『花と火薬』


1.

「ね、大丈夫?
ホント酷いことするよね。しかも折角の武器をこんなアホなことに使うなんて許せないよ、うん」
先ほどからコトネはぷりぷり怒りながら、犯されていた女性たちを励ましている。

迷宮を進む4人は、監禁玄室に遭遇した。そこでは27人のならず者が、以前にも同じく玄室で出会ったウサミミの少女と、その仲間とおぼしき女性たちのことを凌辱していたのであったが、
フォルテは凄惨な光景に絶句しつつも、女性達を救出するべくすぐさま戦闘態勢に入り、セレニウス、セルビナの両名も抜刀済み。
しかし、コトネは、見知った女性の思わぬ痴態に顔を真っ赤にして硬直していた。
「コ、コトネさん!」
「! あ、う、うん! わかった! 大丈夫! 助けに来たよ!」
掛け声にはっとなり、漸く戦闘態勢に入る。フォルテはそんなコトネのことが危なっかしく思えてたまらない。
それでも玄室の中のならず者たちを全て倒して、女性達の救出に成功したのだが、コトネは、励ましながら、未だに動悸が収まらなくてドキドキしっぱなしだ。
勿論これまでも監禁玄室に遭遇したことはあるのだが、女性達が犯されている直接の現場に遭遇したのは、実は今回が初めて。
そもそもあのような行為の場面を見た事自体が初めてで、思い出すだけでたまらなく嫌な気分になってくる。
「(でもおっちゃんも私に同じ事しようとしてるんだよねえ…。はあ…)」
がっくりと肩を落としながら、言いたいことがあるならはっきりと伝えてくれれば良いのに、と思った。


「手間かけさせてゴメンなさいね。貴女たちに助けられるのは2回目かしら?」
「う、うん、お互いさまだよ。気にしない気にしない。でも、とにかく良かったね」
助けたシルフィーナは他の二人に比べるとタフなようで、既に落ち着きを取り戻している。コトネはまだ動悸が納まらないが、それでもいつもの人懐っこい笑顔でそれに応えた。
そして応えながら、隣に立っているフォルテは今のような場面を見て、どう考えているのかなと思い、そっとのその横顔を見つめる。
今の戦闘では、フォルテは真っ先に戦闘態勢に入って、いつもよりずっと容赦無かったように見えたけれど…
「(でも、もしフォルテが同じ目に遭ったら…きっと…)」
そこまで考えて、コトネは今一瞬だけ浮かんだ想像を否定するかのようにブルブルと頭を振って、そんな事にはさせない、と考えた。

「ね、ねえフォルテ…」
「はい?」
声をかけられたフォルテは黒曜の瞳で真っ直ぐコトネの方を振り返る。
「ん…んーっと、なんでもない。間に合ってよかったよね」
「ええ、そうですね」
そう言ってフォルテはいつもように微笑みを浮かべて、それを見たコトネはなんだか安心して、漸く動悸が収まっていくのを感じた。
安心すると、今度は前に会った時には麻痺と猛毒でフラフラだった上、セレニウスが捕われの身であったために、ゆっくり話しをする暇もなく、それで聞きそびれていたことを聞いてみたいと言う好奇心がむくむくと沸きあがってくる。
「何かしら?」
「あの…私、前からすっごく気になっていたことがあるんです。あの…その…」
横に立つフォルテも、一体何を聞くつもりなのだろうと興味を示すが、コトネはなかなか思い切れない。しかし、少し躊躇してから、思い切って考えていたことを口にした。
「あの、に、忍者の人って、ぶ、武器持ってない時の方が強いって本当ですか!?」


