三月二十六日
  ダンジョン生活十九日目。
  #25、ナジャパーティと遭遇する。階段を登り地上へと帰還。
  パーティを再編成し、再びリーダーとなる。
  新しいパーティメンバーに合わせて演算魔法を改良。
  以降はこの演算魔法ver1.04を試行。





「保護してやろうか?」
「冗談が上手いな」

 そう云って私は笑いかける。
 相手もそれを見て、不敵に笑う。
 挨拶はそれだけ。
 しかし、それだけで十分だ。
 彼女は行く道。私は戻る道。
 それがたまたま交差したぐらいで、私達は自分の選ぶ道を変えたりはしない。
 例え、その報いが自分の身を焦がす事に為っても。



 酒場に戻ると、丁度良くメンバーの募集をしている人間が居た。
 顔と鎧に傷の在る戦士で、得物はハルバード。
 伸ばしっぱなしの髪が邪魔にならないよう、頭に布を巻く事で対処している。
 良く云えば無骨。悪く云えば洒落っ気が無い。
 多少くたびれたようにも見えるその外見から、年齢は二十代後半と云った処か。

「そう言う訳で、私とパーティを組まないか?」

 それに対し、同じく帰還したばかりであろう三人の女冒険者は承諾する。

「悪いが、戦場では何よりもバランスが大事なんだ」

 しかしその内の一人は条件が合わなかったようで、丁重に断られた。
 そして私に話が振られる。

「見たところ、賢者らしいな。一緒に行かないか?」
「喜んで」

 どちらにせよ、酒場で燻っている積もりは無かった。
 だからこれは好都合。

「これで四人集まったな。よろしく頼む」

 そう云われ、初めて他のメンバーの方を見て、そして気付く。

「あ」

 茶髪のショートカット。扱い易い長さの剣。
 最低限急所部分だけを覆う部分鎧に、実用的な片腕だけのガントレット。
 動き易そうな膝まであるブーツ。
 あの時とは微妙に恰好が変わっているが、それぐらいで忘れたりはしない。

「あんたはっ!」
「久しぶりだな」

 そう、快くムカデの詩集を譲ってくれたティーチだ。
 何もかも懐かしい。

「あんたは、あんたはっ! あんたの所為で、あたしがどれだけ肩身の狭い思いを」
「私だけの所為ではあるまいに」
「あの後、地底湖では無理矢理脱がされるし……」
「むしろそれは、私じゃなくてお前の仲間に問題が」
「変なカニには絡まれるし……それで踏み潰して甲羅を剥ぎ取るし……」
「私なら鍋にするな」
「暗闇の迷宮では、変な商人に売り飛ばされそうになるし……」
「ディンブラ・パーティが六階でヤミ商人に取引を持ちかけられたよ……♪」
「歌うなっ! とにかく、あんたの所為であたしは大変だったんだっ!」
「そうか、ではこれからも大変だろうけど宜しくなリーダー」
「もうリーダーはいーやーだー」

 そんな遣り取りをしていると、傷の戦士に不思議そうな顔で訊かれる。

「知り合いか?」
「どちらかと云えば、加害者と被害者の関係が妥当だろうな。これからは仲間だが」
「仲間になっても、加害者と被害者の関係が続きそうなのは気の所為だよね」
「黙れ非忍」

 そう云ったのは、ずっとティーチとパーティを組んでいた元盗賊。
 15と書いてフュンフツェーヌだ。
 昔はまだもうちょっと大人し目な恰好をしていたハズだが───。
 カブト虫の角を模した飾りがついたヘッドバンド、顔を覆う半透明の嘴状のバイザー。
 口元を隠す忍者風の黒い布。首元を隠すウエスタン風の荒いスカーフ。
 開襟の肩アーマー。黒い布を巻いただけのような上着に、黒のスパッツ。
 腰にどでかいベルト。太ももにもガーターとは呼べない太すぎるベルト。
 靴は左右非対称。破れて分解してるようなジーンズパンツ。
 右手にはガントレット、左手には鉄甲。トランプ状の飾りがついた得物らしい鎌。
 鎧についてる羽のようなオブジェ。膝当てについてる鰭のようなオブジェ。
 ツギハギだらけの腕。長い髪を包帯でぐるぐると束ねている。
 余りに特徴的過ぎて、敢えて視界に入れたく無くなる程の存在感。
 一言で云うと、それは変態だった。
 二言で云うならば、それは物凄く有り得ない、変態の中の変態だった。

よっ、今回のメンバーはお前達か……よろしくなっ! って何後輩が出しゃばってんだよテメー!? まあ、これも何かの縁です。よろしくお願いしますよお嬢さん方……一つ言っておく、俺の強さは泣けるぞ? よろしくねー。だからお前等、出しゃばるなと何度言ったら……」

 噂には聞いていたが、実際聞いてみるとなかなかインパクトが在る。
 傷の戦士は目をぱちくりとさせていた。

「あー……こいつもいつもこんな感じだから……腕は確かだけど」

 フォローに入るティーチ。一番付き合いが長いものな。

「腕は確かで面白い。素晴らしい事じゃないか」

 私がそう評すると

「面白いで片付けるのか! これを!」

 と瞳に涙を浮かべながら訴えられた。
 色々在ったのだろうな。察するが無視する。

「とにかく、これからよろしく頼む。私はグレイス。フリーランスの傭兵として各地の戦場を転々として来た。得意なのは防衛戦と撤退戦だ」

 成る程。仲間を守る事で最大限力を発揮するタイプか。
 この手の前衛は悪く無い。
 
使い捨てる駒としてはな。
「あー、あたしはティーチ。なりたての魔法戦士。好きなことは楽しいことで、嫌いなことは楽しくないこと。そこの馬鹿とは何だかんだでもう一月近く一緒かな」

 そう言って、ティーチは十五の方を指す。

「長く組んだ相手とは連携が取りやすい。いいことだ」

 グレイスがそう云うと、ティーチは諦めたように溜息を一つ。

「言語的な連携が取れるなら、そう思えたかもね……」
「取れてない訳ではないだろう。ああ、全部俺に任せておけ! 今まで問題なく過ごして来たことが、その証左とならないでしょうか。別に、そんなもんやってる内に分かるだろ。……。別に、これからも機会はたっぷりあるのだし無理して喋らなくても。だからお前等、黙っていろと……」

 これで六人、か。情報が確かなら、後九人若しくは十人居る事になる。
 それは大きな可能性だ。
 そして、大いに興味が在る。
 自分で似たようなモノを作る時の参考になるかも知れない。

「……フュンフツェーヌ。全部合わせてフュンフツェーヌだ。クラスは忍者。まあ、忍者なのは俺だけだけどな

 注意して聞いていると、それぞれ微妙に抑揚が違う。
 そして、それら一つ一つが人間一人分程度のパーソナリティを持っているようだ。
 偽装人格では無く、本当に人格として尊重し存在していると見える。
 ならば、演算魔法で或る程度の聞き分けは可能だろう。
 後で分析し、軽く改良してみるか。

「私はシャノアール、賢者だ。今まで酷い事をして来たし、つい数日前も酷い事をした。けれど、意味も無く仲間を売るような真似はしない」
「腕は確かだと聞いている。利害が一致するなら、同じ場所へ向かえるだろう」

 グレイスはそう云った。
 金次第でどちら側にでもつくが、仲間はその身を挺して守り抜く。
 それが彼女の戦闘論理、か。
 信用出来るタイプだな。
 少なくとも、何を考えてるのか解らない連中よりは。

「地図やアイテムは一通り持っている。他に持っている者は居るか?」

 テーブルの上に地図やアイテムを並べながら訊ねると、三人とも首を横に振る。

「それじゃあ、これはリーダーが預かってくれ」

 云ってティーチを見る。

「え、あたし!?」
「実力、名声共に申し分無いだろう」

 私がそう云うと、グレイスは頷く。しかし十五は肩を竦めて見せた。

ティーチに任せると、一週間後には何も無くなってるじゃないかなー。きゃはははは
「ぐ……。あたしだって魔法が使えるようになったりして、一皮剥けたのよ?」
「それじゃ任せたぞ、リーダー」

 云って、テーブルの上の物をティーチの方へと動かす。

「何にせよ、覚悟だけは済ませておくことだ」

 グレイスは、そう云ってティーチの方を見つめる。
 沈黙。

「……そうね。覚悟を決めて、リーダーはシャノアールに任せるわ」
引くも地獄、進むも地獄という立場ですか。大変ですね、ティーチさん
「誰の所為だと……」
自分の所為だろ?

