それぞれが刻むもの


<1>

 私の名前はタン。元奴隷です。
 親兄弟のことは知りません。物心ついたときには、奴隷商人に買われていました。
 商人たちは私たち品物に色々なことを教え込みます。
 私が教え込まれたことはたった一つ。

 白紙であれ。自らは何も望まず、ただ飼い主の思うままの色に染められる存在であれ。

 私は欲望のままに使い潰されるための消耗品でした。
 悲しい、とか、辛い、とかといった感情はなかったと思います。初めから一人だった私には、それが普通のことでしたし、何より言葉を教えてもらえませんでしたから。
 夜が来るたびに胸の奥に走る小さな痛みを、“寂しさ”だと知ったのはずっと後のことでした。

 私を買ってくれた人のことはあまりよく覚えていません。
 思い出そうとすると頭に浮かぶのはいつも大きな暖かい手のひら。
 私の頭を優しく撫でてくれた人。
 言葉を、感情を、温もりを教えてくれた人。
 私に、力をくれた人。空の下へ、連れ出してくれた人。
 あの人に会って、名前の無かった私は“タン”になりました。

 あの人には深く感謝しています。
 顔も名前も思い出すことができなくても、あの人の温もりは今でもずっと覚えています。
 きっと忘れてしまう前の私も、あの人にとても感謝していたはずだと思います。

 私の名前はタン。15歳です。
 話すのは、少し苦手です。言葉を教わるのが遅れたせいか、いつも舌足らずな口調になってしまいます。
 そのせいか、もう15歳になるのに周りからは未だに子供扱いです。背だって少し伸びてるし(確かに平均よりは小さいけれど)そろそろ大人だと思うのですが、誰にも認めてもらえません。
 自分のことを名前で呼ぶから幼く見えるのだと、人から言われたこともあります。
 けれど私は私の名前が好きだから、こればかりは仕方ありません。

 私の名前はあの人との絆。この首輪も、この手錠も、みなあの人との絆です。
 その格好では不便だろうと笑われたこともありました。でも、私は不便だと思ったことはありません。
 初めから一人だった私には、何もありませんでした。
 だからせめて、こんな私に与えられたものだけは、それが良いものでも、悪いものでも、しっかりと受け止めて、大事にしたいと思うのです。
 私は、間違っているのでしょうか。

 私の名前はタン。冒険者です。
 今はクルルミクというところで冒険をしています。正直、あまり上手くいってません。
 私たちが挑んでいる迷宮は龍神の迷宮といいます。その迷宮にはならず者の人たちが巣食っていて、何人もの人がさらわれました。
 私の友達も、さらわれました。

 フェリル。私の一番大切な人。
 私が大勢の男たちに襲われていたとき、たった一人で助けにきてくれた人。
 私の大好きな人で、私の憧れの人。
 冒険者としての生き方を、私に教えてくれた人。

 冒険者を続けている理由を聞かれたとき、私はいつもこう答えてきました。
 フェリルみたいになりたいから。
 今でも、そう思っています。

 フェリルと、ずっと一緒にいたかった。
 一緒に笑いあって、手を繋いで、またお祭りをまわって、甘いキャンディを食べたかった。
 神様は、意地悪ですね。

 フェリル。
 フェリルは今、どうしていますか。
 手酷く陵辱されたという噂。酷い娼館に売られたという噂。それらが聞こえてくるたびに、私はどうしていいかわからなくなります。
 無理を言ってでも、フェリルについていけば良かったと、何度も何度も思います。

 一番肝心なときに、私はフェリルの力になれませんでした。
 フェリルは、私を恨んでいるでしょうか?
 恨んでくれていいです。殴ってくれても、嫌われてしまっても我慢します。どんな酷いことをしてもいいです。私はどうなってもいいです。
 だから代わりに、どうか無事でいてください。
 お願いです。
 一生のお願いですから。

 あなた宛に、手紙を書こうと思いました。でも、宛先がわかりませんでした。
 考えてみれば、宛先がわかるなら、今すぐ助けに行っていると思います。
 ばかですね。やっぱり、私は未熟者なのかもしれません。
 イルビットには連絡しました。早くフェリルが見つかりますように。

 私の名前はタン。フェリルの、友達です。
 フェリル。
 私はもう少し、ここで冒険を続けてみようと思います。 
 一度引き受けた依頼は最後までしっかりと。冒険者はけじめが大事。
 それは、あなたが教えてくれたことだから。

