三月二十二日
ダンジョン生活十五日目。
問題無く地上へ帰還。
オナーが忍者にクラスチェンジする。
今日の間に演算魔法を改良終了。以降はこの演算魔法ver1.03を試行。
時刻は夜。
私は城壁の傍までやって来ていた。
意識を集中し、使い魔を飛ばす。
目的は牢屋の一室だ。
「後悔しているか?」
鴉の口を通し、鉄格子付きの窓越しに私は語りかける。
「誰だっ! ……まさか、ギルドボか!?」
「そんな甘い期待はするな、ゴルゴダス。お前に神の加護など無い」
今日#7、リムカパーティに捕縛され連行されて来た賞金首。
破戒僧ゴルゴダスの最期を、私なりに彩りに来た訳だ。
「神は、それでも神は拙僧のことを理解して下さる!」
「間違っているのは自分では無く、世界だと云いたい訳か。最後の最期まで本当に詰まらない男だね、お前は」
私は嘲笑する。
この程度の男に捕らわれた自分を自嘲するかのように。
「ここで終わりであるものか! きっと、明日にはギルドボが───」
「今日は月が明るい。紙一枚程度なら読めるだろう」
足で掴んでいたそれを、牢屋の中へと放る。
それはひらひらと舞い、ゴルゴダスの手へと収まった。
*TOP NEWS!*
盟友ゴルゴダス氏 捕縛さる
我らギルドにも多大な貢献を頂いていた破戒僧ゴルゴダス氏が、本日未明リムカ・パーティに敗北、捕らえられた。おそらく死罪と思われる。ちと早いが冥福を祈ろう。そして小生意気なリムカ・パーティを是が非でも捕らえて散々に嬲りつくし、彼の供養としようではないか。
4階4号玄室を露山・パーティが襲撃、全滅。エルフィラはどさくさに紛れて単身逃亡。
5階にてシャーリー・パーティのリーダーシャーリー、並びにクレアを捕縛。シャーリーは同階層5号玄室、クレアは1号玄室にて監禁予定。
5階1号玄室に昨日捕縛したフィーネを連行。調教中のグレイス、カテリーナともに調教開始。グレイス、カテリーナは調教続行中。フィーネは即日調教完了、売却。
6階にてラファ・パーティのリーダーラファ、並びにワドリーネを捕縛。ランカー2人同時捕縛だ!よくやった!ラファは同階層1号玄室、ワドリーネは4号玄室にて監禁予定。
6階にて昨日脱走したレイラ、カリストの2名を死霊使いヒネモス氏が捕獲。引き渡して頂く。同階層6号玄室にレイラを、4号玄室にカリストを監禁予定。
「こ、これは……」
「見ての通り、ハイウェイマンズギルドの会報だ。日報と云った方がいいかな? 冥福を祈る、だそうだ」
「バカな……バカなっ! 拙僧が、今までどれだけギルドに貢献して来たと思っている……!」
「だから、冥福が祈られてるじゃないか。普通、ならず者が一人死んだぐらいでは誰も気に留めないよ。良かったな、ゴルゴダス。そしてさよならだ」
肩を落とし、地面に倒れ込み、打ちひしがれるその姿は、見る者によっては憐れみさえ誘うであろう。
しかし私は、容赦無く言葉を打ち付けて行く。
「お前は明日にでも死刑になる。戦時中だからな、死刑囚を長く飼っている余裕なんて無いのさ」
「拙僧は、拙僧は……」
「首を刎ねられ、朽ち果てて死ね」
心からの笑顔と共にそう云うと、私は鴉を闇夜へと羽撃かせた。
出来れば私の手で引導を渡してやりたかったが。これはこれで、悪く無い。
「こんな時間に、明かりも持たず……何してるんです?」
月だけが照らしてる闇夜から、人影が浮かび上がる。
オナーだ。
「明かりなら持っている。点けていないだけだ」
私はそう云い、光源を出す。
最低限の魔力さえ在れば、比較的簡単に扱える魔法だ。
「場所が場所だから、賊と間違えられるかも知れない」
「そうだな。そろそろ帰るとしようか」
オナーの方へと近付いて行く。
光源に照らされ、少し恰好の変わったその姿が見えて来た。
「似合っているな」
「これからは、こっちの方がいいと思ったから」
私は軽く微笑み、云う。
「それにしても、数奇な運命だな」
「何が?」
「私達を助けたのがリムカパーティで、そして私達の仇を討ったのもリムカパーティだからかな」