 十五は、そう云ってティーチの頭をぐりぐりとする。
 ティーチはティーチで、嫌がりはするものの本気で嫌がってはいない。
 仲が良いな。一月も生死を共にすれば、それぐらい当たり前なのかも知れないが。

「覚悟とは、暗闇の荒野に進みべき道を斬り拓く事……だっけか」

 呟いて、窓から空を見る。
 月明かりに照らされたそれは、暗闇とは云えない。
 何となく。
 愉しくなりそうな気がした。



 外に出ると、月に雲が掛かり薄暗くなっていた。
 だからか、月が赤く見える。

「こんなにも月が紅いから……だっけか」

 詩の一節を詠みながら、夜の街を徘徊する。
 治安が悪化している為か、全くと云っていい程人気が無い。
 白昼堂々、大量のならず者達が横行したりするのだから当然か。
 腕に自信の在る者でさえ、数の暴力には屈する事がまま在る。
 優れた君子は危うきになど近付かないものだ。

「こんな中散歩するのは、余程の酔狂者か……何か特別な目的を持つ者、か」

 月に照らされて出来た物陰の闇に視線を這わす。
 文字通り猫の目のように開く私の瞳孔は、そこに佇む人間の存在を視た。

「久々に遭った娘の姿はどうだった、ヤカツ」

 呼ばれて薄暗い月明かりの前に出たその影は、黒く、そして紅かった。
 長命種たるその長く尖った耳の前では、年齢予測などあてにならない。
 しかし少なくとも、それは私が生まれる前から存在している事は知っていた。

「相変わらず無能で、相変わらず鈍い。吐き気を催すほど愛らしいよ、スーは。未だにアレを過失と思いこみ続け、私を優しい義母だと信じて髪の毛一筋ほども疑ってない」

 誰だって、弱っている処では気が緩む。
 そこを優しく抱かれたら、信頼と云う感情を得る。
 本当は、誰が弱らせたかも考えぬまま。
 自分で雇ったならず者に女を襲わせ、それを自分で助ける事により心を得るのと同じ。
 古典的な、本当に使い古された手法だ。それだけに効果の程は折り紙付き。
 多分あの娘は一生この女を敬い、感謝し、尽くすのだろう。
 そして、それで幸せなのだ。

「しかし奇縁だな。あのような場所で遭遇するとは思わなかった」
「お前のことを覚えていたかね、黒猫」
「いや。だからこそ瞳に走る怯えの色は悪く無かった」

 全ての真実を知った時、きっとそれはもっと良い色になるだろう。
 それを見たい。
 ただそれだけの理由で手駒の一つを破壊するのは、負わされる責任の方が少々重いか。
 別に、他にも良質の素材は幾らでも落ちているしな。
 戦時中のクルルミクと云う、この特殊な空間の中では。

「無理もない。乳飲み子の頃だったからな」
「お前に拾われるとは運のない赤子だと思ったよ」
「違いない」

 確か、金髪だったら貴族の子と偽って或る家を破壊する材料に。
 器量良しだったら奴隷として売り飛ばそうとしていたのだっけか。
 そのどちらでも無かったから、今の形に落ち着いた。そう聞いている。
 果たしてそれは幸運だったのか。それとも不運だったのか。
 
生かされただけで幸運だと、そう思うがね。
「余りの無能に解放したと思ったが。冶葛の眼鏡に叶ったのかね?」
「ああ。本人は極めて無能だがね。あいつのうろつく場所には、稀有な人材が必ず居る。まるで磁石だな」
「あれだけ駒を育てて、まだ足りないか」
「人を育てるのは面白い。水の与え方一つで、ときに本質を歪ませるほどに育つ」

 人の命を草木程度にしか考えないそのスタンスは相変わらずか。
 いや。
 そうで無ければ、そもそも私の前に姿を現す理由が無いか。
 生きてるだけで有害で。
 横切るだけで人を不幸にする、この私の前に。
 だからこそ利用価値があるのだと、彼女は云った。
 だからこそ利用価値が在るのだと、私は云った。
 この悪夢のような関係は、もう百年以上も続いている。

「さて、そろそろ私は失礼しようか。お前と違い暇と云う訳でも無い」

 伸びをして、歩き出す。
 明日も朝から探索だ。今度戻って来られるのは、何時になるやら。

「願いは果たせそうかね、黒猫」

 迷宮は奥深く、そこに辿り着けるかも解らない。
 また、そこに自分の希みが在るとは限らない。
 それどころか、そこに辿り着けるまでに今度こそ果てるかも知れない。
 だが、それでも。

「此処で果てるもまた一興」

 私は愉しんでいた。
 欲望が渦巻くこの迷宮を。この世界を。
 間違い無く私は愉しんでいた。
 例え、此処で果てるとしても。

「幸運を、黒猫」
「良い買い物を、ヤカツ」

 そして私は夜の闇に紛れ、宿へと戻った。
 
……この世界には全てが在る。
 この世界には希望だけが無い……だっけか。




 三月二十七日
  ダンジョン生活二十日目。
  #14と#19、ラファパーティとフィアリスパーティに遭遇する。
  Cコインを用いて一階から三階へ。
  ならず者を十二人焼き払う。
  他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。





 私達はダンジョンを進んでいた。
 黙々と。もぐもぐと。

「……何で団子なんか食べてるの?」

 団子を食べながら歩いている十五に対し、ティーチは尤もな疑問を口に出す。

「ん、喰うか?」
「……うん、頂戴」

 一串手渡され、ティーチははむはむと食べ始めた。
 いいな、私も欲しい。
 ちょっと物欲しそうな顔で十五の方を見てみる。
 気付かない。無駄だったか。

「で、何で団子なのよ? 美味しいけど」
それは当然、日持ちしない食料から消化して行こうという私の提案です
「そもそもダンジョンに団子を持って来るというのが疑問なんだけど」
それは俺の好物だからだ

 そんな会話を余所に、グレイスは黙々と斥候の役目を果たしている。
 例え安全圏と云えども油断はしない、か。
 仲間に一人ぐらい居ると便利なタイプだ。
 油断が大敵なのは知っているが、ずっと神経を張り詰めて居てはその内倒れる。
 休める内は休み、手を抜ける場所は手を抜くのが私の生存術だ。
 中には無意識の内に周囲を完全に警戒して過ごす者も居るけれど。
 そんな達人のような真似、私には出来無い。

「気を付けろ、誰か来るぞ」

 グレイスがそう云って、武器をいつでも振れるよう躰に力を込める。
 ティーチと十五は団子を急ぎ食べると、串をその辺に投げ捨てた。
 私も味見ぐらいしたかった。
 さて、来るのは敵か、それとも冒険者か。
 歩いていると、二組合計八人の冒険者が見えて来た。
 あれは#14、ラファパーティと#19、フィアリスパーティだ。
 そう云えば昨日、酒場で見かけたっけか。
 二組とも言葉を発せず、そのまま擦れ違う。
 お互い挨拶も無しだ。
 正義の味方様からすれば、私達とは喋る事も無いと云う事か。
 しかしそれは早計だったようで、擦れ違った後にラファはこう云った。

「うっわ、縁起悪っ。誰か塩持ってない?」

 プッツ─────ン! そう音が聞こえた気がした。

このヘアースタイルがサザエさんみてェーだとォ?
「いや、誰もそんなことは言ってない」

 いきなりキレだした十五に対し、ティーチは律儀にツッコミを入れる。

確かに聞いたぞコラ────────ッ!
「いや、だから誰もそんなことは言ってないって」
どこ隠れやがったあ────スッタコがぁ〜〜〜〜ッ
「うわっ、危ないな」

 壁をパンチで破壊し始めた十五。
 ティーチはそれをひょいと避ける。流石、身が軽い。

けなすやつあ ゆるさねえ〜〜〜〜何者ンだろーと黙っちゃあいねえッ!
「確かに塩まいとけとか、感じは悪かったけど。別に直接けなされた訳じゃ」
少しは落ち着いて下さい。だから貴方は単純馬鹿と言われるんですよ
「ああもう、何が何だか」
ははっ、喧嘩するほど仲がいいって奴だな
「いや、うん。何か釈然としないものを感じる」

 呆れた様子で溜息を吐くティーチ。
 しかし、それすらも慣れているように見えるのは気の所為だろうか。
 それはともかく、云われっぱなしで黙っていては女が廃る。
 そう思い、壁に赤の塗料で文字を書く。

 
←ビッチ在中

 こんな処か。

「……別に構わないが、な」

 それを見て、グレイスが眉を顰めながら云う。
 しかし、止める気は無いようだった。

「いいから、早く進もうよ」
「そうだな」

 ティーチに促され、私達は再び歩き出す。
 直ぐに階段と転送装置が見えて来た。
 Cコインを取り出し、親指でそれを弾く。
 グレイスはハルバードを持ってない方の手でそれを受け止め、装置へと嵌めた。
 一瞬にして三階まで運ばれる私達。
 
