木漏れ日あふれる静かな森。あたしに流れるエルフの血が落ち着く場所。
「でもいい加減、飽きたわ…」 儂も飽きた…
もう半分を流れる人間の血は暖かいベッドと味付けの効いた食事を求めてる気がする、いや、絶対求めてる。
「方角も間違ってないはずだし、いつになったら街道に着くのよ〜」
「人に会いたくなかったし、慣れ親しんでるからって見知らぬ森を突っ切るのはまずかったかなー」
「う〜、行けども行けども何にも見えない…森ばっかりー」 ええい、儂の影響だと判っていても腹がたつ
あたしはぐちぐちと不満をたれながらも木の根や下草に足を取られることなくすいすいと進んでいく。
まあ20年も森暮らししてたんだから当たり前と言えば当たり前なんだけどね…。
「うーん…こんな事態だと修羅ちゃんも助けてくれないしね〜」 何とか出来るのならとっくにしとるわい!
言いながらあたしは腰に差した刀を撫でた。
全てに絶望したあたしを助けてくれた大切な刀。
撫でていると何となく元気が出てきたような気がする。
「よし! 街に着かないと修羅ちゃんにまともな手入れもしてやれないし、心機一転♪ サクサクと〜♪」 獲物をよこせ〜〜い!!


こうしてラーフは進む。持ち主に不幸をもたらす妖刀・修羅に方向感覚を狂わされたままで…
龍神の迷宮まで直線距離では約1日、辿り着くのはいつの日か…


木々の隙間を刺し貫く、赤い紅い光。
それらがゆっくりと霞み、消えていく…。
そんなある種、幻想的な光景を前にあたしは一言。
「今日も野宿ね…」 最近平和だのう…
我ながら泣きそうな声が出た。
まあ、いくら半分エルフと言っても二週間も森から出られなければ嫌にもなる。
いや、迷っているのだから生粋のエルフでも世を儚むだろう。
「ふふふ…でも、あたしはまだまだ…うふふ……キョエー!!」 儂、ホントに妖刀なのかいな…?
最近、壊れた独り言が増えた気がする。
「まあ、独り言は元々、多いんだけどね…」 ぶつぶつぶつ…
ブツブツ言いながらも手頃な木の枝によじ登って、寝支度を整えていく。
あたしってけなげ…。
「さて、いつまでも虚しく一人で言葉を紡いでも仕方ないし…」
あたしはいつもの通り、腰の刀を外して荷物と共に木にくくりつける。
「さっさと寝よ寝よ、明るくなったらまた歩きづめだしね〜」
最終最後の護身具である短剣が背にあることを確認し、大きくあくびをした後、
「! たき火!! 人家? 街道? まともな食事!!」 獲物! 獲物! 斬る斬る斬る〜
目を見開いた。見開きすぎてちょっと痛い。
涙目になりながらも荷物を木から外して身に付ける。
「日は沈み、月も欠けてる〜♪ けれども、希望は目の前〜♪ んでは、さっさと出発〜♪」 戦いこそ儂の道〜♪

徹夜の目を責め立てる太陽に耐えながらもはや見えなくなったたき火を目指し、
「太陽が眩しい…眠い…でも、ようやっと…」 獲物はまだか〜〜
ついにあたしは野営跡に辿り着いた。
「方角だけでも何とかなるものね〜。まあ、途中でか細くなっていったにはときは駄目かと思ったけど…」
たぶん、あのときに消えていたら辿り着けなかったと思う。
「枝をくべてくれた人に感謝、感謝ね〜」
軽口を叩きながら周りを見渡すあたしの目に人は映らない。
どうやら野営の主は出発した後のよう。
「よかった…」 くう…斬れる相手がおらんじゃないか…
思わず漏れた安堵の台詞。何だか自分の弱さみたいでちょっとイライラする。
「ってそんな場合じゃない、さっさと追って街道まで行かないと」
そうすれば美味しいご飯と、暖かい布団が待っている。
「うふふ…俄然、やる気が出てきたわね〜♪ 追跡、追跡、と♪」
あたしは人が通った後に沿って歩き始める。
「それにしても随分と派手に道を作ってるわね。旅慣れないヤツでも連れてるのかしら?」
先頭はさぞかし苦労しているんだろう。何人いるのか知らないけど。
「ま、あたしは歩きやすくて万々歳ね」 ホレ、ラーフ。さっさと獲物を探すのじゃ!

