『Selection by yourself』


 あたい達を含む、クルルミクに集結した女冒険者達は、ワイズマンを倒す為、竜神の迷宮に挑んでいる。
 とはいえ明確な地図もなく、中は魔物と女を捕まえて売り払おうとするギルドのたまり場。あーんど、罠だらけ。故に自然と盗賊がいるパーティは、普段は盗賊が先行する。罠を見つけて回避する為だ。その代わり、戦いになった時は、最後列に引っ込んで仲間達にほとんど守って貰っている。
 盗賊は基本的に、戦いを得意としている者は少ない。もちろん最低限の戦闘訓練は積むので、その辺のチンピラよりかは強いけれど、戦士に比べれば大半の人は見劣りする。大体戦いの技術よりも、隠されている罠を探す方法や、その罠の外し方。掛けられている鍵を開ける技術のほうが求められる職業だ。だから戦いより探索を得意とする。なのでパーティでは、盗賊は戦闘で守って貰う代わりに、罠を見つけるのが仕事となる。
 もちろん、あたいも例外じゃない。これでもほら、盗賊ですから。 
 という訳で今日も今日とて、ギルドの奴等が仕掛けた罠を探す為に、安全な間は、あたいはパーティの最前列を歩いていた。

 何度か曲るものの、分岐がない一本道が安全だとわかると、雑談を交えながら先へ進む。雑談の内容は、今日は何処まで進めるかとか、他のパーティは何処までいってるのだろうとか。
 そんな話の中、ふとあたいは歩む足を止めた。理由は、目の前に続く道が、二つに分かれていたからだ。

「あ、道分かれてるね」

 あたいの斜め後ろにいたナガレが、別れた道を見て呟く。

「ほんとだ、どっちに行きましょうか?」

 ここまでの道筋を、書きかけの地図にチェックを入れながら歩いていたフィアリスが、ナガレの後ろから顔を出して尋ねてくる。
 彼女はあたいたちのパーティのリーダーだ。だが、だからといって強引に、自分の意見を押し通すようなタイプじゃない。必ず、最低でも一回はメンバー皆に意見を求める。
 まぁ例外と言えば、困ってる人を助ける時ぐらいか。

「まぁ、まず道に罠がないか確認してからだーね、ちょいと調べてくる」
「………手伝う………?」

 一歩前へ出たあたいの背中に、リィが声を掛ける。このパーティでは2番目に罠探しは上手い。
 だけどあたいは、首を横に振った。

「だーいじょーぶ。リィはさ、ナガレと一緒にフィアリスを手伝って、今のうちにここまでの地図を完成させちゃってよ」

 歩きながら地図を描くと、線も必要以上に曲がってしまう。だから歩いている最中は簡単なチェックだけを入れて、こうして探索役が罠の確認をしている間に、地図を書き上げる。
 その地図の所持と記入は、リーダーの仕事なのだけれど、いくらチェックを入れてるとはいえ、人一人だけの記憶ではやはり曖昧になってくる部分が出来る。その為、罠の探索の間、手持ち無沙汰になる他のメンバーにも確認をして貰いながら、チェック部分を完成させていくのだ。
 分岐がない一本道でも、右に曲ったか左に曲ったかは、やっぱり大きな違いだからね。
 ちなみに、しつこいようだがあたいは探索係なので、この作業に参加した事がない。地図の完成度は仲間任せ。

「それじゃ、さくっと確認して来るから、お待ちあれー」

 3人にそう言うと、あたいは道のチェックを始める。罠らしい罠は仕掛けられていない、だけど、ほとんど擦れているが足跡が残されていた、しかも大量に。それは、左側に曲がる道へと伸びている。
 冒険者の中には大型な女性も多いが、大柄な女性ばかりがパーティーを組んでる訳じゃない。それに足跡の多さから見て、たぶんギルドの奴ら。中に小さな足跡がいくつかあるのは、捕まった女達のものか。
 この足跡を辿れば、玄室に着くかもしれない。そこにはギルドの奴らが溜め込んだお宝も置いてあるだろう。
 しかし同時に、同業者達が捕まっていれば、ちょっとした乱戦になる。みんな強いけど、数が多い場合はこっちだってやられるかもしれない、絶対なんていつだってないんだ。

