燦然とした綺麗な満月の夜だ。
そう思わざる得なかった。
あまりに綺麗過ぎて何か起こるんじゃないかと思う、そんな夜の帳。
「全く・・・この辺りの森は不心得者が多すぎるのではないか・・・?」
月明かりに照らされながら何人目とも知れない野盗をぼやいた女は一撃で葬った。おびただしい量の血が辺りの樹木にかかる。
本来は自ら進んで愛用の戦斧を振るうことなど無いのだが、彼女の行く先にある村を襲撃しようと野盗の集団が話している所に出くわしたとあってはさすがに遠慮はしなかった。
結果、今倒した野盗を含めて30人近くいた野盗は全滅し、ついでに彼らに捕縛されていた冒険者と思われる少女も助け出していた。一人でやったというには大健闘もいいところと思われる程の活躍だ。
・・・こんな奴らの命にも神の加護は降りるのだろうか?
そんな事を考えていると先程助け出した少女が口を開いた。
「あ、あの・・・助けてくれて、ありがとうございます」
無理に言葉遣いを直して喋っていられている気がして妙にくすぐったかった。
「気にするな、只の通りすがりで不心得者に私は制裁を与えただけに過ぎない・・・あと、出来ればそのように無理してかしこまらないでもらいたい」
そう言うと少女は一瞬難しそうな顔をしたが、すぐに屈託の無い笑みへと表情を変化させた。
「じゃ、お言葉に甘えて!さっきは助けてもらってありがとう、名を知らぬ騎士の方」
その言葉を聞いて、外見と言葉使いが合った気がして少し安堵した。
「先程も述べた通り礼には及ばんさ・・・私は・・・」
「只の通りすがり、ていうつもり?」
言おうとしたことが先に言われて私は思わず苦笑いをしてしまった。同じようなことを何度も言えばそれは当然だろう。
少女は更に続けた
「なんだったにせよ、キミはボクを救ってくれた。このお礼は是非したい」

―――野盗との戦いの場から少し離れて
「あっと、まだボクの名前を言ってなかったね。ボクの名前はヘルト!キミの名前は?」
「私の名前はレヴィエル。どこにでもいる神官剣士だ」
焚火を中心に向かい合うように座ると互いの名前を明かした。ヘルトは、どうやら見た通り冒険者だった。私と同じように先程の野盗達が話している時に偶然出くわしたらしく、戦いを挑もうとした矢先に罠に嵌って捕まっていたらしい。
「いや〜本当に危なかったよ。レヴィエルが後少しでも来るのが遅かったらボクはどうなってたやら」
そう軽々と話すと、またもやあの屈託の無い笑顔で歯を―――いや、牙を見せて笑った。
「・・・ヘルトはもしかしてハーフなのか?」
そう切り出すとヘルトは少し昔を見るような顔になった。もしかしたら聞いてはならないことを聞いただろうか?
困ったように私が考えていると、ヘルトはこちらを見てすぐに笑顔を見せた。
「あ、大丈夫だよ。別にレヴィエルが考えてるような不幸な出で立ちじゃないから・・・そう、見ての通りボクはハーフさ。獣人と人間の両方の血がボクの中には流れてるのさ」
ヘルトはそう言うと少し声を高くして更に続けた。
「けれどボクは父上と母上を誇りに思う。父上は山々を翔ける銀狼の獣人。母上は誇り高い真実を詩にする吟遊詩人。ボクはその二人から生まれたんだ、ボクは父上と母上から生まれた事を嬉しく思う」
ヘルトはそう言うと、自信誇らしげに胸を張った。
しばらくの他愛も無い会話の後、焚火の火が弾けた。
それを合図のように今度はヘルトから質問を投げかけてきた
「そう言えばレヴィエルは何で神官騎士になったの?」
私は言葉を受けて無くなった片目がズキンと痛んだ気がした。違和感を感じたのか、ヘルトがばつの悪そうな顔をしていた。
「あの・・・聞いちゃ、駄目だったかな?」
私は黙って首を横に振ると、深く記憶の中に沈んでいくように残ったただ一つ目を静かに閉じた

それはもう何年も昔のこと
私はとある傭兵団で生まれた。
生まれてすぐに私は戦場の中にいた。
母も父も生まれたばかりの私を置いて、前線で自分達が組している国が勝つように勇敢に戦っていたのだ。
