作成:らいとむ

発案、監修:クエスト様



ここはクルルミクより徒歩で二日ほど離れた小さな山――

その中腹にメリッサは配下の騎士たちとともにいた。

目の前には、自然に作られたと思しき洞穴。

「ここがあの村で言っていた山賊たちの隠れ家、か」

「そのようで、お嬢」

メリッサが確認するように呟くと、脇に控えていた、初老の域に達した男が同意をかえす。

「……お嬢はやめろとあれほど言ったはずだが。バンドル?」

お嬢と呼ばれた事に対し、不愉快そうに唇を尖らせ、控えた男を非難する。

「あなたが幼少の頃からお父上に付き従っていましたからね。不肖ながら、私もあなたの事を子供のように思っているのですよ」

しわを寄せて、強面からは想像できない和らいだ笑みを浮かべる、バンドルと呼ばれた男。

「それとこれとは話は別だ。宿で休んでいるならまだしも、今は依頼の遂行中。私とバンドルの間は親子の様な関係ではなく、主と部下。違うか?」

「……。過ぎた真似をしました。お許しください」

和らいだ笑みを一転させ、強張った表情で頭を下げる。

「許す。だが……」

元々話をこじらすつもりもないのだろう、メリッサはすぐにバンドルを許す。

「……私も、バンドルの事は父代わりだと思っています。お父様があなたを付けてくれた時、どれほど心強かった事か」

固い口調を辞め、育ちの良さを感じさせる口調で語りかける。

「お嬢……いえ、メリッサ様」

「分かっています。今は本意ではなくとも、教会より与えられた”鋼の聖女”の名に恥じぬよう、それ相応の働きをしましょう。……神をも恐れぬ不届き者たちに、裁きの鉄槌を!」

オォーーーッ!!

おもむろにメリッサがそう宣言すると、数歩後ろに控えていた騎士たちは鬨の声を上げ、一糸乱れぬ動きで抜き放った剣を目の前に掲げる。

「敵の数は多い。だが、それに屈する訳には行かない。彼奴らは神を恐れぬ所業を繰り返し、人々はその凶行に怯え暮らしている。我々がここで挫ければ、神の威光は人々に届かず、混沌とした世と成り代わろう! ならばこそ! 今ここで我らが手により、彼奴らを討ち取らん!」

バンドルが振り返り、朗々とした声でそう宣言した。

その隣で、メリッサは素顔を隠すためにフルフェイスの兜をかぶり、ゆっくりとした動作で剣を抜く。

「よいか、我らには神より遣わされた使者がいる! ”鋼の聖女”が赴くところに悪の芽があってはならぬ! いざ行かん、邪悪の巣窟へ!」

「我こそはと思う者は私に続け! 天は、主は、我らの働きを見ているぞ! その剣で、一つでも多く天に仇なす者どもを滅ぼすのだ! 突撃!!」

バンドルの宣言を継いでメリッサが叫び、走り出す。

それに続くは部下の騎士たち。

その数は十名ほどか。

全員が剣を掲げ、意気揚々と山腹に掘られた穴の中へと突撃していく。

「聖女の奇跡を!」

「聖女の加護を!」

そう口々に叫び、己が信じる者に続いて――




一方その頃。

メリッサたちが突入したのとはほぼ正反対の位置に”黒騎士”アリスがいた。

周りに仲間と思しき人影は見えず、どうやら一人のようだ。

「ここが噂の連中のアジトって訳ね」

アリスの目の前には小さな崖と呼んでもおかしくない斜面があり、その真ん中……ちょうど人一人分ほどの範囲で周囲と色が違う箇所がある。

「上手く隠したつもりなんだろうけど、ちょーっと甘いかなぁ?」

小馬鹿にした口調で呟くと、カタナを鞘から抜いて……一閃。

音も立てずに色の違った箇所がずれて、すぐに小さな洞穴が姿を現した。

大きさは、やはり人が一人通れるかと言ったところ。

「でも、こんなところにグラッセンの連中の密偵が隠れてるなんてねぇ……? ありって言えばありだろうけど、う〜ん……」

洞穴の前で腕を組み唸るアリス。

そうして数日前、使者として丁度クルルミクを訪れていた団長より聞いた話を思い出す。

―クルルミクから二日ほど行った山に、どうやらグラッセンの密偵が隠れているようだ

―本当ですかぁ? あいつらに、そんな事する余裕って、あります?