小一時間。
「何だか拍子抜け…」
あっさり街道に着いてしまった。
「今までの苦労って一体…」
こうなると誰かの企みじゃないかって疑ってしまう。考えても仕方ないんだけど。
「まあともかく、どちらに進むかよね」 この際、熊でも野党でもいいから出んかのう…
右と左にそれぞれ続く道。森で散々迷ったからどっちの方向に龍神の迷宮があるかはさっぱり。
「迷ったときはやっぱりこれよね〜♪」
あたしは腰の刀を外し、地面に垂直に立てて、
「迷宮の方に倒れてね〜♪」 そう言うことを言うとじゃな…
手を放す。ゆっくりと右へと倒れた。
「さって、麗しの修羅ちゃんが選んでくれた方向に進みましょ」 ああ…儂の戦場が遠のいていく…
刀を拾い上げてあたしは軽やかに進み始めた。


かくてラーフの旅路は続く。もちろん龍神の迷宮とは逆方向に…。


味覚、嗅覚、視覚。
それらを総動員させてあたしは久しぶりの人間らしい食事を堪能する。
「やっぱりスパイシーなお肉は美味しい…感動だわ…」
肉をがっつく姿を菜食主義者にして彩食主義者たる母さんに見られたら何て言われるだろう。
恐ろしい光景が頭にちょっと浮かんだけど油したたる鶏肉ステーキの前には無力だった。
「うーん、食べた、食べた。お腹一杯〜♪」
あたしの前にはお肉のお皿だけが3皿。…まあこれまで野菜ばかり食べてきたリバウンドだし仕方ないよね。
(ほらほら、そんな茶系に偏った食事をしてると肌が黒くなるわよ〜)
どこからか母さんの声が聞こえたような気がする。気のせいなのは分かっているのけど…。
「明日の朝食からは気をつけよう…」
子供の頃から色々とデタラメを聞かされて育ってきたものだから恐怖はなかなか抜けない。
偏った食べ方をすると、全身から綿を噴き出して死ぬとか、角が生えてくるとか。
あたしは頭を思いっきり振って怖い思い出を吹き飛ばすと食器を片づけるために立ち上がった。
(無理言って部屋で食べるのは良いけどもこうやって食器を運ぶのはめんどうだね…)
そう思いながらも仕方なく食器を持って一階へと降りる。
「親父さん、ありがと。美味しかったよ〜」
「喜んで貰えて何よりだ。こんなもので良ければ毎日作ってやれるからのんびり滞在していってくれよ」
「うん、考えとくね。それじゃ、お休みっと」
食器を受け渡しながら宿屋兼酒場の親父さんと軽口を交わす。
腰が引けてるのは気づかれてないと思う。たぶん。
(さて、お風呂も入ったし、今日はさっさと寝よっと)
お風呂は部屋を取って、いの一番に入っている。そんなわけでサービスシーンはまた今度♪
そんなわけの判らないことを考えながら階段を上がろうとすると背後でざわめきが上がる。
咄嗟に左手で短剣を掴み、右手で刀を掴み…そこねながらも臨戦態勢をとって振り向く。
どう見てもならず者にしか見えない奴らが賭博をしているだけ。
(今はただの歓声だったけど襲われたときにこれだとやばいわね…気をつけないと)
そんなことを考えながらさっさと部屋へと戻る。
(やっぱり無理矢理でも修羅を持ち込むべきだったかな…)
あたしは村の門番のねちっこい顔を思い出してイライラする。
(大体、平和な村に武器を持ち込むな、とか言っていたけど)
流石に抜き身は無かったが布を巻いただけの剣ならごろごろしている。
たぶん、そこのならず者らの武器だろう。
(単に刀が珍しかったからさわってみたかったとかじゃ無いでしょうね…)
まあ、湯浴みと食事の誘惑に負けて粘って交渉せずに預けてしまったんだけど…。
(まあ、最悪の場合は実力にものを言わすしか無いわね)
物騒なことを考えつつあたしは安らかな眠りをプレゼントしてくれる寝床へと。
今日はいい夢を見られる気がするね♪

平穏な三日が過ぎ去り、あたし旅支度を整え、門兼詰め所に来ていた。
森で採った薬草を売り払い、消耗品と携帯食を買い漁り、何より心身共にリフレッシュした状態で。
「まあ門とか言っても木の柵の間に建ってる掘っ立て小屋だけどね〜」
