―ルーン騎士団騎士団長セレニアの最後―

 ――セレニアが罠に嵌ったと気付いたのは味方の増援が遅すぎる事にあった。
「アル。援軍はまだか!」
「報告はありません」
 戦闘が始まってから一時間は経過しただろうか。シティを守るために設営されていた「壁」は既に破られ、味方の騎士達は皆浮き足立ち、満足に命令も通らないような有様であった。
 至る所で爆音と金属のぶつかりあう音。そして悲鳴と怒号が上がっている。
 前線で指揮をせざるを得ないほど戦力もまわせない―騎士団長自らも戦力に数えられる事もあって、セレニアはずっと前線において機会を探していた。その機会とはすなわち、「敵の大将を狙う」機会だ。だが、その機会はなかなか訪れなかった。あまりに多い敵の人数に完全に翻弄されていたからだ。
 セレニアの補佐の二人居た副長は既に先の戦場で一人失い、未だに適任者が居ないままここへと駆り出された。それぞれ右翼と左翼の指揮を任せていた事もあって、右翼側は副長が行い、左翼側は直接騎士団長であるセレニアが行っていた。
 だが、その右翼が崩れてしまって、その影響は左翼に顕れていた。
「ガーランド副長はどこだ!」
 既に動けない状態なのかガーランド副長との連絡が全く取れていなかった。おそらくは小隊毎でそれぞれの小隊長が指示を行っているのだろうが、それでもガーランドのいなくなった穴は埋まってないようだった。
「存じません、それよりも撤退の命令を―っと」
 騎士団の参謀を務めているアルフレッドのすぐ近くにも敵兵の放った矢が突き刺さる。
「この――」
 セレニアの放った光の矢がアルフレッドを襲った敵兵に命中し呻き声をあがるとそのまま動かなくなる。
「アルはもう撤退してくれ」
「団長殿が先に――」
「愚か者。私より弱いお前が残るのか?アルにはこの度の敗因を国に、王に伝える義務がある。
 ――わたしなら大丈夫だ。ここにいる誰よりも強いのだからな」
「しかし――」
「行け。上官命令だ!ガーランド副長を見つけたら陣を後退するように伝えてくれ」
「は、はい。承知」
 セレニアの眉間に皺がより、思わず歯軋りをしていた。益々戦況が悪化していく事にセレニアにも明らかな焦りの色が出てきた。
「負傷した者は下がって治癒に専念しろ!
 動ける者は障害物を利用して分断させろ。間違っても囲まれるな!
 後退するのは恥じとは思うな!
 王は―お前達の家族は無駄死にを望んではいない!」
 アルフレッド参謀の進言には納得していた。だが今ここで、魔道王国を守るものとしては撤退するわけにはいかなかったのだ。

 同時刻、援軍を送るはずの魔道王国第四ルーン魔道士団は市街地にて襲撃にあっていた。
 襲撃者は本来そこには居ないはずの聖王国「土」の神官長率いる軍勢であった。聖王親衛隊の一角として名高い神官長率いる部隊だけあってその攻撃は至極苛烈。その奇襲によってに既に大隊も半壊してしまっていた。
 援軍が来ない事を察したセレニアは本国において何かが起こった。そしてこれは何かの敵国―聖王の策では無いかと思考をめぐらす。
(我らを分断するのが目的か…いや、現状を考えれば分断という生易しい物ではない。この物量の多さは尋常では無い。我々騎士団―魔道王国の盾を完全に亡き者にする腹つもりか)
 本国への援軍要請が届いているのならば魔道士団を待つのが得策ではあるが、こうも遅れていると人数の少ないルーン騎士団だけでは抑える事は出来ない。いや、事実既に後退を余儀無くされている。
 そこで、セレニアは現状を打開するために敵軍の大将と思われる聖王国の神官をこちらから受動的にただ待っていても現れないために積極的に探す事にした。
