが、それで目を覚ます様子が無い事にほっと胸をなでおろす。
「とにかく。もう変な事は考えないようにしなくっちゃ」
 またアリスの傍までおどおどと戻っていく。
 右腕を枕のようにし、左手を放り出したその寝姿を見て、少し思案する。
「で、でも。こ、これぐらいなら、いいよね?」
 その放り出された左手に、そっと自分の手を重ねて置いた。
「そういえば、ちゃんと握手したことないっけ……」
 いつかちゃんとした形で手を繋ぎたい。心からそう思う。
 でも今は――
「ずっと、このままで居たいかも」
 少し高鳴る鼓動に心地よさを感じつつ、そう願った。



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2.『飲んだら乗るな』

「よし、じゃあここで少し休憩しよっか」
 アリスの鶴の一声で、ムーンストナ、ウィルカ、フランム、そしてアリス自身がそれぞれ休憩に入る。
「ムーンストナちゃーん、水頂戴ー」
「はいはい。飲みすぎないでよ」
 荷物袋の中から水袋を取り出し、ウィルカへと渡すムーンストナ。
 受け取ったウィルカは早速喉を潤し、ムーンストナは折角だからと袋の整理を始める。
「痛っ」
と、ムーンストナが小さな悲鳴を上げた。
「どうしたのよ、大丈夫?」
「ちょっと金具に引っ掛けただけ。ま、大した傷じゃないし、魔法を使うまでもないでしょ」
 そう言いながら、さっきまで整理していた袋の中を漁り始めるが、
「あれ? フランム、アンタ消毒持ってない?」
「いや、持っておらぬが」
 足を休めるために座り込み、気持ちを沈めるための瞑想に入ろうとしていたフランムが訝しげに答える。
「アリスー、アンタはどこにやったかしらない?」
「袋の中にまとめていれてないわけ? そこになかったらアタシは知らないわよ」
 体を解すためのストレッチをしながら答えるアリス。
「水袋ならあるんだけど……て、水袋?」
 はっと、3人の視線がウィルカに集中する。
「ふぇ?」
 ウィルカの手に握られていたもの、それは水袋ではなく――
「アンタそれ、消毒……」
 消毒、つまり蒸留酒。見ればウィルカの顔は真っ赤に染まっている。
「飲む前に気付きなさいよ」
「えー、のんでなひよー」
 どこからどう見ても飲んで、そして酔っている。
「ふーん。神様の力があっても酔うのねえ。毒も効いたりするのかしら」
 妙に興味津々なムーンストナ。
「神への捧げものとして酒は一般的であろう。そのせいではないのか?」
 冷静に分析を始めるフランム。
「はぁ。ちょっと休憩のつもりが長くなりそうね、これは」
 ウィルカの手から酒を取り上げつつ、嘆息するアリス。
「ま、たまにはこういう日もあるでしょ。罠にかかったって思えば危険のない分マシよ」
 ムーンストナはアリスから消毒を受け取ると手早く処置を済ませると、袋の中身を全部広げ始める。徹底的に整理をすると決めたらしい。
「半分はアンタの責任でしょ。ま、過ぎたことだから良いけど。それとウィルカ。アンタもちょっとは気をつけ――」
 責任のもう一端に注意を促そうとアリスが振り向いたその直後、
「ありすひゃーん、つかまえらー」
「きゃあああっ!?」
 何時の間にか後ろに立っていたウィルカの、倒れかかってくるようなタックルの不意打ちに反応しきれずに押し倒される。
「ふむ。酒癖が悪いとは、初めて知ったな」
「何冷静に観察しているのよ!? ちょっと、ウィルカ、早く退いて――」
と、ウィルカの肩を掴んでそのまま脇に退けようとするアリスの手首に、そして足首に勢い良く木の根が巻き付き、床に磔にされる。
「ちょっ、本気ぃ!?」
 慌てるアリスの身体の上を這い上がるようにして移動してきたウィルカが、間近で顔を覗き込みながら囁く。
「アリスちゃん、可愛ぃー」
「な、何言って……」
 同性はもちろん、異性にだってこんな風に迫られた事はない。内心ドギマギして、思わず口篭もってしまうアリス。
「アリスちゃんはぁ、私のものぉ」
「へ、変なこと言わな―――」
 ウィルカはアリスにくすりと微笑みかけ、
「ん―――!?」
 唇を奪った。
「おおぉー」
「なっ……!?」
 その横でそれぞれの反応を返す、ムーンストナとフランム。
「ぷはっ―――。あ、あああああ、アンタ、な、何やって……!」
「ふーん。その反応は、初めて?」
 いかにも他人事といった感じでアリスに尋ねかけるムーンストナ。
「は、初めてだったわよ! わーん」
 涙目になりながら、なんとか拘束から逃れようと必死の、被害者アリス。
「だいじょぉぶぅ。優しくするからぁ」
 酔いで完全に思考がイってしまっている、加害者ウィルカ。
 そっと涙を拭い去り、二回目のキス。
「この酒癖は……予想外であったな」
 どこかバツの悪そうなフランム。
「アンタ達、見てないで助けっ、む―――」
 唇から解放された隙に、助けを求めるアリスだが、
「えー。私、巻き込まれたくないし」
(嘘だ! 絶対に面白がってるでしょ、アンタ!?)
「いや、後学のためにだな……」
(何の後学だっていうのよ!?)
 まるで助ける気のなさそうな二人に、心の中で突っ込みを入れる。
「――はぁ、はぁ」
 普通ではない行為を繰り返されて、体温が上がってきているのを感じる。
「ね、ねえ、もう止めて欲しいなー……って思うんだけど」
 自力での脱出は無理、助けも期待できない、期待できないと分かりつつも懇願して見るが、
「だぁめぇ。アリスちゃんはぁ、私のものぉ、なんだからぁ」
 予想通り、酔っ払いには通じない。うっとりした表情でアリスの頬に指を添え、また唇を塞ぐ。
 そのまま指を頬から首筋、鎖骨と撫でるように動かし、胸の膨らみをなぞって行く。
「んっ、んー!?」
 アリスの身体がびくりと震える。
「――はぁ。いいなぁ、アリスちゃんはぁ。おっきくってぇ」
 アリス自身密かに自慢に思っている豊かな胸を羨みながら、その胸に添えられたウィルカの指が動く。
「やっ、ダメっ……。はぁ……っ。見られ……てっ……」
 初めて感じる感覚に、戸惑い、身悶えるアリス。
「え、何。見られてなければいいわけ?」
「アリスにそんな趣味があったとは……」
「ち、違っ……! そういう意味じゃ、なくって……んあっ!?」
 傍観組みに突っ込みを入れそちらに視線をやった直後、乳首の辺りを引っ掻かれ電流が身体を走る。
「よそみしちゃぁ、いやぁ」
 ウィルカが頬を膨らませながら文句を言い、またアリスの唇を奪う。
 既に何回も繰り返されてきた行為だが、今回のキスは今までのものとは違っていた。
「ん、んぁ―――!?」
(嘘!? 舌入れてきた)
 ウィルカの舌がアリスの唇をこじ開け、口内に侵入を果たす。
 その攻めは稚拙ではあったが、アリスにも当然ディープキスの経験は無く、簡単に征服されてしまう。
「んむ……ちゅ……ぁ……」
 唾液の混ざり合う音がやけに大きく聞こえるような気がする。
(ま、まずいって―――)
 服ごしとはいえ徐々に激しくなる愛撫に胸が熱くなる。
(このままじゃ、本当に流され―――)
 思考が真っ白に染め上げられるかと思った寸前、唇が解放される。ゆっくりと離れる二人の唇の間を、唾液が糸を引いて繋ぐ。
「はぁ、はぁ……」
 惚けた表情のままのアリスを見て、ウィルカがくすりと笑う。
「ふふ〜。アリスちゃんのぉかわいいとこぉ、ぜぇんぶみたいなぁー」
 胸に置いていた手を、ゆっくりと下に降ろしていく。
「ひゃぅっ」
 ヘソの付近を撫で、腰から太ももを通り、膝の少し上の辺りで脚の内側に指を滑らせる。
「あ、だ、ダメ……ぁん」
 今度はゆっくりと上に向かって撫上げていく。モモの内側を通り、短いスカートの中へと―――
「ヤダ、ヤダッ。本当に、ダメッ……」
 残された気力を振り絞り、アリスが身体を揺らす。
 と、腕の拘束が解けた。恐らくは攻めに集中するあまり、術に向けていた意識が途切れた事が理由だろうが、今のアリスにそんなことを考察している余裕は無い。
「やめてってばーっ!」
 大慌てでウィルカの身体を突き飛ばす。
「はわぁっ!?」
 予想外の反撃に、ウィルカは易々と突き飛ばされ、
「ふぎゃっ」
目一杯頭を打ち付け、静かになった。



