『欺瞞を一つ』



 その日あたい達は、龍神の迷宮から一度帰還した。こうして帰ってくるのは2度目だが、今回はちょっと理由が違う。
 2度目の迷宮探索に赴き、4階を探索中、迷宮に巣食っているギルドに捕まっていたが、隙を見て逃げ出したというディアーナとハルヒを発見、リーダーであるフィアリスの提案により、この二人を街に送る為に戻ってきた。

 この二人の前に、フェリルという子にも会ってたんだけど、彼女はフィアリスの申し出を断ったから、送らなかったなぁと、ふと思い出した。
 あの時の瞳は、何かに裏切られたような、何かを見限ったような目をしていて、それが変に印象的だったな。



 街に戻ってくると、あれこれと変わった現状を耳にする。

 黒騎士アリスが敵の手に落ちて、売り払われたとか。前の攻略探索の時、2度ほど遭遇したワドリーネのパーティにいたガネッタも、アリスと同時期に売り払われたとか。
 迷宮の中には、ギルドの奴等が貼り出している広告ポスターなんてのもある。この二人以外の冒険者も、被害にあっている人達がいるのは知っていたけれど、黒騎士アリスまではと、ちょっとその状況にぞっとした。
 有名である分、目を付けられていたのだろう。

 うちのパーティは、あたいも他も今の所、それほど知名度があるほうではなかった。
 おかげで、それほど目も付けられずに、今まで何とか無事でいる。しかし、自分達にそういう被害がない事を喜ぶ以上に、志を同じくする者達が敵の毒牙にかかり堕とされていく現状に、現リーダーであるフィアリスは唇を噛んでいた。リィも、希薄な表情の奥に、敵への、言葉に仕切れない憎悪が揺らぐ。
 彼女達は悪を嫌う心があるから、許せないのだろう、それが、例えほとんど口を聴いた事もない人達の話だとしても。

 そんな二人の傍に、あたいのような女がいるというのは、冗談のような話。
 あたいの欺瞞がばれた時、どんな顔をするのかと、たまに考える。別にいい気分にもならないし、嫌な気分になって後悔している訳でもない、ただ、今のパーティは割りと気に入っているので、ばれるのは惜しいかな、とは思ってしまう。

 ま、ばれる時はばれる時だ、それまで仲良くさせて貰おう。



 再度攻略に挑戦するのはまた明日。せっかく街に戻ってきたのだから、各自、体を休めようと、明日の朝までは自由時間となった。
 とはいえ、男を引っ掛けてだらける気分でもなかったし、それ以前に明日の朝は早い。寝坊はさすがにまずい、そんなこと出来ません。夜の空を肴にお酒を嗜む程度にしようと、1階の酒場に降りてきた時、テーブル席に見覚えのあるヒレを見つけた。
 いや、見覚えのあるヒレって何よ、と、ちょっと自分突っ込み。しかし、ヒレなんだから仕方がない。

 同じパーティーの神官戦士。元リーダー。ナガレと名乗っているマーメイドハーフ。見覚えのあるヒレは、彼女の耳。
 一人で飲むのもいいけれど、親睦を深めてみようと思った。括弧、建前、括弧とじ。


「よい夜ですねー、お嬢さん。ご一緒にいかがっすか?」
「ん?ナンパなら……って、何だニスチェか」

 振り向いて、苦笑を浮かべるナガレのねーさん。ちょっと声で分かって欲しかった気もしつつ、にんまりと笑って改めてご挨拶。

「はーい、我がパーティの探索役、今日も元気なニスチェちゃんっす」
「ずいぶんテンションが高いな………もしかして、へんな薬でも飲んだの?」
「飲んでねーっす」

 軽い(?)言葉の投げ合い後、許可も取らずに、ナガレの迎えの席に座った。

「ボクに何か用かい?」
「用ってーか、親睦を深めてみようと思って?むしろ、腹割って話そうと思って?」
「何か、腹割って話さないといけない事があったかな?」
「そうだね、例えばどうして、フィアリスにリーダーを譲ったのか、とか?」

 最初、うちのパーティは、目の前にいるナガレがリーダーだった。何事もなく一回目の探索を終え、酒場に戻って来た時、ナガレは前触れもなくフィアリスに、リーダー権を譲ると言ったらしい。
 もちろん、フィアリスは戸惑ったそうだが、最初にリーダーを務めたのは、まだ皆の事をよく知らなかったからと、そして、フィアリスの支持に対しての落ち着いた行動や、垣間見せる判断力に、自分がこのままリーダーを続けるよりは、フィアリスがリーダーを勤めたほうが良いと言われたと、2度目の探索中に、リーダー交代の事情を尋ねたあたいに、フィアリスは話してくれた。