―……まあ、真偽の程は半々だな。だが、その山の付近の村や街道で誘拐や強奪が頻繁に起きているのは、揺るがない真実ではないかね

―うーん。でも、人浚ってどうするんです? 洗脳して使うとか?

―それは分からん。また、それと時を同じくしてグラッセンにクルルミク側の情報が漏れている事も分かってな

―状況証拠でそいつらがそうだ、と? ちょっと安直過ぎません?

―そうだな。……ところでアリス。お前は確か明日から非番だったよな?

―はい? そうですけど。え、ちょっと、いやですよ

―ちょっとクルルミクの街から離れてみる気はないかね?

―ないない、ないですよ!? 明日から、溜まりに溜まった疲労を取ろうと最近街で有名なエステのお店にー……

―そうかそうか、疲れているのか。ならちょうどいい。ここから二日ほど言ったところにいい温泉があるらしくてな。近く出向中の騎士達の慰労会もせねばならんところだ。ちょっと調べてみてきてくれんか

―いやですよ!! なんで折角の休みを潰してまでそんなー……っ!

―……拒否権があると思っているのかね?

―お、お……鬼ーっ! 悪魔ぁーっ!!

「……やめよう、不毛でしかないわ」

眉間に出来た深いしわを指先でほぐしながら、気分を改める。

「ま、この怒りは……怪しい奴らにぶつければいっか」

―いいか、決して直接交えようと思うな? 出来るとは思えんが、まずは証拠をだな……

団長がなにか言っていた気もするがここはあえて無視。

「ふ……、今宵の刃は血を求めている……」

怪しげな事を呟き、アリスは足音を忍ばせて洞穴の中へと入っていった――




「なんだてめぇらっ!?」

皮鎧をだらしなく着込んだ男が叫ぶ。

手には、刃の零れた山刀、恐らくはここに巣食う山賊の一人だろう。

その声を聞きつけたのか、さらに数人の男たちがやってきた。

皆同じような格好をしており、傍目には見分けがつかない。

「なんだ。どこぞの衛兵か?」

「しゃらくせぇ、たたっ殺してやるぁっ!!」

叫び、山刀、斧などそれぞれ好きな獲物を手に斬りかかる。

が。

「雑魚には用はない!」

メリッサとその部下たちにより、まともに切り結ぶ暇もなく殲滅させられた。

敵を殲滅すると、素早く騎士たちが周囲を警戒する。

目の前に道は二本、どちらかが首領のいる部屋に繋がっており、もう一つは……。

「メリッサ様。恐らくまだ数名、浚われた人々がいると思われますが」

バンドルがそばで耳打ちをする。

メリッサはしばし考え、決断を下す。

「そうか。……では四名、私について来い。残りはバンドルと共に。どちらかが捕まっている人々を発見した場合は救出し一時離脱、安全な場所で待機。連絡をするように」

「分かりました。行くぞ」

「「はっ」」

メリッサとバンドルがそれぞれ先頭に立ち、二手に別れて先に進んでいく。

「メリッサ様、ご武運を」

「バンドル、あなたも」

お互い姿が見えなくなる瞬間、そう声を掛けて二人は別れた。




「お、お頭ぁぁ!!」

扉を慌しく開けて、一人の山賊が入ってくる。

頭と呼ばれた男は、全裸に近い格好でエールのジョッキを持っていた。

「なんだ、慌てて。落ち着けよ」

そう言って、余裕を見せてエールを口に含む。

「は……”鋼の聖女”の討ち入りです!」

ぶーっ!?