 ここにルーン魔道士団がいるならば「探知(サーチ)」も簡単に出来るのだが居ない者に期待しても仕方が無い。
 アルフレッドを下がらせて比較的自由に動けるようになったセレ二アは戦場を駆けていく。
 ふと三人を相手にして剣を盾を駆使して辛うじてやり過ごしている自軍の兵士―ルーン騎士が目に入る。
「ヒュッ!」
 セレニアが自分の間合いに入ると神槍を横に薙ぐ。その一撃に敵兵の二人は吹き飛ばされ、それに気を取られた瞬間に最後の一人がそのルーン騎士の剣の餌食となる。
「だ、団長殿」
 突然現れた影に思わず身構えたが、セレニアであることに気付くと騎士は安堵の息を漏らす。
「お前も後退しろ。早く」
 その騎士の様子を見ると既に防具に施されたルーンの魔力も消えつつある事に気付き、そう命令を下す。
 セレニアを前にして息を整え、返り血を拭うルーン騎士。
「団長殿はどちらに?」
「敵将を討つ」
 そう言って神槍でダンと地面を叩く。
「セレニア団長殿。我らもお供を―」
「ならん。お前はわたしの足を引っ張るつもりか!」
 一人だけならまだしも負傷した兵を守る余裕がセレニアには到底あるとは思えなかった。
「――」
「お前は負傷した兵を前線から離脱させてやれ」 
 自らの状態を理解できていたために反論出来ず、無言のまま敬礼をすると後退する騎士。
 戦場を駆け抜けながら、出会う自軍の兵士に後退命令を出しつつ、出会う度に敵国の兵を切り伏せていく。
 それを幾度か繰り返していると大きく開けた場所を見つけた。そのまま出て行くと危険である可能性もあったため木陰からそこの様子を見る事にした。幾つかのテントと野営をしたと思われる跡。そしてその中で一際輝くローブを身にまとった身なりのいい神官の姿が目に入った。その神官はしきりに部下と思われる質素なローブを身にまとった神官達に命令を出しているように見える。
(あれか!)
 部下の神官達が出払うのを確認してから一人になったところで広場に、テントの前に立ちはだかる。
 そして、神槍を水平にかまえると身体中の意識をその切っ先に集中させる。
「わたしはルーン騎士団騎士団長セレニア・V・アイゼンハルト。貴公がこの軍の大将とお見受けする。貴公の命、貰い受ける」
 セレニアはそう高らかと宣言すると神槍を手にその神官に特攻をかける。
 ――神速の一閃――
 セレニアの方を向くと同時に神官の手から炎が上がり、その炎が神槍を包み込むように受け止める。
「ほう、それが神槍か。なるほど。我が炎にも屈さないか。そして貴女がセレニア殿か。指揮官である貴女自らが我らのベースに奇襲をかけるとは恐れ入る」
「き、貴公は――」
 よもやこの一撃が神官に止められるとは思っても居なかったためにセレニアに動揺する。通常の武器や魔法なら、この神槍は止める事は出来ないからだ。
(この身のこなし、この力。これが、この男が神官だと?)
「申し遅れた。わたしは聖王より炎の神官長の位を預かる者ゲッシュという。貴女のご想像通りこの軍の長だ。
 ――ところで、我々は撤退してもいいと思っている。だがそれには条件がある」
 神官長ゲッシュはセレニアの神槍を恐れることなくそう言い放った。
「何?」
「我々は非常に困っているのだ。その問題を打破するためには貴女の持つその土の神槍が必要なのだ。魔道王国には魔道王の神杖がある。あれは我々にとって脅威なのだ。だから出来ればそれを置いて去ってくれないだろうか」
「出来ぬ相談だ。これは王からの借り物に過ぎぬ」
(この男は何を言っているのだ?自軍に不利になるかも知れぬ条件を飲むとでも思っているのか?)