入るときにも思った感想がついつい口に出る。
聞かれたらまずいかもしれない…。
「とりあえずちゃっちゃと修羅ちゃんを返して貰わないとね」
まあ素直に返してくれなくても門番は全員で3人しか居ないらしいし、まあ何とかなるだろう。
気楽な気分で門? を開ける。中には退屈そうに本を読んでいる青年が一人。
例のねちっこい男は居ないみたい。
「おや、こんにちは」
「…うん、こんちは」
弱そうな青年だがとりあえずあたしは相手が男と言うだけで身構えてしまう。
「えっと、刀を返して欲しいんだけど」
自然と口調もとげとげしくなる。
「ああ、あなたが例の」
青年はちょっと待ってくださいね、と言って奥から刀を持ってきてくれた。
「ところでこの…かたな、は殴る武器なのですか?」
青年は鍔を見ながら聞いてくる。抜けないのなら鍔で分かれているのが不思議なのだろう。
「この子はちょっと特殊だから」 やっと取りにきおったか
言いながら受け取り、折角だからちょっとだけ手のひらに魔力を込める。
そうするとあたしの意志とは無関係にするすると刀を抜いていく。いつものように。
「こうやって魔力を込めてやらないと抜くことも出来ないのよ」 くけけけ、斬る斬る斬る〜
そのまま魔力を込めておくと目の前の青年を切ることになっちゃうからさっさと魔力を止める。
そして刀は吸い込まれるように鞘へと戻る。 あう…出番なしかい…
「へえ…そんな仕掛けがあったんですね」
青年は感心した様子でうなずく。
「感心するのはかまわないけど、さ。勝手にあたしの刀を使おうとしないで欲しいわね」
ちょっとなごんだ場を叩ききるように言ってみる。
「ああ、僕じゃあないですよ、使おうとしたのは」
ちょっと慌てた様子で言ってきた。少しだけすっとする。
「ここに詰めてるバカが牛を試し切りするとか言って抜こうとしていたのを目撃しただけで」 ああ、あの筋肉馬鹿か
たぶんあのねっちり男だろう。ホントに武器マニアだったみたいね…。
「ま、まあ結局、抜けなくて。しかも牛に跳ね飛ばされたりして今は、ケガで動けないんで許してやってください…」 魔力なしで儂を扱おうとした罰、じゃの
あたしが無言だったのが怖かったのか、青年がフォローを入れてくる。
「まあ、あたしの修羅ちゃんを勝手に使おうとしたんだから天罰ね」 うむうむ
「そのバカへの天罰のせいで見てただけの僕に門番が回ってくるんだから人生って何があるか判らないものです…」
首を振りながら肩を落としてる。それはいいんだけれども。
「あ、そ。ま、そんなものでしょ」 人生万事塞翁が馬、じゃの……儂のせいじゃと恨むなよ…
あたしは適当に返事をして出口へと歩く。
「もう、退屈で退屈で…まあ、明日からは友人でも連れてきて暇を潰すことにしますよ」
あたしは小走りになりながら一言だけ。
「じゃね、もう会うことも無いと思うけど」
「え…あ、はい」
そんなさえない言葉を最後に聞きながら外へと出て扉を閉める。
ずるずると力が抜けていく。
(からかいやすかったからついつい話してたけど…) やれやれ、情けないのう
がくがくしている膝を見てため息が出る。
まだまだ克服には時間がかかるみたい。
(こんな有り様じゃカイルに会うのは夢のまた夢ね〜) やはり儂がついていてやらんとな
今頃はたぶん頼りない中年になっているであろう友人を思い浮かべる。
「よし、元気だした」
あたしは再開するために旅に出たのだから。
「それじゃ、気合い入れてクルルミクへ♪」 …そう言えば向かっとるんじゃったの
このまま顔向けも出来ないまま終わるのはイヤだ。
「仲間を求めてってね〜♪」 …忘れとったわ…平和ボケかのう…
強く強くなって、カイルを見つけてやるんだから。
「そのためにはクルルミクに辿り着かなくっちゃね♪」


かくてラーフは足取り確かに龍神の迷宮を目指す。
辿り着く日はそう遠くない…。たぶん、きっと、おそらく…。


