#35パーティ結成秘話?
――或いは“ミラルド・リンドの憂鬱”――


 ミラルドは一人、ドワーフの酒蔵亭でグラスを傾けていた。
 『龍神の迷宮』に挑戦するために数多の冒険者がこの酒場を訪れた。が――

 結局のところ――と言うべきか
 当然のごとく――と言うべきか

 ミラルドをパーティに誘うような猛者は、ついぞ現れなかった。


 いや、それは正確な表現ではない。


 そこはそれ、《災害存在》ミラルド・リンド

 良くも悪くも有名人ではあるワケで。
 だから、声を掛けて来る者は居たのだ。その数も一人や二人ではなない。
 ある者は興味本意に、ある者は彼女の実力を見込んで。


 問題があったとすれば、ただ一つ



 《カラミティ》と呼ばれ、ついうっかり手が出てしまっただけで……



 それにしても、流石にアレはまずかった。


 高位の僧侶や賢者や神官戦士が顔を揃えていたから事無きを得たものの、一つ間違えば死人が出ていてもおかしくは無かった。

「こんな事で死者数のパーセンテージ上がらなくて、良かった……」

 …そんな心配よりも、たった一言でブチ切れる性格を治す方が先決だとは思うが。

 まあ、そんな事が何度かあって。
 ミラルドは一人、酒を呑んでいた。



 一人は――孤独は、数年来の友のようなもの。
 けれど、ここまで静かなのは久しぶりだった。

 それもこれも、あの――“魔術協会”なる組織から、ミラルドの監視役として派遣されてきた、半妖精の少女。
 実年齢は知る由も無いが、見た目も中身もお子様なのだから少女と呼んで差し支えないだろう。
 “監視”の名目でミラルドに付き纏う ( 世が世なら迷惑防止条例違反だ ) 、大人しそうでいて何かと騒がしい少女。
 その彼女が、今は居ない。


 それはもう、10日ほど前の事になるだろうか。



「えぇ~っ、ミューイたんはワタシと一緒に行ってくれないデスカー?」
 オヨヨイと奇妙な声で鳴く――もとい泣くのは、ジャイアントエルフことフリーデリケ。
 対してミューイは、泣き落としにも動じることなく毅然と言い放つ。
「私は、ミラルドさんから目を離すワケには行かないのです」
「あんなのと居るより、ワタシと一緒の方が楽しいデスヨ?ヨ?」
 尚も粘るジャイアントエルフ。腰を屈め、視線を同じ高さに合わせ説得しようとする様は、まるで子供相手に必死に言い聞かせようとしているかのようだ――って言うか、そのまんまだった。
 が、ミューイ相手に過度な子供扱いは逆効果。
「ダメです、これはお仕事なのです!ミラルドさんが行かないなら、私も行きません」
 ズッパリきっぱり断られ、トボトボと他の冒険者を誘うために去ってゆくフリーデリケ。去り際、ミラルドに向けられた怨念の篭った視線は今でも脳裏に焼きついている。

 それが、フリーデリケ達が出発して2日ほど経った頃になって――



「ミ・ラ・ル・ド・さ~ん♪」
 いつになく上機嫌のミューイがスキップでやってきた。
「ん・ふ・ふ~♪知ってますかぁ~?」
 普段はどちらかと言うと自重で垂れ気味な彼女の耳が、ピコピコと上下に動いている。犬猫並に分かり易い感情表現だった。
「どうしたの、藪から棒に」
「聞いて下さい、そして驚くのです!なんと、この街には魔法学院があるのですよ!」
「?……ええ。知ってるけど――それが、どうかしたの?」
 クルルミク魔法学院の事だろう。だが超が付くほどハイテンションのミューイは、『今さら何を言ってるんだ?』と訝るミラルドには気付かず、一方的に捲くし立てる。
「魔法学院の図書館なら、協会とはまた違った蔵書があるハズです!
 一体どんな本が待ってるんでしょうか、想像するだけでワクワクです♪
 ……と言うワケで、私はこれから魔法学院へレッツゴーなのです!後は宜しく頼みますね♪」
「え?……あ、ちょっと――」
 そしてやはり、ミラルドが呼び止めるのも構わずにクルリと反転すると、そのままスキップで外へと向かうミューイ。
「――ちょっと!私から目を離さないんじゃなかったのっ!?」
「ダイジョーブです、ミラルドさんを誘うような怖いもの知らずは居ませんです!
 そしてミラルドさんは当面の目的が無いのです!つまりコレは――
羽を伸ばすチャンスなのでーーーーーっす!!

