ハルヒを捕縛されたディアーナPTは方針をすばやく帰還に切り替えた。 堅実に、更なる被害を増やさぬようにと決められた方針である。 誰もそれを批判しなかったし、誰もがそれを責める言葉を持たなかった。 全員一致の方針であった。それにもかかわらず。 通路でたまたま見つけた監禁玄室。開けると中には百人単位にふくれあがったならず者達。 その奥にハルヒが見えた途端に頭に血が昇って気がつけば槍を片手に突っ込んでしまう。 無数にも思えるならず者達に囲まれながら、ディアーナはそんな自分の青さを嘲笑った。 いくらディアーナが手練とは言え、この人数を相手にするのがそもそも無茶である。 何より槍は多対一には向かない武器。剣や斧ならば振るう「一の動作」で敵を蹴散らせるが、 槍は「刺し抜き」という「二の動作」が必要となる。 仙人でもあらばその切っ先のみで敵の急所を一閃にするというが人の身ではおそらく無理な芸当である。 目の前の敵に手間取っている間にも背後に新たな敵が周り、そちらに気を取られた隙に拳が腹に刺さった。 そのまま崩れ落ちると手際よく手を縄で縛られてハルヒの方へ投げ捨てられる。 「へへへ、白竜将、もとい白便器様の追加だ! 仲よくしろよ」 男の下賎な冗談に苛立つ余裕も無く倒れ込むディアーナ。 腹に当て身を喰らい、朦朧とした意識の中、懸命にハルヒが名を呼んでいるのが聞こえる。 (大丈夫、のようですね) 顔にハルヒの涙がこぼれてかかる。息も荒く上気した肌にはそれが心地よく、少々の気付けになった。 ディアーナはわずかに首を起こし、周囲を見る。 ならず者達は一戦を終えた様子で満足げに倒された仲間の遺体を片付けている。 どうやら残り2人は無事逃げられたようだ。思わず気が弛みそうになるが再び拳に力を入れ自らを奮い立たせる。 幸い、あの戦闘の最中でディアーナの重装を剥がすのは無理だったようで装備は健在である。 ディアーナは体を転がして、自らの体をハルヒの方へ向けると小さな声で語りかけた。 「…私の鎧の中にナイフがあります。早く」 ハルヒはいわれるままに周囲に気付かれぬように鎧の中を探ると人差し指ほどの長さの小さなナイフが出てきた。 促されるままに縄を切るとディアーナは手を縛られたフリをしながらハルヒの目を見る。 「ここに来るまでにいくつか冒険者の足音を聞きました。大丈夫。じきにもう一度注意が逸れる時が来ます。」 ものの数分も経たぬうちにディアーナの言う通りになった。 新たな冒険者達が監禁玄室に現れ、再び火をつけたような騒動が戻ると 人数に頼って気を抜いていたならず者達は次第に統率が乱れて混乱していく。 「そろそろですね。」とつぶやくディアーナの口にはいつもの余裕が戻っていた。 いつの間にやら自らの槍も回収し、準備万端と言った様子でハルヒの手を引く。 だがハルヒは出口へ向かうその手を逆に引っろうとする。 「何をしているんです。早く!」 「鎧を……あの鎧がないと勇者になれない」 「鎧…? あれと同じ型ならいくらでも私が取り寄せてあげます。だから早く!」 「そうじゃないの……あれじゃないとダメなの…」 魔鏡鎧の肩当て。古くからハルヒはあれを身につけて勇者になる事を固く心に決めていた。 逆に言えばあれこそがハルヒの冒険者としての気概そのものだったのかもしれない。 それが無くなれば一転してただの王女に戻るだけ。ハルヒはそう思い込んでいた。 「あれがないとあたし……だから探すのを手伝ってディアーナさ……」 ハルヒの言葉が終わる前にパァン、と乾いた音が響いた。 ディアーナはハルヒの頬を打つと、何も言わず再びハルヒの手を引っ張った。 殴られたハルヒは何が起きたかも分からず呆然としている。 熱くなった頬を押さえて表情も無く、引っ張られるままディアーナの手に引かれていく。 他の冒険者達が戦っている間にディアーナ達は気付かれる事無く、無事に監禁玄室を後にした。 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇ かれこれどれほど歩いたか。2人の間に会話はない。 無言で先頭をゆくディアーナの後ろを、うつむきながらハルヒもついていく。 ハルヒはそっと息を潜めて顔を上げる。ディアーナがどういう表情をしているのかは分からない。 だがその後ろ姿は怒りに満ち満ちているように写った。 (……怒るよね…全部あたしが悪いんだもん…) ワガママを言ってディアーナを怒らせた。心底愛想を尽かされてしまった。 再びうつむき鼻をすすると涙がまた溢れそうになる。 なぜこの人に嫌われる事がそれほど悲しいのかハルヒ自身も理解できない。 と、ふいにディアーナの歩みが止まった。 つられてハルヒも立ち止まる。 ディアーナはくるりと踵を返すとゆっくりと頭を下げた。 突然の行動にハルヒも固まる。ハルヒにはこの謝罪の意味がわからない。 明らかに悪いのは自分なのに。なんでこの人が謝るのか。 この人が謝る必要はないのに。それどころか自分のせいで危ない目にあったというのに。 なんでこの人は……。 「いくら窮地で頭に血が昇ったとはいえ、手を上げるのは……すいません」 ディアーナのしゃべっている言葉はハルヒにはもう聞こえていなかった。 堪えきれず目からは大粒の涙がぽろぽろと溢れてくる。 歩きたての赤ん坊が近くの物をつかもうとするのと同じように、 ハルヒは目の前のディアーナの胸に顔を埋めると、腹の底からあらん限りの声で泣いた。 「そんなに痛かったんですか。本当にごめんなさい」とディアーナが戸惑いながら見当外れの謝罪を続けるも、 その声すらかき消すかのようにハルヒは泣いて、泣いて、迷宮の中のどこまでも響くような声で泣き続けた。 ディアーナもどう対処していいかも分からず、やむなくあやすように頭を撫でる。 このやり取りはハルヒの声が枯れて泣き疲れるまで続いた。