「つ…疲れた…」 折角、戦闘があったのに…
夕日を背にするシルエットしか判らない城を見て一言。
何とかクルルミクに辿り着いたもののとかくあたしはボロボロだった。
(食料は落とすし、魔力は尽きるし…) 省略されるとは…
最後には赤と緑の親父二人に服をひん剥かれそうになったり。
何とか死守したけど服はボロボロ…。くすん。
「と…ともかく、さっさと登録だけすませて…寝る…」 儂もふて寝したい…
あたしはよろよろと城門へと…。

城門での審査はあっさりと終わった。
「まあ…他にも龍神の迷宮に挑む人が多いから、かな…」
そしてボロボロの服を気にするヤツもいなかったし…。
とりあえずあたしは渡された数枚の紙に目を通す。
「えっと…街の地図と…」
酒場を真ん中にして迷宮や武器屋など。
「これは…最近のニュースね…」
アリスパーティー大活躍の話やパーラが酒場で働き始めたなどなど。
「まあ、こんな顔も知らない人の話なんて読んでも仕方ないわね、と…」
最後の一枚にパーティーを組めずに酒場に留まっている人の名前があった。
「ふむふむ、留まってる人は…タン、ね…どんな人かな?」 斬りがいがあるかいの?
何となく拳法家っぽいイメージを浮かべてしまう。
「…賢者って書いてあるし…でも…仲良くなれるといいな…」
単独行動はもうイヤだし…。
「まあ、ともあれ行動、行動、と〜」 獲物を求めて〜♪
あたしはパーティを組むかもしれないタンの外見を想像をしつつ、酒場へと向かった。

5分後。
あたしは5、6人に追いかけられていた。
「白昼堂々と、襲って、くるなんて〜!」 ぬう、ラーフの魔力が尽き取るから戦えんじゃないか
いつもの癖で人目を避けて路地裏を歩いていたのが悪かったのか。
「4/14よ、4/14! 1/4も、無いのに〜」 儂の補正分が含まれとらんのう…
それとも変態親父に破られたままの服装が駄目だったのか。
ともあれあたしは逃げ回っていた。
「いつも、体調なら、返り討ちに、するんだけども」
疲れているところに走って息も絶え絶え。
魔力もカラ、ついでに服もボロボロ。
「この状態じゃあ、無理よね」 儂、このまま出番無いかもしれんな…めそめそ…
あたしは後ろをちらりと振り返る。
距離がジリジリとつまってきてる気がする。
「…逃げ切るのは、無理そうだし…手頃な、所に、と」
あたしは角を曲がると素早く手近な家のノブを捻り、
(ラッキー、開いてる♪ 最初で当たりね♪)
中へと駆け込み扉を閉める。
「ふう…つ、疲れた…」
ならず者もその内、気づくだろうけど、とりあえずは休めそう。
最悪、この家の人を巻き込んで逃げようかしら…。
そんな物騒なことを考えていると奥から人が出てきる。
重そうなメイスを構えた大男。
(考えてみるとあたしって思いっきり不法侵入じゃあ…) 歯ごたえのありそうなヤツじゃのう…
とりあえずあたしは猫なで声で挨拶してみることにした。
「こんにちは〜、ラーフっていいます〜。ちょぉっと避難させて貰ってますね〜♪」
「ここを発見されるとは思ってなかったわい。嬢ちゃん、顔に似合わず賞金稼ぎかい?」
同時に声をかけて同時に首をひねる。
「えっーと、ならず者に追われて逃げ込んだけ何だけど…って賞金稼ぎ!?」
「避難、ね。なんだ…迷い込んだだけかい…つまらんの」
大男は心底残念そうに言った。
「えっと…あの…あなたって…もしかしなくても賞金首…?」
ギギギ…と油を差したくなるような動きで手を刀に持って行きつつ、聞いてみる。 おーい、儂、魔力が無いと動けんぞー
「おお、そうよ、嬢ちゃんみたいなヤツを売りさばいてたらいつの間にやらの」
牽制目的で刀を抜こうとするが……抜けない。魔力無いんだった…。
「まあ、ワシに会ったのが運の尽きだな。嬢ちゃんにも同じ運命を辿って貰うとしようか」
大男のメイスが無造作にあたしの頭に迫り−ぎりぎりで短剣が間に合った。
(逃げないと駄目だけど…背を向けたら、終わり、かな…?)
