ただ、セニティ王女の事が心配だった。
 永らくクルルミクに仕えてきたシュリにとっては、ハウリ王子もセニティ王女も守護すべき忠誠の対象でありながら、不敬ではありながら庇護すべき弟や妹のような感情も抱いてきた。
 そして、様々な形で見せ付けられてきた、ならず者達に嬲られ汚され、心を折られてきた冒険者や仲間達の姿が、その不安に拍車を掛ける。
 才に溢れる者ほど、純潔を守り清く生きてきた者ほど、ならず者の陵辱には長くは耐えられない。
 強固な意志も砕かれる時は脆いものだと思い知らされてきたのだ。
 ただ積み重ねる事しか取り柄のないシュリにとっては、セニティ王女は憧憬の対象でもあり、それを守れる事が誇りでもあった。
 だから。
「探索を続行しよう。装備は追々手に入れればいい」
 武器もない自分がどれほど無力か、考えが及ばなかった。
 二度も捕らえられながらも、ならず者達の『数』という力の恐ろしさを失念していた。
「な……どこからこんなに集まってきたというのだ!?」
 シュリは知らない。
 最下層で既にギルドボが倒され、多くのならず者が地上目指して逃走を企てているという事を。
 シュリは知らない。
 地上ではクルルミク竜騎士団が動き始め、多くのならず者達が地下へ追い詰められているという事を。
 シュリは知らない。
 自棄になったならず者達が、背水の陣で女冒険者を襲い、最後ぐらいは良い思いをしてやろうと目論んでいる事を。
 多少心得があるとはいえ不慣れな素手での戦闘に、300人近いならず者の群れのほとんどが殺到した状況では為す術も無く。
 宝、マリル、サラの援護もかなりの戦果を上げたものの、170人ものならず者により、シュリは呆気なく仲間の元から引き離されてしまった。
「不覚……このような輩に……」
「このような輩ぁ? ははは、お偉い竜騎士サマは言う事が違うねぇ」
 玄室へと運ばれていく最中、ならず者の一人がシュリの髪を鷲掴みにしてその顔を睨み付ける。
「生きる場所すら与えられねぇでこの迷宮に流れ着いた奴がどれぐらいいると思っていやがる? 賊にやられねぇように生きるにゃあ、賊になるしか無ぇんだよ。死ぬ覚悟どころかとっくに死んだようなもんなんだ、誰かのために何かのために『生きてる』お前らとは、そもそも違う生き物なんだよ」
 そのまま、上げられた顔に男の拳が叩き込まれる。
「がっ!? あ……っ……」
 眼鏡のフレームが歪み、レンズの片方が割れ落ちて石畳に落ち乾いた音を立てる。
 赤くなった鼻から鼻血が零れ、その顔を赤黒く汚していく。
「おい、顔殴っちゃまずいんじゃないか?」
「どうせ売る手筈なんざ残ってないんだ。俺達の最期まで付き合ってもらうだけだよ」
「それでもツラは綺麗な方がいいだろ。折角の最期の晩餐だ」
「違いねぇ!」
 下品な笑い声が渦を巻き、迷宮の回廊に響き渡り、そして消えていった。



