龍神の迷宮、監禁玄室三号室。 「ウイース、アノ女ガ捕マッタッテー?」  どこか軽い足取りで監禁玄室を訪れた、迷宮には似つかわしくない幼さの残る容貌の少年。  虚ろな目とくぐもった声からは想像もできない、軽く弾んだ口調。  ハイウェイマンズギルドの魔法トラップ技師スロウトは、ここ数日で目を付けた女冒険 者達の一人、竜騎士のシュリが捕まったと聞いて浮かれた調子でやってきたのだが。 「ぶげはぁっ!?」  その眼前に、ならず者の一人が鼻血を撒き散らして吹っ飛んでくる。 「こ、このアマぁっ!? こっちが手加減してりゃいい気になりやがって!」  やや曲がった鼻を押さえながら叫ぶ男の視線の先には、既に全裸にされたシュリが、息 を切らせながら立っていた。  その身体には痣がいくつかあるものの、未だ陵辱の痕は見受けられない。 「ナニヤッテンノ、キミ達。セッカク捕マエタノニ、マダ手ヲ付ケテナイノ? マア、ボ クガ来ルマデ待ッテテクレタッテ好意的ナ解釈モ出来ルケド」 「ま、こんだけ人数いりゃ時間の問題でしょう。この人数から逃げれるほど、器用じゃな いみたいですしねぇ」 「五階ナンテ今ジャ冒険者ガヨク通ルンダカラ、下手スルトスグ奪イ返サレチャウジャン。 入口ニ罠仕掛ケテイイ?」 「うちの連中が引っ掛かるんでやめて下さい。前も似たような事を言った気がしやすが」 「チェー」  そう言いながらスロウトは、ならず者の人垣をすり抜けながら、暢気な足取りでシュリ の元へ歩み寄る。 「ヤ、オ久シ振リ。相変ワラズ元気デ何ヨリダヨ」 「きみは……あの時の少年か」  シュリの視線に、警戒の色がありありと浮かぶが。 「ココヲ吹ッ飛バシタリスルト、ぎるどぼノオッチャンニ怒ラレルカラヤラナイヨ? 身 体ヲ動カスノハ、アマリ得意ジャナカラ、ボク自ラドウコウッテノモナイカラ安心シテテ イイヨ」  そう言いながらスロウトは、全裸にされたシュリの身体を、上から下まで舐め回すよう にじろじろと見詰める。  幼い顔立ちとガラス玉のような瞳であるにも関わらず、そこいらのならず者達と比べて も、比較にならないほどの欲望の色が窺えた。  僅かに身震いして、じりと後退るシュリ。 「トコロデ……装備ヲ奪ッタ時ニ、眼鏡モ奪ッチャエバ良カッタノニ。目ガ良クナイナラ、 取リ押サエヤスインジャナイ?」 「「「「「断固拒否する!」」」」」  部屋にいた101人のならず者達のうち、シュリを取り囲んでいた十数名が、一斉に声 を上げる。 「眼鏡だぜ!? 伊達とかお洒落じゃない純粋な眼鏡っ娘だ!」 「やや年増だが童顔がそれを補って余りある!」 「ピリオ、シャーロウ、エメラーダ、そしてこのシュリ!」 「数少ない眼鏡っ娘だというのに、何故にその眼鏡を取り払う愚行をしろと!」 「例えギルドの方針に背こうとも、俺達は信念を貫く!」 「ジーク・眼鏡! 眼鏡っ娘に栄光と陵辱あれ!」 「……ぐらいみー、トリアエズソイツラ、ブン殴ッテオイテ」 「了解です、ぼっちゃん」  涙を流し熱弁を奮っていた一部のならず者が、グライミーの指揮の下に、他のならず者 によってタコ殴りにされていく。  痣と鼻血を増やし、バケツを持って監禁玄室の隅に整列させられる眼鏡派のならず者を 尻目に、スロウトはシュリの顔を見詰める。 「きみのような子供が……何故、ならず者集団のギルドなんかに」 「オ金ニナルカラト……キミミタイニ、真面目ナ良イ子ガネ、悲鳴ヲ上ゲテ泣キ叫ビ許シ ヲ乞イナガラ、無様ニ壊レテイク様ヲ見ルノガ趣味ダカラ♪」  問い掛けるシュリに対して、わざわざまともな表情を作り、無垢な子供のような笑顔で 答えるスロウト。 