私が3歳になる頃。私は初めて兄と父から剣術を習った。
「レヴィエル!そうじゃない、もっと速く振るんだ!」
「親父!レヴィエルはまだ幼いんだからそんなに激しくしなくても・・・!」
そう言って止めに入った兄を介した様子も無く、父はただ黙々と私に剣を教えた。
私が泣き喚こうが、血反吐を吐こうが、痣だらけになろうがお構い無しに夕方までずっと・・・。
「今日はこれまで。明日はもっと厳しくやるから覚悟しておけ」
そう言って父が去っていくのと同時に兄が私に駆け寄ってきた。
「レヴィエル!ああ、大丈夫かい?よ〜し、今お兄ちゃんが大事に、大事に介抱して・・・」
そう兄が言って近づいてきた時、
去ったはずの父が兄の顔に鋭い飛び蹴りをめり込ませていた。
「この馬鹿息子がああああ!!ワシだってそうやりたいのを泣く泣く抑えているのに抜け駆けしおって!」
飛び蹴りを受けた兄もすぐに立ち上がって怒りのオーラを身に纏っていた。
「親父・・・いくら親父でもこの美味しい役回りだけは譲らねえぜ・・・!今日こそ決着をつけてやらあ!」
「望むところよ!貴様に今日こそ引導を渡してくれるわ!」
そして私の目の前で剣が交差され、火花が散った。
後になって理解したが、どうやら私の家族はちょっと過保護、と言うか変態だったようだ。

その後、私は12の時初めて戦争に出た。
あの時に人を殺し、初めてのあの感覚に恐怖を覚えたけどそれでも戦い抜けたのは、父のあの厳しい特訓の成果だろうか?
無事に帰ってくるなり、兄は「お兄ちゃんはね、お前がいないと寂しくて死んじゃうんだ!かわいそうなウサギのようなものなんだ!」とかなんとやら。
まあ、父も同じようなことを言ってたからあの兄あってこの父あり、と言ったところか。
ということは娘である私もいつかあんな風になるのだろうか?父と兄には悪いが、正直ああはなりたくないと心から思った。
余談だが、この日私は初めての二日酔いも体験した。

様々な所で戦い続け、気が付けば私は17になっていた。
その頃には腕も上がり、部隊を一つ任されるまでになりそれに伴い、忙しさも倍加した。
戦闘に加え、交渉や人材の収集、訓練教官に雑務まで様々な仕事に忙殺されていた。
そして久しぶりに休憩が取れたある日の事だった。
「クッ・・・油断した・・・」
「ふふふ・・・レヴィエルよ。お兄ちゃんは悲しいぞ?まさか・・・」
そう言うと兄が髪を掻き揚げた。
「まさかお前がまだそんな可愛らしい下着を履いて・・・」
そのセリフを全て言い終わる前に私は愛用の戦斧で斬りかかっていた。
「っと!?なにをするんだレヴィエル!お兄ちゃんはただお前の未来を心配して・・・」
「それが私の着替えを覗いた言い訳か兄上?・・・安心しろ。一撃で終わらせる」
「す、すまん!お兄ちゃんが悪かった!だからその物騒なものは置いて・・・!」
「問答無用!」
そして私は悲鳴をあげて逃げる兄を一日中追い掛け回して。
気が付けば夜になっていた。
現在拠点にしている街の防壁の上で、さすがに私も兄も肩で息をしていた。
「全く・・・兄上はいつもいつもこんな馬鹿なことを・・・いい加減私の身にもなってみてくれ」
「ふっ・・・妹をストーカー並に心配するのは兄として当然の権利だ!」
聞いた私が馬鹿だった。全然兄は懲りた様子はない。
あきれたような顔で私がため息をつくと、兄がなにやら懐を探り始めた。
「ところでレヴィエル。今日はいい月だと思わんか?」
見上げると確かに綺麗な月だった。満月と共に星が煌き、より一層黒い空を彩っていた。
「ふっ・・・お兄ちゃんはこんなこともあろうかと用意してきたのだっ!」
そう言うなり何処に持っていたのやら兄は酒を取り出した。
「兄上・・・どこからそんなものを持ってきた」
「秘密だっ!」
まぁ聞かなくても判る。おそらく酒好きの父の部屋から盗んできたものだろう。
「そんなことよりも妹よ」
私が溜め息をついていると、兄が急に真面目な顔になった。