 モンスターとならず者との戦闘で疲弊した宝、マリル、サラは、迷宮の一角で休息を取っていた。
「一ついいでしょうか」
 どこか重苦しい雰囲気の中、サラが微笑を浮かべて暫定リーダーとなった宝に声を掛ける。
「何かな、さっちゃん?」
「この階層では私の魔法は封じられています。回復が出来ないのもさる事ながら、シュリさんを捕らえた連中を殲滅するには火力不足かと思われます」
 その言葉に、宝の表情が僅かに歪む。
「何が言いたいのかな、さっちゃんは。戻ろうって言うのなら聞かないよ」
「安全策を取るなら、ボクは戻るのに賛成だけどね。6階と違ってホントに魔法っていう火力が無いのは辛いし」
「まーちゃんまで? そこまで言うなら二人は戻ればいいよ。僕様ちゃんは、一人でもしーちゃんを助けに行くよ」
「別にそんな事は言わないってば。今のリーダーは宝だしね。多分、サラが言いたい事も同じだと思うよ、ボクと」
 マリルの言葉に、サラは宝の手を取って、きゅっと握り締める。
「シュリさんを取り返すのに失敗した場合、生き残ったならず者に真っ先に襲われるのは、前衛で戦う宝さんです。その覚悟はおありですか?」
「全部やっつけちゃうから問題なし!」
 あまりにも自信満々な即答に、マリルとサラは思わず顔を見合わせて、同時に吹き出してしまった。
「何で笑うかなー?」
「いえ……別に私達が心配する程の事ではなかったようで」
「そうそう。迷わないで全力でやるしかないんだよね、結局のとこ」
「なんか納得いかないー」
 ぷうと頬を膨らませる宝の背中を、サラが宥めるように撫でる。
「魔法での回復ができない以上、きちんと休息を取らないと疲労で充分な力を発揮できませんよ? そろそろお休みに……」
 そこで、サラの声が止まる。
 マリルが頷き、宝が武器を手に取る。
「足音の数からして、魔物の類ではありませんね。この階層にブラムスタックアーミーはいないはずです」
「となると、ならず者だね。人数は……40人ぐらい。休憩前の運動ってところかな」
 マリルの耳がぴくぴくと動く。
「でも、ならず者にしちゃ重武装かも? でも人数から別のパーティーでもなさそうだしなぁ」
 首を傾げるマリルを尻目に、宝は呼吸を整えて手にした斬馬刀を構え、回廊の闇から現れた集団に向けて砲弾のように飛び出した。
「てりゃーっ!」
 巨竜の振り下ろす爪もかくやという勢いで叩き込まれたその一撃は、集団の先頭にいた数人を一撃で薙ぎ倒す。
「うわぁっ!?」
 構えていた盾ごとその一撃で吹き飛ばされる男達。
 ひしゃげた盾を捨てて、慌てて武器を収めて手をばたばたと振る。
「ちょ、ちょっと待ったぁっ!? ぼ、ぼぼぼ冒険者の人ですよね! 僕達はクルルミク竜騎士団の者です、攻撃を止めて下さいっ!」
「え?」
「は?」
「あら」
 二の撃を叩き込もうと斬馬刀を叩き込もうと武器を振り被った宝、鎧の隙間から短刀を突き立てようとしていたマリル、指を捻り上げて投げ飛ばそうとしていたサラが、三者三様の声を上げて動きを止める。
 良く見ればその集団の武具には、クルルミクの紋章が刻まれていた。
 兜を脱いだ少年騎士は、慌てて立ち上がると三人に向かって一礼して微笑み掛ける。
「セニティ王女は救出され、ギルドボも討たれた模様で。僕達は冒険者の方々への連絡と護衛、そして救出のために派遣されたんです」
 その言葉に、宝はすぐさま斬馬刀を担ぐと、少年騎士の腕をぐいと掴む。
「行こ」
「え、ちょ、何が、ええええええええええええ!?」
「うん、急いだ方がいいよね。サラもそれでいいよねー!」
 宝とマリルに両脇を固められ、ずるずると引き摺られていく少年騎士。
「ぶ、分隊長ー!?」
「どこ行くんですか、ちょっとちょっと!?」
 慌てふためく騎士団員に、サラが微笑を向ける。
「捕われた仲間がいるのです。ご協力、いただけますか?」



