―――――少女が犯されている。
醜悪な顔をしたならず者たちに囲まれて、一人の男の上に馬乗りにさせられている。
美しかった銀髪も、憧れていた場を和ませるような明るい笑顔も、男たちの体液で見る影も無くなっている。
男の上で力無く揺れる少女の虚ろな瞳と、それを呆然と眺めていた私の目が合う。
『タ』
『ス』
『ケ』
『テ』
少女の唇が助けを求めるようにかすかに動き、私は我に返り、少女を助けようと呪文を唱えようとする。
「――――つ!!」
『…声が…、出ない?!』
いつもなら意識しなくてもその場にあった呪文を唱えてくれる自分の『力』が、それ以前に自分の体が指の一本ですら動かせなかった。
成すすべなく嬲られながら、少女の唇が私の名をつむぐ。
『助けなきゃ…、絶対助けるの!!動いて私の体っ…!彼女が助けを求めてるのにっ、私の名前を呼んでる…』
そう考えたとき、私はふと違和感を覚えた。
『…あれ、…私ノ名前?…私に名前何テアッタダロウカ』―――――――――


私は悪夢にうなされて飛び起きた。
「…また、あの夢か……。」
私は昔、大きな火傷を負って小さな村に運び込まれたらしい。
そのときのショックのせいか、その当時のことを良く覚えていない。
唯一覚えているのは『タン』という名前と自分に備わっている不思議な『力』、優しい『誰か』の手のひらの温もりだけであった。
それから私は色々な所を旅して廻るようになったのだが、そのときの後遺症か、時々―――主に『力』を使いすぎたときなどに―――うなされることがあった。
それが最近、頻度が上がってきているように思う。
理由は判っている。焦っているのだ。
親友が散々犯され、奴隷として売られた。その事実が私を追い詰めて、過剰に精神を疲れさせているのだ。
「どうしたのタン、眠れないの?」
「…キルケー」
私が起きていることに気づいたキルケーが、話しかけてきた
「…ううん、なんでもないの。ただ、ちょっと目が覚めちゃった、だけだから。」
「あの女が言ったこと、」
「…え?」
「まだ、気にしているの?」
キルケーが言っているのは彼女のことだろう。背徳の賢者と呼ばれているらしいシャノアールという賢者のことだ。
―――「お友達は今頃、名も知らぬ男の上で腰を振っているだろうな」―――
数日前、すれ違いざまに発せられた言葉。どうやらキルケーたちにも聞こえていたらしい。
「ん、確かに、気にしてないといえば、嘘になるけど…。」
「あの女、ひどいことを言うわよね。気にしちゃダメよ、タン。」
キルケーは少し恨めしそうに、だがそれ以上に私を気遣うように言ってくれた。
「でもね、キルケー。タンは、シャノアールさんって、良い人なんじゃないかと思うんだ。だって、もしタンが嫌いなら、あの場でタンに、あんなこといっても、シャノアールさんには、いいことないでしょ?だけど、シャノアールさんはわざわざ、タンのために、言ってくれたんだと、思うの。確かに、言い方は、良くなかったかもしれないけど、それは、ただ、人との接し方が、分からないだけなんじゃ、ないかなって…。タンも、フェリルや、キルケーや、色んな優しい人に、会えなかったら、あんなふうに、なってたんじゃないかな、って思うから。」
「…ん。…タンは、良い子だね。」
そう言って、微笑みながらタンの頭を撫でてくれるキルケー。
胸が、ズキンと、痛んだ。
もう…、言ってしまおうか…。
「…あれから、タンね、考えたんだ、色々。タン、フェリルが、あんなことになったって、聞いた後も、どこか、信じられなかったんだ。冗談なんじゃないか、フェリルだけは、特別で、売られたって、聞いた後も、帰ってきてくれるんじゃ、ないかって。このまま、冒険、続けてたら、すぐに会えるんじゃ、ないかって。」
「それは…、仕方ないよ。友達がそんなことになったって言われたってすぐには受け入れられ…」
キルケーが必死に慰めようとしてくれる。だけど、だけどね、キルケー。
「でもっっ!助ける側にいるはずのタンが、そうやって考えてる間にも、フェリルは、酷い目にあってるかも、知れないのっ!ううん、たぶん、間違いなく、酷い目にあってるっ!なのにっ、なのにタンは、こうやってキルケーに甘えてっ、皆に甘えてるだけっ!」
「ちょ、ちょっとタン、落ち着いて?ね?」
「オークション会場に、押しかけるとかっ、捕まったとわかったときに、すぐに助けに行くとか、いくらでも、手はあったはずなのにっ!フェリルが、心を閉ざしてしまったあの時にっ!もう、こんなことには、させない、って。次は絶対に助けてみせるって、誓ったのにっ!」
「ねえ、キルケー…。こんなので、タンは、本当に、フェリルの、友達、なのかなぁ…」
そう泣きじゃくる私を、そっと抱きしめて。
「大丈夫、大丈夫だからっ。落ち着いて、ね?タン。」
温かなキルケーの腕の中で、私の意識は深い闇に落ちていった。
「そう…、ゆっくり寝て、起きたらそんな考え、忘れちゃってるから…。」
最後にキルケーが呟いた言葉は、私の耳には届かなかった。


タンが寝静まった後、キルケーはリエッタと会話をしていた。
「ごめんなさいね、リエッタ。何度もこんなこと、お願いしちゃって。」
「大丈夫ですよ。ただ…、私の不完全な『忘却』では、完全には忘れさせてあげられないみたいだけど…。せめて、フェリルさんが捕まったという事実まで忘れさせてあげられたら…。」
キルケーは、それでもまだ、すまなさげな顔を崩そうとはしなかった。
「…キルケー。貴女がタンやフェリルさんにどんな思いを持っていたとしても関係ないのです。私は、自分の意思で彼女に『忘却』をかけているのですから。フェリルさんには悪いのですが、私も、あんな状態の彼女を見るのは忍びないですから…。」
「…リエッタ。」
「でも、彼女は賢者ですから…いつまでこの方法が通用するか。もしバレてしまったら、私は許してもらえないでしょうね。そうなったら、…キルケー、彼女を、頼みます。彼女を支えられるのは貴女だけでしょうから…。」


さまざまな想いが渦巻きながら、クルルミクの夜はいつものように更けていくのだった。