 あなたの教えは、あなたとの絆。
 私は、がんばっています。……がんばれてると、いいな。
 どうかフェリルも、がんばって。いつかまた、会いましょう。
 きっと。
 きっと。


<2>

 その夜。ペペの酒場は静かだった。客はたった一人きり。
 カウンターでブランデーのグラスを傾けながら、キルケーは自分以外誰もいない酒場を見回して呟く。

「……最近、静かになってきたわね、この酒場」
「……そうだな」

 ワイズマン討伐のための冒険者が立ち寄るこの酒場。以前より明らかに客の数が減っていた。
 その理由をキルケーもペペも知っている。冒険者たちが次々と迷宮の闇に飲まれていることを。

「………………」
「………………」

 知ってるからこそ、どちらもそれを口にしなかった。
 代わりにペペは以前から思っていた疑問を口に出す。

「……なぁ、キルケー。お前さんは、今のままで良いのか?」
「……どういうこと?」
「タンの嬢ちゃんのことだ。このまま冒険者を続けさせるつもりか?」
「………………」

 その問いにキルケーは沈黙する。その表情は、ペペの言おうとしていることを悟っていた。

「確かに実力面では十分だ。並みの冒険者以上の力は持っているがな」
「……精神的な部分では、問題がある?」
「正直、未熟すぎる。あの嬢ちゃんには冒険は荷が重いだろう」

 タンは魔舌の力で能力的には賢者として十分なものを持っている。
 だがそれはあくまで外付けの能力に過ぎない。
 タン自身はまだ年端もいかない少女であり、精神面において冒険者を続けるには圧倒的に未熟だとペペは感じていた。
 現にフェリルがいなくなったとき、見るも痛々しいほどに取り乱していた。
 親しい人物がいなくなったとはいえあれほど取り乱すようでは、いざというとき致命的な結果になりかねない。

「冒険者は何があろうと自己責任だ。だから俺は止めん。
 ……だが、忠告はできる。タンは、このままでは長生きはできんぞ」

 そう断言した。長年、様々な冒険者を見てきたペペの、確かな勘だった。

「ハデスも、婆さんもいなくなっちまった。この上、あの嬢ちゃんまでがギルドのポスターに描かれるなんてのは勘弁だ。
 ……止められるとしたら、今タンの一番近くにいるお前さんだけだ、キルケー」
「……………」

 キルケーはその言葉にしばし沈黙する。
 うつむいたまま少しの間無言でグラスの中の氷を転がしていたが、やがて顔を上げると、

「冒険は、続けるわ。タンはそれを望んでるから」

 そう言った。

「……危険だと、わかってか?」
「冒険はタンにとって絆なのよ」
「うん?」

 眉をひそめるペペに、キルケーは続ける。

「タンはね、欲が薄いの。
 与えられた物はとても大事にするんだけど、自分からは欲しがろうとしない。
 本来なら、冒険だって自分からしたがるような子じゃない」

 タンには趣味がない。好きな食べ物もないし、服にも宝石にも興味がない。
 普通の人間と比べて明らかに欲が無さすぎる。
 それは幼い頃から奴隷だったタンの性分だった。自分からは何も欲しがらず、逆に他人から受け取ったものは素直に受け入れて大切にする。

「んなこたぁないだろう。
 タンはいつも着ているあの服を気に入ってるし、よく飴を買って舐めている」
「それは、フェリルとの絆だからよ」
「……どういうことだ?」

 首を傾げるペペ。

「タンは欲しがらないけど、一度手に入れたものはとても大事にするの。
 それは物だけじゃなくて、友達とか、仲間もそう。
 中でも、好きになった相手との繋がりは何よりも大事にしてる」

 タンの中の一番強い感情。それは、好きな人を失いたくないということ。

「大事な相手との絆が、タンの中の強い動機になっているのよ。
 フェリルと舐めたキャンディ、フェリルに買ってもらった服、フェリルが残したローブって具合にね」
「……フェリルの嬢ちゃんのことばかりじゃねぇか」
「あの子は、フェリルのことが大好きだから」