ふと、二階のドワーフの事を思い出す。悪いね、飛ばしてしまって。
「探索の為の装置とも取れるが、本当は幾つもルートを作る事に因って冒険者達を分散させ……各個撃破する為の物かもな」

 そう云って、一緒に転送されて来たCコインを装置から外す。

「そうだとすると、余り楽しい話じゃないね」

 ティーチが律儀に相槌を打ち、嘆息する。

「世界は悪意に満ちているのさ」
 
そして、それを知っていれば利用出来る。善意だろうと、悪意だろうと。
 ふと、十五が転がってる石を拾い上げる。
 そしてそれを六フィート程先の床石に向けて思い切り投げつけた。
 瞬間、床石が滑り台へと早変わりし、石が地下四階に転がり落ちると再び閉じた。

何にせよ、降りかかる火の粉は払わねぇとな
「違いない。……処で、本当に先を急ぎたいならそのシュートから降りてみるのが一番早いと思わないか?」

 前から思っていた事をもう一度聞いてみる。

「それで湖の中に落ちて、そのまま浮かんでこなかった冒険者もいるって話だけど」

 ティーチがそう言う。四階から落ちれば、確かにそうなる可能性が高いか。

「正規のルートを使うのが一番、ということだろうな」

 そう言ったのはグレイスで、実に堅実な意見だった。
 堅実なだけでは、私の目的は達成出来るかどうか怪しいのだけど、ね。

おや、誰か来ますよ

 明かりに照らされて見えるのは、白衣姿の配管工。
 ドクトルプランバーだった。そう私が認識する頃には、それに飛びかかる獣のようなシルエットが見えた。
 次の瞬間には、それをドクトルプランバーに飛び掛かり真っ二つにしたティーチの姿だと理解する。

「何だ、他愛ないね」

 そう云って剣を振るうと、付着した血糊が綺麗に壁へと飛んだ。
 それを白衣で一拭いすると、鞘へと仕舞う。
 出る幕が無かった以前に、呪文を詠唱する間も無かった一撃。獣の反応速度。
 それが私に向けられたら、何かを呟く前に首が飛ぶ事だろう。

「見事だな」

 両手を五回叩き、軽い拍手を贈る。

「別に、特別なことは何一つしてないけど?」

 我流の自然体、か。
 人間も動物だ。
 動物は本来、身を守る事や敵を倒す事に躊躇しない。
 そして、肉食動物の多くは戦いや虐殺を愉しむよう本能が備わっている。

「気を付けろ。まだ何か来る」

 思索に耽っていたが、グレイスの警告で意識が引き戻される。

案ずるな。一人では何も出来ぬ屑の群れだ
「人海戦術と云う、立派な戦術だろうさ」

 そう云って、私はいつも通り呪文を紡ぎ始める。

「余り楽しくないんだよね。手応えない割に汚れるから」

 ティーチは鞘に仕舞った刀身を再び露わにすると、そう呟いた。
 
扱い易いのが二人で、得体の知れないのが一人か。
 悪く無い。




 三月二十八日
  ダンジョン生活二十一日目。
  煤にまみれた配管工に詫びとして書きかけの地図を貰う。
  階段を降りて四階へ。
  モンスターに遭遇する。ならず者を二十八人焼き払う。
  他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。





 通路の先で、煤にまみれた配管工が笑いながら手招きしていた。
 その横には人が立ったまま通れそうな太さのパイプが壁の向こうに埋没している。

「入ってみろよ。近道出来るかも知れないぜ?」
「前回はそれで近道出来たな」

 配管をポンポンと叩いている配管工の元へと行く。

「行くぞ」
「……余り気が進まないな」

 グレイスが渋い顔をして配管に収まる。

「いいじゃない、楽しそうで」
「……お主がそう言うのなら」

 続いてティーチと十五が収まり、最後に私が入った。

「行くぞっ、せーのっ!」

 配管工はバルブを捻り、大量の水が私達に押し寄せる。
 私達は水に流され……流され、そして一巡して元の場所に戻って来た。

「ありゃ?」

 ずぶ濡れになった私達を見て、配管工は間抜けな声を上げる。

「……まあ、変なことにはならずに良かった」
水も滴るいい女ってかー

 配管工はぽりぽりと頭を掻きながら、地図のような物を取り出す。

「すまねえな、これやるから許してくれよ」
「いいって、水浴び出来てさっぱりしたし」

 ティーチはそう云って屈託無く笑った。

「くれると云うなら、有り難く頂くとしよう」

 配管工から受け取った地図のような物を見定める。
 これは書きかけの地図だな。これで五階を探索する手間が省けると云うモノだ。

「悪く無い。これで殆ど五階の地図も埋まった」
「やったね!」

 結果オールライト。何も問題は無い。
 私は速乾魔法を唱え、全員分の服を乾かす。

「金属製品等は、ちゃんと拭いておいた方がいいぞ」

 私に云われるまでも無く、グレイスはボロ布で自分の得物の手入れをしていた。
 戦場では些細な事が命取りになると、そう云う事だろう。

「ほら、使えよ」
「へへっ、ありがと」

 十五が持っていた手入れ用布を放ると、ティーチはそれを受け取り剣に残った僅かな水気を拭い始めた。

「さて、それでは行くぞ」

 歩いて行くと、程無くして階段が見えて来る。
 地図に間違いは無い。
 私達は注意深く階段を降りて行き、迷宮の奥深くへと入って行った。



YEAH! お宝発見だぜ兄弟!
「だから、何処に男が居るんだよ……」

 律儀にツッコミを入れるティーチ。最早気にしない事にしているグレイス。
 そして、それらを微笑ましく見守る私。

「ふむ……忍者としてこの装備は正解だったな」

 見つけた装備品は忍者用で、十五はそれを身に着けていく。
 相変わらず奇妙な恰好だ。一部は素材の見当を付かない。

「しかし……お前のその恰好、何なんだ?」
「ん、何か問題が?」

 私が笑いながら訊ねると、十五はそう答える。

「どう考えても忍者らしい恰好では無いだろう」
「そうか? これでもサイトを回って資料を集めたのだが」
「……サイト? ……資料?」

 文字通りこの女には電波が飛んで来ているらしい。
 この女を制作したマッドサイエンティスト達に乾杯。

「なんでもこの恰好だと科学忍法なるものが使えるらしい」
「科学? 忍法?」

 忍術の一部は巧妙な化学変化だと聞いた事は在るが。
 聞きかねたティーチが助け船でも出すように近付き、云う。

「いや……こいつの言うことを鵜呑みにするとろくなことが……」
「黙れ非忍。悔しかったらワイズマン一人で倒して来い、三時間以内に」
「……もう、何が何だか」

 ティーチは頭を抑え、溜息を吐き出す。

「で、ライダーとガッチャマン。どっちで呼んで欲しい?」
おや、ご存知だとは驚きですね。当然ライダーで頼む
「そうか。宜しくな、ガッチャマン」
待てやテメェ!?

 それを見て、ティーチは両手で頭を抱え込んだ。

「シャノアールまで壊れた……」
「……失礼な」

 真実を知る者は、知らない者からは狂ったと認識される。
 それが魔導の世界の真理であり、太古からの慣例だ。
 解決法は唯一つ、理解を求めない事だ。
 
そもそも私は、貴重な真実を分けてやろうと云う気にならないがな。
「此処はそれなりに安全なようだ。今日はこの辺りで休まないか?」

 グレイスの提案に私は頷く事で答える。

「それじゃ、あたしが最初の見張りをやるよ」
「それでは私は最後を。間は任せたぞグレイス、ガッチャマン」
ガッチャマンって言うな!

