2.

「わたしは・・・姉様みたいになりたいわ。」

 幼い頃、そうやって私は星空に願った。
 その願いは私の中で強い願望となって。
 ある日、ぱたりと潰えた。
 歳を重ねるごとに、その道があまりにも長く、そして険しいものだと知らしめられ、  やがてはその道を歩もうとする事さえ嗤われるようになった。
『無才なる者が、おこがましい。』
『ニコラウス家の次女は、長女の残りカスが集まって生まれたのではないのか。』
『もしやニコラウス家の血など、最初から継いではおらぬのでは?』
 黙れ。
 そんなことがあるものか。
 私とてニコラウス家の次女なのだ。
 父様と母様の間に生まれた子であり、姉様と同じ道を歩む資格を持っている筈なのだ。
 そうやって私は、私を包む嘲笑に抗うようにして結果≠示そうとした。
 『龍神の迷宮』。
 ワイズマンなる邪悪な魔導師と、その配下の魔物、さらに群れを成す無法者等が巣くう、この世に最も近い地獄。
 その迷宮に挑み、悪しき魔導師を倒す事で、ニコラウス家の血を確かに継いでいるのだという証明にしようとしたのだ。
 だが見ろ。
 これが結果だ。
 たちまち私は敗北の屈辱にまみれ、そして友≠失った。
 私は確かに、自分が思うよりもずっと才など無く、無力だった。
 涙を流して、膝を折って、諦めてしまいたくもなったが、それが出来ればどんなに楽だろう。
 だが、出来ない。今更逃げ帰る事など出来よう筈もない。
 私自身が許さない。
 そう、私はニコラウス家なのだから。


 ・・・・・・・
 ・・・・・・
 ・・・・・


 龍神の迷宮内には、完全に安全な場所など存在しないと思った方が良い。
 大抵の場合はどの様な場所にも魔物は生息しているものだし、ハイウェイマンズギルドの連中だってどこに潜んでこちらを窺っているか分かったものではない。
 なので、龍神の迷宮内で休みをとろうと言う場合は細心の注意が必要となるのだ。
 シャーデー達四人もまた、先の戦いの場からいくらか離れ、今までの探索での経験から学んだまだ安全そうな場所≠るいは敵の襲撃があった場合に逃走に有利そうな場所≠選んで腰を下ろしたところだった。
 ちなみに、雰囲気はあまり良くない。
 あまりと言うかかなり≠ゥ。
 まだ体力的には全然余裕がある筈のチャイカは、腕を組んだ姿勢で壁にもたれかかって、たまに溜め息をこぼすだけだし、
 腑分け屋との戦闘によって深くはないものの幾つもの負傷を負ったエルザと、その治療に勤しむアルメリアまで珍しく、揃って口をつぐんで無言を保っている。
 もちろん、シャーデーとてその理由が分からない程に鈍くはない。
 自分だ。
 あの戦闘での自分の行動と、そこからココに至るまでの態度こそが、今のこの沈黙を生んだ要因だ。
「シャーデー。一体どうしたってんだい?」
 と、ようやくチャイカが切り出した。
 その後で「別に責めてるわけじゃないけどね。」と付け加える。
 本人の言うとおり、彼女の言葉には叱責の響きは含まれていない。
 しかし、今回の事を軽く考えているわけでもなさそうだ。
「確かに、ありゃあ許せる相手じゃあなかったよ。あたしだってそう思う。・・・でも、今回は本当に危なかったんだ。」
「・・・そんな事は分かっている。」
 なるべく無表情に返したつもりだが、胸の内に渦巻く不快な感情は隠せているだろうか?