「虫ノ羽ヤ手足ヲ毟ッテ、ソノ様子ヲ眺メル感ジ? 心ヲ少シズツ少シズツ毟ッテ、ソレ マデ美シク凛々シク可愛ラシカッタ存在ガ、無惨ニ堕チテイクノヲ観察スルノガ、最高ニ 楽シインダヨ」 「どうして……そんな事を楽しめる……きみのような子供が」 「年齢ナンテ人格形成ニ関係ナイシ。ソンナキミハドウナノカナ? ナラズ者ヤぐらっせ んノ兵ヲ狩リ、くるるみくノタメニ頑張レタト……満足シタ事ハアルンジャナイカナ?  所詮ハ価値観ヤ生活環境ノ違イデシカナインダヨ、ソンナノハ」  言葉に詰まるシュリを見て、スロウトは肩を竦めて笑みを消す。 「……マ、イイヤ。明日、冒険者達ノ探索ガ一段落スル頃ニマタ来ルヨ……ソノ時ニマダ 逃ゲレテイナカッタラ、マタ会オウネ?」  喉を震わせ不気味な笑い声を漏らしながら、スロウトとグライミーはシュリから離れ、 玄室の出口へと向かう。 「ソレジャ、ミンナ頑張ッテ。一号室ノでぃあーなハ、トックニ堕トシテユッタリトオ楽 シミ中ダッタヨ……イイ顔ヲシテタヨ、アノ白竜将ト呼バレタ女ガ。七階ノえるたにんモ マダミタイダケド、アッチハ人数ガ少ナイシネ。竜騎士ヲ堕トストぎるどぼノオッチャン モ大喜ビダカラ頑張ッテネー」  重い音を立てて扉が閉じ、二人の姿が見えなくなる。 「ディアーナ様が……堕ちた? エルタニン殿まで、捕まった……そんな……」  スロウトの残した言葉が、シュリの心中に突き刺さる。  龍神の迷宮に挑んだ六人の竜騎士、ディアーナ、クラウ、クレール、エルタニン、ダイ アナ、シュリ。  そして探索の最中にその力を見出され、騎士叙勲を受けたリラ。  合計七人の竜騎士のうち、既に三人が性奴隷として売り飛ばされ、二人が捕まっている 事になる。 「どうにかして……脱出をしないと……」  広い監禁玄室のあちこちには、既にやる気を無くしたならず者達が、方々で好き勝手に 休憩をしている。  だがその視線のほとんどは、全裸にされたシュリの身体に注がれており、単身での脱出 は不可能だろう。 「助けを……待つしかないのか……」  シュリの脳裏に、酒場や迷宮で出会った冒険者達の顔が浮かぶ。 「それまで……私は抵抗を続けられるのか……この人数を相手に……」  ならず者達の視線のせいか、裸身を晒し続けているせいか、シュリは僅かに身を震わせ ていた。           ○         ●         ○  あれから、どれぐらいの時間が経っただろうか。  戦場での経験から、周囲を警戒しながらでも多少は身体を休める事はできたが、精神の 疲弊だけはどうしようもない。  ならず者達も夜は寝るのは当然の事だが、抜け駆けして寝込みを襲おうとする輩は後を 絶たない。  それでもなお、脱出の機会を窺って周囲を警戒していたが。 「……減っている?」  101人いたならず者の人数が、50人まで減っていた。  用足しやら何やら、何かと理由をつけて監禁玄室を出て行ったならず者達のほとんどが、 戻ってきてないのだ。 「外では……ギルドの不利な事態になっているという事か……もう少し人数が減れば、脱 出の機会も」  そう考えた矢先、監禁玄室の入口がにわかに騒がしくなる。 「おう、空いてんなぁ? 何シケたツラ並べてんだ、まだそっちの女の調教始めれてねぇ のかよ」 「うっせぇな……こっちはこっちで大変なんだよ。ってかそっちはどうしたんだよ」  下品な大声を上げて躍り込んできたならず者達は、一人の女冒険者を部屋に放り込む。 