「そら到着だ!」
 石畳の上に乱暴に放り投げられ、背中を打ち付けられるシュリ。
 その頭を、ならず者の一人が思い切り踏み付ける。
「ぐっ……きっ、さま……!」
「反抗的な目ぇすんなよ。生かしといてやってるだけ有難いと思え」
 すぐさまそれを振り払い、起き上がろうとしたところを、その腹に別の男のつま先がめり込む。
「がっ、か、は……ぁ……」
「えーと? クラウ、リラ、ディアーナ、クレール、ダイアナ……なんだ、手前ぇが潰れりゃ、初期から参加してる竜騎士はほぼ全滅かよ。だらしねぇな」
「ああ、上じゃアヤカ、レーヴィン、エルタニンもとっ捕まえたらしいぜ? 惜しいもんだな、フィオーネを捕まえりゃ綺麗に全滅じゃねぇか、竜騎士サマ共がよ!」
「竜に乗れなきゃこんなもんってか? それとも女竜騎士ってのが格段に弱いもんなのかねぇ!」
「身体ばっかりは良いのが揃ってるがな。どの穴も使い心地が良かったぜ?」
 ぐり、とシュリを踏み付けている男の足に力が入る。
「そら、時間が無ぇぞ? 何時こいつのお仲間や騎士団が突っ込んで来るか判らねぇんだ。それより先に突っ込まないと後悔するぜ?」
「騎士団……グラッセンとの休戦が……成ったのか」
「おうよ、お陰で俺達ぁ叩っ斬られるか縛り首かの崖っぷちだ。最期ぐらい愉しませてもらうぜ?」
 男達はシュリの身体をうつ伏せにして両手両足を押さえつけると、膝を立たせて尻だけを突き出すように持ち上げさせる。
「いい格好だな、竜騎士サマ? それとも名前で呼ばれる方が良いかい、シュリちゃん?」
「だま……れ……」
 腹を蹴られたせいで、息も切れ切れになって睨み返すシュリ。
 その表情もまた、男達の嗜虐心をそそるだけの事だった。
「時間の無ぇし前戯なしな。アレ寄越せよ」
 頭を踏まれているせいで後ろを見ることができないシュリは、内心何をされるのか不安で身体が震えそうになっていた。
「何を……するつもりだ……」
「薬とか高級なもんじゃねぇから安心しとけ? 触手モンスターの粘液だよ。濡れてもいねぇのに突っ込まれて痛い思いはしたくねぇだろ?」
「ひっ……ぃっ!?」
 突然、突き上げられた尻の頂点に垂らされた冷たいものが、ぬるりと広がっていく感触に思わず声が上がってしまう。
「お、可愛い声も出せるんじゃねぇか。ちゃんと馴染ませてやるからなぁ?」
 粘液越しにべたりと触れる男の手が、尻の割れ目に沿って前へと滑り込み、くちゅくちゅといやらしい音を立てて揉み込まれていく。
「やめっ、嫌、だっ……気色悪い真似を……する、なっ……」
「そのうち自分で垂れ流すようになるもんを、気色悪いとか言っちゃいけねぇなぁ?」
 シュリの割れ目から、ぬちゃりと音を立てて離れた手が、細い腰を押さえつける。
「さぁて一本目いってみようか!」
「い、あ、あぐぅっ!?」
 遠慮も加減もない一撃が、シュリの膣内に叩き込まれた。
 男の大振りなモノが小柄なシュリの内側を抉り、子宮の入り口に押し付けられている。
「いっ……ぃっ……ふ……ぅ……」
 破瓜の痛みに、堪えているはずの涙がぼろぼろと零れ落ち、ただ痛みを紛らわせるように息が乱れていく。
「ははは、こいつも処女だぜ? まったく竜騎士サマはお楽しみも知らねぇで可哀想なこったぜ!」
 粘液を絡めながら痛々しく押し広げられる花弁と、そこに混じる血の色。
 痛みよりも実際に膣内を抉られる感触よりも、ならず者達の哄笑が破瓜の事実をシュリの心に刻み込んでいく。
「痛いのは済んだなぁ? あとは気持ち良くなっていく一方だから安心しとけよ」
「気持ち……良く?」
 涙目でこそあるものの、シュリは殺意すら混じったような視線で、自分を囲むならず者達を睨み付ける。
「処女の一つや二つで……屈服させたつもりか?」
