『KARMA』



 街に帰ってきて宿に戻ると、皆と別れて自分の部屋に入った。装備を外して楽な服に着替えると、寝酒を一杯飲み干して、ベッドへと潜り込む。

 今日もばれなかったと、ほっと胸を撫で下ろす自分。
 騙している事に罪悪感がある訳でもなく、いい気味だと思っている訳でもない。惜しいかなと思うけど、なによりも……。

 そして、その続きをいつも飲み込む。そこにあるのは――――――軽い、恐怖。
  


      ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 2年前のあの時、少年に手伝って貰って、あの男から逃げ出した。そしてそのまま街を抜け出して、乗せて貰った荷馬車に揺られて辿り着いたのは、元いた所に比べる、とずいぶんと小さな町だった。
 この辺は大きな街がいくつか点在しているが、何処に行くにしてもまず、あらゆる街道が交差する場所にあるこの町を通る。だから何処かを目指すにしても、暫く留まるにしても、この町は丁度良いんだと、荷馬車の持ち主であるおじさんが教えてくれて、荷馬車から降ろしてくれた。
 お礼を払おうと懐を探って財布を捜していたら、その手を止めてきた。何故と問うと、あの少年が払ってくれたと教えてくれた。

 改めてお礼を言っておじさんを見送ると、あたいは歩き出す。期待と不安とほんの少しの興奮は、次の瞬間道端の石に躓いて吹っ飛んだ。
 ―――あたいは何処のドジっ子だ……。

 
 宿は一軒しかなかったが、街道の交わる所に位置しているという事で、町の小ささに比べるとその建物は大きいほうだった。一階が酒場で二階が宿泊施設になっている、いわゆるパブの形式で、昼を過ぎた時刻だというのに一階は食事客で賑わっていた。
 賑わいの中、人と人の隙間を縫うように奥へと向かい、カウンターまでたどり着く。カウンターの中では、40頃の男性が黙々とグラスを拭いている。多分、ここのマスターだろう。

「マスター、ミルクとパン頂戴」

 酒場に似合わぬ子供染みた注文にも、嫌な顔一つせずマスターは出してくれた。カウンターの一席に座ったあたいの目の前に、少しの間を置いてから並べられた、クロワッサンが二つ乗った皿と、ミルクの入ったコップと、小さなサラダボウルに入ったサラダ。
 サラダは頼んでないというと、サービスだと言ってくれた。ラッキー。

「人いっぱいだね、いつもこの時間まで繁盛してるの?」
「いや、今は大きな商隊が今在留していてな、ここにいる大半は、その護衛の冒険者や使用人だ」
「へぇ……商隊かぁ」

 改めて店の中を見回す。これはどうもタイミング悪く、この町へ来てしまったらしい。

 この町でとりあえず、まっとうな仕事を探してみるにしても、違う場所へと旅をしてみるにしても、今日一日は宿を取ってじっくり検討する予定だった。仕事を探すにはまず町を見回らなきゃいけないし、何処か行くにしても、せめてどっちの方角に行くかぐらいは定めなくちゃいけない。
 今まであの町の外には出た事がなかったとはいえ、あの人に教えて貰って周囲にある町の名前はいくつか知っていたし、少年のくれた荷物には、少し古いものだが地図がある。

 しかし到着したその日に、宿に団体が泊まっているとは普通思わない。これは早めに部屋の空きがあるか聞いたほうがいいかなと、マスターに尋ねようとした瞬間、店員らしき女の子がマスターを呼ぶ声が聞こえてきた。何かを言おうとしたのは気付いていたのか、マスターはあたいに一言断りを入れてから、その場を外してしまった。

 残されたあたいは、マスターの後姿と、マスターを呼んだ店員の子の姿を目で追ったが、何も言わず体制を元に戻した。別に戻って来てから聞いたって、既にここまで込んでいるんだったら、然したる違いはないだろうしね。
 
 パンを一つ口に咥えたまま、地図を見ようと鞄に手が触れた時、テーブル席の方からテーブルがひっくり返る音と、食器が派手に割れる音と、人間の短い悲鳴が程よく合わさって聞こえてきた。
 振り向けば人だかりが出来ている。近くでおろおろとしている店員の子は、先ほどマスターを呼んだ子。マスターは、喧騒の原因らしい二人の間に立って二人を宥めていた。