「な、なな……なんだとぉぉ!?」

「数は少ないのですが、こちらも不意を突かれて反撃出来ず……」

言いかける部下の胸元を掴み、捻りあげる。

「そうじゃねぇ! どうしてさっさと知らせなかった!!」

「だ、だってお頭……お楽しみだったじゃないっすかぁ!!」

涙目になって、報告に来た男は叫んだ。

「そうだが……それでもよ、時と場合てモンがあるじゃねぇか」

「うう……そうですけどぉ。って、そんな事話してる場合じゃないッス。さっさと逃げて――」

「そ、そうだな。裏口はまだ大丈夫――」

と。

「お、お頭ぁぁ!!」

先程と同じように、また別の男が駆け込んできた。

「なんだ! こっちは立て込んでんだ! 静かにしやが……」

「う、裏口からやけに強いのが一人やって来てるんです! そっちに向かったのは皆やられて……!」

「「な、なにぃぃぃっ!?」」




お頭たちが驚いているのよりちょっと前、時間的にはメリッサたちが最初の山賊たちを斬り殺した頃。

アリスは慎重に洞穴の中を歩いていた。

「さぁって、そろそろかしらねー……?」

呟き、姿勢を低くする。

視線の先には、適当に打ち付けられた粗末な扉。

盗賊ではないが身軽なアリスは、ほとんど足音を立てずに扉へと近づく。

そして耳をそばだて……。

『お、おい! あっちはどうなんだ!?』

『知るかよ! とにかくここは死守だ。お頭が来るまでは絶対守れよ!』

扉の向こうは、なにやら慌しい雰囲気のようだ。

しかも、こっちに頭とやらが来るらしい。

「へっへ〜……なんだか知らないけど、ちょうどいい感じ?」

にやり、と笑い、それから気を引き締める。

「さて……ここをどう突破するかよねぇ〜……」

声の様子から、扉の向こうに一人いるようだ。

アリスはおもむろにカタナを構え、上に下にと切っ先を動かし。

「そこっ」

硬い手ごたえは一瞬。

その後は、重い手ごたえが刃を通じて伝わって来る。

『ぐ……む、……』

心臓を一突きされた男は、なにをされたのかも分からないまま死んだ。

「ごめんね〜、少しは”穏便”に行きたいからね」

カタナを引くと、切っ先には血が付着していた。

そして、出来立ての死体が倒れる鈍い音。

アリスは様子を伺いながら扉を開け、そして扉の先に山賊の様な格好をした男たちが十人ほどいる事に初めて気付いた。

「あっちゃ〜……やっぱ盗賊じゃなきゃ無理かー」

「な……なんだお前は!?」

そんなアリスを見て、たまたま近くにいた男が叫び……それがその男の最期の言葉になった。

素早く間合いを詰めたアリスが、躊躇いもなく首を跳ね飛ばしたからだ。

首から血を吹き上げてくず折れる、元山賊。

アリスは返り血を浴びないように距離を開け、それから優雅な動きでカタナを構え。

「誰って聞かれりゃ、答えなきゃダメだよね? ”黒騎士”アリス、ただいま見参!」

そう叫ぶと共に、男たちの中に駆け込んで……。

「せい……っや!」

一息で、鋭い斬撃を立て続けに放つ。

一瞬の後、悲鳴も上げる事が出来ずに、男たちはその場に倒れた。

全員喉元を切り裂かれ、そのほとんどが即死というまさに神業。

「緩いなぁ……。この程度でグラッセンの密偵なの? 眉唾なんじゃな〜い?」

軽く剣を振り……それでも空を切る音をさせて……血を払うと、そこから続く道へと目をやる。

視線の先には、慌てて向かってくる一団と、走り去る一人の男。

「んー、もっと上手くやれればよかったかな? ま、いっか……どっちにしろ、皆殺しだしね♪」

明るい笑顔を浮かべ、さらっと凄惨な言葉を口にしつつ、アリスは前に出る。