「それさえ頂けたのなら本当に撤退をしても良かったのだが
 ――そうか、やはりこちらの策のが有効だったようだな」
「何?」
「如何にわたしの力をもってしてもその槍の力をこうやって抑える事しか出来ぬ。だが――」
 刹那、セレニアの左足に風が巻き起こったのが感じられた。
 そして左太腿から足が鎧ごとばっさりと切られたのだ。突如切断されふんばりが効かなくなったセレニアは無様にもその場に転倒してしまったが、神槍を持って炎の神官から離れようとする。
 が、次の瞬間、セレニアの右腕―神槍を持っていた右の二の腕辺りからばっさりと再び切り落とされた。
「!」
 切断されてしまったというのに不思議と痛みを感じない。だが、そこに落ちているのは紛れも無い自分の足と腕、そしてその腕が握っている神槍であった。
(一体、何が――)
「こいつは貰うぞ!」
 神槍に巻きつけるように受け止めていた炎を引っ張るような素振りを見せるとそれは神官の方に引かれ、神槍は炎の神官長の手に渡ってしまう。
 そしてその奪った神槍で倒れて再び立ち上がろうとしていたセレニアの頭を薙ぎ払った。
「う、あぁ―――」
 彼女の頭を保護するサークレットが壊れ、その一撃を受けた場所―頭部から血が噴出した。
 セレニアにとってはまさかの出来事であった。
 巷での噂では神官長や魔道の長を務める者はソードマスターの号を持つ者といい勝負をするのでは無いかと言う事であった。が、ギリギリのいい勝負どころか神官長一人に全く歯が立たなかったのだ。
「ふむ。意外に頑丈だな。そのサークレットが貴女の頭を守ったようだな」
 とセレニアの血ととも飛び散った金属片が地面に落ちているのを見て不服そうに言う。
「さて、確かにこいつは我々が頂いた。
 しかし、曲がりなりにもソードマスターの号を有する貴女を相手にするのに、まさかわたし一人だと思ったのかね?」
「な、に…」
 出血が酷く意識が朦朧としてくる。が、同時に次第に鋭くなってくる痛みによってその意識がかろうじて保たれていた。
 そんな彼女に遠くを指差す神官。倒れたまま首だけ回すとその指の指す方に人影があるのを見つけた。
「あいつは風の神官長。わたしの同僚だよ」
「く……くそ。くそっ」
 勝手に一対一の勝負と思い込んでいた。そんな自らの思考の愚かさに悔しさのあまり唇の端が噛み切れる。が、そんな事は今はどうでもいい。今はこの状況を打開しなくてはならない。それが一国の軍を指揮するものとして当然の事だと痛みを堪える。
(助けを呼ぶか?否、皆既に後退している)
「女性がそんなに下品な言葉を話す物ではないですよ」
 その言葉の端々に笑みがこぼれているのが分かる。
「全ては…全てはそれだけのためのお膳立てだったというのか!」
 痛みを堪えて口を開くセレニア。
 ここでようやくこの事態の意味を理解した。これは神槍強奪のためだけに仕立て上げられた場である事に。
 彼らは自らの優位においておそらくは気付いていない。既にルーン騎士の鎧に付与された呪式を発動し始めている事に。どれだけ時間を稼げるかは分からない。まともに勝負しても神官長相手に二人には為す術がない。何にしてもせめて出血を止めなくてはこの状況を打開するべく神槍の奪還さえままならないのは目に見えていた。
 残った左手で腰に帯びていた剣を抜刀するとそれを杖代わりにして身体を起こしふらつきながらも立ち上がる。
 神官長は「ほう」と感嘆の息を漏らすと、そのまま言葉を続ける。
「そうだ。水の杖は奴が持っている限りは奪えない。だが槍はまだ覚醒すらしていない。
 だから君を嵌めたのさ。セレニア殿」
 神官はセレニアに侮蔑の視線を向ける。セレニアの力の無さに対してか、それとも―
「わたしを?なんのために?」
「先にも言った通り我々は困っていてね。我々の計画のためには必要なのだ、強力な力を秘めている四大属性の武器がね」
「四大属性の武器、だと」
「そう。魔道王の解放された水の杖、伝説の炎の騎士が持っていたと言う何処へと知れぬ火の剣。ドラグーン…ドラゴン殺しの解放された風の槍。そして貴女の持つ未解放の土の槍。