 …とか、大声ではしゃぎながら人混みの中へ消えてゆくミューイを、ただ呆然と見送る事しか出来なかった。



 それが、今から約一週間前の出来事。以来、ミューイの姿を見ていない。


「まったく、あの書痴ときたら……」
 何せ、年齢を尋ねた時に『本に夢中で歳を数えるのを忘れてました、てへ♪』とかのたまっていた程だし、放って置けば寝食を忘れて読書に没頭しかねない。お子様な性格の上に馬鹿が付くほどの正直者なので、非常に扱い易いミューイなのだが、こと『本』に関する彼女の行動は、そのことごとくがミラルドの理解を超えている。

「……まさか、餓死してたりしないでしょうね」
 それこそ『まさか』であろう。図書館で行き倒れていれば、いやでも他の利用者や司書の目に付くはずだ。

 それにしても、とミラルドは思う。
 部外者がいきなり魔法学院に押しかけて、蔵書を閲覧できるものなのだろうか?
 あるいはミラルドが知らないだけで、“魔術協会”とは、かなり影響力のある組織なのだろうか。
(居丈高に権力を振りかざすタイプには見えないけどなぁ……)
 ミラルドは偉そうに踏ん反り返っている半妖精の少女の姿を想像して、プッと吹き出した。

 まあ、“魔術協会”とやらの仔細については今度本人に聞いてみよう。
 などと考えていたところに、不意に声を掛けられた。

「…やあ、何か楽しい事でも?」

 驚いて振り返ると、目に飛び込んで来たのは派手なコート姿だった。
 ミラルドの白いコートと対を成すような、漆黒のロングコート。
 その襟首を獅子の鬣の如く飾るのは、毒々しいまでに赤い毛皮。
 コートの袖は、肩口から切り捨てでもしたかのように影も形もなく、黒い長手袋に包まれた細腕には一体何の意匠なのだろうか?長い布が巻き付いている。

 派手な風体の――恐らくは、女。

 恐らく、とは。
 現在のこの酒場の利用者層を鑑みた場合、普通に考えれば十中八九、女性冒険者に間違い無いのだろうが――
 しかしそう断じ切れるほどの身体的特徴が、その細身からは窺えなかった。
 中性的とでも言えば良いのだろうか。
 男性にしては線が細過ぎ、女性にしては凹凸が少な過ぎた。

「…何か、失礼な事を考えていやしないかい?」

 そう言って、鼻の上に載っていた丸眼鏡を指で押し上げる。
 気怠げな笑みを浮かべるその貌は少年のようでもあり、そして同時に、他人を見下しているようでもあった。

「同席して、良いかな?」
 だが確認したのは口先だけ。返事も待たずにテーブルに着いた彼女(推定)は、マスターに向かって
「僕にも、一杯…そうだね、オススメを」
 とオーダーすると、ミラルドに向き直り口角を吊り上げ、うそぶいた。

「独りで呑むのは、つまらない。だろう?」



 改めて、正面に座った彼女(推定)を観察する。

 攻撃的なカットの白髪に、透けるような白い肌。その中でも瞳だけが赤いのは、色素欠乏症の特徴だ。
 耳の先が尖っている事を考えると、人間以外の種族の血が混じっているのかも知れない。
 その表情は相変わらず、薄ら笑いが仮面のように貼り付いて、まるで道化師のようだ。

「私が誰か、分かっているんですか?」
 もうこれ以上は不可能なほど愛想良く、にっこりと微笑む。
 無論、営業用スマイル。
「…知らない。知っているわけが無いじゃないか」
 相手は間髪入れずにそう答えた。
「そうだね、うん…何せ君は、僕と違って有名人だ。名前は、もちろん。噂も、聞いてはいるよ。
 でも、君の事は何一つ、知らないさ。そもそも…僕と君は、初対面だろう?」