「ああ、そう言えば捕まったんだっけか。あの人達、大分有名になってたですね」
頷く事でそれに答える。
「もしかして、それでこんな場所まで?」
「さてね。ただ、私も賢者だ。人知れず闇を渡る法の一つや二つ、知り得ているさ」
「悪いことは、もう駄目ですよ」
本当に変わったな、オナー。
私はクスクスと笑う。
「解っているさ。いさなには、悪い事をした」
「そうですね」
その言葉には、どれ程の気持ちが込められているのか。
ただ一つ明らかなのは、オナーは私より遙かに気を病んでいると云う事だけ。
「気にしすぎるな。これから、その分誰かを助けて行けばいい」
「今のアタシにかかれば、どんなならず者もチョチョイって感じですよ」
それに対し私は微笑みを返し、一緒に宿へと戻って行った。
このパーティもそろそろ潮時かも知れない。下手な事になる前に見限るか。
私は笑顔の裏で、いつも通りそんな事を考えていた。
三月二十三日
ダンジョン生活十六日目。
Cコインを用いて一階から三階へ。
ならず者を二十二人焼き払う。
他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。
一見上手く行っているようでも、実際は色々な思惑が渦巻いていたりする事は良く在る。
共生のようでいて、実は一方的に利益を貪るだけだったりとか。
自然界でさえ良く在る事だ。
例えば蟷螂の牝は交配中、隙在らば相手を喰い殺そうとする。
そうする事で栄養を蓄え、厳しい冬を乗り切ろうとする本能だと人は理論付ける。
けれど、だ。
別に誰も、人間の本能は他の人間より良く在ろうとする事では在りません、とは云ってないのだ。
人が人を食い物にする話なんて、それこそ蟷螂が蟷螂を食べる以上に多く存在する。
百人のならず者が一人の女冒険者を喰った、なんて此処では有り触れた悲劇。
一人の剣士が百人の命を喰って名を上げた、なんて此処では有り触れた喜劇。
「熱ぃ、熱ぃよ、あち……」
この世に遺す最期の言葉がそれで良かったのかね?
そう問う前に、男達は焼き払われて死んだ。
オナーも、ユミルも、ミレイラも同様に降りかかる火の粉を払ったので、此処には現在四十三個の死体が並んでいる。
「これで九十人、か」
中には事情が在って、やむなしに凶行に及んだ者も居るだろう。
中には心底軽蔑するような、最低な人間も居ただろう。
けれど私達はそれらの区別無く、襲いかかる者は全て皆平等に殺し続けて来た。
命はどうせ戻らない。
ならばせめて、奪った数程度は憶えておくべきだろうか。
誰かに云わせれば、そんな数を数えてる内はまだまだ二流らしいけれど。
「成敗数? アタシはえっと、今幾つだったっけか」
「一日目に二人、二日目に一人、三日目に三人、四日目に三人、六日目に五人、七日目に十八人、八日目に二十二人、十二日目に十人、十三日目に九人、十四日目に五人、そして今日十二人だな」
すらすらとそう述べると、ユミルが驚いたような顔で云った。
「自分の分だけならともかく、良くそんなに覚えてるね」
「一応、賢者も聖職者に含められるらしいからな」
本当は、演算魔法の性能点検をしてみたと云うだけなのだけど。
だから僧侶は、神官戦士だけではなく賢者に成ったりもする。
「私は五十八人か。本当、どこから沸いてくるのかしら」
「キノコみたく、ダンジョンの隅っこの方から生えてきてたりして」
「実際、三階の住人達はキノコで増えるという噂を聞いたことがあるけど」
ミレイラのその言葉に、ユミルは気持ち悪そうに舌を出した。
「私達が殺らなければ犯られるように、彼等も犯らないと誰かしらに殺られる理由が在るのかも知れないな」
その言葉に、オナーがこっちを振り返る。
「だとしても、間違った方法を選ぶ連中を……アタシは許せそうにないかな」
「本当、最低だよね」
そう云うオナーとユミルに、私は笑顔で同意した。
尤も、私もその最低の仲間なのだけどね?
