「お、おおおお、覚えてやがれぇっ!?」 「次はこうはいかねぇぞ!」 「迷宮で会ったらボコボコにしてやんよ!」  古典的かつ典型的な捨て台詞と共に、仲間の亡骸を捨て置いて走り去るならず者達。  斬馬刀をどすんと地面に突き立てて、宝はにかっと笑みを笑みを浮かべる。 「あははっ、次があるといいねー?」  その言葉を待っていたかのように、裏路地の陰から突き出された斬馬刀が、圧倒的な存 在感で道を塞ぐ。 「……そう急くな。もう少しゆっくり話をしようじゃないか」  斬馬刀を振り上げながら、道を塞ぐように現れるシュリ。  背後からは、散歩でもするような気楽な足取りで、宝が追いついてくる。 「性奴売買に関して、知っている事を洗いざらい話して貰おうか」 「ギルド幹部の人の話でもいいよー? 僕様ちゃん達が知らない事を話してくれたら、嬉 しくてちょーっと優しくしてあげるかもしれないよー」  顔を引き攣らせて身を寄せ合うならず者達に、じりじりとにじり寄っていくシュリと宝。 「な……何でも話す、知ってる事なら……」 「とりあえず落ち着け、な? な?」 「な、何から話せばいい? 俺、結構な事情通だぜ?」  手のひらを返したように、媚びへつらうような笑顔で土下座せんばかりの勢いのならず 者達。  そのうちの一人の顔に、シュリはふと奇妙なものを見つける。 「……そこのお前……その、額の数字は何だ?」 「へ……数字?」  ならず者の一人が、間の抜けた声を上げる。  男の額には、先刻までは存在しなかった、赤い文字で描かれた数字の『3』がくっきり と浮かび上がっていた。  その間に額の数字は『2』へと形を変える。 「いや、マジでそれなんだよ、お前」 「ちょっと待て、もしかしてあのガキっ!?」 「な、何だよ、俺の顔に何付いてんだよ、おいっ!?」  男達がわめき合う間に、その数字は『1』へと変わり。  シュリと宝はそれぞれに危険を察知し、その場から同時に駆け出して曲がり角へと駆け 込む。  それぞれの得物を背にして身を屈めた瞬間――裏路地を振るわせる振動と、路地を真っ 直ぐに舐め、焼き焦がしていく紅蓮の爆炎。  吹き荒れた熱風が目や喉を刺激したが、それはほんの一瞬で散っていき、残されたのは 奇妙なまでの静寂だけ。 「宝っ、無事かっ!?」  元いた裏路地へシュリが駆け込むと、一面が焼け焦げた空間で宝がぱたぱたと手を振っ ていた。 「僕様ちゃんは全然平気だったけどねー」  片面が煤けた斬馬刀で、地面にある消し炭の塊を突付く。 「こっちはダメだねー。なんか知ってそうな雰囲気だったんだけど」 「先刻のは何だったんだ……罠……だったのか?」  その光景を、路地の一角にある建物の屋根の上から眺めていたスロウトは、喉だけを震 わせて愉しそうに笑う。 「ンー、ぎりぎりデ巻キ込メル数字ヲ計算シタツモリダッタンダケドナー。危ナ過ギテ殺 気ニ反応サレタノカ……反応ハヤイネ」  スロウトはごろごろと屋根の上を転がりつつ、独り言を続ける。 「路地ソノモノニ仕掛ケテヤロウト思ッタノニ……仕掛ケヲ解除シテ回ル奴ガイルンダヨ ナー。冒険者稼業デナイ盗賊、結構ウロウロシテルノカナ、マダ」 「それ以前に、うちの連中が引っ掛かってます。どうもあいつらにご執心のようですが、 もう少し考えて行動して下さい、ぼっちゃん」  何時の間に屋根の上に登ってきたのか、スロウトと行動を共にしている中年の男―― グライミーが、呆れた顔で屋根の片隅に座り込んでいた。 「あと、今回みたいな派手なものは、町中では控えて下さい。いくらクルルミクの連中が 日和見主義だからってですねぇ」 「アーアー、聞コエナーイ」  耳を塞いだままゴロゴロと屋根の上を転がるスロウト。 「ぼっちゃん、あのですねぇ」 「聞ーコーエーナーイー」 「そっち、屋根ありませんぜ」  ゴロゴロと転がっていったまま、屋根の縁から勢いよく飛び出して、放物線を描きなが ら落下するスロウト。  なにやら蛙が潰れたような悲鳴が聞こえたような気がしたので、グライミーは溜息を吐 きつつ回収に向かうのであった。  ドワーフの酒蔵亭の朝。  探索パーティーを編成する人手も無く、シュリはまた宝を誘い町中を徘徊するならず者 から情報を得るべく、店の裏口を通って裏路地へと足を踏み入れる。 「さーて、しーちゃん。今日はどうしよっかー?」 