約束と魔剣





「ずっと一緒に笑って暮らそうね。」

「うん。約束だよ。」





私の名前は【ルムア】。

南の小さな島で漁師をしていた。

何もない島だけど、家族や村の人達と、毎日楽しく暮らしていた。

海賊に捕まるまでは…。

遠出した私は、嵐に遭い海へ投げ出された。

運が良かったのか悪かったのか。

海で彷徨っていた私は、通りかかった船に助けられた。

それが海賊船とも知らず…。

海賊達に凌辱された私は、1ヵ月後にやっと陸へ戻って来た。

奴隷商人に売られる為にだけど…。



希望などなく、あるのは絶望のみ。

主の命令に従うだけの毎日。

ある日、新しい性奴隷が連れてこられた。

彼女の名前は【ルーネット・レインヒル】。

最初会った時の彼女は死人のようだった。

何も話さず、感情を顔に出さない。瞳に意思が見えなかった。

私より酷い目に遭ったのかもしれない。



「ルーネットは花が好き?」

人形のように動かないルーネットは、椅子に座って外の花畑を見ていた。

私が話しかけても反応はない。気にせずに話を続けた。

「あの花の蜜は凄く甘いの。ずっと昔に弟と集めた事があってね。」

「・・・・・。」

「あの花の花言葉は友情。あの花言葉は好き。」

「・・・・・。」

「主は花が大好きで、色々な花を植えているの。」

「・・・・・。」

「ルーネットは、どの花が好き?」

「・・・・・。」

1時間ほど話したけど、ルーネットは一言も喋らなかった。



私はルーネットと会う度に話しかけた。

最初はまったく反応がなかったけど、次第に返事をしてくれるようになった。

「ねぇねぇ。昨日の雷は凄かったね。」

「…別に。」

「一緒にお風呂に入ろう?」

「…遠慮する。」

「一緒に遊ぼうよ。今日は天気がいいし。ね?」

「…うざい。」

相変わらず感情を顔に出さないし、言葉は短く棘があるけど、嬉しかった。

もっともっと話がしたい。

暇があれば、ルーネットに会いに行った。



「真面目に掃除しないと、また怒られるよ。そこを掃いて。」

ルーネットはテキパキと掃除をしていた。

少しずつだけど、言葉が増えて、感情を出すようになっている。

よかった。私は微笑んだ。

「気持ち悪い。何1人で笑っているの?」

言葉に棘があるけど、ルーネットはとても優しい。

行動が示している。

私の背が届かない高い所の掃除や、重たい荷物を代わって運んでくれる。

「ありがとう。」

「な、何よ、急に。」

「ありがとう。」

「ふ、ふん。」

顔を赤くして、ルーネットは行ってしまった。

可愛い。そう思った。



ルーネットと出会ってから、どのくらい過ぎたのかな?

性奴隷の生活は続いている。だけど、ルーネットがいるから平気になった。

一緒にいる時間が楽しい。

失ったはずの笑顔を取り戻していた。

「南の島?」

「うん、私の故郷。」

「どんな所なの?」

「綺麗な花がいっぱい咲いて、美味しい魚が沢山獲れるよ。」

「良い所ね。」

「1年中暖かいし、村の人達は陽気で良い人ばかり。」

「行ってみたいな。」

「行こう。」

「えっ?」

「いつか行こう。一緒に。」

「無理よ。私達は…もう…。」

何とか成る。そう思った。自信も根拠もない。

ルーネットと一緒なら出来そうな気がした。

だから、笑顔で言った。

「大丈夫だよ。」



その時は唐突に訪れた。

深夜に火事が起きた。火事の原因は分からない。

でも、逃げるのに絶好の機会だった。

主達が消火作業をしている間に、ルーネットと一緒に逃げた。

最初で最後の機会。そう確信して全力で走った。

気づかれる前に出来るだけ遠くへ。

町を出て山に入った。これなら直には見つからない。

洞穴を見つけた私とルーネットは、中で少し休むことにした。

「やったね。」

「うん。これで自由に…。」

ルーネットは泣いていた。私も泣きそうだった。

やっと開放される。そう思うと嬉しくて堪らない。

「ねぇ、ルーネット。」

「何?」

「前にも話したけど、一緒に私の故郷へ行かない?」

「・・・・・。」

「いや?行きたい場所がある?」

「嫌じゃない。行きたい場所もない。」

「じゃあ、一緒に行こう?」

「…行ってもいいの?」

「もちろん。ルーネットが良かったら、一緒に暮らさない?」

「ルムア…。」

「笑って暮らせる事を保障するよ。」

「ありがとう。」

「ずっと一緒に笑って暮らそうね。」

「うん。約束だよ。」

私とルーネットは肩を寄せ合った。

互いの体温が温かくて気持ちよかった。

いつの間にか眠ってしまった。



「起きて、ルムア!」

ルーネットの焦った声で、私は目を覚ました。

外から男達の声が聞こえる。

まさか追っ手!?もう来たの!?

