三月一日
 演算魔法の調子は良好。
 測量には問題無く使える。
 長時間の稼働も確認。統計を出す機能なども付けるべきか。
 しかしベースはこの記録魔法なので、細かな効果の付与は難しいかも知れない。
 他には特筆するべき事項は無し。いつも通り。

三月二日
 引き続き様子見。酒場に冒険者達が多く訪れている。
 他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。

三月三日
 或る程度の量の冒険者が迷宮へと入った。そろそろ動くべきか。
 こういう時、雛祭りの為か各地で全く動き無し、と言うんだっけか。

三月四日
 そろそろ準備をしておくか。当然、迷宮についての下調べは既に終わっている。
 ストックしておいた生娘から精気を吸い取り、準備完了。
 他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。

三月五日
 静けさを感じる。ならば、当然今は嵐の前か。まだ様子見を続行。
 他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。

三月六日
 退屈だ。そろそろ行こうか。
 他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。

三月七日
 今日より、ワイズマン捜索の旅を始める。長丁場になりそうだ。
 酒場にていさな、オナー、リオとパーティを組む。不思議とリーダーになった。
 目立たないよう、後ろでこそこそしてる積もりだったのだが。
 他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。

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 喧噪。
 事情が事情、状況が状況なので、酒場には女冒険者が多い。
 だからと言って、華やかであるとは限らない。職種が職種だし、ね。
 確かに活気は物凄くあるのだけれど。さて。
 ワイズマンは迷宮の最下層に居る。並の冒険者では、最下層まではとても辿り着けない。
 となると、私の目的の為にはメンバーをじっくりと厳選する必要がありそうだが、どうせその内ギルドに売り飛ばす事になるだろうし。適当でいいか、と思い直す。
 第一、現在の私の知名度など無名の冒険者以外の何者でも無いし。選り好みする前に、最低限探索に必要なメンバーを集める方が大事か。
 そう考えながら酒場で新鮮なミルクを飲んでいると、珍しい格好の女が仲間を集っているのが見えた。
「拙者と一緒に、龍神の迷宮へ赴かぬか?」
 確かあれは、いさなとか言う東方の武士だ。聞いた事がある。
 剛力丸と言う名の長大な武器を手にし、邪魔する者は全て薙ぎ倒す女武者。
 しかし、拙者って。島国から来る連中は、いつ見ても妙で面白い。
「アタシと一緒ならどんな罠もチョチョイって感じですけど」
 それに対して、一人の盗賊風の女がひょいと手を挙げ反応した。成る程、戦士と盗賊か。それに足りないのは───
「怪我をした時は、私に任せて下さいっ。えへへ」
 僧侶だろう。そう思い、混ざってみた。
「私と一緒に、がんばろうよ!」
 同じような勢いで、物凄い露出度の戦士も……戦士?どちらかと言えば、踊り子とか娼婦とかその手の職種をやってそうな恰好だけれど……も混ざり、四人パーティが完成した。殆ど、勢いのみで。
 まあ人生に於いて、勢いって結構重要だから。
「拙者はいさなだ。見ての通り、重戦士をやっている」
 そして自己紹介が始まった。確かにいさなの武器はとても重そうで、重戦士が持つのに相応しい感じがした。
「私はリオだよ、剣の扱いならそこそこ出来るつもり。堅苦しいのは苦手だから、リオって気軽に呼んでね」
 対して、リオの装備は超が付く程の軽装だ。その身の軽さに剣を賭ける、軽戦士と言う奴だろう。……でも、こう。身の軽さと言うか、こう。凄く胸が重そうに見えるんだけど。
 ……まあ、見た目で実力を判断してはいけないのはこの世界の常識だ。私自身が良い例じゃないか。でも、彼女……リオは、変装の余地が無いぐらい裸同然の恰好なのだけれど。まあ、世の中には素っ裸で戦った方が強い忍者と言う不思議な集団も居る事だし、余り恰好について気にしても仕方が無いか。こう、別にリオの胸が私と違って大きくて羨ましいとか精気吸い取ったら私も胸が大きくなるかなとかそういう事を考えてた訳じゃなくて。
 ついじろじろと見ていたら、リオは私に笑顔を返して来た。無邪気と言う言葉が似合う笑顔だ。私が最後に心の底からそんな顔が出来たのは、何十年前の事だったか。
「アタシはオナー、やり手の盗賊。腕に自信はある方だよ」
 抜け目の無い物腰と時々鋭くなる目つき。多分、彼女は自分で言う通りなかなかのやり手だ。この酒場に居る盗賊の中で、一二を争う程の腕と言っても過言では無さそうな。
 正直、彼女と組めて良かった。彼女さえ居れば、迷宮の探索を大分有利に進められるだろうから。
「私はシャルです。シャル・アスラ。一応賢者なので、回復魔法も攻撃魔法も扱えますよ。シャルって気軽に呼んで下さいね」
 心からの笑顔───に見える笑顔で、私も自己紹介を済ます。悪意の在る者からは毒気を抜き、善意の在る者には好意を抱かせる。そんな笑顔だ。
「前で戦う係と、罠を外す係と、回復する係。随分とバランス良く揃ったね」
 オナーがそう評価する。正直、私もそう思っていた。
「さて、それじゃあ」
 多分リーダーになるであろういさなが、私達に向かって提案をした。
「今日のめしは何にしようか」
 ……提案?



