『災害』が『災害』足りえる理由





―――――――――思えば、『災害存在』である彼女が居た『結果』としては、大人し過ぎたのかもしれない。







intro:『その半年前』



ミラルド・リンドはとある酒場で一人、グラスを傾けていた。
否、『とある酒場』などではない。
しかるべき『地位』と、
それに見合う『権力』
そして何よりも『金』を持つものだけが入店を、否『その店の存在を知る事が出来る』店。

その特性上、店の『客』は王侯貴族や大商人、場合によっては巨大犯罪組織の主などなど……。

そのような『店』において、たかが『冒険者』たる『彼女』は浮いているか?
否、それこそ否である。
この店に居る『彼女を除く』全員が巨大な『組織的権力』の支配者である。
だが、
だが、
だが、

彼女は『災害存在』である。

『地位』という名の安楽椅子を踏み砕き、
『権力』という名の刃を握り潰し、
『金』などそれこそ彼女にとっては『事実上全くの無価値』なのだ。


―――天上に座する神々も、

―――地の底に蠢く邪悪たちも、

―――その狭間にて有り続ける有象無象も、

―――どのような存在でも『彼女』を止められない。




止めようとすれば、その後に待つのは『災厄』という名の手痛すぎる『しっぺ返し』なのだ。


――――――『為るように為らない最悪』

誰かが彼女をそう呼んだ。


閑話休題それはさておき


彼女が現在居る『店』、世界でも『最上級の者』だけが知っている『店』は、多くの下世話な人間が想像する様な狂乱と淫欲の宴が繰り広げられているやりたい放題し放題……というわけでもなく。

一目見ただけでは『落ち着いた喫茶店』以外の何物にも見えない『店』。
ただ、その『店』にあるもの―――使用されているテーブルから出される酒や料理、果てはそれらを給仕する者達まで―――それら全てが『最高』である事だけ。
しかしそれ故に『店』足りえるのである。
彼女が座っている場所は『店』の中でも一番奥まった場所にあるカウンター席。
同じ重さの白金よりも高い値段で取引される『宝樹』で作られた椅子に腰をかけ、『一瓶で国が買える』酒を舐めながら、彼女は『客』を待っていた。
『彼女』はこの『店』の常連、否『上客』VIPと言ってもいい存在である。
そんな『彼女』に対してこの『店』『仕事の依頼の交渉』をしようなどと考える。
この時点で相手は『救いようのない大馬鹿』ただのバカ『計りきれない大物』とんでもないバカのどちらか、あるいは両方しか存在しない。

「……で、私に何をしてほしいの?」
どこともなく呟く『彼女』

「クルルミクに、行っていただきたいのです」
だがその呟きに返事が返ってきた。

いつから居たのだろう、彼女の隣には人影があった。
目元周りだけを覆う白い仮面に、道化服を思わせる漆黒の装束。
背はさほど高くなく、幼さが残る声、はっきりと言ってしまえば『黒い道化姿の子供』
「……私が何て呼ばれているか、知っていても?」
「知っているからこそ、ですよ」
「何が起きてもかまわない、と?」
「何が起きても、何が起ころうとも、何も起こらなくても」
「……依頼に当たっての制限は?」
「5月1日まで『左腕』を使わない事、それさえ守っていただけたなら、お好きなように」
「それ以外の制限は?」
「全くありません」



僅かな沈黙、そして。



「ここの払いはそちら持ちで、頼むわ」
「ありがとうございます」
やり取りは終わり、彼女が席を立つ。
それからまばたき一つの間で、彼女の姿は『店』から消えていた。
この店は『入る』『出る』『特殊な転移手段』合鍵を必要とする。
『彼女』『彼』もそれを有していた、それだけ。
カウンター席に残されたのは『彼』―――『クルルミク次期国主ハウリ王子』だけであった。








interlude:『4月17日』



すえた臭い。
ゆがんだ熱気。
―――そしてその残滓。


ほんの半刻ほど前まで、ここには百に近い男達と四人の女が居た。
今は両方とも半分ほど―――両方とも、だ―――しかいない。
居なくなった二人、盗賊の少女と神官戦士の少女は、居なくなった男達に連れられていった。
二人の『この後』のことは考えない、どうせ『似たようなもの』なのだ。
それよりも、現状、自分に降りかかっている『現状』のほうがよほど重要だ。
そう考える。
そう考える。
そう考えなければならない。
そう考えてきたからこそ今の『自分』わたしが有るのだ。
そう考えろ。
そう考えろ。


