「旦那様、お客様です!」(スピリアさん外伝) byMORIGUMA  「旦那様、お客様です。」  美形のハーフエルフで、元竜騎士、クルルミクにおける竜研究の第一人者、 しかして『変態貴族』としてが一番有名なフランツ=L=ウィドウは、 優雅な休日を邪魔する声に、流麗な眉をしかめた。 「おまえは優秀な執事だと思っていたが、 ずいぶんな思い違いだったようだな。」 良く言えば優雅に、ぶっちゃければかっこつけて、 ここまで言えば、もう何も言わず、引き下がるだろうと思った。  「旦那様、お客様です。」 執事は、大貴族である主の言葉を、まるで聴かなかったかのように続けた。 「もういい、おまえは暇をやる。どこへなりと出て行け。」  「旦那様、お客様でございます。」 青筋立てて、フランツ激怒。 「きさまっ、どうしても、私の貴重な休日を邪魔したいのか!」 「客だっつーてんでしょうが、いつまで待たせるの、お義兄さま。」 ピキッ フランツの表情が硬直した。 忘れきっていたはずの、世にも不快な声がした。 いや、それは綺麗なアルトなのだが、 背筋、足、身体ががたついた。 「し、し、執事、私は急病だ。すぐお取引ねがえ。」 「旦那様、それはもはや不可能でございます。私にはお暇を下されるとか。」 執事も正直言えば、今すぐ逃げ出したいに違いない。 「うぅ、ウソです、ウソ、冗談だから、おねがいっ!」 ドバン! 「まったくもおおおっ、いつまで客待たすんデスカイ?」 ほっそりとしたシスター姿の女性が、フランツの襟首ひっつかんだ。 ここで、上下関係がハッキリする。 大貴族たるフランツより、このシスターの方がはるかに上なのである。 「いっ、いええっ、もすわけないっ、我が義妹おおっ!。」 完全にひきつったフランツを、片手でつるし上げながら、 今度はシスターが優雅に、 「あなた、ご苦労様でした。2〜3日休暇をとってかまわないわ。 ゆっくりしてらっしゃい。」 その笑顔は、若く美しい20歳ぐらいの女性であった。 どこかフランツに似ているが。 ホッとした表情の執事は、後ろで聞こえる絶叫に、 耳を塞いだまま、退室した。 阿呆な主の言う事より、このシスターが約束した事の方が、 はるかに信頼できるのだから。 『ゆっ、ゆっ、ゆるしてええっ、お花畑が見えるのはいやあああっ!!』 変態貴族として知られるフランツ君ですが、 彼が好むのは、罵倒とか、屈辱とか、チリチリ来る感覚である。 お花畑や、川岸や、死んだ父親、ご先祖様、 出血、みっともない痛みなどは、ぜひともゴメンこうむりたい。 (ちなみに、彼が竜騎士を止めた理由は、『痔』である) お花畑と親父の顔を5回ほど見せられ、 床にはいつくばって鼻血におぼれそうになりながら、 フランツは、ピクピク痙攣していた。 「さて、そろそろ目は覚めましたか、お義兄さま。」 質問ではない、確認である。 彼女は、ダメージの具合から、相手の回復するタイミングまで、 ほとんど間違いなく感知してしまう。 だから、臨死体験をさせながら殺さないなど、朝飯前。 ましてや失神したふりなどしても、無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄無駄!!。 「ううう、酷いよ義妹よ・・。」 「まったく、親父といい、息子といい、よくもここまで似たもんだわ。 今度礼儀知らずなまねをしたら、死んだ父親に10回はあわせます。」 「ひいいいいっ、ゴメンナサイゴメンナサイゴメンナサイ」 「神の御名において、おたずねするわ、義兄さま。 最近やたらと奴隷商人がのさばってるのよね。 『誰が』そういう方たちを煽っているのかしら?」 『神の御名において』この言葉を聞いたフランツは、 完全に抵抗する気力を無くした。 「それは『大天使』(アークエンジェル)シスターロベルタとしての質問か?。」 肯定するロベルタに、フランツは数名の貴族の名をつげた。 フランツは、こういう下賎な情報には、やたら詳しいのだった。 「いいこと義兄さま、グラッセンはもう長くは無いわ。 あれだけ奴隷商人がのさばれば、国が壊れるのは時間の問題。 あなたが貴族を名乗れるのも、国があってなのよ。 貴族があっての国じゃないこと、肝に銘じなさい。」 フランツは嫌な顔をしたが、彼女の拳がゴキゴキと鳴ると、 腰を抜かしておびえた。 