 チャイカはまた溜め息をついた。
 この女傭兵は、ガサツそうな外見よりはずっと忍耐強いのだろう。
 拒絶するようにそっぽを向いたシャーデーに、真摯な眼差しを注いだまま言葉を続ける。
「今は分かってるだろうさ。結果が出た後だからね。」
「では、もういいだろう。」
「いい事ぁないよ。」
 声が真剣さを増した。
「アンタ、死んでたんだ。あの時、もしエルザが間に合ってなかったら・・・死ななくてもロクでもない事になってた。」
「分かってると言っているだろうっ!!」
 ダン!と地面を踏み叩いてシャーデーが怒鳴った。
「それとも何か!君は『お前はこんなに無力なんだ、思い知ったら以後一切の判断を自分に仰いで、それに従事しろ』と言いたいわけか!?馬鹿にするな!」
「シャーデー、そうじゃない。あたしが言いたいのはそういう事じゃあなくて・・・」
「そういう事でなくて何だ!?要は私が君の指示に背いたのが気に入らないんだろう!」
「――・・・2人とも、少し落ち着きましょう。」
 涼やかな声が割り込んで来たのはその時だった。
 それは2人の間に発生しはじめた不穏な熱気を引かせて、チャイカに微苦笑を浮かべさせるものだったが、シャーデーにとっては今もっとも聴きたくない声だ。
 無視を決め込んでしまおうか、とも思ったが・・・
「シャーデー。」
「・・・・・・・・・・・・。」
 呼びかけられて仕方なく、シャーデーは横目を彼女に向けた。
 エルザ=クラウンのいつもどおり穏やかな表情がそこにあった。
 腑分け屋との戦闘で刻まれた傷は既にほとんど見えなくなっている。
 そもそも深い傷ではなかったが、こうも早く傷が引いたのは、少し引いたところで大人しくしているアルメリアの治療のお陰だろう。
 その整った顔に微笑みを浮かべて、言う。
「チャイカさんは――別に貴方を貶めようとして言っているわけじゃあないわ。貴方がひとりで危険な目に遭う事なんて無い、と言いたいのよ。」
「・・・・・・。」
「それは、いつかはひとりで戦わなければいけない状況もあるかも知れないけれど、あの時はそうじゃなかった・・・。あそこにはチャイカさんも、アルメリアも、私だって居たのだから、もう少し皆を頼っても良かったと思うわ。撤退するにしても、戦うにしても、その方が絶対に良かったはずだから。」
 ――何を言わずもがなの事をわざわざ言うのか・・・!
 噛んで含めるように言うエルザに、シャーデーは口中で大きく舌を打った。
 子供とでも話しをするかのような彼女の柔和な態度に、己の心がささくれだって行くのを感じる。
 私はそこまで無知か!逐一『アレはああだ』『コレはこうだ』と話して聴かせてやらねばならない程に蒙昧なのか!?
 心に細波を立たせるシャーデーの今の心には、いかなる正論を聴いたところで馬鹿にされているようにしか捉えられないだろう。
 しかし、エルザは対話の相手の目が苦々しく細まった事には気付いてなどくれなかった。
「せっかく私達はパーティーを同じくしているのだから、協力しあわないと。ひとりでは出来ない事は必ず出て来てしまうけど、仲間同士が全員で弱いところを補い合――・・・。」
「・・・仲間同士、協力しあって、だって?」
 ついに相手の言葉を遮って呟いた声は、自分でも驚くほど冷たかった。
 しかし、それも一瞬の事だ。
 遅れて胸の辺りから込み上げて来た黒くて熱い何かが、すぅっと頭まで上って来て、たちまち理性を蒸発させ――・・シャーデーの中で、何かが決壊した。
「よく言えたものじゃないか!私に何を望んでいるわけでもないくせに!」
 叫んだ。
 ココがどんな場所かも忘れて、怒声を張り上げた。
 視界の端にアルメリアが、ぎょっとしているのが見える。
 無理もない。シャーデー自身『何を言っているのだ、私は』と思うところはある。
 でも、そうだ。
 そうなんだ。
 口にしてからようやく気付いた。
 気付いてしまったら、その確信が次の言葉を吐き出させようとする。
 もう駄目だ。止められない。