眼差しは戦場にいる時の鋭い眼に変わり、遥か彼方の地平線を睨み付けていた。
「・・・お前は、戦場を離れる気になったことはないか?」
唐突な質問に私の理解が追いつく前に更に兄は続ける。
「判っているとは思うが、傭兵っていうのはロクなものじゃない。いつかは何の前触れもなく死ぬだろうし、お前の場合はもっと酷い目にあうかもしれない。・・・俺はな、我侭かも知れんが、お前がそんな目にあうのが嫌なんだ」
そう一息に言い切ると兄はビンに入った酒を一気に飲んだ。
そしてその横で私は兄の質問に答える言葉を必死に探していた。
「多分俺だっていつかは戦場でのたれ死ぬだろう。母上だってそうだったろう?流れ矢に当たって、そのまま目覚めもしないで逝ってしまった・・・俺はもう、あんな思いはしたくない」
「・・・兄上」
月夜に照らされながらビンを空にしようとしている兄はいつもより悲しげに見えた。と、同時に私は心に思ったことを言葉にしていた。
「兄上・・・それでも私にはこの道しかない。幼き頃から身についているのは戦場でしか役に立たないこの力しかない」
この道しかないことを確かに怨んだ事もあった。しかしその中で得た物もある。
「幼少より知っている皆が私が知らぬ間に死んでいく・・・そんなのを傍観席で見るのは私にはただの苦痛にしかならないさ。・・・兄上、私の幸せを真に思うならばこの気持ちを汲み取って欲しい」
そう言うと私は兄と背中合わせになるように座った。上を見ると、星々が相変わらず煌いていた。
「・・・それでも俺は、お前が心配だ。馬鹿兄と呼ばれようが、お前につらい思いをして欲しくない」
兄が溜め息をついてそう言った。
私は長年の想いを意を決して言った。
「辛い思いをさせたくないと言うならば、せめて最初だけでも奪ったらどうなのです?」
兄が驚いた顔をして振り向いた。
いつに無く私は自分の体が熱くなっているのを感じていた。
「・・・本気、なのか?」
「私が冗談を好まぬ事は兄上が一番知っているでしょう?・・・兄上を私は心より愛しております」
そう言い切ると、後の言葉が続かなかった。心臓が激しく鼓動し、兄の顔を直視できなかった。
私の告白を受けた兄はしばらく苦悩すると、ゆっくりと私の唇を奪った。
その夜、私の純潔は終わりを告げた。

相変わらず傭兵団に私は身を置き、戦いに明け暮れた。
兄もあれ以来特に変わった様子も無く、いつものふざけているかと思う程の過保護な態度に戻っていた。
そして、ちょうど私が20になった誕生日。
事件は起こった。

「・・・酷いな」
身をかがめると、そこには顔を無くした死体が何人も転がっていた。
いずれも私が属している傭兵団の者達の死体だった。
「隊長、やはり犯人は反抗側の勢力のようです・・・。とうとうこんな事まで・・・」
「そうね・・・父上もこれでとうとう動かざる得なくなったわ。・・・このままじゃこの団に崩壊が訪れるわね・・・」
隣でそれを聞いた部下がとても憔悴した顔になっていた。
「隊長・・・われわれはどうすれば・・・」
「とにかく、同じく中立している兄上の所に報告してくるわ・・・あと、無駄だと思うけど出来るだけ隠蔽しといて」
そう部下に指示を出すと、まっすぐに私は兄の所へと向かった。
粗末な扉を開けると兄は団内にも少ない魔法使いと話していた。
「ああ・・・レヴィエル。ちょうど呼ぼうと思っていた所だ」
私がさっき起こったことを説明すると、兄は疲れたような顔になった。
「なんて事だ・・・ようやく、ようやく真実がわかったというのに・・・」
「真実、だと?兄上、どういうことだ?」
私がそう聞くと兄ではなく話していた女魔法使いが事情を全て語った。
その話によると、反抗側と思われる部隊長が今敵対している国の高官と思われる者から金を貰っている所を偶然通りかかって一部始終を見たらしい。
つまるところ私が属している傭兵団は私達を排除したがっている敵国の策略にかかってしまっていたらしい。
