1枚のカード

幸か不幸か、その少女はある男にとっての1枚のカードとなるべく目をつけられた。


―1.

「う〜ん…竜神の迷宮、ねえ。
 そこってさ、悪くて物騒な魔導師が潜んでいるってことで、懸賞金がかかっているダンジョンだよね。
 私そう言うのはちょっとなあ。て言うかプロでもないのに、そんなとこ行くのってどうなのさ?」

少女は迷っていた。
少女の名はコトネ。
ククルミク王国とグラッセン軍事領の境にある小さな村で武器屋を営むかたわら、
本人も様々な武器に興味を示し、自分で使ってみたいと言う欲求に従った結果、冒険者になった。
幸い才能もあったのかみるみる腕をあげて、今では盗賊団や犯罪者集団との戦闘に助っ人として呼ばれるほどにもなったものの、
これまで本格的な迷宮踏破のクエストに参加したことはない。
そんなコトネに目の前の男から今回誘いがあったのが、ワイズマンと名乗る邪悪な魔道士が潜む「龍神の迷宮」突破のクエストだった。

ククルミクの城下町で冒険者を斡旋するギルドの管理人であるこの男は、なかなか首を縦に振らないコトネに対してあの手この手で誘いをかける。
曰く、迷宮の中でなら珍しい素材も手に入るだろうとか、困っている人がいるのだから助けてやれとか、巧みにマニア心や正義感に訴えてみる。
が、やはり仕事もあるし、長期間店を開けることなど出来ないとして、コトネは断り続けるのだった。

そもそも彼女自身が分を知ると言うか、基本的に世の中の大事には関わりあいにならず、商売人としてやっていければそれでいいと考えている。
自分は勇者の器ではないし、それより商売で人助けが出来れば良いと思っているから、幾ら誘われようとも興味は無い。
こうして一武器屋として平穏無事に進むはずだった彼女が一転、迷宮に向かうことになる出来事が起きた。

数日後、再度店を訪れた男の持って来た話はコトネにとって衝撃的なものだった。
男によれば、なんと 自分の店で売られた武器が、竜神の迷宮を根城にする
ハイウェイマンズギルドと呼ばれるならずもの集団の中に流出している。
無論自分で確認したわけではないが、そのおかげで今城下町ではコトネや、コトネの店の悪い噂が広まりだしており、
最悪店が悪人ギルドに武器を横流ししていると、受け取られかねない状態だと言う。

勿論自分とて誰彼構わず武器を売っているわけではないし、最初に売った時にはきちんと売った人間の身元と、
売った武器のシリアルを台帳に記録しておき、もしも武器が何か事件を起こして、その際に情報提供を求められればいつでも提示できるようにはしている。
これは武器を売る人間として当然の義務だ。
それに、そもそも最初から悪用されるかもしれないことを前提に商売をしていたのでは仕事は成り立たない。
ただ、売った武器には漏れなく店のロゴが彫ってあるため、見る者が見れば、一目でどこの武器かと言うのはわかるだろう。
だから、自分の店の武器がいつの間にか悪人たちの間に流出していると言われれば、頭から嘘だとは否定ができない。
そこまで考えて少女は頭を抱えた。

「まずいよねえ、これは…」
絶句している少女に一見心配そうに接する男だが、内心動揺を楽しんでいるようでもあり、真意が見えない。
しかしコトネもは思わぬところからピンチになりかけていることに気付かされて、それどころではなかった。
と同時になんとかしなくてはと言う気持ちにもなるが、そこに男は追い討ちをかけるのだった。
「…終わったなw」
「なにおー!?」
はっとして思わず反論するが、その反論を男がさえぎった。
「まあこうなった以上はさ、責任取るって言うかさ、事実関係の確認のためだけにでも、コトネちゃんが自分でダンジョンに潜ってみるしかないんじゃないの?
 もしワイズマンや有名な悪人を倒したり出来れば当然国から褒美も出るし、店の宣伝。今後の生活。報奨金。
 良い事はあっても、悪いことにはならないってね」