 私はその声を無視し、寝具にくるまり意識を手放した。
 
……怪物と戦う者は、その過程で自らが怪物と化さぬよう心せよ。
 お前が長く深淵を覗くなら、深淵もまた等しくお前を見返すのだ……だっけか。




 三月二十九日
  ダンジョン生活二十二日目。
  #32、リエッタパーティと遭遇する。
  階段を降りて五階へ。湖の渡し守に遭遇する。
  ぼったくり渡航券とBコインを手に入れた。
  モンスターに遭遇する。ならず者を八人焼き払う。
  他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。





 私達は龍神の迷宮の四階を進んでいた。
 前方から近付いてくる明かり。

「多分、冒険者だ」

 グレイスはそう言いながらも、ハルバードをいつでも突き出せるよう躰に力を入れる。
 重さで薙ぎ払う武器だからな。斬る武器とは根本的に扱いが違う。
 各々準備して歩いて行くと、女冒険者達が見えて来る。
 確かあれは#32、リエッタパーティだ。
 先頭に神官戦士リエッタ、魔法戦士のキルケー。後方に忍者の黒曜と賢者のタンを据えたバランスの良いパーティと云える。
 私達とは話す事も無いのか、リエッタ達は何も言わずに通り過ぎて行く。

「お友達は今頃、名も知らぬ男の上で腰を振っているだろうな」

 だから。私はそう、擦れ違い様に半獣人の娘に囁いてやった。
 動きを止め、震え出すタン。良いね。とても良い表情だ。
 そんな良い表情で反応されると───
心が騒ぐ。

「さて、先を急ごうか」

 壁に大きな矢印を刻み込んでからそう云う。

「……知り合い?」

 私の囁きが聞こえたのだろう。ティーチがそう訊ねて来た。

「参加する冒険者の情報は全員分調べて在る。特に、賢者と名の付く者は」
「なるほど」

 その回答で満足したのだろう、ティーチはそれ以上何も聞いて来なかった。
 代わりに。

「どうした、ガッチャマン?」
「……別に」

 敵意。殺意。それらが綯い交ぜになった心地良い視線を十五が送って来た。
 おやおや、お前もあの半獣人が大事な口か?
 自分の事を理解してくれる、受け入れてくれると錯覚している口か?
 向こうは正義の味方で、こっちは悪の体現者。
 良く知らないから拒絶されないと云うだけで、深く知れば相容れないと解るのに。
 全く愚かしい……愚かしい美しさだ。
大好きだよ、そう云うの。

「それなら、仲良くやろうじゃないか」

 私は心からの笑顔を向けそう云うと、階段に向かって進んで行った。
 今日は良い日だ。
 
心より愉しめる絶望と悲観、そして憎悪と怒りが見られたのだから。
 負の感情は、人間と云う芸術品を一番輝かせる。深く、昏く。


 階段を降りると、そこに見えるのは相変わらず大きく横たわる地底湖。
 暫く待つと、湖の向こうから船影と人影が現れる。
 それは小さな小舟と、ボロボロのローブを纏った骸骨で。
 骸骨は小舟を岸に着けて乗り上げると、またこう云った。

「久々のお客さんだな。どれ、向こうに連れてってやる。宝剣を渡しな」
「だから無いと云っているだろう。その頭には見た目通り何も入って無いのかね貴様?」

 そう嘲るように云うと、骸骨はカラカラと笑った。
 骨と骨を鳴らす、肉が在っては不可能な笑い方だ。

「カカカ、冗談だ冗談。あんたらが国主継承儀式の参加者じゃ無い事は判ってるよ。しかし俺もこれが仕事でね、タダで通すわけにはいかないんだ。ふむ、そうだな……」

 恒例の値踏みタイム。
 この骨は、眼球が無い割に見る目は確かだ。

「あんたら 二人、いい装備してるじゃないか。それなら王家の宝剣と同等の価値があるぜ。誰か一人、一揃いで俺に譲ってくれたら通してやるよ」

 骸骨が指したのは、私と十五。予想通りだ。

「脱げ、ガッチャマン」
俺かよっ! これはなかなか貴重な装備でな
「いいから脱げ。今のお前等は、何も持たない方が強いんだからな」

 十五は舌打ちをすると、がしょがしょと己の装備を全て外し……骸骨に手渡した。

「カカカ、毎度あり! ほらよ」

 投げて寄越されたパスを受け取る。
 髑髏の意匠が施されている、なかなか悪趣味な物体だ。

「そいつを湖に浸せば、三十三分間だけ湖の水は割れる。その間に渡っちまいな。何度でも使えるんだ、支払った分だけの価値はあるだろ? ……ああ、たまに俺に代価を支払ってない奴がどさくさに紛れて割れてる湖を無断で通っちまう事があるんだ。とっちめてやりたいから、見つけたら教えてくれよ」
「面倒だから嫌だ」

 それを聞くと骸骨は再びカカカと笑い、小舟に乗って湖の向こうへと消えて行った。

「名前はカロンと云った処か。三途の川を、三十三間の内に……と」

 湖にぼったくり渡航券を浸すと、地底湖の水が割れ出す。

「さて、行こうか。十戒を忘れぬ内に」
「……何の話? それにしてもこれ、凄いよね」

 ティーチは愉しそうに割れた湖を眺めながら云った。

「三十三分しか割れてないのだろう? 急いだ方がいい。走るぞ」

 グレイスはそう云うと、地底湖の底を走って行く。

「あ、待ってよー」

 ティーチがそれに続き、私達もそれを追い掛けた。



 五階を探索していると、十五がお宝を見つけた。
 その内訳はグレイスの装備とティーチの装備とBコイン。
 そして───

「何でそんな物が此処に在るんだ」

 十五の装備。
 カブト虫の角を模した飾りがついたヘッドバンドも顔を覆う半透明の嘴状のバイザーも口元を隠す黒い布も首元の荒いスカーフも開襟の肩アーマーも上着もスパッツも二本のベルトもボロボロのジーンズも籠手も鎌も膝当ても何もかも元通りだった。
 いや、元通りどころか元よりゴージャスになっている。飾りが増え、余計重くなったような印象。
 何故洞窟の奥深くにこんな変態装備が在るんだ。

やはりこの恰好が一番落ち着くな
「どう見ても素っ裸より性能下がってやがりますよ貴様」
心意気は遙かに上、ですよ

 ティーチが何かを諦めたような目で、十五の武装を遠巻きに眺めていた。

「心意気だけで動くモノなんて、高が知れているがね」

 呟き、その辺に落ちていたギルド会報を拾い上げ目を通す。

*TOP NEWS!*

ヒネモス氏、処刑へ

 先日捕らえられた死霊使いヒネモス氏が憲兵隊に引き渡され、明日処刑される見込みとなった。
 まあ、彼の事だからまたじきに戻ってくるだろう。それよりもこれによりリムカ(旧ウィノナ)パーティの名声が飛躍的に高まった。これを狙わない手は無い。浅階層からどんどん人数を集めてゆけ!

1階1号玄室をフリーデリケ・パーティが襲撃。ウィルカを奪取される。
3階1号玄室をラファ・パーティが襲撃。ワドリーネを奪還されるも、4階にて再捕縛。1号玄室にて監禁予定。
4階2号玄室をファラ・パーティが襲撃。どさくさに紛れてディアーナが脱走。
5階2号玄室をサフィアナ・パーティ並びにフィアリス・パーティが相次いで襲撃。サフィアナを返り討ちにして捕らえるも、フィアリスパーティに捕虜全員を奪取される。
5階3号玄室にてナジャの調教完了。売却。
5階4号玄室をダイアナ・パーティが襲撃。メリッサを奪取される。
5階5号玄室をレヴィエル・パーティが襲撃。クレールを奪取される。
6階にて、リラ・パーティのリーダーリラを捕縛。同階層2号玄室にて監禁予定。ランカー捕縛だ!よくやった!
6階2号玄室に、先日脱走したセレニウスが迷い込む。返り討ちにして捕縛するも、監禁していたセリカ共々脱走。
8階3号玄室にてスピリアを調教中、4日目。まだまだ堕ちそうにねー。

「肉体は、魂を閉じ込める為の檻。折角捕まえたのに、自分達でその檻を壊してるんじゃ世話無いな……とは云え、妬けるな。その内死んだらやろうと思っていた事が、こうも完全な形で先を越されるのは」

 私は何処にでも居る。けれど私は何処にも居ない。
 死霊術の秘儀中の秘儀で在り、ヒネモスはとっくに人間を辞めていた。
 それだけの話だ。
 ヒネモスと云う名の意味する処からして、それを名乗る頃には既に秘儀を纏っていたと考えるのが妥当か。

「……賞金首の話?」
「ああ。殺しても殺しても何度でも蘇る、最悪の類に属する賞金首の話、さ」

 云って、読み終わった会報をティーチへと渡す。
 多分彼は、世界の終わりでも眺める積もりなのだろう。 
 
doomsday、終日。
「処刑されるって割に、またじきに戻って来るってのは……脱獄して来るってこと?」
「首を刎ねても死なないだけだよ」
「何だか気持ち悪い生き物だね、それ」

 嫌そうな顔をして云うティーチに私は微笑む。
 人間なんて、大抵は気持ち悪い生き物だよ。
 
だからこそ世界は美しいのだし、気持ち良く生きる人間もまた美しい。
 踏みにじられて尚足掻く人間には、神は感動さえ覚えるのだ……だっけか。




 三月三十日
  ダンジョン生活二十三日目。
  階段を降りて六階へ。
  エロジナススタナーの罠に掛かり、グレイス以外が麻痺。
  モンスターに遭遇し、グレイスと十五が行動不能に。
  ならず者達に襲われ、グレイスが犠牲になる事でどうにか切り抜ける。
  弓折れ矢尽きる、と云う奴だな。