そして真実を聞いてしまったこの女魔法使いは、反抗側の勢力に命を狙われながらも何とか兄の下にこの情報を持って来てくれたということだ。
「くそ・・・!だがまだ間に合うはずだ!親父にこの事を話せば全てが解決するはずだ!」
兄が扉に走った矢先、扉が強引に蹴り開けられ、中に武装した剣士達がなだれ込んできた。
「情報通りだ!奴等がいたぞ!」
そう言うなり剣を抜き、入ってきた剣士たちは私達を包囲した。
「!?何の真似だお前ら!」
兄が吼えると剣士たちは驚くことを言った。
「貴方達は団の掟を破った!副団長、レヴィエル隊長共に報いを受けてもらおう!」
「なっ!?」
兄が言葉を詰まらせる。驚いている兄をどかし、私が叫んだ。
「私達が何をしたというのだ!いつ掟を破ったと言うのだ!」
「貴方達は仲間を殺した!今朝、顔を無くした死体がいくつも見つかったのだ!ましてや自身の部下までも手にかけるような輩は天罰を下されてしかるべきだ!」
「馬鹿な・・・!私が私の部下を殺しただと!?」
証拠だ!とリーダー格の剣士が叫んで顔を削がれた私の部下の死体を見せつけるように部屋に転がした。そしてその背中には、私の戦斧、そして兄の剣が突き刺さっていた。
「違う!私達はそんな事をやってはいない!」
「聞く耳持たぬ!掟を破りし者には死を!」
そうリーダー格の男が叫ぶと、剣士達が白刃を煌かせ一気に斬りかかって来た。
避けることもあたわぬ距離で、しかしその刃が途中で止まった。
「お逃げ下さい!ここは私が!」
見れば女魔法使いが束縛の呪文を使い、刃が落ちるのを防いでいた。
激しい雄たけびと共に振り下ろされようとしている刃を必死で振り下ろされぬように堪えていた。
「・・・すまんっ!」
兄はそう言うと武器を拾い、私の手を引っ張り窓から逃げ出した。
窓から飛び降りる刹那、女魔法使いの口元が動いた。
「どうか・・・どうか・・・ご無事で!」
そう言い切ると同時に私は窓から飛び降りた。
そして、そのすぐ後に肉が切り刻まれる音が聞こえた。
一瞬の浮遊感。しかしそれはすぐに着地の衝撃に変わった。
「お前達・・・」
衝撃を和らげるように立膝になった状態から声のした方に顔を上げると、他ならぬ父の姿があった。
兄がそれを見て歓喜する。だが一方で私は父から妙な雰囲気を感じた。
「親父!親父に話したいことが・・・」
「黙れ」
聞き慣れぬその言葉に驚愕し、私と兄はそろって父を見上げた。
よくよく見ると、父はいつもの雰囲気とは違うものを放っていた。
その違和感と圧迫感はあまりにも大きく、既に鬼気すら孕んでいる様にも見受けられた。
「親・・・父?」
兄がそう気圧されるように聞くと、父は言った。
「まさか・・・ワシの子が掟を破るとは・・・な。せめてワシの手で葬るのが手向けと言うものじゃろうて・・・」
それを聞いた兄の手から、するりと剣が落ちた。
「親父・・・親父まで俺達を・・・」
そう言い切る刹那とも言う時間の中、一筋の光が走り私の目の前で兄の首がすとんと地面に転がり落ちた。
信じられなかった。否、信じたくなかった。
まさか、何故、そんな馬鹿な。
私が錯乱する中、父は涙を流していた。
それに呼応するかのように、雨が降り始めていた。
「罪人の一人は既に我が手で斬った。・・・次はお前じゃ、レヴィエル」
「父上・・・!何故兄上を殺しました!我らは何も・・・」
そう言おうとした矢先、私は右目に激痛を感じた。右目があった場所は縦に割れ、切り口から血を噴出させていた。
「ああああああああ!!」
手で抑えた程度では血は止まらず、私は絶えられずに激痛に泣き叫んでいた。
「掟を破った以上、我が子であろうと容赦は出来ぬ。・・・・さらばじゃ、我が愛娘よ」
そう言うと父は東洋の『カタナ』と言われる剣を構えた。
それを見た私は死を思い浮かべた。
私の頭の中にこれまでの生きてきた思い出が駆け巡った。
様々な思い出が浮かんでは消える中、一つの言葉とあの顔が残った。
『俺はもうお前につらい思いをして欲しくない』
私は、そう言った兄の顔を思い出していた。