「ヒャハハハハハ、こっちは金星だぜ! ランキング五位のメリッサだぜ!?」  その言葉に、にわかに監禁玄室内の空気が湧いた。  そして。 「へへへ、おい『あの』メリッサを捕らえたって?」  迷宮内での情報ネットワークは、よほど発達しているのだろう。  メリッサが監禁玄室に連れてこられてほどなく、大量のならず者達がこの部屋を訪れた。  その数――実に、464人。 「派手に集まってきやがったなぁ? こりゃ今日中に終わるかどうか難しいもんだぜ」 「つーわけで、お前らはそっちを頑張りな?」  何度も捕縛を繰り返しながら、逃がし続けてきたメリッサを嬲ろうと集まったならず者 達は、砂糖にたかる蟻のようにその身体に群がっていく。 「ええい、誰が貴様らの言いなりになど……!!」  なんとか声を張り上げるメリッサだが、薬か魔法の影響か、火照り汗ばんだ身体は、思 うように動いていないようだ。  目前まで迫ったならず者達に腕を掴まれても、それを振り解く事すらできなかった。 「く、来るな……触るんじゃないっ! や……っひ、ぁああ……っ!?」  あっという間にならず者の人垣に遮られ、メリッサの姿が見えなくなる。  何度か捕らわれた女冒険者を助けた事があるシュリではあったが、今まさに嬲られよう とする現場に居合わせるのは初めての事だった。 「きっ……さまらっ!」 「おっと、アンタはこっちだ。他人の心配より、まず自分の状況をどうにかするんだな?」 「第一、もうお前にどうこうできる人数じゃねぇだろ? 100人ちょっとからも逃げら れなかったんだからな」 「一緒に犯られんのがオチだな。もっとも、あのメリッサを犯れる連中に、あんたまでく れてやる義理は無ぇけどな」  メリッサに群がる人だかりから引き離すように、割って入ったならず者達がシュリにじ りじりと近付いてくる。 「心配なら、さっさと俺達に犯られちまいな」 「一人で嬲られるのは辛いだろうしなぁ。並べて犯してやるからよ」  堰を切ったように、一斉に襲ってくるならず者達。  その人数こそ減ったものの、勢いは衰える様子を見せず、シュリはただ己の身を守るだ けで精一杯だった。 「あ、ぁあ……っ!? やめ……っ、動く、なぁぁ……っ!! 痛……、っく、んぁぁ……っ!!」  人垣の向こうから聞こえてくる、悲痛なメリッサの声。  だが、前へ進む事はおろか、追い詰められないように逃げ回るので精一杯だった。  掴まれた腕を振り払い、拳や蹴りを避け、時には直撃に耐え、押し倒されようものなら 容赦なく膝や肘をお見舞いして投げ飛ばす。  顔に爪を立て、腕や首筋に歯を立て、獣もかくやという抵抗を続ける。  やがて、シュリの抵抗の激しさに諦めたならず者達は、混ざれないもののせめて見物に と、メリッサの陵辱の輪に加わっていく。  すぐに襲ってくる者がいないのを確認すると、シュリは安堵の溜息を吐き。 「ヨカッタネェ、めりっさガ捕マッテクレテ」  いつの間に現れたのか、シュリの足元にしゃがみ込んだスロウトが、楽しそうに喉を震 わせて笑う。 「アンナ派手ナ輪姦しょーヲ目ノ前デヤッテチャ、ヤル気モ削ゲルッテナモノダヨ……ネェ?」 「何時から……いた……」 「めりっさガ放リ込マレタ時カラ。ヤー、めりっさモナカナカイイ表情ヲ見セテクレタヨ? 抵抗デキズ捕ラワレタ無念、迫リクル陵辱ヘノ恐怖、破瓜ノ瞬間ノ絶望……例エ助カッタ トシテモ、確実ニ妊娠スルグライニ何度モ何度モ何度モ何度モ見ズ知ラズノ男達ノ精液ヲ 腹ノ中ニ注ガレ続ケテ……ソレデモ、引キ離サレタ仲間ノ事ヲ心配シテ、自分ノ無力ヲ恥 ジテ」  楽しそうに、本当に楽しそうに。  