それを知った時、彼女達は私にどんな報いを与えてくれるのか。愉しみだ。
三月二十四日
ダンジョン生活十七日目。
他のパーティに遭遇する。地図を写させる。
階段を降りて四階へ。
モンスターに遭遇する。ならず者を三人焼き払う。
他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。
「誰か来る。数は四人」
転職しても、その技は未だ冴えを見せる。
懐かしいな。そう思いながら、方針を口に出す。
「虎穴に入らずんば虎児を得ず」
「ところで、コジって価値あるの?」
ユミルの素朴な疑問に、ミレイラが答える。
「虎の子、と言う言葉があるぐらいだ。虎の子供は貴重な物だ。可愛いし」
「可愛いだけなら猫でいいじゃない」
「珍しいから、じゃないか」
貴重なのは虎の子では無くその毛皮だ。子供の方が柔らかいから重宝されたのさ。
そんな事を話していると、明かりが見えて来る。
あれは#30、メリッサパーティだ。
「御機嫌よう。調子はどうだ?」
出来るだけ、敵意が無いと云う感じをアピールする。
それにしても、フルフェイスにフルアーマーでフルプレートと云うのは威圧感が在るな。
中身が優秀となれば尚更。
「堅実。それ故に順調だ」
「流石は鋼の聖女、と云った処か。情報交換して行くか?」
「よろしくお願いしようか」
私達は荷物を置き、地図と万年筆を取り出してお互いの情報を交換する。
堅実と云うだけあり、範囲は劣っているが正確な情報がそこには在った。
けれど、それでは困るのだよな。
「そちらの方が大分進んでいるようだな」
「本当だ。こんなところまで進んでる」
向こうのパーティの賢者、ピリオも地図を覗き込む。
「必要だと思った部分を全て書き写して行くといい」
「助かる」
何、いずれ助かるのはこっちだよ。私が窮地に陥った時、助けてくれよ?
私は笑顔で応じた。
メリッサとピリオは話し合いながら、自分達の地図を書き足している。
「アタシ達が通って来たルートはこんな感じで、罠はこことこことここと……あとここにあったよ」
背後から現れたオナーが、親切にも地図に記載されて無い情報も教えて行く。
本当、変わったな。
折角なので後はオナーに任せると、私は見張りをしている他のメンバーを見る。
ユミルとミレイラは何事か話し合っているようだ。
そして向こうの軽戦士と盗賊を見て面白い事に気付く。
「悪魔憑き、か」
アレは売り渡せば、なかなか良い値段が付きそうだな。
しかし、まだ僅かに青い。
もう少し熟れれば丁度食べ頃と云った処か。
実験材料としてもなかなか珍しく、価値が在る。
この情報交換で深い階層に行く事に為れば、その日は近いだろうな。
思った矢先、視線が来た。
こちらの考えに気付いたのか、向こうが身を固くするのが解る。
「───っ」
何か云いたそうだ。
私はそれに対し、邪笑とも呼べる笑顔で応対する。
彼女だけに見えるよう、一瞬で。
「そうそう、この辺りのお宝はもうアタシ達が回収しちゃったから」
「要らない物ばかりだったがな」
「なるほど。宝を求めるなら他の場所を探した方がいいという訳か」
「後でスーに伝えておきましょう」
そして私は情報交換へと戻る。
長々と話し、お互いの健闘を祈って別れる事となった。
向こうの最後尾と擦れ違った後
「耳の長いお母さんに宜しくな」
と呟く。
「……知り合い?」
「おや、聞こえたか。向こうは憶えていないようだったがね」
訝しむミレイラに対し、微笑みでそう返した。
そう云えば、私の娘は今頃元気にやっているだろうか。
血縁者の躰は魔術的に有用なので、健やかに育ってくれてると有り難いのだが。
三月二十五日
ダンジョン生活十八日目。
階段を降りて五階へ。
湖の渡し守に遭遇する。性格の不一致でパーティを見限り、四階へ引き返す。
ならず者を十六人焼き払う。一人になったので帰還開始。
こういう時、躊躇いも無く歩き出すと何時も独りで迎えるラスト、と云うんだっけか。
それでも立ち上がり、また歩き出すけどな。
五階への階段を見つけ、降りる。
見えるのは大きく横たわる湖。地底湖。
ロワークと云う吟遊詩人の詩を聞く限りでは、此処ではロクな事が無さそうだ。
覚悟は良いか? 私は出来てる。
「……どうするの?」
ミレイラがそう訊ねた時、湖の向こうから船影と人影が現れる。
それは小さな小舟と、ボロボロのローブを纏った骸骨だった。
骸骨は小舟を岸に着けて乗り上げると、こう云った。
「久々のお客さんだな。どれ、向こうに連れてってやる。宝剣を渡しな」
「王族でも在るまいし、持っている訳無いだろう」
そう吐き捨てるように云うと、骸骨はカラカラ笑った。
本当に骨が鳴ってカラカラと笑うのだ。