幾ら何でも美味しすぎる。と言うかそんな旨い話がこの世にあるのか? 素早く計算を巡らせるコトネだが、どうやらあまり迷っている時間もなさそうだった。
「いや、あのね? 私まだ行くなんて言ってないよ?
 と言うか、ここはプロの冒険者の方々に正式に調査を依頼するとかして、ついでに私の濡れ衣も晴らして貰えればそれでいいじゃない。
 何も私が行かなくってもさ? ね?」
「いやさ。自分の店で売った武器が悪用されているかもしれないんだぜ? 責任感じるだろ、普通」
「う!?」
そう言われては最早反論のしようがない。 コトネは、お人よしだった。

その夜、コトネは考えた。
このままこの村で商売を続けた場合、店や自分の悪い噂は広まっても良い噂はちょっと広まりそうに無い事。
だが事実関係を確かめるために迷宮に赴いたとして、迷宮の探検と言う経験が無い自分が、プロの冒険者たちの中でどの程度やれるのか?
確かにこれまでならず者やなんかは相手にして鍛えてきたし、有名な冒険者についていって、手ごわいなモンスターと戦ったりもした。
それなりの強さはあるつもりだが、それとこれとは話が別だ。

ならばいっそ店をたたんでどこか遠くでやりなおすか?
それも考えた。
これまでの商売で稼いだお金があれば、新しい土地でやり直すこともたやすいだろう。

…だが。
自分が売った武器が悪人に使われて、しかもそのせいで被害も出ているらしい。 悪い噂とやらも気になるが、特に最初のは良くない。
あの男の前ではお気楽に振舞ってはいたものの、基本的に真面目で、困った人は見過ごせない性格が災いして、なかなか逃げると言う選択肢は実行に移せない。
となれば、最早結論は一つ。
翌朝、コトネは店員を集めて事情を説明すると、すぐさま準備を整えて城下町に向かうことにした。
まずは事実を確かめよう。 そして出来る限り武器を回収しよう。 証拠を集めて、汚名を晴らさなくてはならない。

お気に入りのガントレットと爆弾と。いっぱいの武器を抱えて、こうして少女は旅に出た。





―2.

「やれやれ…なんか城下町に近づくにつれてああ言うのが増えるような…幾ら戦争中とは言え、物騒だねえ」
城下町までへの数日の道中、コトネは胡散臭い連中やならず者たちを見つけては、もしやと思い接近するが、
残念ながらそこでの回収は思うようには上手く行かなかった。
ぷすぷすと煙の上がる地面。ほうほうのていで逃げ出したならず者達の背中を見つめながら、はああ・・・と少しだけ肩を落とす。
出来れば城下町に着く前にそれなりの成果をあげられればと考えていた彼女にとっては、これはいささか残念な結果と言える。

ちなみに今使ったのは店の売れ筋の武器の一つで、主に手で投げて用いる小型の爆弾。殺傷能力は極限まで抑えてあるが、
何分爆発の見た目が派手なだけに、かく乱や威嚇目的としてはかなりの効果が期待できると言う一品だ。