「骨付きステーキと清酒、それとおにぎり」
「私は、この今日のおすすめというものを。後ワイン」
「アタシはサンドイッチに水でいいや」
「えーっと、サンドイッチとミルクをお願いします」
 私達は店員にそう伝えると、誰をリーダーに据えるかを話し始めた。
「私としては、いさなさんかリオさんがリーダーになるのが普通だと思いますけれど」
 リーダーなんて、正直目立っていいことは無い。普通ならば自分が率先して道を切り開く方が、得体の知れない他人に運命を委ねるよりは安心出来る。けれど、今回は事情が違う。余り目立って、目を付けられても厄介だ。
 と言うか、下手すると私自身が賞金首になってしまう畏れがある。そうなったら、ワイズマンに会いに行くどころの話では無い。
「アタシは、シャルが務めてもいいと思うけど。ほら、賢者だし」
 オナーが余計な事を言う。
「私は、楽しく冒険が出来ればいいと思うよ」
 任せられたら引き受けるけれど、別に自分としてはどっちでもいいと。そういう事か。
「ふむ、拙者は修行中の身。シャル殿が務めるのが良かろう」
「それじゃ、今日のご飯はリーダー就任祝いという事で、シャルの奢りね」
 オナーが笑いながら言う。舐めんな。
「え、いや、その。ご飯は奢るから、リーダーは勘弁して頂けないでしょうか」
「おお、シャル殿の奢りか。それはかたじけない」
「わーい」
 聞いてないし。そうこうしてる間に料理と飲み物が届いた。
「それじゃ、シャルのリーダー就任を祝って!」
 オナーが音頭を取り、乾杯が為された。……リーダーなんか、やる積もり無かったんだけどな。まあ、その内いさな辺りが代わりにリーダーをやってくれるだろう。と言うか、やらせよう。
 そんな事を考えながら、私達は料理に舌鼓を打った。
 どうでもいいけど、東方の清酒まで揃えてるなんて。ドワーフの酒蔵亭と言うだけあって、酒の品揃えは酒屋以上のようだ。いさなの方を見ながら、そんな事を思った。



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三月八日
 ダンジョン生活一日目。
 他のパーティに遭遇する。ムカデの詩集を快く譲って貰う。
 レアモンスターに遭遇する。ならず者を一人焼き殺す。
 下り階段を発見し、地下二階へと降りた。
 他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。

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「で、その時の恋人ってのが───」
 私達は龍神の迷宮を大胆に捜索していた。罠の確認は目測だけ。歩きながら、気楽なお喋り。慎重なパーティはなるべく物音を立てないようにして、六フィート棒で地面をこつこつと叩きながら進むらしいけれど。そんなんじゃ、いつまで経ってもワイズマンには会えそうに無いし、ね。
「待って」
 大胆に進んでいた私達を、オナーが制止する。
「罠か?それとも」
「人」
 いさなに対して、オナーは淡々と告げた。
「数は多分、四人」
 それならハイウェイマンズギルドでは無く、他の冒険者パーティか。場合によっては、そっちの方がタチが悪いのだけど。
「このまま進むとぶつかるけど。どうする? リーダー」
「折角だし、行ってみましょう」
 運命の分かれ目となるかも知れない選択を、私はあっさりと決断した。



 あれは#8、ティーチパーティだ。パーティリストで確認したから間違い無いだろう。盗賊と忍者を多く抱える、異色のパーティのハズだ。
「……やあ」
「どうも」
 相手のリーダーは、妙にそわそわしている。さて、何故だろう。まさか私の正体に気付いた訳では無いだろうし。
 そんな事を考えていると、ティーチの持っている本が目に留まった。あれは、サソリの詩集……じゃない、ムカデの詩集だ。微妙なアイテムだが、持っていて損は無い。
「それ、いいですね」
「そ、そう?」
 何だか、押しの弱そうな相手だ。これなら行けるかも知れない。
「それ、下さい」
「……え?」
 確かに、いきなりそんな事を言われても困るだろう。けれど私は、笑顔で続けた。
「下さい」
「……えーっと」
 明らかに戸惑っている。向こうのパーティメンバーも、そしていさなとリオも。オナーだけは、面白そうにこっちを見ているけれど。
「下さい。くれますよね?」
「……えーっと、その」
 相手が後ろの鋭い目つきの忍者だったら駄目だろうけれど、この戦士からは行けそうだ。そう思い、私はもう一押しした。
「くれないと、どうなるか解りませんよ?」
「……どうぞ」
 ティーチは、渋々と言った様子で私にムカデの詩集を渡した。
「有り難う御座います。それでは、頑張って下さいね」
 何か言いたそうなティーチパーティを無視して、私達は先へと進んだ。



「言ってみるものですね」
 私はぺらぺらとムカデの詩集を捲りながら呟いた。
「アンタって案外いい性格してるよね」
 オナーが、ぺきりと麻痺針の仕掛けを折りながらそう言った。
「シャルちゃんがあんなことを言い出すなんて、思わなかったよー」
「うむ、拙者も正直驚いた」
「えへへ」
 笑って誤魔化す。おかしいな、清純派を演じて行く積もりだったのだけど。まあ、人生そんなものか。予定が予定通り進まず、予定外が予想通りに起こる。概ねそんな感じだ。
「でも、レアアイテムも手に入ったしいいんじゃないかな」
「そうだな。正直微妙なアイテムであるが」
「弱い奴がいっぱい出て来た時には使えるんじゃない。正直微妙だけど」
「自分で奪っておいてなんですが、正直微妙ですよね。無いよりはいいと思いますけど」
 だったら返せよ、とティーチの声が聞こえて来そうな気がした。
「誰か来るよ」
 ふと、オナーがそう言う。次の瞬間、光で私達の姿が照らされた。それは、冒険家のような格好をした一人の少年だった。
「まさか……!」
「知っているのか、シャル殿!」
 噂には聞いていたけれど、本当に出会えるとは思わなかった。
「あれは、スペランカー! 数ドットの段差から落ちただけで死んでしまうという、伝説の冒険家!」
「ねぇねぇシャルちゃん、ドットって何?」
 リオが戦闘準備をしながらそう言うが、私は無視して解説を続ける。
「宝の山を求めて洞窟に来たのはいいけれど、エレベーターからうっかりジャンプせず降りてしまい死んでしまったり、リフトから降りる時に位置が悪くて死んでしまったり、掴まったロープから降りる時の衝撃で死んでしまったりする史上最弱の冒険家一族よ! 酷い時には、下り坂をジャンプして進んだだけで死んでしまうという……!」
「常識的に考えて、そんな冒険家一族が存在する訳無いと思うけれど」
 私ははっと気付く。此処は微妙な上り坂になっている。と、言う事は……。
「何にせよ、向こうはやる気のようでござるよ?」
 いさながそう言った瞬間、スペランカーは私達に向かって飛びかかって来た。
 そして死んだ。
 辺りに気不味い沈黙が訪れる。
「……事実は物語よりも奇なりってやつですね」
 オナーがそう締めると、私達は迷宮の奥深くへと進んで行った。
 それにしても、伝説のスペランカーに会えるなんて。これは結構、良い経験をさせて貰ったかも知れない。長生きはしてみるものだね。