「さぁって、”黒騎士”の名前は伊達じゃないって事、あの世で後悔してもらいましょうかぁ?」

襲い来る男たちを前に、アリスはそう呟いて……弓より放たれた矢の様に突撃していった。



「せいっ!!」

重い手ごたえを感じながらも、また一人の山賊を斬り捨てる。

足元には二つの死体。

「……終わりか?」

「こちらも殲滅しました。”鋼の聖女”、ご指示を願います」

いくつの部屋と通路を抜けたか、彼女らの前には今度は三つの通路があった。

「先程と同じか。どちらがより使われているか……分かるはずもないな」

ヘルムの中でメリッサは呟く。

「……私はこちらへ進む。貴公らは二手に別れ、それぞれの道になにがあるか調べてきてくれ。終わり次第もう一方へと合流し、その後私のあとを追え。分かったな」

「はっ、了解しました。……ご武運を」

最敬礼をして、四名の部下は別れてそれぞれの道へと進んでいった。

「さて、と……バンドルを待った方がいいのか、それとも先に進むべきか。……悩むわね」

一人ごちながら、それでもメリッサは慎重に歩を進めていく。

鎧があればそうそう下手な傷は負わないと思うが、さすがに相手が多勢では不利である。

勿論、それでも引く気はないが……。

「てぇぇいっ!」

物陰から、一人の男が飛び出してくる。

手には小剣を構え、渾身の一撃で鎧ごと貫く気だ。

「く……っ、えやぁぁっ」

突撃を剣でいなし、たたらを踏んだ山賊の背後に一刀。

鈍い感触のあと、山賊は数歩前に進んで地に伏せた。

ピクリとも動く様子はない。

息絶えた事を確認し、メリッサはさらに前へと進む。



「ほらほら、どうしたのー? 全然手ごたえないわよ、あなたたちっ」

楽しむような声、そして踊るような動きで山賊たちを翻弄し、アリスは的確に一人、一人と斬っていく。

「く、くそっ! ふざけやが……ぶっ」

「あ、が……っ」

アリスの態度に切れた山賊たちは襲い掛かるが、数では勝っていてもそもそもの腕の差がありすぎる。

また、不意を突かれた事で統制が取れていない山賊たちでは、勝てる要素はまったくなかった。

あっという間に数十人の山賊たちがやられ、そして救援に来た者も間もなくその後を追う。

「これで全部? まだいるだろうけど……、もうちょっといいのいないのー、ねえ〜?」

山賊を呼び集めるように声をあげながら、アリスは警戒する素振りもなく進んでいく。

しかし、誰も現れない。

「……品切れ? おっかしいなー」

おーい、と呼びかけながら、そこらにある樽や木箱を開けていくが、中に潜んでいるはずもない。

「もう全滅させちゃったのかなぁ……。って、ん?」

すたすたと歩いているうちに、いつの間に広い部屋に来ていた。

目の前に、恐らく今来た道の続きと思われる洞穴が一つ。

それとは別に、右手にさらに下るように設けられた洞穴が一つ。

「どっちかが本命、って事かな?」

広場の真ん中に立ち、どっちにするかなーとアリスが悩んでいると。

「貴様……何者だっ」

鋭い、誰何の声がかかった。

声のする方には、全身鎧を着込んだ人物。

「へぇ……らしくなってきたじゃない。団長の話も、まんざらじゃなかったって事かしら」

気配から只者ではないと気付いたアリスは、カタナを油断なく構える。

「ちょっと退屈していたのよね。あなたなら、ちょっとは楽しませてもらえるかしら」

そういうと、先程よりもさらに鋭い踏み込みで間合いを詰める……!


「……っ!」

自分の質問に答えようともせず、目の前の少女はいきなり斬りかかって来た。

しかも、かなりの腕前。

手を抜けば殺される……!?