「て言うか何やってんのさアンタたち!!」
そんなことを繰り返しながら、漸く城下町にたどりついた彼女を迎えたのは、
なんと白昼堂々、冒険者と思わしき女性がならず者に襲われているショッキングな光景だった。
たまらず爆弾を5,6個投げつけてやると、たちまちそこいら中で派手に爆発が起こり、
さらに脅しのために石壁をガントレットで殴りつけてやると、轟音を立てて壁が崩壊する。
逃げ出した男達の背中に威嚇で銃を乱射してやりはしたものの、いきなりの光景にショックを隠しきれなかった。
「はあ…はあ…はあ……まったくもう! …凄い事になっちゃっているんだなー、この街」
「ああ、全くだよな」
「うわあっ!! ってアンタか!」
「や、コトネちゃん! ホントに来たんだ」
振り向いたコトネの前にいたのは、以前彼女をここに来るように持ちかけた冒険者ギルドの男だった。
ニヤニヤしながら、まあ良くあることだからと言った風の表情で語っているが、その様子がなんだか不愉快でならない。
男はそんな彼女の様子にとんと構わず、両手を広げて歓迎するかのようなそぶりでにこやかに語りかけてきた。
「どう言う意味さ」
「いやいやいや。でも凄いねー、今の武器。新製品? 見た事ないけど」
「え!? ああ、そうだね。 この肘の所のアンカージャッキがパンチ力を強化して、腕力の無い人でも相当な威力が出せるんだよ」
「へ、へえ…」
「私は殴るのが得意だからこれなんだけど、足技の方が得意って人には足用もあるよ。 この武器、元ネタもあるんだけど…」
「いや、いい・・・(;´Д`)」
元ネタとか多少気になる部分はあるものの、武器について語りだすと止まらなくなるコトネである。
これ以上しゃべらせるといつまでたっても本題に入れないため、男は強引に話題を切り替えることにした。

「なあ、君も今見ただろ?
 白昼堂々、過酷な冒険で弱った冒険者がハイウェイマンズギルドに拉致られようとしている光景を。
 まあ今この城下町じゃあ、ああ言うのが割りと頻繁にあるんだよ。
 だから、コトネちゃんみたいにそれなりよりもちょい上ぐらいの実力の冒険者じゃあ、すぐにああ言う目に遭っちゃうかもしれないぜえ」
「……帰る」
「ちょwww ここまで来ておいてそれはないだろ!」
とは言え自分の実力がプロに比べたら大した事が無いと言うことを自覚しているコトネであるから、
そんな話を聞いてこれからダンジョンに潜ろうなどとは、とてもでは無いが納得できない。
しかも目の前の男はそんな彼女を必死に引きとめようとしている。はっきり、裏があるとしか思えない怪しさで。
そしてその一方で言葉巧みにコトネを脅し、おだてて、会話の主導権を握り続ける。
「ただねえ。 この街でああ言う光景が割りと見られるのも、ある意味コトネちゃんのせいなんだよ?
 あいつらが使っている武器には、君のお店のロゴがしっかり入っているわけだし、おかげで今評判悪いよ〜〜、君」
「そ、そんなに…!?」

「ああ、けどコトネちゃんの作る武器って珍しくって凄いって評判だよな」
男は、脅しを交えながらも、コトネ自慢の武器を誉めてやるなどして自尊心をくすぐってやることも忘れなかった。
コトネも自分の作る武器が好きだから、優秀だと言われれば悪い気はしない。
そうしてペースを握りながら、ここが話の核心だとばかりに、やや強い口調を込めて次の言葉を放つ。
「だがそんな風にコツコツ高めた名声が、今一気に地に墜ちようとしているわけだ」
「!?」
「しかも君の店から売られた武器が悪く使われて罪の無い一般市民や、国のために立ち上がった冒険者の女性たちが酷い目に…なんと言う事・・・!」
「そ、そんな事言われても・・・」
それはあまりにも胡散臭い演技であるが、それでもこの言葉が的確にコトネの善人の部分にちくちくと訴えるには、十分な効果を発揮した。
詐欺の常套手段の一つに相手を異常な心理状態に陥れると言う物がある。
男は、まず彼女の預かり知らないところで悪い噂が流れていると煽り不安にさせた。
それから数日間は手を出さず、その不安な心理状態を煽った。
さらに目の前で街の現状を見せ付けてやり、その原因の一部が目の前の少女にあると煽る。
いつしかコトネは男の言葉から逃れられなくなっていた。
「そもそも君だってそう言う情況ってヤバイなーと思って、せめてささやかながらも証拠を隠滅するために店を臨時休業してここまで来たんだろ?」
「い、隠滅って…!」
「なあコトネちゃん? 聞いてる? 今更帰るってどうなのかな〜〜。特に“人として”って俺は思うね。今君に求められているのは自己犠牲!
 悪人たちを退治して、冒険者の皆さんや街のみんなのお役に立つ精神。
 同じ冒険者仲間のピンチがあれば、自らを犠牲にしてでも立ち向かう勇気なんだよ!!」
「…おっちゃん、胡散臭い」
「な!?」

