『The one with regret previously』
『……あー、やっぱり。キャティさんとは仲良くしていたかったんだけど……』
リーダーのエルフの、寂しそうに呟いた言葉が、脳裏で繰り返される。
『ちぇ〜、ばれちゃった……』
彼女の最後の言葉が、脳裏で繰り返される。
今思い返してみれば、放逐していった時の、ぽつんと立っていた彼女の姿は、なんだか小さく見えた気がする。
でもあの時は、そんな事考えてるほど余裕が無かった。嘘を付かれていた事実が、騙されていた事実が、怒りと悲しみという感情となって、自分の心を満たし溢れていた。
これは冒険者達の決まり、嘘をついて騙していた人が発覚した場合、パーティの今後の安全を図る為にも、その場でパーティから追い出すのが決まり。
そう、決まり………だから、いくら決まりとはいえ、危険な迷宮に放逐した事が悪いというのなら、嘘をついていた彼女だって悪いじゃない。弁解するように心の中で繰り返すも、小さな胸は今にもはち切れんばかりに苦しくて。
如何してこうなってしまったのだろう。
何故彼女は嘘をついていたんだろう。
如何して嘘に気がついてしまったんだろう。
何故彼女は……。
如何して、何故、如何して、何故、如何して、何故、如何して、何故―――。
たくさんの疑問と後悔が、エルフの寂しそうな呟きが、仲間の心痛な顔が、強がって舌を出した、最後の彼女の表情が、消えては浮かび、消えては浮かび。
そして最後に思い出すのは、
『SOUL OUT』と書かれた、キャティが売られたという、ギルドの広告ポスター。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
この広告ポスターを見て、最初に叫んだのは、セリカだった。
そしてそれ以来、毎夜悪夢のように、その時の事を夢に見ていた。
最近のセリカの寝不足の様子は、同じパーティのメンバーにも、手に取るようにわかっていた。気丈に振舞って見せても、その目元にはうっすらと寝不足を示す後。
可愛い顔がもったいないと呟いたのは、リーダーのフリーデリケだったか。
可愛いなんて、そんな事無いですよ。と、セリカは笑って返すものの、ラフィニアとアヤカにとっては、無理に浮かべるその笑顔が、痛々しく見えた。
「はーい、ケーキが完成。今日はモンブランですよ。皆さんお茶にしましょう〜」
フリーデリケは、お菓子作りが上手だ。迷宮探索中の休憩でも振舞われる。
宿に戻ってきている時は、迷宮にも持っていけるようにと、日持ちをするものを作るが、それと同時に、街の人にお裾分けしたり、パーティの皆で食べるお茶請け用のケーキも焼く。こちらは日持ちを考えなくていいので、種類も豊富だ。
「わーい、待ってました。おばあちゃんはやく。お腹空いてたんだー」
すでにテーブルに着き、子供みたいにはしゃぐアヤカ。その横で、ラフィニアがお茶を注文する。
このパーティーになってから、もう何度も見ている光景を、セリカはぼんやりと眺めていた。
「ほら、セリカちゃんも席に着いて、早くしないとアヤカちゃんがセリカちゃんの分まで食べちゃうですよ」
「えー、そんな、勝手に食べたりしないよ? くれるって言うなら貰うけど」
「いえ……せっかくフリーデリケさんが焼いてくれたんですもの、食べますよ」
微笑んで、席について、届いたお茶に手を伸ばす。
皆優しく、頼もしく、このパーティになって良かったと、心からセリカは思う。でもその思いは、まだアヤカではなく、キャティがいた頃にも抱いた感情。
アヤカに不満なんてもちろん無い、むしろ、その元気で明るい笑顔は、見ていてこちらまで気分が良くなってくる。
不満とかではなく、ただ、思い返される。
この楽しく穏やかな空間に、確かに、キャティはいたのだと。
「………ごめんなさい、やっぱり私、少し自室で休んできます」
