―ミラルド・リンドの『災害』な日常―

――――――『災害存在』ミラルド・リンド――――――

『彼女の名を知らない知性ある存在はこの世界に何一つとして存在しない』とまで言わしめるほどの恐るべき『有名人』

彼女が起こした数々の『災害』は吟遊詩人の格好の『物語』としてそれこそ幼子から老人まで誰でも知っている。







……しかし、その一方で彼女がどのような『日常』を送っているかはあまり、否。

全く知られていないといっても過言ではない。







これから語られるのは、彼女がクルルミクで送る日常の一コマである。







―ミラルド・リンドの『災害』な日常―




―起床―




ミラルド・リンドの朝は早いようで遅い……ようで早い。
どっちなんだ、といわれた場合彼女はこう答える。


「何かあったら勝手に目が覚める」




ズドォン!!




クルルミクの朝の静寂を問答無用で叩き壊す轟音が鳴り響いた。



町の住民の反応は二通り。
「なんだなんだ!?」「天変地異か!?」と慌てまくる住民と。
音の方向に視線を向けるも何事も無かったかのように日常に戻る住民に。

そしてこの住民には『ワイズマン討伐の冒険者』も含まれるのだが、その大多数は前者である。

さて、具体的に何が起こったかというと。





町の道具屋に隕石が直撃していた







それはもう豪快に直撃していて、道具屋は完全にクレーターと化していた。
そのクレーターのど真ん中に妙な輝き方をする紫色の隕石があるのみ。
……運がいいことに、クレーターと化した道具屋の店主は『たまたま』前日酒場で酔いつぶれていて道具屋に居らず、また周囲の被害半径にも『たまたま』住民が誰一人として居なかったので、死者負傷者はゼロ。



……但し、道具屋にとっての『金銭的な』被害はすさまじいことになっているのは誰にでも分かるであろう。




その轟音を目覚まし代わりにミラルドは起床した。
そして一言。

「……ん、いつも通りの朝ね」

どうやら彼女にとってしてみれば隕石の落下程度は日常の出来事らしい。

こうして『災害存在』の一日が始まる。




余談だが、全財産を失った件の道具屋は、後日落下してきた隕石が人工的に生成することが絶対に不可能だと言われていた『ミスリル銀とオリハルコンとアダマンタイトとダークマターの融合合金』であることが判明し、クルルミク最大級の資産家になるのだがどうでもいい話である。



さらに余談だが、件の道具屋は『アカメの店』ではなかったり。




―朝食―





酒場『ドワーフの酒蔵亭』は、朝食の時間帯であることもあいまって、多数の冒険者達でにぎわっていた。

どいつもこいつも一癖も二癖もありそうな冒険者達の中で、一際周囲の目を集める四人組が居た。



白いロングコートと鳶色のロングヘア、紫色で十字が刻まれた左目が特徴的なモデル体系の美人
しかしてその正体は泣く子も黙る『災害存在』ミラルド・リンド。

……に常時くっついているミニマムサイズの半妖精の魔術師の少女。
『建前上の災害存在の監視役』ことミューイ・リー

柔らかな金髪のミディアムウェーブヘア、やや軽装気味にアレンジされた『神官騎士』の鎧をまとった十台半ばほどの美少女。
『神官騎士』でありながら神を否定し、己が『覇道』を行くと公言して憚らない『神殺し』クロジンデ・オ・ゲイムニス

白髪のショートヘアに深紅の瞳、雪のように白い肌を映えさせるかのような黒いロングコートに身を包み、丸眼鏡がアクセントになっているぱっと見『美少年なのか美少女なのかよく分からない』スレンダーな盗賊の女性。
超絶快楽刹那主義者の自称『流れの請負人』ことシャーロウ・エクスタ


確かに四人とも美女美少女ぞろいであり、なおかつ全世界トップクラスの有名人である『災害存在』が居ることで周囲の視線を集めるのも当然のように思えてしまうが、それ以上に彼女達の『テーブルの上』に視線が集まっていた。



「もぐもぐ……あ、すいません、目玉焼きもう一枚お願いします」
「もきゅもきゅ……私はカフェオレのお代わりくださーい」
「……よくもまあ、朝っぱらからそんな甘ったるい物を食えるな、そんなものでは力が入らんだろう?」
「その言葉そっくり返させてもらうわ、朝からそんな重たいもの食べれる貴女の方が信じられないわ」
クロジンデの朝食のメニューはなんとレアのステーキ、それも5kgというとんでもないものだったりする。
それに対してミラルドとミューイの二人のメニューはフレンチトーストに目玉焼き、それにカフェオレとメニュー自体はそれほど珍しいものではない。

「僕からしてみれば君達三人とも似たようなものなんだけどねぇ……」
そんなことをつぶやくシャーロウはブラックコーヒーとサラダをちびちびとつまむ程度、やはり身が細い分食も細いのだろうか?

「似たようなものって……」
「こんな燃費の悪すぎる連中とは……」
「一緒にしないで下さい!」

三人がそう答えた瞬間、シャーロウが非常に悪意のこもった『ニヤソ』な笑顔を作り、

「いや、僕以外でも普通なら同じようにしか見れないってば……ククッ」
その紅い視線で別のテーブルにいる一人の少女を指し示した。

はたしてその先に居たのは、



なんか背中に『ドドドドドドドドドドドドドドド』なんてJOJOバリのすさまじい擬音を背負いながら血涙を流しながら呪詛のこもった視線、いや死線を三人に向けているフェリルだったり。
何故か顔の造詣も飛呂彦絵っぽい感じになっていたり。



「何故なんですか?」
「「「……?」」」




「何でそんなにふざけた量食えて体重増えねえんだよおおおおおおおっ!?」





その瞬間、同席していたタン嬢のコメント。
「ト、ト、トトットト、トラノ、タイガーノスタンドガ、ガガガ……(両耳伏せ&ガタガタ震えながら)」

さて、先ほど挙げたようにミラルド&ミューイの朝食は『フレンチトーストに目玉焼き、それにカフェオレ』である。






但し、『五斤分』のフレンチトーストと『卵二十個分』の目玉焼きであるが。







フェリルの、否。
この世界に存在する全ての女性の魂の咆哮に対して、三人はこんな答えを返したり。

「食べた分以上に動けばいいだけの話だろう、簡単ではないか」by野心家

「消化している時間がもったいないほど忙しいことが多すぎてそういう体質になっちゃったのよ」by災害娘

「むしろ増やしたいんですけどなぜか増えてくれないんですよー」byミニサイズ








「ウガアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!!!」









さて、その後は語るまでもなし。
いつもどおりの大騒ぎである。






―午前中―






食事が終わると、迷宮探索以外のときはメンバーはそれぞれに自分の好きな行動をとることが多い。



ミラルド、シャーロウ、クロジンデのアウトドア派の三人はたいてい実戦訓練が多い。

対して、唯一のインドア派のミューイは自室やら道具屋やら酒場やらにて特技兼趣味である『魔道書の丸暗記』をしていることが多い。
……というか、基本的にミューイが外出する時は、『災害存在』の監視『という建前で振り回されている』時しか存在しないのである。
今日もいつもどおりアウトドア派トリオは実戦訓練に、ミューイはいつもどおり『丸暗記』をしている。
アウトドア派の三人も、ミラルド&シャーロウとクロジンデの二組に別れたようである。



では、ここからはミラルド&シャーロウ組、クロジンデ+α組、ミューイ+α組の三つをそれぞれ見てみようか?