「てぇいっ!」

「この……っ!?」

襲い来る刃をすんでの所で受け止め、弾き飛ばす。

弾き飛ばす威力に乗って、襲い掛かってきた少女は間合いを取った。

「……山賊の傭兵か? 聞いてはいないが……考慮すべきだったか」

カタナを受け止めた右手は軽く痺れている。

軽そうな体型からは思い浮かばないほど、重い一撃。

もし受け止め損ねていたら……、そう考えると背筋が震える。

「今度はこちらから行くぞ……っ」

守るばかりでは勝ち目はない――、そう考え、盾を構えて今度はメリッサも突撃する。

再び突っ込んできた少女――アリスは、メリッサが意外な手に出た事に驚き。

「あ、ぶな……っ」

慌てて身を伏せ、転がって避ける。

紙一重で、アリスの頭があった位置をメリッサの剣が通り抜けた。

「外したか……やるな!」

「そっちこそ……っ」

お互い振り向きざまに一撃、それは打ち合い弾かれるが、体勢は崩さない。

「それ……っ!」

例えるなら、アリスのカタナ捌きは疾風。

あらゆる角度から斬りつけようと襲い来るカマイタチ。

「甘い……っ!」

対してメリッサの剣は、例えるなら豪風。

厚い鎧に浅い攻撃は受けさせ、防御の手数を減らして重厚な一撃を叩きつける。

「っとぉ……その鎧、ちょっと邪魔!」

「そちらこそ、ちょこまかと……!」

剣を振るう数でいえば、アリスが十に対してメリッサは四か五程度。

身も軽く、相手を翻弄するアリスの方が分があるように見えるが、カタナにとってはメリッサの様な重装甲は苦手とする相手。

素早く終わらせるには鎧の継ぎ目を斬るしかないが、それなりの熟練者が相手では、いくらアリスとは言えそうそう容易く狙えるはずもない。

逆に、メリッサは鎧を信じて剣を振るだけだが……いかんせんアリスの動きが素早く、捕えることすら出来ていない。

時折マントをかするが、その程度。

刃と刃、あるいはカタナと鎧がぶつかり合う音だけが響いていく。

「もう……こうなったら!」

アリスは叫び、一つの賭けにでた。

足を斬り付ける、と見せかけ高く跳ね上がる。

「なっ!?」

そのフェイントに見事に引っかかり、メリッサはアリスの姿を見失ってしまった。

「……そこっ!!」

屈み気味のメリッサの上を飛び越えながら、アリスは僅かに見えたヘルムと鎧の隙間にカタナを突き出す。

いくら重厚な鎧に覆われていても、関節をはじめとする稼動部だけは隠しようがない。

そこをさらけ出すためのアリスの賭けは、成功した……ように見えた。

「く……っ」

突き刺す、という殺気を感じ取り、メリッサはよろけるようにして数歩前に出た。

たったそれだけで間合いが外れ、アリスの切っ先はメリッサに届かない。

「ち……っ! 見た目の割りには、案外早いじゃない」

身体を捻り着地して、アリスは褒めるように声を掛けた。

「そちらこそ……まさかあのような手に出るとはな。山賊の傭兵にしておくには、惜しい」

振り向き、構えながらメリッサ。

しかし、アリスはその言葉に眉をひそめる。

「は? なにそれ。アタシが山賊の傭兵? こんな可憐な騎士を捕まえておいて、それはないわよ、まったく。……そういうあなたこそ、グラッセンの密偵じゃないの?」

「……聞き捨てならんな。私は身も心も、そして剣も主に捧げた。いかなる国の支配も受けぬ」

不機嫌そうな声でメリッサも答える。

「って事はつまり、なに。アタシたち……戦うだけ、無駄?」

「そのようだな。……言われれば、確かに山賊ごときの傭兵をするような腕前ではない。失礼した」

メリッサは非を詫び、ヘルムを脱いで素顔を晒す。

「私は”鋼の聖女”メリッサ=フィーネ=レンベルグ。言いがかりとはいえ、謂れのない汚名をかぶせた事、許して欲しい」

「あ、いいって。アタシは”黒騎士”アリス。クルルミクに出向中の騎士よ。こっちこそ、グラッセンの密偵とか言って、ごめんなさい」

ぺこりと頭を下げ、アリスは手を差し出す。

「友好の証じゃないけど、とりあえずお互い様。水に流すって事で」

「……そうだな。そう言ってもらえると助かる」

アリスの手を握り締め、硬い握手を交わす二人。

「さてアリス殿……貴公はどちらから?」

「殿なんてやめてよ、恥ずかしいな……。アタシはあっちから。裏口っていうの? そこから来たんだけど」

「私はこちらからだ。……つまり」

「こっちの道が怪しいって訳ね」

アリスはカタナを構え、メリッサはヘルムをかぶり、剣と盾を構える。

二人が見据えるは、残された下り気味の脇道。

よくよく意識を向ければ、いくつもの気配が蠢いているのが分かる。

「それじゃ、いこっか」

まるで買い物に行くような気楽な声でアリス。

「油断はするなよ、アリス」