 そう口にして
 それで初めて、自分の失敗に気付いたと言わんばかりに失笑を漏らす。

「…おっとそうか、これはいけないね。初対面だと言うのに、挨拶がまだだったね。
 僕は、シャーロウ…シャーロウ・エクスタ。……しがないただの請負人さ」
(請負人……?)
 馴染みのない単語に疑問を抱くが、聞いたところで真っ当な答えは期待できないだろうと、ミラルドは結論付けた。
「私はミラルド・リンド。《カラミティ》って呼んだらぶっ飛ばしますよ」
「…それは、怖いな。肝に銘じておくよ」

 愛想笑いと薄笑いの応酬が一段落したところで、シャーロウの前にグラスが置かれた。
 ドワーフの酒蔵亭名物、“ドワーフ殺し”。アルコール度の高さだけが自慢の火酒だ。

「それ、かなりキツいわよ」
「…そうなのかい?」
 毒見をするようにグラスの中身をペロリと一舐め。途端、その表情が露骨に強張った。
「……コレは、相当だね……」





「…やぁ、剛毅だねぇ」
 “ドワーフ殺し”を一気に呷るミラルドを、シャーロウが囃し立てる。
「それで」
 空になったグラスを玩びながら、ミラルドが尋ねる。
「貴方もワイズマン討伐に?」
「んん…正直、あまり興味は無いね。地位とか名誉とか、そんなもの。
 それよりも『龍神の迷宮』。王家の試練の迷宮なんて、早々足を踏み入れる機会は無いだろう?
 僕はむしろ、そっちの方が興味深いね」
「興味本位?……危険を承知で?」

 くっ、とシャーロウは喉を鳴らす。

「…危険、だって?…大いに結構じゃ…ないか。
 危険は成功の対価。危険無くして、見返りもありえない。
 …いや、違うかな…そうじゃないね。
 むしろ危険こそが、退屈な世界を彩る最高のスパイスじゃぁないかな?
危険中毒者リスクジャンキー……」
「…なるほど、それは言い得て妙だ。中毒……フフ、確かにね…」

 一体何がそんなに可笑しいのか、クスクスと笑い出すシャーロウ。
 やはり、ミラルドの周りに寄って来るのは変人ばかりらしい。

「それで、退屈凌ぎに私に声を掛けたってワケかしら?」
「ん?……いいや。まあ、人類唯一の《災害存在》がどんなものか、興味があったのは確かだけれど…」

 そこで一旦言葉を区切りると、ミラルドに顔を寄せ

「独りで、寂しそうにしてたから…構いたくなっただけさ」
「寂しい……?私が……?」
 不意に。
 それは、二重の意味での不意打ちで。
 シャーロウの左手が、ミラルドの手首を掴んだ。
「僕なら、その寂しさを紛らわせてあげられると思うんだ」

 そのままミラルドの身体を引き寄せる――
 互いの顔が近づいて、熱い吐息が双方の肌をくすぐり――

「貴方……酔ってるでしょう?」
「…大丈夫、怖くないよ…力を抜いて、僕に任せて――」
「人の話を――」



「きゃああぁぁぁあーーーーーー!!!!」



 突如、悲鳴が上がった。
 反射的に振り向く二人。その視線の先には――



 ゴミが。

 こんもりとしたゴミ――いや、ホコリ?の山が。
 何の前触れもなく唐突に、酒場の入り口に出現した。

 さらに。
 そのゴミの山は、あろうことかモゾモゾと動いていた。
「ひいぃぃぃっ!?」
 さては迷宮から迷い出たモンスターか?
 酒場内に緊張が走り――だがその空気を弛緩させるように、ゴミの塊が口を開いた。