「ど、どうしよう。」

私は恐怖で震えた。ルーネットも震えていた。

捕まったら、またあの生活に戻る。拷問のような罰が待っているかもしれない。

この場から早く逃げたかった。

でも、出来ない。洞穴の奥は行き止まりで、外には男達が…。

希望が再び絶望に染まっていく。

『助かりたいか?』

声が聞こえた。誰なの?

ルーネットは聞こえていないみたい。

これは一体…?

「おい、いたぞ!」

見つかった。男達が洞穴に入ってくる。

もう駄目なの?誰か助けて!

『助けてやる。我と契約すればな。』

また声が聞こえた。誰!?誰なの!?

男達も聞こえていない。私だけ聞こえている?

「まったく手間を取らせやがって。」

「いやぁっ!離して!」

男達がルーネットを捕まえる。

「ルーネット!」

「おとなしくしやがれ!」

ルーネットを助けようとした私は、顔を殴られて倒れた。

口の中に血の味が広がる。

「ルムア!」

痛みを我慢して、ルーネットに笑顔を見せる。

大丈夫。だから、そんな顔をしないで。

美人が台無しだよ。

「お前らのせいで、寝ずに捜索したんだぞ!」

私は何度も蹴られた。男達は容赦がない。

痛みで意識はあったけど、身体が動かない。

「やめてえぇっ!ルムアが死んじゃう!」

「かまわねぇよ。お前だけ連れ戻せって命令だ。」

「そ、そんな…!」

そっか。私はもういらないのか。

ここで死ぬのかな?

『お前次第だ。』

!?

『我と契約すれば助かる。あの女も。』

本当?

『ああ。』

貴方は誰?

『我が名はソラリス。呪われし魔剣。』

ソラリス…魔剣…。

契約したら、どうなるの?

『お前の寿命と引き換えに力を与えてやる。』

私の寿命?

『我が力を使えば使うほど、お前の寿命は減る。』

交換条件ね。

『そうだ。寿命が減る代わりに、お前は絶大な力を得る。』

絶大な力。

『どうする?』

死にたくない。ルーネットを助けたい。約束を守りたい。

私は力が欲しい!

『契約は成された。我が名を呼ぶがいい。』

「呪われし魔剣ソラリス。」

呟くと光り輝く球体が、私の目の前に現れた。

「な、何だ!?」

「ルムア!?」

ルーネットと男達は突然の出来事に驚いていた。

呆然と球体を見ている。

球体は徐々に剣の形へ変わっていく。

立ち上がった私は剣を手に取った。

乾いた血のように赤黒い刀身。

さあ、寿命をあげる。私に力を!

身体に変化が起きた。

ルーネットと同じだった黒髪は銀髪に変わる。

瞳は赤に染まり、身体に奇怪な模様が刻まれた。

それと同時に、力が沸き上がってくる。

今まで感じたことのない力。

「あはは。あはははははははっ!」

私の笑いが洞穴に響いた。

凄い!凄い!凄い!

なんて力なの!何でも出来る!この力なら!

ドスッ!

「なっ…?」

男の1人に剣を突き刺した。

ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!

何かを飲む音が聞こえる。

『美味い!久し振りの人間の血だ!』

ソラリスの歓喜の声を上げた。

「だ、誰!?」

「け、剣が喋った!?」

ルーネットや男達にも、ソラリスの声が聞こえたみたい。

何故?契約したから?力を使ったから?

考えたけど、どうでもよくなった。

ソラリスが血を飲む度に、私の身体に快楽が走る。

一滴残さず血を飲まれて、男はミイラのようになって地面に倒れた。

「な、何だ、それは!?」

「ば、化け物め!」

男達は武器を構えて私を取り囲む。

うふふ…。誰から殺そうかな?

私は絶大な力に酔っていた。男達の命なんて何とも思わない。

快楽を貪るだけの生贄にしか見えなかった。

血の宴が始まる。



「ぎゃあああああっ!」

また1人死んだ。私が殺した。

男達は戦闘訓練を受けた人間で、私は武器を握ったことすらない人間。

それにも関わらず、一方的な虐殺だった。

剣は型もなく適当に振るっているだけ。

本来なら簡単に避けられたはず。

だけど、呪われし魔剣ソラリスの力で、私は異常の速さを得たていた。

『ふはははははははははっ!』

「あはははははははははっ!」

私とソラリスは狂ったように笑った。

男達は武器を捨てて逃げるけど、それは許されない。

背後から斬り殺していく。

楽しい。気持ちいい。これなら寿命が減ってもかまわない。

「ひいいいぃぃっ!」

「こ、こ、殺さないで!」

生き残っている男は2人。ちょっと残念。

もっと殺したかったのに…。

『足りないなら、町に戻ればいい。』

そうだね。私を苦しめた奴は全員殺す。邪魔する奴も殺す。

『お前のおかげで、我が封印は解けた。』

よかったね。私も貴方のおかげで助かった。

『寿命が尽きるまで、お前に付き合うぞ。』

うん。私にもっと力を頂戴!快楽を与えて!