「あべしー!」
「ちにゃあー!」
「ひでぶー!」
 何処からか沸いて来たハイウェイマンズギルドの連中を、いさなはばっさり十人程斬り捨てていた。リオとオナーには二人ずつ襲いかかって来て、私には一人襲いかかって来た。
「燃えちゃえ」
 それを斬ったり突いたり燃やしたりして撃退すると、私達は二階へと降りる階段を見つけた。
「今日は此処でキャンプしましょう」
「うん、賛成だよ」
「一日で探索出来る量には限界がある。拙者も賛成だ」
「じゃ、四交代で見張りをしながら休もうか。まずはアタシからね」
 特に異論は無く、私達は今日の探索を終えて休む事にした。私はちゃっかり、四番目の見張りになった。野営は最初と最後の見張りだけ、まとまった時間眠れるのだ。
 それにしても、露出度の高いリオよりいさなを狙うならず者の方が多いなんて。知名度と隊列は大事だな、やっぱり。一番後ろで良かった。そんな事を考えながら、私は眠りに就いた。



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三月九日
 ダンジョン生活二日目。
 流れの鍛治屋に遭遇する。戦士の二人は武器を鍛えて貰った。
 レアモンスターに遭遇する。ならず者を一人焼き殺す。
 下り階段はまだ見つからない。
 他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。

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「お主ら、酷い武器を使っておるのぉ。どうじゃ、ちょいと貸してみんか? わしにかかればちょちょいのちょいで鍛えてやるぞい」
 いきなり会ったそのドワーフは、そう切り出して来た。普通は警戒したりするところだろうが、私は魔法の指輪を取り外しドワーフへと見せる。
「そりゃ駄目じゃ。わしの専門外じゃな」
 残念。
「この剛力丸を、酷い武器とは」
 そう言いながらも、いさなは武器を渡す。
「私の剣、やっぱり酷いかな?」
「あー、アタシはいいや。パス」
 リオは大胆に剣を渡し、オナーは堅実に申し出を辞退した。性格出るよなあ、こういうの。
「きぇぇーーーーーい!!!」
 ドワーフは直ぐさま自分の鍛治道具で二人の武器を鍛え上げる。三十分も経つ頃には、剛力丸もリオの剣も前より鋭い光を放っていた。剛力丸に関しては、前より怪しげな光と形容した方がいいかも知れない。
「便利じゃろ? ……しかしこんな浅い階は、どうせお主ら転送装置が使えるようになったら、あっちゅーまに飛ばしていってしまうんじゃよ、どうせな……」
 ドワーフはそう言うと、謝礼も要求せず、寂しそうに立ち去っていった。
「いい人でしたね」
「ああ、いい人でござったな」
「私の剣、ほやほやだよ」
 鍛ち立てほやほや、という意味だろうか。
「あ、罠だ」
 そんな事を話ながら歩いていると、オナーは麻痺針を見つけべきっとへし折って捨てた。相変わらず彼女は優秀だ。正直彼女と組めて、私は運が良かった。



「む、あれは何だ?」
 いさなが剛力丸で指す先には、虹色のシャボン玉が浮かんでいた。
「まさか、あれは……!」
「知っているのか、シャル殿!」
 昔、糸目の男に聞いた事がある。確かあの男は……何とか太郎とか言ったか。東洋風の名前だった。
「エプシロン星の勇者、ミロンが伝説の剣エクスカリバーを持ち生み出したとされる泡……!それは恐ろしい攻撃力を孕み、どのような魔人もそれに何発か当たれば滅びるしか無かったという」
「ねぇねぇシャルちゃん、エプシロン星って何?」
 リオが戦闘準備をしながらそう聞くが、答え難い質問なので無視して解説する。
「しかし、所詮はそれが割れずに残っただけのもの。それを生み出した者自身と戦うならまだしも、丸腰でも無ければ負ける理由の無い相手です」
 言い終わる前に、いさなはガコンと剛力丸を振り下ろし、蹂躙した。
「わ、出番が無かったよ」
 正直、スペランカーやレインボーバブル相手では出番が来ない。とは言え、出来ればそんなもの来ないに越した事は無いのだけど。
「気を付けて、荒々しい足音が近付いて来る」
 オナーが警告する。またお客さん、か。
「よし、弱ったところを狙うんだ!」
「行くぜ野郎共!」
 誰が弱ってるって? 現れたならず者は、全部で三十六人。その内二十八名がいさなにわらわらと向かった。私やオナーのところに来たのは一人だけ。目立たないってのはいいなあ、とか考えながらその一人を焼き尽くす。火葬する手間の省ける、我ながら悪く無い方法だ。
 いさなが四人程殺り逃したが、別に大して気にする事は無いだろう。
 ならず者達の死体の中から、オナーは自分に合う装備を見繕って手に入れていた。盗賊にはこれぐらいの強かさを持って貰わないと、ね。
 この日は結局他に何も無く、私達は休む事にした。