「一つや二つでってか。それじゃあ二つ目いってみようじゃねぇか」
 痛みのせいか、精神的なもののせいか、シュリの身体の動きは全く精彩を欠いていた。
 抗う事も出来ずに、抱え上げられ男に抱きつくような体勢にさせられて、男のモノがもう一度ずぶりと深く沈み込んでくる。
「立って犯られると、更に奥に当たって良い感じだろ?」
「良くなど……あるものか……っ、ひ、ぃっ!?」
 身体を貫くモノから逃れようとするせいか、思わず男に強く抱きつくシュリの尻を、別の男が鷲掴みにして、後ろの穴を曝け出すように押し広げる。
「さぁて、人数こなすんだから二つ目の処女いってみようか?」
「そっちに、なんか……入る、わけが……っ……い、あ、かはぁっ!?」
「入らないわけないじゃん。みんなやってんだからさぁ……あー、確かにきっついわ。こりゃいいや」
「うぐっ……ふ……ぅ……っ! は、ぁ……っ……」
 擦れ合い空気と粘液が入り混じって漏れる音と共に、前と後ろを交互に突き上げられ、苦しそうに息を吐く声とは言えない音がシュリの口から漏れる。
「さて、そろそろ次の奴に代わってやらねぇとな。たっぷりと出してやるから、しっかりと孕めよ?」
「あー、ケツじゃ孕まねぇな。俺もこっちが済んだら前に突っ込んでやるか」
 シュリの中で、男達のモノが膨れ上がったような感触と共に、びくびくと跳ね回りながら熱いものを流し込んでいく。
「な、か……に……?」
「当たり前だろ? これからくたばるんだ、誰が孕ませられるか競争みたいなもんだ」
 ずるりとモノが引き抜かれると、まだ締まりが衰えない穴は、ちゅぷりと音を立てて男達が放った精液を中に閉じ込める。
 そのまま床に転がされたシュリは、だらしなく足を広げたままぐったりとしている。
「俺らの汚ぇ子種を、美味そうに飲み込むじゃねぇかこの穴は」
「次の奴で溢れさせてやれよ? 溜まってんだろ手前ぇら」
「それでも全員回すのは足りねぇだろ。手でも乳でも口でも、何でも使っちまえ」
 言うが早いか、一人が息の乱れたシュリの口に暴発寸前にモノを捻じ込んで、喉の奥を犯すように激しく突き立てる。
「う、えぐっ!? お、ぶっ……ふ、うえっ、あ、げふっ!」
 ものの数秒でぶち撒けられた精液が、喉の奥から溢れて逆流し、胃液を混じらせて床に吐き出される。
「げっ……うぇ……は……はぁ……」
 呼吸器官を塞がれるという、あまりにも直接的な生命の危険すら感じる行為に、シュリの目にじわりと恐怖の色が浮かぶ。
 これに耐えられるのか。
 こんな事を続けられて、逃れられるだけの体力を残せるのか。
 だが、その怯えを悟られれば、ならず者達は増長するだけだろう。
「痛めつけるだけで……堕とせると思――」
 虚勢を張って顔を上げた途端、その眼前に突き付けられた複数の男のモノが、その顔一杯に次々と精液を放つ。
 熱くどろりとした感触が、髪に絡み付き、頬を伝い、鼻先をくすぐり、唇に触れ、顎を伝って滴り落ちる。
 眼鏡のレンズに掛けられたそれは、シュリの視界一杯にその欲望の塊を留めて存在を主張し続けている。
「――う、な……」
 改めて見せ付けられたそれに、シュリの声からゆっくりと覇気が失われていく。
「これで何人だ? ひのふの……まだ160人はいるからな。さっさと済ませるぞ。思い残す事の無い様にいっとけ?」
「ういーっす」
「そんじゃ二番手いきまーす」
「俺ケツいただき」
「胸ぶっ掛ける前に弄らせてくれよ」
「手でいいわ、ちょっと回してくれ」
 群がってくるならず者達を睨み付け、なんとか気持ちを奮い立たせ、痛みや嫌悪感よりも身体の芯から染み出してくるような快感に必死に耐える。
 その終わりが何時なのか、ただそれだけを考えながら。