 誰から奪えばいいのか誰にでも―子供にでも想像は付くであろう?」
「しかし、どうやって――」
「魔道王国の議会。その中枢に裏切り者がいるのさ」
「おい!そんな事話すな」
「どうせこいつの口は塞ぐんだ。漏れることは無いさ」
「しかし、万が一」
「万が一。俺とお前が二人がかりならどうにでもなるだろうさ」
「確かに。だが――」
「何も知らずに死ぬと言うのは、この世間知らずのお嬢さんには酷だからな」
「お嬢さん、だと」
 侮辱。ルーン騎士団騎士団長セレニアとしてはこれ以上の侮辱は無かった。
「ふん。いい目だ。さて本題に戻すか
 議会にも裏切り者がいるが、貴女は気付いていないようだが騎士団の中にもいるのさ」
「何?」
「分からんか?君の副長…誰だったかな。ガー何とかってやつだ。ついさっきまで隣にいたと思うが」
「そだ――」
 自分でもわなわなと口が、身体が震えているのが分かる。
「嘘だ…ありえない。彼が…馬鹿な…」
『俺には守りたいものがあるんだ』
 脳裏に哀しげな眼をして立ってそう言っていたガーランド副長の姿が浮かぶ。
「嘘なもんか。彼は先代の魔道王に怨みがあったらしくてなぁ、我々に協力を申し出たのさ。君がこうやって一人で大将の首を取るように、ね。で、議会の方はここまでのお膳立ての手伝いをしたのさ。現在大きく戦力を割いているのは魔道王の居る本国の防衛線。だがね、我々はそこに少数しか派遣していない。情報を敢えて違えて伝えてあるからね」
「それで、本国よりも遠いここに――」
 どちらかというとここは沿岸諸国連合に近い地方だった。ここを取られると同盟を組んでいる沿岸諸国連合にも被害が及びかねない。そう熱弁していた魔道王の側近を思い出した。
「そう。今後戦局の要となるはずのここに君たちが派遣された。しかし、これも我々が仕組んだ事だ」
「では援軍は!」
「君の援軍要請は受理されている。だがね、援軍要請も我々の策のうちなのだよ。簡単な事さ。援軍は我々の友軍が足止めをしているのさ」
「それは、全て…全て聖王の考えた事なのか!」
「そうだ。シナリオ通りに動いてくれて助かったよ。君はその責任感からここに単独で来るのも、ね」
 出血と激痛、そして落胆によりセレニアはまともに立つ事も出来ず足が、そして魂がふらついてくる。
「さて、お喋りはここまでだ。名残惜しいがここで君の出番は終わりだ」
「!」
(セレニウス!)
 ――夕焼けに照らされて一面の麦畑の小金色の海。そこに彼は立っていた。
 ――わたしが彼にかけよると彼は嬉しそうにわたしの名を呼んだ。
 ――セレニアお姉ちゃん!
 ――彼は他に何かを言っている。だがわたしの耳にはそれが何だったのか分からない。
 ――しきりに何かを自慢しているような。怒っているような。
 ――そして、悲しんでいるようにも見えた。
 ――けど、彼と―弟と一緒に居るその一時はわたしの宝物。
 ――その幸せな中、夕日が地平線の向こうに楕円に歪みとてもとても大きく見えて、
 ――そして……とても綺麗だった。
 まだ薄っすらと皮膜が出来た程度しか回復していなかった。
 だが、無情にも炎の神官長の手に生み出された炎が迫ってくる。
 ――そうだった。あの情景は、わたしの――
 治癒のルーンの呪式に集中していたために全く動けないセレニアは咄嗟に剣を構えたが炎に巻かれると、あっという間に白い灰になってしまった。
「全く、治癒のルーン使っていたぞ」
 保険をかけていたのか風の神官長もその手に魔力を溜めていた。
「知ってたさ。彼女なりの意地だったのだろうが」
「ふん。しかし、えげつない事するな…骨ぐらい残してやれ」
 と風の神官長が溜息交じりに言う。
「死体が無い方が魔道王国にとっては希望があるだろう?」
「お前の趣味は俺にはあわんな」
 「どうせ死亡したと公言するくせに」と小声で吐いた。
「お前のための性癖じゃないからな」
「そりゃそうか。それよりも捕虜にして情報を聞き出さなくて良かったのか?」
「我らの策に気付かぬようでは大した情報は聞けん」
