私は辺境の小さな村で生まれた。国交も余り無く。戦禍に晒される事も無く、静かに暮らしていた。 家族は、両親と私の3人家族。貧しいながら充足した日々、平穏な日々を送っていた。 村の構成は全体的に年寄りに傾いていて子供は少なかった。 作物が育たなくて飢饉が続いたり、寒波に晒されて、体力のない老人達が沢山死んでしまったりして 苦しい時期もあったけど、それでもやっぱり幸せだったと思う。 近所の子供達。年はバラバラだったけれど仲は良かった。私も子供の頃はよくみんなと近くの裏山 で遊んだものだ。一緒に遊んだ友達の事はなんでも知っている。血は繋がってないけど家族みたいなも のだ。私が幼少の頃助けた老犬も今では大切な家族だ。 厳しい環境を一緒に乗り越えてきたからそんな繋がりができたのかもしれない。 この暮らしがずっと続くと思っていた。 私が15歳の誕生日を迎えて数ヶ月が過ぎ、そろそろ両親が私の結婚相手を決めようと頭を悩ませてい た。季節は夏も終わり秋の肌寒さを感じていた。近くの村が滅ぼされたという噂が村の話題になっていて、 この村も戦火に晒される可能性を危惧していたが、こんな、なにも無い村が襲われる心配はないと皆タカ を括っていた。今考えれば皆、今までの全てを捨ててしまって、生きていく術など思いつかなかったのか もしれない。 あの時のことは今でもはっきりと覚えている。私は、親に頼まれ山に山菜を取りに行っていた。 別に意味もない、ただのお使い。これが最後の別れになるとはまったく予想できなかった。 山菜を摘んで山を降りる頃には、日も暮れ始めていた。 山を半分程降りて、村が一望できる場所までたどり着いた時、村が燃やされているのに気づいた。 急いで山を駆け下りる。そして私の前に広がっていた光景は・・・。 一村は蹂躙されていた一 死体が散乱していた、それは年寄り子供関係なく殺され討ち捨てられていた。私に料理や裁縫を教 えてくれた、おばぁちゃんも、私を慕ってくれて妹みたいな女の子も。 暴行された形跡がある女の死体。昨日まで話していた友達が犯されて殺されていた。何度も犯され た痕が無残にも残っていた。嬲られながら殺されたのだろう。目が開いていたので閉じさせた。 焦土と化し二度と収穫は望めない畑。焼け焦げて灰の固まりとなってしまった私の家、もう住むこ とは出来ないだろう。 両親の死体は見つからなかったし、飼っていた犬の姿も見当たらなかった。 数時間前までとまったく違う別世界。私はその場に泣き崩れた。 私は逃げるように村を出た。 これから、どうすればいいのか。どこに向かっているのか。そんな事すらも考えられなかった。頭 の中は殺された人達のことでいっぱいだ。 目を瞑れば、殺された村人達が生気のない目でこちら見る。 斬られて死んだ老婆。燃やされて死んだ子供。どんな気持ちで死んでいったのか? 嬲られ犯され無残に討ち捨てられた女の子、私を見ていて、目を閉ざした筈なのにこっちをじっと 見ている。真っ直ぐ見ている。「なんであなただけ」そう言ってる気がする。まるで呪詛のようだ。 疲れ果てて眠っても死者は私のことを責め続ける。 自分だけが生き残ったことを怒っている。 なんでお前だけ、なんで私だけ、助けて、熱い、痛い、苦しい、きつい。 お前も苦しめばいいのに。お前も死ねばいいのに。 死ね。 死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね。 −ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさい!ごめんなさいごめんなさい!ごめんなさい!− 頭の中で反芻する死人の言霊。気が狂いそうだった。 死者の言葉に責められて、私はさまよっていた。 目の前には終わりの無い道が続いていて、風が冷たい。亡者にうなされて眠ることもできないから疲 れは蓄積する一方だ。 視界がぼけてきた。蜃気楼のようだ。死人が手招きしている気がする。 村にいた頃は、外の世界を想像した事があったが、こんな光景ではなかった。なにか薄い膜のような ものが自分を覆っていて、幻覚でもみているようだ。もう、どうでもよくなりつつあった。 夢遊病者のように何日も何日も徘徊する。 そんな無防備な私は、ならず者の集団にとっては、絶好のカモだったのだろう。 男達笑いながらが私に群がる、数は少ないが逃げられないように逃げ道をしっかりと塞いでいる。