 どれぐらいの時間が経ったのか。
 散々シュリの身体を弄んだならず者達は、思い思いに休憩をしていた。
 調教という名目がない分、数回で満足したものは玄室を離れたり部屋の隅で眠っていたり、全く飽きる事もなく未だにシュリの身体を嬲り続けている男もいる。
「最初の威勢は何処に行った? そろそろ100人分は注がれただろうし、確実に孕んでるんじゃねぇのか?」
 男はげらげらと笑いながら、シュリの膣内に精液を注ぎ込み、満足そうに息を吐く。
 全身を臭いたつ精液に汚され、ぐったりと動かないシュリ。
 だがその瞳は、まだ力強さを失っている様子は無い。
「ヤッパリ頑丈ダネェ。5〜6日グライ掛ケナイト堕トスノハ無理ダネヤッパリ」
 聞き覚えのある、くぐもった子供の声。
「何だ、スロウトも犯りに来たのか?」
「ンー、チョットオ話ニ来タダケ。シバラク借リルヨ?」
「俺としちゃあ、もう2〜3発は犯っときたいんだがな」
 渋る男を、スロウトがガラス玉のような双眸で見詰める。
「 借 リ ル ヨ ? 」
「……あ、ああ……ご、ゆっくり……」
 男は愛想笑いを浮かべながら、今の一瞬ですっかり萎えたモノを揺らしながら、そそくさと部屋の隅へと離れていった。
「サテ……コノママジックリト嬲ラレテイクトコヲ観察シ続ケテイタイトコロダケド。ソロソロたいむおーばーナンダヨネ」
「それ、は……どう……い、う……」
「アイツラノ自棄ッパチ振リヲ見テタラワカンナイ? ぎるどぼノオッチャンガヤラレチャッテネ。せにてぃ王女モ取リ戻サレチャウシ、くるるみく竜騎士団ハ討伐隊ヲ送リ込ンデクルシ、ぎるどモ崩壊ハ時間ノ問題ッテワケ」
「それを……何故、私に……教える……私の、絶望する……姿、が……見たかったの、だろう……?」
「ソノ為ノ布石ダヨ」
 スロウトは表情の無い顔で淡々と語る。
「ボクハネ、魔法ト罠……呪詛的ナモノノ専門家ナワケ。ソレデぎるどノ魔法とらっぷ係ナンテヤッテタンダケドネ。当然ナガラ『雄性種絶命の呪い』ニツイテモ調ベタリモシテルンダヨ、ぎるどぼノオッチャント一緒ニ」
「何が……言いたい……」
「コノわいずまん騒乱ノ真相、僕ハアル程度知ッテルワケナンダ。ぎるどぼノオッチャンニ、協力ノ見返リトシテ色々教エテモラッタンダヨ」
「な……に……?」
 シュリの耳元で、スロウトがぼそぼそと囁く。
 その内容に、シュリの顔からどんどんと血の気が引いていく。
「モットモ……はいうぇいまんずぎるどノナラズ者ノ言葉ヲ、しゅりガ何処マデ信用スルカガ問題ダケドネ。無事帰レタラはうり王子ニデモ聞イテミルトイイサ。モットモソレハ、想定サレルデアロウ公式発表ヲ信用シナイ……ツマリ、はうり王子ヲ疑ウトイウ事ニナルンダロウケドネ?」
 そう言ってスロウトは、ろくに動けないシュリの唇に己の唇を重ねる。
 ならず者達の貪るような口付けとは違う、優しく柔らかい口付け。
 挿し込まれた舌が自然と絡み合い、唾液が混じり絶え絶えだった息が荒くなる。
 その舌先が、シュリの舌の裏に監視の為の呪印を刻んでいる事は、全く気付かなかった。
「ヤッパリしゅりモ女ノ子ダネ、可愛イナァ。ボクガモウ少シ大キカッタラ、オ持チ帰リシテ飼ッテアゲタイトコロナンダケドネー」
「……お断り……だ」
「言ウト思ッタ。ソレジャボクハソロソロオ暇スルヨ。救出部隊ノゴ到着ダカラ」
 そう言うとスロウトは、軽く手を振りながら魔法の光に包まれる。
「ボクハ、ズットしゅりノ事ヲ見テルカラネ?」
 スロウトの姿が掻き消えた、その瞬間。
 玄室の扉が蹴破られ、三人の女冒険者を先頭に重装備の騎士達が一斉に部屋に雪崩れ込んでくる。
「来やがったぞ! 最期の喧嘩だ、派手にやれぇっ!」
「ヒャハハハハハハハハハハハハハァ! 一人でも道連れにしてやらぁ!」
「俺らの生きた証だ! 手前ぇらしっかり目に刻めよ!?」
 思い思いの叫び声を上げながら、ならず者達が次々と斬り捨てられていく。
 そのほとんどは致命傷と言えるような傷も残す事は出来ず、ただ血の跡だけを撒き散らしていくだけだった。
「まったくもー。これで三度目だよ、しーちゃん。僕様ちゃんがいなかったら大変だったねー?」
「ごめんね、ちょっと遅かった……辛かったよね……」
「私達の声はきちんと聞こえますか? 身体は動きますか? 安心して下さい、全ては終わりました。さあ、ここから……迷宮から出ましょう」
 仲間達の声に、シュリの目に涙が浮かぶ。
「……本当に……感謝している……皆と共に戦えた事を……私は……誇りに……思……」
 シュリの手から力が抜け、ゆっくりと瞼が閉じられる。
 小さな息を一つ吐いて、それは穏やかな寝息へと変わっていった。
「疲れていたのですね。今はゆっくり休ませてあげましょう」
「僕様ちゃんも疲れたー、しーちゃんも助けれたし早く帰ろー」
「そういえば転送してもらって飛ばしちゃったけど……5階の湖どうやって渡ろう?」
「その辺りは大丈夫ですよ。騎士団の者が渡航券を持って待機しています。それに僕達が、護衛と案内を兼用して同行致しますから」
 ならず者を殲滅した少年騎士が、汚れたシュリの身体を外套で包み、抱き上げる。
「皆さんがいなければ、僕達の玄室到着はずっと遅れていたと思います。シュリ殿を助けていただいたご恩は、一生忘れません」