 ナガレは小さな溜息の後、

「フィアリスから、話を聞いての通りだよ?」

 そう答えた。そして、そう答えるとは思っていた。実はこの話をあたいがフィアリスから聞いている事を、リィも、目の前にいるナガレも知っている。なにせ二人の前で聞いた話だからだ。でも、話は聞いていたけれど、あたいはその回答にちょっと疑問があったというか……個人的にナガレは、あえて目立たない位置に、自分を置きなおしたような気がしてた。

「ほんとに?」

 食い下がってみても、回答は一緒。よほど言いたくないのか、ほんとにそうなのか……ま、これ以上食い下がって、あのでっかい武器でズンバラリンはごめんこうむるので、引っ込んだ。

「聞きたい事と言うのは、それだけ?」
「あ、他にもある。他にもある、例えば、変装の理由とか?」

 今一瞬、表情が変わった……気がした。やっぱりとでも言いたそうな、顔だった。でもねー、なんとなく気がついていたコト。何でかと言うと、自分も軽く変装をしているからだ。
 でもあたいの場合、変装に関しては深い意味はあってないようなもの。前の街で逆ヒモやってた時の男が、マジになっちゃったので、街を出るまで変装していたんだけど、それ直すの忘れてクルルミクで冒険者登録をしてしまったという、ドジの産物だったりする。
 かわいいドジだと笑って許せ、馬鹿だなとは自分でも思っているんだから。

「………隠しておきたい事だってあるんだよ、それに、ニスチェだって理由を話してないでしょ?」

 あ、やっぱりバレテルノネ。まぁ、言い分は最もです。あたいの場合はちょっと恥ずかしいので言えないだけなんだが。

「そうなんだけどね、その耳も、変装?」
「…ねぇニスチェ………なぜ、ボクに突っかかるのかな?」
「んー、突っかかってるって訳じゃないんだけど……」

 言葉が止まる。なぜと聞かれれば、ちょっと戸惑った。それは、実は彼女が一番わかっているような気がしてたからだ。盗賊の感というか、同属の感というか。
 それを話すと、彼女は苦笑した。そして尋ねてきた、心でも痛んできたか、と。

「さぁ? でも、自分が生き延びる事を優先してる感じ?」
「そっか………じゃあ、ニスチェが動けなくなった時は、安心してボクは自分を優先して、売り渡そっかな」
「えー、そんな酷いことするのー?」
「賛同してくれると思ったんだがな、まぁ、本当にやるかは、わからないよ?」

 苦笑のような、自嘲のような、そんな笑いを浮かべた後、ナガレは手元のワイングラスを空にして、お代わりを申し出た。
 マスターのぺぺが、もう止めておけと出すのを渋る。その様子からして、結構飲んでいるのかな。

「いいから……ちょっとね、寝付けなくって」

 押すように酒を注文する横で、あたいは割り込んでホットミルクを注文した、蜂蜜入りで。

「ずいぶんと可愛らしいものを、飲むんだね」
「そう? 酒もいいけど、なんかほっとするよ、温めたミルクって。蜂蜜は忘れちゃダメだね、あの甘さがいいんだから」
「そういうもの……?」
「うん、昔、寝れない夜に作って貰ったものだよ」
「…………それってつまり」

 ナガレがそう言かけた所で、マグカップに注がれたホットミルクを、マスターが持ってきてくれた。
 どーも、と軽く礼を言うと、ナガレが予想していた通り、それをナガレに差し出す。

「騙されたと思って飲んでみなさいな、効果抜群だよ。深酒して明日からの探索に支障が起きても困るしねぃ」
「………本当に、騙していたりして」
「さぁ、どうだろうね?」

 くすくすと笑い、ナガレに再度薦める。マグカップを受け取るその時の表情を、ホットミルクがたてる湯気をはさんで眺めた。
 酒というのは、酔いと共に眠気を誘う。眠れない夜には最適だ。けど、次の日に酒を残されて役立たずは勘弁してほしい。それに、ナガレが何を思って寝付けないのかは知らんけど、何か思う所があってなのならば、気持ちへの整理は気の持ちようで、それを紛らわせるのは、酒でも、ホットミルクでも、結局一緒なのかもしれない。だからまぁ、効果抜群なんて口から出任せなんだけど。
 たまにはこういう欺瞞も、悪くないだろう。

 ナガレがホットミルクを啜る様子を少しおかしく感じながら、そう思っていた。

Fin