ワイズナー事件、そしてグラッセンの侵攻。両事件が引き起こした、クルルミクの人的資源の欠乏は、新しい国主が際立って優れている事を考慮しても、なお深刻であった。
王家に対して反抗的と目されてきた公爵の息女が、正式に竜騎士となり、更に栄達が可能であった背景も同じものであったと、クルルミクの将軍レーヴィンは雨漏りのする野戦陣地のテントにおいて部下の報告を受けながらも、彼女に新しく贈られたグリフィスの家紋を見て、当時を思い起こしていた。
ワイズマン討伐において、クルルミクは少なくない数の女竜騎士を失い、また討伐後に退役した者も少なくない。
「私が残ったのは、単に家門の維持と王家への忠誠の証としてだ。」
戦場において多くの功績を挙げるも、活躍のたびにより危険な戦場に投入される彼女は、部下の竜騎士に最近そう漏らすことがあった。
しかし彼女を戦場に投入し続ける、上級の指揮官たちの間では「三十路前になり、行き遅れた竜騎士様が宮廷で男を漁りたがっている」、この様な噂が吹聴されていることも知っている。
王家に尽くすも報われぬ彼女の心は、戦場の空気の中で確実に不安定になっていた。
陰鬱な空気の司令テント内に切迫した表情の伝令が駆け込んできた。
「戦線にて友軍が突破を許しました!友軍は壊走しています!速やかな竜騎士の投入と撤退支援を頼みます!」
今日、五度目の出撃となる彼女と彼女の部下は疲労した表情を隠せず、しかしすぐに竜の背中に乗り、雨空へと消えていった。

彼女が、戦場へと移動する途中、随所で、突破してきた敵の騎兵に蹂躙される味方の部隊が見られた。投入を支持された地点に到着した時には、すでに戦線は壊滅。鈍重な動きで逃げる味方の将兵は、次々と素早い騎兵に討ち取られていた。
レーヴィンは彼女の部下に、分散しての攻撃を命じるも、先行していた敵の騎兵部隊に続いて、主力部隊が到着した。
敵の主力部隊には、魔術師や弓兵、更には大型の石弓も配備されていた。
部下の竜騎士はそれらを曲芸の様に避け、竜の吐く炎や、爪で哀れな敵の兵士を殺していった。重い鎧を着た兵士は、その中身だけを焼かれるか、鎧ごと切断された。
しかし、竜騎士を攻撃できる武器を持った敵の兵士たちは、必死に抵抗し竜騎士に小さくない傷を与えていた。
味方の撤退が完了したと感じ部下に撤収を命じた直後、レーヴィンは腹部に強烈な衝撃、そして熱を感じた。竜騎士の指揮官らしき者への一斉攻撃が行われていた。
騎乗していた竜は、無数の矢、攻撃呪文から主人を守りながらも地面に落ち死亡した。

レーヴィンが気づいた時、始めは何が起きたか理解できなかった。しかし、次第に襲ってきた、焼けるような腹部の痛みと、彼女を守るように横たわるかつての彼女の騎竜を見て、全てが理解できた。腹部の痛みは、腕ほどの太さのある巨大な矢が、鎧の上から貫通していた為だ。出血も多く、致命傷であることは容易に理解される。
高名な竜騎士の死に際に、瀕死の竜騎士を取り囲んだ敵兵士たちは、儀礼ではなく、なお己の欲望に忠実であった。
「よくもやってくれたな、俺の部下の半分は死んだ。お前を切り刻みながら犯してやるよ!」「ハッ、往生際悪く死に損いやがって。冥土の土産に犯されながら往生ってのも一興かもな?!」
彼女にとっての唯一の望みは、クルルミクの将軍としての名誉ある死。しかし、抵抗しようにも最早、睨み付ける程の力しかその体には残されていなかった。
取り囲む兵士たちが、彼女に近づき触れようとしたその瞬間、各々の兵士たちは胸から血を噴出し、驚愕に目を見開き崩れ落ちた。

「名誉ある戦士が堕ちる時、魂を運ぶのは我らの使命。そして、その戦士の名誉を守ることもまた同じ。」
毅然とした、しかし可憐な声が彼女と、突如死んだ兵士たちの遺体だけの世界に響いた。
出血の為に薄れていく視界の内に、懐かしい、それも当時と変わらない姿が現れた。
「名誉ある竜騎士の魂を守ろうと駆けてくれば、懐かしい顔の者に出会う。」
かつて迷宮で束の間邂逅した戦乙女がそこにいた。更に戦乙女は続ける。
「残念だが、きみには助かる見込みはない。このまま魂を運んでも良いのだが、一つ提案がある。きみはこのまま死ぬか、戦乙女に転生する事が選択できる。判断はきみの自由だ。」
レーヴィンは最早遣り残した事は無く、最後の瞬間に己の名誉が守られた事への感謝、最後に戦乙女への転生を希望することを伝えた。

貴族の娘は騎士に、騎士は竜騎士に、そして最後に戦乙女となる。

彼女の遺体が友軍に回収された時、敵陣に落ちたにも関わらず、その遺体は陵辱されず、また傷つけられもしていなかった。そしてその顔は、苦痛により歪むこともなく、まるで懐かしい友人と話していたように、少女のように微笑んでいたという。