痛み(コトネの場合)

 1.
 「…やはりそう言うことか」
 「ボスは、知っていたのですか?」
 「まあな。確証は無かったけれど、大体そんなところじゃないかと思っていたよ」
 そう言いながら側近の部下に自説を披露していたのはオニヘイだった。
 オニヘイは、コトネたちの追跡班以外にも多くの忍者を迷宮に放っているが、今回、その班の一つが、ハイウェイマンズギルドのならず者たちが、何故か男は入れないはずの迷宮の十階に降りていくのを見つけた。
 不審に思い、追跡すると、そこではコトネたちの冒険の裏に隠された真相が語られている。そうして、その話を盗み聞きした部下たちはすぐさまボスの下へと引き返し、事の次第をつぶさに報告していた所である。

 「大体だな。捕まった連中の救出・脱出・性奴化の情報が、即座に伝わったり、国が作ったと言われて何故か一部に流出している年齢表に処女表。怪しいに決まっているだろ。そんなもん、役に立てるとこといったらハイウェイマンズギルドぐらいだぜ?」
 「なるほど、さすがボス」
 部下たちはボスの推測に大いに感動しているが、実はオニヘイも組織で独自に調べ上げたリストをしっかりもっている。情報は、オニヘイにとって命だ。
 「しかしこう言う展開になると、やはり俺らは俺らで独自のルートで動いていて良かったよな」
 やはり身分の高い人間など信用出来ないとオニヘイは考えた。フォルテの周りをうろついている連中もそうだが、ああいうのは平気で市井を見殺しにしたりする。それにもしかしたら、フォルテを迷宮に放り込んだ、あの連中も、薄々とこの事実に気付いていたのかもしれないが…いずれにせよ、そろそろ潮時だ。
 事件が解決するにせよしないにせよ、これだけのスキャンダルだ。表ざたになることを恐れた国が参加している冒険者に何か仕出かすかもしれない。だからまずはコトネを保護しなくてはなるまい。そしてこのクエストが終わったならば組織の本部を移す。
 そうして、今度はこの国自体を相手に大きな詐欺を仕掛けてやるのも面白い。早速オニヘイは計画を練り始めた。

 「でもこの話をコトネさんが知ったら、怒るでしょうねえ」
 「わはは。そうかもな。コトネさん正義感の塊みたいなところがあるし」
 「ん? どうしたお前たち」
 「いや、ボス。これってフォルテさんちの事情と少し似てるじゃないですか」
 「まあ、あのテの身分の連中にとっては、ありふれたイベントだろうな」
 軽く笑いながら返すが、それとコトネとの関係とはなんだ?と話を促す。
 「いえ、コトネさんはフォルテさんが大好きみたいですから、もしこう言うちょっと似た事情を聞いたら、案外あの人の事情と重ねてしまって、本気で怒って、それでセネティに爆弾投げつけたりして大暴れするかもしれませんねと」
 「いやおめえ、コトネさんなら前にボスが見たって言う大型の爆弾持ってきて、迷宮ごと爆破しかねないぜ?」
 「ああ、言えてる言えてる。あのお嬢ちゃんは、本気で怒ったらそれぐらいやりかねないな」
 部下たちは口々に勝手なことを言っているが、確かにコトネが本気で切れたら、周りの被害規模など考えもしないで、とんでもないことを仕出かしそうな予感はオニヘイにもあった。
 実際これまでにも自分の事務所や、街を破壊している。もしかしたら天然のテロリストなのだろうか?
 「…けどそこがいいんだよ。 ああ、早く欲しいよなあ、コトネちゃん」
 思わず呟いた。