「そんなものかね。そんなことよりも、だ。撤収だ。早くしないと援軍来るぞ」
「ん?あいつが負けたのか?」
 信じられないという感じで口笛を鳴らしおどけてみせる。
「あいつの役目は足止めだ。時間になれば予定通り撤退する。そういう仕事だ」
「どーせなら全部やっちゃえばいいのにさ」
「まだその時期では無いと聖王が言っていただろう?」
「そうだったかな?」
「ちっ。お前と問答していても時間の無駄か、俺はもう帰るぞ」
「あいあい」
 風の神官は自らの起こした風に乗るとあっという間に飛び去ってしまった。
「いーい能力だよな。アレ。俺もあーゆーのが良かったな」
 と文句を垂れつつ炎の神官長は何かが飛んできたのを眼にした。
「ん?伝令か――」
 聖王国で伝令に使っている鳩だ。鳩は彼の真上で一周ぐるっと回ると、彼めがけて降りてきた。その鳩が自分の腕に乗るのを確認するとその足についている手紙を外す。
「よしよし――」
 片手で鳩を撫でつつも器用にその手紙を広げて読み始める。
「な…」
 思いもよらない事が書かれていて思わず声を上げていた。
「馬鹿どもが。
 沿岸諸国連合の…皇国の皇妃を手違いで殺害してしまっただと……馬鹿な」
 それは沿岸諸国連合に聖王国を攻撃する格好の理由を与えたに他ならない。魔道王国と沿岸諸国連合は同盟を組んでいる。だが、沿岸諸国連合は戦争をする事に関しては反対をしていた。今まで今回のような小さな小競り合いはあったものの大きな国同士の戦争に発展する事はなかったのはそのためだ。しかし、こうなってしまうと話は違う。
「どうなさいました?ゲッシュ様」
 指示を仰ぎにきた下級神官がゲッシュの様子がおかしいのを見て声をかける。
「今すぐ撤退する。今すぐだ」
「は。では急ぎ撤退命令を伝えます」
「早くしろ」
 下級神官が走り去るのを見つつ、炎の神官長はそこを後にした。
 そうしてそこに残されたのは魔道王国ルーン騎士団騎士団長セレニアだった白い灰と大量の血痕のみであった。

 

※蛇足エピソード ワイズナー用のための編集

 セレニアと神官が戦っていた場所に二つの人影が現れた。
 一人は大きな剣を背負った筋肉隆々の武骨そうな大男―騎士らしい男と酷く疲れたような足取りで歩く小柄な少年だった。
「遅かったか…「土」の神槍奪われたようだな」
 既にそこに居たはずの神官達の姿も無くテントも取り払われた後のようだった。
「セレニアさんは?」
「分からん、ここで槍の波動を感じていたのだが――」
「神官が持ち去ったの?」
「さあな。槍はともかくセレニアには用が無い。あれを扱えたのなら使い道もあったのだろうが」
 もっとも扱えたなら小隊の一つや二つは軽く壊滅出来てしまう。そうなったらとてもじゃないが聖王の部下などが相手になるはずが無かった。
「それって――」
「既に消されていると思ったほうがいいかもな」
 夥しい血痕を見つけた事により大男のその答えは確実性を増した。
「ボクの所為で――」
「お前の所為じゃない。"アレ"に反応しちゃうのはしょうがないんだからな」
 とその子供の頭をわしゃわしゃと撫でる。
「ん…まてよ」
 大男は何かに気がついた。風に吹かれ行く白い粒の中で何かが光るのを。
「これは――」
 白い灰の中から金属の欠片を取り出した。
「何?これは?」
「セレニアのサークレットの一部だ…それとこの溶けた金属の塊は――」
 ルーンズ・サークレット。ルーン魔法が付与された特別なサークレット。ルーン騎士団ではフルフェイス系のヘルムを装備する者は少なかったが、その中でサークレットを装備していたのは彼女くらいであった事を思い出した。その欠片のすぐ近くに白い灰の中に埋没している金属の塊が足に当たっていた。
「セレニアさんの鎧?」
「ああ、多分な」
「多分?」
 相当の熱量を持つ炎に曝されたのだろう。金属塊の周辺の白い灰に混じって至る所にガラス状になった粒が落ちているのが分かる。
「どろどろに溶けて原型が無くなっている。これじゃ――」
「どうしたの?」