「私が・・・居ることで、君達に何の助けになると言うんだ!君が!君達が!私の何を必要としていると言うんだッ!?」
 エルザが息を呑んだのが分かった。
 そら見ろ。
 だって、確かに私には何も無い。
 そして私には無いものが、彼女達にはある。
 その彼女や彼女達が、今まで自分を見て『無様だ』と影で嗤って来た人々と違うのだと言い切れるか。
 何も違わないんじゃないか。
「本心を言って見るといい!思ったのだろう!?『ニコラウスの名を冠しているから一体どれ程のものかと思ったが、なんだ、こんな程度か』と!――・・・はっ!ご期待に副えなくて悪かったな!それともかえって爽快か?自分より遥か劣った者を見て、助けてやる気分は!?」
「シャ、シャーデーさん。そんな事は誰も・・・。」
 半ばやけになって怒鳴るシャーデーに対して、真っ先にアルメリアが首を振って否定した。
 まるで自分が責められているかのような顔で、必死に口をモゴモゴ動かしたが、結局言葉を弄するのは得意ではないようだ。
 何と言葉を続けたらいいものか分からず、助け舟を求めてエルザに視線で訴えかける。
 エルザもまた、小さく頷いてそれに応じた。
「誰も・・・シャーデー、貴方を足手まといだなんて思ってなんかないわ。ニコラウス家だからどうだ、とかもね。」
 彼女の口調は相変わらず優しい。
 シャーデーにとっては、それが不愉快でならない。
 ただでさえそうなのに。
「貴方はもう少し、家名の重圧を軽く考えてもいいと思うの。」
「!!」
 ――よりにもよって、『そんな言葉』を吐くなんて。
「っ――・・・ぅ、五月蝿いッッッ!!」
 無様だ。
 惨めだ。
 滑稽だ。
 上擦った声で喚く自分を、そうやって客観視する余裕なんてシャーデーには無かった。
 だって、今、言われてしまったのだ。
 他人にとってはどうであれ、シャーデーにとっては死刑宣告にも等しい言葉を。
 だから、彼女は抵抗するしかなかった。
 牢の中の死刑囚のように、『いやだ』『やめてくれ』と喚くしかなかった。
 喚く事しか出来なかったから――
「知った風な事を言うな!君に何が分かる!君が何を理解出来ていると言うんだ、エルザ=クラウン!その家の血に生まれ、その血こそが誇りとなった者の考えの何を!君が――・・・」

「濁った血の君が!!」

 ハッとした。
 沸騰するかとも思えた血潮が、一瞬で冷めた。
 今、私は、何を、言った?

 濁った血=B

 そう言ったのではないか?
 エルザの顔を見ると、呆然として固まっていた。
 ・・・ああ、やっぱり。
 時が凍りついたような沈黙の中で、シャーデーが思わず一歩、後ずさった時だ。
「シャーデーッ!!」
 沈黙の終わりは唐突に、物理的な衝撃を伴って訪れた。
 容赦なく振るわれた平手が頬を打つその音は、咆哮じみた怒号によってかき消されてしまったが、それでもシャーデーの細身は冗談のように簡単に地面に転がっている。
「チャ、チャイカさん・・・・・・。」
 エルザが、アルメリアが、呆気に取られたように頬を押さえてうずくまるシャーデーと、彼女を打った右手を握り締めるチャイカとの間で視線を行き来させている。
「シャーデー・・・アンタ、最低だよ・・・!今のは、最低だ・・・!!」
 パーティーを組んでからこちら、彼女がこのように怒りを露にする事は初めての事だ。
 いや、これは怒りだろうか。
 少なくとも、伏したままのシャーデーを見下ろす表情にはむしろ深い悲しみが溢れて見える。
 その先で
「・・・分かるわけが無い・・・ッ!」
 どこか投げやりに呻いてシャーデーが立ち上がった。
 普段は無理矢理にでも毅然たろうとする少女が、今は揺れる自分を隠せずにいる。
 脚が。腕が。瞳が。
 激しく揺れている。
 今にも涙が溢れ出してきそうだ。
 きっと、そうした方が楽に違いないのに。
 彼女は涙を零す代わりに、ひび割れた言葉を吐いた。
「君達に分かるわけが無いッ!背負いたいものがありながら、それを背負わせてもらえない者の気持ちなど!!」
 震える声をエルザに、チャイカに、アルメリアにぶつけて――・・・なのに自分が一番が苦しそうに顔を歪ませて、背後の闇に向かって一目散に駆け出した。