 迷宮を出た一行を、眩しい朝日が出迎える。
 ドワーフの酒蔵亭に帰還した冒険者達を、ペペが出迎える。
 シュリを抱えた少年騎士はその場で三人に別れを告げると、王城への道を仲間の騎士と共に朝靄に消えていった。
「……良かったのですか、別れを告げなくて」
 少年騎士の言葉に、シュリはうっすらと目を開けて、微かに首を振る。
「私には……その資格すら、無いから」
「え? あの……それは、どう……いえ、何でもありません」
 絶望とも決意ともつかない、複雑な表情をしたシュリに、少年騎士は何も問えずにただ王城への道を歩いていく。
「それでも……私は、彼女達の気持ちを護りたい。この国を護りたいのと、同じくらいに。その為には、私はどんな犠牲も……厭わない」



 その後、シュリは妊娠が発覚。
 状況から、どう考えてもならず者の子であるのは確かだったが、シュリは周囲の反対を押し切って実子として産み育てる事を決意。
 産休を経て竜騎士の職務に復帰したシュリは、ハウリ王子より直々に将軍職を与えられ、一層の忠誠と守護を誓ったという。
 メイリアと名付けられたその少女は、出生の逆境も踏み越える強い意志で、母と同じ竜騎士の道を歩む事となるが、それはまた別の話となる。
