―ミラルド&シャーロウの場合―





クルルミクの町からグラッセン方面とは反対方向の街道沿いの場所にある、とある森。
この森はグラッセンと交戦状態にある現在、主要な人材及び資材の出入りの多い街道の近くであると言う場所柄からか、定期的に町の警備部隊や、時には冒険者によるパーティなどが見回りをしている。

それゆえに成り立つ『治安のいい森』
ゆえにこの森は軽戦士や盗賊、忍者などの身軽さを武器にする冒険者達にとって『比較的』安全な訓練場所。



――――――その深く静かで、されどにぎやかな森の中で――――――




――――――銀光、二閃。
放たれた光はナイフの輝き――――――
その輝きは白い人影に向かい――――――

人影の右手に触れた瞬間『逸れた』




(っつ!……これでどうかな!?)
シャーロウは、己が内心の動揺を表情に出さず、再びナイフを投擲。
今度は三本、うちフェイントが二本、本命は一本。
――――――放たれた三つの銀閃
――――――傍目には全てが必殺

――――――中った。



人影が居た『筈』『誰も居ない場所』に。


そして人影は――――――
――――――その場所から『一歩だけずれた』場所に居た。



「――――――っな!?」
動揺を隠せないシャーロウ。
それは『中った』と確信した必殺の一本をかわされたからではない。
人影が立っている『場所』がちょうどフェイントで投擲した二本のナイフが『直撃する』軌道上に居ることにであり――――――
――――――本来であれば『直撃する』筈のナイフが二本とも人影の右手の指に挟まれていることであった。


(……流石に地力が違うか……ならこれはどうかな?)
しかし動揺も一瞬、シャーロウは再びナイフを投擲する。
だが、そのナイフは人影の居る場所からは離れている、どう見ても見当違いの場所に飛んで行き。

その先にあった一本のロープを切断、
次の瞬間、シャーロウの仕掛けた『罠』の一つが発動、

巨大な『杭』が人影に高速で向かっていく!



――――――盗賊は戦闘においてあまり役に立たない。
これは冒険者だけではなく、普通に暮らす民間人や大多数の『平均的』王侯貴族たちの『共通見解』である。
確かに『単独の戦闘能力』はそれほど高くなく、その代わり迷宮などに設置された『罠の解除能力』が非常に高いのは事実である。
しかしそれは同時に、『罠の解除能力の高さ』はそのまま『罠を仕掛ける能力の高さ』に直結すると言うことである。
そして、同じ程度の経験を積んだ忍者と盗賊では、『罠の解除能力』と言う一点においては、圧倒的に『盗賊』が上回るのである。
その『盗賊』が仕掛ける『罠』を、同程度経験の忍者が対応できる可能性は『低い』と言うことである。
そしてシャーロウは自他共に認める『多くの経験を積んだ盗賊』であり、彼女が仕掛ける『罠』を解除できるレベルの『罠の解除能力』の持ち主は『現在のパーティには一人も存在しない』

そのシャーロウが仕掛け、発動した『罠』の対象である人影――――――ミラルドがとった行動は非常にシンプルだった。


左足を軸に、時計回りに回転しながら、右足の踵を自身に直撃しようとする『杭』の先端に叩きつけて『逸らした』――――――
――――――しかしシャーロウに驚きはなく、次の『罠』を発動させようとして。

逸れた『杭』がミラルドの横にあった一本の木に直撃、その木を大きく震わせて――――――
――――――シャーロウが足場にしていた枝に『罠』が襲い掛かった。


「え?」



理解できない。
理解できない。
全く理解できない。

何故『自分が仕掛けた罠』が一斉に『自分自身に向かって襲い掛かってくるのか』理解できない。

シャーロウの思考がから回る、しかし思考が空回りながらも無数の経験から『発動した罠に対する反応』が自動的になされ、彼女は森の中を飛び跳ねる。
飛び跳ねる。
飛び跳ねる。
飛び跳ねる飛び跳ねる飛び跳ねる……!!





そうして、シャーロウが冷静な思考を取り戻した時には、既にミラルドは目視できる位置に居らず、気配も非常に薄くなっていた。
薄くなってはいたがしかし、シャーロウにとって見れば『感じ取るのが非常に難しいが感じ取ることが不可能ではないレベルの気配』だったので必然的に『気配を感じ取ることに集中して』




ブラックアウト




































「……ウ、シャーロウ、大丈夫?」

「……あ、っつ、あ、う……?」


イタイ


「はい、これ飲んで、多少はマシになると思うから」

「……っう、ミ…ら……ぅむぅ……ぃ……」


イタイ、イタイ



「無理か……しょうがないわね……んむ……ん――――――」
「んむっ?」


イタイ、イタふわり









「今度こそ大丈夫?」
あ〜、なんかみらるどがいってる?
「ね、ちょっと、シャーロウ、大丈夫なの?目の焦点が合ってないわよ?」
そういえばさっきふわって、ふややって、くちび――――――ッハ!
「あ、ああ、まだ少し、頭痛が残っているけど、とりあえずは、大丈夫、かな?」
「ああ良かった、さっき一寸『力加減』ミスっちゃったから慌てちゃったのよ、その様子なら『後遺症』は無さそうね、安心したぁ……」
「ああ、僕はもう大丈夫だよ……(流石は『本職』出身……新たな趣味に目覚めそうになったよ……)」


「……」
「……」
「……」
「……」
気まずい沈黙。
「っと、ともかく、さっきまでの訓練のおさらいしましょう、ね、ね!」
を、強引にミラルドが断ち切った。
「そ、そうだね!僕もその意見に賛成だよ!」
それに強引にシャーロウも乗っかった。
「ま、まずさっき僕の投げたナイフが何で君の右手に『触れた』だけで『逸れた』んだい?」
シャーロウはまだ一寸だけ残っている甘い感触を振り払いながら、最初の疑問をミラルドにぶつけた。


そう、投擲されたナイフを『回避する』のではなく、『弾き落とす』のでもなく、ただ『触れた』だけなのだ。
たったそれだけで致命に至るだけの威と速をもって投擲されたナイフが『無力化された』のだ。
自慢ではないが、シャーロウが投擲するナイフはただ『触れる』だけで容易く無力化できるような軟な代物ではない。