よ しんば退路があっても逃げる体力など残っていなかったが・・・ 男達の中でもリーダー格の男がなにかいったような気がしたがよく聞きとれなかった。私をなじるよ うな言葉のように聞こえた。 逃げられない、逃げようとも思えない。目を閉じると嬲り殺された女の子のが目を開けてこちら見て いる。 組伏せられ、衣服を強引に剥かれた。あの子されたように体を蹂躙され嬲られながら殺されるのだろう。 それとも奴隷として人買いにでも売れれるのか? −もう、どうでもよかった− 男が私の身体に触れようとした瞬間、影が飛んできて男の頭が吹き飛ばした。血と脳漿が飛び散る。 影が飛んできた方向を見ると、ローブの上からマントを着た妙齢の男が立っていた。その格好から、その 人物が魔術師と呼ばれる人間だとわかった。村にも昔ある魔術師が滞在していたことがあり、見かけたこ とがある。あれは魔術師が愛用するローブとマントだった。 男の頭を吹き飛ばしたのも魔術の一種なのだろうか。 魔術師はこちらに近寄り一喝すると男達は蜘蛛を散らすように逃げていった。 魔術師は私の方を見るとマントを私に被せてくれた。妙齢の魔術師はなにを言うか迷っているようだ、し ばらくすると口を開いて、「立てる?」と素っ気無く聞いてきた。でも、その声を聞き何故か安心でき、そ して私は意識を失った。意識を失う前に見た魔術師の顔は初めて見る顔なのに不思議とどこかで会った事 がある。 そんな感じがした。 目が覚めると小さなベットで寝かされていた。魔術師は私が目を覚ますのに気づくと温かいスープを出し てくれた。 私はかなり衰弱していて、何日も目を覚まさなかったそうだ。 目を覚ました其処は森に囲まれた小さな小屋。私を助けてくれた魔術師のものかと訊ねたが、彼は首を横 に振る、他人のものなのだ。 魔術師は私がスープを飲み終わったの見計らって自己紹介とこれまでの事情を話してくれた。彼の名前は ココリコ、私と同じ村出身で東まで魔術を学ぶ旅をしていたが、ひと段落したので久しぶりに帰郷したの だそうだ。しかし、帰ってきたものの村は焼け野原にされていて、人っ子一人居なくなっていた。生き残り を探して村の周辺を探索していると、私が襲われていたので助けてくれたというわけだった。 魔術師は自分の事情を一通り語り終わるとゆっくり休むよう言って私が休んでいる部屋から出て行った。 「私の事はなにも聞かなくていいの?」と尋ねたが 「今はゆっくり休むことだよ」と笑って答えてくれた。 休んで少し落ち着いたのか、死者は息を潜めている。死者の声は聞こえなかった。落ちついて冷静に自分に 起こった事を思い出すよう勤めてみる。父と母の死体はなかった・・・まだ生きているのだろうか?何人か の村人は自分のように生き残ることが出来たのだろうか?死体を数えたわけではないけれどみんな殺された わけではないかもしれない。 そう思いたかった。殺された人達の事を考える。あのまま 野晒しにしておきたくなかった。それじゃ、あまりにも可哀想だ。 きちんと葬ってあげたかった。 死者の事を考えると、また:声:が聞こえる気がしたのでそこで思考を遮断する。 息が苦しくなり、体中が冷汗をかいている。胃が痛くて先程飲んだスープを吐いてしまいそうだった。 涙が止め処もなく溢れてきていた。自分が一人ぼっちになったのだとようやく頭で理解した。 これから、どうするか魔術師が聞いてきた。 私は、まず、村に戻って死体を綺麗に埋葬したいと告げた。 しかし、目の前の魔術師ココリコは「それならもう済ませた」と淡々と答える。 私が眠っている間に村に出向いて埋葬したのだそうだ。 死体の数は少なくなかったが魔術を使って死体が腐る前に迅速に葬ったと。 田舎で育ち厳しい環境で育った私はそんな事ができるはずがないと思った。「近道は無い」が我が家の家訓 だったし、土を掘る作業にしろ、人を運ぶ作業にしろ花を摘み添えていく作業にしろ墓を作る作業にしろ。 その大変さは知っている、とても信じられなかった。 だけど、村に戻ると死体は全て土に埋められ手ごろの石や木を添えられ粗末だが墓として綺麗に埋葬されていた。 狐に騙されている気分になった。これが魔術と呼ばれるものなのだろうか?ココリコは顔に満面の笑みを浮かべ ながらこちら見ながら「目の前の光景を理解出来ないのはわかるよ。君はずっと辺境の田舎に住んでいてなにも 知らないんだろから。どうだい?僕に魔術でも習ってみないかい?一通り魔術を覚えてみて、それからどうするか 決めてみてもいいと僕は思うんだが?」 