「うふ……うふふっ……実に充実した時間でした~~~♪」



「え?」

 それは、聞き覚えのある少女の声。

 良く良く見れば、ゴミの塊と見えたそれには手足があった。
 頭もあった。ついでに言えば耳も尖っていた。

 勿体振らずに言ってしまえば、その塊とは――ホコリまみれの垢まみれでボロボロになった、ミューイだった。


 そのゴミ――もといミューイが、ミラルドの姿を見つけ駆け寄ってくる。
 トコトコ、と言うかモゾモゾ。一歩足を踏み出す度に身体からホコリの塊が転がり落ちている。


 周囲はドン引きだった。


 ミラルドは自分の頬がヒクヒクと痙攣するのを感じていた。
 だが、まぁ、一応、聞いておかねばなるまい。

「ミューイ、貴女……一週間も一体何してたの……?」
「ほえ?一週間? 確かに大仕事でしたけど……もうそんなに経ちますか?」

 下唇に指を当て、首を傾げて「う~ん」と頭を捻る半妖精の少女。
 普段の彼女なら可愛らしい仕草になったのだろうが、色々と台無しな状態だった。


 ――特に、体臭が。


「とりあえず、細かい話は……その格好をどうにかしてからにしなさいッ!!

 ミラルドは少女を掴み上げると、そのまま宿へ向かって一直線に駆けて行った。

「はわ、はわわっ、はわわわわゎゎゎゎゎわわわわわわ~~~~!?」

「ドップラー効果……」
 怪異が去った酒場に取り残されたシャーロウは、無意識な感想を漏らしてから、はたと気が付いた。
「…おや、逃げられた、かな?」




「ふにゃっ、やだ~~くすぐったいですよぅ~~」
「あーもう動かないで!ちゃんと洗えないでしょう!!」
「はぁ~~、これが命の洗濯というものなのですねぇ~」
「ハイ、今度はこっち向いて。まったく、自己管理がなってないんだから……」
「やんっ♪もうっ、変なトコ触らないで下さいよ~」
「あーハイハイ分かったから動かない動かない」
「ぶぅ~」



 それから一刻の後。

 一週間の垢を落としてスッキリしたミューイと
 妙に不機嫌なミラルドと
 変わらず薄笑い浮かべたシャーロウの、3人が酒場でテーブルを囲んでいた。

「……で、それが予想外に未整理だったんですよ!
 図書館とは名ばかりの物置、と言った風です。
 そこで私は、ホコリを被った本達を救出すべくですね……」

 ミューイが滔滔と陶酔混じりで語っているのは、この一週間の顛末である。
 しかし、それを訊ねた当のミラルドは既に辟易していた。

「……しかし苦労の甲斐はあったのです。嗚呼、やはり本は素晴らしいものです!
 それは過去から受け継がれた叡智の結晶であり、書き手の意識と思考が具現化した姿…
 本来は無味乾燥な文字の羅列に命を吹き込む紙上の錬金術!
 文と節とがハーモニーを奏で、物語を織り成す様はまさに至上のエンタテインメント!
 はぁ……本とは実に素晴らしいものです……
 お陰で魔法学院の蔵書の全て――苦も無く読破してしまいましたよ」
「フフ……面白い子だね」
「おぉ、分かってくれますか!ミラルドさんとは大違いです!」

「…………」

「でも残念ながら、古代文字は専門外なんだ」
「そうですか……それは残念なのです」
「良ければ今度、読み聞かせて貰えないかな?ベッドの中で
 どんな可愛い声を聞かせてくれるのかな……」
「うみゅ?」

「はいはい、漫才はそこまで」

 ミラルドは我慢できず二人の会話に割り込んだ。

「うみゅみゅ?ミラルドさん、何だかご機嫌斜めです?」
「…月に一度の日、なのさ。察してあげなきゃ…」
「なるほど!ミラルドさん『も』女の子ですからねぇ。うんうん」
「だから、漫才はもういいって――」

「それにしても」
 と、シャーロウはミラルドを無視して話題を切り替えた。
「君……ミューイは魔術師だったね。ミラルドは登録上、忍者。
 そして僕が盗賊――となると、足りないのは戦士系と僧侶系……
 神官戦士が居れば、バランスの良いパーティになるんだけどね…」