「それだけじゃない、その次の投擲に対する反応が信じられない、普通フェイントと本命があったら『フェイントを無視して本命を防ぐ』『フェイントと本命両方とも回避する』のがセオリーなのに、君が選んだ選択肢は『本命を回避してフェイントを防ぐ』だ、どうしてそんな『普通なら絶対に選ばない選択肢』を選んだ?後それから……」
「はいはいストップストップ、頭に血が上りすぎよ、貴女らしくないわよシャーロウ?」


さて、何で快楽主義者で刹那主義者な『シャーロウ』がこんなに頭を使っているのかと言うと、現在の『パーティの戦術』を考えると仕方がないのである。

現時点でのリーダーだが、前衛で壁役であるがゆえに連携における戦闘判断を『する必要性を感じながらする暇がない』クロジンデ。

状況にすぐに振り回されるために連携における戦闘判断を『することが殆ど不可能な』ミューイ。

そんな二人と対称的に腰が据わりすぎていてなおかつあまりにも多すぎる非常識経験ゆえに連携における戦闘判断を『する必要性を感じていない』ミラルド。

『戦術的思考について問題の多い』パーティメンバーに対して、物事を斜に見すぎるがその分『常に冷静な戦闘判断が可能』なシャーロウはある意味パーティの『戦術の要』なのである。
しかしそれゆえに『シャーロウの思考』が止まるとあっという間に『パーティとしての連携』が崩壊し、『個人の戦力頼りの戦闘』になってしまうと言う欠陥を抱えているのがこのパーティの現状である。

――――――話を戻して、

「最初の質問についての答えだけど、ナイフが触れた瞬間にナイフの持つベクトルの力と限り無く近くて、でも少しだけ逸れたベクトルの力を加えただけ、傍目には触れただけにしか見えないけど、実際にはほんの僅かだけど力が加わっていたのよ」
「……なんともまあ、とんでもない芸当だね、それじゃあその次の『本命を回避してフェイントを防いだ』のは何故だい?」
「それに対する答えは簡単よ、『普通なら選ばれない選択肢』だからこそ『選んだ』のよ」
「……何でまた?」
「何でって……『選ばれない選択肢を選ばれた』せいで相手は『まともな攻撃は意味がない』と考える、考えざるを得なくなってしまうの。
……貴女、さっき罠を発動させた時そう考えたでしょう?」
「――――――驚いたな、連携の思考を殆どしないのにそこまで相手の心理を読める、否誘導できるとはね」
「私の経験上、状況によっては他の誰かとの連携よりも自分一人の実力のほうが『信頼できる』ことが多々ありすぎてね……結果的にこうなっちゃったのよ。
――――――ああ、別に連携が役に立たないって言っているわけじゃないのよ?」
「僕には『役に立ったことがない』と言っているようにしか聞こえないんだけどね?」

パーティ戦闘を重視するあらゆる人種に対するを微妙に吐いている『災害存在』『請負人』
――――――なまじ説得力がありすぎるのが非常に痛い

「――――――話を戻すけど、そうして僕は君に誘導されて『罠』を発動させられたわけなんだけど、その『罠に対する反応』はある程度予想できていたんだ。
――――――その後の『僕が仕掛けたはずの罠が僕自身に襲い掛かる』事も『そうなる』ように誘導したのかい?」
「それは完全に偶然、あの後とりあえず『罠』を『潰しながら』貴女の視界から外れるつもりだったから……あまり認めたくないけど『災厄』だったんじゃないの?『私の思惑』からも『貴女の思惑』からも外れた事だったから」
「……その『災厄』と言う言葉の恐ろしいまでの『説得力』は君と付き合っていれば否応なしに思い知らされるからね……」
「……」
「……」
「……まあともかく、もう一つ聞きたいことがあるんじゃないの?」
「……ああ、最後の質問だ。
――――――君はどうやって僕を『落とした』んだい?」
「簡単なこと、少なくとも普通に生活していれば誰にでも『理解できること』を実行しただけ。
――――――最も、『納得する』事は難しいでしょうけど、ね?」
「理解は出来ても納得は難しい……?」
「――――――人間、いや少なくとも目を持って視覚から情報を得ている生物は明るい場所から暗い場所に急に移動すると、しばらくは何も見えないわよね?」
「そんな事当たり前の『常識』じゃないか、何か関係あるのかい?」
「有るのよ、最後まで聞いて。
――――――同じように暗い場所から明るい場所に急に移動すると、やはりしばらくは視覚情報を得ることが出来ない、これも『常識』
では、全く光が存在しないといっても過言ではないほどの暗い場所に慣れた状態の目に『強烈な光』をぶつけた時、ぶつけられた人間はどのような状態になるかしら?」
「そんなの簡単だ、強烈過ぎる刺激でショック状態に陥って数秒間は『何も出来ない』、実際『光源』の魔法をそういう風に護身用に教える魔術師もいるくらいだからね」
「それでは、その『強烈な光』『太陽を望遠鏡で直視したのと同じレベルの強さの光』だったとしたら?」
「そこまで行ったら『失明』のおまけ付き、最悪『ショック死』も有り得……ッ!
――――――『そういうこと』、か……」
『そういうこと』よ、あの時貴女は私を見失っていた、そして私は気配を限界近くまで薄めていた。
ならば必然、私の気配を見つけようとして貴女は気配の感知能力を大幅に高める、目の状態で例えるなら『真っ暗な状態で視覚情報を得られるように光に対して敏感になった状態』になっていた。
その状態の貴女に『気配察知など出来ないような一般人でも気絶できるレベルの強烈な気配』を叩きつけただけ。
気配の方向性や量をコントロールすれば極端な話『気配だけで相手を殺害できる』、それを実行しただけ」
「簡単に言ってくれるけど、それを『実行できる』と言い切れる存在はそうそう居ないよ……正しく『言うは易し、行うは難し』だよ」
「褒め言葉として受け取っておくわ」
「……にしても、つくづくえげつない技術だよ、少なくとも僕には『対抗策が思い浮かばない』
気配感知を強めればそれだけ効果的に『効く』し、かといって気配感知を一般人並に落としても『一般人でも気絶できるレベル』だから『多少は効きが弱まる』程度。
それならばと『気配が感知できない』ほどに落とせば今度は『次の行動を察知するのが困難な状態』で君の相手をしなければならない。
……実にえげつない技術だよ、いつそんな代物習得したんだい?」
『盗賊王国』『最高金額の裏賞金首(『生死を問わず=DEAD OR ALIVE』では無く『必ず殺せ=DEAD ONLY』)』になった時」
「ああもうそれだけであっさり納得出来たよ」


クキュルルルルルル



「……今のは私じゃないわよ?」
「解ってる、少なくとも『腹の虫の音』で死に掛けた経験のある君が鳴らすわけがないよ」
くすくすと笑いあう二人の美少女。
――――――気がつけば、太陽は一番高い場所に居た――――――