 だとしたら、あたいの取るべき行動は――――――



      ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 2年前、あの人が死んで、まだ続くと思っていた平穏でささやかな幸せの日々は壊れた。ろくな葬式も挙げられず、あの人の遺品である仕事道具を胸に抱きしめながら、共同墓地に埋められていくあの人の遺体を見ていた。
 聞こえて来る女吟遊詩人の鎮魂歌を耳にしながら、悲しみと同時に、この先どうすれば良いのか困惑した。そんなあたいを、あの人の友人を名乗った男が、声を掛けてきた。
 あの人の名前に信じて家までついていけば、あたいの服を引き裂き、強引に押し倒してきた。

「ほいほい付いてくる方が馬鹿なんだよ、ずいぶんとあの男にに大事にされてたようだが、元々てめぇは犯られる為の存在だろうがっ。ちょっと人間扱いしてもらったからって調子乗ってんじゃねぇよ!」

 嫌がって、殴られて、それでも教え込まれた体は反応を始める。そんな中、快楽は一時的でも悲しい事を忘れさせてくれる事に気がついて、でもこのまま性人形になる事を受け入れてしまえば、昔に戻ってしまうとぼんやりと考えて。

「大人しく俺のペットになれば、精々可愛がってやるぜ。娼館に売り飛ばすのだけは勘弁してやるよ」

 次の日も、その次の日も慰み者にされながら、考えて考えて―――やっぱりあの人がくれた、人として生きるという道を、あんな奴の為に捨てる気になんて、なれなかった。 

 男に連れ込まれてから1週間後、男に服従すると言った。隙を狙う為だ。男は満足そうに頷くと、服の変わりに首輪を与えてきた。一糸纏わぬ奴隷のような生活は、物心ついた時からやらされてきた。男一人の調教なんて、昔の物に比べれば可愛いもので、雌犬に再度落ちていく振りをしながらも、心までは、落とす事をしなかった。



 そんな日々を過ごしながら、逃げ出す算段をしていたある日、男が仕事で帰ってこれないからと、あたいの面倒を見る為に、男が部下を自分の家によこして来た。
 どこか気の弱そうな、自分と自分と同い年ぐらいの少年。裸のあたいを見て恥ずかしそうに俯く様子からして、まだ女を知らなさそうで、それ故に、あの下種な男が自分の面倒を見させる為によこしたんだと、内心納得した。
 女の裸をまともに見れないような若造が、手を出すような度胸があるはずが無い、と。

 そして、あの男の部下にしては、純真さの残る少年の顔を見て、彼を利用しようと思い立った。
 
 一ヶ月度、また仕事で帰ってこれなかった男の代わりに、世話をしにきた少年をベッドに連れ込んだ。まだ女を知らなかった初心な少年に、女の味を教えて、それと同時に弱音や、今の奴隷生活の辛さを零した。
 その様子に少年は同情をしてくれて、隙を見ては会いに来てくれるようになった。その度、言う事を聞かなければ娼館に売ると言われた事や、でも、今考えればそのほうが幸せだったかもしれないと、涙を流して悲しんで見せた。そして、あなたが会いに来てくれるのが、今の自分の一番の楽しみだと、閨で囁いた。少年は、思っていたよりも簡単に懐柔されてくれた。

 男に飼われながら少年を抱き込む日々の中、頃合を見計らって、あの男から逃げ出したい、でも運よく男から逃げても、この街にいるといつかは見つかってしまうかもしれないから、街から出たい。と、少年に訴えた。あたいに同情していた少年は、気付かれないように少しずつ、旅に必要なものを用意してくれた。

 そしてとうとう、あの人が死んでから三ヶ月後、あたいは、何があってもけして手放さなかったあの人の仕事道具と、三ヶ月の間にこっそりくすねて貯めた金、用意してもらった旅道具を持って、夜中に、少年に手引きして貰って、男の家から抜け出した。少年が話を付けてくれて、荷馬車の荷物に隠れて街を出たのは、明け方だった。