夕食の席で、両親に一日何をして遊んだかを語る子供のように、スロウトはメリッサが 嬲られていく様を語り続ける。 「……しゅりハ、自分ノ事デ手一杯デ気付カナカッタカナ?」 「……何を……だ」 「めりっさハネ? アレダケノ人数ニ嬲ラレナガラ、ソレダケノ絶望ヲ捻ジ込マレナガラ、 『助けて』トハ一言モ漏ラサナカッタノサ。僅カナ人数相手ニ抵抗シテイルしゅりガ、 500人近イナラズ者相手ニ無茶ナ事ヲシナイヨウニ……ッテネ?」  その台詞の中の『助けて』という声だけが、まるでメリッサ本人のものであるかのよう に、スロウトの喉から流れ出た。  ぬらりと、仮面のようなスロウトの表情が、楽しそうに、楽しそうに歪む。 「めりっさノ心ハ、モウ乾イタ枯レ葉ミタイニ脆ク、触ッタダケデ崩レ落チソウナグライ。 ソンナニ苦シンデイテモ、キミヲ気遣ッテイタノニ……ソンナ彼女ヲ晒シ者ニシテ得タ僅 カナ安息ニ、キミハ安堵シテイルンダヨ?」 「黙れ……」 「めりっさヲ助ケル機会ヲ窺ッテイルトデモ誤魔化スカイ? ソンナ事ガ出来ルト、本気 デ思ッテイルノカイ、アノ人数ヲ相手ニ」 「黙れと……」 「今ノキミノ無事ハ、りら、くらう、でぃあーな……ソシテめりっさノ犠牲デ成リ立ッテ イルンダヨ? ソノ意味ヲ少シハ」 「黙れと言っている!」  激昂するシュリの顔を見て、更に深く歪んだ笑みを浮かべるスロウト。 「サテ、今日モキミガ嬲ラレル様子ハ見レソウニモナイシ、明日ニデモマタクルネ。ソノ 時ニハ……完全ニ壊レタめりっさモ見レルダロウシ、ソレヲ見ナガラ嬲ラレルキミノ顔モ 見レルダロウシネ」 「そう……何事も上手く運ぶと思うな……」 「……本当ニ強気ダネ。ソレジャア、最後ニ物真似……ッテイウカ記録ヲゴ披露シヨウカ」  わざとらしく咳払いをしたスロウトの喉から、女の声が流れ出す。 「『あぁ……ご……ごめんなさ……い……言いますから……もう……殴らないで………… 私は……卑しい卑しい雌奴隷……です……』」  それは紛れもない、ディアーナの声。 「『……もう……やめて……ください……もぉ……いやぁ……』トカ『あは……あははは は…………、だめ……もぉ、ゆるして……』ッテノモアルケド、ドレガ一番好ミカナ?  コッチハ過去視ッポイノデ見タカラ再現度ハイマイチカナ? でぃあーなニ聞カセテアゲ タラ、ナカナカ好感触ダッタンダケド」  続けて流れ出す、クラウとリラの声。  かつて、自分などより圧倒的に強かった戦友達が、絶望の果てに許しを乞い、竜騎士を 捨て性奴隷に堕ちた瞬間の声。  青褪めたシュリの顔を満足そうに眺めてから、未だ陵辱が続くメリッサを横目に、グラ イミーと共に玄室を後にする。 「ぼっちゃん……あの女はまだまだ元気なんですから。あんまりからかうと捻り殺されま すぜ? ぼっちゃんは、あんまり頑丈じゃないんですから」 「マ、ソノ時ハソノ時。怒リニ任セテ子供ヲ捻リ殺ス竜騎士サマノ顔ヲ見ナガラ逝クノモ 一興カナ? モットモ、一生後悔スルヨウナ思イ出ニシテアゲル自信ハアルケドネ。ソレ ジャマア、次ノ監禁玄室ヲ見ニ行コウヨ」 「そりゃあ無理です。三号室にいる間に、他の玄室は軒並み奪還されたそうですから。今 日捕まえた女達は、明日まで待ってもらわないとダメですね」 「ウワ、何ヤッテンノサミンナ。ぎるどぼノオッチャン、マタ泣イチャウヨ?」 「そう思うなら、ぼっちゃんも少しは気合入れて罠作って下さい。