―ミューイととある賢者の場合―




本日もミューイはいつもの様に特技とほんの少しの実益を兼ねた趣味である『魔道書の丸暗記』をしていた。
――――――といっても宿の自室で一人で黙々と読んでいるわけでも無ければ、道具屋に置いてあるどこの誰が書いたのかまともにわからない安物の書を一人で黙々と読んでいるわけでもない。
今日は酒場『ドワーフの酒蔵亭』にて黙々と読んでいた。
黙々と読んでいることに変わりは無いが、珍しいことに『一人』では無く、もう一人別の人間が居た。

――――――女賢者エイティネシス
ワイズマンが龍神の迷宮に出現してからずっと『自身の能力を生かせる人間としか組まない』と公言しており、既に年単位で『ドワーフの酒蔵亭』に滞在していながら、その高潔な人格と殆どのアイテムを鑑定できる高い能力から、町の人間に煙たがられるどころかむしろ『守られている』と言っても過言ではないクルルミクの有名人の一人。
そんなクルルミクトップクラスの実力者であり有名人でもある賢者が何故それほど有名でも実力者でもない半妖精の見習い魔術師の趣味なんかに付き合っているのかというと。


――――――二日前、『ドワーフの酒蔵亭』にて

「すみませんエイティネシス様、この本を鑑定してもらえませんか?」
その日も何時も通りにとある冒険者にアイテムの鑑定を頼まれたエイティネシス。
彼女が一瞥してみたところ、そこそこに力のある魔道書らしく、非常に専門的な魔術師ならば『名前ぐらいは聞いたことがあるが実物を見たことは無い』レベルのレア度のアイテム。
この手のマジックアイテムは魔力方面での鑑定に対する『対魔術効果』がかかっている事が多いので(そもマジックアイテム自体が『アイテムの形で完成された魔術』であることが多い)、鑑定する場合は知識方面がメインになる。
さてどのような名前と効果を持ったアイテムなのかと知識をひっくり返そうとした直前。


「あれ、何でこんなものがここにあるんですか?」


――――――たまたま近くの席で『丸暗記中』の魔道書から目を離していたミューイが発言した。


「……へ?この本のこと、知っているんですか?」
「知ってるも何も、私の先生の一人が昔書いた魔道書『レギオン・オブ・ビースト』……の『写本』の『初版』ですよ?」
「そこまで解るんですか!?」
「解るも何も、確か『原版』は先生が書いた一冊だけで今でも所持してますから流通しているのは全部『写本』の筈ですよ?
……先生に許可をもらって『第五版』『写本』を一冊だけ書かせて頂いた事もありますから、少なくとも『原版』から『第五版』までは『丸暗記』してますよー」
「そ、そうですか……で、具体的にはどのようなアイテムなんですか……?」
「確か『原版』以外は『周囲の獣を無差別に引き寄せるだけの効果』しかないですよ、はっきり言ってしまえば『換金アイテム』としての価値しか『写本には』ありませんねー」
「……あ、ありがとうございましたぁ……」
毒気だけではなく何かイロイロ抜かれた表情で酒場を後にする冒険者。
後に残るは仕事を横から掻っ攫われた高名な賢者と、横から掻っ攫った見習い魔術師、そして静寂のみ。


「……っさってと、続き続グワシッはわわっ!?」
『丸暗記』の続きをすべく魔道書に目を向けようとした瞬間Gエルフに勝るとも劣らない握力で首根っこをつかまれたミニサイズ。
同時になんか後ろから『戦闘中に災害呼ばわりされた時のミラルド』『蜂蜜と生クリームとカスタードクリームを装備して可愛らしい少女ににじり寄るGエルフ』『最高級の酒を飲もうとして栓を開ける直前にその酒瓶を粉々に砕かれた直後のハデス・ヴェリコ』の気配を足して『3乗』した位の強烈な気配が『ドドドドドドドドドドドドドドドドドドド』と某DI○様の如く(またか)立ち上っていた。

具体的に言うならば。


デンジャーデンジャーわーにんわーにんニゲロニゲロドアヲアケロー!


* みゅーい は とうそう を こころみた! *

* しかし みゅーい は くび を つかまれている! *

* みゅーい は とうそう に しっぱいした! *



「ねえ、おじょうさん?」
「は、はひ、なんでしょうか?」
「どうしてあのアイテムが鑑定できたの?」
「い、以前『丸暗記』したのでしってたのです、たまたまです、たまたま」
「本当にそうなのかしら?」
「ハハハハハッハハイ、マルアンキシタマドウショイガイハワカリマセン、カミニチカッテホントウデスデスデスデデデデデ」
「……」
「……」
「……」
「……」←いっぱいいっぱい
「……」
「……」←もはや限界


そしてついにミューイの首から腕が離され――――――!



まあ冗談はここまでにして……あら?」
――――――既にミニサイズ半妖精は気を失っていた。


そんな感じで気を失ったミューイに最高レベルの回復魔法(+自白用の精神誘導魔法)をかけたエイティネシスが半妖精の少女から聞かされた話は。

――――――既に数十冊単位で魔道書を『丸暗記』している事、
『丸暗記』した魔道書の中には数々の神話や英雄譚や伝説に名を残すような高名な賢者や魔術師が書いた『存在そのものが伝説レベル』の魔道書がある事、
それほどの数と質の魔道書を『丸暗記』しているのに『暗記どころか読むことすら出来ず、魔術強化用のブースターとしてしか使えない書』がある事等々――――――

そして最後に自分が『役立たず』として『災害存在の監視役』と言う建前の『事実上の放逐』であることを告げて、見習い魔術師の話は終わった。


「……」
「……えと、エイティネシス、さん……ああいえ、様付けの方がいいかな……?」
「……れない」
「はわ?」
「……確か、貴女の名は、ミューイ、ミューイ・リーでしたよね?」
「は、はわいっ!そ、そうですけど!」
「……貴女が『読めない書』、見せて頂けるかしら?」
「え、あ、え、……これです」
なんだかよくわからないが勢いのままに『書』をミューイはエイティネシスに差し出した。

その『書』は、一見『単なる魔道書』に見えた。
エイティネシスはしかし、最大限の警戒状態で(自身の使用できる最高レベルの『対呪術攻撃遮断用防御魔術』を重ねがけ)した状態で、慎重に『書』を開き。




















