『3/28の一幕』


―――エルザ・クラウンPTは堅実に龍神の迷宮地下四階を引き返している。


「……ハァ、ごめんね。私の不注意で…」

今日6回目の謝罪…みんな『気にしなくていい』って言ってくれるけど、やはり言ってしまう。
特に、背中のアルメリア何度謝っても足りないくらいだ。

昨日の探索で、私の不注意からトラップを発動してしまったのだ。それも、『刃の網』を……
私とチャイカ、シャーデーは軽症ですんだけど、最悪な事に、アルメリアが重症を負い、倒れてしまったのだ。

「気にしないで下さいよぉ。あちしだって気をつけてれば旦那に負ぶって貰わずに済んだんすから」
「そうだよ。それにエルザはわたし等のリーダーなんだ。もっと胸張りなって」

チャイカさんが私の頭をベシベシと叩く…イヤ、流石にチョット痛いです…

「それに一度街に戻ってアイテムの調達をしようと思っていたところだったのだ。丁度良いではないか」

丁寧な口調でシャーデーがフォローしてくれる。…確かに、食料やキャンプアイテムの残りが少なかった。
流石は8大軍人貴族、ニコラウス家の娘…アイテムの数と状態まで事細かに記録してある……

「そうね……とにかく、早く地上に出ましょう!」

頼もしい仲間に励まされながら、私達は迷宮を引き返した。


―――一行は迷宮を進んでいる・・・一日で、地下一階まで戻ってこれた。


なんとか地下一階まで戻ってこれた…『安全圏』と呼ばれるエリアでも油断は出来ない。
モンスターに遭遇することはなかったけど、まだトラップとかハイウェイマンズギルドの襲撃があるかも知れないと思った矢先…

「なに?…アレ?」

見つけてしまった…明らかに色違いの床…落とし穴か、プール系か。どうみても『ここにあります』と言っている様な解りやすさ。
まず、こんなのに引っかかる人はいないだろう。もし居るとしたら見てみたい気もするけど…

「なに?トラップかい?」
「え?あ、うん。チャイカさん、アルメリアをお願い。ちょっと見て来るから」

その『トラップ』に近づく。近くで見ると、茶色っぽいシートを被せているだけ『引っ掛け』でもない…これを仕掛けた人はバカだろうか?
私はゆっくりとシートを外していく。

「……ただの……プール?」

そこには、何の変哲もない、水が張られただけの『普通のプール』があった。

「あ、でもちょっと深いかな?」

しゃがんで腕をプールの中に突っ込む。深い……宿屋の浴槽よりちょっと深い程度だけど。

「お風呂……か…、よし!!」

唐突にひらめき、手を水に浸けたまま手の平に魔力を集中させていく。

「『炎よ…腕に宿りて我が力となれ』……ヒート・ギフト!!」

腕に炎の力が宿る…すると、徐々に水の温度が上がり、2、3分後にはプールから温泉になっていた。
母様が術師で、教えを受けておいてよかったと思うことがある。お陰で、『今』お風呂に入る事が出来るのだから。

急いでみんなの所に戻り、お風呂に入らないか?と提案する。みんなは最初は不思議がってたけど、実際に見てもらい、納得してもらう。

「ヘェー。罠のプールを温泉に変えるとわね〜。私は賛成でもいいよ」
「あちしも賛成っす!もうこんなところでお風呂に入れる機会なんて滅多にないっすよ!!」

チャイカさんとアルメリアは快く賛成してくれた。二人とも私が魔法が使えるなんて知らなかったから少し驚いていた。
まぁ、教えていなかったから知らなくて当然なんだけどね…ビックリさせてゴメンナサイ……

「ちょ、ちょっと待て!!入るのか?ここで?裸になったところをならず者達に襲われたらどうするんだ!?」

シャーデーか反対の声を出す。その意見はごもっともだ。そこで私は一つの考えを実行に移した。
壁に向かい、構え、右手に『気』と魔力を集中させる。

「エ、エルザ殿?何を…」
「……………ハァアアアアア!!!」

シャーデーを無視して全力で拳を壁に叩きつける。ドォンと音を立てながら壁に大穴が空く。
私はその衝撃で出来た大小様々な岩を積み上げていく。私のやりたい事が分かったのか、チャイカさんもソードメイスで岩の壁を作り出す。