「殿下……少し、よろしいでしょうか」
 深夜の執務室に訪れたシュリを、ハウリ王子は静かに迎え入れる。
「こんな時間にどうしたんですか?」
「どうしてもお聞きしたい事……いえ、確認したい事がありまして。内容が内容という事もあり、失礼ながらこのような夜更けに伺わせていただきました」
 ハウリ王子は小さく溜息を吐くと、シュリの瞳をまっすぐに見詰めてこう言った。
「もっと、早く来ると思っていたのだけれどね」
「あの子を……メイリアを産むまでの間に考え続け……そして迷い続けていました。知らぬ振りをして、疑問を持たずにいる事が忠誠であるのか、と」
 シュリはそう言って、まっすぐにハウリ王子の瞳を見詰め返す。
「ワイズマン騒乱を企てたのがセニティ王女だという事は……グラッセンの侵攻も、ハイウェイマンズギルドの台頭も、『雄性種絶命の呪い』を騙りワイズマンの存在を作り上げ、数々の冒険者を打ち倒し、売り払い、口を封じてきたのも、全てはセニティ王女の画策であったという事は『真実』なのでしょうか」
「……姉上は『被害者』だよ。僕のために独断でワイズマン討伐に赴いて、可哀想な目に遭ってしまった。そう伝えたはずだ。ワイズマン討伐で散っていった竜騎士達も冒険者達も、悪たりえるワイズマンとハイウェイマンズギルドを倒すために戦った。その『事実』では不満なのかい?」
「いえ……私は、その『事実』を確認したかったのです。私の問いが例え『真実』だったとしても、それは決して誰も報われません」
 シュリはハウリ王子の下に歩み寄り跪くと、深々と頭を垂れる。
「散っていった数多くの想いの為に、私はその『事実』を護るべくありとあらゆる手段を尽くします。ハウリ王子、あなたの剣となり盾となり、血に汚れようとも泥に塗れようとも後悔は致しません。王家の名誉を、仲間の誇りを、殿下の覚悟を……そして、セニティ王女の心を。その全てを護るために」

<他人を想っての嘘なら、それを吐き通してしまうべきだったのだ。それを、自分の願望のために翻すなど論外だ>

 眼鏡の奥にある瞳が、ぎらりと輝く。
「知る限りの『真実』を以ってして、『事実』を揺るがすありとあらゆるものを排除致します。そのためにも、ハウリ王子の知る『真実』と私の知る『真実』に相違があらば、それをお教えいただきたく」

<嘘を吐くならば、地盤固めはきちんとしろ。少なくとも当事者同士ぐらいは口裏を合わせるべきだ>

「もし私を信用していただけないのであれば」
 愛用の斬馬刀ではなく、城内で用いる装飾剣をすらりと抜き放ち、その柄をハウリ王子へと差し出した。
「仲間を失い自らも辱めを受け乱心した者として、即刻処断していただきたく」

<より良い状況を作り出すための必要な嘘ならば、それをきちんと運用するべきだし、相応の心構えをする必要がある>

「竜騎士シュリアス、あなたの覚悟は判りました」
 ハウリ王子は剣を受け取ると、そのまま柄をシュリに差し出した。
「任を与えます。かつて姉上がグラッセンと共謀していたという『噂』があります。その裏付けとなる存在……グラッセンの間者であり姉上の協力者であったという者について、調査と『措置』をお願いします。『そんなものは存在しない』という『事実』を『確認』してもらえますか?」
 その言葉に、シュリは笑みを浮かべる。
 真っ直ぐで、強固で、だが果てしなく歪んだ、狂信者と呼ばれる者が浮かべるそれと、とても良く似た笑みをにたりと浮かべて、力強く答えた。
「仰せのままに」