『現在進行形で自分が五十人を超える男達に陵辱され続けている現状』ワタシノカラダトココロガケズラレツヅケテイルイマこそが重要なのだ。


考えるべきは脱出の手順、五十人を超える男達の動きから隙を見出す事。
考えるべきは救出の可能性、自分と『組んでいた』仲間達による救出―――

ノイズ。
「もっとも、口さがない者は私の事を“神殺し”などと呼ぶがな」
――――――傲慢に笑う金髪の少女。

ノイズ。
「ほう?これを躱わすか――良かろう、合格だ」
――――――その手に持つ槍斧よりも剣呑な輝きを宿す笑み。

ノイズ。
「私が欲しているのは有能な人材だ、出自や氏素性などに興味は無い。《災害存在》だろうが何だろうがな。
 重要なのは、共に戦い己の背中を預けられるか否か、ただそれだけだ。
 しかしそれも、相手の技量が分からんのでは話にならん。故に貴様らの腕前を試させて貰った。
 ――何か異論が?」

――――――己の内の野心を全く隠さずに、獰猛に吐き捨てる少女。

考えてしまう。
どうしても考えてしまう。
一月近くも寝食を共にした戦友で、
何だかんだで自分を含む仲間達を引っ張っていったリーダーで、
『神に頼らない』という他者には絶対に理解できない共通項の持ち主で、
そして何よりも、
――――――既に何人も『いなくなってしまった』『親友達』の一人で。



『4月18日』


だから、助けられた時に。
とても『らしくない弱音』を吐いてしまったのだろうか。









『5月1日』



「悪名も名声とは言うけど、この数はいくらなんでも反則……じゃないの?」
そんな事をぼやきながら、六十を超える男達に捕まえられ、運ばれていくミラルド。
この後自分に起こる事は既にわかっている。
身包みはがされ、男達に蹂躙される。
ましてや、今日は『隣国グラッセンとの講和当日』自分達の欲望をかなえる事が出来る最後の日、以前とは違って男達は切羽詰っている。
今日のうちに陵辱されるかもしれないし、その前に助けられるかもしれない。
けれど、
けれど、
すでに『契約』『完遂』している、『5月1日』になっているのだ。


『左腕』『使用許可』は下りているのだ。




さあ、思い知らしてやろう。
『災害存在』Calamity足りえる理由の一つを。



数刻後、『龍神の迷宮』五階に存在するとある玄室―――この五年間、主にならず者達が捕らえた女冒険者達を陵辱するために使われてきた『牢獄』―――に突撃をかけた竜騎士部隊は、全員が自分の目を疑った。

一糸まとわぬ全裸の女性、これはいい。


だが、その周囲に居るならず者達が異常だった。


精根尽き果てた屍とか、物言わぬ人型の肉になっていたとかではない。
いや、それら『も』たしかにあった。


だが、『それ以外』が存在していた。


―――人型の炭の塊がある。
―――人型の氷の塊がある。
―――人型の石の塊がある。
―――人型の粘液の塊がある。
―――ただの動かぬ人型がある。
―――人型の血の跡がある。
―――人型の骸骨がある。



それらに共通しているのは、
『人型であること』
そして『止まっている事』だけである。

異常、どうしようもないほどに異常。
けれど、全裸の女性が誰であるか、それを認識した瞬間に竜騎士達は全員、誰一人として欠けることなく『異常を受け入れた』

玄室に捕らえられていた女冒険者の名は『ミラルド”カラミティ”リンド』
世界唯一の『災害存在』
そして何よりもならず者討伐に送られた竜騎士達全員にある命令が下されていた。
その命令は単純明快『もし捕らえられている冒険者の中に災害存在が居た場合、そこにある状況に納得せよ』と。
『その状況がどれほど異常で理不尽で滅茶苦茶だろうと』納得せよと命じられていたのだ。
……否、そんな命令がなくとも誰もが『受け入れた』だろう。
理由もまた単純明快『彼女がクルルミクに現れたのに大した事が起きていない』のだ。
むしろ彼女がかかわったことでこの程度の『異常』で済んだなら御の字だ、その場に居た『彼女を除く』全員が考えていた。


――――――だから、彼女の『左腕』に『包帯が巻かれていない』ことに誰一人として気付かなかった。








『5月8日』


歓声、歓声、歓声。
喝采、喝采、喝采。
鳴り止まぬ万雷の拍手。


それも当然だ、五年間待たされ、そして遂行された『国主継承の儀式』
それが今日、果たされたのだ。


多くの人々は笑顔、それも当然だ。
五年間『最悪』と言ってもいい状態だったクルルミクにもたらされる『約束された繁栄』
それを思えば、その『最悪』を打ち破る為に『犠牲』になった『冒険者達』も浮かばれるだろう。
多くの人々は、そう考える。
―――それは同時に、決して多くない人々は、『彼女達』の行く先について思うこともある、ということでもある。



