柔らかく冷たい月明かりだけが辺りを照らす深夜の事。  シュリは時間に似つかわしくない、騎士の正装で城内を歩いていた。  周囲の様子を窺いながら、姿勢こそ正しているものの、足音を忍ばせて。 「……いつもなら衛兵がいるのだが。本当に人払いをしてあるのか」  シュリが踏み込んだのは、クルルミク城内でも王族が住まう区画であった。  本来なら、将軍職ですらないシュリなどは近寄るのも憚られる場所だったのだが。 「この書……真実だったという事か?」  シュリの手に握られているのは、クルルミク王家の紋章が刻まれた書簡。  そこに刻まれた内容は。 「しかし、一介の竜騎士でしかない私に、殿下が……ハウリ王子が、内密の話とは一体」  シュリは自分の性格や能力をそれなりに把握している。  内密の話をするなら確かに口外する事は有り得ないが、それは他の竜騎士達も同様であ るし、実力面ではディアーナやクラウ、クレールには劣っているであろう。  かといって柔軟な対応を望むのであればエルタニンの方が向いているだろうし、地位や 時間などの制約を考慮するならダイアナの方が(彼女の心中を察すると申し訳ないが)都 合が良い。  そんな事をあれこれと考えているうちに、シュリは書簡によって告げられた場所、ハウ リ王子の私室の前へと辿り付いた。  シュリは息を呑み、書簡の中身をもう一度確認してから、姿勢を正して怖々とドアを ノックする。 「……誰?」  中から聞こえてきたのは、間違いなくハウリ王子の声。  もっとも、深夜の王族の私室で、部屋の主以外の声が聞こえてくるようであれば、それ はそれで問題ではあるが。 「クルルミク竜騎士団突撃部隊『青鱗の鏃』隊長、シュリアス・グリーンウッドです。書 簡にて内密のお言葉があると伝えられ、参上いたしました」  内心、間違いを咎められて追い返されないかと、騎士にあるまじき期待などが脳裏を過 ぎったりもしたが。  かちゃりと錠が外される音と、音も立てずにゆっくりと開く扉、その隙間から洩れる室 内の明かりに、シュリの緊張はどんどんと高まっていく。 「ごめんなさい、こんな時間に呼び出したりして」  扉の隙間から覗いたのは、間違う事なくハウリ王子本人だった。 「い、いえ、クルルミク王国に仕えしこの身、例えどのような時であれ主君の命とあらば」 「僕はまだ即位はしてないから、正確には主君っていうわけじゃないけれど、ね。人払い はしてあるけど、廊下だと声が通るから……中に入って」 「あ、は、はい、申し訳ありません……それでは、失礼致します」  シュリは慌てて室内に滑り込むと、後ろ手にそっとドアを閉じる。 「……ここが、ハウリ王子の……お部屋」  思わず部屋の中を見回したくなった衝動をぐっと堪えて、膝をついて頭を垂れる。 「楽にしていいですよ。それほど硬い話をするつもりはありませんから」 「い、いえ、そのようなわけには……」  恐縮するシュリを尻目に、ハウリ王子はどこか子供っぽい仕草で、ベッドにすとんと腰 を下ろす。  がちがちに緊張したシュリと、いつもと全く変わらない笑顔のハウリ王子。 「……あ、あの……それで、内密の件とは」  沈黙に耐えられなくなったシュリが顔を上げ、縋るような視線を向ける。  そんな様子が可笑しかったのか、ハウリ王子はくすりと笑うと、いつもと変わらない柔 らかで優しげな、天使を思わせる声でこう告げた。 「脱いで」 「………………………………………………は?」  とんでもなく間の抜けた声を上げたと、自分でも理解できたシュリは慌てて取り繕うよ うに表情を引き締める。 「も、申し訳ありません、何か聞き違えたのか、勘違いしたのか……お言葉の続きなども 伺わぬまま遮るなど、失礼を」 「脱げ、と言ったんだよ?」  笑顔も口調も声質も全く変わらないまま。  中身だけが別人にという雰囲気でもなく、違う一面が垣間見えたというわけでもなく、 あくまでハウリ王子としての存在が、まるで密度だけが圧倒的に増したように重圧を掛 けてくる。 「な……何故……脱ぐ、ひ、必要、が?」  心臓の鼓動はどんどん速度を上げ、顔は耳まで赤くなっているのが自覚できるほど。  思考がぐるぐると理解不能の迷宮に迷い込む。 「だって、毎日同じものを食べてると、流石にちょっと飽きるでしょう?」  そんなシュリの反応を愉しんでいるかのように、微笑みを絶やす事なく言葉を続ける。 