 困ったような微笑を浮かべてキルケーは言う。

「そもそもタンが冒険者を続けてきたのも、冒険者っていう仕事がフェリルとの繋がりだったから。
 私はそう思ってるわ」
「………………なんてこった」

 あまりのことにペペは言葉を失った。
 そこまでタンがフェリルのことを想っているとは知らなかった。確かにそれなら、フェリルの行方不明を知ったときの有様も頷ける。

「タンから冒険を奪うことは、タンからフェリルを奪うこと。
 私は、そんなことしたくないから」
「……いいのか? お前はそれで」

 真剣な眼差しでペペが問う。その眼差しを正面から見据えて、

「……タンは頑張ってるわ。
 あれほど想ってるくせにフェリルのことは一言も口にしないし、辛そうな顔も、悲しそうな顔も私たちの前では見せない。
 必死に堪えてるのよ。冒険を続けるために」

 タンは仕事は全てきちんとこなしているし、仲間のことも大事にしてくれている。特にキルケーのことは頼りにしてくれているし、時々甘えてくれることもある。
 その裏で、フェリルへの想いを必死に押さえつけながら。

「本当は、何かあるたびに泣きそうになってるのにね。あの子は不器用だから」
「………………」
「タンが、頑張ってる。……なら私は、タンを支えたい」

 そう言ってグラスの中身を飲み干した。

「……話しすぎたわ。そろそろ帰るわね」
「お、おう」

 席を立って、酒場を出て行くキルケー。その背中に、マスターは声をかける。

「キルケー、最後に一つだけいいか」
「……なに?」
「俺はお前さんたちも良いコンビだと思ってるぜ。
 フェリルとタンが親友なら、さしずめお前らは良い相棒だ」

 その言葉はキルケーは少し沈黙したあと振り返らずに、

「……ありがとう。おやすみ」

 そう言って去っていった。
 

<3>

 宿につくともう皆寝静まっているようだった。
 キルケーは音を立てないようにしながら自分の部屋へ向かう。

「……ただいま」

 小さく呟いて部屋に入り、鍵をかける。
 キルケーの部屋はタンとの相部屋だった。先にベッドで寝息を立てているタンの寝顔を覗き見る。

「……また、泣いてる」

 眠る半獣人の少女の目から一筋の涙が流れ、枕を濡らしていた。
 フェリルがいなくなってから、タンは毎晩こうだった。気がつけば必ず眠りながら泣いている。昼間、ずっと気持ちを押さえつけている反動かもしれない。
 時にはパニックを起こして飛び起き、フェリルの名を叫びながら大騒ぎすることもある。そういうときはキルケーが必死に宥めて寝かしつけるが、どうしても厳しいときには、リエッタに鎮静のための魔法をかけてもらうことすらあった。
 それほどまでに、タンの中のフェリルの影響は大きい。
 ともすれば、冒険に支障が出かねないほどに。

「それでも、私は――」

 タンの想いを、尊重してあげたい。
 そして何よりタンと、一緒にいたい。リエッタや黒曜と共に冒険を続けたい。
 たとえタンの行動がフェリルへの想いから来るものでも、構わなかった。
 フェリルに嫉妬する、なんて段階はもうとっくの昔に通り過ぎた。今はタンという少女を丸ごと大事にしてあげたいと思っている。

 何のことはない。
 この冒険はキルケー自身にとっても、タンとの絆に他ならないのだった。

 そっとタンの涙を拭う。
 大きな耳をぴくりと動かして、タンがうっすらと目を開けた。

「……キルケー……?」
「あ、ごめん……起こしちゃった?」
「ん……大丈夫……おかえり……」

 上半身を起こして微笑んでみせるタン。
 一見、いつも通り。だがキルケーは、その顔が微かに青ざめているのを見逃さなかった。

「……タン。また、悪い夢?」
「……………う、ん…」

 闇の中でフェリルが男たちに襲われている悪夢。タンは毎晩その夢を見てうなされている。

「大丈夫よ、タン」

 そっとタンの頭を抱きしめた。柔らかな温もりがタンを包む。

「ん………」

 タンはキルケーの服をきゅっと掴むと、顔をふくよかな胸に埋めた。
 毎晩の儀式。
 悪夢によって目が覚めるたびに、タンはこうしてキルケーに宥められ再び眠りに落ちていく。
 この役目は、キルケーにしかできなかった。