 一人は女性。あたいより3つか4つ上ぐらいで、綺麗な服を身に纏っているが、その腰には小剣が吊られている。それが変に浮いていて、結局全体的に不釣合いな格好になっていた。
 もう一人は男性。20も半ばという所か、顔はまぁまぁなんだけど、なんだかチンピラという言葉が良く似合いそうな風体。
 なんというか、ぱっと見た感じ、普通に生活しているなら接点なんてなさそうな組み合わせだ。

 席を立ち、何があったのかと近くに人に聞いてみた。話によると、女の方が一方的に何かを早口でまくし立てた後、男が座っていたテーブル席のテーブルをひっくり返したらしい。何でそんな事をしたのか再度尋ねると、別の人がもう少し詳しい話をしてくれた。
 なんでも、彼女の友人があのチンピラさんと恋人なのだが、この前他の女と一緒にいる男の姿を彼女が目撃して、制裁に来たんだとか。それって浮気?と聞いてみたら、それが浮気相手だという確証はないらしい、つーか、決め付けてるっぽい。

 えーと、つまりなんですか? ちゃんと話も聞かないで、自分の主観だけで決め付けて弾圧?

「うざ………っ」

 思わず言葉に出してしまった。

「誰、今うざいって言った方は」

 しかも聞こえていたっ、悪口はよく聞こえるタイプか?

 思わず口元を押さえる仕草をしたのが見えたのだろう、彼女はあたいのほうへ向かってくると、いきなり近くのテーブルにあったコップの水をぶっ掛けてきた。
 いきなりすぎて避ける暇もなかったですよ?このやろー。

「いきなりなにすんのよ!」
「事情も知らないで興奮している貴女の頭を冷やして差し上げたのよ。感謝こそされても怒られる道理はありませんわ」

 すました口調がさらにむかつく。何こいつ?

「この男は、私の友人を騙しておいてなおかつ、他の女性にまで手を出してましたのよ。反省を促す為にも仕置きをして差し上げたのですわ」
「それって、あんたが勝手に決め付けてるんでしょ?つーか、自分の事でもないのに、いちいち他人の事情に口挟んで、お節介だね」
「勝手じゃありませんわ、事実です。それに、貴女みたいに自分が良ければ良いなんて考えは、人として浅ましいですわよ」
「違う!」

 あたいが言葉を口にする前に、否定の言葉が聞こえて来た。声の主は、黙っていたチンピラ風体の男だった。

「俺は彼女の誕生日が近いから、何かプレゼントをと思って知り合いに相談してただけだ。浮気とかそんなんじゃ……」
「なんて白々しい! 反省どころか嘘の供述をするなんて、最低ですわね。あの子にはさっさと別れるように言わねばなりませんわ」

 そう言うと、踵を返して出入り口へを歩き出した。男が、「違うって言ってんだろ!」と、代金を投げるように置いて、叫びながら追いかけていく。

 何? 一体あれ何? と、呆然とその場に立っていると、乾いた手ぬぐいが差し出された。

「えらい目にあったな」

 差し出してくれていたのはマスターだった。水をぶっ掛けられたのを見て、持って来てくれたらしい。お礼を言って受け取り、顔と髪を拭く。

「ほんと、まさか行水する羽目になるとは思わなかった」
「あの女性は、この町じゃちょっと有名な人なんだ。名前はエニアというんだが、この町の名主様の子供でな。正義感があるのはいいが……」
「行き過ぎてうざがられてる訳だ」

 あたいの言葉に、マスターは苦笑する。

「はっきり言うな……だが、そんなところで間違っておらん」
「ふぅん。で、あの服装に似合わない剣は、正義の証?」
「いや、元々は護衛の為に覚えたという話だが、あれでなかなかいい腕をしているらしい」
「なるほど、それで帯剣してるんだ」