「世話役のリムリアとか、教育係のベアトリスとか、衛兵のラキとルキ姉妹とか……色々 つまんではいるけど、やっぱりレパートリーは増やしたいかな、って」  そこまで語られて察せないほど、シュリも初心ではない。  とは言っても、頭の混乱はまったく収まる様子を見せず、思考も言葉も上手く纏まらない。 「で、殿下、王家の血筋でありながら、そのような、その、誰彼構わずといったような行 為は、その……」 「例えどのような時であれ、主君の命とあらば」  ハウリ王子は、シュリの口真似をしながら、笑顔で細められた目でシュリをまっすぐに 見詰める。 「命令だよ、脱いで? それとも……まだ即位してない僕の命令は、聞くに値しない?」 「そ……その……え……あの……」  それでもなお、ただうろたえるだけのシュリに、ハウリ王子は小さく溜息を吐く。 「しょうがないね。ちょっとつまらなくなるけど、お願い」 「わかったわ」  背後から聞こえてきた声に、思わず振り返るシュリ。  その視界を防ぐように広げられた手のひらに、魔力の光が膨れ上がり、弾けた。  シュリは反射的に飛び退こうとしたが、その意思に反して身体は全く動かず、柔らかい 絨毯の上でくたりと倒れ込んでしまう。 「え……な、これは……一体……」  単純な麻痺や束縛の術ではない。  身体の感覚は完全に普段通りではあるが、体温の上昇と動悸が止まらない。  頭はどんどんぼうっとしていき、息が荒くなっていく。 「なぜ……セニティ……王女……が?」  シュリの背後に立っていたのは、ハウリ王子の実姉であるセニティ王女。  その魔力の閃きを見て、ハウリ王子はぱちぱちと手を叩く。 「流石だよ姉さん。僕のためになら、何でもしてくれるんだね?」  その言葉に、セニティ王女の身体がぶるりと震える。 「うん……お姉ちゃんは、ハウリのためなら何でもしてあげる……だから……」  するりと衣擦れの音を立てて、セニティ王女が身に纏ったナイトガウンを脱ぎ捨てる。  その下は下着の一枚も身につけておらず、それどころか上質の絹を思わせる白く滑らか な肌には、丈夫そうな細い縄が網目のように張り巡らされて食い込んでおり、痛々しさと 共に淫靡な空気を漂わせていた。 「セニティ……さま……?」  身動ぎする度に、乳房を絞り上げるように食い込む縄の感触に、セニティ王女は恍惚と した表情を浮かべる。  そして、股間に食い込んでいた、じっとりと湿った縄を緩める。 「んっ……こんなのじゃダメなの……ハウリのが……欲しいのぉ……」  指先を沈み込ませた花弁の奥から、ずるりと引き抜かれる大振りのディルドー。  魔術紋様が刻み込まれたそれは、まるで生きているかのように脈動していた。 「何を言ってるのさ、姉さん。僕の期待を裏切ったのにご褒美が欲しいなんて」 「でも……でもっ……私の身体は、ハウリのじゃないとダメなのっ……お願い、ハウリの おちんちんが欲しいのぉ……」  息を荒げ、上気した顔で、その場に座り込み。  お預けをされる犬のような姿で懇願するセニティ王女。  その股間から滴る蜜が、ぽたぽたと柔らかい絨毯に落ち、小さな染みをいくつも作って いく。 「しょうがないなぁ、姉さんは……それじゃあ、今回手伝ってくれたご褒美ぐらいはあげ ようかな」  その言葉に、セニティ王女は恍惚とした笑みを浮かべて、ベッドに座るハウリ王子の下 へ、犬のように這って近付いていく。 「ハウリの……おちんちん……精液……お姉ちゃんにちょうだい……」 「がっついちゃダメだよ。ちゃんと、いつものようにやらなきゃ」 「うん……お姉ちゃん頑張るから……ご褒美、ちょうだぁい……」  セニティ王女の指先が、緩められたベルトとズボンの中から、ハウリ王子のものを探り 出し、好物のお菓子を見つけた子供のように目を輝かせ、その口に頬張る。 「んっ……ふ……ハウリの……ぉ……ん……むぅ……」  ハウリ王子の股間に顔を埋めるようにして、指を、舌を、喉を使いながら丹念に奉仕す るセニティ王女。  膝立ちになった太股を、止め処もなく幾筋も伝い落ちる蜜。  その淫行を隠す様子もなく、まるで見せつけるかのように、ハウリ王子はシュリに微笑 み掛ける。  視線を逸らそうとしても身体は全く動かず、逆にその痴態に吸い寄せられるかのように 視線が固定される。  唾液を溢れさせながら蠢く唇に、その中で脈打つものに、奉仕の動きに合わせて揺れる 美しいヒップラインと、すっかり熟しきった有様の花弁に。 「……ふぅ……ぁ……」  ちゅるりと唾液で滑る音と共に、屹立したハウリ王子のものが、セニティ王女の唇から 躍り出る。  