瞬転、私は取り落とした戦斧を拾ってそして―――
何かがぶつかり合うような音が辺りに響き渡った。
手にはもう慣れたあの感触が伝わってきている。
そして、それを伝えている斧は『カタナ』ごと父の首を斬り落としていた。
私が傷口を抑えるのも忘れて呆然とする中、雨はますます激しさを増していた。
そんな雨音を消すほどの騒々しい足音が聞こえた。
まもなく剣士に包囲されても私はまだ現実にたどり着けずにいた。
そんな私を嘲るかの如く、一人の立派な服を着た小男が剣士たちの間から出てきた。
「くっくっく・・・こうも上手くいくとは、な。さて・・・本来はお前は娼館にでも送る所であったが・・・傷が出来たとあったはタダでも売れぬであろう」
「いやいや旦那、どうせ殺っちまうんなら最後に味見くらいしてもいいっしょ?」
「げはは!ちげえねえ!ま、そんなに時間も無いけどよ。なにしろ本当のこと知ってるのは俺らくらいだからなあ!」
「そうそう、この傭兵団の俺ら以外の奴らにばれたら俺らの身が危ないからな!」
様々な悪意に満ちた場所で、昨日まで仲間と信じていた者達が下品に笑いたてた。
そんな中で残念と失意に落ちていく私の心を、例の小男の最後の一言が急激に戻らせた。
「まぁ、団長と副団長が馬鹿なのが悪かったのさ。少し調子に乗りすぎまちたね?といった所か!」
私は頭の中で自分の怒りが燃え上がったのを感じた。
「・・・黙れ」
私の一言に気づいたのか、小男が途端に不機嫌そうな顔になった。
「黙れ?だと。誰に向かって喋ってるんだ?命乞いでもすれば少しは慈悲をくれてやろうと思ったものを・・・おい!さっさとこいつを殺せ!」
私を犯せなくなったことに不満を唱えながらも、一気に数人の剣士が私に向かって駆け出した。
剣先が一斉に突き出され、逃げ場もない絶対な死が近づく―――
だが結局一本足りとも私に剣は届かなかった。
「なっ!?」
短い悲鳴が辺りを包む。
私が振るった一撃で一点のみを狙った剣は全て折れ、その残骸を持ち主達の手に残すのみとなった。
「ま、待ってくれ!助けてやる!少し考えて・・・!」
「聞こえんな!」
そう言って私は剣士達だったものをただの肉魁へと変貌させた。
周りの剣士がいなくなり、小男が後ずさりしながらこちらを見た。
「ヒィッ!?ば、ばけも・・・!」
「私が化け物ならば、貴様はなんだ?野良犬より浅ましい畜生が!我が怒りの一撃を受けて地獄に落ちろ!」
結局断末魔すら上げる事も無く、どこのものとも知れぬ小男は、赤い人型だけを残してこの世から消滅した。
私はまた目的を見失い、直立し遥か上空を見ていると今度はまた別の剣士達が辺りを囲んでいた。
「罪人めが!まだ抗うか!」
「我ら一つとなり、怨敵レヴィエルを討つぞ!」
どうやらもう修復は出来ない、らしい。
傭兵団を壊滅させるために紛れ込んだ者、懐柔された者はさっき殺した者だけではなく、どうやら他にもいたらしい。
内なる敵に扇動され、私に対しての彼らの恨みは物理的に見えるような所まで膨れ上がっている。
「そうか、そういうことか・・・」
二分へと意図的に別れさせられた傭兵団は今再び一つになり私を押し潰そうとしていた。
これこそが敵の狙いだったのだとようやく私は気づいた。
最も傭兵団に心身ともに打撃を与える方法としてこの為だけに始めから動かされていた訳だ。
頭を潰され、それを支える両腕も無くなっては烏合の衆になり、容易く蹴散らせる事だろう。
気付くのには余りにも遅すぎたと後悔した。だが、まだ私の戦意は衰えてはいなかった。
何も知らぬ者もいるだろう。だがそれでも彼らは間接的に兄を殺したのだ。私の愛したたった一人の兄を。
そしてまた姦計を用いて団を嵌め、それに乗じた裏切り者もこの中には少なくない数が潜んでいるのだ。
ただ怒り。ただ燃えるような衝動が全ての意思を飲み込んでいく。
「許さない・・・!復讐するべきは私よ。私の全てにかけて、貴方達を粉砕する!」