 あっさり見つかった階段を降りて六階へ。
 そこは普通の明かりは全て闇に吸い込まれてしまう、暗黒の迷宮。
 此処を照らされるのは、魔力を帯びた光だけ。

「あたしに任せて」

 そう云ってティーチは明かりを灯した。
 軽戦士から魔法戦士になったばかりなので使ってみたかったのだろう。
 実力を疑う訳では無いが、一つよりも二つ在った方がいいだろうと私もこっそりと明かりを灯す。

「人と云う種が、普段どれだけ視覚に頼って生きているか良く解るな」
「人と動物の違いは、火を扱えるかどうかだと聞いたことがある」

 グレイスはそう云いながら、注意深く前へと進んで行く。
 人間も動物さ、等という下らない訂正をする気は起きず、それに着いて行く。

「ちゃんと、罠の警戒は頼んだぞ?」
「……ふん。まあ、俺達に任せておけって。どんな罠も見逃さないよっ

 昨日から、露骨に十五の主人格が反応しなくなった。
 他の人格はそれなりに仲良くやってくれるのだが。
 別に仕事を果たしてくれるならそれでいいのだけどね。
 人から向けられる嫌悪や憎悪は、なかなかに心地良い。

エロジナススタナー発見! そして解除……あっ

 瞬間、躰中に電気が走り、ありとあらゆる筋肉が弛緩する。
 見れば罠に掛かった十五自身や、ティーチも痺れている。
 無事なのはグレイスだけだ。

「っ……大丈夫か!」

 グレイスが駆け寄って、ティーチを助け起こす。

テメェ、何ヘマ踏んでんだよっ! まあ、踏んでしまったものは仕方無いでしょう。問題は無事に帰れるかどうかです。やれやれ、こりゃ難儀だな。みんなゴメンねぇー
「限定スタナー、か。対象を絞る事により確実に効果を発揮する。メイジブラスターよりはマシか、な。魔法さえ唱えられれば治療出来るが、麻痺して魔力が巡らない。無理だ」

 私は壁を支えに立ち上がると、ゆっくりと歩き出す。
 肉は信用出来無い状況でも、骨で支えるようにすれば動けなくは無い。

「どうするの、リーダー?」

 ティーチがグレイスに支えられるようにして歩き、そう訊ねて来る。

「当然帰還するぞ。……帰還出来れば、だがな」

 何か失敗に至る方法があれば、あいつはそれをやっちまう……だっけか。
 階段へと続く道には、二匹のワークロウが待ち構えていた。



 それからの経緯は簡単だ。
 どうにか逃走した処で、待ち受けていたのは三十六人のならず者。
 それら全てをグレイスが一手に引き受け、私達は見事なまでに解り易く敗走した。
 後で合流すると云ったグレイスが来る気配は、当然無い。

「どうした、仲間の事が気掛かりか?」
「別に……」

 相変わらずつれない様子で、そっけなく十五は答える。
 そして、先程ワークロウから受けた傷を手当てしていた。

「それとも。昨日出遭った半獣人の少女が、そんなにお気に入りだったのかな?」

 包帯を巻く手が止まる。
 全く解り易いよな。どいつも、こいつも。

「お友達は今頃、名も知らぬ男の上で腰を振っているだろうな。───ただの現実的な推測だよ。そんなに気に障ったかい?」
「……何が言いたい」

 ロクに動かない躰だろうに。
 しっかりとまだ、その目は生きていた。憎悪に燃えて。
 なかなかどうして悪く無い。
 だが。

「滑稽だな」

 余りにも現実が見えてないその反応に。
 余りにも甘いその展望に。
 湧き出た感情を、そのまま嘲りとして叩きつける。

「貴様っ……!」
「どうせお前は、彼女とは───」
「ちょっと、こんな状況で喧嘩してる場合じゃないでしょう!」

 耐えられなくなったのか、ティーチが止めに入った。
 現状も理解出来無い奴と一緒に居ると、生存率が下がるのだが……まあ仕方無い、か。
 どうせ、これっきりで終わる関係かも知れないしな。

「そうだな。生きて帰るぞ」

 十五を嬲るのを止め、私は歩き出す。
 壁伝いに、ゆっくりと。

「……立てる?」

 ティーチは十五に手を伸ばす。
 自分の躰を動かすだけで精一杯だろうに。無理をして。

「大丈夫だ、応急処置は済んだ。それより自分の身体を心配するんだな」

 伸ばされたその手をはね除け、十五は立ち上がる。
 そして、私の隣まで歩いて来た。

「おい、背徳の賢者」

 その名はとうに地に落ちたろうな。
予定通り。

「何だ?」

 歩みを止めず、振り返る事も無く、壁を這い擦りながら訊ねる。

「さっきの件だが……貴様のような奴は一番嫌いでね。その顔を見ていると虫唾が走る」

 振り返るまでもなく、笑いながら云っているのが解った。
 そしてこの手合いの望む答えは知っている。
 だから私は嘘を吐いた。

「私もお前のような奴は大嫌いさ」

 本当は大好きだ。
そうやって見せる軋みも、拭いきれない青さも。
 それを伝えると嫌がってくれるだろうけど。
 それはまた、次の機会にとっておくとしよう。

「もう……そんなこと言ってる場合じゃないのに」

 いずれ、その機会が来そうな気がするから。
 
自分が嫌ったからと云って、相手が自分を嫌ってくれるとは限らない。
 だから善良なだけの存在は、いつも憂いの目に遭うのさ。




 三月三十一日
  ダンジョン生活二十四日目。
  帰還の途中で監禁玄室に迷い込み、十五と一緒に捕縛される。
  やれやれ。





 壁を支えにしてどうにか歩く。
 幸い、五階までの道は解っている。
 階段まで辿り着ければ、この躰でもかなり地上に近い場所に戻れるだろう。
 そう思いながら開けた扉の先では、三人の冒険者が百九十一人のならず者に犯されている現場だった。
 調教中、と云う奴だな。

「こんな所さっさとズラかるよ! ───私達が捕まらない内に」
「全く不甲斐ない奴等だ……私達も含めて」
「お互い様、或いは因果応報って奴かねえ」

 反転、脱兎。
 しかし恰好の獲物をそのまま逃がしてくれるハズも無く。
 ティーチと十五に一人、私に二百三人追っ手が来た。
 
演算魔法が無ければ数え切れない程の大人数だ。万全でも抵抗出来無かったろう。
「やれやれ」

 私は抵抗空しく捕縛され、向こうからも騒がしい声が聞こえて来る。

「……これも運命という鎖が導き出した答えと言うのか……馬鹿かテメェっ!? さっさとこんな奴等ぶっ殺してさっさと逃げろっ!! 野蛮な……いや、まだチャンスはあるはずだ。その通り、まだ諦めちゃいけないぞ? 何々〜楽しいことが始まるの〜? 私も入れてきゃははは★

 しかし、どうやらティーチだけは逃げ延びたようだった。
 捕まったにしては声が聞こえない。

「此処に二人も追加で入れるスペースはねえな」
「よし、じゃあ三号室の方に連れてけ」

 ぺろりと唇を舐める。
 人の善意を期待してはいけない。
 人の悪意を畏れてはいけない。
 それら全てを予測し、計算し、利用するしか無い。
 生き残りたいのならば。
そして、目的を果たしたいのであれば。
 悲観も楽観も、必要な時必要なだけ用いれば良い。
 そう。
 これで終わりじゃあ無いのだから。

「ほら、さっさと歩け」
「躰が痺れていてね。そう速くは動けないんだ」
「……ちっ」

 この程度の時間稼ぎでは、大して保ちはしないだろう。
 今日が凌げれば良い方だ。しかし、私にとってはそれで十分。



 こうして、私と十五は十三人のならず者に連れて行かれた。
 
途中、少し懐かしい顔を見る。
 だから私は、「止めた方が良い」と口の動きだけで呟いてやった。




 四月一日
  ダンジョン生活二十五日目。
  装備品とアイテムを全て奪われ、ならず者達に犯された。
  他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。





 助けが来る気配は無く、ならず者達は私達の装備に手を掛けようとしている。
 移動の時間と合わせて、一日だけでも時間稼ぎが出来て良かったと考えるべきだろう。
 向こうの方から騒がしい声が聞こえる。

「おいおい……こいつあん時の死体みたいな餓鬼じゃねーか?」
「まったくだ、まだくたばってないんかよ。ギャハハハ」
「貴様ら……奴隷市場の連中か?」

 因縁の在る知り合いと云った処か。
 私には関係の無い話だ。

「やりすぎて頭いかれちまった挙句コマギレにされて売り飛ばされたが……まだ生きてやがったとはな」
テメェら……いい加減にしないと……

 とは云え、どんな事も知らないよりは知っていた方が良い。
 手札は出来るだけ多く持った方が、全ての状況は有利に進められる。

「調教した奴らも頭いかれちまって挙句におっちんじまったと聞いたときは腹よじれそうになったぜ!!」
「ああ、全くだ!!」
「ふ、頭の悪い連中だ……まあいい、今に判るさ本当の地獄をな。それじゃあ、この人達の相手をすればいいんだねー☆