「……とりあえず、狂騒劇は幕、と言う事か」
クルルミクの喧騒から少し外れた、否、意図的に外れていると言うべき『ドワーフの酒蔵亭』
かつて冒険者達の中心であり、かつてのクルルミクの中心でもあった酒場には、一人の女性が居るだけだった。
請負人、シャーロウ・エクスタ。
今この店に居るのは、彼女一人だけである。
詩を紡ぐ吟遊詩人も、
魔物記録士の少女も、
酒場の主のドワーフさえも居なかった。


すでに『国主継承の儀式』が終了している以上、この酒場は最早『必要無い』
だからここは既に『ドワーフの酒蔵亭』と言う酒場ではなく、ただの『酒場跡』
もう明日には取り壊しの作業が始まるとの噂もある。


だから、ここで彼女がグラスを傾けているのは(ちなみに酒もグラスも彼女の私物)、彼女が請け負った『依頼』の『報酬受け取り』の為である。


ぎい、木の扉の開く音。
「やあ、待っていたよ、依頼人クライアント代理」
僅かな嘲笑と共に来客に声をかけるシャーロウ。
「すまない、本来ならば、依頼した本人が来るべきなのだろうが……」
どこかばつが悪そうに、しかし律儀に返事を返す『侍従騎士』ラシャ。
「仕方ないよ、『王子様』はお忙しいから、ね」
さらにくすくす、とワラウシャーロウ。


シャーロウ・エクスタは参加するときに『面白そうだから』と自称している。
だが、その裏で、誰にも知られずに一つの『依頼』を受けていた。

依頼人の名は『ハウリ王子』
受けた依頼は『災害存在の左腕の監視』

そう、彼女が『カラミティ』と組んだのは『偶然』ではなく『必然』だったのだ。
―――尤も、それを知る人間はシャーロウ本人とハウリ王子、そして今この場に彼の代理で居るラシャの三人のみだが。


「で、今回の依頼の報酬に足るアイテムはあったのかな?
 ―――僕の眼鏡にかなうほどのアイテムが、ね」
「……ああ、この二つだ」
ラシャが懐から二つのアイテムを出す。
一つは古びた、しかし強力な魔力を秘めたコイン。
もう一つは、さらに強力な『力』を秘めた『灰色の刀身』を持つナイフ。
「こちらが四代ほど前の国主が実際に『試練』で使用した『Dコイン』、現在でも使用可能だ。
 ―――そしてこれが、昨夜王子自身が『秘術』を使用してお作りになられた『龍の爪牙』の試作品だ。
 ―――威力は折り紙付きだ、『私自身』が知っているからな」
――――――『龍の爪牙』
かつてセニティ王女がラシャに使った『秘術』をナイフの刃に使用したもの。
人間以外の『形あるもの』を灰にしてしまう刃。
―――その試作品、それがシャーロウの目の前にある。
「持ち運びに難儀しそうだねぇ?」
『それ』を納めるためだけに王子が新たな『術』を生み出したのだ、王子曰く『秘術よりも大変だった』そうだ」
「……うん、合格だよ。
 ―――で、件の『王子様』は?」
「王子は、今―――」








outro:『5月8日』



『龍神の迷宮』地下七階にある、一つの部屋。
今は何も無い、何の意味も無い部屋。
かつては『二号監禁玄室』と呼ばれていた部屋。
かつて『自分』がならず者達に陵辱された部屋。
そして、『彼女』クロジンデを失った部屋。

――――――その部屋の真ん中で、一人、ミラルドは立っていた。


何かをつかむように『包帯を解いた』左腕を掲げて。

『災害存在』Calamityなんて呼ばれる割には、女々しいんですね」
彼女の側に小さな人影が現れる。
一切の予兆もなしに。
黒い道化姿の少年……今や正式にクルルミクの国主になったハウリ王子がそこにいた。
けれど、ミラルドは彼を『ハウリ王子』として扱わない。
彼は『道化姿の依頼人』として彼女に依頼し、そしていまその姿でここにいる。
だから、彼は『ハウリ王子』ではなく『道化姿の依頼人』なのだ。

「女なんだから、女々しいのは当然じゃない」
どこか、痛みをこらえるような声で、ミラルドは呟く。

「―――で、ご自慢の『左腕』で何かつかめたのですか?」
「……いいえ、色々『混ざりすぎて』て、何一つ掴めてないわ」
「―――もっと便利なものだと、思ってましたけど?」
黒い道化は、彼女の『左腕』を見つめる。
彼女が『災害存在』Calamityであり続ける事が出来た『最大の理由』を。




『触れ得ざるもの無き腕』バベルズハンド、あらゆる『触れないものに触れる』左腕。
 『触れない』と定義してしまえば、どんなものにも接触し、干渉する事が出来る世界最悪の『技術』
 火も、水も、風も、雷も、光も、影も、星も、命も、生も、死も、人の心も、感情も、空間も、時間さえも『触』れて『干渉できる』。
 貴女が『災厄』として『生き残り続ける事が出来た』理由。
 ―――何よりも、正しい方法で学び、努力すれば『誰にでも出来る技術』である事」