「で」
 むすっとした表情で、アリスが目の前で小さくなっているウィルカに問い掛ける。
「本っっっっ当に、何も覚えていないわけ?」
「は、はい。お酒飲んじゃってからは、何も覚えてないです……ごめんなさい」
 何か叱られるようなことをしでかしてしまった事だけを理解して、正座の姿勢でぺこぺこ頭を下げる。
「もうーーーっ! アタシばっかり損してるじゃない!」
「まあまあ、犬に噛まれたようなものよ。ノーカン、ノーカン」
 気楽そうにたしなめるムーンストナを、アリスがきっと睨みつける。
「アンタが傍観してたからでしょ!?」
「あ、あのぅ。私、本当に何をやっちゃったのかな?」
「えっとねえ、あんたが酔っ払って―――」
「言わなくていいー!」
「え? え?」
ムーンストナはアリスに口止めされ、
「しかし、ウィルカにあのような酒癖があったとはな……」
「そ、そんなに酷かったの? 私の酒癖って」
「……」
フランムは目を逸らす。
「ほ、本当に私、何をしちゃったの!?」
 その様子から一番渦中にあったと思われるアリスに質問をしようとし、目が合い、
「な、なんでもないっ!」
凄い勢いでそっぽを向かれる。
「ああっ!? 良く分からないけど、嫌われちゃった!?」
「だからねぇ、酔ったあんたが―――」
「言うなーっ!」
「ウィルカよ、お主は酒を飲まぬようにしたほうが良いな」
「う、うん。ううっ、何したんだろう、気になる、気になるよぉー」
「気にしなくていいからっ! ああっ! こっち見ないで、思い出しちゃう!」
「あーん、ごめんなさい、ごめんなさいーっ」



 そんな事をしていたら今日はほとんど先に進めなかった・・・






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あとがきという名の言い訳
 えー……なぜか許しが出てしまったので勢いで書いてしまったわけで。ゴメンナサイ、ゴメンナサイ。
 本当は百合は守備範囲外なんですよ、本当ですよ。
 こそばゆい心理描写は楽しかったですが。恥ずいけど。
 とりあえずW×Aばかりなので、そのうちA×WとかF×Wとか……て、そんなにネタないよ!
 苦情があれば受け付けます。はい。


 ……今一番怖いのは、フリーデリケおばあちゃん(笑