続けて2撃、3撃。かろうじて防ぐものの腕が痺れてくる…。
反面、大男の表情は余裕綽々。
(実力差がありすぎるよ〜) 儂を使えんときは弱いのう…
顔にも声にも出さずに心の中だけで悲鳴を上げる。
けれども恐怖はぎりぎりと染み出してくる。
「ほらほら、もっと楽しませてくれんと、捕まえて犯っちまうぞ」
大男は腕をぶらぶらさせて挑発してくる。
あたしは虚勢を張って睨みつけ。
「きゃああああああああああああああ!!!」 あ、やばい、切れた
そこで恐怖を押さえつけていたタガが外れた。
(怖い怖い怖い怖い怖い、男は怖い。…また、戻れなくなる)
あたしはその感情の溢れるままに刀を引き抜いて。 うう…魔力の残りカス…ま、まずい…
(痛くて、でも気持ちよくて……怖くて、けれども逃げたくなくて…)
背後の扉をがむしゃらに叩き切って外へと。 久しぶりの獲物は扉か…泣けてくるのう…
(そんなのはもう、イヤ!)
転げ出る。
そしてあたしは振り返らずに逃げ出した。
「……こ、壊れたか…? …とりあえず追うとするかの」

走る走る走る。恐怖に駆られてとかく走る。
右手が重い。
さっき抜いた刀が鉛のよう。 うーむ…動けん…折角抜かれたのに…
頭が痛い。
魔力の限界を超えて振るったから…芯からガンガンと。 しかし…流石にラーフも限界じゃろうし…
そして。
「げ、限界…もう、だめ」 げ…体力まで尽きたのか!?
体力も底をつく。
あたしは不様に顔から倒れ込んだ。
(チェック、メイト、かな…) この娘は結構気にいっとたんじゃが…終わりかのう…
息が苦しいので半回転して仰向けに。
そして大きく息を吸い込む。ちょっとだけ落ち着いた。
「体力なし、魔力なし、追っ手は無数。希望は広い道には出れたってことくらい?」
とりあえず現状を分析してみた。
さっきのヤツらに見つかるのが先か、他の親切な人が見つけてくれるのが先か。 儂に出来るのもそれを祈るくらいか
しばらくの間。ふと第三の選択肢が頭に浮かぶ。
「他のならず者に見つかる、ってのもあるわね…」
言ってみるとそうなる気がしてきた。最近、不幸だらけだし。 …むしろ逆効果かもしれぬな………
「『癒せ 癒せ 緑光の樹精 暖かき抱擁 安らぎの息吹』…ちょっと強すぎた?」
癒しの呪文が耳に届き、身体から疲れが抜けていく…。 おお、儂を持っておっても幸運があることもあるんじゃな
あたしは緩慢な動作で声の方を振り返り。
目の前に重々しそうな金属製の靴が振り下ろされた。
(な、何? 何!?)
そしてそのままあたしを飛び越えていく。
「ふ、踏みつけられるかと思った…。びっくり…」 これでしばらくは別れずにすみそうじゃ
そして背後から剣戟の音。あたしが呆けている間に色々来ていたみたい。
救いの主も。絶望の魔手も。 善きかな、善きかな
「…ボロボロ…大丈夫?」
可愛らしい顔立ちにつぶらな瞳。そしてそれにベストマッチな犬耳。 珍妙な外見の娘じゃな…
思わず頬ずりをしたくなる衝動を抑え込む。今することじゃあないし。
(でも、いつかきっと…)
心の中で無駄に固く誓いながらあたしは立ち上がった。
先ほどの魔法のお陰で体は軽い。
「ありがと、もう大丈夫よん、犬耳さん♪」 儂には狼の耳に見えるが…
声をかけても彼女の表情は揺るがない。
(…けれども最後のセリフで耳が少し垂れた…かな…?)