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三月十日
 ダンジョン生活三日目。
 モンスターに遭遇する。ならず者を一人焼き殺す。
 下り階段はまだ見つからない。
 他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。

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「あ、そこ警報があるから踏まないで」
 一瞬にして見破られるギルドアラーム。それにしても、オナーは優秀だ。必要な事以外余り喋らない子だけど、私は妙な親近感を感じていた。多分、この中で一番私に近しいのは彼女だ。そんな気がする。
「ダンジョンって、昔はもっと色々あるものだと思ってたけれど」
 リオが、水たまりでも避けるかのように警報機付きの床石を飛び越しながら言う。
「一日中探索してても、何も無いこともあるんだよね」
「それでも一応、地図は埋まっていきますよ」
 そして、出来ればワイズマンに出会うまで何事も起きて欲しく無いのだが。冒険者によっては、その何事かを目的として迷宮に挑む者も居る。
「誰か来るよ。数は一人」
 さて、またあの流れの鍛治屋だろうか。そう思ってると、見た事の無い、ナイフを持った男……いや、モンスターが現れた。
「どうやら、敵のようでござるな」
 やる気満々の相手を見て、いさなが剛力丸を構える。
「あれは、まさか……!」
「知っているのか、シャル殿!」
 昔、糸目の男に……あいつ、名前なんだっけかな。キタローだっけ。ケイタローだっけ。確か、そんな名前だったんだけど───に聞いた事がある。
「その考古学者は、李成岑と言う謎の中国人からロスマリー国沖合にあるワルドラド島の調査を頼まれたと言うナイフの達人にして、ドン・ワルドラドの宿命のライバル。ミステリーゾーンに突入しても無事に帰ってくるその男には、いつからかチャレンジャーの二つ名で呼ばれるように……」
「ねぇねぇシャルちゃん。色々と聞きたい事があるけど、そもそも中国人って何? ミステリーゾーンってどんなところ? そもそも私、ロスマリー国とかワルドラド島とか聞いたことないんだけど」
 非常に答えにくい質問なので、軽く無視する。と言うか、この迷宮ってどう考えても時空とか歪んでると思う。一つの部屋に何百人とか収容されてるし。
「とにかくナイフの達人だから、気を付けて」
「チェストー!」
 と言ってる内に、ムカデの詩集の魔力に守られたいさなが一撃でナイフユーゼイジを葬り去った。
「まだ何か来るよ。それも大勢」
 オナーがそう警告する。
「ギルド心得三条、弱ったところを……あれ?」
「えーっと、とにかくみんなで行けぇ!」
「数はこっちのが上なんだあ!」
 二十一人ばかり現れたならず者は、十五人がいさな、二人がリオ、三人がオナー、一人が私に飛びかかり……そして、その全員が葬り去られた。
「命を粗末にする連中だ」
 いさなが汚い物でも見るかのように───実際、既にそれは汚い物だったが───言った。
「めぼしい物も、特にないですね」
 オナーは一通り物色した後、そう言った。
「それじゃあ、行きましょうか」
 結局この日は他に何も無く、私達は休む事にした。当然私は、四番目の見張り役について。



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三月十一日
 ダンジョン生活四日目。
 またあの鍛治屋に遭遇する。戦士の二人は武器を鍛えて貰った。
 階段を見つけたが、聖霊に邪魔されたので蹴散らして進む。
 ロウフルパスポートとCコインを手に入れた。ならず者を二人焼き払う。
 他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。

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「お主ら、相変わらず酷い武器を使っておるのぉ」
「前回鍛えて貰ったような」
「どうじゃ、ちょいと貸してみんか? わしにかかればちょちょいのちょいで鍛えてやるぞい」
「……えーっと」
 私は再び魔法の指輪を取り外しドワーフへと見せる。
「だからそれは駄目じゃ。わしの専門外じゃな」
 ならば、他の者の武器を指して言ってるのだろうか。いや、前回それは鍛えたはず。
「まだ、鍛えられると言うのか? この剛力丸を」
「うむ」
「私の剣、まだ酷いかな?」
「うむ」
「あー、アタシはいいや。パス」
「うむ」
「きぇぇーーーーーい!!!」
 ドワーフは直ぐさま自分の鍛治道具で二人の武器を鍛え上げた。と言うか、まだ鍛えられるなら前回それをやってくれればいいのに。
 三十分も経つ頃には、剛力丸もリオの剣も前より鋭い光を放っていた。剛力丸に関しては、前よりさらに不気味な光を帯びた感じだ。大丈夫なのだろうか、あの武器。
「便利じゃろ? ……しかしこんな浅い階は、どうせお主ら転送装置が使えるようになったら、あっちゅーまに飛ばしていってしまうんじゃよ、どうせな……」
「だったら、貴方も下の階に行けばいいのでは?」
 ドワーフは無視し、寂しそうに歩いて行く。
 さて、あれは何なのか。1、妖精。2、地縛霊。3、ワイズマンのように、二階から出られない呪いにかかっている。
「いい人だったねー」
 リオがそう言うので、通りすがりのいい人でいいや、別にそれ以外の何かでも困らないし。そう思って先に進む事にした。



 階段だ。
「階段だな」
「階段だね」
「階段かな」
「階段ですね」
 誰も、それ以外の感想が無いのだろうか。とにかく、私達は階段を見つけた。
「む、何か物の怪が居るぞ」
 それは、階段の前に蜃気楼のようにして現れた。
「我は善を司る聖霊。龍神の試練を受けし者よ、汝は真に善なる者か? 真に善なる国作りを行える、と確約できるか?」
「ハウリ王子に聞いて下さい」
 しかし、聖霊は無視して口上を続ける。
 と、突然床から赤くて鈍い光が漏れ、警告音が鳴った。
「汝、真に善なる者に非ず。ここを通すわけにはいかぬ!」
 いや、確かに私は善良とは言えない存在だけど。検査する相手が違うだろ、お前。
「致し方ない、力尽くでも通して貰うとしようか」
「目的は、まだまだ下の方だしねー」
 いさなとリオは、こうなるのが解っていたと言うように武器を抜いた。
「仕方無いけれど、退いて貰いましょうか」
 私が詠唱の準備に入る頃には、オナーは黙ってダガーを抜いていた。