 ある日、幾人かの文官と騎士が王城から姿を消した。
 ハイウェイマンズギルドの残党狩りに赴き、戻らなかった者。
 グラッセンとの交易再開に向けた調査の折に、野盗に襲われ落命した者。
 公金の不正搾取の証拠だけを残し、忽然と姿を消した者。
 訓練の最中に、不慮の事故で死を遂げた者。
 その全てに関連性は無く、ただ時間の流れに飲み込まれ消えていく小さな悲劇として、関わる者の心に小さな傷を残しながら、やがて忘れられていった。
 それからも、数多の小さな傷が人々の心に刻まれ残されていく。
 その下にある大きな傷を埋め尽くし覆い隠すように。
 磨き上げ見えなくしていくように。
 何度も、何度も。
 繰り返されて。
 その手を。
 汚して。



「イイ具合ニ壊レチャッタネー。コレハボクモ予想外」
 スロウトは、古びた玉座にだらしなく座り、足をぶらぶらさせていた。
 その瞳はどこか宙を見ている感じで、傍から見ればただの危ない人である。
「ぼっちゃんもよく飽きませんねぇ。そんなに楽しいですか、あの嬢ちゃんの観察は」
「ソリャモウ。売ラレタ竜騎士達ガくるるみくニ戻ッテクル事ガアッタラ、更ニ楽シクナリソウダシ。ふらんつダッケ? 彼ニハ頑張ッテ欲シイネー。彼ト再会シタでぃあーなガドンナ反応スルカモ見テミタイシ。愛ノチカラデ復活カナ? 汚レタ自分ニ絶望シテ狂ウカナ?」
「……本当に趣味悪いですねぇ、ぼっちゃんは」
 グライミーは呆れながらも、慣れた手付きで辺りの様子を探っていく。
「ったく……『雄性種絶命の呪い』とやらがマジモンなら、ぼっちゃんの……いや、お嬢の身体から先代の記憶や知識、歪んだ魔力だけを打ち払うヒントぐらいにゃあなったんでしょうけどなぁ」
 とある国の片隅を根城にしていた、傲慢かつ強欲で自己中心的な、だが異常なまでの才能と能力を持ち合わせていた最悪の魔術師がいた。
 その男は、誘拐し快楽の為だけに強姦した女が孕み産み落とした娘を、実験材料として下働きの男に育てさせていた。
 ある日、その暴虐に耐え兼ねた市民に集められた冒険者の手によって、その男が討たれる事となった。
 が、その計画を察知していた男は、逃亡を企てる事は無かった。
 脅威を排除して安堵した者達が、新たなる脅威に怯え己の不運を嘆く様を愉しもうという意図の元、己の複製を用意して復活を為そうという計画を立てたのだ。
 男は実験材料として飼っていた子供達の中から、年長の少女を選ぶとその喉に呪印を刻み込み、己の死と同時にその記憶と知識が転移されるよう呪詛を施したのだった。
 だが結果として呪印は完全な効果を発揮せず記憶と知識は中途半端な形で混濁し、歪んだ魔力はその身体にまで影響を及ぼし少女の身体は男であるかのような変質を遂げ、影響を受けながらも独自の思考を保ちつつ、下働きの男を従えて好き勝手な生活を始めたのであった。
「何カ言ッタ?」
「独り言っすよ。一人でコツコツ作業してると、独り言の一つや二つ出るもんです。ぼっちゃんも少しは手伝って下さいよ。古代王国の廃都を根城にしようなんざ、無茶言うから……こんなとこなんて、大体冒険者が探索に来るもんですよ? どうせすぐ追い出されますよ」
「ぎるどぼノオッチャンミタク、ナラズ者集メテ対抗シヨウカナー?」
「ギルドボの旦那のは、あのとんでもない召還術と竜神の迷宮ってぇ特殊条件下であってこそです。そこいらからチンピラ集めたところで、軍隊投入されて終わりに決まってるでしょう」
「冗談ダヨ、冗談。ソウイウノハモウチョット地盤ヲ固メテカラダヨネ、ヤッパリ」
「……そのうちやる気なんですか」
「ソリャモチロン。しゅりダッテイツ完全ニ壊レチャウカワカラナイシネー。次ノ玩具ヲ早ク選定シナイトネー?」



THE END