 成る程。
 多重人格と云うのは、本来防衛的に発生するモノだ。
 心に深い傷を受けても生きて行く為に。
 酷い扱いを受け続けても死を選ばないように。
 負担を担当する人格か負担を負担に思わない人格を精製し、そう云う状況を任せる。
 肉体の方を守る為に、精神の方を壊してしまう。それだけの話だ。
 尤も、普通は単に壊れてしまう事の方が多く、新しい人格を生むなんてのはレアケースだが。

「何だこいつ、急に俺のもんをしゃぶりだしたぜ!!」
「ヒャハハハ、調教するまでもなく奴隷根性染みついてんじゃねーの!!」
んちゅ……ふぅ……

 多分、彼女はこう云う状況の為に植え付けられた人格なのだろう。
 ならば、陵辱や調教に大した意味は無い。
 表に出ている人格を愉しませるだけだ。

「どうやら向こうは始まったみたいだな。こっちも始めるとするか」

 等と思索に耽っていると、私に群がる男達が装備を剥ぎ取り始めた。
 あっと云う間に剥かれて、アイテムも六つ全て奪われる。

「残念ながら、愉しめそうだ」

 久しぶりの御馳走の前に躰が疼く。
 逃げだそうなんて気は、最初から無かった。



「おい、こっちを向け! 出すぞっ!」

 我慢しきれず、手淫で達した男達が私の顔目掛けて白い物を飛ばす。
 猫のように目を細めてそれを受けると、私はそれを舌と手で舐め取った。
美味しい。

「こいつの中、狭くてマジ締ま……イクぞっ」

 一際大きく突き上げられ、嵌められた首輪に繋がっている鎖がじゃらりと鳴る。
 もう何度目になるだろう。中に暖かくてどろどろした物が注ぎ込まれて行く。
 気持ち良い。

「ふふ……」

 愉しくて愉しくて、思わず笑みが漏れる。
 左手に握った男の物を繊細にしごき立てると、直ぐに震えだし私に精液を吐き出す。

「おい、早く代われよ」

 私の軽い躰を持ち上げ、男は立ったまま挿入して来た。
 既に潤滑剤は十分過ぎる程。ぎしぎしと擦れながら、私の中は満たされる。

「くっ、本当……狭いな」

 幼いと云っても差し支えない私の肉体を、男は躰を揺らす事で味わった。
 それに対し、私は膣の中を締める事で応じる。まずは一段階。

「あっ」

 そして二段階、三段階。それを何度か繰り返す。

「すげぇ、密着感なのに……うねうねして、まだ締まりやがる。……もうっ」

 吐き出された精液が、子宮口をこじ開け中に入り込む。
 遺伝子レベルで支配される感覚が私の被虐願望を満たして行く。
 余りに気持ち良くて、膣の中をぐにぐにと動かしてやった。
 男のモノは直ぐに再び硬くなる。

「ひゃうっ♪ ……元気ですね」

 そう云って、男の顔を淫蕩な目で見上げる。

「っ!」

 それでスイッチが入ったらしく、男はそのまま私を突き上げ始めた。
 落ちないように抱き締める。
 乳首が男の躰に擦れて気持ち良かった。

「くっ、出すぞ!」

 既にぐちょぐちょになっている中を、男は更にぐちょぐちょにして行く。
 一方的に蹂躙されるのは、なかなか癖になる快楽だ。

「おい、次は俺達の番だぜ」
「ほら、咥えろ」

 男から引き離され、また男の上に跨がされた。
 にゅるんと入ってくる肉棒が気持ち良い。躰が小刻みに震える。
 スタナーに因る痺れなのか、快楽に因る痺れなのか。既に判断が付かない。

「何でも御命じ下さいませ、御主人様」

 そう云って、肉棒を咥えた。舌で亀頭を舐めながら、左手で竿を扱いて行く。
 右手にも無理矢理握らされ、それを優しく、激しく弄ぶ。
 握ると押し返して来る弾力を暫く愉しんだ後、速い動きで扱くと男は直ぐに達してしまった。
 躰に熱い液体が降り掛かり気持ち良い。

「本当、こんだけ出してんのに……どんどん狭くなって行くような」

 口に含んでいたモノを、左手で激しく扱く。
 そして射精する瞬間、思いっきり吸い付いた。

「うぁ……」

 吐き出される精液を、ちゅっと全て吸い出す。
 濃厚で、とても美味しかった。
私の躰は、これだけで生きていけるように成っている。

「俺も、出すぞっ」

 男の声に合わせて、膣を締め上げる。
 びくびくと中で暴れて、私はまた汚されて行く。

「もっと……もっと、下さい」

 そう云えば、此処一月ぐらいやっていなかったっけか。
 どうやら私は飢えていたようだ。
 自分で飢えてると解らないぐらい、飢えていたんだ。

「へへ、次は俺の番だ。膝を折り曲げて股を開け」
「はい、御主人様……」

 私は猫のような目で鎖を持つ男を見上げると、歓んで服従した。
 
明日は、お尻を使ってくれるようおねだりしてみようか。
 這い擦って、犬のようにおねだりしてみようか。───こう云うのも、悪く無い。




 四月二日
  ダンジョン生活二十六日目。
  #1、フリーデリケパーティにより救出される。
  そしてそのまま連れ回される事に。
  他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。





 急に扉が開く。

「大丈夫ですか!? 落ち着いてください、正義で味方なんです!!」

 あれは確か#1、フリーデリケパーティだ。

「突貫っ〜!!!」

 長い髪を赤い紐で結んだ女剣士は、そう云って鞘に入ったままのカタナをならず者達へと向ける。

「大丈夫、今助ける」

 槍にしか見えない巨大な魔剣を持った少女は、そう云って私達の方を見た。

「大丈夫ですか、すぐに助け出しますからね!」

 黄色いマフラーをした小柄な少女は、注意深く玄室を見渡す。

「舐めんなぁー!」
「返り討ちじゃあー!」

 男達は血走った目で飛び掛かり……全員フリーデリケの持つノコギリ刀でズタズタにされた。
 まあ、既に精気は十分補充したし良いか。
 私は躰に付着していた精液を名残惜しそうに掬い取ると、ぺろりと舐めた。

「た……助けてくれ」

 死屍累々、死体が連なるその玄室でどうにか生き延びた男が命乞いをしていた。
 相手は、先程まで犯されていた十五だ。

「ふっ……わかったか、これが本当の闇というものだ。貴様らカスごときが理解するには全てにおいて未熟だ……」
「わかった……わかった!! お前を笑ったことは謝る!! すまなかった、いやごめんなさい!! だから許し……」
「うるさい、とっとと逝け」

 ぐしゃり。十五は意に介さず男の頭を踏み潰す。
 物理的に何も云えなくなった割れた西瓜は、十秒程で微動だにしなくなった。



 そして。

「恥丘は一つ! 恥丘は一つ!」
「お……お婆ちゃんが言ってた。割れば二つって〜」

 相変わらず十五は陵辱されていた。

「ガッチャたん、カラダはボドボド? 平気?」
鍛えてますからー

 要するに、陵辱者が変わっただけと云うか。
 それすらも戯れの一部だとか。そんな感じだ。

「お、お婆ちゃん? 何奇声あげながらお尻に書いてるの……?」

 スレンダーで小柄。セミロングの黒髪に黒い瞳。
 黄色いマフラーと動き易そうな革製防具を身に着けた盗賊、ラフィニアは訊ねた。

「イヤイヤ〜、15たんが音撃棒みたいのつっこまれてるのがトテモトテモステキなので、その気持ちを筆に込めて!」
誰がモモジリスだっ!!
「い、意味がまったくわからないんだけど」

 長大な得物を持った少女、フィルは目のやり場に困りながらそう呟く。
 長い黒髪を後ろで束ねており、その民族衣装風の衣服は出身地を想像させる。

「コレが、いつもどうりなんですよ、早めに慣れるといいかも〜。ってかお婆ちゃん、もう一人救出した子がなにかおばあちゃんに言いたいことあるみたい〜」

 青と白の、胸元やお腹を大胆に露出した恰好をした剣士、アヤカはそう云ってこっちに話を振った。
 何だか亜空間が展開されてるから巻き込んでくれなくても良かったのに。
 とは云え、話を振られたら仕方無いな。