「ホラ、これで誰かに見られる事はないでしょう?」

温泉の周りに岩をちょっと高く積んだだけの簡単な壁。さすがのシャーデーもそれを目の当たりにして少々呆然としていた。
内心、ちょっとだけ『勝った』と思っていたのは秘密です…

「し、しかし、この様な場所で全裸になるのは…私は…」

シャーデーが諦めずにもぞもぞとしている……顔を微妙に赤らめながらモジモジしてるのは可愛らしいんだけど、苛ついてくる…

「そ、それに…やはり街に帰る方が先決で…」
「ああ、もう!!シャーデー!!」
「は、ハイィ!」
「リーダー命令よ!!ここでみんなと温泉に入る!文句は言わせません!!入りなさい!!!」

いつまでもモゾモゾとしているシャーデーに思わず怒鳴る……職権乱用じゃないか?……気にしない、気にしない…
こうして、奇妙な温泉イベントが始まった。

「うわ〜…チャイカさん…すごい筋肉…」

チャイカさんの裸を見て驚く。あのゴツイプレートメイルを着ているのだから想像はしていたが、実物を見てやっぱり驚いた。

「そうかい?エルザだって、引き締まったいいカラダしてるじゃないのさ」

チャイカさんが少し照れてる。そんな彼女に気をとられ、アルメリアの奇襲を食らった。

「そうっすよ〜?特にこの足!太過ぎず、細過ぎず、フェロモンたっぷりの足には誰も敵いませんて〜」
「ひやぁあああ!ちょっと、アルメリア!どこ触ってるのよ〜!?」

私のふとももをすりすりと手を這わせる。一瞬、殴ろうかと思ったけど怪我人に暴力を振るう訳にはいかなかった。

「いいっすな〜、この足。この足で蹴られるならず者達がちょっぴり羨ましいっすな〜」

……この子、本当に怪我人?ってかその発言…まるで某ビグザムエルフのおばあちゃんみたいよ!?


「ッンン〜〜〜!さすがに傷に滲みるわね〜」

「うひぃ〜!腕とか足とか傷口が滲みて痛いっす〜〜…でも温かくて気持ちいい〜〜」

「あ〜、久しぶりの風呂が温泉とはご機嫌だね〜〜!」

三者三様にお湯に浸かり、リラックスする。みんな喜んでくれている様で、私も嬉しかった。
けど、ただ一人、シャーデーだけが入っておらず、未だに服を着たままだった。

「シャーデーも早く入るっすよ〜!気持ちいいっすよ〜!」

アルメリアがシャーデーに声をかけるが、やはり抵抗があるのか、脱ごうとはしない。私は仕方なく、シャーデーに近寄り…

「エ、エルザ殿。やはり、このような場所で全裸になるのは…」
「つべこべ言わずにさっさと脱いでさっさと入る!!」

強引にシャーデーの衣服を剥ぎ取り、お湯の中に浸からせる。あまりにも強引過ぎて、彼女は少し呆けていた。
そんな彼女の裸を見て、少し気になることがあった。

「シャーデー…あなた、ちょっと大きくなった?」

そう言ってシャーデーの胸を鷲掴みにする。……確かにちょっぴり大きくなっていた。

「あれ?もしかして私よりおっきい?前は私と同じくらいじゃなかった!?」
「エ、エルザ殿!!い、いきなり何を!!や、やめ、んぅぅ!?」

シャーデーからちょっぴり悩ましい声が漏れる……あ、ヤバイ…微妙に楽しいかも…

「前って……。なに?あんた達そんな関係だったの?」
「えええ!!禁断の百合関係っすか〜!?」

二人の発言で一気に熱が冷め、顔が真っ赤になるのがわかる。

「ち、違う!そ、それは『前に』帰還した時にエルザ殿に稽古をつけて貰って、それで汗をかいたから二人で泉に行って!!」

シャーデーが顔を真っ赤にしながら力いっぱい否定する。そこまで顔を赤くしてると逆効果のようにも見えるのは私だけだろうか…

「アッハッハッハ!!わ〜かってるって!冗談だよ、冗談。本気にしないの。」

チャイカさんが豪快に笑い飛ばす。そうだ、この人の感じ。誰かに似てると思ったら、ハデスさんに似てるんだ…
下の階層で会った時は思わず無視しちゃったな……悪いことしたな…みんな…無事かな…