―――この能力、否、『技術』こそが彼女を『災害存在』にしたと言ってもいい。
命に触れば命を与える事も奪う事も自由。生死自在にして活殺自在
時間に触れば時間を進めるも戻すも止めるも自由。老若自在にして前後自在
心に触れば感情も理性も自由に操れる。喜怒自在にして哀楽自在
―――その気になれば、『自身に災厄が降りかかる運命』であろうと操れる神の振るサイコロの目すら自由自在の『技術』



「なのに貴女は『運命に触ろうとはしない』
「……だって、この滅茶苦茶で出鱈目な運命のおかげでこの『左腕』を手に入れたのよ」
「ならばもっと活用するべきでは無いのですか?」
「……結局、何が言いたいの?」
『彼女』の売られた先が分かりました」
「……何処に?」
『彼女』『没落貴族の次女』という出自を売った『商人』です。
 ―――報酬としては十分でしょう?」


―――次の瞬間―――

ぐっ、と。
掲げていた左腕が『拳を握った』


「―――ええ、十分すぎるほどだわ」
「そうですか」
そうして、現れた時と同じように、唐突に黒い道化は姿を消した。
ふたたび、彼女は一人になった。
けれど、先ほどまでとは全く違う場所がある。


彼女の瞳、その奥にあるヒカリ。


そう、いつだってそうしてきた。


どうしようもない理不尽。
常に最悪の結果ばかりの運命。
向けられる無数の敵意と悪意。


それがどうした、そうだ、それがどうしたというのだ。


自分の選択に後悔などしていられない、そんな暇すらない。
奪われたなら奪い返す。
無くしたのならば探し出す。


―――なんだ、結局。


「何時も通り、ってことじゃないの」
ク、と笑う。
傲慢に、獰猛に。


さあ、もうこんな薄暗い部屋なんぞに用は無い。
自分が望んだとおりに進むだけだ。








『5月9日』



「というわけで、グラッセンに行くわよ」
「何が『というわけ』なんですか」
とある宿の一室にて前フリ一切完全無視で切り出すはミラルド。漫才コンビのボケ担当
とある宿の一室にて前フリ一切完全無視で切り出したミラルドに突っ込むミューイ。漫才コンビの突っ込み担当
「もうグラッセンに行くのは決定事項、つーわけでさっさと荷物まとめていくわよ、だからそこらの本の山を片付けなさい、さっさとハリー早くハリー一瞬で!ハリー!
「うみゅう……わかりましたよぉ」
呪文詠唱・物質圧縮・亜空間補充荷物を魔法の収納へ
一瞬とは言わずとも、一分かからずに部屋中に散らばっていた荷物(九割はミューイの本)はきれいさっぱり片付いた。
「……っち、能力的に優秀になったからいじりようが無いじゃない、以前だったら半日かかったのに」
「舌打ちが聞こえたのは気のせいでしょうか」
「気のせいよ」
「……まあいいです、でも、何でグラッセンへ?」


「奪われたものを、奪い返しに」
なんでもないことのように言うミラルドcalamity
「そうですか、じゃあ、厄介ごとにならないようにお目付け役が必要ですね?」
やはりなんでもないことのように言うミューイその相棒


「ここに来る前だったら『お目付け役になる実力無いじゃない』って言い切れたのに、今じゃ一端の賢者様だものね、残念だわ」
「ミラルドさん!それはどーいう意味ですか!?」
「言葉通りよ」
「どっちの!?」


迷う必要は無い。

「そういえば、シャーロウさんは?」

迷う理由が無い。

「さあ、知らないわ」

迷う時間も無い。

「知らないわって……元仲間に対してそれで良いんですか?」

迷う意味が無い。

「そのうちどっか出会えるでしょう?『アイツ』と『私』はそういう関係なのよ、多分」

さあ進もう。

「っは?もしかしてミラルドさんとシャーロウさんはいつの間にかそういうかんけーに!?」

邪魔な物を薙ぎ倒して。

「たく……耳年増にもほどがあるわよ」

前進あるのみ。

「だって私はミラルドさんより年上ですよ最近忘れられがちですけど!……って何で笑っているんですか?」

それが『私』、『ミラルド』足る理由、それこそが『災害』たる理由だ。



「別に、なんでもないわ」



進撃せよ!AHEAD! 進撃せよ!AHEAD! 進撃せよ!GO AHEAD!











―――これにて『龍の国』での『災害』の物語は幕でございます―――


―――さりとて彼女は『災害』なのでございます―――


―――『災害』は、『どこにでも現れる』からこそ『災害』なのです―――


―――そう、彼女は『災害』、『人の形をした災害』―――





―――それゆえに『これ以上無いほどに自由』なのですから―――








―――Fin―――