「ちょっ!シャーデーさん!どこ行くんすか!?」
 アルメリアが即座に追いかけてくれて、心底から助かったとエルザは思う。
 何故なら、エルザは咄嗟には脚を動かす事が出来なかったのだ。
 パーティーの中で、最も速度に優れた自分が追いかければ、すぐにシャーデーを捕まえる事が出来るのに。脚が地面に張り付いて動いてくれなかった。
 あの娘の言った言葉が、そんなにも深々と自分の心に突き刺さってしまったのか。
 そんな事は無い。
 エルザは僅かにだけかぶりを振って、己の脳裏をよぎった疑念を打ち消した。
 エルフとダークエルフのハーフであると言う事実は、確かに異端ではあるだろうが、私は自分の生まれを恥じた事は一度も無い。
 それでも・・・言われてた瞬間に何かが凍りついてしまった。
「・・・エルザ。」
 気遣わしげな呼びかけに振り返ると、頭一つ高いところにチャイカの神妙な顔があった。
「その、なんだ。許してやっちゃぁくれないかい?アイツだって本気であんなコト思ってるワケじゃあないんだ。」
「ええ。」
「そっか、良かったよ。」
 やや強張っていたチャイカの広い肩から少しだけ力が抜けた。
 その代わりに目元に複雑な感情を滲ませて、2人の駆けて行った迷宮の奥に向かって重い息を吐く。
「アイツはさ・・・アイツ本人も言ってたけど、それ≠オか無いんだよ。少なくとも、本人はそう思ってる。・・・アンタ、ニコラウス家の事は知ってるかい?」
「もちろん。」
 ココで知らないと言える程に世間知らずではないつもりだ。
 ニコラウス。
 クルルミクの歴史に長くその名を刻む名門騎士を知らぬ者など、この国では稀だろう。
 現当主の紅く染まりし<Oランディオ=ニコラウスは既に前線を退いて久しい現在でも、侵略者の恐怖の対象になっているとも聴くし、その長女であるコーデリア=ニコラウスもまた若くして多くの武勲をあげ、今では戦場の君≠ニ称されるに至っている。
 クルルミクにとって竜騎士こそが剣だとすれば、大地を踏みしめ、駆け、守る事を貫いて来た戦士達・騎兵達は盾であり鎧である。
 そして、その盾の筆頭の一つこそがニコラウスなのだ。
「傭兵業なんて続けてるとね、戦場に生きる色んな奴等の話しを聴くよ。その中でも、ニコラウスの連中は格別凄まじい。聴く噂の全てが本当だとしたら、奴等はまさしく戦争の神とやらに愛されて生まれたとしか思えない程にね。・・・エルザ、アンタから見てどうだい?シャーデーは連中程に戦いに向いてると思うかい?」
「私は・・・よく頑張ってると思うわ。」
「そうさね。でも、それじゃあ駄目だったんだ。」
 ニコラウスの名を冠する者達にとっては、誇りを保つ為の結果≠ニ、その結果を掴む為の才能≠アそが全てだ。
 そして、それこそがシャーデーの持たざるモノだった。
 両親はそんな二人目の娘の事を、よりにもよって「期待はずれ」と漏らしたと言う。
 既に跡取りが確定しているニコラウス家にとっての彼女は、不必要どころか面汚しとなりかねない存在に他ならなかったのだ。
 哀れシャーデーは徹底的に否定された。
 父が彼女の不才を嘆き、母が憤り、周囲が嘲笑した。
「そんな中で育ったワケだから、もっとヒネてても良さそうなもんだけど、直接会ってみて何となく分かったよ。――・・・きっとアイツは考えたんじゃないか?自分は何を誇ればいいのかってね。・・・そして思い当たった。」
 血だ。
 己に流れるニコラウスの血こそが、彼女を彼女たらしめた。
「アイツは・・・だから、ニコラウス家である事が自分の唯一の誇りだと思ってるんだろう。」
 なるほど。
 「人のコトを話しすぎたね。忘れてくんないかい?」と語りかけるチャイカに頷き返しながらも、エルザは今の話を反芻せずにはいられなかった。
 だからシャーデーは、ああも必死にニコラウス家たろうとするのか。
 それを、こともあろうに私は『軽く考えろ』などと。
 彼女には、それしか無いのに。
「私が・・・無神経だったのかも知れないわね。」