「な〜に暗い顔してるんすか?」

アルメリアが私の胸元で顔をすり寄せて来る。……よし、この子にはおばあちゃんJrと名付けよう…と思った。

「はぁ〜、太ももだけじゃなくエルザさんのお胸も柔らかいっす〜…………」
「ちょ、ちょっとアルメリア!いつまで人の胸で休んでいるのよ!!……アルメリア?」

「……スゥ……クゥ…クゥ……」

アルメリアは人の胸で気持ち良さそうに寝息を立てていた。
以前より長く迷宮に篭っていたから疲れが出て、しかもこのリラックスした状況に我慢が出来ずに寝てしまったのだろう。

「ありゃ?…気持ち良さそうに寝てるねぇ。さっきまで、はしゃいでいた娘とは思えないね」
「本当に……エルザ殿。そろそろ出て、街へ戻りませんか?」

二人が同時に立ち上がる。チャイカさんは判らないけど、シャーデーの肌はうっすらと桜色のように見えた。

「…そうね、アルメリアはもうチョット寝かせてあげましょう。今日中には着かなくなると思うけど…いい?」

二人に同意を求める。アルメリアの気持ち良さそうな寝顔を見て、急いで街へ帰るのは無粋である。
当然、二人は同意してくれた。

着替えを終えて(アルメリアの服はシャーデーが着せてくれた)岩壁を壊しにかかる。
壁用の岩を作る時と同じように、でも少し加減して拳を叩きつける。ガラガラと簡単に崩れ落ち、土煙があがる。

「さて、行きましょうか」

と、またアルメリアを負ぶって歩き出そうとする。

『おっと、秘密のお時間は終わりかい?お嬢さんたち?』

土煙が晴れ、その先にならず者達が現れる…もしかして、覗かれてた?

「どうだい?風呂上りにいっちょ俺らの精液風呂に入ってみる気はねえか?」

……なにそれ?聞いてて面白くない。よく自分で言って恥ずかしいとは思わないものだ…

「あら、覗きの次は悪趣味な発言?ハイウェイマンズギルドの男たちってみんなそんなバカな事しか言えないの?」
「湯上り美人を口説くにはちょいとムードに欠けるねぇ…」
「今なら見逃してあげますから、大人しく帰って女性を口説く勉強でもしてきてください」

二人も白けていたのか一斉に男たちを挑発する…シャーデー…何気に毒舌ね…

「調子に乗んなこのアマァ!!」
「悪趣味だとぉ!?覗きは立派な趣味だ!悪趣味じゃねえ!!!」
「口説きの勉強だと!?しても振ったのはどこのどいつだぁ!!!」
「どうみてもテメエは美人じゃねえだろうが!このゴリラ女ァ!!!」

あ、逆ギレ…しかも何人か泣いてるよ……勉強したのに振られたんだ…ご愁傷様。それに覗きはやっぱり悪趣味よ…

ならず者が一斉に襲い掛かる…泣いてる人たちがみんなシャーデーに襲い掛かったのはビックリしたな・・・

「コラコラ!こんな美人にゴリラとは失礼…でしょうがァ!!」

「情けない…少なくとも、教会の子達のほうが数倍マシね……でも最近会ってないからな〜。ちょっと不安かも…」

「女性に振られたからって、私のせいにするな!!」


三人とも小言を言いつつならず者達を撃退する…なんか…シャーデーに襲い掛かった人たちがみんな哀れに見えてくるのは気のせいだろうか?



―――…一行は迷宮の出口を目指した……



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