「!?シャーロウさん、ミラルドさんとパーティを組むつもりですかっ!?
 ――とても、正気の沙汰とは思えません。思い直すなら今のうちですよ?」


「……言うに事欠いてソレ?」
「ミラルドさんが《災害存在》たる由縁を知らないから、そんな事が言えるのです!
 いいですか?もしミラルドさんと組んだ日には、1階でシャウツビーストに襲われてパーティ離散したり、
 雇った傭兵に裏切られたりで散々な目に遭いますよ!」

 カウンターの隅っこで誰かがビクリと震えた気配がしたが、多分気のせいだろう。

「あるいは毎日毎日罠に引っかかり、毒の治療もできない上にお宝も見つけられず、
 さらには鑑定も失敗続きだったりするんですよ?!」
「それはどこぞのエルフの奥様よ」
「トドメとばかりに、3階で土管に潜ったら5階の地底湖に放り出された挙句、
 落とし穴に引っかかって6階まで落ちて戻ってこれなくなるに決まってます!」
「……いや、そこまで大胆でも無謀でも無いから」

「それは……フフ、とても愉快だね」
「何故に嬉しそうなんですかっ!?
 他人の不幸は蜜の味とは言いますが自身に降りかかれば災厄以外の何物でもないですよ!?
 ……もしかしてシャーロウさん、マゾの人なんですか?」
「おや、そんな言葉も知っているのかい?いけない子だね、それに失言だね。
 君は仕事とは言え、ずっと彼女と行動を共にしているんだろう?なら、マゾは君の方じゃないのかな?
 …ちなみに僕はサドだから、相性が良いのかも知れないね。試してみようか?」

「ええぇっ?何でそうなるですかっ!?
 いえ違います違うです私はマゾじゃないので謹んでご遠慮申し上げる次第です!」
「……だから、漫才はいい加減に――」


「おい、そこの白いのと黒いの二人組」

 二人の漫才を止めたのはミラルドではなく、小柄な騎士だった。
 柔らかな金髪を、右耳の上の一房だけを編んだミディアムヘアー。
 煌びやかな装飾の鎧に身を包んだ、気の強そうな少女――だが、その物腰は歳不相応の自信と威厳に満ち満ちている。

「貴様ら、見たところこの国の者では無いようだな。ならば先ず自己紹介が必要か?
 私の名はクロジンデ・オ・ゲイムニス。神の鎮守を与る神官騎士団の一員だ。
 もっとも――」
 クロジンデと名乗った少女騎士は、そこで意味ありげに言葉を区切る。
 その口元が、不敵に歪んだ。
「もっとも、口さがない者は私の事を“神殺し”などと呼ぶがな」
 年若い少女のものとは到底思えない、獰猛な笑みのまま吐き捨てる。


 『信仰』と言うものは思いのほか外敵が多い。
 それは権力者による弾圧であったり、異教徒との抗争であったりと様々である。
 故に、自衛の為の武力として『神官戦士』が存在する。
 だがそれは建前上の話だ。
 時にその力は、異端者や異教徒を排除する“暴力”として振るわれる。
 つまり、“神殺し”などと言う物騒な異名は、それら異端・異教側から見た場合の蔑称なのであろう。

 額面通りに解釈すれば、の話だが。

 だがミラルドは気付いていた。いや、ミラルドだからこそ・・・・・気付けた――と言うべきか。
 少女の瞳に宿る、強烈な輝きを放つ炎。
 それは、敬虔な信徒のものにしては苛烈に過ぎた。
 かと言って、盲信や狂信などの歪んだものではなく、むしろ真逆。
 信仰に拠らず、神に頼らず、己の意思と意志とを貫き通さんとする、強固なる信念。

 ある意味に於いて。
 少女とミラルドは同類であった。


 ふむ、と少女は改めてミラルドとシャーロウを見定める。
 首を動かすたびに、右耳の上で一房だけ編んだ髪が揺れる。
「貴様ら、それなりに腕は立ちそうだ―――なッ!!

 轟ッ!!

