龍神の迷宮深部 9階   守護龍神の間


鎮座する巨大な龍の目の前に・・・小柄な影




エンディングの一幕  -さよならBYE!BYE! 元気でいてね-





本来なら恐るべき状況なのだろうが、小柄な少女――――シェンナは、龍神を相手に親しげに話をしている。



「・・・ということで、この数年の事件の事後処理も終結。新王子の継承で国は賑わっていますし、本格的に私たちは御役御免になったみたいです。
大半の冒険者がこの国から離れることになりそうですね・・・。」

シェンナはそう告げると、ふぅ、と一息をついた。

クルルミクは久方ぶりの平穏を取り戻し、新王子の下で再び発展していく。
長き暗闇の時代から抜け出たクルルミクの人々は、新たな時代の風に皆笑顔を取り戻していた。
そうなれば傭兵や冒険者はただの厄介者でしかないことは単純な話である。


「分かってはいましたけど、こういう扱いはちょっと寂しいですね。たくさんの人が命を賭して・・・戦って・・・。」

少しだけ俯いて呟くその姿に、目を閉じていた龍神は、ゆっくりとその目を見開いた。


(それは故無き事であろう。散る覚悟が出来ぬ者が剣を持つべきではない。・・・だが、その気持ちも分からぬでもない。
ふむ・・・・・・、シェンナよ。辛かったかもしれぬが、ご苦労であったな。)

シェンナは、そんな竜神の意外な声に一瞬目をぱちくりとさせると、くすくすと笑い出した。


(・・・何がおかしい? )

「ふふ・・・・いえ・・・龍神様にそんなこと言われると思っていなかったので。なんというか、失礼ですけど心配する姿が可愛いというか・・・。」

そう言うとまた笑い出したシェンナに、少しだけ憮然となった様子で龍神は眼を細めた。


(ふん・・・労いの言葉などかけた事もないというに、感謝するどころか笑い、あまつさえ可愛いなどと・・・。これまで出会った人間とは随分と違うものだな。)

そう言うと、体を起こしてシェンナに正対する。
体を起こしたことで、さらに目線の差が大きくなり、既にシェンナは見上げるようにしている。


(我が姿を見たものは皆似たような反応を示したものだ。恐怖し、畏怖し・・・。逃げ去る者、無謀にも剣を抜く愚かなる者。
シェンナよ。そなたは我が恐ろしくはないのか?)

そう告げた龍神の眼が真っ直ぐにシェンナを射るが、当のシェンナはあっけらかんとした表情で、

「え、だって・・・。危害を加えないなら怖くはないですし、何より龍神様って見た目よりもずっと優しいじゃないですか?」

そんな風に答えた。
予想外の返答に、龍神は完全に固まる。


(な、に・・・)

「強くて勝てないのは龍神様だけじゃないし、危害を加えるのは人間も同じですし・・・。何よりも、話が分かるなら人間も龍も関係ないじゃないですか。だから、別に怖いとは思わないかな。
・・・あ、あれ? 龍神様? なんだか反応無いですけど、どうかしましたか?」

反応の無くなった龍神を訝しげに見つめていると、一瞬間をおいて凄まじい轟音が響き渡った。


「っ〜〜〜〜〜〜〜〜!!?」

余りの轟音に眼を白黒させながらシェンナは慌てて耳を塞いだ。


(は、ハハハハハハハ・・・  わ、我が人間と・・・ く、ククククククク な、なんと・・・  ハ、ハハハハハハハハハハハ
よ、よもやこんなことを聞く日が来るとは・・・  ク・・・、長年生きてきたが、ここまで愉快な日は始めてかもしれぬな。)

「ひ、人が真面目に答えたのに笑うって・・・失礼ですよ!」

その音が龍神の笑い声であることにようやく気付くと、シェンナは少し膨れながら龍神に食って掛かる。


(いや・・・すまぬな。 よもやこんな愉快な話が聞けるとは思わなんだ。つい、な。)

そう告げながらも、未だ響く声に笑いが混じっていることがシェンナの機嫌の悪化に拍車をかける。


「私、もうそろそろ行きますから。お・元・気・で!」

(拗ねるな拗ねるな。悪かったと言っておるだろう。 こんな迷宮の中だとなかなかこんな機会がないのでな。もう少しくらいは居て欲しいところなのだが。)

一通り笑って落ち着いたのか、普段の調子を取り戻した竜神の言葉にシェンナは足を止めた。


「・・・もう少し居たいかな、とは思ったんですけど、そろそろ迷宮が王国の直轄地に戻るようなので・・・。それに、このままだと出られなくなっちゃいそうなので。」




「色々と・・・ありすぎるくらいありましたからねぇ。」

そう呟いて、そっと腰の荷物に手を当てた。




『身を護るにはそのナイフでは大変だ。これを持っているといい。』
そう言って渡された銀の短剣。別れる時も、無事を祈る、とプレゼントしてくれた。

『これは私の騎竜の革から作られたものだ。・・・離れるなら、せめてこのくらいは渡させてくれ。』
竜革の手袋。いつの間に作ったのかは分からないけれど、サイズがピッタリだった。

『流石にダカルバジンは渡せないけれど、これなら・・・』
小さいながらも丁寧に作られたミニダカルバジン。・・・時々動いてた気がする。


――――――みんな、大切な物――――――



(ふむ・・・では、我からも何か贈ろう。そなたの無事を祈ることと、我を楽しませてくれた礼として。手を前に出すがいい。)


シェンナが手を前に出すと、コツン、と何かが手の中に転がり落ちた。


「あの・・・これは?」

(それは我の牙から作った護符だ。それなりに効果があるとは思う故、しっかり持っておくと良かろう。)

さらっと告げた龍神の一言に、眼を丸くする。


「え、いや、あの・・・そんな大切な物、いただけません・・・。 そういうのって王族の方とか特別な人に渡すものなんじゃないですか?」

そう告げるが、

(何故我が王族を気にせねばならぬ。遠慮せず受け取っておけ。 時にシェンナよ・・・)


そう言うと、話は済んだ、とばかりに取り留めのない話をしだした。
そんな我が道を行く龍神に、苦笑を漏らして小一時間付き合うこととなった。








「それでは・・・そろそろ。」


(うむ。 シェンナ、壮健でな。)


「はい。龍神様も。」


手を振りながら龍神の間を後にするシェンナに、龍神は、一つ、大きく咆哮し、その身を伏せさせた。

(次に人が訪れるのは何時になるのか・・・。 ・・・ふ、ここ数年で人に毒されすぎたか。)


そうひとりごちると、ゆっくりとその目を閉じた。





この後、シェンナの名前はどこの国の公式文書にも一切載っていない。
何処に居て、何をしているのかは、誰も知らない。