 結局、私達は被害らしい被害も無く、法則のゴーストを倒した。聖霊が掻き消えた先には、奇妙な物が落ちている。
「これは……」
「知っているのか、シャル殿!」
 まあ、一応賢者を名乗るぐらいだし。この程度のアイテムの効果なら解る。
「ロウフルパスポート、ですね。これを持ってると、次此処に来た時今の奴と戦わずに済むと言う」
「へー。それって要るの?」
「……正直、余り要らないような気がします」
 色々な意味で。でも、一応貰っておこう。
「どうする、一度帰る?」
 オナーがそう提案する。
「いえ、このまま進みましょう」
 私はそう言って、注意深く階段を降りて行った。



 水道管水道管水道管。そこは、水道管だらけの階層だった。
「あ、そこに壁返しがあるよ」
 オナーが、そう注意を呼び掛ける。彼女が居る限り、私達がこの程度の罠に引っかかる事なんて無いだろう。
「そしてお客さんがいっぱい」
 また、か。連日連日飽きないものだ。
 現れたならず者達は、全部で十七人。記録と照合すると、何だか段々減って来ているような。
「ハイウェイマンズギルド心得!」
「弱ったところを!」
「大人数で!」 
 弱ってないし、大人数でも無い。いさなに向かった八人は叩き潰され、リオに向かった四人は斬り伏せられ、オナーに向かった三人は刺し殺され、私に向かって来た二人の愚か者は焼き払われた。
「結構いい物持ってたよ、こいつら」
「あ、この剣今のより良さそう」
 二回程鍛治屋に鍛えて貰った剣を捨て、リオは切れ味の良さそうな剣に持ち替えた。
「このコイン、なんですかね」
 オナーから、怪しげなコインを受け取る。
「これは……」
「知っているのか、シャル殿!」
 だから、この程度のアイテムなら鑑定出来るんだって。
「Cコインと言って、一階の台座にハメると三階まで移動出来るアイテムらしいです」
「ねぇねぇシャルちゃん」
「何ですか?」
「それがあれば、さっきのロウフルパスポートとか言うの要らないよね?」
 確かに。
「ええ、要りませんね」
「もしかしてこの迷宮って、微妙なアイテムばかりなのかな?」
 言われてみると、そんな気もして来る。いや、きっと深く潜ればもっといい物も手に入るだろうけど。
「それを確かめる為にも、先へ進みましょう」
「うん、そうだね」
 しかし、今日は随分と探索した為、もう休む事にした。



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三月十二日
 ダンジョン生活五日目。
 モンスターに遭遇し、いさなが戦闘不能に。
 そこにならず者が現れたので売り渡す。
 他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。

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 私達は、水道管だらけの三階を進む。
「そこ、プール」
「泳げるかな?」
「泳げると思いますけど、疲れるのでは」
「ふむ、だが水浴びというのもいいかもしれんな」
 確かに、いさなは連日連日大量のならず者を斬り伏せていて、返り血だらけだ。
「情報が正しければ、地底湖から引っ張って来た水でしょうし、何も問題は無いと思いますけど」
「決まりだな」
 こうして私達は、濡らしたタオルで躰を拭いたり飛び込んだり水を浴びたりしてリフレッシュした。暢気な気もするけれど、長旅になるだろうしたまにはいいだろう。適度な休息は、大局を鑑みた場合必要だ。



「で、あの同じ顔してる不気味な配管工共はなに?」
 私達は、白い帽子に赤いヒゲを生やした不気味なモンスター達に囲まれていた。
「まさか、あのヒゲオヤジは……!」
「知っているのか、シャル殿!」
 私の持っている文献が正しければ、間違いない。
「ファイアーマリ……プランバーと呼ばれる、キノコで伸びたり縮んだり増えたりする不気味な配管工一族です。特に炎の花を食した者は、体毛や目の色や服飾センスが変わり、口から火を噴けるようになると言います。どうやら彼等は、その火を噴く個体のようです」
「所詮は大道芸でござろう?」
 いさなはそう言うと不敵に笑い、ファイアープランバー達に斬りかかった。



 結果、いさなは戦闘不能になってしまったが、何とか私達は配管工共を倒した。
「まだ、終わってないですよ。騒がしい奴等が来ます」
「ハイウェイマンズギルド心得、第三条でしたっけ……」
 まあ、正直私とリオが手分けすれば、いさなに襲いかかるならず者も含めてその全てを焼き尽くせるだろう。と言うか、三十人程度ならば私一人でも何とかする自信はある。けれど。
 オナーと視線が合った。こくん、と私は頷く。
「ごめんなさい……」
「ごっ……ごめんなさいっ!!」
 微妙にハモった。
「これが私の、仕事なんです」
「え、えー? シャルちゃん、オナー、え? 本気なの?」
 いさなは、諦めたような目で私達を見るだけだった。
「確かに、戦えない者が居ては邪魔かも知れぬな」
 こうしていさなは、二十六人のならず者達によって三階の何処かへと連れ去られて行った。
「そんなに急かさずとも、ついていくわ……まったく運の無い」
 確かに彼女は、色々な意味で運が無かったのだろう。
 私達はそのまま探索を続け、宝箱から上質なダガーを見つけ、オナーはそれを装備し、それから三交代制で休息を取る事にした。



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三月十三日
 ダンジョン生活六日目。
 三つのパーティと遭遇。ギルドとの約束を軽く実行する。
 ロブスターワインを発見。ならず者を六人焼き払う。
 他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。