「……ありがとう。ごめんね、キルケー……」
「いいわよ、仲間なんだし」

 落ち着きを取り戻し、ゆっくりと瞼を閉じていくタン。
 その頭を優しく撫でながらキルケーは思う。
 少なくともタンはこうしてキルケーを頼りにしてくれる。フェリルとは違う形だけれど、キルケーと絆を結んでくれている。それは確かなことで、この上なく嬉しいことだった。

 ――お前らは良い相棒だ。

 脳裏に、先ほどのペペの声が響いた。
 そうでありたい。強く願う。

 気がつけば、腕の中の少女は静かに寝息を立てていた。

「……おやすみ、タン。また明日」

 その小さな体をベッドに横たえて毛布をかけてやると、キルケーもまたベッドに向かった。
 微かに体に残った少女の温もりを心に刻んで、眠りにつく。
 この子はきっと守ってみせる。その誓いと共に。


< >

 少しばかり夢を見ていた気がした。毎晩見る、幸福の夢。
 皆が笑いかけてくれる、光に満ちた優しい夢。

「そら、寝てるんじゃねぇよ」

 頬に衝撃。目が覚める。強引に地獄へ引き戻された。

「さっさとしゃぶれ」

 目の前に突き出される、男の醜悪なペニス。

「……はぁい」

 なんのことはない。いつものこと。
 私はもう、この光も優しさもない世界の住人なんだから。

 大きくドス黒いそれを躊躇いなく口に含む。口の中で湿らせ、舌を絡ませる。竿を舐め上げ、亀頭を包み込み、小さな穴に舌先を入れて愛撫した。

「……ぅおぅっ!」
「ぅぇっ……」

 それだけで男は簡単に達した。口の中で爆発する灼熱。生臭い匂いがと鼻の奥をつく。むせそうになるが、吐き出したりしたら何をされるかわかったもんじゃない。

「ん……んっ……んぐ…」

 大量に放出されるそれを、舌で受け止めてから徐々に飲み込む。こうすれば、気道や鼻の方に流れない。喉を鳴らして精液を飲む私を男は満足げに眺めると、乱暴にベッドの上へ突き飛ばした。

「あうっ……」
「ふん。すっかり慣れてきたじゃねぇか、フェリルちゃん。最初の方のおぼこっぷりが嘘のようだぜ」

 にやにや笑いながら言う男。一瞬、何か言い返したかったけれど、それは決してしてはいけない。
 お客様には絶対服従。お客様の言う事は全て正しい。
 ――それに、慣れちゃったのは事実だし。

「どうした? 俺は誉めてやってるんだぜ?」

 微かに男が語気を荒げる。びくりと身が震える。恐怖が心の底から沸きあがる。

「は、はい。ありがとう、ございますっ!」
「ふん。だったら態度で示してくれよ。なぁ?」

 下品な猫撫で声。
 嫌な客。もっとも、ここに嫌じゃない客なんていないけど。

「……私、は……」

 お客の好みはいちいち覚えさせられた。こういうとき、どう言ったらいいのかも。
 ベッドの上で姿勢を変える。四つんばいになり、お尻を男の方へ突き出すと、股を開いて自分の指で秘所をそっと押し広げた。くちっと水音。
 顔が火照る。こんな格好するだけで、恥ずかしくて仕方ない。
 でも平気だ。もう、慣れた。慣れたはずだから。

「私は……お客様の、奴隷です」

 精一杯に媚びた言い方をしてみせる。いやらしく、淫らに。男の欲を誘うように。

「どうか、どうか、私のここを、好きに使い尽くしてくっ!? ひああぁっ!!」

 台詞を最後まで言わないうちに、男が再び滾らせた剛直で私の体を貫いた。
 ぞくん、と背筋を走る電撃に思わず鳴き声を漏らす。

「なんだ、もう濡れてるじゃねぇか」

 男は貫いたまま私の体を抱えあげると、胡坐をかいた上に座らせた。
 背中に男の熱い胸板が当たっている。
 両の腿を掴まれ、まるで幼児におしっこをさせるような体勢で固定された。大きな体にすっかり包まれて、身動きできない。
 やだ、こんな格好……。

「さぁて、じっくり楽しもうか」

 そう言って男はゆっくり腰を前後左右に動かし始めた。

「ぃッ…んんっ…ふぅんっ……」

 ゆっくりと膣をかき回される。甘い痺れ。じんじんと胎内から私を責める。熱くなる足先。
 鼻がかった喘ぎを漏らす。半分は、男を喜ばせるための演技。もう半分は――本当に気持ちいいから。
 少し荒くなっていく、男と私の呼吸。