 呟きが漏れるのと、パタパタと慌しい足音が聴こえて来るのはほぼ同時だった。
 何者かが近づいてくる。
 警戒はしなかった。
 この軽い足音には聴き覚えがある。
 と、言うか、聴きなれていて当然。
 それはココ最近ずっと行動を共にして来たパーティーメンバーのモノなのだから。
 そのパーティーメンバー――アルメリアが角のところから飛び出して来るなり、両膝に手をつく格好で乱れた息を整えながら首を振った。
「すんませ!見失っちゃいました!脚速すぎっす、シャーデーさん・・・。」
「あー・・・参ったね、あのコはもう・・・。ココがどんな場所かくらい分かってるだろうに。」
「まずいっすよ!?さっきのヤツらだって、まだ近くにいるかも知んないですし!魔物だって出るかも知んないのに!シャーデーさんひとりじゃあ―・・・」
「落ち着いて、アルメリア。」
 早口に捲くし立てる少女の肩に手を置いて落ち着かせながら、実は自分も言葉ほどに落ち着き払っているワケではない。
 この周囲の安全はしっかりと確認したつもりだが、何しろココは龍神の迷宮だ。
 完全に安心と言える場所など存在しないのは万人周知の事実だし、冷静さを欠いたシャーデーがうっかりハイウェイマンズギルド連中と遭遇しないと何故言い切れる。
 彼女の身に何かがあったら・・・。
 内心は不安に揺れながらも表情にそれを出す事が出来ないエルザを察してか、チャイカがことさら声音を明るくして言う。
「そうさ、アルメリア。シャーデーだってそこまで弱いコじゃないよ。あのコの前でそんなコト行って見な?バカにするなーっつって怒り出すよ、きっと。」
「は、はぁ・・。」
 確かに。
「でも、ま。一人だと不便するのも確かだね。どうする、エルザ。手分けして探すかい?」
 この人のこう言うところは本当に頼りになる。
 さりげない優しさや、安心感を与えて貰っている。
 支えて貰っている。
 ・・・・・・私も、支えてあげないと。
「いえ、出来れば2人はココで待っていてくれないかしら?・・・私が行って来ます。」
 きっぱりと進言したエルザを2人がまじまじと見つめた。
「え、大丈夫すか?危険なんじゃ・・・・」
「ううん、平気。全員で行くよりは速いし、皆でバラバラに探すよりは安全だわ。その代わり、地図だけ貸してくれないかしら。」
「・・・分かった。じゃあアイツの事は任せたよ、エルザ。」
「はい。――ああ、そうだ。チャイカさん。」
 地図を受け取るなり滑るような足取りで走り出しかけたエルザだったが、3歩と進まぬ内にその長い脚を止めた。
「さっきは怒ってくれてありがとう。・・・・嬉しかったわ。」
「ん、まあ・・・。」
 穏やかな微笑みを受けて、チャイカが照れくさそうに頬を掻いた。
 その少し意外にも思える反応にエルザがまたクスリと笑って、悪戯っぽく人差し指を立てて付け加える。
「それと、力強すぎ。私だったら意識飛んでたかも。」
「う。」
 今度こそエルザは銀髪をなびかせて駆け出して行った。
 ダークエルフの暗殺術をも会得したと言う混血のエルフは音も無く闇へと溶けて消える。
 あのスピードならば、本人の言ったとおりに全員で探し回るよりも、よほど安全かつ速く済むだろう。
 その場に残されたチャイカが自分の右手を何となく握りしめ、開く。
「・・・そんなに強かったかねぇ・・・。」
「はい!エルザさんの言うとおりっす!あっしも見習いたいっす!」
「・・・・・・へ、何?」
 的外れな同意が聴こえてきて、チャイカは思わず隣の薄茶髪の僧侶を見た。
 何やら尊敬に満ちた熱い眼差しをチャイカに注いでいる。
「あのエルザさんをして、『一撃で意識飛んじゃうかも』と言わしめるとは!!あっしも早くあんなビンタ打てるようになりたいっす。」
「あ。いや、そういう事じゃあ・・ほら。シャーデー、痛かなかったかなって。」
「ああ!なるほど!大丈夫っす!あっしが腕に縒をかけて治療いたしますんで!!」
「・・・そ、そうかい。うん。がんばって。」
「うぃっす!!任せてください!」
 頷くアルメリアはいたって本気だった。