「むむむ?」
「とうとう私もお持ち帰りされてしまうのか。……道中たっぷりと奉仕させて頂きますよ、フリーデリケ姉様」

 間。
 何だか知らないが、全員の視線が集中している気がする。
 と云うかしている。
 そして沈黙を破り、フリーデリケはこう云った。

「だが断る」

 今度は全員がフリーデリケの方を見た。
 予想外、と云う事だろう。
 確かに私も予想外だった。
 あの、と形容詞が付く程のフリーデリケが拒否するとは。

「ふむ、ジャイアントでスラッグな噂では随分とアレなのかと思ったが…………なかなかどうして」

 間近で見てみると、鎧は大きいが中身はそれ程大きく無い事に気付く。
 エルフだけあって華奢と云っても良い。
 問題は、その華奢な躰にはこれだけの重量を振り回すだけの力が秘められていると云う事だが。

「いあいあ〜、趣味の問題ディスよ〜。奉仕されるよりも、相手を弄りたおすのが好き好き好き好き好きっ好き 愛してる〜♪ みたいな〜。悦んだ顔での奉仕より、恥ずかしがったり抵抗したり悔しがったりアホになっちゃったり心ここにあらずなしてる顔が好きなだけダカラ〜」
「……ふうん?」

 案外良い性格してるじゃないか。
 私は従順な犬も反抗的な猫も、両方好きだけれど。
 そう云う拘りは非常に良く解るし、悪く無い。
 むしろ。
 どちらかと云えばそれは、こっち側の物云いだ。
「―――ナマの感情むき出してるのを冷静に見るにはそれが一番だろ?」
「……」

 私にだけ聞こえるよう囁いたフリーデリケは。
 他の者には決して見えないその角度で。
 とても。とてもとても。とてもとてもとても邪悪な笑みを浮かべた。
 クッ。クックック。やめてくれよ、そう云うの。
 本当、そう云うの───大好きなんだからさ。
 伊達に歳は重ねて無い、と云う事か。
お互いに。
 改めて敬意を払う事にする。

「……それに」

 フリーデリケはくるっと十五へと振り返り、そして飛び掛かるようにして抱き締め。

「今は15たんにエルフまっしぐら! エルフ夢中!なので他に浮気は出来ませんディスよ!!!」
救出されたのに、なんだクライマックス!?!?

 少しは躰が動くようになって来たのか、今度は十五も応戦する。

科学忍法火の鳥!
「その程度の炎では、私のガッチャたんに対する情熱の方が上ディスヨ!?」

 取り敢えず関わり合いになりたく無いので、争いは遠巻きに眺める。
 気が付いたら隣にラフィニアとフィルがいた。
 アヤセはそれら全てに慣れた様子で、お腹を押さえながらきょろきょろと何かを探している。
 ……妙に平和だな。場違いにそんな事を考えた。



 一段落したらしく、フリーデリケはぐったりとしている十五から手を離す。

「……フリーデリケ。と云う事は私はお持ち帰りはされず、安心して街まで行けるのかな?」
「堅実に、そうかと〜。でもねぇ」
「でも?」

 他のメンバー伸びをしたり、再び探索の準備を整えていた。

「私は貴女みたいな人を、とてもとても愛してるわ」
「───へえ。愛してる、か」
「セックスしたい、でもいいけど?」

 そう云って彼女はまた。
 普通は気味が悪いと感じるであろう、邪悪な笑みを魅せた。
 見て来た地獄の数が違う、とはこう云う事だろうな。
 ならば私も、それ相応の言葉で返すとしようか。

「こう云う話が在る。昔或る処に炎の館に住む兄弟と水の館に住む姉妹が居ました。四人はとても仲が良く、将来は全員が家族になるであろう事を予感していました。しかし幸せな日々は唐突に終わりを告げます。水の館に住む妹の方が、重い病気に罹ってしまったのです。炎の館に住む兄弟と少女の姉は八方手を尽くしましたが、結局少女は亡くなってしまいました」
「世界遺産は日々失われていくということディスか!? けれど儚いからこそおっぱいは柔らかいと偉大な」

 無視して続ける。

「しかし少女は余りにも寂しくて寂しくて堪らないので、幽霊となって戻って来ました。けれども少女と残った三人とでは住む世界が違うので、結局少女の寂しさは埋まらなかったのです。だから、少女は自らの姉と炎の館に住む少年の兄を取り殺しました」
「今軽く無視してくれましたね。お婆ちゃんこう見えても案外繊細だから泣いちゃうデスよ!?」

 続けて無視する。

「残された少年は少女に向かってこう嘆きます。何故、兄さん達を殺したんだ! と。少女はそれに対してこう答えました。愛しているから連れていくの。少年は泣きながら、少女に対しこう訊ねました。じゃあ何故僕を殺さないんだ! 少女は悲しげに笑いながら答えます」
「スルー!? ヨガスルーディスカ!? いい加減にしないとそろそろ泣きが入りますよ!?!?」
「……解りました、フリーデリケ姉様。けれどこれは賢者の謎掛けですから。今までのは長い長い冗長な問題文のようなモノで、これから少女は何て答えたのかを問おうとしていたのですよ」

 茶々を入れながらも、フリーデリケはしっかりと聞いていたようで。

「そりゃ当然、決まってますよ」

 そう、あっさり答えた。

「貴方は愛しているから、連れていかない」
「御名答。さて、フリーデリケ姉様。貴方は愛しているから連れていく口ですか? それとも……」
「難しいディスね。けど、それはこれから嫌でもわかるんじゃないかな〜って」

 人は自ら悪を為し、己の血を流す。
 愛で人を殺せるのなら、憎しみで人を救えもするだろう。
 これはそう云う事だ。

「……退屈しない道中になりそうですね」
「退屈だと感じたら、自分でそうじゃなくするまディデス」

 ずるずると十五を引き擦りながら、フリーデリケは玄室を出て行く。
 とっくに準備が出来ていた他のメンバーも、それに続いて行った。

「まあ、何にせよ。堅実に無事に帰れそうではあるか」

 そう独りごち、私もその後へと続く。
 年年歳歳花相似。
 歳歳年年人不同。
 目的に対し、随分と遠回りを強いられているようだが───多分これで良いんだ。
 
それにしても。治療魔法が使える癖に、私の麻痺はそのままにしておくとは。
 本当、私好みの良い性格をしている。




 四月三日
  ダンジョン生活二十七日目。
  裸のままフリーデリケパーティに引き連れられる。
  他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。





「時に、布切れ一枚ぐらい恵んでやろうとか装備を捨てるぐらいならいっそ回してやろうとかそういう心優しい救済措置は無いのか?」

 無駄だと解っていても、一応云うだけ云ってみる。

「私的には、そうしてあげたいところだけど―――ルールだしね、冒険者の。犯された冒険者は裸で帰還しろっていう」
「王国側としても、無駄飯喰らいの冒険者にはいっそ性奴隷として地下経済を潤して欲しいと。そんな処か」

 そう云うと、ラフィニアは申し訳無さそうな声で云った。

「事実、冒険者達のせいでクルルミクの治安は著しく低下していますしね」

 そう云えば、彼女は土着の盗賊だったか。

「暇なので云ってみただけだ、気にするな。何より私はその、治安を低下させてる方の冒険者だしな」

 その言葉に、ラフィニアは複雑な表情を浮かべる。

「お婆ちゃん、お腹空いた〜」

 そんな微妙な空気を嫌ってか。それとも自然なものか。
 アヤカは呑気な声でフリーデリケにそうせがむ。

「それじゃあそろそろ、おやつの時間にしましょうか」

 フリーデリケは肩アーマーから───



「おい、背徳の賢者」
「どうした、顔を見るだけで虫唾が走るんじゃ無かったか? だとするとお節介ながら、せめて食事時ぐらいは私と話すのは止めておいた方が賢明じゃないかね」
「……案外根に持つ奴だな」

 拗ねたように云う十五に対し、私は意地の悪い笑みを浮かべる。

「それで、どうした?」

 そのまま黙ってしまったので、先を促す。

「何故か今私達は裸のまま連れ歩かれ、貰ったお菓子を食べたりしているように思えるんだが……」
「ああ、その通りだな」
「そんなことしてる暇、あるのかよ」

 尤もだ。非常に尤もな意見だ。だが。

「暇が在るのか無いのかでは無く、私達はこうするしか無いんだよ。今は。躰は満足に動くのか? どさくさに紛れて奪って来た地図の完成度は? 私達は保護して頂いてるんだよ、今。それよりも大事な事はだな、十五」

 ずずず、と一口お茶を啜る。美味い。

「……この温かいお茶が、あのアーマーの何処に仕込まれていたか、だよ」
それはどうでもいいだろ!?