 「ところでボス。フォルテさんはまだ捕まらないんですか?」
 「おいおい」
 「この間、コトネさんみたいに先に買い付けたじゃないですか。早く捕まると良いですねえ」
 「お前らナニを期待してるんだっつうの」
 困った部下たちだとオニヘイは思う。しかし、最近は何故か迷宮の中で妙な天然ぶりを発揮しているフォルテの人気は、組織の中で急上昇していた。
 コトネと話している時に自然に立ち上るピンク色のオーラ。
 迷宮でシュートの罠に引っかかった時に見えた白いパンツ。
 何故か仕掛けられていたバナナの皮を見つけ、ほっと安心してコトネに何か言ってほしそうにしていた表情。
 時々側近のお供でコトネに会いに行く時、自分らに向ける柔らかい笑顔。本心からのものではないのかもしれないが、それらの仕草の数々に、何人かの部下が萌え殺されたのはつい最近の話である。
 だから部下たちはコトネは勿論のこと、早くフォルテが捕まって、その後組織に入ってこないものかと念を送っていたりもする。

 「いずれにせよ、ボス。
 今コトネさんたちは八階で全滅寸前です。帰還に入りましたが、地上までは最低でも二日はかかりますので、あるいは一階で捕縛できるのではないでしょうか?」
 「そうだな。恐らくはチャンスはもうほとんどない。なんだか妙なアイテムで身を護っているらしいが、いずれにせよ今度失敗したら作戦をパート2に移行させるからお前らもそろそろ準備しておけ」
 「了解しました」
 少し和やかになりつつあったオニヘイの部屋であったが、最後になって漸く、側近の男が話をシリアスな方向に修正でき…

 「そうだボス。もしコトネさんたちがうちらの組織にきたら、二人は将来は俺らの上司になるんですか?」
 「おいマジ!? 俺コトネさんに命令されてー!」
 「フォルテさんに命令されたら、俺絶対その任務を成功させるっ!><」
 「ってなるかっ! 勝手なことばっか言ってないで、いいからさっさと仕事へ行け!」



 2.
 「ああ、コトネさん…お願いですからしっかりしてください…」
 コトネは今回、本当に久しぶりに迷宮で大怪我をした。どう言う仕組みなのかは全くわからないのだが、処女の娘だけが麻痺すると言う奇妙な罠、「バージンスタナー」に引っかかり麻痺したところに襲い掛かってきた恐ろしいモンスター「Moon Wind Magic」
 そのモンスターの恐ろしさは、以前大怪我をさせられた自分が誰よりも良く知っている。
 だから、今コトネが同様にあのモンスターに負わされた怪我が、どれだけ酷いモノなのかと言うのも、誰よりも良くわかる。

 「ああ…」
 折角魔法の力が戻ってきたと言うのに、麻痺した身では回復魔法も使えないのが口惜しい。
 そうしている間にも、コトネの出血は激しく、次第に顔面は蒼白してきた。
 最悪なことに、ここから街まで戻るには最低でも2日かかり、その間にまたも怪物やならず者に襲われるかもしれない。大ピンチだった。
 しかしそんな状態でもコトネはパーティを襲うならず者たちから、フォルテたちを逃がそうと前に出てしまう。
 …ついでに、全身をがくがく震わせておぼつかない足取りで武器まで拾っている。
 全く、たくましいのだか危なっかしいのだかわからないが、さすがにそこで力尽きたのか、今はピクリとも動かない。いつもニコニコと明るく元気そのもののコトネが、ここまでの重症を負うのは珍しいと言えた。

 「お願いです…しっかりしてください」
 フォルテはオニヘイに貰った傷薬を塗りこんで、少しでも傷を癒そうとする。しかし当たり前だが薬の効果はすぐには表われない。最近はそうでもないのだが…珍しく冷静さを欠いていた。
 「焦るなフォルテ。それよりほら、しっかりささえてやれ。あたしたちは周りを警戒しなくちゃいけない。護ってやれるのはお前だけなんだぞ?」
 「は、はい…」
 見ると、セレニウスは、既に周辺を油断無く警戒しながら、地図を片手に一行を地上へと導いていた。自分がうろたえている間にも、仲間たちは的確な判断で次の行動を取っている。フォルテは、少し情けなくなりながらも目尻に浮かぶ涙をぬぐうと、コトネをしっかりと支えて地上を目指した。服にべっとりと血が付着するのを感じるが、そんなことは気にしていられない。早く、地上へ…。それだけを考えている。