――――――万物の王無限の中核に棲む原初の混沌形なく知られざるもの暗愚の実体Azathoth這い寄る混沌crawling chaos無貌の神The Faceless God暗黒神闇に棲むもの大いなる使者燃える三眼顔のない黒いスフィンクス強壮なる使者百万の愛でられしものの父夜に吠ゆるもの盲目にして無貌のもの魔物の使者暗きものユゴスに奇異なるよろこびをもたらすもの古ぶるしきものNyarlathotep門にして鍵全にして一一にして全なる者外なる神混沌の媒介原初の言葉の外的表れ虚空の門漆黒の闇に永遠に幽閉されるものの外的な知性Yog-Sothothクトゥルークリトルリトルクルウルウクスルートゥールーチューリュー九頭龍Cthulhu名状しがたきものthe Unspeakable星間宇宙を渡るものHasturフォーマルハウト生ける炎Cthugha千匹の仔を孕みし森の黒山羊The Black Goat of the Woods with a Thousand Young黒き豊穣の女神万物の母Shub-Niggurath吸血象神Chaugnar Faugn全ての蜘蛛を支配するものAtlach-Nacha巨大触腕長鼻備蛸目持不定形可塑性鱗皺覆Ghatanothoaaoahhanodti43qhjfNvhotp:g]lk; mvcxupnanoazoizmna]jzvj:ヰMJJQOIXoOOOOOOOOOOOOOOOOOOAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――――――





















――――――えして下さい!これは私のものですよ!」
「へ、あ、私、は……?」
『書』を開いたと思ったらいきなり固まっちゃったんですよ!びっくりしましたよ!」
『書』……あ、ああ、そうでしたね、お返ししますね」
やはりなんだかよくわからない流れのままに『書』を素直にミューイに返したエイティネシス。
「……決めました」
「はわ?」
「貴女に私が所有している魔道書の全てを読ませてあげましょう。
――――――少なくとも、その『書』を読めるようになる手伝いにはなるでしょう?」
「はわ、い、いいんですか?」
「ええ、いいんですよ、『私がそうしたい』と思ったのですから」
「そ、それではご好意に甘えさせていただきます」






――――――どこかで、クスクス、と嘲い声がした――――――







そのような経緯の元、見習い魔術師と高名な賢者のコンビがこの酒場で見られることになったのである。
時間は戻り、現在。

「読み終わりましたー」
「……つくづく、信じがたいスピードですね……」
ミューイは既に『丸暗記』し終えた魔道書『パーフェクト・アルカナ』をエイティネシスに返却した。
「それで、あの『書』は読めるようになりましたか?」
「……相変わらずさっぱりです……それに未だに『丸暗記』した魔道書の『記述された術式の再現』は殆ど出来てませんし……」
――――――そう、確かにミューイは魔道書の『丸暗記』が可能、さらに内容を諳んじる程度なら可能である。
しかし、魔道書に記された魔術の再現は殆ど出来ていないのが現状である。
だが、前にも挙げたが、マジックアイテムとは『アイテムの形で完成された魔術』であることが殆ど。
そして、魔道書というアイテムは特にその方向性が顕著に出ている。
魔道書とは、書き上げた存在が意図したにせよしなかったにせよ『記述だけでは魔道書にならない』といっても過言ではない。
魔道書に記された『記述』だけでなく、書の『材質』『編纂方法』『頁の並び方』『装丁』、場合によっては『付けられた名前』等々……。
それらの要素が複雑怪奇に絡まりあい、結果『魔道書と言うマジックアイテム』の形で完成するのだ。
そして、ミューイの趣味兼特技の『魔道書の丸暗記』、彼女にとっての『丸暗記』とは。

――――――比喩でもなんでもなく『魔道書という形の魔術丸ごと暗記』なのである――――――

ミューイにとっては、それは当たり前ではないにしろ、自分の数少ない特技の一つ程度にしか認識していない。
しかし、エイティネシスから見れば、とんでもないとしか言いようがない。


――――――百年に一人の才能?
そんな程度のものではない、断言してもいい。
千年に一人でも、万年に一人でもなお足りない。
過去に決して現れたことなく、現在に決して存在することなく、未来に決して現れることがない、それほどの才能。
否、もはやこれは『才能』等ではなく『異常』
『異常』にして『異質』にして『異端』、正しく『外法』
『法という名の理の外』の存在。
彼女は何故この『書』を手に出来たのか、いや、彼女だからこそ『書』を手に出来たのか、それとも――――――



ぐきゅるるるるるるる



思考の無限スパイラルに陥っていたエイティネシスを現実に引き戻したのは、目の前で別の魔道書の『丸暗記』に没頭していた半妖精の少女の腹の虫だった。
「……」
「……あ、あははははは、そろそろお昼ですね!」
「そうですね、一度休憩にしましょう」
「なら、私たちと一緒にお昼ご飯食べませんか?」
「よろしいんですか?部外者……とは言わずとも、パーティメンバー以外の人間が食事の席に参加するのは……」
「いいんですよー、と言うより食べないと人生九割九分九厘損します!
何故なら――――――」





―神殺しの神官騎士と長生の神官騎士の場合―



『ドワーフの酒蔵亭』裏手の空き地。
そこそこに広く、遮蔽物らしいものが殆ど存在しないこの場所は、前述の『森』と同じように冒険者達の訓練場所のひとつである。
ここに集まる冒険者達は重戦士、神官騎士、魔法戦士などの前衛に立つことが多い職業がメインである。

――――――そこで二人の冒険者『だけ』が『訓練』を行っていた。

本来であれば、複数の冒険者達が訓練を行っているはずの空き地で、
間違いなく十人以上の冒険者がそこにいながら、
されど誰一人として訓練を行うことなく、その二人の訓練を『傍観』していた。
何故ならば。


その『訓練』は異常すぎた

『訓練』の内容は一対一での戦闘を想定したもの。
二人は互いに武器を振るう、しかし自身が振るった武器は相手に紙一重で見切られ、ほんの僅かな動きで回避される。
武器を振るった後に生まれる僅かな隙ともいえぬ隙、そこにめがけて相手の攻撃が繰り出される。
しかし武器を振るったことによって生まれた力の流れを利用してそのまま回避行動に移動する。
それをひたすら繰り返し、互いに攻撃に当たることなく、互いに攻撃を当てることなく、その様子はさながら舞踏のごとく。


――――――これだけならば、別に『ハイレベルな攻防』ではあっても決して『異常』などではない。
実際、軽戦士や盗賊、忍者などの 『身軽さが武器の冒険者の実力者』同士の一対一の訓練では決して珍しくない。
この訓練が『異常』足りうる理由はただ一つ。


――――――この訓練を行っている二人が『神官騎士』であると言うただ一点のみ――――――



神官騎士とは、砕けた言い方をしてしまえば『回復手段を持った重戦士』である。
そして『本来の重戦士の戦い方』とは『圧倒的な重装甲で攻撃を受け止め、圧倒的な重武装で相手を蹂躙する』
はっきりと言ってしまえば『回避と言う前提が存在しない』のである。


それゆえに『回避と攻撃の無限スパイラル』と言う名の舞踏を『神官騎士が実行している』、それだけで異常なのだ。
既に舞踏の速度は軽戦士にも、盗賊にも、忍者ですら追いつけぬ速度を易々と超過していた。