ここんち女冒険者達の 盗賊連中も随分と腕を上げてるようなんで」 「ソウヤッテスグ話題ヲ摩リ替エル。大人ッテ汚イネ」 「そもそも汚い大人しかいねぇんですよ、このギルドにゃ。汚い大人になりたくなきゃ、 とっとと足を洗ったらどうです」 「ぱす。何故ナラボクモ汚イ大人ニナッテ、無垢デ綺麗ナモノヲ汚シテイキタイカラ」 「それじゃあぼっちゃん、汚れ仕事って事で罠作りに戻りましょうか」 「ウワァイ、マタ摩リ替エラレタ。汚イ大人万歳ダネ」           ○         ●         ○  三日目となった監禁生活。  先日までの空気はどこへやら、ならず者達の間には弛緩した空気が漂っていた。  メリッサ目当てで集まってきた連中は、一通りその身体を愉しんで、またそれぞれの持 ち場へと戻っていき、シュリの周りに残ったのは25人程度だった。 「この人数なら……いけるか……」  シュリは拳を握り締め、慎重に周囲の様子を窺う。  メリッサは枷で床に拘束され、まともに動く事すらできそうにない。  その周りにも15人程のならず者が残っており、そちらが加勢してきた場合はやや失敗 の可能性がある。  彼女を解放し共に脱出するとなれば、ならず者の全てを打ち倒すしかない。 (失敗の……可能性? 私は……彼女を見捨てて逃げる計算を……してたとでもいうのか)  ぞわり、と。  嫌な感触が背中を這い回り、耳元まで迫り、自らの声で囁いたような気がした。 『見捨ててしまえ』  繰り返し耳元で囁き続けている自分の声。  二人とも嬲られ売り飛ばされるぐらいなら、一人でも無事に戻った方が。 「………………っ!」  あまりにも情けない考えに、己を叱責しようとするが、その声すら出ない。 「難しい顔をするなよ、シュリちゃん?」 「すぐに何にも考えられないようにしてやるからよ」 「そろそろ、観念した方が身のためだぜ?」  シュリが目的のならず者の中でも、未だ監禁玄室に居残りやる気の衰えを見せない面々 ――主に眼鏡っ娘原理主義者達が、今日こそはとシュリを取り囲む。  その様子を見て、メリッサを取り囲んでいたならず者達もまた、彼女に僅かに残された 気力を根こそぎ奪い取ろうと、その身体に手を伸ばす。  その瞬間。 「外道どもめ……! その身体、塵ひとつ残さぬ!!」  凛とした女性の声。  その声に気を取られたならず者達の目を、魔力の閃光が灼き潰す。 「なっ、襲撃――がぁっ!?」 「くそっ、目がぁっ!?」 「畜生、掛かれっ!」 「昨晩の人数さえいりゃあっ……くそがぁっ!」  フィアナの放った閃光をまともに食らい、大半のならず者が目を押さえ蹲る。 「みんな、行くよっ!」 「うー……辛かったよね……すぐ助けてあげるから……っ!」  それと同時に飛び出したムーンストナとマリルが、ならず者達を一人残らず、あっとい う間に斬り伏せた。  「怖かったよね。もう、大丈夫だから」  その間にウィルカが、拘束されていたメリッサの拘束を解き、弱り切ったその身体を抱 き起こす。 「た……助かりました、ありがとう……」  メリッサの、弱々しい、だが安堵に満ちた感謝の言葉。  フィアナ一行に向けられた純粋な感謝の言葉であったそれが、シュリの胸に突き刺さる。  まるで、自分が助けに動けなかった事を責められているようで。  己の中の正義が、信念が、朽ちていくような感覚と共に、シュリはその場にへたり込む。  このまま助かったところで、それを自分が許せるだろうか。  それならいっそ、ここに留まって―― 「もう大丈夫、呪詛は祓ったから。