 焦っても、焦燥に駆られても、焦燥感に囚われても何一つ良い事は無い。
 どうせままならないのだから。
 こういう時は落ち着いて、一休み一休み……だっけか。
 
まあ一応、作成されて行く地図を盗み見ようかとも思ったのだが。
 アレは見かけより、余程隙が少ない。そんな事しても自分の身を危うくするだけだな。




 四月四日
  ダンジョン生活二十八日目。
  裸のままフリーデリケパーティに引き連れられる。
  監禁玄室に突入し、連れ回されるメンバーにアルムが加わった。
  明日から帰還し始めるらしく、そろそろ日の光が拝めそうだ。
  他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。





 扉を開けた先では、十三人のならず者が一人の女神官の身ぐるみを剥ごうと躍起になっていた。
 そして。

「正義で味方なんですけど大丈夫落ち着いてますか!?」

 十三人は私達の時と同じように、ノコギリ刀でズタズタにされた。

「我が神よ……その慈悲に感謝します……ジャイアントエルフ様に我が神の祝福あれ……」

 助け出された禍々しい女神官───アルムは、そう恭しく礼を述べた。
 邪眼をあしらった漆黒の鎧。先端に眼球の意匠を多数貼り付けてある鍵型のハルバード。
 血染めのような真紅のマント。
 どう見ても、こっち側を通り越して向こう側な装備だった。

「……それで、そちらの方々は?」

 私と十五の方を見て、首を傾げる。

「君と似たような境遇の者だよ。私達にもジャイアントゲルググジェノサイド様の慈悲が在った、と」
「何だか酷いことを言われてる気がするのは気の所為ディスカネ〜?」

 にょろりにょろりと、フリーデリケが割って入って来る。

「別に、誰もフリーデリケ姉様が締め付けだけで人参を切断したり生卵を粉砕したり出来るなんて話はしてませんよ?」
「…………人は乗り越えた傷の数だけ、強くなれるんですよ」

 何だかとても遠い目をしている。
 反応からして、あのドワーフから聞いた話は本当だったのか。
 生ける都市伝説のようなものだから、何処までが真実だか知れたものじゃないけど。



 フリーデリケ達は階段を見つけ、七階へと下りる。
 当然、荷物のように連れられている私達も一緒に。
 此処より先は魔封じの迷宮だ。
 あらゆる呪文を無効化する、私にとっては最悪のフロア。
 と云っても、どちらにせよ今は魔力が巡らずどうせ何も出来ないのだけど。

「これで、六階までの地図は完璧ですね」

 ラフィニアが地図を覗き込みながら呟く。

「本当に魔法、使えないね……」

 フィルは風精に呼び掛けてみるが、風が起こる様子は無かった。

「それじゃあ、探索も一段落しましたし。堅実に一度帰りましょうか」
ようやく帰れるのですね

 気疲れか、ぐったりした様子で十五は云った。

「まあ、帰るまでに此処からだと二日程かかるだろうけどな」
燻ったまま先が見えないより、遙かにいい
「私も帰ったら、邪神様の教えを広めるため邁進しませんと」

 このまま無事帰れたら、私はこの二人とパーティを組む事になるのだろうな。
 別に色物は嫌いじゃない。
 となると、今後の為に多少性格を掴んでおいた方が良さそうだ。
 そう思って無難そうな話題を振る。

「ところでアンタが信仰しているの、スゲーイカス神様だな」
「でしょう?」

 お陰で私はこの後三時間にも渡って邪神談義に付き合わされる事になった。
 その、汝が欲する事を為せと云う教義は嫌いじゃないんだけどな。
 次から気を付けるとするか。
 
それにしても、本当。……思えば遠くに来たものだな。
 私の望みはまだ遠く、見つからない。




 四月五日
  ダンジョン生活二十九日目。
  フリーデリケが闇商人との取引に乗る。
  私と十五、アルムは道具や地図を全て引き継いだ暫定アヤカパーティへ。
  帰還方針に準じ、一階まで戻って来られた。
  他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。
  
だが、何故だろう。こんなにも心が騒ぐのは───。




「おっ、お客さんだな」

 突然、天井から声が響く。

「おれはヤミ商人だ。金次第で誰とでも取引してる。もちろんギルドともな、けけけ」

 男の声は天井の上から聞こえてくる。
 何らかの方法を用い、上の階層から話しかけているのだろう。

「アンタら、魔封じエリアで随分苦労してるんじゃないのかい? ひいふう、二人も影響を受けてるじゃ無いか。この剣の仮面を買わないか? 代金はお前らの仲間の一人だ。誰でもいい、こっちに寄越しな。そいつと引き換えてやるよ。もちろんその女はすぐにギルドに売り渡させて貰うわけだが……おっと、そういきり立ちなさんな。ギルドはおれの取引相手だが、別におれはギルド側の人間じゃ無い。売り渡した女がすぐに逃げようが助け出されようが、知ったこっちゃないのさ。自力で捕らえた女じゃなければ、連中も大した人数じゃ見張らないからな。犯られる前に逃げ出せる確率は充分あるぜ? けけけ」

 男は口を挟む間も無く一気にまくし立てる。
 一流のセールストーク、と云った処か。

「うーん、そうディスね〜」

 フリーデリケはちらりとこっちを見る。
 成る程、それはいい考えだ。

「別に、いいんじゃないか。自分の道具をどう使おうと」

 辺りに緊張感が漂う。
 アヤカとフィル、ラフィニアは静かにフリーデリケの決定を待っていた。

「それじゃあ、私が行きましょう」
「……お婆ちゃん!?」

 フリーデリケは自らの身を捧げる事を選んだ。
 ラフィニアが納得行かないと云う感じに抗議する。
 そして、私も納得出来無かった。

「正気か?」

 或いは狂気か。
 フリーデリケの瞳を、睨むように見据える。

「それじゃあアヤカちゃん、後は任せましたデスよ?」

 手早く地図とアイテムを纏め、それをアヤカへと差し出す。

「分かってると思うけど、私達は助けに行かないよ?」
「ええ、構いません。これからは貴女がリーダーです」

 それを聞いたアヤカはこくんと頷き、荷物を受け取った。

「……それが、リーダーの決めたことなら」

 フィルはそう云ってフリーデリケを見送る。

「まあ、これでペンダントの呪縛からも解放されマスしね。原点回帰というか、ナントいうか……それじゃあみんな、頑張ってね」
「お婆ちゃん、また一緒にご飯食べようね」
「……今まで楽しかったです」
「お婆ちゃん……」
「ジャイアントエルフ様に、我が神の祝福あれ……」
お前もまさしく、強敵だった

 各々、別れの言葉を贈る。
 フリーデリケは私達に優しく笑うと、闇商人の声がする方へ歩いて行った。
 
それが、お前の選択か。それが、お前の贖罪なのか。
「まいどあり!さあ、一人だけまっすぐ歩いて来な。そうそうこっちだ。アンヨは上手、手のなる方へ……」
「フリーデリケ。お前は愛しているから連れて行くのか? それとも、愛しているから連れて行かないのか?」

 遠ざかる背中に私は声を掛ける。

「そうですね〜、結局のところ……私は私、デスよ」

 その姿は暗闇へと消え、足音しか聞こえなくなる。
 そして。

「ひぎゃぁ!?」

 暗闇の奧で、フリーデリケの悲鳴が聞こえた。
 同時に、アヤカの足元に淡く燐光を発する仮面が落ちて来る。
 剣の仮面だ。

「お仲間は恐らく明日には、この階の七号玄室で、四十四人のならず者に監禁される事になる。もし助けたいなら好きにしな……」

 男の声は遠のいて行った。



 アヤカはフリーデリケの託した地図を用い、無事に地下一階まで戻って来た。
 しっかりと、私達を連れて。明日には地上へと帰れるだろう。
 その間私はずっと考えていた。
 あれはどう考えても堅実な取引では無い。
 まず、あの三人にとって剣の仮面は大した意味を持たない。
 あれはどちらかと云えば魔術士や賢者、僧侶や神官戦士にとって必要な物だ。
 そして折角仮面を手に入れても、それが自分の手に入る訳では無い。
 むしろ、自分は全てを失う取引だ。
 馬鹿げている。
 何故彼女は取引に乗ったのか。
 自分が犠牲にしてしまった、元メンバーへの贖罪か。
 それとも、積み重ねて来た五百年の中に重い重い何かが在ったとでも云うのか。
 解らない。
 
或いは本当に、自らを歪めるあのペンダントから解放されたかったのか。
「───心が騒ぐ」

 そして、先程から湧き起こるこの感情は何だろう。
 残念? 名残惜しい?
 それとも、まさか。裏切られた、だろうか。
 理解出来無くて不快?
 嬉しい? 悲しい?
 いや、全部違うな。
 繰り返す自問自考。
 次第に方向性は見えて来て、たった一つの冴えた解答へと続いて行く。
 そう。私は、多分───
悔しかったんだ。
 自分の好きな存在が、自分にとってどうでも良い存在の為に費える事が。
 そして───愛しているから、連れて行かれなかった事が。



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