 溶けた金属の塊を大男がちょっと蹴ってみても少しも動いた気配がなかった。これは思ったよりも地中深くあると考えられた。
「シャイン。下がっていろ」
「う、うん。分かったよ。フィス」
 フィスと呼ばれた騎士は身長の一・五倍はある大きな両手剣を大きく最上段に構えると白い灰にうずもれていた金属塊に向かって振り下ろした。
「でぇぇぇぇぇえええええええええええええいいいいいいいいいぃぃぃぃぃぃや!!!!!!」
 その大きな掛け声と共に振り下ろしたその刃によってその金属塊が真っ二つに割れた。
「す、すっごーーーーい」
「感心してないで、見ろよ」
 その割れた金属塊の中からところどころ火傷を負っているもののボロ―着衣だったものを纏ったセレニアが膝を抱えるようにして倒れている―埋まっているのが見えた。
「セ、セレニアさん!」
 思わず少年はセレニアに向かって大声を張り上げた。
 だが彼女は身動き一つしない。
「シャイン、触るなよ。まだアチーからな」
「あ、うん」
 風で舞った白い灰塗れになっているセレニアの身体だけに慎重に触れるようにして、その身体を金属の塊の中から抱え上げた事によって騎士は彼女の状態を理解した。
「身体の至る所に裂傷及び火傷。左頭部から出血。左太腿から左足切断。右の二の腕からの右腕切断…出血多量による体温の低下及び意識の喪失…酷い状態だな」
 彼女はこれだけ騒いでも身動き一つせずぐったりとしていた。確かめてはいないが―女性の胸に無闇に頭を当てたりするとシャインが五月蝿く騒ぎたてる事もあって―おそらくは心停止もしている。が、その言葉はシャインの前であったために飲み込んだ。
「ねぇ。助かるの?」
「分からん。どうやら「保護のルーン」が働いていたようだが…こいつの切れた腕と足、その灰の中に無いか?」
「ちょっと待って…
 ――あ、あったよ。どうすればいい?フィス」
「あまり灰を付けないようにしろ。あとは適当な木を持ってきてくれ。副木に使う」
「分かった。フィスは?」
「彼女の呼吸は停止している。心肺蘇生を試みる」
「分かった。けど――」
 少年の危惧している事は分かる。ここは未だ戦場である事には違いない。いつまでもこやってここに留まるのは利口では無い事を。
「移動は副木で固定してからだ。組織が死ぬ前にあわせておかないとダメなんだ」
 皮膚組織・神経組織が死んでしまっては治癒魔法も効果が無い―効果は一応あるのだが、本来の回復力を遥かに下回ってしまう。そんな状態では今にも死にそうな彼女には到底耐えられないのは容易に予想できた。
「う、うん」
 シャインが去ったのを確認するとその胸に耳を当て心音の確認をする。やはりというか全く鼓動が聞こえなかった。それから暫く心肺蘇生法を試していると五分ほどで少年は戻ってきて副木になりそうな木材を二、三本持ってきた。
「ん・・・一本は使えないな、ここにヒビがはいってるからな」
「あ、ホントだ、また行ってくるよ」
「いやいい。二本もありゃとりあえずは十分だ。腕を持ってきてくれ」
 本当は二本ずつ計四本は欲しいところだがあまり自分から離れられるといざという時に困る事もありシャインが逝きかけたところを制止する。
 セレニアの頭をゆっくりと地面に下ろし、彼女の切れた腕を合わせる前にその切断面を観察する。
「まずいな、こりゃ。小石とか灰とか色々付着してるな」
「このままあわせちゃまずい?」
「ああ、ばい菌が入るし、治癒したところで化膿する可能性がある。しょうがないな。水・・・は聖水しかねーか。まあいいか。アレ持ってきてくれ」
「うん」
 とどこかに行ってしまった。
「早くしねーとまずいな…援軍だけならいいが…いや、よくねーか。土の神槍失ったとなっちゃこいつの責任問題を問われる、か。なかなか面倒臭いな」
 おそらくは彼女の身体の心配よりも神槍の強奪という彼女の失態を王国の中枢にいる議会は責めるであろう。そうなったら彼女には魔道王国に居場所は無い。下手をすると彼女の親類までもその責を咎められる。
 ――それならばいっそ名誉の戦死の方がいいのでは無いか?
