突如侵攻してきた隣国グラッセン、そして迷宮に巣くうワイズマンを筆頭とする反政府勢力。
クルルミク王国は未曾有の危機を迎えていた。
戦争やワイズマン討伐といった活動の裏で、自身の利益の為それらを利用しようとする者も決して少なくなかった。
王家に対し忠誠を誓っている貴族階級も例外では無かった。
指揮下の部隊ごとグラッセンに寝返った者、それほど露骨ではなくとも戦争で疲弊した名家に私闘を行う者。

その夜、クルルミク国内の居城にてギルドの連絡員から報告を受けていた男もその様な者の一人であった。
名は レオポルト フォン シュヴァルツブルク
クルルミクのグラッセンとの国境地帯、ヴェストブルク地方に領地を持つ伯爵である。
顔立ちは貴族らしく整っているものの、ストレスによる過食から体型も“貴族らしく”なってしまった。
彼が貴族でありながら、ギルドへの活動費の援助という露見すれば即、伯の称号を剥奪される行為を働くのは好みの奴隷を得たいが為ではない。伯に領地拡張の望みがあった為だ。

クルルミク王国ヴェストブルク地方
クルルミクの一地方でグラッセンとの国境に位置し、中程度の山脈が存在するも肥沃な農地と鉱物資源に恵まれる。
その為、一地方でありながら王都と比肩し得る発展を遂げている。
又、この地方の山脈には多くの竜が生息し多くの竜騎士を輩出してきた土地でもある。
反面、グラッセン国境に近いこともあり、クルルミク建国以来この地方は最大の危険要素であり続けてきた。
現在のヴェストブルク公家もかつてはこの地方の王家であったがクルルミクに戦争で敗れ、公爵として王家に忠誠を誓っている。

伯はたとえ国内が不安定であっても王家に戦争を仕掛けようとはしなかった。
突然、休戦となる可能性もあったし、その様な戦力など持ちようも無かった。
しかしヴェストブルク地方ならばどうか。
この地方に大きな所領を持つ公爵はグラッセンとの戦線で激戦を繰り広げているようであるし、公家には後継者が居らずレーヴィンという名の娘が社交界に出ているのみ、であると聞く。
伯はこの機会を逃さなかった。

宮廷ではヴェストブルク公に翻意ありという噂を流布し、王都でも同じ内容の噂をギルド員に流させた。
結果ヴェストブルク公は後継者を持たないまま退位させられ、ヴェストブルク公の領地はかねてより宮廷工作を進めていた伯のものとなるはずであった。
しかし一向に公家が取り潰されるという発表がなされない。
不審に思った伯が密偵に調べさせてみると、王家と公家の間で密約がなされたことが分かった。
公家の長女が家督の相続を主張し、王家もそれを承認。条件として王国への奉仕と迷宮での活躍を求めたという。

伯は自らの計画が崩れたと感じたが、元より危険であることは分かっていた。そして次のことを新たにギルドに依頼した。
1. ヴェストブルク公息女、即ちレーヴィン フォン ヴェストブルク(Loewin von Westburg)の捕縛とその報告。
2. 捕縛後は奴隷商人ではなく、伯に手渡すこと。報酬は相応の現金とヴェストブルク内の伯の地位。

ならず者としては破格の条件であるが、伯にとってはそれでも安い。
公が既に退位した今、継承権をかろうじて主張しているのがその娘。しかしその娘と婚姻、あるいは子息を産ませれば婚姻の相手は正当な継承権を主張できる。

伯は公女レーヴィンの引渡しが済み次第、彼女と婚姻関係を結ぶつもりである。
ならず者の陵辱で彼女が孕んでいても問題はない。誰も父親など分からないのだから。
連絡員の報告の後、自室で今後の計画を練っていた伯爵はふと、近いうちに自身に領地を貢ぐことになるであろう女とかつて会った事があるのを思い出した。
彼女が初めて社交界に出たときであった。
背は高く、顔立ちは整っていた。「胸は小さかったか・・・」ずれたドレスの胸元から矯正下着が覗いていたのを覚えている。
肥満体の多い高級貴族の娘には珍しく、優れた容姿であるといえた。
しかし容姿よりも、彼女との会話がより印象に残っていた。王家や諸侯の風当たりの強い公家を存続させることに執心しているよう感じた。
「似たもの同士か・・・案外、良い夫婦になるかな」
伯は皮肉げに笑い、短い眠りに就いた。