「……あてがあるわけじゃない、いつものように向こうから寄ってくるのを待った方がい いだろうな」  得物を担いで、日課となりつつある路地裏探索へ向かおうとしたその時。 「ちょいと待った、アンタ達」  二人は、声がするまでその存在に全く気付かなかった。  盗賊稼業を引退し、ドワーフの酒蔵亭の周辺で迷宮のトラップに関する情報をまとめて いる、リィアーナ。  彼女が何時の間にか、乱雑に積み上げられた木箱の上に座っていたのだ。 「……何か用だろうか。私達は、今はトラップの情報は必要とはしていないのだが」 「迷宮のトラップの話じゃないわ。ここしばらく、アンタ達は裏路地をウロウロしてるで しょ?」  リィアーナは、さも迷惑そうな顔で肩を竦める。 「アンタ達、妙なのに目を付けられてるわよ? 昨日か一昨日辺りから、そこいらの路地 裏にあるはずもないような、ろくでもないトラップがあちこちに仕掛けられてるのよ」 「……トラップ、だと?」 「アタシもこの辺を根城にしてるから、目に付いたのは片端から解除してるけどね。気を つけた方がいいわ」 「へー。ありがとーね、りーちゃん」 「り、りーちゃん?」 「……宝、確かリラ殿の事もそう呼んでなかったか?」 「んー、違うよ? りっちゃんはりっちゃんで、りーちゃんがりーちゃんだよー?」  とりあえず、微妙な差異があるようなのは確認したので納得する事にしつつ、シュリは リィアーナに向き直る。 「……だが、何故私達にそれを? 正直、得をするような事は何もないだろう」 「アンタ達が捕まってギルドの連中が調子付いたら、こっちもたまったもんじゃないわ。 まあそういう訳で、少し大人しくしといた方がいいさね」 「そうか……だが、大人しくしている訳にもいかなくてな。忠告だけはありがたく受け取っ ておく。トラップには充分気をつけるようにする」 「ま、アンタ達みたいなのが、素直に大人しくしてるとはこれっぽっちも思ってなかった けどね。精々気をつけなさいな」  それだけ言うとリィアーナは、現れた時と同じように、瞬きをするほどの間に一瞬で姿 を消していた。 「トラップ、か……気をつけると言ったものの、厄介な問題ではあるな」 「ま、気をつけてれば大丈夫じゃない? 僕様ちゃん達なら、あるって判ってれば引っ掛 からないってば」 「……そうだといいのだが。宝、充分に気をつけていこう」 「あいよー、今日も頑張っていこー」  裏路地探索が始まって程なく。  いくつか、壁や地面に描かれた紋様を発見してそれを避けつつ歩き回っていた二人の前 に、いかにもといった風体の男が現れた。 「てっ、手前ら!? 地上(うえ)で俺らを襲ってるって話の女冒険者か!? くそっ!」  男は慌てふためいた様子で二人に背を向けると、一目散に逃げ出していった。 「追うぞ、宝!」 「あいよー、しーちゃん!」  同時に駆け出すシュリと宝。 「へっ、へへっ! この路地ででかい得物なんか担ぎやがって……あんなもんぶら下げて、 追いつけるはずが……」  男がちらりと後ろを見た、そこには。 「……え……一人?」  追ってきているのは宝一人のみで、シュリの姿はどこにも見えない。 「もう一人は何処にぶげぼっ!?」  何時の間にか行く手を塞いでいた足が、男の腹に叩き込まれた。 「……地元の人間から逃げ切れると思ったか? この町の路地など、表も裏も、どれだけ 悪友達と駆け回ったと思ってる」 「げっ……げほっ……ま゛……まあおぢづげよ……げふっ……俺らみたいな下っ端、何人 殺したところで……」  屈み込んで胃液を吐き、むせ返りながら二人を見上げる男。  涙目で懇願するその姿に、シュリと宝は顔を見合わせて、武器を下ろす。 「さて、僕様ちゃん達の顔も知ってたみたいだし。何を聞きたいか判ってるんじゃないか なー?」  宝はその場に屈み込んで、男と同じ視線でにこにこと微笑んでいる。  だがその距離は確実に男の間合いの外であり、逆にシュリは完全に男を間合いに収めた 状態で、立ったまま見下ろしている。  男は引き攣った愛想笑いを浮かべているが、宝の笑顔もシュリの冷たい視線も微動だに しない。 「えー、何から話していいのか……その、なぁ……」 「性奴売買に関わったかどうか。先日売られた竜騎士の消息。お前達のギルドの幹部につ いて。どれでも話せるものがあれば、すぐに言え」 「僕様ちゃん達、急いでるんだよねー。