 マスターの言葉に、あたいは納得するように頷く。

「お陰でますます増長してな、しかも口より先に手が出る、人の話は聞かない。名主様も年老いて出来た子供だから甘やかしててな……」
「つまり、誰も止められないでいると」
「あぁ、あちこちでこんなトラブル起こしてるが、名主様の子供って事で、町の衛視達もうかつに注意が出来ん」
「実力と後ろ盾で完全ガードねぇ……なんかさ、情けない話でもあるけどね」
「本当にはっきり言うな………まぁ、雨に降られたと思って、さっき行水は水に流しておけ」
「行水だけに?」
「そんな下手な事を言ったつもりはない」

 互いに苦笑を浮かべてから、あたいは片付けに行くマスターを見送ると、先ほどの席に戻った。いくらに被害にあったとはいえ、初めて会った人間に思わず愚痴るほど、あのお嬢様の行動は目に余るのだろう。
 こちらもあんな奴がいる町に長居するのは嫌なので、滞在はやめて旅に出ようかな。

 どっちの方角に行こうかと考えながら、サラダにフォークを刺した所で、旅人風の剣士らしき男が声を掛けてきた。

「や、酷い目にあったね。隣いいかい?」
「ほんと、わざわざ親切に水を滴らせてくれたみたい。どうぞ、一人寂しく食べてたから。ついでに話し相手になってくれたら最高」

 下手糞な冗談を口にしながら、隣の席を勧める。礼を述べて座った男は、話を聞くと、件の商隊の護衛の人だった。
 あたいは、この町には今日着いた所で、宿を取りたいのだけれど、この繁盛の様子から部屋が空いているのかが心配だ。という話をした。
 男はその話を聞くと、にやりと笑い、

「そうか、もしかしたら空いてないかもしれないな。なんなら、俺の部屋に泊まるかい?」

 と、言って来た。魂胆が見え見えな提案だが、これはタダで泊まれるいい機会だ。

「うん、良かったらお願いしたいなぁ、お礼にマッサージしてあげるよ?これでもあたい上手いんだから」

 と、隣に座っていた男に身を寄せて、胸を腕に押し付けながら、周りに見えないようにそっと股間を撫でる。

「おぉ、マッサージが上手いのは最高だ。頼むぜ」

 そういって、あたいの腰の辺りを撫でてくる。商隊の護衛という事は、旅の途中は女っ気のない生活を余儀なくされる訳だから……これは下手すると朝まで眠れなさそうだと思ったけど、とりあえず、今夜の宿は確保できたので良しとした。

 その夜はたっぷりと夜伽の相手をした後、ベッドの中で男が今まで旅をした街々の話を聞かせてもらった。そして、やはり小さな町よりは大きな街の方が、何をするにも良いだろうと、大きな街へと行ってみる事にした。
 この辺りでは何処がお勧めかと聞くと、この町から南に下った所にある港街を進められた。比較的新しい街なので街並みも綺麗なんだとか。ただ少し遠いので、行くならば女の一人旅は危ないから、乗合馬車に乗っていったほうがいいらしい。

 それほど持ち合わせがある方ではないのだから、節約するところは節約したい。歩いていこうと思っていると告げると、男は少し考えた後、焦る旅でもないのならもう一晩付き合わないかと誘って来た。商隊の方は大丈夫なのかと聞くと、今日と明日はこの町の雑貨屋などとの交渉と品卸がある為、出発は明後日なるから、明日はまだこの町にいるんだとか。
 確かに焦る旅ではないし、結構いい感じだったし、宿代も浮くのでOKした。




 次の日、明日は町を離れるのだから、今日のうちに何か必要なものは買っておこうと、買い物に出た帰りの事だった。
 あの街以外を知らなかったあたいは、買い物ついでに折角だからと町を見て回っているうちに、町外れの林近くまで足を運んでいた。時刻は夕方、そろそろ宿に戻っておこうかと来た道を戻る途中、林の奥から微かに声が聞こえてきた。
 木に身を隠して声する方へと近づき、様子を見ると、男が三人ばかり女性を襲っている最中だった。襲われている女性は、昨日のエニアとか言うお嬢様だ。