「カカカ、冗談だ冗談。あんたらが国主継承儀式の参加者じゃ無い事は判ってるよ。しかし俺もこれが仕事でね、タダで通すわけにはいかないんだ。ふむ、そうだな……」
骸骨は、舐め回すような目で私達を見回す。
黒い眼窩で舐め回すように見るとは、なかなか器用な骸骨だ。
場違いな感心をする。
「あんたら 四人とも、いい装備してるじゃないか。それなら王家の宝剣と同等の価値があるぜ。誰か一人、一揃いで俺に譲ってくれたら通してやるよ」
向こうの要求は簡単だ。
物欲と性欲を満たしたい、と。
文字通り種が枯れている骸骨だから、もう見るだけで十分満足するのだろう。
「……どうする? リーダー」
懐かしい感じでオナーがこちらに呼び掛ける。
「どうするも何も、誰かが渡さなきゃ通れないでしょうね」
ミレイラが自分の髪をくるくると弄りながら呟く。
「うえー、私はやだよ。どうしてこの迷宮はこんなのばっかりかな」
ユミルがうんざりした様子で云った。
「成る程、誰かが文字通り一肌脱がない限り立ち行かないと」
周りを見ると、どうやらそう云う面倒事はリーダーが引き受けるべきだという空気が在った。
自分の装備を失うのは面倒だな。既に一度失った事が在るだけにそう思う。
「そしてどうやら、此処は私が一肌脱ぐ場面らしい」
そう云うと、メンバーは苦笑して云う。
「流石リーダー」
「うん、助かるよ」
「悪いわね」
私はにこりと良い笑顔で云い放った。
「だが断る」
そして、四階へ続く階段へと踵を返しながら決め台詞を一つ。
「背徳の賢者には騙されるなよ?」
さよならだ、オナー。私達は道を違えてしまった。
背後でユミルが何かを叫び、ミレイラがそれを宥めるのが聞こえる。
さて、果たして三人で無事に帰れるかな?
一人で帰らなければならない自分の身より彼女達の身を案じ、そして心からの笑顔のまま私は階段を上った。
誰かが云っていた。
この迷宮には二つの悲劇しか無いと。
その一つは陵辱される悲劇で、もう一つは陵辱され無い悲劇だと云う。
別に、悲劇でも何でも無いと思うのだがね?
裏切ったり、裏切られたり。
犯されたり、復讐したり。
渦巻くどろどろの感情が在るからこそ、人間は美しいし愉しいんじゃないか。
人の世に争いは絶えず、争いを憎む者でさえ平気で争いを起こす。
今日もまた恵まれない誰かが、恵まれている誰かの所為で死ぬ。
頭の良い者は、頭の悪い者から搾取する為に法を整備する。
それらは永久に変わる事無く、今日もまた欲望は自分勝手に蔓延るのだ。
ならば、私はそれを肯定しよう。
人の徳、そして不徳。
それらは全て皆、おしなべて美しいモノだから。
「例えそれが、自分の身に災いとして降りかかろうとも、な」
べきりと。オナーがそうしていたように、仕掛けられた媚薬針をへし折りながら呟く。
世界は悪意に満ちているし、当然それらはこのような形で私に降りかかる。
だからこそ人は成長しなければならない。
生きる為には、より良く生きたいのであれば。
「へへへ、お嬢ちゃん。こんな所で一人歩きは危ないぜ?」
「俺達がいい場所へ連れてってやるよ」
現れたならず者達は、たった十六人。
「少ないな。倍でも足りない。三倍は欲しい処だ」
連中は、何の事だか解らないと云った風にお互い顔を見合わせて行く。
肩を竦めて下衆な笑いを浮かべる連中に、私は黒い微笑を返してやった。
「悪意はより大きな悪意に砕かれる。そうして悪意は成長する。───だから」
だから私は、より大きな悪意を求める。願わくば、糧となり服従する為に。
生み出した炎は、ならず者達の髪を燃やし皮膚を爛れさせ喉を灼き肉を焼く。
それだけに留まらず多くの煙と水蒸気と共に炭と為し灰に成るまで焼き払う。
炎の中で踊る黒い影は何時見ても醜悪で、人の油や血が焦げる匂いは何時も通り最低だ。
残ったのは灰色の骨と灰色の灰だけ。
最初の数秒で死んだそれをずっと焼き続けたのは、心地良かったからだろう。
私を見る、オナーとユミルの瞳の色が。
「さて、帰って再編成と行くか」
もう口調や言質、表情を取り繕う必要は無い。
私は晴れ晴れ活き活きと帰路についた。此処からなら、一日もかからないだろう。
そう云えば、結局賢者の謎掛けの答えはユミルに教えなかったな。
答えは演算魔法には記録されているが、口に出さなければ同じ事だ。
しかしもう私は彼女達の元へと戻れないだろう。
当然の報いで在り、正当な怨恨を私は背負ったのだから。
だからこそ彼女達と過ごした正義ごっこの日々は───
「悪く無かったな」
だから。また、機会が在ったら。
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