また、周囲の冒険者達の目を集めている理由の一つに、その舞踏を実行している二人が冒険者達の中でもそれなりに名の知れた人物であることが大きい。


一人は『神殺しの神官騎士』クロジンデ。
こちらはまだ納得できる、納得できる要素がある。
しかし、もう一人のほうがそれを実行できていると言う事実が周囲の目を集めている理由である。
そのもう一人は、『Gエルフ』だの『ビグザム』だの『脳みそステンレス製』だの散々言われまくっている『高位エルフの神官騎士』フリーデリケ。


このありえない組み合わせゆえに、誰もが呆然としながら、しかし違和感が感じられない『鋼音無き剣舞』に見入っていた。




されど。
――――――均衡は一瞬で壊れる――――――





振るわれる長大な槍斧―――――― 
――――――やはり振るわれる重厚なメイス。

――――――その二つが振るわれたタイミングは『完全なる同一』!――――――



次の瞬間、剣舞が始まってから初めての『鋼音』、否『轟音』が響く!
さらにその『轟音』の直後、刹那のごときあまりにも短い瞬間の後に響く『鈍音』
数瞬の間を置いて、ドサリ、と言う音と同時に落下した人影――――――クロジンデ。



それで、『舞踏』は終了したらしく、半ば気を失っているクロジンデをフリーデリケが起こす。

――――――ふうっ。
「ひぃわああああああっ!?何をするか貴様っ!!」
「起きたディスカー?」
「……貴様は気絶した人間を起こすのに耳に息を吹きかけるのか?」
「甘噛みしゃぶりねぶりがお好み?」
「正気度が削れて行くから止めろ」
そんな感じでようやく二人が本来の『フリーデリケとそれにかかわった人間』の形(?)に戻って漫才をしていると。

パチ、パチ、パチ。
「ふひゃあ、すごかったですぅ」
拍手(?)をしながら二人に言葉をかけたのは、かつて『パーティークラッシャー』と呼ばれていた『元冒険者』のモンスター記録師の少女パーラである。
「私もお二人位強かったらちゃんと冒険者できたかなぁ……」
「ん〜どナンでしょうかネ〜でも〜」
「それは難しい質問だな、だが……」
一瞬の間。


「「『ミラルド・リンド』なら答えられる」」



断言した。
当たり前のことを言うように、定められた理を語るように、神から与えられた法を伝えるように。

「……断言できちゃうんですかぁ……それはそうとして、あのモノ凄いスピードでの攻防と、武器がぶつかった直後にクロジンデさんが吹っ飛んで行ったのはいったいどういう原理なんですか?」
「ピシッ!」
『原理』の一単語で文字通り固まるフリーデリケ。
……やはり頭悪いのか……。
「フリーデリケには答えられんよ、何しろ原理を『頭ではなく体で理解している』のだからな。
……ともかく、あのスピードでの攻防は『武器を振った時の力』だけでなく『体と一緒に動く鎧の重さ』まで利用した結果のスピードだ。
『重装備なのにあのスピード』なのではなく『重装備だからこそのスピード』なのだ」
「はやや……そんなことが出来るんですか?」
「あくまで『不可能ではない』だけだ、実際にこの領域で戦える重戦士や神官騎士は殆ど居ないだろうな。
……そして、私を吹き飛ばしたフリーデリケの一撃は『零破撃』やら『寸掌』やら『剄打』やらと言われている『相手と零距離で接触した状態で使用できる打撃』だ。
こちらの技術はどちらかと言うと『格闘をメインにするタイプの軽戦士』や『武器を殆ど使用しない忍者』等が使用する技だな、なにせ『武器を持っていない』のが前提だからな」
「そ、そんな便利なものがあるんですか?」
『効果的』ではあっても『便利』ではないな、比喩でもなんでもなく『自分自身の全身の力と速度と重量全て』『密着した状態で叩き込む』のだぞ、武器を使用しない流派のほぼ全てにおいて『奥義』『秘伝』、つまり『習得するのが最も難しい技術』扱いだ。
――――――最低でも『瞬拳』クラスの実力が必要だ、『最低』でもだ」
「……その『予想外の一撃』で吹き飛ばされたのですかぁ……」
『予想外の一撃』などではない、あの瞬間、私も使用していた、『奥の手』としてな。
だが、私の物は『威力』も『速度』も完全に劣っていたし、何よりも『収束された力の密度』が段違いだった、それだけが『予想外』とも言えなくも無いがな」
「はやややや……」
あまりにも違いすぎる領域の話に相槌を打つ気力すら失ったパーラ。
そのタイミングでフリーデリケが、



「そーなのかー」

ずどがらがっしゃん!

その場に居たフリーデリケ以外の全員がドリフ調にすっころんだ、さながらバナナの皮を思いっきり踏みつけたように。

「原理もわからないのに使っていたんですか……?」
「ダテに長生きしてませんYO?」
「……だからさっきも言っただろう、原理を『頭ではなく体で理解している』とな……そろそろ昼か。
――――――丁度良い、確かパーラだったか?
我等の昼食に来い、直接聞けるぞ?」
「はや?よ、よろしいんですか?」
「ダイジョブダイジョブ!何故ならキョーのお昼の担当さんハー」