ココリコの提案にはすぐ返事ができなかった。私に魔術ができる自信はなかったし、私だけ生を謳歌する資格なん てないのではないのではないかそんな気がした。 辺りを見回す。数日前までここは村として人々がたしかに生きて生活していたのに今は私達意外生きている者はいない。 みんな死んでしまったのかもしれない。少なくとも大勢の人達がここで惨たらしく惨殺された。その中で生存者と して確かに生きている自分がいる。声が聞こえてくる気がして怖くて体が震えた。 「・・・君が考えていることは大体、想像できる。自分だけ生き残ってしまって、罪悪感に苛まれているんだろう? だけどそれは過ぎてしまったことだ・・君は生きている。みんな死んでしまったけれど君は生きているんだ。死者の言 葉なんて気にする必要はないんだよ君は生きていいんだ」 私の心を読んだかのような魔術師の言葉、不思議な言葉だった。癒されるような優しい言葉、「生きてもいい」ととい う言葉が私の頭の中の死者を吹き飛ばした気がした。光が差した気がした、その言葉を他人に言われて私は救われた気がした。 また涙が溢れ出した。 「ココリコさん・・私も魔術使えるようになるかな・・?」「もちろんさ」ココリコは笑みを崩さず頷いた。 それから。 私達は旅をしながら諸国を転々としていた。 私は魔術師を師匠と呼ぶ。私は師匠に色んな事を習った。 師匠が使う魔術は西洋の魔術に東洋の魔術の良い所を合わせたものだと言っていた。私の村では墓を作るため に使い魔を召還して墓つくりを手伝わせたらしい。 彼が言うには万物全ての物質には特別な意思が内包されていて、師匠が使う魔術というのはその:意思:を 聞いたり開放させたり昇華させたりするものだと言っていた。:意思:は誰にでも存在していて、畜生であ ろうとも人であろうとも上も下も無い、誰しもが同じに成り得るそういうものだと言っていた・・・よくわ からなかったけれど、どんな人でも魔術を使う可能性をもっているのだと言いたかったのだろう。 他に魔術の事はもちろん、世界の歴史、経済、戦争の戦略、戦術、情報収集、読心術、アイテムの鑑定から 毒薬の作り方、魔術師の癖に武芸にも精通していてそれなりに体術を仕込まれた。師匠はなんでも知っている ように私は思えたし現に私の質問になんでも答えてくれた。師匠との旅にも慣れそれなりの経験を積み、自信 もついた・・師匠との組み手や魔術模擬戦ではまだ一回も勝てたことはなかったけれどそれでも何も知らなか った私が普通に魔術を使えるようになっていったし、教養も見についてきた。 だから、疑問に思った。師匠は何故ここまで私に良くしてくれているのだろうか? 一度、何故弟子にしてくれたのか聞いてみたことがあるが・・。 「僕もこう見えてもかなり年食っててね、そろそろ、弟子が欲しかったところなのさ。自分の覚えた技術を他 人の教えたいのは当たり前の欲求だろ。そうじゃ無い人ももちろんいるんだろうけど僕は自分の培ってきたモ ノを誰かに託したくてね。それが理由だよ」笑いながら語る師匠、なにかはぐらかされているような気がして、 釈然としなかった。 「理屈ぽいかな。それじゃ、:私は君に魔術を教えたかった:それじゃ、駄目かな?」 笑みこそ崩さないが、先程とは打って変って真剣な目、真剣な表情。師匠はたまにこんな表情をすることがある。 私が村人の仇を討ちたいと言い出したことがあった時もこの表情で私を諭したことがあったし、行く先々で、 私の村のように戦禍に巻きこまれ蹂躙された村を見る時等はいつもこの真剣な目をしていた。この目をしてい る時は師匠は本気で:思っている:ということは数年間だが一緒に旅している私にはわかる。だから、この目 をして語る言葉は疑ってはならないような気がした。 それに、大事なことは師匠は私に魔術を教えてくれる、私は魔術を習いたいということなのだ。その時はそう自分を言い聞かせた。 3年が経過した。 師匠が突然1人前、1人立ち許可した。 初は突然過ぎてなにを言ってるのか分からなかった。この人がたまにする冗談かなにかと思った。 師匠の技も知恵も術もまだ、殆ど覚えていない。師匠との立ち合いにすら実力3分の1すら出してないであろう 師匠に片手でやられるしまつ。とても1人前とはいえる状態ではないことは自分でも分かる。すぐさま反論するが、師 は動じない、最後まで私の心を読んだかのようにもう1度、1人前だよと告げる。 納得いかないし、理由もわからない、それに・・・なにより・・・師匠と離れたくなかった。 