……………

その質問は本当に意外だったようで、シルフィーナはぽかんとしている。
「…ぷっ」
聞いていたフォルテも思わず吹きだしてしまった。彼女がこのような反応をすることは珍しく、それだけ意外な質問だったのだろう。
しかし当のコトネは真剣そのものでシルフィーナの答えを待つ。
「(コトネさん…w)」
もしかしたら武器が大好きな彼女にとっては、武器を持たない時の方が強い者がいるなどと言う話はにわかには信じ難いのかもしれない…。そんなコトネのことを可愛い…とフォルテは思う。
「ええ、そうだけど」
そしてシルフィーナの答えはあっさりしたものだった。
「えー!? やっぱりそうなんだー! ねえ聞いた? フォルテ、私ちょっとショックかもー><」
コトネはがっかりしたような、思っていた通りだったと言う風な、なんとも言えない微妙な表情をしてしまい、それがなんだか可笑しくって、思わず横でくすくすと笑う。

実は、コトネは最近になって漸くフォルテのことを名前で呼ぶようになった。
これまではずっと「リーダー」と呼んでいたので、最初は少し気恥ずかしいものがあったのだが、リーダーが今のセルビナに変って以来、名前で呼ぶようになって、
それも「フォルテさん」から「フォルテ」へ。それに伴い、二人で一緒にいる時間も前より長くなった。
本当、妙に仲良くなったものだと思いつつ、パーティの年長組はこの分ならコトネがオニヘイの方に走って行く心配は無いかもしれないなと、密かに顔を見合わせて安心する。
そして玄室の中にこれ以上ならず者たちが入ってくる様子はなく、思わず空気が緩みかけたその時、セルビナは危ないと気付き慌てて一同に号令を出すと、一度街に引き上げるのだった。








2.

町に帰ったコトネたちはシルフィーナたちを見送った後も、お菓子を食べながら忍者談義で盛り上っている。
コトネはフォルテの淹れてくれたお茶を飲みながら、自分で焼いたお菓子をぱくぱくとつまみ、今しがた事実と知った忍者の『真価』について驚きを隠しきれない。
「うー、思っていた通りだったとは言え、なんかなあ…うーん……」
「ふふ、コトネさんは、武器が大好きですものね」
武器を持っていない所か、素っ裸の時の方が強くなる。
そんな人間がこの世に本当に存在するとはにわかには信じ難い話なのだが、真剣にショックを受けた風な彼女に対して、フォルテは穏やかに微笑み返しながら相槌を打った。
「あ、そう言えばフォルテ。忍者って言えばさ、最近はチェリアって言う忍者さんが有名だよねえ」
「そうですねえ。なんでも悪名高いなならず者を何人も倒した凄腕なのだとか…」
「なんかすっごい美人らしいよー♪」
「まあ…」
その発言に、ちらりと、ほんの少しだけちくりとした感情が沸いたが、フォルテはそれには気付かない振りをした。

「あ、そうですわコトネさん。ミラルド、と言う忍者はご存知ですか?」
その女性は色々な意味で有名人なので、コトネも名前は聞いたことがある。
「その方も、今竜神の迷宮の中にいるそうですよ」
「へええ…。でもその人ってさ、なんでもあるキーワードを唱えると鉄拳が飛んでくるらしいよね」
「ふふ…」
その噂は微妙に間違って伝わっているのだが、二人とも直接は会ったことがないので、世の中には凄い人がいるものだと感心することしきりだ。
「私、この間迷宮に仮○ライダーが現れたって聞いたよ。あれ…それともガッチャマンだったかな?」
「? ガ…?」
色々なことを知っているフォルテだが、そちらの方面の知識には若干疎いようで、この話にはついていけない。
「よくわからないんだけどね、色々な装飾品をつけていて、やたらと目立つんだって」
「まあ、忍者なのに全然忍んでいないではありませんか」
「あはははは、ホント変わっているけど、面白い人多いね、忍者の人って」
「ふふ、そうですね」
満面の笑顔で、本当に楽しそうに話すコトネに対して合わせるフォルテは、そうして初めてPTを組んだ時には出来なかった、打ち解けた会話も今なら出来るようになっている自分に内心驚いた。