「……よかった。じゃあ、タンも戦う」
「もちろんあたしも手伝うわね。元々あたしに襲いかかってきたヤツらだし、ね」
重しにしかならない刀を右手で引きずりながら、声だけは元気に宣言する。
まあ敵の注意を引き付けるくらいならできる、と思うし。 うーむ…意地っ張りなヤツめ
「よろしくね、タンちゃん」
タンちゃんの耳が浮いたような気がした。
(アクセサリーをつけてるわけじゃなくて獣人かな?)
「『貫け 貫け 風精の突撃』」
タンちゃんの手から矢のような風が放たれる。
風は戦っている二人−片方はさっき踏まれかけた人−をすり抜けならず者へと。
「あたしもぐずぐずしてらんないわね」 死なない程度にのー
歩みを進め、刃の触れ合う位置まで。
その間にもならず者は次々と倒されていく。
「はあっ」
剣士の裂帛の気合いと共にならず者が倒れる。
「くそっ、また目立ってしまう…」
忍者は愚痴りながらも的確にならず者を屠る。
結局、あたしが辿り着いたときには残りは一人だけ。
(さっきの家に居た大男ね…まあ人数いるし大丈夫…) む…さっきのヤツか
けれどもあたしの読みは甘かったみたいで。
「流石にこの人数相手じゃあ、遊んでられん」 折角の好敵手じゃし、儂は遊びたいのう…
その声と共に大男が動き。
激しい金属音と共に、剣士の武器が宙を舞う。
動きは見えなかった。最低でもあたしには。
「ギルドボとは…何とも運がわるい…」 ホント、運が無い……儂の所為か…
忍者がぼそりと呟いた。
大男−ギルドボがニヤリと笑い、剣士がギョッとした顔をする。
タンちゃんからも緊張した気配が伝わって…くるような気がする。
……どっかの怪しい達人じゃないから分かんないけど。
(ともあれ…何か有名なヤツみたいね…)
あたしはジリジリと間合いを詰めて。
「ギルドボ、あたしに会ったのが運の尽きよ! 大人しく縛につきなさい!」 適当、言っとるのう…
刀をぶらぶらと揺すりながらはったりを飛ばしてみる。
魔力が残ってないから指ではさんでぶら下げてる状態だけど…。
(隙さえ作れば何とかしてくれる…タンちゃん、可愛かったし…)
ギルドボはゆらりとメイスを動かし。
「甘い、甘い。つたない連携だねぇ」
不意をつこうとした忍者に振り下ろされる。続けて剣士が魔法を放つが簡単に避けられる。
「それだけ殺気を放っておいて、不意を討とうなんて無駄無駄」 うずうず…
ギルドボはあたしに向かって、
「嬢ちゃんも囮になるつもりなら…」
「『踊れ 踊れ 魔力の奔流 覚醒の抱擁 狂気の源』……あれ?」 戦いたいのう…
タンちゃんの魔法は完璧なタイミングだったと思う。
相手の攻撃を読み切ったと高笑いしているギルドボ相手なら。
「って、何であたしに〜!!」 南無南無……もしかしてまた儂の所為?
頭を貫く痺れるような衝撃。
あたしの意識が浮くような感覚。 力じゃ〜、魔力じゃ〜!
それでも何とか気絶は堪え、ギルドボへと視線を向ける。
「ええっ!?」 くけけけけけけけけけけけけけけけ!!!
ギルドボの二の腕に裂け目が見える。骨の半ばまで届いた裂け目が。
(あたしが、違う、修羅が切ったんだ) まだまだまだ〜!
地から天へと、逆巻き、流れる軌跡を描いて。
そして修羅は己の刃を返し、再びギルドボへと。 ぐげげげげ、儂と戦え! 向かって来い〜
気を逃さず、忍者が怪しげなものを投げつける。
「好機、食らえ!」 ええい! じゃまするでないわ!