あくまでも慎重な声でメリッサ。

「「いざっ!!」」

掛け声を揃え、共に残った道へと突撃する。

「ああ、くそ! 最後まで潰しあっててくれよ〜!!」

「こ、こっちくんなぁぁぁ!!」

「助けて、命だけはあああっ!」

道の途中に潜み、アリスとメリッサの対決を見ていた山賊たちは慌てて逃げ出す。

「逃がさないわよ! 今日のアタシは、機嫌がいいんだからっ」

「悪党どもめ! 貴様らに祈る言葉はない。大人しく裁かれろ!」

歯向かう者、逃げようとする者。

その全てを殲滅するまでに、そう時間は掛からなかった――



「主よ、この者の傷を癒す偉大なる力を我に――」

すりむいた箇所に手をかざし、メリッサが祝詞をあげると痛みと共に傷口が塞がる。

「へえ、すごいわね。ありがと」

完全に塞がった傷口に触れ、痛みがない事を確認してアリスが立ち上がり礼を口にした。

「結果的に助けられたのは我々だ。その礼がこの程度というのも心苦しいが……」

「気にしない気にしない。アタシも仕事が楽になったし、お互い様よ」

アリスたちから少し離れたところには、山賊の頭と幹部と呼ばれていた者が数名捕らわれていた。

簡単な尋問の結果、ただの山賊と分かり、つまりアリスは無駄骨を折った事になる。

「それに、”鋼の聖女”と出会えただけでも収穫はあったってね」

「こちらとしても、騎士団と繋がりを持てる事は助かる」

見つめあい、再び手を握り締める。

「次、また会う事があったら食事でもしましょ? クルルミクなら、美味しいお店ほとんど網羅してるから」

茶目っ気たっぷりにアリスが提案。

「それは……楽しみですね。アリスとは、一人の人間としてお会いしたいです」

メリッサが、”鋼の聖女”という仮面を脱いで告げた。

すると、アリスが固まる。

「……どうしました、アリス」

「い、や……あの、さっきまでの口調とのギャップが激しいというか……」

その言葉に、メリッサは複雑な表情を見せて。

「普段は”鋼の聖女”という名に恥じぬ言動を心がけていますからね……。どちらも私ですが」

「なるほど……。メリッサも大変なのね」

「……っ。そう、言って貰えると嬉しいです」

二人、穏やかに微笑みあい、そして軽く抱き合う。

「大変だろうけど、頑張って。メリッサ」

「はい。アリスも無茶はしないように。主のご加護が、あなたを護ってくださるよう、お祈りしています」

「うん、ありがとう。……それじゃあ、またねっ」

「はい、またお会いしましょう」

身体を離し、アリスは手を大きく振って歩き出す。

その姿は、すぐに山の木々に遮られ、見えなくなった。

「……あれが”黒騎士”アリスですか。いやはや、噂には聞いてましたが」

アリスを見送っていると、その入れ替わりにバンドルがそばにやってきた。

その声には、感心に近いものを感じさせる。

「バンドルは彼女の事を知っていたの?」

「は。某国の黒騎士団に最年少で入団した若者がいる、という程度でしたが……。まさかあのような少女だったとは」

「彼女は強いわ。いずれ、もっと強くなるでしょうね」

もう見えない、アリスの姿を見つめるようにまっすぐ見据えて。

「そうですか。……とにかく、”黒騎士”を通じてクルルミクの騎士団と縁を持てた事は後々重要となるでしょう」

「ええ、そうね。あとで私個人の名前で騎士団に謝状を出しましょう。出来れば、教会からも出させたいところですが……」

「御意に」

メリッサの提案をバンドルは受け入れ、そして移動の手はずを整えるため部下たちの方へと去っていく。

「アリス……主の加護が、あなたと共にありますように……」

メリッサは一人跪き、深く深く天へと祈りを捧げた……。



「”鋼の聖女”も、鎧を脱げばただの女……そうだよねぇ」

既に見えなくなったメリッサ一行のいる方を振り返りつつ、アリスは呟いた。

鋭い剣と鋼の意思、それを内に秘めるのは深窓の令嬢……。

「アタシも、ああいう風に振舞えばもうちょっともてるのかな」

なんとなく口にして、脳裏に浮かぶのはあの少年騎士。

「……ち、違うわよ!? べ、別にフィルの事、なんか……」

一人で妄想し、顔を赤くしてなにやら言い訳じみた事を呟く。

「って、これじゃアタシが変な人みたいじゃない! もう、やめやめ! とにかく、あとは帰って少しでも休もうっと」

頬を強く叩き、変な考えを追い出す。

「それに……また、メリッサとも会いたいし。こんなところで、ウダウダ悩んでるのはアタシらしくないぞっ」

そう叫び、駆け出す。

「立ち止まるのは、ぜーんぶ終わってから! さあ、いくぞっ。”黒騎士”アリスに敵はないっ」

遠くに見えるはクルルミクの街。

そして、そこでは……かつてない災厄が起ころうとしていた――