戦場・・・戦闘の行われる場所。戦地。


この定義からすれば、他人によって命が奪われる可能性がある場所は戦場と言えるだろう。

そうなれば、この場所は間違いなく戦場。最前線の様相も呈する過酷な地帯。




「衛生兵〜!? 衛生兵はどこだ!!?」


「喧嘩なら他所でやれおm・・・へぶっ」


「スネーク? 返事をしろスネーク!
スネーク!? スネェェェェェェェェクッ!!」



戦場名:『ドワーフの酒蔵亭』
戦況:混沌



毎度ながら、何故こんな状況に陥るんだろうか・・・


ふぅ、と溜息をついて手元の本に目を落とす。
内容など全く頭に入ってこないが、逃避する方法としては悪くないのではないだろうか。
もっとも、熱中できるほど図太い神経も強靭な肉体も無い以上は周囲の状況に気を配る必要があるので事実無駄なことであろう。


「うぅ・・・せめて外で喧嘩してくれれば・・・。」

眉根を寄せながら、そんな益体も無いことを呟いた。






「あ・・・。」

そんな声を聞いた瞬間に本を手放して正面を見やる。
壁側に陣取っている以上は、何かあるとしたら正面の戦場の流れ弾以外には存在しない。
予想通りに飛来していた物を左手の甲で方向を変えることで捌く。
その何かは壁に激突してぐしゃり、と不快な音と共に芳醇な香りを放った。


「な、中身満載のワインボトルってどうかと思うよ・・・。」

あまりの速さ、重さのために受け流しきれなかった左手に痛みが走る。
一瞬でも遅かったら・・・とゾッとしつつも左手をさすり、表面が擦り切れかけたお気に入りの手袋の惨状にそっと涙する。
それでも、巻き込まれ、人間カタパルトとなった軽戦士が直撃して昏倒させられた前回の乱痴気騒ぎよりはマシなのだ、と言い聞かせた。
それが完全に泣き寝入りであることを考えると、また泣けてくるのも事実ではあるが。

この状況になった以上は放置以外に道がないことは、ここ数日で冒険者たち全員がよく分かっていた。
故にこうなった以上は沈静化するまでは完全傍観・放置が取られるようになったのは当然の帰結である。


“マスターが可哀想だし、なんとかならないかな”


と最初は言っていたが、触らぬ神になんとやら。
生き残るコツは、自分を遥かに超える敵は集団で襲うか完全に放置するかのどちらか、と言うのは正しい考えではなかろうか。
それこそ危険を冒す理由も無いなら放置したくなるのが人情である。


「せめてこういうのが無いなら住民の人の反感も少なくなると思うけど・・・無駄か。」

きっとこの店内に残っている誰もが思っていることだろう。




飛来物の回避のために落とした本を拾い上げる。
栞が外れてしまったためにどこまで読んだのか記憶を手繰って、周囲の警戒に割いた意識と混線したため適当に挿む。
どのみちこの状況で本を読んで、不測の事態(むしろ予定調和かもしれないが)が起こるのは好ましくない。
何より前回で十分に懲りたのだから二度続けるのはさすがに遠慮したい、と言うのが本音だった。

本を読むのなら宿にでも戻った方がいいのだろうが、若干踏ん切りがつかない部分があった。
理由としては、宿までに存在する路地裏である。
アレだけ狭い道となれば襲われる危険も考えられる。

自分の腕は自分がよく知っている。
体術は並程度。体躯を考えればそれも相手との体力比べになれば役に立つかは怪しい。
ナイフの投擲程度なら十分使えるが、それも人数が多ければ意味を成さないし、トラップなら張ることはできるがそもそも誰が引っかかるか全く分からない。
となれば、危険を避けるなら戦士などの肉体派の人と一緒に動くのが最も安全である。
情けないものの、それが結局の結論であった。


“無謀は命が対価に、牛歩は無益が対価に。
 自分の能力を見据え、それに応じた戦略が必要である。”

一通りの業を教えて貰った時の言葉であり、冒険者としての心得の一つとして心に刻んだものだ。

「冒険者であれば無益・無謀は避けるが肝要。」

師の口癖は、地味ではあるがあの人らしいものだった。




更なる喧騒で宿に戻る人が出始めた。
注意はしつつも忘れ物を確認し、荷物を纏めて戻る一団に加わる。


「命を賭した後悔も糧となろう。」


「アオーン!! オレサマオマエマルカジリ!!」


「てめえらの血は何色だあー!!」


途端に破砕音と爆裂音が木霊する。
引き際は完璧だった、というべきだろうか。


“マスター、役に立たなくて本当にごめんなさい。”

心の中でだけそう謝りつつも、とりあえず無事だったことにホッとして宿に向かう。


明日には迷宮に挑む。
少しだけ高鳴る胸を落ち着けるために、少しだけ早めにベッドへと潜った。















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枕元にある本
"○○スグルでも分かる48の殺人技 著者:プリンス○メ○メ"


・・・彼女が何の目的で読んでいたのかは定かではない。