『タンと悪の華』 byMORIGUMA 「もう少しがんばれるかな・・・」 「大丈夫か?、タンどのが一番無理してるようだが。」 無表情な黒葉が、めったに出さない心配そうな声で聞いた。 「さっきも、私をかばって、大けがしそうになったじゃない。」 リーダーのリエッタが、不安げに言う。 「ううん、だいじょうぶ・・・。」 タンは、まるで何かを忘れようとするかのように、 必死に賢者を務めていた。 小さく、頼りない姿に似合わず、知識を誇る事もなく、 勇気と知恵、その二つを見事にふるい、 PTの面々は、彼女を見る目が変わっていた。 『でも・・・痛々しいのよね・・・』 キルケーは、チラッとリエッタの目を見た。 『ああ、あの娘のことでしょうね・・・』 リエッタはうなづき返すと、 「無理は禁物といつも言ってるでしょ。 自分の言う言葉には、責任持たなきゃ、ね。」 みんなが微笑みながらうなづく。 みな、心からタンを信頼し、心配していた。 タンは、ちょっと赤くなりながら、帰還に同意した。 闇に堕ちたフェリルの、冷たく、泣きそうな目が、 タンの脳裏に何度も現れる。 なぜ、一緒のPTにしなかったんだろう・・・。 どれほど悔やんでも悔やみきれない。 ようやく、外の明かりが見えてきた。 ドワーフの酒蔵亭は、今日もにぎわっていた。 帰らぬ者もあり、ケガをした者もいる、 だが、何もかも吹き飛ばすような活気と喧騒が、 入る物を温かく包み、活力を注ぎ込むようだ。 だが、そんな活気に、溶け込めない者もいる。 そのフェリルは、黙ったまま、周りに目も向けず、 暗い目で食事をしていた。 『どうしたら・・・いいんだろう・・・』 タンは、声をかけることもできず、思い悩んだ。 賢者の知識も知恵も、応えてはくれない。 『心を癒すことは、賢者にはできないの・・・?』 必死の祈りも、その少女には通じぬかのように、 顔を向けることも、周りを見ることすらも無く、 かつての明るいお日さまのような少女は、 日陰のコケのように、ひっそりといた。 『悪には悪の道理がある』 そのとき、初めて賢者の記憶から、 奇妙な言葉が漏れた。 「悪には悪の・・・?」 必死に考える、自分の頭と感覚で。 その言葉の意味を、絶対につかまなければならない。 青くなるほど、一心不乱に考え込むタンの目の前に、 コトリと温かいハニーミルクが置かれた。 「タン嬢ちゃん、あんまり根を詰めるといけねえゼ。」 前に、たまたま雇った事がある傭兵が、 人の良さそうな笑顔で、話しかけた。 「ありがとう・・・あ、あのっ、」 「ん?なんだい。」 「悪の道理、というの言葉、分かりますか?」 ワラにもすがる思いで、精一杯の勇気をふるい、 タンはその傭兵に問いかけた。 傭兵は、ポリポリと頭をかくと、 「まあ、俺らの稼業はそれが分からなきゃやってられねえ。 だがよ、説明できるほどの口はねえぞ。ぺぺさんにでも聞きなよ。」 「あ、あ、ありがとうっ!」 カウンターの方へ走り出した少女に、 傭兵は痛々しげな顔をして、忘れられた甘いミルクを飲んだ。 タンの質問を、黙って聞いていたぺぺは、 長いひげをなぞりながら、次第に顔つきを変えていた。 人当たりのいい、マスターから、 剛毅で、とてつもない経験を積んだ、光る目を持つベテランの冒険者に。 「タン嬢、道理ってのは、知識じゃねえ。 自分で血を流さなきゃ分からねえ。 ましてや、悪の道理ってなあ、おめえさんじゃ無理だ。」 ずしりと、腹に響くような言葉。 無理でも、たとえどんな目にあっても、 それを知らなければ、タンは耐えられなかった。 後悔は、彼女の生きる意志すらも蝕んでいる。 決死のまなざしに、マスターはへの字に口を曲げた。 「悪の華にたのみな。頼んで、どうなってもしらねえがな。」 しゃくった顎の先には、ハデスが豪快に酒をあおっていた。 ハデス・ヴェリコ。 この酒場に集う冒険者の中でも、飛び切り異色の賢者。 カオスであり、史上最悪とまで言われるあだ名を冠され、 短い間に、様々な騒動を引き起こす。 残酷、非道、そのくせにやたらと人にもてる。 彼女にひきつけられるように、 善悪を問わず、よそのPTまでも回りに集っている。 まさに『悪の華』と言えた。 「ハデス・・・いい?」 タンの青ざめた必死の顔。 「おいおい、そういう顔をして『いい?』もねえだろ。 いやだっつうたって、スッポンよりしつこくかみつきそうだぜ。」 笑った口に、ギラッと白い歯が光る。 「教えてください。」 ていねいに頭を下げるしぐさが、ひどく痛ましい。 心の中で舌打ちしながら、ぺぺの差し金だろうと、 カウンターを見ると、ぺぺまで頭をかすかに下げている。 ハデスは、少しだけ口をへの字にした。 「で、何を教えろって?。」 話を聞いたハデスは、残忍に笑った。 「教えてやってもいいが、その対価を払えよ。」 そういうや、目の前の氷を入れるペールをひっくり返す。 それをポンと渡した。 ドブッ、ドブッ、ドブッ、ドブッ、 豪快な音を立てて、強烈な匂いが立ち昇る。 ハデスが普段飲んでいる、48度の火酒が、 小型のバケツのようなペールに、あふれるように注がれる。 