「……」
ふと気がつくと、他の客たちは全て出払ったようで、残っているのはコトネたちだけになっていた。
随分と長い時間話していたようなのだが、すっかり辺りは静かになってしまっていて、思わず二人も顔を見合わせて、沈黙する。
「……………」
「……………」
「ね、ねえ。何か言ってよ…」
「あ、は、はい! えっと…」
しかし、フォルテもすぐには言葉が浮かばない。
さらにお互い目が合って、なんとは無しに気恥ずかしくなって、微妙に顔を赤くしながら目を逸らしてしまう。
「え、えーっと…その…フォルテ?」
「は、はい」
二人の間をなんとも言えない微妙な空気が漂いだした。なんだか互いにドキドキしてきて、妙に気持ちが高ぶってくるのを感じてしまう。
「う、うーんと…えっと、あははは…なんだろね、これw」
「あの…コトネさん…」
思い切った表情で、すっとフォルテはコトネに顔を近づけた。





そうすると、ドキドキして、緊張で頭の中がぐらぐらとするが、何だか止まりそうに無い。そうしながらそっとコトネの耳元で囁きかける。
「よ、宜しいでしょうか…」
「え!? あ…う、うん…いいヨ…」
言葉の意味を察したコトネは、耳たぶまで真っ赤にしながら頷き、瞳を閉じる。
「ん…」
そうして唇にそっとフォルテの唇が重ねられたことを認識すると、二人とも長椅子に腰掛て、しっかりと抱き合った。
一体いつからなのか。最初にどちらから誘ったのか。
それは覚えていない。
ただこの一ヶ月の間、女同士でPTを組み、幾度も危機を乗り越えてきた。
そう言うことが続くうちに、いつしか気を許しあっていた二人は、時々、こうして互いに身体を寄せ合ってキスをする。
お互いに性に関する知識など希薄なのだが、それでも、本能、としか説明のしようの無い動作で、一生懸命目の前の相手を思いやる。
「ん…んぅ…んむ…ぴちゅ、ぴちゅ…」
「ふぅ…んあァ…はぁ…あ…」
最初は軽く唇同士が触る程度のキスだったのが、次第に動きは大胆になって行き、フォルテが恐る恐る差し出した舌が、コトネの舌に触れると、大胆にも絡め合い、互いの粘膜同士が刷り合わされる。
そうしてコトネの頭をしっかりと抱えて、唾液を流し込んだ。
フォルテは、全く性経験の無い自分に、どうしてこのようなことが出来てしまうだろうかと疑問に思う。時々見てしまう、思い出すこともおぞましい淫夢と言い、自分は、実は…
キスに夢中になりながら、ふと考えたくないことを考えてしまって、軽い自己嫌悪に陥ると、それを否定するかのようにますます強くコトネを求めた。
「はぅ…う…うんん…」
こう言う時、コトネはどこまでも素直に、従順に、攻められるがままに身を任せた。
流し込まれる甘い唾液をコクコクと喉を鳴らして嚥下し、一生懸命フォルテの舌と自分の舌を絡め合い、自分からもフォルテの方へを唾液を送り込む。
「んん…ふぅ…ふうう」
フォルテの髪や、肌は、花の香りがした。
コトネの髪や、肌は、ミルクと、身体に染み付いた火薬の香りがする。
互いに、塞ぎあった唇から漏れる全てを飲み込みあいながら、全身がとろけるような感覚に包まれていく。そうして、ゆっくりと唇を離した。
つうっと唾液が糸を引き、キラキラと光を反射している…。
フォルテは、快楽でぼうっとなった頭でそれをどこか幸せな気分で見つめていた。
そうしてコトネもそうなのだろうかと考えるが、疲れて、ハァハァと息をする少女が、同じことを考えていたかどうかはわからなかった…。