落ち着いて、ゆっくり息を吸って」  不意に止む、自らを貶め続ける声。  恐る恐る顔を上げると、そこには優しい笑みを浮かべたウィルカの顔。 「呪……詛?」  どこかぼんやりとした思考で、そのまま問い返すシュリ。 「心を弱らせるための呪印が、身体に刻まれていたの。そんな力を持ったモンスターや、 罠は無かったと思うんだけど……」  罠。  その単語だけで、心当たりがすぐに浮かぶ。 「あの少年の……仕業か……」  今までの澱んだ感情や思考が、呪詛を仕込んだスロウトの仕業だとしても、それに衝き 動かされかけた事実は何ら変わらない。  だが今は、それを深く考えている余裕は無さそうな事は確かである。 「こんなところに長居をするつもりはない。早急に引き上げるぞ」 「二人とも、仲間が心配してるだろうしね。急いで戻ろう?」  入り口で外を警戒していたフィアナが、やや苛立たしげな声を上げる。  マリルも苦笑を浮かべながら、それに同意するように皆を促した。  身体的な疲労は無いものの、どこか足取りがおぼつかないシュリに、肩を貸すように ムーンストナが傍らに立つ。 「久し振り。これで借りを返せたかな?」 「……感謝する……礼を言うしかできない自分が、不甲斐ない……」  そして、6人は地上を目指して迷宮を引き返していく。  また、この迷宮に、ハイウェイマンズギルドに挑むために。           ○         ●         ○ 「ダメダッタカー。残念無念」  荒れ果てた監禁玄室の入り口で、スロウトは溜息を漏らす。 「襲撃したのは、フィアナパーティーのようですね。まあ、人数もいなかったですし、 ほっといても脱出されてたかもしれやせんが」 「ダカラ、ソノタメニ仕込ミヲシタノニ。救出サレチャッタラ無駄ダッタナー」 「仕込み? またなんかやらかしてたんですか、ぼっちゃん」 「チョットネ、精神ニ揺サ振リヲ掛ケテネ。上手クイケバ壊レテ、ソウデナクテモかおす 化グライハシタカナーッテ」 「あんまり遊ばんで下さいよ? 竜騎士連中は、グラッセンの連中も狙ってやがりますか らねぇ……間者まで使って、動向を探ってるらしいですからね」 「ンー、竜騎士ノ売リ先ハぐらっせんナノカナ?」 「白竜将ディアーナは、真っ先に買い付けたらしいですがね……あいつら馬鹿ですな。あ んだけの額面出せるなら、俺なら内通工作や腕のいい傭兵集めに回しますがねぇ。負けが 込んだからって、個人的に恨みを晴らそうなんて辺りが、前線知らずの馬鹿が考えそうな こってすが」 「マ、何事モ使イヨウッテコトサ。上手ク使エバ、人間ノ心ナンテ簡単ニヒックリ返セル ヨ。ソレヲ上手クデキルカハ、マタ別問題ダケド」  スロウトは軽く肩を竦める。 「例エバ、アノしゅり。予約入ッタヨ、調教ガ済ンダラ規定ノ倍デ買イタイッテサ」 「ギルドボの旦那に話は通ってるんですかい?」 「高値ガツクたいぷジャナカッタカラネ、二ツ返事デおっけいダッタヨ」 「それで……やっぱり、売り先はグラッセンなので?」 「ソノ辺ハネー、調教デキルカドウカワカラナイカラネー。くぉーぱーてぃーダッケ、モ ウわいずまんノトコニ辿リ着キソウナンデショ? 下手スリャボク達、ココヲ引キ払ワナ キャイケナイデショ。マア、アレヲ性奴隷トシテ調教出来タラ説明スルヨ」  そう言ってスロウトは、愉しそうに喉を震わせる。 「アレハ、徹底的ニ……ドン底マデ叩キ落トシテアゲタイカラネ。全テニ絶望シテ、ソノ 命ノ火ガ尽キ果テルマデ、見届ケテアゲナイト……ネェ」