 剣を奪われ、服を引き裂かれ、頭と腕を押さえ込まれながらも、腰は無理やり持ち上げられ、後ろから男の剛直を秘所にねじ込まれているその姿は、昨日の暴虐振りが嘘のように震えていた。顔は良く見えないが、太股を伝う血が、強引に初めてを奪われたのだと教えていた。

「ひ…痛い……止めて……こんな事をして……ただで済むと思っているの!」
「はん、お父様に泣きつくか?私、男の方々に強姦されて感じてしまいましたの、もっとされたいですわってよぉ!」
「そんな、こと……思ってなんて……それに、感じてなんて……」
「これでもか?うれしそうに咥え込んでるぜ?」
「それは、あ、あなた方が……無理やり…」

 エニアの言い分などまるで聞こえていないかのように、一度引き抜くと、彼女が上になる体制に変えて、剛直の上にエニアを落とした。少し前まで清らかな乙女の証を残していた秘所は、さらに深く抉られる。
 秘所を犯している男に腕を捕まれて、無理やり揺り動かされているエニアの尻に、別の男が手を伸ばすと、尻肉を広げて菊座を外気にさらした。次に来るであろう恐怖にエニアは悲鳴に近い声を上げていたが、もちろん、この男達がそんな事で許すはずもなく、男を知らなかったであろう場所は、あっさりと剛直を収める肉の鞘と変貌した。

「い、いたい、いたい!止めて、やめてぇ!!」
「さすが、初めては何処もかしこも締まりがいいぜ」
「いや…いやぁ……どうして……」
「どうしてだぁ?散々俺達をコケにして、手前勝手な言い分で弾圧してきたじゃねぇか。昨日だってダチを勝手な想像で浮気と決め付けたんだろ!」
「そ、そんな…ちが………」
「あんたの言い分なんか知るかよ!あいつの話も聞いてやらずに決め付けたんだから、俺達だって決め付けたっていいよなぁ!」
「まったくだぜ、あいつはあんたの自己満足な正義のせいで、誰よりも大事にしてた女と別れさせられたんだからなっ」
「見た目だけで決め付けるのがあんたの正義なんだろう? じゃあこうやって男に犯されてるあんたはただのスキモノだと決め付けて、好きにしていいんだよなぁ!」

 そう言うと、まだ自分の剛直を何処にも差し込んでいなかった男が、エニアの髪を引っ張って無理やり顔を向けさせると、口の中へと押し込んだ。

 口から、秘所から、菊座から犯されるエニアから視線をはずして、木に寄り掛かりながらあたいは溜息をついた。どうやら、昨日のあのチンピラ風の男の言い分は、本当の事だったようだ。そして、あの後本気で別れさせたらしい、あのお嬢様は。
 そして、その友人の……何よりも散々勝手な言い分で酷い目に合わされてきた自分達の仕返しに、男達はとうとう陵辱という復讐に出たという訳か。

 勘違いされたくないなら、あんたらも服装とか変えろよ。と内心毒つきつつも、どーしよーかなーと悩んだ。別に助けてやる義理はないから無視して行ってもいいのだが、ここでちょっとでも覗いたという事がばれたら巻き添えを喰らいそうだ。
 何の得もないのに体を好きにさせてやる理由もない。それに夜からお相手するというのに、こんな所で疲れたくもない。
 頬を軽く掻くと、あたいは胸いっぱい空気を吸い込み、

「衛視さん、こっちです!こっちで女の人の悲鳴が聞こえました!!」

 声の限り叫んでやった。

 男共は、その声を聞いて、やべぇ!とか言いながら、いきり立ったままの下半身を無理やりしまいこんで、走り去っていった。姿が見えなくなるまであたいは叫び続け、そして陵辱の場に残ったのは、エニア一人となった。

 何が起こったのかわからなかったのか、しばらく呆然として、それからやっと、あたいが叫んだ言葉が理解の範疇まで浸透したのか、その姿を見られまいと抜けた腰でその場から逃げようとした。
 あたいはそんなエニアに近づくと、「衛視なんて来ないよ」と、見下ろしながら告げる。重たい首を持ち上げてあたいの姿を見ると、驚いていた。
そらそうだろう、昨日自分が水をぶっ掛けた女が、助けてくれるなんて思わないだろうし、何よりも、そんな女に醜態を見られたのだから。