「ルムア!」

ルーネット?どうしたの?そんな悲しそうな顔して?

喜んでよ。もう自由だよ。誰にも束縛されない。

「待ってね。直にゴミを片付けるから。」

「駄目!ルムア!」

男に剣を突き刺す。

「ぐわあぁぁぁっ!」

ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!

ソラリスが血を飲んでいく。

「あははははははははっ!」

また快楽が、私の身体を走る。最高。

「正気に戻って!そんな剣を捨てて!」

嫌だよ。せっかく力を手に入れたのに。

「私の知っているルムアは…ルムアは…そんなことしない!」

うるさいな。もういいよ。勝手に騒いでいて。

あと1人殺してから町に行く。

『そうだ。それでいい。』

「お、お、お助けを!」

男に剣を突き刺す。

「駄目えぇぇぇっ!」

目の前にルーネットが飛び出してくる。

ドスッ!

「ぐわあぁぁっ!」

「ああ…あぁ…。」

!?

剣はルーネットと男を貫いていた。

急所を貫かれた男は絶命した。

「ルーネット…?」

「ル…ムア…。駄目だよ。そんな…力に負け…たら…。」

「ああ…ああ…!」

力に酔っていた私は、急速に正気に戻っていく。

「私の…好きな…ルムアは…元気で笑顔が…素敵な子…。」

ルーネットは優しく私の頬を撫でた。

身体が震えた。私は…何を…していたの…?

「ルーネット!」

何て愚かなことを!大切な友達に!私は!

ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!ゴク!

『美味い!男より女の血の方が美味い!』

「飲まないで!」

ソラリスを抜いて捨てた。

もとの姿に戻る。

「くあぁっ!」

吐血してルーネットは倒れた。

「なんてことを!私は!私は!」

服を破って止血をするけど止まらない。

押さえていた指の隙間から血が溢れ出てくる。

「ごめんなさい。ごめんなさい。ごめんなさい。」

私は泣いた。後悔が胸を締めつける。

「気にし…ないで…。私が…勝手にした…ことだか…ら…。」

ルーネットの身体が小刻みに痙攣する。

大量に血を吐いた。どう見ても助からない。

「いやああああぁぁっ!死なないで!ルーネット!」

「ごめ…ん…眠い…の…。」

「ルーネット?」

「・・・・・。」

「ルーネット!?嘘でしょ?嘘だよね?」

「・・・・・。」

「起きて!起きてよおぉぉぉっ!」

何でこんなことに!?

私のせいだ!力に溺れたから!弱い心に負けた私のせいだ!

お願い!誰かルーネットを助けて!助けてよ!

『助けることは可能だ。』

「本当!?」

投げ捨てたソラリスを見る。

『本当だ。だが、代わりにお前が死ぬ。それでもいいか?』

「やって!」

即答した。私のせいで、ルーネットに死んで欲しくない。

生きて欲しい。

『分かっているのか?お前が死ぬのだぞ?』

私の即答にソラリスは動揺していた。

「お願い!ルーネットを助けて!私はどうなってもいいの!」

『…分かった。』

ソラリスが輝く。血の様に赤く。

身体から力が抜けていくの分かる。

でも、ルーネットの血が止まり、傷が塞がっていく。

よかった…。ごめんね、ルーネット。

「あぁ…。」

ルーネットの身体の上に倒れた。もう立ち上がることも出来ない。

力が、命が、消えていく。

全部私が巻いた種だよね…。

温かいな。ルーネットの身体。

目が見えない…真っ暗。





「ずっと一緒に笑って暮らそうね。」

「うん。約束だよ。」





約束…破ちゃった。

ごめんね…ルーネット…。













ルーネットは街道を歩いていた。

手に呪われし魔剣ソラリスを持って。

荷馬車が通りかかった。乗っていた男が声をかけた。

「旅人さん、どこに行くんだい?」

「南に…。」

「南?ここからだと、海しかないぞ?」

「近くに島があるはずです。」

「島?ああ、あるな。小さいな村もあったかな。」

「その村は友達の故郷なんです。」

「なるほど、会いに行くのか。道中気をつけてな。」

「貴方も。」

荷馬車を見送って、再びルーネットは歩き始める。

『我をどうするつもりだ?』

「捨てるわ。人の手の届かない所に。」

『・・・・・。』

「あんな悲劇は2度と起こさない。」



ルムア。貴女の故郷に行ってくるね。

貴女に貰った命で、笑って暮らすよ。貴女の分まで。

だから…見守っていてね。





終わり。