 3.
 「う…んん…」
 「気がつきましたか?」
 「あ、セレニウスさん? あれ? どこここ?」
 「まだ迷宮の中です。けれど、もう少しで地上ですから、頑張るのですよ」
 「うん…あ、フォルテ!?」
 見ると、フォルテが自分にぴったり寄り添って手を握りながら眠っていた。その衣装には、べっとりと血が付着している。
 「…これ、もしかして私の?」
 「ええ。しかし、フォルテは気にしていないみたいですけれど…」
 そう言えば、いつの間にか出血は止まっている。オニヘイがくれた傷薬での治療が漸く効果を発揮しだしたらしい。包帯がキツくまかれているのを感じるが、これなら歩ける。
 それに、良く覚えていないのだがふらついた足取りでならず者たちから奪い取った武器も、しっかりとまとめて置いてあった。

 …コトネは力なく項垂れた。
 最近は結構力もついてきたと思っていたのに、また最初の頃のように迷惑をかけて、みんなの足を引っ張ってしまったと言う事実は痛い。
 「気にしないことです。いつも貴女が言っているではありませんか。「大丈夫」、と」
 「え? そうだっけ?」
 「ええ、口癖ですよ。「大丈夫」と、いつも言っています」
 「へえ…全然気がつかなかった…」
 「おやおや」
 そう言うセレニウスはふっと笑ったような気がする。考えてみれば、自分はいつもこの人に助けられているようなあとコトネは思う。
 ヤミ商人との取引だって本当は自分が乗るべきだったろうに、セレニウスが犠牲となった。すぐに助けられたから良かったけれど、一歩間違えれば取り返しのつかないことになっていたかもしれないだけに、正直、物凄く感謝している。

 「感謝なら、私よりもフォルテにしなさい。ここまでずっと、貴女を運んで来たのも、治療したのも全て彼女なのですから」
 「うん…でも、やっぱセレニウスさんにも感謝しちゃいますよーっ痛っ!」
 「無理しないで」
 「あはははは、大丈夫、大丈夫」
 また、大丈夫と言った。

 「ん…あ、コトネさん!? 良かった、気がつかれたのですか!?」
 「うん、フォルテのおかげだね」
 コトネはにっこりと笑いながら、握られていた手をぶんぶんと振って、大丈夫と言うところをアピールする。それでもフォルテはまだ不安そうだけれど、少しだけ安心した風であった。
 「お、コトネ気がついたのかい? だったらそろそろ行くぞ。なんだか迷宮の中の空気が変わった。これは、ヤバイ気配だ」
 「わかるんですか、セルビナさん」
 不思議そうに尋ねるコトネだが、セルビナは軽く笑うだけで答えはしない。けれど、それがコトネにはとてもカッコよく見える。
 「ね、フォルテ。セレニウスさんもセルビナさんも、カッコいいよね」
 「ええ、そうですね」
 「勿論、フォルテも超カッコいいよ」
 「ふふ、ありがとうございます」
 そう言いながらフォルテはきゅっとコトネの手を握る。また、二人の間にピンク色のオーラが漂いだした。
 そんな二人のことを、年長たちはしょうがいないなあと言う風に眺めているが、まだここは迷宮の中だ。おまけに四人は満身創痍で全く油断の出来る状況ではない。
 「ほら、行くぞリーダー、フォルテ! セレニウスは周辺の警戒を頼む」
 「わかりました」
 まだ麻痺が回復しない為、少し足元はおぼつかないが、セレニウスは立ち上がると油断無く周囲の警戒を始めた。
 「コトネさん。掴まってください」
 フォルテが手を差し出す。コトネはその手に掴まって立ち上がった。大丈夫、なんとか歩けそうだ。
 こうして、一行は迷宮の出口を目指すのだが、果たして無事にたどり着けるのだろうか…。
 そして帰れたとしても、そこで四人を待つものは…。


 続く?