 空気が唸りを上げた、次の瞬間。
 ミラルドは椅子から立ち上がり半歩後ろに、シャーロウは隣のテーブルに飛び乗っていた。

「ほう?これを躱わすか――良かろう、合格だ」
 鮫のように笑うクロジンデに対し、ミラルドとシャーロウの表情は険しい。
 だた一人、ミューイだけが。
 自分の頭上を通過して行ったモノが一体何だったのか、理解できずに目を白黒させていた。


 それは、クロジンデが手にしたハルバードによる、横薙ぎの斬撃。
 一体何時の間に、そして何処から、彼女自身の身長より長いそれを取り出したのか?

 答えは、一つ。 ――最初から

 酒場に足を踏み入れたその時から、既に手にしていたのだ。
 ただそれを、攻撃に移るその瞬間まで意識させない程に自然体だった、と言うだけの話で。

「いきなり斬りつけるのが、神官騎士団とやらの流儀なのかしら?」
「はァん?殺さぬ程度には手を抜いたつもりだがな。
 まさか掠りもしないとは思わなかったぞ。フフン、鴉の群れにも鷹は潜むものだな」

「オイ、アンタら!揉め事なら外で――」

「な、なぁっ――何やってるんですかぁーーーーーっ!?」

 キナ臭い雰囲気を察して止めに入ろうとしたマスターの出鼻を挫いた絶叫。
 マスターだけではない。クロジンデを含めた3人、そして酒場に居たその他全員が固まるほどの大音声は――
 漸く事態を把握したミューイのものだった。

 その小さい体のどこからそんな声が出るのか、怒声を張り上げクロジンデに詰め寄る。

「あなたっ!いきなり出て来て一体何のつもりですかっ!?
 って言うか、ミラルドさんを何だと思ってるんですか?!
 《災害存在》ですよ《災・害・存・在》!!
 人間火薬庫みたいなミラルドさんを下手に刺激して、
 取り返しの付かない事になったらどう責任取るつもりなんですかっ!!」


 自分よりちみっちゃい お子様に怒涛の如く責め立てられ暫し思考停止状態に陥っていたクロジンデ。
 だが、ミューイが一息ついたところで漸く自分を取り戻す。

「――いや、いやいや。お嬢ちゃんこそ一体何を言っている?
 《災害存在》と言ったらアレだろう?全身が白い体毛に覆われた身の丈2メートルを超えるオーガ種の雌
 ざんばら髪を振り乱す見るも恐ろしい存在で、ドラゴンすら素手で殴り飛ばすと聞くが」







「ぷっ」
 シャーロウが堪えきれずに吹き出した。
 ミラルドはわなわなと震え、ミューイは腕を組んで唸っている。

 《災害存在》本人を知る身としてはあまりに酷い言われようだとは思うが、彼女の持つ数々の逸話を聞けば――話に聞いただけの人間ならば、果たしてどう考えるだろうか。
 確かにそれは、荒唐無稽にして人外魔境。とても同じ人間の所業とは思えまい。むしろこういう尾ヒレもついているのか、と今後の参考にも――

「まぁ、そんな事はどうでもいい」

「「「どうでもいいっ!?」」」
 3人がハモった。

「どうでもいいとはどう言う事ですか!?それは聞き捨てなりませんよッ!」
《災害存在》を捕まえて『どうでもいい』とは……フフ、これはまた……」
「―――――」

「私が欲しているのは有能な人材だ、出自や氏素性などに興味は無い。《災害存在》だろうが何だろうがな。
 重要なのは、共に戦い己の背中を預けられるか否か、ただそれだけだ。
 しかしそれも、相手の技量が分からんのでは話にならん。故に貴様らの腕前を試させて貰った。
 ――何か異論が?」

「……乱暴な理屈だ、とは思うけど……それなり、筋は通っているかな?」
 シャーロウの貌には、いつもの薄笑いが戻っていた。だが――
「もし、私達が躱わさなかったら、どうするつもりだったの?」
 問い詰めるミラルドを「はンッ!」と笑い飛ばすクロジンデ。
「そもそも見込みの無い者を試そうなどとは思わん。
 それに、私は神官騎士だぞ?治癒の術は心得ている」
「それはつまり――」
「死にさえしなければ、どうとでもなると言う事だ」