「どうして………ここに」
「たまたま」

 言い捨てた。探してた訳じゃないんだから、それが一番正しい答えになる。
 エニアは露出された肌を、外気とあたいの視線から守るように、力任せに破られた衣服を引き寄せる。泣きそうな表情をしながらも、なおかつあたいを怒鳴りつけた。

「何で……何でもっと早く来てくれないのよ!」
「知るかっ、たまたまって言ってんでしょうが、助けて貰っておきながら礼を言わないで文句? 何様?」

 あたいに言われて、エニアは黙り込んでしまった。正しい事をしてきた自分が、助けてもらうのは当たり前だと考えていたのか……なんとも言えない表情を浮かべて、ただただその瞳には涙が浮かぶ。
 自分がやってきた事が正しいと、信じて疑ってなかった彼女にとって、今回の出来事は手痛い裏切りに感じたのかもしれない。
 しばらくの沈黙の後涙を拭くと、顔を上げて睨むようにあたいを見ながら、ゆっくりと唇を動かして……さっきまで大声を出していたとは思えないほど、搾り出したような掠れた声を出した。

「私は………良かれと思って、やってたのよ」
「あたいに水をぶっ掛けたのも、良かれと思ってやった事?」
「それは……今、ここでは関係ないじゃない……」
「あっそ、で? こんな目にあって可愛そうに、とでも言ってほしいの?」

 エニアの視線を見下ろしながら、あたいは尋ねた。彼女の瞳には、涙が再度浮かび始めている。
 正義だって、振りかざせばただの暴力だ。親切だって、やり過ぎれば鬱陶しい事この上ない。なまじ腕っ節が強かったから、今までなんとか何もなかっただけで、遅かれ早かれ何かしらの結果は迎えてたと思う。

 だってエニアは、正しい事をするのが好きなのではなくて、自分解釈で正しいと決めた事を押し付けるのが好きなのだから。だから相手の言い分なんて関係ない、自分が正しいと思った事をする。
 これを、自己満足と言わずなんという。これを、自分の為と言わずなんと言う?

 あたいの事を、自分が良ければよいと言ったが、結局エニアも同じ穴の狢。違うのは、エニアはそれがすべて正しいと思い込んでいた事。
 そして今回の件は、自己満足の行動にしっぺ返しが来ただけ。

「…………どうしてよ、どうして、私がこんな目にあわなきゃ……」
「あたいの知った事か、自分で考えろ。自分が撒いた種だろ」

 すすり泣く彼女をその場に放置して、あたいは踵を返し町へと戻っていった。
 振り返る気にもならなかった。


 次の日の朝、二晩共にした男が、いい思いをさせてくれたお礼だと、乗合馬車の切符をくれた。

「女の一人歩きは危険だからな」

 そう言って笑った男に礼を述べると、キスして別れ、朝一の馬車に乗り込んだ。2度目となる馬車からの町の見送り。小さくなっていく町並みを眺めながら、あたいはエニアの事を思い出した。
 あの後は宿に戻り、朝には町を去ってしまった自分。だからあの後エニアがどうなったのか、あたいはわからない。

 ただ、同じ穴の狢である自分にも、いつかエニアのようにしっぺ返しがくるかもしれないと思うと、ほんの少し、寒気と震えが来た。
 だけどあたいは、それに気が付かない振りをした。



      ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 夜明けと共に、鳥が囀る。それを目覚ましの合図にするかのように、あたいは目を覚ました。

 自分勝手な生き方。人の事を思わぬ行動。そしてそれを続ければ続けるほど、その反動は大きいかもしれない。でも今更、後に引くわけにはいかない。引くつもりも、踏みつけてきたものをなかった事にするつもりもない。それに、まだ決意を変えるほどの出来事は、あたいには来ていない。

 ――――覚悟はしている。あたいが選んだのは、そういう生き方じゃないか。


 顔を洗うと着替えをして、皆との集合場所へと向かう為、部屋を後にした。

 今日もまた仮面をつけて、優しい人達を騙す日が始まる。


fin