タンの目が見開かれ、回りがざわつく。 「それが、飲めたらな。」 「ちょっ、ちょっとハデス」 カルラがあわてた。さすがにその量だと、死んでも不思議ではない。 「だまってな。」 冷気と怒気を含んだ声に、カルラが凍りつく。 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、 タンは、ためらいもなくペールを持ち上げると、 火のようなそれが、喉に押し寄せるのを、 必死に受け入れた。 ゴクッ、ゴクッ、ゴクッ、 意識が、遠くなる、喉と胃袋が焼ける。 だが、それでもタンはやめなかった。 バタッ ヒュウウッ、ヒュウウッ、 倒れたタンから、細い、切れ切れの息が漏れた。 心臓が、今にも破れそうに激しく巡り、 頭が、壊れてしまったようにぐるぐる回る。 目がかすかに、朦朧とだが開いていた。 「覚悟、見届けたぜ。教えてやらあ。」 ズッと、立ち上がると、つかつかとフェリルのテーブルへ向った。 黙って、陰気に食べていた娘は、強烈な殺気に気づいた。 バキイッ 小柄な身体が吹っ飛び、壁に激突した。 「おいガキ、出て失せろ。 辛気臭すぎて、酒が腐っちまわあ。」 「何すんだよおおっ!」 ゴスッ 皮のブーツが、腹に食い込む。 「グエエッ、グエエッ」 のた打ち回るフェリル。 「殴られた事もねえクソガキが!。」 容赦なく頭を、身体を踏みつける。 賢者のくせに、ハデスの拳や蹴りはハンパでなく重い。 「ろくに反撃もできねえ、情けねえ、何冒険者気取ってやがる!」 フェリルはカッと目を開き、つかみかかろうとする。 それを容赦なく胸倉をつかみ、張り飛ばす。 「殴られたら、何で殴りかえさねえ。 やられたら、何でやりかえさねえ。 ウジウジウジウジ、辛気臭え。 牙ももたねえで、命のやり取りやろうなんざ、甘すぎんだよっ!」 バシッ、バシッ、バシッ、 容赦ない音が、酒場中に響く。 「や、やめて・・・やめて・・・」 動かない身体を引きずり、タンが必死に止めようとする。 だが、身体は虫よりものろく、吐き気が続けさまに襲ってくる。 「恨めよ、怒れよ!、ぶん殴れよ!!、 何でそいつを殺ろうとしねえ!。 売られたぐらいでガタガタしやがって、 おめえそれでも戦士か、コラアアッ!。」 『傭兵は、二足三文のはした金に、命をかける親不孝。』 殺し合い、やりあい、知り合いとでも命を張る。 敵も味方も、同じ村の者同士って事すらある。 代価は二束三文のはした金。 傭兵たちは、修羅場を興味ぶかげに、黙ってみていた。 「そんな覚悟で、戦士やってくつもりか?、 そんな覚悟程度で、PTの命かつぐ気か??。 ふざけんじゃねえぞ!、先陣切って命張るのが戦士だろうが!、 そいつが死んだら、後ろが死ぬ、 一緒に死ぬか?、 売り飛ばして生きるか?、 どこが違うってんだ、言ってみろ、言ってみろよ!。 負けたおめえに、命の天秤かけるほどの価値があんのか!、」 血まみれで喘ぐフェリルを、ぐらぐらと揺さぶる。 かばって死ぬのも、 売り飛ばして生きるのも、 自分が売り飛ばされるのも、 見捨てられて捨て駒にされるのも、 傭兵にとっては同じ事。代価は二束三文のはした金。 『それが嫌なら来るんじゃねえ』 悪には悪の、善には善の道理がある。 自分の生き様だけが唯一つの身上。 納得するのも決めるのも、全部自分自身。 「こんなクソガキに、本気で命を張る娘がいるなんざな、 あきれっちまうぜ。 PTでもなんでもねえ、他人のために本気でな!!」 必死に、青ざめて、吐きながら動こうとするタンに、 フェリルの腫れた目が、気づいた。 死にそうな顔色で、それでもフェリルを必死に見ていた。 フェリルの涙が、ポロポロと流れ落ちた。 売られて捨てられたはずの自分に、 身を捨ててまで、命の天秤をかけている少女がいた。 『納得するのは自分自身』 フェリルとタンの意識が同時に途切れた。 −−−−−翌朝。 「タンちゃん、ほんとに大丈夫?。真っ青だよ。」 「だ、だいじょうぶ、ちょっと頭が痛いだけ・・・。」 そのほっぺたに、冷たいビンが触った。 「これ、二日酔いによく効く特効薬だって、ぺぺさんが。」 腫れた顔のフェリルが、ぶっきらぼうに、少しだけ恥ずかしそうに、 横を向いて差し出していた。 タンの青い顔色が、一気にばら色に輝いた。 「あ、あ、ありがとう、フェリル・・・」 ポロポロと涙がこぼれる。 なお照れてそっぽを向くフェリル。 「ふああ・・・ちっと飲み足りなかったな・・・。」 ハデスの、のんびりした声がすると、 とたんに殺気が吹き上がった。 「ハァデェスウウウウッ、昨日の借りは千倍にして返すからねええっ!」 激怒しながら、中指おったてて叫ぶが、 腫れまくった顔では、イマイチ迫力不足。 「フン、ケツの青いガキが、100年早いわ。」 余裕で鼻で笑われてしまう。 もう、元のフェリルではない、 牙を持ち、怒りを隠さぬ、戦士へと変わり始めていた。 それでもタンは、 あの闇に縮こまったようなフェリルより、何十倍も嬉しかった。 またいつか、一緒に出かけられる日が、絶対に来ると確信していた。 FIN