『ドワーフの酒蔵亭』裏の空き地でクロジンデが、
「ミラルドが作るはずだ、我等四人の中では一番料理が上手いぞ?」

同刻、『ドワーフの酒蔵亭』の中でミューイが、
「ミラルドさんの料理ってすっごい美味しいんですよ、食べるべきですよ!」

そして同刻、街道沿いの森にてミラルドとシャーロウが、
「それじゃあ、ご相伴にあずかるとしようか?」
「ええ、期待しててね」






―昼食―





昼食時ということで、『ドワーフの酒蔵亭』はこれでもかと言わんばかりに混雑していた。
そして、朝食の時に負けず劣らず周囲の目を集めているミラルドたちのテーブル。
しかし、その様子は朝食の時とはかなり違っていた。
「美味しい……美味しいけど……負けた……」
なんだか大きな敗北感と『料理』の美味しさからの喜びが混ざり合ってよくわからない表情を作っているフェリル。
「むぐむぐむぐむぐ……『うーまーいーぞー!!』……こんかいはまちがってない」
無表情なまま(時々壊れる)実に美味しそうに『料理』をほおばるタン。
「これだけの味……王宮の食卓に並んでも遜色の無いものです、驚きました」
『料理』の味に純粋に驚愕しているエイティネシス。
「スイーツだったら勝ち目あるんだけど、それ以外で完全敗北ってーのは主婦暦50年(自称)にはちょとくやしーアルよ」
等と言いながらかなり高速で『料理』を消費しているフリーデリケ。
「あはは、なかなかにアビスでカオスでルナティックだね」
『料理』の中のサラダをつまみながら嘲っているシャーロウ。
「もくもくもくもくもくもくもくもくもくもぐむっ!?――――――んーんー!」
フリーデリケ以上に高速で『料理』を消費――――――していたら『料理』を喉に詰まらせたミューイ。
「つくづく持ち芸が多いと言うかなんと言うか……はぐ」
呆れつつ感心しながら『料理』を高速で消費しているクロジンデ。
「……」
そのクロジンデに半ば無理やり引っ張られ、未だに『料理』に一切手を付けていないパーラ。
そして。
「はい『ビーフシチュー』に『カニクリームコロッケ』、『麻婆春雨』に『酢豚』、『豚しゃぶのサラダ風味』に『ナスの味噌炒め甘口』お待たせいたしました〜」
やたらイキイキと大量の『料理』をいつの間にかテーブルにおいているミラルド。
しかも服装が普段の白コートではなく、ややミニスカート気味のメイド服になっているが誰も突っ込まない。
……過去に「似合わね〜」とか抜かした冒険者が『数えるのも馬鹿らしくなるほどの大量のナイフ』で磔状態にされたことがあるので決して誰も突っ込もうとしない。
「……どうしたの?」
「はひゃっ!?」
従者スタイルのミラルドに声をかけられた瞬間、『イスごと跳ね上がる』という器用な驚き方をしたパーラ。
「クロジンデとばあさんが私に『パーラが聞きたいことがある』って言ってたけど、何?」
「はや、えと、あの……」
ほんの少し、ほんの少しだけ、何かを噛み締めるような表情をした後、パーラはミラルドに聞いた。
「ミラルドさんって……とても、強いですよね」
「?」
「私は……弱いです。……いいえ、弱いだけじゃないです、運も悪いです、私は冒険者になりたかった、冒険者になってパーティを組んで、でも組んだ人は必ず巻き込まれちゃって……こんな」
「ええ、弱くて、運も悪いわね」
「……否定、してくれないんですね」
「貴女はそういう結果を出した、貴女はそれで『納得』した、貴女は『折れた』のよ」
「……はい」
「言うなれば貴女は『折れる』と言う『結果』『納得』すると言う選択肢を『選んだ』、それだけよ」
「……」
「けど――――――」


「それのどこが悪いの?」



「……え?」
「私は『折れない』って『意地を貫く』と言う『選択』をし続けただけ、それだけよ。
――――――仮令生まれ育った街に大軍が雪崩れ込もうと、
――――――仮令宿した命ごと無数の暗殺者に狙われようと、
――――――仮令数え切れぬほどの亜人達に襲われ続けようと、
――――――仮令国丸ごと一つ全てを敵に回しても、
――――――仮令神々の大戦争に巻き込まれても、
『意地』を貫いた、『誇り』でも無く、『矜持』なんて立派なものでもなく。
ただの『意地』、けれどその『意地』こそが、娼館生まれのどこにでも居る小娘を神々以上の『災厄』にまで押し上げた。
……結局人間は、自分の『選んだ』通りにしか生きれない。
正義と善に生きることも、悪意と欲望に生きることも、愛に溺れることも、憎悪に身を焦がすことも、全ては『自分自身の選択』よ。
――――――だから、貴女が『折れた』事に文句を言わせない、言うような奴は魂かけて殴り飛ばすから、『胸を張りなさい』
『胸を張りなさい』、そんなことをいわれたのは間違いなく初めてで、くすぶっていたものは決して消えないけど、それ以上のものが自分の中に生まれて、だから。
「……はいっ!」
自然と、返事ができた。
「よろしい!ならばしっかり食べなさい!
世界が救えるほどの料理よ?」
『救ったことあるのかよ!?』(全員)
「あるわよ、それが何か?」


こんな感じで、『ドワーフの酒蔵亭』は何時も通りの大騒ぎである。




―午後、『ドラゴン怒りの鉄拳(ぇ』




ヴォンッ!
ヴォンッ!!
ヴォンッ!!!
振るわれる巨大な斬馬刀。
それを振るうのは、重装備に身を包んだ眼鏡の女性。
ワイズマン討伐に参加している竜騎士の一人、シュリアス・グリーンウッド、通称『シュリ』である。
斬馬刀を振るい続けるシュリから少し離れた場所で、ミラルドが柔軟体操をしている。


型通りに振るわれるだけだった斬馬刀は、流れるような剣舞へと変化し。
その剣舞が終わったと同時に。
「よろしいですか?」
問いかけるシュリの言葉。
「いつでもどうぞ」
答えるミラルドの言葉。




転瞬、空気が張り詰める――――――!



さながら、時間が止まったかのような静寂。
一分だろうか。
十分だろうか。
一時間だろうか。
あるいはそれ以上だろうか――――――。



カラ。
そんな聞こえるか聞こえないかわからないような小さすぎる物音。
次の瞬間、時間が加速する――――――
ミラルドに向かって振るわれる斬馬刀の剛閃、
―その刃が届く前にミラルドが大地を『踏み砕き』大量の岩片を撒き散らし、
――その岩片を斬馬刀がさらに粉々に砕き、
―――砕かれ宙に舞う無数の破片を『足場』にしたミラルドは刃の軌道上から消えうせ、
――――ミラルドが居たはずの場所に刃が届くも既にミラルドはそこに居らず、
―――――必殺の刃を振りぬいたシュリの真後ろに現れるミラルドはシュリの背中に掌をあて、
――――――シュリは刃を振りぬいた勢いのままに全身を回転させ、


全ては一瞬だった。
瞬きほどの間に、互いの立ち位置が入れ替わっていた、傍目にはそうとしか見えなかった。
だが、その一瞬の間に行われたのは、並の兵であれば『殺されたことにすら気づかぬままに殺される』絶殺の交錯。


ミラルドの必殺の零距離掌打は紙一重でシュリに回避され。
シュリの大斬撃の勢いを利用した反撃の蹴撃もまた紙一重でミラルドに回避されていた。


二人は再度、必殺の一撃を放つべく――――――


「大したものだな、『騎竜騎乗用装備の竜騎士』相手に一歩も引かないとはな」
第三者の声で空気の張り詰めが解けた。


その声を放ったのはシュリと同じ竜騎士である『戦姫』クラウディア・エヴァン、通称『クラウ』である。
「全くだ、流石は『破竜の拳(ドラゴンブレイク・フィスト)』と言うことか」
シュリが返す。
「あーそういえばそんな風に呼ばれたこともあったわね……他にも『白き暴君(ホワイト・タイラント)』とか、『狂った運命(ルナティック・フェイト)』とか、『終止符の淑女(レディ・ピリオド)』とか。
『災害存在』認定されてからはさっぱり呼ばれてなかったから懐かしいわね」
さらにミラルドが返す。