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 迷宮を歩いてると、オナーが足を止める。
「待って」
 私とリオが足を止めると、神妙な顔で彼女は言った。
「何だかいっぱい人が来るみたい。それも、三方向から」
 さて。一組がモンスター、一組がハイウェイマンズギルドとすると、もう一組は冒険者達か。どうするか。
「別に問題無いと思います。進んでみましょう」
「うん、わかった」
 と言うか、引き返すのが面倒なだけだけどね。引き返したって、探索は進まないし。
 幾分警戒しながら進んで行くと、十字路で私達は出会った。あれは確か……資料の記憶と演算魔法を用いて認識する。
 あれは確か#14ワドリーネパーティ、#23エメラーダパーティ、#29ミヒランパーティだ。ワドリーネパーティとミヒランパーティは、私達に顔も合わせず通り過ぎて行く。私達とエメラーダパーティは、無言でそれを見送った。
「ちょっと、感じ悪かったですよね」
「そうだね、とは言えこんな状況だし仕方無いんじゃないのかな」
 見たところ、エメラーダは話せる人間のようだった。若いのに、その実力は私と同程度と見受けられる。世の中には確かに存在するんだよね、人が百年かけて研鑽して来た事を十年もかけずに簡単に追い越してしまう連中───天才ってのが。
「そうですね。生き残る為には無駄な争いや危険は避けて然るべきですし」
 私は印字魔法を用いて、壁に文字を描く。
『三月十三日。この先に無防備な四人の女冒険者達が向かった。 →』
「こうしておけば、私達の元へ来るならず者の数も相対的に減るでしょう。こんな状況だし、仕方の無い事です」
 自らの安全の為に。私はそう嘯く。
「あはは、確かにそうかも知れないね。でも」
 エメラーダは光源魔法を使うと、それを壁の文字へと貼り付けた。
「それならこうした方が、より効果的なんじゃないかな」
 闇夜に浮かび上がるその落書きを評し、言った。
「確かにそうですね」
「こんな状況だし、仕方無いですよ」
 私達はくすくす笑い合うと、笑顔で十字路を後にした。



 その姿が見えなくなったところで、オナーがボソリと言う。
「アンタって、やっぱりいい性格してるよね」
「そんな事無いですよ」
「……どうだか。あ、ボウ・トラップだ」
 オナーはひょいと引き絞られた矢を取り上げると、罠を無効化する。
「だって、私がやらなければオナーさんがやったでしょう?」
「……そうかもね」
「そんなことより、いさなちゃん元気にしてるかなあ。心配だよ」
 リオが、本当に心配そうに言う。
「彼女なら、きっと大丈夫ですよ」
 根拠は全く無い。よって探しにも行かない。
「うーん、そうかな……」
「また、人がいっぱい来るよ。今度はならず者達みたい」
「いさなさんが無事に帰れるよう、倒しておきましょうか」
 偽善欺瞞もいいところだ。そう言って私はならず者を六人焼き払い、オナーは五人刺し殺し、リオは二人斬り伏せた。やっぱりいさなが居なくなると、私達に群がる男達がどうしても増えるなあ。
 そうして暫く進んでいると、宝箱を見つけた。オナーは慣れた手つきでそれを開ける。
「何だろこれ。ワイン?」
「ああ、それは」
「……あ。知ってるの、シャルちゃん?」
 いや、別にそれは決まり文句でも何でも無かったんだけど。確かにいさなはノリが良かったけどさ。
「ロブスターワインと言って、ドワーフの酒蔵亭のマスターが探している上質のワインですね」
「ようやくまともなお宝にありつけたか」
 オナーは笑顔でそれを私に渡す。
「けれど、持ってるだけで周囲の人間を妙な気分にさせる副作用があります」
「そう。確かにそんな感じかも」
 オナーは、手で風を起こし自分に向けて扇ぐ。
「別に、何とも無い気がするけど?」
 そりゃ、リオは恰好が恰好だし。そりゃね。思ったが、口に出さないでおく。私も或る意味人の事言えないしね。
「それじゃあ、お宝も見つかったし今日はこの辺で休みましょうか」
 特に異議もなく、私達は休む事にした。



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三月十四日
 ダンジョン生活七日目。
 こういう時果てまで突き出したように伸びる私の手、これはゲーム七日目───と言うんだっけか。
 煤にまみれた配管工に近道を教えて貰い、四階に到着。
 モンスターに遭遇し、リオが戦闘不能に。ならず者を二十人焼き払う。
 休息を取り、リオの戦闘不能が治る。
 そう言えば今日のような日の事を、世界白濁記念日と言うのだっけか。

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「誰か居る」
 慣れたもので、オナーのそれを聞くだけで私達は身構えた。
「言ってみましょう」
 私がそう言うと二人は頷き、歩き出す。
 その先には、煤にまみれた配管工が笑いながら手招きしていた。その横には人が立ったまま通れそうな太さのパイプが壁の向こうに埋没している。
「入ってみろよ。近道出来るかも知れないぜ?」
 と言って、配管工はパイプをポンポンと叩いた。
「せっかくだから、この緑のパイプに入ってみましょうか」
「気が進まないなあ」
「そう? 楽しそうじゃない」
 私達二人が大胆にもパイプの中に収まると、オナーも諦めてパイプの中へと入る。
「行くぞっ、せーのっ!」
 配管工がバルブを捻ると、大量の水がパイプの中に押し寄せてきた。私達は状況とか水とかそう言ったもろもろに流されて、パイプの中を進んでいく。
 心無しか、下ってるような。まあ、近道と言う位だから下らなきゃ進まないけれど。その時、配管の出口が見え、私達は勢い良く池に落ちた。
「二人とも、無事ですか?」
「私は大丈夫だけど、シャルちゃんこそ大丈夫?」
「アタシはこういうの慣れてるから」
 被害は軽微。少し疲れた程度だ。そして辺りを見回すと、先程まで周囲に無数に蔓延っていた配管が殆ど無い。どうやら此処は、演算魔法の計測した数値から鑑みても四階のようだ。
「本当に、四階へも近道だったみたいですね」
「本当にって、アンタ信じてなかったの?」
 オナーが不審そうに聞いて来る。
「半信半疑と言う奴です」
「……まあ、別に結果オーライだけど」
「楽しかったねー」
 確かに、滅多に出来無い体験をする事が楽しいのであれば、楽しかったろう。
「えい」
 速渇魔法で、私達の濡れた衣服を乾かす。魔法って便利だ。これはやりすぎると服が萌えたり分解したりするのだけど、そんな下手は打たない。
「それじゃあ、行きましょうか」
 二人は頷き、歩き始めた。



