『銀光のシャーロウ』 byMORIGUMA 「通るよ」 赤い瞳が、ちらりと見る。 それだけで、チンピラたちは声も出せなくなった。 ならず者の集団、『グコイル』のアジト。 夕闇の迫る時間だった。 ほっそりしたコートに、女性の優美さと、 肉食獣のしなやかさを潜ませ、 わずかにすそをひるがえしながら、 銀髪と赤い瞳の女性が、 恐れ気もなく、チンピラのたむろする入り口を通った。 大勢のチンピラたちが、 水を分けるように左右に飛びのき、倒れ、はいずる。 ほとんどは、震えていた。 『声を出したら殺られる。』 なぜか、そう確信した。 30人あまりも、武器を持ったケンカ支度でいながら 冷や汗を流して、身動き一つ取れなかった。 全員の急所、ある者は喉、ある者は心臓、あるいは額、目玉、 そこに視線が走り、凝縮した殺気が、 針が刺したような痛みとなって、確かに感じたのだ。 他には何の能もない連中だが、 相手を見誤らぬ能力だけは、 生き残るのに絶対不可欠。 誰も通すな、というボスの命令も、 あの赤い瞳に較べれば、どうという事はない。 シャーロウ・エクスタ 一応盗賊を名乗っているが、 『流れの請負人』を自称し、奇妙な依頼や、 面白そうな仕事は、喜んでやるという変わり者の女。 首元までの銀髪に、真紅の瞳、 細身の長身で、袖なしの長い黒コートに、 極薄黒スキンの長手袋。 コツ、コツ、コツ、 ヒザ上までのロングブーツ、 細いスラリとした脚に、腿までのストッキング。 抜群に、超ミニが似合う脚線美が、 ヒラリ、ヒラリと、ひらめき、見る者を惑わす。 何人の男女が、その脚に悩殺された事か。 薄い小さな唇に浮かぶ猛獣の微笑、 鮮血が凝縮したような殺戮の赤い瞳、 コートのすそを割る、強烈な脚線美に、 赤く派手で大きな襟をつけ、見る者をひきつけずにはおかない。 その技量はハンパではなく、 『教会』の秘宝とも言うべき『聖遺物』 聖櫃(アーク)に匹敵する神の奇跡の証拠物。 それを一人で奪還するという大仕事をやり遂げ、 裏社会では、相当な有名人になっている。 ボスのグコイル=ベインの要請で、 つまらない『仕事』を済ませてきたシャーロゥは、 迷うことなくボスの居場所へ進んだ。 チンピラたちも、好意的な態度だったなら、 恐怖で凍りつくこともなかっただろう。 だが、連中には明らかに敵意があった。 『邪魔したら殺す』 シャーロウは、そう思うだけ。 それは、死神のカマのように、確実な死。 頑丈なはずの鍵は、はかなく一瞬で解けた。 バタン ドアが開き、シャーロウが入ってくると、 グコイルは驚愕し、顔を媚びるように、醜くゆがめた。 『入り口のやつら、ナニをやってやがった?!』 ナワバリ争いで、どうにも旗色が悪かったグコイルは、 起死回生の手段として、シャーロウに莫大な報酬を約束して、 敵対組織の2つの拠点と、連中に協力している役人の抹殺を依頼した。 普通、個人でやれるレベルの仕事ではない。 面白くも無いし、やる気にもならない仕事だが、 ちょうどふところがさびしくなっていたし、 どちらもうるさいと、思っていた。 だから、気に食わないが、3倍の額で了解してやった。 普通の親子4人家族なら、子供の代まで食っていけるほどの額だ。 追い詰められていたグコイルは、はらわたが煮えくり返りながらも、 払う事を約束せざるえなかった。 だが、仕事が終わった以上、 『そんな馬鹿げた額を払いたくない。』 「よ、よお、早かったなあ。」 「馬鹿馬鹿しい、あの程度で時間がかかると思ってたの?」 けんもほろろ、取り付くしまも無い。 細く形の良い鼻にのせた、小さなメガネがキラリと光った。 小さな金袋が、おずおずと置かれる。 約束していた報酬の、十分の一も無い。 「とりあえず、これで飲んでてくれ。当座の気持ち・・」 シュカカカカカッ 甲高い音が、グコイルの手首、えり、服を、 皮一枚の差で縫いとめる。 5本の小さなナイフが、がっきりと身体を拘束していた。 いつナイフを投げたのか?!。 「なめてんの?。」 怒りどころか、表情すらない。 肉食獣が、獲物に何の感慨も抱かないように。 恐怖がグコイルの背骨に走った。 『コイツは人間じゃない』 ごまかしなんかしている場合ではなかった事を、 いまさら手遅れの状態で、グゴイルは自覚した。 「せっ、先生いいっ!」 バタン、とドアが開き、 黒いフードをかぶった、魔道師らしいひげ面の男が、 杖を構えて、シャーロウの後ろから入ってきた。 まちかまえていた、グゴイルの切り札らしい。 バタッ 入ってきた、そのままの姿勢で、 前のめりに倒れた。 額に、深々と小さなナイフが刺さっていた。 「あんたバカァ?。どんな魔法使いでも、ドアから入るときは、 魔法の盾も、障壁も、使えないんだよ。」 まして、相手を確認せずに、ドアを開けると同時に魔法を放つ事など、 ボスがいる状態で出来るわけがない。 向かい合っているはずのグゴイルが、 シャーロウが後ろを向いた瞬間が見えなかった。 「はっ、払うっ、要求どおり、いやっ倍払うっ!」 こんなヤツに頼むんじゃなかった、 無意味な後悔と、最後まで助かろうとするあがきが、脳裏をかすめる。 「約束を破るやつを、信用するはずがないだろ。」 そう言って、隠し金庫らしい所をそっとなでた。 魔法のような指先は、バカンと机の隠し金庫を開き、 零れ落ちる金貨と宝石を、袋に詰める。 確かに倍額を確認すると、すたすたと出て行った。 すでに、グゴイルの額にも、ナイフが根本まで突き刺さっていた。 『銀光のシャーロウ』 そのナイフが飛ぶ瞬間は、誰にも見えないところから、 恐怖を持ってそう呼ばれていた。 「さて、旅費も出来たし、 クルルミクで面白い事やってるみたいだから、行ってみるか。」 FIN