知らないなら次の人探さなきゃいけないからさー」  シュリと宝は、情報を持ってないならず者は、それ以上痛めつけたりせずに解放していた。  例え知っていても、知らないとだけ言えばそれ以上追求したりはしないのだが、ならず 者達は自分達を基準に思考をする者がほとんどだった。  嘘を感じれば痛めつける、用済みであれば始末する、弱い者は徹底的にいたぶる、二度 と歯向かわないよう徹底的に痛めつける。  そんな事を繰り返してきた身である以上、どうしてもそんな事をされるのではという想 像が頭を過ぎり、どうしても素直に命乞いをする事が出来なかった。  そして、尋ねられた内容を素直に話そうものなら、ギルドからも追われる身になるのは 確実であり、命か人間の尊厳を捨てる事になるのは確実であった。 「何も知らないのか? それなら仕方ない……」  シュリが溜息混じりに男を解放しようとした、その時。 「おい、馬鹿。もう少し持たせろよ……俺が間に合わなかったら、折角の作戦が台無しだろ」  シュリの背後から聞こえてきた、別の男の声。  そちらに先に視線を送った宝が、思わず立ち上がろうとしたところで、男の鋭い声が響 いた。 「動くんじゃねぇ! わざわざお前らのためにとっ捕まえて来たんだからよ!」  男は一人の少年を連れており、片腕でその細い体をがっちりと押さえつけ、もう片方の 手に握ったナイフを首筋に突き付けていた。  不安げな表情で涙を浮かべ、身体を震わせている少年の姿に、シュリと宝の表情が険し くなる。 「その少年が、私達の身内だとでも言うつもりか?」 「いいや、その辺を歩いてた知らねぇガキだよ。それでもまあ……死なせると後味は悪い だろ? それじゃまあ、とりあえず武器を捨てとけ」  その言葉に、まず宝が斬馬刀の柄から手を離す。  鈍い音を立てて地面に落ちる得物を見て、シュリも舌打ちをして己の武器を捨てる。  その様子を見て、男は満足げに笑みを浮かべると、未だに地面に屈み込んでいた男を顎 で促す。 「おい、そいつらひん剥いて、縛り上げろ。そうしちまえば、あとはやりたい放題だ」 「お……おうよ」  よろよろと立ち上がりながら、まずは宝の身体に手を伸ばす男。 「待て」  殺気の篭った、低く押し殺された声と、鋭い眼光が男の手を竦ませる。 「宝は……後にしてもらおうか。まずは私だ」 「え、あ……あー」 「おい、ビビるなよ。こっちにゃ人質がいるんだぜ?」 「あ、ああ、わかってるわかってる、よ、よし、抵抗すんなよ、人質いるんだぜ?」  男の手が、怖々とシュリの鎧に手が掛けられた。  抵抗も無く留め具が次々と外されて、路地の片隅に投げ捨てられる。 「簡単なもんだろ。いくら腕っぷしが強い女冒険者が相手だろうと、上手い事立ち回れば こんなもんだ」 「へ、へへへ……さっきの蹴りの分は、たっぷりと仕返ししてやらねぇとな」  薄手の鎧下姿となったシュリの身体にロープが巻きつけられようとした、その時。 「馬鹿ガ、モウ一人カラ目ヲ離スナ!」  どこからともなく響いた声に、少年を抱えていた男が宝の姿を探すが――その視界のど こにも、彼女は存在していなかった。 「に、逃げやがっ――」 「どっかーんっ!」  ほぼ真上から垂直に、男の肩に全体重と落下の勢いが乗った宝の蹴りが叩き込まれる。 「ぎっ、あがぁぁぁぁっ!?」  肩の骨を砕かれ、悲鳴を上げてナイフを取り落とす男に、駄目押しの顔面蹴りが叩き込 まれる。  鼻血を撒き散らしながら、もんどりうって倒れる男の腕から、宝が少年の体を奪い取る。 「しーちゃん!」  宝の声と同時に、シュリの膝がロープを持っていた男の股間に叩き込まれた。  一撃で白目を剥いて、泡を吹きながら崩れ落ちる男。 「……助かった。ありがとう、宝」 「先にしーちゃんが庇ってくれたからね。僕様ちゃんの方が、人質を助ける動きに向いて ると思ったんでしょ?」 「正直、私ではあそこまで身軽に動けないからな……私の鎧を脱がすのに、多少なりとも 注意を引きつけておけるとも思っていたし」  安堵の笑みを浮かべ、シュリは宝が抱きかかえている少年に手を差し伸べる。 「大丈夫か? 治安の良くない辺りには、近付かないようにしないとダメだぞ」 「ありがとう、お姉ちゃん達……ごめんね……コレデちぇっくめいとダヨ」  涙目の少年が、二人に向かって笑顔を向ける。 