 それは今ここで命の灯火を失いそうになっているセレニアの前で考える事では無いと頭を振って彼女の蘇生に集中する事にした。
「フィス、もってきたよ」
「切断面にかけてくれ」
「分かった」
「あまりストックねーからちょっとずつな。ああ、もういい。ストップだ」
 切断面についていたゴミが取り除かれると、血も洗い流されたのか白く変色している。
「やはり生理塩水じゃねーとこうなっちまうか」
「大丈夫なの?」
「こいつがまだ死んで無いなら大丈夫だろうが…微妙だな」
 と切断された面をじっくりと見ながらセレニアの腕を合わせて副木と一緒に縄で固定する。
「これでよしっと。次は足だ。足、持ってきてくれ」
「はい。先に水で洗うよ」
「そうだな。こっちもだがな」
 立膝みたいな状態にあったのか身体側の足の切断面は酷く汚れているし酷く痛めているようにも見えた。
「この状態になってからどのくらい時間掛かってるんだか――」
 鼓動を感じられない身体。大量に血液を失い軽くなった身体。彼女の身体に触れるたびに焦りだけが募ってくる。
「はい、水」
「おう」
 洗い終えた少年は大男に水を渡す。そして切断面をきれいに洗ってから腕と同じように副木と一緒に固定する。
「これでいいか。セレニアの頭も洗ってくれないか?出血が酷すぎる」
「分かったよ」
 言われてセレニアのぐったりしたままの頭に水をかける。
 下に流れた水がみるみる赤く染まっていく。
「どこだ?傷口は」
「左の耳の上の方みたいだよ」
「そうか――」
 大男はおもむろに自らの衣服の一部を破るとそれを少年に渡した。
「これをそこに当ててそっと縛ってくれないか?」
「ダメだよ。これじゃ汚いよ」
 その言葉に一瞬むっとしたもの、残っていた聖水を全部その布にかけてよく絞った。
 その水からは濁った汁が流れ出ると、大男は妙に感心した。
「これで少しはいいんじゃない?」
「そうだな」
「フィス。一人で大丈夫?」
「大丈夫だ」
 騎士はいつも両手剣を振るっている。それに比べれば出血して軽くなっている女性の体重はどうって事も無かった。
「そっか。どうする?」
「とりあえず知り合いのところに預ける。こいつは騎士団に戻ってもしょーがねーしな」
「ここで彼女は――」
「そうだ。死んだことにする。お前の母親の時と同じように、な」
 シャインの母親が狙われていたのを知っていた騎士は敢えて彼女を殺す事によってその存在を抹消したのだ。今日シャインの命がここにあるのはそれのお陰といってよかった。
「そっか」
「ああ、急げ。何処にも見つからんうちに撤退しないといけないからな」
「分かったよ。ここ吹き飛ばす?」
「そうだな。やってくれ」
 ここで彼等が治療行為を行っていたことがばれれば、彼女が死んだことには出来ない。そのための証拠隠滅に大男は少年に賛同した。
「分かったよ」
 少年は手を広げると、その背中からゆらゆら揺れる光の翼が現れる。
「そーーーーれ!」
 その翼が大きく揺れると大きな風が起こりセレニアの埋まっていた場所があっという間に抉れてしまった。
「ふう…これでいい?」
「おう。ご苦労さん」
「んっと。ところで知り合いって?」
「まだ生きてりゃここから一つ離れた集落の郊外に俺の知り合いの老夫婦が住んでるはずだ。確か子供もいねーしちょうどいいんじゃねーかってね」
「なるほど、ボクもそこに一緒に行かなきゃダメ?」
「お前がここに残ってもする事ねーだろが?」
「そうだけど」
「それによ。俺はお前の父親に守ってくれって言われてるんだ。ついて来てくれねーと困る」
「そうだよね」
「おう、だから…俺の荷物もちょっと持ってくれ」
「えーーーー」
 文句を言うのは分かる。騎士には何でも無いような重さでも普通の人間からしたら非常に重いからだ。
「俺はこいつを抱えてて持てねーんだよ、それともお前が持つか?セレニアを」
「わ、分かったよ…」
 背の低い少年にとっては女性にしては背の高いセレニアを担ぐ事は非常に難しかった。しぶしぶ了解して、大男の荷物を重そうに担ぎ上げる少年。
 そんな少年を余所に大男は陥落したシティの様子をぐるっと見るとぼつりとこう呟いた。
「しかし、ヒデー有様だな。こりゃ」
 死屍累々。その表現がぴったり来るほどの魔道王国側の負け戦だったのが分かる。
 そして、燃え盛る炎の中、セレニアの身体を抱えたその男たちはシティから去っていった。