ある種の神々しさすら感じさせるそれに、畏怖と期待が混じった感情がシュリの脳裏を 駆け巡る。 「姉さん、今日はあっちの味見が先だから。それが済んだら……朝までたっぷりとご褒美 をあげるね?」 「それじゃあ……そっちを手伝えばいいのね?」  ハウリ王子が、股間のものを惜しげもなく晒してシュリの元へ歩み寄る。  セニティ王女が、口元を軽く拭ってシュリの身体へ絡みつく。 「い、いけません……このような……このようなっ……」 「どんな事がいけないのかしら……ちゃんと言ってくれないと……私もハウリもわからな いわ……」  弄ぶように、シュリの身体を包む騎士の礼服を少しずつ緩めていくセニティ王女。  小振りの胸が、鍛え上げられた細身の引き締まった身体が、やや薄い茂みに覆われた花 弁が、順に露わになっていく。 「少し催淫の魔法が効き過ぎたかしら……それとも、こういう事に耐性が無いのかしら…… 大洪水ね……可愛らしいここが、指じゃ広げられないぐらいぬるぬるよ?」 「やぁっ……さ、触らないっ……んっ……お願いです、おやめ……くださ……あぁっ、 ひっ、ひゃぁうっ!?」  弄ぶように動いていた指先の攻勢が止んだと思った途端、今度は舌先の暖かく湿った感 触が、割れ目の奥にまで潜り込む。 「だ、ダメでっ、ひっ、そんなっ、あ、あっ、やっ、はぁっ!」  くちゅくちゅと卑猥な音を立てて、セニティ王女の舌先がシュリの花弁を押し広げ、割 れ目の奥へ奥へと潜り込んでいく。  その間も唇はなだらかな膨らみ全体を揉み解すように蠢き続ける。  どんどん頭の中が真っ白に塗り潰されていくシュリの眼前に、セニティ王女の唾液で濡 れそぼったハウリ王子のものが突きつけられる。 「あ……」  快感に押し流されていくシュリの身体は、それを自然に受け入れる。  仰け反るような体勢で怖々と口を開くと、その先端に舌先を這わせ、導き入れるように 咥え込む。  ぎこちなく、ただ精一杯なだけの奉仕。  拙い性知識を総動員して行われたそれは、行為そのものよりも、その仕草や表情が快感 を生み出していく。 「いいよね、こういう初々しいのも」  口を塞がれて呼吸が乱れながら、必死に咥え込むシュリの姿を見て、嬉しそうに微笑む ハウリ王子に、セニティ王女が不安げに顔を上げる。 「お姉ちゃんも……ハウリのために練習して、悦んでもらえるようにしたのに……」 「あはは、料理と一緒だよ。姉さんみたいな濃厚な味もいいけれど、たまにはこういう さっぱりしたのも良いってこと」  やがてシュリは、疲れきった表情で息を切らせ、ハウリ王子のものを口に含んだまま、 ぐったりと動かなくなる。  そんなシュリの身体を、セニティ王女が両足を開かせるようにして抱え上げる。 「不慣れなうちは、これぐらいだよね。それじゃあメインディッシュを貰うね……初めて、 なんだよね?」  優しい笑顔の奥底に、この世の全てを喰らい尽くす邪神のような禍々しさを湛え。  ハウリ王子のものが、内側のありとあらゆる場所を探るように、味わうように、じっく りと進入してくる。 「きつくて、でも柔らかくて、よく絡み付いてくるね……うん、いい具合だよ」 「はぁ……ぁ……殿下の……が……入って……いっ、ひぃぅっ!?」  じっくりとした挿入で、まだ半分も進んでいないところから、今度は勢いよく一気に根 元まで突き入れる。  想像していたような破瓜の痛みはなく、ただ絶望的なまでの快感が頭の奥底で弾け、 だらしなく開いた口から涎を垂らし、白目を剥いてがくりと崩れ落ちる。 「……姉さん、魔法効き過ぎじゃないかな?」  そう言いながらも、そのまま攻め立てる事を止めないハウリ王子に、セニティ王女は 困ったように首を傾げる。 「そんなに強い魔法じゃなかったはずだけど……彼女が淫乱だっただけじゃないかしら」 「竜騎士だからって事はあるのかな? 今度は他の竜騎士も試してみようかな」 「ハウリ……お姉ちゃんへのご褒美は?」 「慌てないでよ、すぐ済むからさ。他の竜騎士を試してみるのも、また暇を見てのつもり だし」  姉弟で交わされる、濃厚な口付け。  そんな光景を見ながら、注ぎ込まれる熱い感覚を最後に、シュリの意識は遠退いていった。  柔らかく冷たい月明かりだけが辺りを照らす深夜の事。  私室で竜に関する書物を読んでいたディアーナの耳に、遠慮がちなノックの音が聞こえた。  書物から視線を上げて、ドアの方を見ると。 「ディアーナ殿、少しよろしいでしょうか」 「こんな時間に……どうかしたのかしら?」 