「アー、疲レタ。顔ノ筋肉トカ舌トカ唇トカ、普段使ワナイカラモウネー」  まるでスイッチを切ったかのように、少年――スロウトの顔から表情というものが消え 失せ、声がくぐもったものへと変貌する。  それと同時に、スロウトの額に魔法陣が浮かび上がり、シュリと宝の周囲に球体の輝き を広げていく。 「……っ!? 魔法の、罠っ!?」  完全に虚を突かれた二人は、反応が完全に遅れてしまった。  立ち上がってそれから逃れようとするも、スロウトの手が二人の服の裾を掴んで僅かに 離脱のタイミングを遅らせる。 「サテ、龍神ノ迷宮ヘ――」  スロウトが自らの身体に仕掛けた指向性テレポーターの罠が発動する、その瞬間。  どこからともなくすっ飛んできた赤毛の塊がスロウトに激突し、その身体をあらぬ方向 へと吹っ飛ばした。 「――ゴ招待ダヨッテ、ナニソレ!? ソノたいみんぐデ何ガッテ、アーッ!?」  スロウトの身体が、辺りに転がっていたゴミやガラクタを巻き込んで、閃光と共に掻き 消える。  静寂に包まれる路地で、シュリと宝は呆然と互いの顔を見合わせていた。 「助かった……?」 「……みたいだねー」  二人を救った赤い毛玉は、スロウトにぶつかった勢いで反対側に跳ね飛ばされて転がっ ていたが。 「な、なんでゲスか!? こんなところで道を塞いでたら邪魔でゲスよ!?」  その赤い毛玉に見えた赤毛の小柄な少女は、可愛らしい声で珍妙な口調を吐き出し、ま るでゴキブリかカマドウマといった身のこなしで路地のどこかへと一瞬で消えていった。  それから程なくして、彼女を追い掛けてきたらしい一団の話で、彼女が飲食店業界で 『クルルミクの紅いゴキブリ』と呼ばれる、謎の食い逃げ少女である事を知るが、それは 今のところ深く関わりあう事のない話ではあった。  どぶん、と音を立てて地底湖に落下するスロウト。 「マータ失敗カー。上手クイカナイモノダネ、マッタク。迷宮デオ仕事シナガラ、捕マル ノヲ待ッテタ方ガイイカナー」」  すいすいと湖を泳ぎながら、湖岸を目指すその後ろから、ゆらりと巨大な影が迫る。  湖面に波を立てて、ぬらりとその姿を現す巨大な触手。 「コラコラ、チョット待テ。ボクハ女ノ子ジャナイヨ?」  スロウトの頬を冷や汗が伝う。  そんな事はお構いなしに、じりじりとにじり寄ってくる触手モンスターに、スロウトは 身を翻し全力で泳ぎ出した。  当然ながら水中生物に速度で敵うはずもなく。 「ぼっちゃん、今度は何やってんですかい」 「見テナイデ助ケテー!? チャント仕事スルカラー!?」  半裸に剥かれたスロウトが、転送されてくるはずのシュリと宝を待ち受けていたグライ ミー率いるならず者集団に発見されたのが、割と早いタイミングだったために大事には至 らなかったのは、読んでくれている人にとってはどうだったのかが多少気になりつつ、今 回の話は幕を閉じるのであった。 -------------------------------------------------------------------------------- ●ちょっとした蛇足  スロウトくんは生粋の罠師というか付与術師だったりするので、即時効果を発揮する魔 法はサッパリ使えないため、直接アタックを仕掛けたり触手モンスターに対抗したりは出 来なかったりします……なんだかシュリを書いているよりもスロウトを書いてる方が楽し くなってきたのは色々とまずいような気がする今日この頃。  それはともかくとして、シュリを助けた変な赤毛の少女というのは、私が当初参加を予 定していた盗賊キャラだったりします。  登録を考えた時点で竜騎士が一人もいないという現実から、シュリの方に正規登録の軍 配が上がったわけでして。  再募集の機会でもあれば日の目を見るかもしれませんが、今のところはないかなーと思っ て思わず出してしまった次第。  実際のところ、罠に嵌めるのを中心に考えてたせいで、罠から逃れる方を全然考えてい なかったための苦肉の策として出したというのが正直な理由だったりしますが。  リィアーナ嬢に頼り過ぎるのも、色々と有り得ないなーと思ったもので。  またシュリが酒場待機になるようであれば、このネタも書きたいなーとか思ってたりし ますが……その時の状況次第という事で。