意外と知られていないことだが、ミラルドは『災害』以外にも幾つもの二つ名を持っている。
それらの二つ名の数々は彼女がかかわった事件における彼女の行動から来るものである。
『白き暴君』の場合は彼女が壊滅させたとある騎士団たちに付けられ。
『狂った運命』の場合はやはり彼女に壊滅させられた『未来予知能力者を中心とした秘密結社』に付けられ。
『終止符の淑女』は千年近く生きていた吸血鬼が彼女とかかわった結果、『終焉』を迎えることが出来た時に贈られ。
――――――そして『破竜の拳』はクルルミクの竜騎士達が『ある事件』を目撃したがゆえに呼ばれるようになった二つ名である。
「わたしはその『瞬間』を見ていないから、噂程度にしか知らないのだが……シュリ、目撃していたよな?」
「ああ、あの『瞬間』を目撃した竜騎士は例外なく竜騎士としての自信を粉々に打ち砕かれたよ、特にグラン殿は、な」
「『古竜』グラン・ヴァンデンスターン卿か……、まあ仕方あるまい」




――――――あれは二年前、グラッセンとの戦闘の最前線での事じゃった。
連日の出撃、まともに取れぬ休息、物資は枯渇気味、それでも老骨に鞭打ちながら戦場に向かい竜を駆った。
だが戦場上空にたどり着いた瞬間、ほんの一瞬気を失いかけてのう……。
そしてワシにとっては不幸な事に、相手にとっては幸運な事に、その一瞬に幻術師がワシに幻術をかけたのじゃよ。
……友軍の難民避難所に突撃するように、な。
幻術自体はすぐに解けたのじゃが、解けるまでの僅かな時間で難民避難所への最短ルートを最大速度で駆けておった。
何とか進路を変更しようとしても、すでに間に合わぬほどの速度じゃった。
あの瞬間、ワシは絶望しておったよ。
ワシの名誉が失われる事でもなく、ワシが罪に問われる事でもなく、多くの無辜の民をワシが蹂躙する事にな。
じゃが、龍神様はワシの事を見捨ててはいなかった。
難民避難所の目の前に、一人の女性……十代半ばほどを過ぎた、白装束の女性が居ったよ。
最初に殺してしまう、許してくれと思った瞬間じゃった。


自身に向かってくる騎竜の速度と重量を完璧なまでに威力に変換した『ジョルトカウンター』でワシごと騎竜を殴り飛ばしたのじゃよ、難民避難所と正反対の方向に、のう。


騎竜と共に高速で吹き飛ばされながら、一瞬だけ彼女の姿が見えたよ、彼女の背中がのう。
そしてその背中が語ったのじゃよ。
『汝、竜を降りてを獲れ』とな。
今思えば、彼女こそが龍神様の使いだったのかも知れんのう――――――



――――――引用元:クルルミク中央出版『竜を駆る者たちの真実』より、元『竜騎士』現『蟹漁師』のグラン・ヴァンデンスターンさん(66)のコメント



「あの『瞬間』、『上には上がいる』という事を思い知らされた、そしていい経験になったよ」
「そうして『破竜の拳』の名で竜騎士たちに怖れられるようになった、か……」
「最近は『災害』以外の呼ばれ方されないから、一寸寂しいのよ」
そんな感じで談笑していると。
「貴女みたいな『尻軽女』なんて『災害』で十分よ『小娘』

――世界が凍りついた――


「高嶺の花気取りの『行き遅れ』に言われたくないですわ『おば様』?」

――さらに時間まで凍りついた――



絶対零度の世界、そこに例外は二人だけ。

「あら、三回結婚して三回とも夫に逃げられている『バツ3』がそんな口を私にきいてもいい、と?」
表情は微笑、しかし発する空気はあまりにも黒い『白竜将』ディアーナ。

「ええ、実年齢以上に老けた雰囲気持ってるくせに『母親の強さ』を知らない『行き遅れ』相手にでしたらいくらでも叩けましてよ?」
こちらも表情は微笑、されどフォースの暗黒面に捕われた『災害存在』ミラルド。

『破竜』『運命』『淑女』も貴女には似合いませんわよ……『暴君』はともかく、ね?」
「そちらこそそんなにブラックストマックでは『白竜将』なんてとても名乗れませんわね?」


「うふふふふふふふふ」
「ウフフフフフフフフ」


「く、クラウ、あの二人を止めてくれ、『大胆』なんだろ?」
「無理を言うな、『無謀』なヤツでも全速力で後ろ向きに前進するようなあの二人を止めろと?」
「そもそも、あの二人なんであんなに仲が悪いんだ?」
「忘れたのかシュリ、ディアーナ殿はグラン卿の愛弟子だぞ。
それに、ミラルドはディアーナ殿のお見合いの話を幾つも潰しているんだ」
「それならディアーナ様が一方的に毛嫌いするだけじゃないのか?」
「ミラルドが最初にかかわった『ロスト・シティ事件』の際にディアーナ殿は『グラッセンへの牽制』という名目で軍を派遣していたんだ。
……ミラルドから見ればディアーナ殿は『最初の事件の当事者の一人』なんだよ」
「……ある意味因縁の相手なのか……」


「因果ッ!」
「応ッ!」


「ここまできたらもう止められないな、『無難』に退却しよう」
「私も『大胆』に後ろ向きに前進させてもらおう」
クルルミクが誇る最強クラスの二人の竜騎士は全速力で逃走した。


以下、ダイジェストでお送りいたします。



「衝撃のォォォォォォ!ファーストブリッドォ!」

「どんな装甲も打ち貫くのみ!」

「天に二つの凶つ星!」

「刺し穿つ死棘の槍!」

「じゃんけん、死ねぇ!」

「バスタァァァァホォォォォォムラン!」

「轟天爆砕!ギガントシュラーク!」

「その身に刻め!神技!ニーヴェルン・ヴァレスティ!」

「スーパー!イナズマ!キィィィィィック!」

「神槍『スピア・ザ・グングニル』!」





――――――日が暮れた頃、二人のアークデーモンがいた場所は完全な更地になっていたが、誰も気にしなかった。
……というより、気にしてはいけない、命が惜しければ。



―夜、酒場『ドワーフの酒蔵亭』にて―




のイベントは自分以外の多くの語り部の皆様が語っているのですっ飛ばします(ぇぇぇ




―就寝前、彼女の今日の日記―



ミラルドが泊まっている部屋、そこで彼女は日記を付けていた。
日記を付けるのは彼女が物心ついたときからの習慣だった。
まだ『客』をとる前の幼い頃の彼女に、『店』にやってきた一人の吟遊詩人が言った言葉がきっかけだった。


――――――最高の物語とは、『自分の人生そのもの』だよ――――――



なぜか、その言葉が忘れられなくて、それからずっと日記を付けている。
どんな状況であろうと、付け忘れた事は無い。
『……な感じで、結局あの行き遅れとは305戦0勝0敗305引き分けという結果に……』
さらさらと、使い込まれた羽ペンを同じように使い込まれた日記帳に走らせる。
そして最後に、こんな一文を添える。
『……願わくば、この騒がしくも楽しい日々に終わりが無い事を祈って。』
ペンを置き、栞を挟む。

そして、ベッドに入る。

――――――おやすみなさい――――――


ちなみに彼女は寝るときは全裸である