「ちょっと待って」
 私達は立ち止まる。罠か、敵か。
「ブレードネット……か。何だか罠も物騒な物になってきたね」
 オナーは慣れた手つきでそれを取り外す。本当に、私は彼女と一緒にこのダンジョンに来られて良かった。
「後、冒険者パーティか何かが来るよ。正面」
 もう他にもこの階層まで達した冒険者達が居たか。私が出発した時期を考えれば、当然かも知れない。
「行きましょう」
 私は今まで通り、行ってみる事を選んだ。しかしそこに待っていたのは冒険者達では無く、モンスターだった。
 小さな妖精に連れられた、四人の戦士。全員、その辺のならず者十人分ぐらいの実力は持ってそうだった。厄介な相手だ。私は構えながらつい癖で呟く。
「まさか、これは……!」
「……知ってるの、シャルちゃん!」
「……。私にだって、解らない事ぐらい、あります!」
「ええー!?」
 じゃあ言うなよ。自分で思った。とにかく、私達の戦いは始まった。せめて、こっちももう一人居れば楽なんだけどな。



「いたたたた……」
 何とか一匹と四人を倒す頃には、リオは戦闘不能になっていた。四階ともなると、流石にきつい。特に三人ってのがきつい。誰の所為かと言えば、私の所為なので文句とか言えないけれど。むしろ、言われる立場か。
「あの、まだ来るよ」
 オナーがそう報告する。
「困りましたね」
 このパターンだと、どうせまたハイウェイマンズギルドのならず者達だろう。そう言えば前はこのパターンでいさなを売り飛ばしたっけか。元気にしてるかな。
「……どうする?」
「そうね」
 現れた男達は、ぴったり四十人。私が二十人、オナーが二十人相手にすれば何とかなるだろう。
「蹴散らしましょう」
「そうですね。見捨てるのはいつでも出来ることだし」
「うー。何だか黒い会話が行われてるような」
 私は自分に向かって来た八人とリオに向かって行った十二人、合わせて二十人をきっちり焼き尽くした。オナーは向かって来た二十人の内十八人を刺し殺し、残る二人を蹴散らした。……本当に二十人何とかするとは思わなかったな。
「何とかなるもんだね」
「ええ、リオさんを売らずに済みましたね」
「……何となく、素直に喜べないのはなんでかなー?」
「えへ」
 可愛らしい笑顔で誤魔化す。
「ねえ、シャル」
「何でしょうか?」
「今思うと、いさなは別に売り渡すことも無かったような」
「……次から気を付けましょう」
 人間、誰にだって間違いはある。と言うか、そもそも私の人生全てが過ちであり間違いな気もする。ならば、するべきは悔恨では無く前進と研鑽だろう。
「あ、向こうに何かありそう」
 最前列を歩く事になったオナーについて行き、お宝を見つけた。それは、一般的な武器屋では最高品質と呼ばれる程の剣と短剣であった。
「この辺りになると、流石にいい物が落ちてるな」
 そんな事より、盗賊を最前列にして歩くパーティーって相当駄目だよね? そろそろ一度帰還して、体勢を立て直すべきなのだろうか。いや、きっとまだまだ行ける。行けるけど、今日はもう休憩しよう。
「と、言う訳でそろそろ休憩しましょうか」
「どういう訳か解りませんが、賛成」
「私はもう、くたくただよー」
 そんな時こそ、回復魔法の出番だ。
「そう言えば、このダンジョンに入ってから初めてですね」
「うん、私はシャルちゃんが魔法で人を殺すところはいっぱい見たけど人を助けるところは一度も見てないよ」
「えーっと、ほら。さっき助けたじゃないですか」
 えへへ、と笑って誤魔化す。いい加減本性がバレて来た気がしないでも無い。
「アタシも水泳をさせられて疲れてるから、お願い」
「それじゃあとっておきのを使いますか」
 この魔法は難しくて、正直四回に一回ぐらいしか成功しないのだけど。
「ヤドヤズン!」
「なにそれ」
 冷静なツッコミは無視し、魔法は発動した。私とオナーの体力を完全に回復し、戦闘不能だったリオも再び動けるようになる。
「宿屋に泊まったぐらい回復する、伝説の魔法……らしいですよ?」
 使った本人が疑問系。正直出自が怪しい呪文だが、効果は確かだ。魔法の世界には、形式や体面、邪法や禁術に拘らなければ恐ろしい程の成果が挙げられる事は珍しく無い。
「そういう魔法があるなら、ますますいさなちゃんを売り渡さなくても」
「二階から、茨の茂みに飛び降りた男の話を知っていますか?」
 私はリオの素朴な疑問を遮り、続けた。
「その時は、良い考えだと思ったんですよ」



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三月十五日
 ダンジョン生活八日目。
 監禁玄室に囚われていた冒険者パーティーを救出。
 他には特筆すべき事項は無し。いつも通り。