 ミラルドは軽い眩暈を覚える。
 フリーデリケも大概だったが、この少女騎士も相当のようだ。

「貴女……本当に聖職者? それとも、神官戦士って皆『こう』なのかしら?」
「はッ!《カラミティ》ともあろう者が、存外に気が小さいな。やはり見ると聞くでは大違――」

 少女騎士の発した禁句に、マスターは『またか』と頭を抱え、シャーロウは肩を竦め、ミューイはミラルドを止めようとして――全然間に合わなかった。

 白い影が獣のしなやかさで少女の懐に飛び込み、肉薄。
 足を踏み締め、身体を捻る――
 捩じる――!
 引き、絞る――!!

(!?しまっ――)

 咄嗟に飛び退き間合いを取る――が、ミラルドの方が僅かに早い!
 脚から腿へ、腿から腰へ、腰から肩へ、肩から腕へ、腕から掌へ――
 全身に加えた捩じりを、螺旋を、ただ一点に集中して―――――解き放つ!


ズドン!

 空気が震え、大地が鳴動し、クロジンデの身体を衝撃が突き抜けた。

 鎧姿の少女が木の葉のように舞い、軽々と吹き飛び――
「おぉおおぉっ!?」
 不安定な姿勢のままハルバードを床に突き立て、無理矢理に制動を掛ける!
「ぐっ――うっ……くぅっ!?」
 腕が軋み、骨が歪み、ブチブチと腱が切れる。全身の細胞が悲鳴を上げる。
 間一髪、壁への激突こそ免れたが――

「かっ――はっ――……」

 吐血。

 目の前が真っ赤に染まる。

「そもそも一方的に試そうって魂胆が気に入らないんだよっ!
 そんでコイツが俺からのお返しだ。ま、手加減なんてしてねぇけどな!」

 凄惨な笑み、その凶貌の主は―― 災害存在Calamity

「――ミラルドさんっ、やり過ぎです!!」

 赤く、紅く。
 世界が血の赤に沈んでゆく――

「……おや、自分が気絶したら……もあったものじゃな……」

 鮮血が黒く凝り固まってゆくように
 世界はやがて黒一色に染まり――

「……って、……んでしまいますよ!?」

 暗転。








 その後。
 宿のベッドで目を覚ましたクロジンデは、ミューイにこっ酷く叱られたと言う。

 ……主に《災害存在》への接し方について。


 ちなみに。
 加害者の方も半泣きのミューイに叱られ通しだったのだが、ある意味いつもの事なので割愛。

 教訓:泣く子にゃ勝てない。





 明けて、ドワーフの酒蔵亭。
 ミラルド、ミューイ、シャーロウ、そしてクロジンデの4人がテーブルを囲んでいた。

「まぁ、その……何だ」
 微妙に気まずい沈黙を破ったのは、クロジンデだった。
「貴様ら――私と共に来い」
「……アバラを全部折られた上に内臓破裂で死に損なったその翌朝に、加害者へのラブコールなんて…
 これはまた、無頓着と言うか豪胆と言うか――フフ、惚れてしまいそうだね」
「寄るな、撓垂しなだれ掛かるな、耳に息を吹きかけるなっ、鬱陶しい!」

「本気ですか!?思い直すなら今のうちですよ、もしミラルドさんと組んだ日には1階で――」
「その話はもういいから」
「昨日も言ったと思うが――」
 ボケ&ツッコミを無視してクロジンデは続ける。
「私が欲しているのは有能な人材だ。この際、素行や人格的な問題には目を瞑る。過去の遺恨も同様だ。
 貴様らの実力は承知した。唯一、懸念材料があるとすればこのお嬢ちゃんだが……」
 チラリ、とミューイを一瞥する。
「お嬢ちゃんじゃありません、ミューイです!
 それに私は、皆さんよりもずっとずぅ~~~~っと、お姉さんなんですよ!?」
「はいはい、分かったから。ミューイお姉ちゃんはちょっと黙ってて」
「ぶぅ~……」
 ミラルドに軽くあしらわれて不貞腐ふてくされれるミューイ。
 自称『お姉さん』の説得力は皆無だった。
「ま、こんなだけど、魔術師として一人前レベルなのは私が保証するわ。
 つい数ヶ月前までは初歩の初歩、『光源』の魔法しか使えなかった使えなかったんだけど……
 それを考えると……天才的な才能の持ち主、なのかも知れないわね」
「そんな、『天才』だなんて褒めすぎですよぅ……えへへ」