「そ、そろそろ下行こうか。て言うか、セルビナさんたち、戻ってこないね」
しばらく経って、いつまで経っても迎えに来ない年長組を二人は自分たちで探しに行くことにした。
「そうですね」、と言い、フォルテも立ち上がるが、思わず足元がふらついてしまう。
「大丈夫?」
コトネはすっと手を差し出して、倒れそうになるフォルテを支える。
その手を握りながら、コトネは、いつも「大丈夫」と言っているような気がする…。ふとフォルテはそんなことを思った。


「…お〜い」
しかし、二人が階下に向かう前に、先にセルビナとセレニウスの呼ばれてしまい、ふと階段の方を見ると、二人が丁度昇ってくるところだった。
手にはどっさりと食料や医療品を抱えている。どうやら、次の冒険の買出しを既に済ませてきてしまったらしい。
「あ、申し訳御座いません…」
思わず身を硬くして恐縮するフォルテだったが、セルビナは気にするなとひらひら手を振ってそれに応えて、それより、食事を取って、しっかり休んで。明日からの冒険に備えるようにとリーダーらしく言いつける。
「うん、わかったよ、リーダー」
コトネはいつものようにニコニコとそれに応えると、フォルテの手を取り、ぱたぱたと一階へ向かった。


「うーむ…」
ふと、そんな二人を見送りながら、セルビナは微妙に険しい表情をしていることにセレニウスは気付いた。
「リーダーは、意外と心配性のようですね」
そうして「心配いらない」と、柔らかい表情で声をかける。
「ああ見えて、意外としっかりしているものですよ。二人とも」
「そりゃそうだろうけど…って、そんなんじゃないよ。さ、あたしたちも食事にするよ!」
「はいはい」
自分では思って無かった一面を指摘されて、思わず慌てるセルビナはわざと声を張り上げると、少し照れながら一階へ向かう。
「リーダー! セレニウスさん! 早くー! 今日は魚だってー!」
下から大声で呼ぶ声がする。
「今行きますよー」
セレニウスは呑気に声を張り上げるコトネの様子に肩の力が抜けていくのを感じながらセルビナに続いた。

いつもギリギリな状況を行き来している4人だが、嵐の前の静けさなのか、今日は割りと平和な一日だったのかもしれない…。








3.

その頃、オニヘイは事務所でいつものように今回の冒険の報告を部下たちから聞いていた。
聞きながら、最近は名のある冒険者が次々と性奴隷と化しているため、いよいよコトネの番も近いだろうと、ワクワクしている。

「あ、そう言えばボス。コトネさんのファーストキスって、フォルテさんが奪ったんですよね」







:y=-( ゚д゚)・∵;; ターン

「な、何お…?」
しかし、妄想にふけっていたオニヘイは、部下が何気なく放った一言に打ち抜かれた。
ひくひくと引きつった表情で部下の方を振り向くと、言った部下も、どうやら言ってはいけないことを言ったと気付いたようで、青ざめて、じりじりと後ずさりして、いつでも逃げられるようにしていた。
だがオニヘイはそれ所ではない。
「(…そうだった。)」
指摘されるまで完全に失念していたが、密か所か、はっきりと狙っていたコトネのファーストキスは、実は既に奪われていた。しかも女の子に。
「な、なんてこった…! そんな…そんなアホな…お、俺の…お、俺のコトネちゃんのファーストキスが…」
「…ボス?」
ぷるぷると震えて、なんだか脳天を思いっきりハンマーで打ちつけられたような、ガーンと言う衝撃が駆け巡る。
しかし、それでも、処女は! 処女はまだ奪われていないんだ! …と、必死に言い聞かせると、心の中で血の涙を流しつつ立ち上がり、
そしていつものように部下たちにコトネたちを追うよう命じた。





クエストの終了まで予定23日。

そんなやり取りがあったとは露知らず、翌朝、一向は再び迷宮へ赴いた…。