「ぁ……はぁっ……ふあ、あぁっ……」

 ぴちゃっ。くちゃっ。聞こえる水音が大きくなる。
 滴る液体が男の足とシーツを濡らしている。
 鼓動が早くなっていく。得体の知れない切なさが沸いてくる。

「どうだ。気持ちいいか?」
「は、はいぃ……ぅあっ…気持ち、いいですぅ……」

 にやついた男の言葉に答える。少しの演技と、半分以上の本心で。
 堪え難い感覚が私を徐々に熔かしていく。
 やだな。私、感じてる。

「はん。この淫乱が」

 耳元で男が息を吹きかける。ぞくっと心地よい痺れが首筋に走る。
 いやだなぁ。いや、なのに。

 こんな場所大嫌い。ここに暮らす男たちも、ここにやってくる男たちも大嫌い。
 でも一番大嫌いなのは私自身だ。
 男たちに好き勝手されてるのに、反応してしまう私の体が大嫌い。

 それでも今夜はまだマシな方。酷い相手なら、こっちの反応なんておかまいなし。
 痛めつけられるだけの仕事よりは、今夜みたいなのは少しだけ気が楽だった。
 だからかな。
 なんだか私、楽しんじゃってる。

「はぁっ、あぁ……ああっ! き、気持ちいいですぅ…!」

 頭の中がゆっくりぼやけていく。
 知らない誰かの声に聞こえる。
 知らない。こんな淫らな声、私の声じゃない。

「そら、自分の姿を見てみろよ」

 男に言われて初めて、この部屋に姿見が置いてあったのを思い出した。
 見たくない。見たくないけど、言われた通りにした。

「……ぁ…………」

 誰だろう。この子は。
 私と同じ銀色の髪。私と同じ青い瞳。私と同じ肉体。でも、一緒なのはそれだけだ。
 とろけきった表情。目は快楽の色を滲ませ、だらしなく涎を零し、赤く染まった頬に汗で髪が張り付いている。
 すっかり硬くなった乳首を荒い呼吸で切なげに震わせ、その秘所は男の大きなものを飲み込んでひくついている。滴る愛液の白さは悦楽の証拠。

「こんなになっちまいやがって、かわいそうになぁ?」

 くくっと男は笑うと再び腰を動かし始めた。

「あッ、ふあぁぁんっ」

 堪えきれずに声をあげると、鏡の中の女の子も声をあげた。とても、嬉しそうな表情で。
 ……はは。
 変わっちゃったなぁ。
 好き勝手に欲望を刻み付けられて、こんな姿になっちゃった。
 最初はここで生き残るために演技をしていた。男の喜ばせるため、精一杯に淫らに媚びた。
 でも最近はもう、どこまで演技なのかわからない。

「そろそろフィニッシュといくか。だがその前に」

 男はそう言って私を解放すると、仰向けに横たえた。
 私の中からペニスが抜き取られる。断続的に送り込まれていた快感が途絶えて。
 あ、だめ。まだ、私――。
 途端に堪え難い切なさが溢れてくる。

「さあ、言ってみな。どうして欲しい?」

 答えなんてわかりきってるくせに、男が言う。
 こんなに火照らされた体、もう自分じゃどうしようもない。
 荒い呼吸が止まらない。あそこが熱く疼いてどうしようもない。
 言いたくないけど、生き残るために言わなくちゃ。そう思ってたのが少し前の私。
 今の、私は。

「くだ…さい……」

 人差し指と中指を自分の花弁の中に差しこみ、かき回す。大きな水音が淫らに響く。

「もう…こんなになっちゃってるんですぅ……お願い、です」

 埋めた指を取り出し、広げてみせる。二本の指の間に、幾筋もの糸が引いた。

「ほ、欲しい、です。お客様のおちんちんで、かき回してくださいぃ……」

 恥ずかしい。とてつもなく恥ずかしい。恥ずかしいのに――私、興奮してる。
 演技だ。これも演技なんだ。演技だから、仕方なく。

「ふん。まぁ、許してやる。ほれ」
「ひん……っ」

 男のペニスがひたりと私の膣口に押し付けられる。
 鼓動が跳ねる。すぐ間近に迫った大きな快楽に、体が勝手に震わせる。

「は…っ……はぁっ……っ」

 呼吸の荒さが加速する。甘い痺れが脳髄を熔かす。
 じわりと秘所に熱さが溢れた。とろりとした液体が内股を濡らしてる。
 どうして。まだ入れられてもいないのに。
 焦らされてるだけで、こんなに。こんなに私、期待して――。