 謙遜しつつもすっかり上機嫌のミューイ。この辺の扱い易さが『お子様』たる由縁なのだが、当の本人は全く気付いていない。何故なら『お子様』だから。

「――でも私は、貴女と一緒に行くなんて了承したつもりはないわよ」
「何が不満だ?まさか『自分より弱い者とは組まない』などと言い出すのでは無かろうな?
 貴様ほどの使い手、この街に集まった冒険者の中にどれだけ居るか……それともまさか

 『ミラルドお姉様、私と一緒にワイズマン討伐に行って頂けませんか?(裏声) 』

 ――と誘われないと嫌だ、と?雰囲気重視とは、案外ロマンチストなのだな」
「……ど、どこをどう解釈したらそうなるのよっ!?」
「…僕は、悪い話で無いと思うけどね」
 傍観を決め込んでいたシャーロウが、ここに来て口を挟む。
「君をパーティに誘おうなんて剛毅な御仁、この先現れる保証も無いし。
 それに、君が行かないと言ったらミューイも君と一緒に残るだろう?
 君はともかく、この子が酒場に長居するのは、あまり宜しくないんじゃないかな?」

 それは確かにそうだった。
 ワイズマン討伐のために集った冒険者、それが迷宮に挑まず酒場に入り浸っていれば、自ずと不信と不興を買うだろう。要らぬ騒動の原因ともなりかねない。
 尤も、ミラルドの周りでは常に要らぬ騒動ばかりが巻き起こるのだが、自分から騒動の種を蒔くのは本意ではない。

「別に、無償の奉仕を期待しているわけではないぞ。
 私は未だ一介の神官騎士の身だが、出来うる限りの報酬は約束しよう」
「金だとか、地位とか名誉とか、そんなものには興味はないけど――」
「ならば何が不満なのだ?――いや、そもそも何故、ワイズマン討伐などに参加したのだ?
 貴様は、地位も名誉も興味が無いと言ったな。ならば、何を求めてここへ来た?」

「私は…………」

 一体、何を期待していたのか?

 彼女の周りで起こる『災厄』は、その全てが彼女の外より『来た』ものだ。それなら逆に、自ら『災厄』の中へ飛び込む事で現状の打破が出来るのではないかと――そう、淡い期待を抱いてはいなかったか。

(だったら――)

 ミラルドは顔を巡らせる。

 責めるような視線で射るクロジンデ。
 ニヤニヤと興味深げなシャーロウ。
 3人の間でオロオロと落ち着かないミューイ。

「まるで私一人が駄々を捏ねてるみたいに思われるのは、心外ね」
「…ただの我侭じゃなかったと、そう言いたそうに聞こえるね」
「あぁ、煩い!……分かった、分かりました。良いでしょう、貴女と一緒に行きましょう。
 さ、そうと決まれば早速出発――で、いいのよね?」
「そうだな、我々は大分出遅れている。急ぐに越した事は無い」
「…これは、楽しくなりそうだね…」


 慌しく出発の準備に入る3人に、仲間外れが約一名。
 天を仰ぐように呟く。


「……しかしそれは甘いのです。確かにミラルドさんは強い人ですが、そんな事は二の次なのです。
 私は知ってるのです。ミラルドさんが絡んだら、どんな事だって、なるようにならないのです。
 お二人には、まだそれが分かっていないのです……」


「ミューイもボケーっとしてないで、さっさと準備しなさい!」

 自分を呼ぶその声が半ば自棄気味に聞こえたのは、ミューイの気のせいだろうか。

《この門をくぐる者、全ての希望を捨てよ》なのですよ……」




※作者注

この作品は、キャラ募集時の仮登録~本登録までのタイムラグをネタにしたフィクションです。
実在のキャラ、および設定とはあまり関係がありません。


多分……