修羅の斬撃は弾かれ、けれども忍者が投げた謎の物体がギルドボに突き刺さる。
「大気に満ちしマナよ! 我が手に集いて打ち砕く力となれ!!」 どいつもこいつも…
「『弾め 弾め 風精の舞い 大気の鼓動 刃の抱擁』…今度は大丈夫…」
タンちゃんらも追い打ちをかける。
「チッ、潮時か。上玉を前にして勿体ないが…ここまでにしとくか」 ああ…雄敵が〜
そう言うとギルドボは懐から取り出した玉を地面に叩きつける。
「待てい!」
忍者は煙を掻き分け一目散に追う。 ラーフ、儂らも追おうぞ!
「くっ…視界が…」
剣士は煙に目を細めるが。
「!」
煙の奥へと消える忍者を見るや後を追いかけていく。
そしてあたしは…座り込む。 ……おーい
(何が何だか…一体全体どうなったの…?)
修羅があたしの身体を動かして斬りかかった。 ラーフさんやー
ここまでは良くあることなのだけれども。
「『癒せ 癒せ 緑光の樹精 暖かき抱擁 安らぎの息吹』……大丈夫…?」
先ほども聞いた声と共に体力が蘇ってくる。 追いかけて戦おうよー
ここにきてやっとあたしは悟る。
(タンちゃんが魔力を回復してくれたのね…) ぬう…こうなったら憂さ晴らしじゃ〜
と思うと同時に修羅がタンちゃんに斬りかかろうとして。
(しまっ…魔力止めないと…!)
あっさりと避けられた。 くそう…この娘も結構やるじゃないか…
「ゴメン…痛かった…?」
あたしは慌てて修羅への魔力を断ち切る。 おお…力が抜けていく…
タンちゃんは無表情に、けれども耳をペタリと伏せている。
どうやらあたしが呪文を当てられて怒っていると勘違いしてるみたい。
「っと、あたしもごめん。ちょっと痛かったから、つい、ね」 今日はここまでかのう…
なので、そのまま勘違いさせておくことにする。
「それはそれとして…」
あまり突っ込まれるとボロが出かねないので話題をそらす。
「さっきの二人は大丈夫なの? 追いかけていったけど」 まあ、良いか
タンちゃんは無言で肯く。
…あっさりと話題が切れる。
次の話題を振ろうとしたところで背後から足音が聞こえた。
「結局追いつけなかった。運悪くかどうか知らぬが」 この獣娘、この結果をよんでおったのかのう?
とりあえずあたしは立ち上がる。
「ただいま。さっきの娘は大丈夫…だったみたいね。よかった」
遅れて剣士も戻ってくる。
「ありがとさん♪ お陰で助かったわ」 おおう、そう言えばそうじゃったの
3人揃ったところで、とりあえずはお礼、ついでに名乗ろう、っと。
「ラーフっていうの。ホントにありがと、ね」 儂からも礼を言っておくわい
「無事で何よりだわ。あ、私はキルケーと言います」
「私は……今更、偽名の意味もないな…、黒曜と言う」 まあ聞こえんじゃろうが
剣士がキルケーで忍者が黒曜、と。
頭の中で名前をメモする。
「タンはタンだよ。………さっきは、ホントにゴメンね……」 (まあ礼は受けてやろう)
タンちゃんはおずおずと言う。
もしかしたらさっきの呪文は魔力回復魔法じゃ無かったのかも…。
「まあ…痛いは痛かったけど。魔力も回復したし、結果オーライってことで」 あれ…もしかして聞こえてる?
黒曜が意表をつかれた様な表情を浮かべる。
「でも、ゴメン…」
…か、可愛すぎる…。 おーい?
何となく頬ずりをしてしまいそうになったところで黒曜から横やりが入った。
心の中でお礼を言っておく。
「ときにラーフ殿は魔術の心得もあるのか? 刀しか扱っていなかったが」
「ん〜、まあ、一応、ね。でも最近はこの刀に魔力を食べさせて戦ってからね〜」 聞こえてるのなら返事しない?