「そらぁ!」

 そこまで考えたところで、男は一気に私を貫いた。

「ぁ、あああアアッ!」

 全ての感覚が吹き飛んだ。視界が一瞬にして白く染まる。

「ははっ、そんなに待ち遠しかったかっ、フェリルちゃんよっ!」
「ひァッ…はいぃっ! ああっ、んんっ! う、うれしいっですっ!」

 激しく腰を叩きつける男。
 焼きつくような快楽の奔流が私の脳内を吹き飛ばす。

「あッ、うあああああああっっ!!」

 すぐさま私は絶頂に達した。
 膣内がきゅっと狭まり、男の物を締め付けるのを感じる。
 だが、男は止まってくれない。
 
「まだまだっ、そらァ!」
「あ、やめ、私っ、もうっ…ひあああ」

 一度達して敏感になった粘膜を、男の物が容赦なく抉り始める。
 途端、去りかけた快楽が、より大きな波となって押し寄せてくる。

「あぁっ!…あっ、あはっ…んぁぁっ!!」

 気持ちいい。
 気持ちいいよぉ。
 指が、手が、足が、腰が、震えて痙攣し始める。
 何も考えられなくなる。
 いやらしく響く水音が耳を通して脳髄を侵す。

「いーい顔してるぜ、フェリルちゃん」
「はぁぁっ! いっ、あっ、あっ、あっ」

 自分がどんな顔してるかわからない。視界はとっくに白に染められて何も見えない。
 手足の感覚ももう遠い。
 犬のように突き出した舌が、男の抽送に合わせて揺れているのだけがわかった。

「そろ、そろっ…くおおおっ!」
「あっ……ひゃっ、あああああッッ……!!!」

 男の剛直が胎内で爆発するのを感じると同時に。
 雷に撃たれたように背をしならせて私は達していた。
 最後の瞬間、音を立てて結合部に溢れた液体は、精液だけではなかった気がした。



 それから少しの時間が過ぎた。
 夜は長い。一人の男が終われば、次は別の男に弄ばれる。
 欲望のままに蹂躙され続ける自分を、フェリルはどこか遠くから見ていた。

(フレシア、イルビット、エイン。
 こんな私の姿を見たら、あなたたちはやっぱり失望するかな)

 変わり果ててしまった自分。昔のような少女ではなく、一人の娼婦になってしまった自分。
 体を汚され、心を染められ、魂ももう堕ち果てた。
 一体誰が、こんな自分を受け入れてくれるのだろう。

 ふと、懐かしい少女の顔が頭をよぎった。

(……タン、ちゃん。タンちゃんなら……)

 あの子なら、もしかしたら。
 かつてフェリルが暴走したときも、全てを受け止めてくれたあの子なら、今のフェリルも受け入れてくれるかもしれない。

(……タンちゃんたち、今、どうしてるかな?)

 男に貫かれ揺さぶられながら、心は遠くクルルミクの地へ飛んでいた。

 みんな、まだあそこにいるのかな。
 元気でやっているといいなぁ。
 私は、もう、きっと、戻れないけれど。

(ああ、タンちゃん……タンちゃん……)

 寒かった。
 体はこんなに熱いのに、心はとても寒かった。
 抱きしめて欲しかった。あの半獣人の少女に、もう一度。

(会いたいよ……会いたいよぉ……)

 気がつけば手を伸ばしていた。
 男に蹂躙され、はしたなく声をあげながら、フェリルは記憶の中の半獣人の少女に向かって、手を伸ばしていた。
 思い出そうとしていた。あの少女の温もりを。

(タンちゃん……私は……私、は――)

 フェリルの瞳から一筋の涙が流れる。
 愛しい相手への想いをこめたその涙は、

「くっ、出すぞ……っ!」

 男が放った白く濁った精液に塗りつぶされた。

「……ぁ……………」

(私、は………………)

 急速に薄れていく意識の中で、フェリルは記憶の中のタンの温もりを探した。

 もう、思い出せなかった。

 虚ろな顔に精液を浴びせられながら、娼婦の少女は失神した。