「き、き、肝に銘じますうううっ!」 「後片付けと、根回しはきちんとやっとくよーに、イジョ!」 屋敷が揺らぐような音と共に、ドアが閉められ、 フランツは心底安堵して座り込んだ。 しばらくして、張れた顔を冷やしていたフランツの元に、 痩せた男が現れ、深々と頭を下げた。 「シスターロベルタは、黒い鎧の騎士と合流なさいました。」 「その騎士のマントに、『S』と書かれていなかったか?。」 「はい、大きくくっきりと」 フランツは手を降って、下がらせた。 「『漆黒の大旋風』まで出てきたか・・・思った以上に、酷い状況らしいな。」 隣国グラッセンの内政悪化は、思った以上に酷い。 その影響が、クルルミクにまでも及んでいるという事だ。 馬鹿な貴族が(フランツも人の事は言えないが)、奴隷商人を煽って、 愚劣な遊びの材料を集め出したのは、明らかにその影響である。 人は、馬鹿なことをする他人を見ると、自分もしてみたくなる。 へたに金や権力を持っている者ほど、そうなりやすい。 そして、 内部に問題を抱えた国は、外へ不満や問題解決を求めようとする。 重篤な病の末期患者が、ろくな効果も無さそうな健康食品や、 怪しげな治療法にすがるのと同じこと。 内部問題が深刻であればあるほど、 しゃにむに外へ、隣国へ、問題解決を求めようとする。 すなわち侵略である。 近いうちに、グラッセンは侵略を開始するだろう。 たぶん豊かで平和なクルルミクへ。 フランツは、見通しの甘かった自分を、少しだけ反省した。 「先代、現法王の『大天使』シスターロベルタか・・・」 ずいぶん前の、のんびりした春の日。 『教会』のシスターが、親父の名前入りの短剣を持ってきたと聞き、 うんざりしながら、追い払う方法を考えて面会に向った。 ろくでなしの親父は、あちこちに子供を残していて、 それらを、真面目に取り合っていたら、身が持たない。 だが、若いシスターと一緒に、面会の場に立ち会ったのは、 『法王の片腕』と呼ばれたゴードン枢機卿だった。 ろくでなしの親父が、見つけてもてあそんだ高位エルフ。 望まれないハーフエルフの娘は、教会に捨てられ、 そこで、神官戦士としての恐るべき才能を開花させた。 マルコ騎士団、聖十字軍、ラファリア修道士騎士隊、etc。 世界に散らばる教会軍の軍団長を歴任し、 立派な軍団を組織し、後任まできちっと育て上げ、 おびただしい武勲への、栄光や地位を一切固辞し、 一介の修道女へ戻ったシスターロベルタ。 そして、今なお、彼女が一声かけるなら、 教会の全戦力が動くと言うゴードン枢機卿の言葉に、 フランツは、足が震えた。 教会の戦力は、数こそ少ないが、 彼らが動けば、無数の信徒が宗教的熱狂で動き出す。 その数、大国の数倍に匹敵する。 前法王、現法王ともに深く信頼し、 ゴードン枢機卿も敬愛しているというロベルタは、 彼らに『大天使』とよばれる、教会の生ける最高機密なのである。 彼女が普段、中年女性に見える化粧をしているのも、そのせいだ。 ろくでなしの親父は、 もう一人、高位エルフを孕ませている。 その子供がフランツである。 フランツを産んだエルフは、 ロベルタを産んだエルフの娘の母親だったりする(つまり親子)。 何しろ、高位エルフは年を取らない。 娘も母親も、見かけは変わらないが、フランツが義兄となる。 (母娘を犯すとは、つくづく外道な親父だ・・・) で、後年、この母娘の血筋の、純血高位ビグザムエルフが、 フランツを訪ねてくることになるが、これは後の話。 ちなみに彼女は面会で、 『あなたの財産も爵位も興味のかけらもありませんが、 一応義妹を名乗らせていただきます。よろしくて?。』 『一応』これで彼女は、大貴族のフランツをこき使う正当な理由が出来たわけだ。 シャクには触るが、文句も言えない。 ほんの少し反省をしながら、腫れた頬を冷やすフランツ君でありました。 しかし、その本当の理由が一人のエルフの若奥様であることは、 神ならぬ彼には、知る由もありません。 やがて、数名の貴族が、 急遽爵位を子供へ譲る事になった。 急病と称しているが、全員真っ二つにされたことだけは確からしい。 金づるを完全に失った奴隷商人たちは、 クルルミクを引き上げ、 スピリアさんたちに手を出すことは無くなったのでした。 FIN