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「この気配は、ならず者ハウス」
「オナーちゃん、何それ?」
 大方、監禁玄室の事だろう。
「ハイウェイマンズギルドが、女の子を閉じこめてやっちゃってる広い部屋のことです」
「いさなちゃんが居るかも知れないし、助けましょう!」
「そうですね、見過ごせません」
 何かいい物が落ちてるかも知れないし、ね。本当なら余り敵に回したくは無かったけれど、放っておいても向こうからわらわら襲いかかって来るし。同業者さえ見逃せない者達ならまあ、いっそ全て焼き払っても仕方無いか。何より、今更リオを止める方が面倒そうだし。
 すると、リオは勢い良く玄室の扉を開け放った。中ではむせ返る臭いと共に五十九人のならず者が 四人の女冒険者達を凌辱している。私にとっては慣れた光景だ。リオにとっては、見るに堪えない光景かも知れないけど。
 そしてならず者達は、血走った目で私達に襲いかかって来る。予想通りだが、パンツも穿かずに襲って来るのはなっちゃいない。
「急いで!早く逃げましょう!!」
 そう言いながら、リオはさっくり三十人を斬り伏せる。剣術が扱えると言うだけあって、武器がちゃんとしていればなかなかの活躍を見せる。
「これで貸しひとつね」
 オナーは、慣れた手つきで十八人を刺し殺した。何て言うか、正直殺し屋か何かに転職した方が稼げるんじゃないかと言う鮮やかな手つきだ。
「え、えっと、あの、その。助けに……来ました……」
 私は、余った十一人を焼き払う。ちなみにこれらの数が正確に把握出来るのは、演算魔法がきちんと働いている証拠だ。
 死屍累々となった部屋で、捕らえられていた冒険者達は口々にお礼のようなものを言う。
「済まない。私としたことが……」
「ぁ……助かっ……? ありがとう、ありがとう。うぅ……」
「ひっく……ひっく……。ありがとう……」
「遅いですわ……。がしかし、礼は言わせて貰いましょう」
 ってこいつら、二日前に出会ったあの感じの悪い冒険者集団……#29、ミヒランパーティーじゃないか。表情から察するに、オナーもそれに気が付いたようだった。
「それでは、御機嫌よう」
 私は微笑むと、玄室を後にする。オナーも心得たようにそれについて来た。
「あれ、え? えーっと。まあ、いいか」
 リオも、助けるだけ助けたし、地上まで運ばないでもギリギリ許容したようだった。



「そこ、落とし穴だよ」
「落ちたらショートカット出来無いかな?」
 時が止まる。
「……下に槍があって串刺しとか、アタシはゴメンだけど」
「私も、それはちょっと」
「冗談ですよ」
 半分ぐらい。
「で、向こうから沢山の足音」
「迎え撃ちましょう」
 私達は、戦闘準備をして待ちかまえる。
「ギルド心得、第二条!」
「十人って、一階に出るならず者より少ないですよね」
「ギルド心得、第三条!」
「シュートって、相手を弱らせる罠じゃないですよね」
「いいから行けえ!」
 リオに四人、オナーに四人、私に二人襲いかかって来たならず者達は、斬られたり突かれたり燃やされたりした。既に見慣れた光景だ。
「お宝はあるにはあるけど、めぼしい物が何もないね」
 オナーのお陰で、これも見慣れた光景だ。
「さて、それじゃあそろそろ休もうか」
 私は適当な回復魔法をリオへと唱える。
「シャルちゃんって、賢者なんだねえ」
「今までなんだと」
「……腹黒系魔術士?」
「確かに、シャルは腹黒い」
「オナーさんには言われたくないです」
 そう言いつつ、私は見張り番の順番を最後にして貰った。



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三月十六日
 ダンジョン生活九日目。
 賞金首のゴルゴダスに惨敗、囚われの身に。
 こいつ、いつか、殺す。

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 最近、ギルドとの縁が深くなって来たのか。私達が開けたその部屋には、一人の僧侶がぐったりした裸の女を、ならず者達に引き渡しているところだった。
「レベル8賞金首、ゴルゴダス……ですね」
 私がそう言うと、ゴルゴダスはならず者達を逃がして嫌な嗤いを浮かべる。
「ほほう、いい女が揃っておるではないか。売り渡す前に拙僧が味を確かめてやろう」
 お前風情にやられるものか。私はこれでも、背徳の賢者だぞ?



 ───そう思っていた時期が、私にもあったっけか。ゴルゴダスの放った金縛りの術で、私達は全員麻痺した。有り体に言えば全滅だ。
「一つの単純な術でも、それだけを特化し極めれば竜をも葬る術となる、か。魔法の単純な試行にして、至高への指向。正直、侮っていた……かな」
 嫌らしい笑みを浮かべて近付いて来るゴルゴダスを睨み返し、評価する。
「ふん、動けぬ身の分際で生意気な覇気を放ち続けておるとは、これは拙僧一人では運びきれんか。仕方ない」
 ゴルゴダスはならず者達を呼ぶと、私達を引き渡した。これが最後の機会だろうし、もう一度猫を被っておくか。
「いやっ、離してっ!離してよっ!!」
「……」
「あっ……!や、やめ……」
 こうして私達は、囚われの身となった。あっけないものだ。まあ、この階層ならいずれ誰かが助けに来るだろうけど。それまでリオとオナーが保つかどうか。
 何にせよ明日には私の変装もバレ、シャル・アスラでは無く───シャノアール・アカベラスになるだろうな。この屈辱を味合わせてくれたゴルゴダスは、いつか必ず殺してやろう。
 けれど、その前に。粗野な男達に犯されるのも、なかなか悪く無い愉しみかも知れない。人生、何処に自分の求めているモノが転がってるか知れたモノでは無いのだから。これはこれで、最善かも知れないじゃないか。世の中には、最善と最悪が同一であったり、最善と最悪の二つしか無い事も在ったりするのだけれど。
 とにかく、今はどうでもいい話だ。どうせ、物事は為るようにしか成らないのだから。



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