フォークを置き、その場を逃げるように後にする。その後姿を、残った皆は心配そうに見送った。
まるで呪いの様に、ついて離れぬキャティの笑顔、そして、放逐した時の強がった、でも少し泣きそうだったあの顔。
先に進むなんて無茶はしないと、どこかで思ってた自分がいた。別のパーティで元気にやってる姿を、見れるんじゃないかと考えていた自分がいた。
セリカの頭の中を、ぐるぐる繰り返される思考の端が、ふと、ノックの音を拾った。誰かが来たらしい。
「はい……?」
「ちょっといいですか〜」
お起き上がり、ノックの音に返事をする、返ってきた声は、聞き覚えのあるもの。
「あ、フリーデリケさん?」
セリカが扉を開けると、フリーデリケが笑顔でそこに立っていた、手には、モンブランが載った皿。
「アヤカちゃんから死守してきたよ。これはセリカちゃんの分だから」
「………ありがとうございます」
「いやいやー、と、入ってもいい?」
頷くと、セリカはフリーデリケを部屋に招き入れた。椅子を進め、自分はベッドに腰掛ける。が、テーブルにモンブランを置くと、フリーデリケはセリカの隣に腰掛けた。
そして、どうしたのかとセリカが尋ねる前に、フリーデリケが口を開いた。
「セリカちゃんが、キャティちゃんの事でずっと悩んでるのは知ってるよ」
「………隠してた、つもりだったんですけど……」
「ふっふっふ、おばーちゃんは何でもお見通しなのです。ね、セリカちゃん。確かに私たちはあの時、キャティちゃんを放逐したよ。でもその時点で、キャティちゃんも、戻るべきだった」
「…………」
「だからね、非情な言い方かもしれないけど、セリカちゃんが悩んでる事自体、お門違いってぇもんだよ」
一人で進むなんて、それは無謀な行動。
自分達が道を戻るなら、相反するように奥へと歩いていった、小さな背中。
「それにね。生き物なんて、人間もエルフも獣人も、神様じゃないんだから、先の事なんてわからないものだよ。進んででた結果は後悔を生むものだったかもしれないけど、立ち止まっちゃだーめ。セリカちゃんは今、立ち止まってるよ」
「立ち止まって………」
「そう、そんなんじゃおばーちゃん心配で心配で、次の攻略に出発できないよー」
「えぇ!? そんな、ご迷惑を掛けるつもりは………」
「だったら、気持ちを切り替える。でも忘れろとは言わないよ。おばーちゃんだってラフィちゃんだって、忘れた訳じゃないんだから」
フリーデリケの言葉に、自分ばかりが後悔してて苦しんで、周りが少し、見えなくなってた事に気がついた。
二人だって、こんな結果を望んだはずがない。この前まで笑顔で隣にいた人の不幸に、悲しまなかったはずが無い。
「そう……ですね、忘れることは出来ません。でも、後悔ばかりじゃなく、先を見るようにします。これ以上キャティさんや、他の方々の様な被害者が出ないように」
放逐したのも、後悔したのも、あの笑顔が忘れられないのも、全部事実で。それでも、立ち上がらなければいけない。すべての元凶を打ち滅ぼす為に。
だからせめて、キャティの変わりにせめて、今ある仲間達を守れるように。後悔ばかりではなく、前を見ようと。
セリカの力強い頷きに、フリーデリケは満足そうに微笑んだ。
そしておもむろに手を伸ばし、
「すきありぃー!!!」
セリカの胸をフニッ、と触った。
「きゃぁぁぁ!」
「お、思ったよりあるですよ。セリカちゃん着やせするタイプー?」
身を引くように立ち上がる。油断していた、真面目な話に油断していた。フリーデリケはこういう人だった。と。
「どっちが小ぶりかと思ってたですけど、やはり、このパーティの一番のひんにぅは、ラフィちゃんかなぁ」
「そんな確認取らなくていいです!」
手をわきわきするフリーデリケに、突っ込みつつ。
それでも、今日はちゃんと眠れそうだと、セリカはフリーデリケに感謝した。
fin