そう言ってまだ鞘にしまっていなかった刀を見せる。もちろん魔力は抑えたままで。
「勝手に体を動かして戦ってくれるから強いんだけど魔力消耗も馬鹿にならないのよね」
丁寧に血を拭って鞘へとしまう。
「ふむ、それで逃げておったのだな」
「そそ、街に来るまでに魔力を使い切っちゃってね」 儂、話できるヤツ居なくて退屈してるんじゃが…
服もこの様、とボロボロの服をアピールする。
「ところでタンちゃん達も龍神の迷宮目当て?」
タンちゃんが肯く。 (だが、お前はタンの災いとなる)
「え…あなたも迷宮に…?」
キルケーはちょっと驚いているみたい。
「もちろん♪ …何か不満ある〜?」 うっわ…失礼じゃのう
大体何が言いたいのかは察しがつくけど。
「うーん、と……ううん、何でも無いわ」
ハッキリしない言い方。素直に弱いって言えばいいのに。
「あ、そうだわ、私たちと一緒に行かない? タン、かまわないよね?」
(つまりはあたしが守ってあげる、ってタイプか。あんまり好かないタイプね…) 否定できんが…
この手のタイプにはイヤな思い出があるからだけども。
まあ、そいつは芝居をしてたんだから、キルケーを嫌うのは間違ってるかもしれない。
「『パーティ内の役割分担は極めて重要である』」 (故にあえて偽りを言わせてもらおう)
まるで唱えるようにタンちゃんが言う。
「確かに魔法剣士が二人ではちとバランスが悪いか」
黒曜は歯に衣着せぬ言い方。
でもあたし魔術師だよ、と心の中で突っ込む。
「それは…そうだけど…。……けれども彼女を一人にするのは心配だし……」
あたしに聞こえないように小声で言ったみたいだけどしっかりと聞こえてしまった。
ここまで心配してくれるのはある意味、嬉しい。けれども…。
「あー、そんなにもめるんだったら無理に入れて貰わなくてもいいって」 スカしてて気に入らんヤツじゃのー
やっぱりあたしは信頼することが出来ない。
「あたしはあたしで仲間を捜すから♪」 うむ、こんなヤツを連れてるヤツなんぞろくなヤツじゃあるまい
掛け値なしの善意だと感じて、そして裏切られたから。
「……だから、ごめん、ね」 (何と言われようと…俺の誓いは揺るがん)
優しい拒絶の言葉。思わずタンちゃんの頭をなでる。
ピョコピョコと耳がゆれる。
面白くてもっとなでる。
もっともっと速く耳がゆれる。
(あまり顔には出ないけど…照れてるのかな?) フン! 儂の知ったことか!
とても可愛く感じる。そして何となく信頼できそうな感覚。
どうやらあたしはタンちゃんをとても気に入ってしまったみたい。
「気にしない、気にしない。ま、パーティーバランスは重要だしね」 …何か理由あんの…?
けれども言ったことは取り返せない。
放った矢をつがえ直せないように。
「…それでは、せめて酒場まででも一緒に行きませんか?」
キルケーがおずおずと言う。
「ん…、ありがとね。…心配してくれて」
あたしでもこの時ばかりは素直にお礼を言えた。
タンちゃんのお陰のような気がする。 (…償いと………礼だ)
(タンちゃんみたいな娘と組めるといいな…)


彼はとても強かった。
その強靱な攻撃力はもちろんのこと。
何より、相手の気配を感じて行動を読むのに長けていた。
すなわちその強さは。
「らーふと名乗って居たな…あの娘は」
自らの意志で攻撃を仕掛けぬ者には通用しない。
「勝てぬと判るや悲鳴を上げて相手の意表をつく」
例えば、妖刀を抱えるハーフエルフの攻撃は。
「逃げたと思えば仲間を率いて奇襲」
けれどもギルドボがそれを知るすべはなく。
「そして何より、攻撃の気配を悟らせぬ、氷の精神」
かくて、勘違いの評価は出来上がる。
「らーふが太刀をかついだら用心せい、と言ったところだの」
そしてギルドボは迷宮で待ち続ける。
まず間違いなく来ることのない、ラーフと巡り会う日を…。

一方で。
酒場で噂が広まっていく。
初日から捕縛されかけた間抜けな冒険者の。
ギルドボと戦ったなどと言っても信じてもらえるはずもなく。
ラーフの評価は弱小冒険者に落ち着くことになる。
ギルドボの評価とは裏腹に…。
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