傷ついた片眼にボロ布を巻き、戦斧を構えると私は地獄となる戦場へと駆け出していた―――

「気が付けば私の周りには誰もいなかったよ。馴染みの顔も、知らない奴も皆私が殺したらしい・・・あまり実感が湧かなかったが、あそこで唯一生き残ったのも私だったからすぐに理解したよ。そして、私は教会に入り浸るようになり、5年の歳月をかけて今に至る・・・て訳さ」
私が記憶の中から戻ると、ヘルトが泣いていた。
「何故泣いているのだ?」
「だって可哀想じゃないか!結局悪いのはそんな事企てたヤツラなのになんでレヴィエル達が巻き込まれないといけなかったのさ!」
「そういうものなのさ、世の中というものは。不都合な輩は排除しなければ落ち着くことの出来ない連中もいるのさ」
そう言って私は焚火に薪をくべた。
「・・・その姦計を企てた連中も聞いた話だと国ごと滅ぼされて残らず斬首されたという話だし、結果として因果応報といったところなのだがな」
溜め息を一つ。結果として罰は下ったわけだが、それでも兄も父も戻ってはこない。
「だが、傭兵も人間を殺して金を貰っている者達だったから、そういう意味ではある意味当然の崩壊だったのかも知れんな・・・」
私は呟くと、少し昔の自分を再び思い出す。傭兵団が滅んだ日の光景と死んでいった傭兵達の最後の恨みの言葉は長い修行の果てに神官戦士となり、数年の歳月が経った今でも夜中に悪夢として出てくる。夜中に寝台で絶叫を上げて飛び起きる事など何度もあり、起きれずに朝まで悪夢の中で彷徨い続け、食事も喉を通らぬ時もあった。それでもまだ私が狂っていないのは、教会という逃げ場を得たからだろう。
「う〜ん・・・そ、そういえばさ、教会に仕えるようになったレヴィエルがなんで旅なんかしてるのさ?」
私が顔を伏せていると、ヘルトが新しい疑問を口にする。私の様子を見て話題を変えてくれたヘルトに感謝しながら私は口を開いた。
「そうだな・・・私が教会に入り浸るようになって、やがて神官の修行を積んで今の状態になるまでに知り合った子達がいてね」
「それで、その子供達がどうしたの?」
目の前でヘルトが急かすように手をパタパタさせる様子に私は苦笑いした。
「彼らはね、私の恩人なのさ。懺悔を続ける毎日の中で、彼らは自分達も酷い目にあっているのに励ましてくれた。そのおかげで今の私があるのだから、恩返しの一つや二つはしたい」
「恩返しって何?」
「彼らは家が無い。無ければ私は何とか作ってあげたい。そして、今私にはそれを作るための金が要り、その金を手に入れるチャンスが今、クルルミクにあると聞いた・・・後は言わなくても判るだろう?」
一息に言い切ると、ヘルトはそれを聞いてようやく理解したようにうなづいた。
「・・・つまりレヴィエルは例の『アレ』にいくんだね・・・危険だよ?」
「危険は承知の上さ。そうでもなければ再びこの戦斧を握ってはいないよ」
そう言うと私は空を見上げた。
話が長くなりすぎたのか、いつしか朝日が空に浮かび始めていた。
「朝・・・か。さて、長くなったがそろそろ私は行くよ」
私はスクッと立ち上がり、汚れを拭った。
と、少し考えた後に私は一つの頼みごとをヘルトにしようと思った。
「恩着せがましいんだが・・・一つ頼みごとをしていいか?
「何?ボクに出来ることなら喜んでやるよ!」
「風の噂にでも聞いた時で良い。もし私に何かあったと聞いた時はこれをグラッセンの教会に届けて欲しい。宛先は書いてある。」
そう言うと私は布で包まれた箱をヘルトに渡した。
「・・・レヴィエル、まさかとは思うけど」
ヘルトが心配そうに顔を上げた。
その様子を見て私は微笑した。心配無用と伝えるように。
「レヴィエル、キミにはまだ僕はお礼を言い足りない。必ずまた会えるよね?」
「ああ、約束だ。私は必ず戻ってくるさ・・・あの子達のためにも」
そう言ってヘルトに別れを告げ、私はまた歩き出した。
目指すはクルルミク王国の迷宮『龍神の迷宮』。
静かな表情の内に決意を秘めて行く先に何が私に起こるのか―――その答えはまだ判らない。