「ハウリ王子から言伝を承って参りました。内密のお話があるとの事です……私がお迎え に上がるように、と」  シュリはそう言って、淫靡な微笑みを浮かべ―― 「――――――――――っ!」  声にならない悲鳴を上げて、シュリはベッドから跳ね起きた。  全身はじっとりと汗で濡れ、早鐘のように打ち鳴らされる心臓の鼓動は、全く収まる気 配がない。  周囲をぐるぐると見回すと、そこは慣れ親しんだ私室の光景。  窓から射し込む月明かりから、まだ深夜である事が伺える。 「夢……か……なんという夢を……」  多少なりとも淫らな夢の一つや二つ、シュリにとて経験はある。  だが、見知った人間が、それもハウリ王子やセニティ王女が題材にされた夢など初めて であった。 「夢だとしても……あんな……お二人があのような関係だと……私はそんな考えを、頭の どこかでしていたとでも……」  シュリはぶるぶると頭を振ると、両手で顔をぱんぱんと叩き、眼鏡を掛けてベッドから 勢いよく飛び降りる。 「妙な妄想が夢に出るなど……私もまだ精神の鍛錬が足りないという事か」  そのまま汗で濡れた寝巻きと肌着を脱ぎ捨て、手早く訓練用の軽装鎧姿へと着替えを済 ませ、そのまま室外へ駆け出して行った。  それから半日ほど経った昼過ぎの事。  訓練場で身の丈以上の木剣を振るシュリの姿があった。 「あの、シュリ殿……お身体の具合でもよろしくないのでしょうか?」 「いや……鍛錬の一環だ……気にしないでくれ……」  新人竜騎士の少年の心配そうな声に、シュリは虚ろな笑みを浮かべて答える。  その太刀筋にはいつものキレは全くなく、時折意識が飛んでいるのか、見当違いの方向 へ木剣がすっ飛ばしつつ転倒したりといった様子だ。 「いや、気にしないというか……むしろ僕達が危険なので」  たった今、声を掛けた瞬間にシュリの手からすっぽ抜けた木剣が、通り掛かったフラン ツの脳天に直撃したりもしていたが、なんか被害を受けた本人はイイ笑顔で倒れていたの で誰も触れないようにしていた。 「……少し……嫌な夢を見てしまって……どうも身体を動かしていないと不安なんだ」  溜息混じりに呟き、その場に座り込むシュリ。  少年もその横にちょこんと座り、シュリを気遣うように顔を覗き込む。 「夢……ですか?」 「あ、いや……何でもない、聞き流してくれ」  そう言いながらも、うとうととしていたシュリの頭が、かくんと落ちかける。 「あの……やはりお休みになられた方がいいですよ? 顔色もあまり良くないですし」 「僕も賛成だよ。国を守る竜騎士の一人に、いざという時に倒れられても困るから」  少年の声に続いて、シュリに掛けられた優しい声。  顔を上げて、ぼんやりとした視界に入ってきたのは――ハウリ王子の優しい笑顔。 「え、あ……で、殿下……何故……ここ……?」 「城内の視察中に、偶然通り掛かったんだ。それで、具合が悪そうなのが心配になって」  その笑顔と共に、シュリの脳裏にフラッシュバックする夢の内容。 「努力は大事だし、国に尽くしてくれる事も嬉しく思うけど。そのためにもまず、自分を 大事にして欲しいと思うんだ」  言葉は理解しているものの、思考はあっという間に夢の内容で埋め尽くされ、あっとい う間に顔が赤くなり、頭の天辺からぼふんと煙が出たような錯覚を感じつつ。 「……………………はぅ」  小さな呻き声と共に、卒倒した。 「しゅ、シュリ殿ー!?」 「誰か、神官か薬師を! 急いで!」  それから三日間、精神的にも肉体的にも疲労が溜まっていたと診断されたシュリは、ハ ウリ王子からの厳命により休養を余儀なくされたのであった。 -------------------------------------------------------------------------------- ●ちょっとした蛇足  掲示板でちょっと話題になった腹黒モードを妄想しまくった結果、こんなものが出来上 がってしまいました。  個人的にはチェリア嬢×ハウリ王子の路線が好みであるため、黒ハウリ王子には夢オチ という形で黒歴史に消えていただく事になりました。(笑)  あと、当方で小麦色の斜面に投稿させていただいたSSは、時間軸的にはワイズナー開 催日より以前として想定しております。  飲み会とかも本編開始前、竜騎士達がワイズマン討伐に赴くよりも前に開催されたもの として見ていただけるとありがたいです。 (本編開始後だと、あんな面子で集まるのは難しそうなので)