ワイズマン・・・
現在、クルルミク王国にある龍神の迷宮の最下層に居る魔道士
セニティ王女により最下層が封印されることで地上に出ることが叶わなくなっている。
冒険者に課せられた命題は、このワイズマンを倒すことにある。
「・・・・・・けど、前途多難だよね。」
器用にナイフを操りながら、誰に言うでもなくシェンナは呟いた。
「初日からよりにもよってバナナの皮で転びそうになって助けてもらうし・・・ダイアナさんに間近でまじまじと見つめられるし。きっとなんて駄目な奴なんだろう・・・とか思われてたんだろうなぁ。うぅ、情けない・・・確かに経験は浅いけど今回はそれ以前の問題だもんね。」
ぶつぶつと呟きつつも手は全く休めずに切り裂いたものをバラバラと容器に投入して握りこむ。
「罠の大まかな場所は分かるんだけどクレールさんの方がずっと的確に回避してるし。メラノーマさんは回復魔法を使えるパーティの要って言っていい存在だし・・・私だけ思いっきり役立たずだなぁ。そもそも竜騎士の方に探索力で負ける盗賊って価値があるのかな・・・。」
改めて把握した自分の不甲斐無さにガックリと頭を垂れながら薪を追加し、グラグラと煮えた液体に握ったものを投げ入れ、蓋をする。
使用したナイフを火で炙ると、また新たな獲物を解体し始める。
「とはいえ、私だって経験を積めばきっと力になれるはず!
時間が掛かっちゃうのは申し訳ないけど、でも、きっと・・・。」
決意を新たに握り拳を作りながら切り分けた獲物を火にかける。
とりあえずの作業が終わったため、火の近くに腰を掛けてふぅ、と息をついた。
「それにしても、王子様ってこんなところを儀式として進むのか・・・盗賊も魔物もいないとはいえかなり体力がいるだろうなぁ。現状ではモンスターが居るとはいえ、普通に探索を行うだけでも結構な体力を消耗するとなると、王子様にとっては文字通り試練なのかな。」
時折液体をゆっくりとかきまわしながら取り留めのないことを考え続ける。
「あ、そういえばハウリ王子ってどんな人か見たこと無いや。やっぱり線が細かったりするんだろうな。王子様って頼りないイメージしか・・・」
そう言った瞬間、
『平和主義者クラァァッシュ!』
なにか
『人畜無害キィィック!』
とってもかんけいなさそうなものがうかんできた
「っ・・・!!?」
焚き木が爆ぜる音で我に返る。
「あ、あれは一体なんだったんだろう・・・。」
額の汗を拭いながら深呼吸1つ。
「忘れた方が良いよね・・・。ハウリ王子と全く関係ないだろうし。」
そう呟くと、丸い塊を細かく切り裂いて鍋に投下する。
「ん、完了かな。クレールさん、ダイアナさん、メラノーマさん、ご飯できましたよ。今日のメインは鶏団子とキャベツのスープです。パンももうすぐ焼けますよ。」
今日も平穏無事なクレールパーティだった。
「「「ご馳走様でした。」」」
「はい、お粗末さまでした。」
温かい食事を取ることは士気に影響する。
特に長い期間の探索は肉体よりも精神の疲弊を引き起こす。
簡易糧食だけではなくある程度調理できるものを、と提案したのはクレールだった。
肉体面だけではなく精神面にも注意を払った提案は非常に良好な結果を残している。
最初は火を焚くことの危険性などから難色を示したダイアナも実際に食べてみて賛成を示し、
野菜など苦手な食べ物が多いメラノーマも、食べやすいようにと考えられた食事に概ね満足していた。
「うむ・・・やはり温かな食事は良いものだね。しかし、シェンナ1人に用意をさせてるのは改めた方がいいかもしれないな。」
腕組みをしてどうしたものか、と呟くクレールの言葉にシェンナは少しだけ顔を翳らせる。
「・・・本当は私が罠なんかに対応しなきゃならないのに、今はクレールさんの方が上手で、私だけ何もできていませんし、今は自分の身を護ることでも精一杯で・・・だから、せめて料理で、と思って。だから、私は別に構いません。」
そう言って俯いたシェンナの頭を苦笑しながらクレールはわしゃわしゃと撫でくりまわした。
「なに、まだ焦ることはない。“大都は一日にして成らず”実力も相応の日数でつけていくものだ。
例え今は頼りなかろうと、これから力になれば良いだけ・・・違うかな?」
優しくも力強く言うと、あやすようにポン、ポン、と頭を叩く。
「そのとおりだ。何よりその代わりとして食事の方で頑張っているのだろう。
今日の料理も素晴らしかった。この食事がある限りまだ10年は戦える!!」
ぐっ、と握り拳を作るダイアナに、シェンナは思わず苦笑を漏らした。
「・・・そうですね。少し焦ってたみたいです。でも、やっぱり早く一人前になりたいから、頑張りますね。とりあえず、出来ることから一歩一歩。」
「うむ。我々はパーティなのだから、足りない分は皆で補えばいい。それを積み重ねることが任務の完遂につながるのだから。」
そう纏めるクレールと頷きあい、再び和やかな雰囲気が戻ってきた、かに見えた。
「今の話からすると、シェンナちゃんは自分の役割が果たせてないから食事の用意をしてる、ってことなの?」
ただ1人先ほどの話に入ってこなかったメラノーマの突然の問いかけに、
「えぇ、と。一応そういうつもりではありますけど・・・。」
意図が読めないながらも返答する。
「ということは、もしシェンナちゃんがしっかり自分の役割が出来るようになったら、食事の用意も持ち回りになるのかしら?」
そんなメラノーマの言葉に、全員が顔を見合わせた。
クレール:× これまで作る必要が無かった。
ダイアナ:× 作れないこともないが極めて大雑把。
メラノーマ:× え、包丁って武器じゃないの?
(思考時間1秒未満)
「「「ということでよろしくお願い((する))(ね)。」」」
「即答!!? わ、私に期待することって料理だけですか・・・」
口を揃えた返答にシェンナはガックリと肩を落とす。
「何を言う。戦において物資の補給は最も重要。それを担うシェンナはPTの重要人物だ。」
大真面目なクレール。
「安心してくれ、私がいる限りはシェンナには指一本触れさせん。」
護る気満々のダイアナ。
「これも(花嫁)修行の一環だと思えば良いのではないかしら。」
くすくすと笑うメラノーマ。
「大切にされてるのかもしれないけど、その反応は傷つきます・・・。」
さめざめと泣くシェンナ。
『今のお前達に足りないのは“危機感”だ』
そんな声が何処からか聞こえた気がした。
【おまけ】
3月15日
今日は罠の麻痺針に掛かる。
おかげで動くだけでもかなり辛い。
ならず者からメラノーマさんに護ってもらった自分に涙が出そうになる。
そんな自分のために、3人は懸命に料理を作ってくれた。
その料理は、温かくて、見た目が凄くて、随分と大雑把で、とってもカラフルで、死ぬほど塩辛かった。
これからは動けない、なんてことがないように頑張ろうと思う。戦闘以外の部分で命に関わるし。
とりあえず町の方に戻ったら調理の必要ない糧食をもっと増やそう、そう心に誓ってその日は意識を手放した。