「勘違いしているのかな。1人前って言葉はね、師の技術を全て覚えることではないのだよ。ある程度、技術や心が大 成して師の元を離れても1人でやっていける、恥ずかしくない状態を言うんだよ。君はもう立派な魔術師だよ。それ に僕の技を全部覚るんだったら君がお婆さんになっても時間が足りやしない、だからここで僕の講義は終了さ、後は自 分で自分の道を探して行くべきだ」 理屈だ。理解できないわけじゃないけど・・・嫌だった。 「このまま、僕について来ても得られるものは高が知れているよ。それにこのまま旅を続けていてもなにも進まない。 きっと君の道を潰すことになる」 師匠の目を見る。真剣な目、疑ってはならない目、この人は今、本気で自分のことを思ってくれている。案じてくれている。 まるで我が子をみるようなそんな温かく優しい目。・・・これ以上甘えることができない気がした。 この人はなにももっていなかった自分に色んなものを与えてくれた。ならず者に襲わそうになっていた自分を助けてくれた。 あの時助けてくれなかったらどうなっていたか・・・本当に感謝している。 「それに今生の別れというわけじゃ・・ない、だから」 師は言葉に詰まっているようだ、数年間一緒にいて分かった事、彼は魔術や武道全般に長けるが女の子の扱いには不得意なのだ。 「その・・そんなに泣くのはやめて欲しい」 でも、私は泣くのはやめなかった。最後くらい、この人を困らせやろうと思った。 師匠にはこれから、両親や村人の行方を捜してみる事を告げた。 私はクルルミクに行くつもりだ。 そこではワイズマンという魔術師を討伐するための御触れがでているらしいから、大勢の人間や冒険者がやってくるだろう。 情報収集の合間を縫って魔術師としての腕試しもかねて、資金集めにダンジョンに挑戦 してみるのも悪くないと思う幸い現在地から、そう離れていない。なんのトラブルさえなければ、明日にでも着けるだろう。 師匠は旅に対する心構えをある程度話し、最後に小さな動物の骨で作った小さなお守りを餞別にくれた後、別れの言葉を言い、 「さよなら、セララ」 私も別れの言葉を紡いだ。 「さようなら・・・ありがとう師匠。私・・・とても楽しかったよ・・ありがとう・・・さようなら」 久しぶりに1人なった。前に1人なった時は村が焼け野原にされた直後、すぐに師匠に助けられそれからずっと師匠と一緒 だったから本当の意味で一緒になるのはこれが初めてかもしれない。村を出て彷徨っていた頃はどんな景色も濁って見えたが、 今の私の目には清清しい青空が広がっている。世界がとても綺麗に思えた。 青空を見ていると何処までも歩いて行ける気がした。 少女が旅だった方向をみてココリコは悲しいような、空しいような、でも、安堵するような感情を抱いていた。 彼女が自分に尋ねたことを思い出す。セララを助け、魔術を授けた理由、あの時言った理由が嘘というわけではないがそれ は正しい答えではない。ココリコは静かに呟く。 「・・セララ・・君は覚えているかな?僕は昔、君に助けられたことがあるんだよ」 風が吹く。 男の姿が変わる。人間の姿から、年老いた老犬の姿に。 万物には特別な:意思:というものが存在し、魔術師とはその意思を利用する者。意思はどこにでも存在し誰にでも使う事 ができる。 人も化け物も畜生でもその気になれば誰でも魔術師になることができるということだ。 昔、1匹の犬がいてある時、力ある賢者の死肉を食らった。それ以来、人の知恵を身につけた。しかしその代償でその 犬は群れから阻害されるようになり、犬は1匹で生きていく力が必要になった。そして犬は魔術を求めた。 食らった賢者の知識も手伝い、その犬はとても強くなった。人の姿に化けられるようになったし、不老の力も手に入れた。 言葉で他人の心を思い通り操る不思議な話術も理解した。生前の賢者の力も超越し妖獣として崇められるようになったりも した・・・しかし犬は強くはなったけれど常に1匹だった。 ある時、油断が元で深傷を負った。人間の姿を維持できぬ程、消耗し、呆気なく死にそうだった。 生きていくのも一匹で死ぬのも一匹そんな辞世の句でも考えていたと思う。 しかし、その時一人の少女が目の前に現れて自分を拾い傷の手当てをして救ってくれた。 それ以来その犬はその少女の飼い犬になり、1匹ではなくなった。 つまり理由はそれだった。 犬はまだ、飼い主が去った方向を見ていた。そして最後に人語で 「僕も楽しかったよ。」 と小さく呟いたのだった。