「頑張って、俺、貴女の行く先に幸あるように、神様に祈ってる。祝日の礼拝はいつもさぼってたけど、今日からはけしてさぼらないで祈ってるから」

 あたいを送り出すとき、少年はあたいを最後に抱きしめてそう言った。



 潜り込ませてもらった荷馬車の荷台、そこに乗せられた荷物の隙間から、遠くなっていく街を眺めてながら、どんな事をしても、あたいはあたいとして生きよう。どんなどん底に叩き落されても、けして諦めず這い上がってやろう。そう心に決めた。
 それがあの人の願いだった。そして、逃がした事がばれたら酷い目にあうだろうに、それでもあたいの身を案じた少年に対しての決意だった。

 だってそうだろう? 再度落とされかけた所から脱出する為に、すでに人を踏み台にしたのだ。あんなに優しい少年を。それで今更よい子ぶるつもりなんて無い。何処までも自分の為に生きよう。

 誓いを立てるように、空にいるあの人と、あの少年に届けと、助け出されてからその時まで伸ばしていた髪を、荷物に入っていた短刀でばっさり切り、切られた髪を握り締めているその手を、荷物の隙間から外に伸ばした。
 手を離すと、切られた紅い髪は風に吹かれて、まだ白ずんでいる空へと舞った。



      ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇  ◇



 そう、その決意は未だ変えた事は無いと自負している。だから、この場合、あたいの取るべき行動は一つだ。

「ニスチェさーん、ここまでの地図出来ましたよ。そっちは何か見つけましたか?」

 フィアリスの声で、我に返る。ボーっとしていた事を悟られないように取り繕いながら、笑って振り返った。

「……ううん、罠もなにもなし! で、どっちに曲がるかだけど、右に行かない?」
「右ですか、また何故?」
「さっき左に曲がったからかな、また左に曲がったら、右が可哀想ってもんでしょ」
「んー………確かに左に曲ってますけど、それが理由ですか?」

 うん、そんな顔をしないでくださいフィアリスさん。自分でも子供みたいな言い分だと思ってますよ。でも辺に畏まった理由を作るよりは、勘繰られないですむ。だって、そんな馬鹿げた言い分に裏があるなんて、普通は思わないでしょう。

「まぁ、私は右でも構いませんけど。皆さんは、どうです?」

 意見を求められて、ナガレとリィがあたいの顔を見る、こういう時はとりあえず笑う。意味はないけど。

「別に………どっちでも、いいから………構わない」
「そうだね、ボクも右で構わないよ」

 二人が同意した様子を見て、フィアリスが頷く。

「はい、皆異存ないようですから、右に曲がりましょう」
「おっけー、先行するよ、罠があったら困るかんね」
「よろしくお願いするよ。って言っても、今日も順調にいけるかな?なにせニスチェがこういう事を言い出す時は、魔物やならず者には遭遇しても、危険な場所に着く事はあまりないからね」

 そういって笑うナガレの顔を、あたいは思わず見た。にこにことしているナガレは、わかってるよ、と口だけ動かす。
 わかっていて、黙ってるんだから、この人も相当かもしれにゃい。

 はたから見ればあたいの行動は最低だろう、何せ自分の身が可愛いから、他の人が大変かもしれないというのに、あえて無視してるんだから。その事をフィアリスとリィが知ったら、罵倒叱咤するかもしれない。
 それでも、自分の身を守る事をあたいは優先する。その為に必然的に、パーティの安全を優先する。
 そこに向かえば、助けられた人がいたかもしれない。だが、絶対助けられるとも限らないんだ。そして捕まったら、絶対助けて貰えるとも限らない。だったら、出来うる限り避ける事を、あたいは選ぶ。

 どんな事しても生き残る、何があっても這い上がる。――そこの犠牲になるのが例え、笑って酒を酌み交わした、冒険者の仲間達だったとしても。

 ま、たまたま玄室に辿り着いた時ぐらいは、救出に奮戦してみようかな。辿り着いた以上、ならず者達があたい達も捕らえる為に襲ってくるだろうしねぇ。

 自分の心にそんな理屈をつけるのが、もしかして罪悪感からかと思ったら、自分で自分が可笑しくなった。
 そんなものがあるなら、最初からやらなきゃいいんだ。でもあたいはこれからも繰り返すと思う。だからこれは罪悪感からじゃない。これもまた、自分の身を守る為だと。
 誰にも聞かれていないのに、言い訳を心の中でしながら、あたいは道を先行し始めた。