だが、そうは言ったものの、どうしても今の言葉が頭から離れない。どうしたら良いのだろうと悩んでしまう。
そんなコトネを見ながら男はさらに言葉を続けた。
「て言うか今気付いたんだけどさ。 私普段おっちゃんのことは“おっちゃん”としか呼んでないよね。 おっちゃんの名前、なんて言うの?」
「(今更かよ!! ちょっと傷つくなオイ) 
 お、おう。俺はオニヘイって言うんだよ。 一応贔屓の客なんだから覚えてくれよ」
「アハハw ゴメンゴメン」
「てかどうするんだよ? やるの? やらないの?」
やや強い口調で迫るオニヘイ。既にコトネの心は決まっているように見えるが、それでもここが肝心だとばかりに結論を促す。
こうやって急がせる事で冷静な判断力を奪い、そうして自分の望む答えをコトネ自身の口から吐き出させてやるのだ。
「ほれ? いいのかい悩んでいても?」
「そ、そだね…私が…自分でなんとかするべきなの…かも…うん、きっとそうだよ」
「(かかった!!)」
「????」
オニヘイは、きょとんとした表情で見つめ返すコトネに思わず年甲斐もなくどきっとしたが、ここが肝心と慌てて思い直すと、
もう一息だと親切に今回のクエストへの登録方法を案内して、最後の一押しを行なってやった。
「うん、ありがとおっちゃん。 まあ実際潜るかどうかはともかく、様子見だけはしてくるよ」

ついにコトネは騙されていることに気付かないまま、クエストへの参加を決意した。
そうして、まだ少し納得はしていないようだが、にこっと笑いながら駆け足で酒場へと向かう。
走っていく後ろ姿を見送るオニヘイは、ここまでくればもう引き返さないだろう。まずは上手くいったと胸をなでおろした。

実はこの男は兼ねてよりククルミク王国の貴族たちとも懇意にしており、そのコネから竜神の迷宮に挑んだ際に
ハイウェイマンズギルドにさらわれた女性冒険者たちは、やがては性奴隷として売り払われることもあると言う事を知っていた。
この国のために戦う者も少なくないであろうと言うのに、国の豪商や娼館、そして貴族の一部はそんな女性冒険者たちを性奴隷として購入している。
それを初めて知った時はさすがにどうなのだろう・・・と考えたのだが、すぐにこれは上手く利用すれば自分にとっても美味しい話と気付く。
そしてハイウェイマンズギルドや各地のならず者どもに、冒険者ギルドの管理人と言う立場を通じて接触した彼は、
非合法な仕事で得た莫大な財産を後ろ盾に、表向きは善人の顔をしつつも、その裏で彼らが調教した性奴隷を売り払う奴隷商人の顔を手に入れた。

そんなオニヘイが最近目をつけたのが優秀な武器職人であり、武器屋のコトネだった。
実はコトネの店の武器をハイウェイマンズギルドに横流ししているのはこの男。
コトネの悪い噂を流させたのもこの男。
全ては自分のためだ。
(さて、上手く行けば新しい性奴隷と新しい商売のルートを確保出来ることになるわけだけが…)

オニヘイはコトネを手に入れ、今度はさらに武器商人としてのルートも確保したいと考えている。
しかし商売に関しては堅実なコトネを正攻法で攻略するのは難しく、実力で挑むことも無謀。
そんな時に今回のワイズマン討伐のクエストが持ち上がり、これを好機と考えると、即座にこのクエストに強制的に参加をさせて、
捕獲、性奴隷とした後に奴隷と武器屋。両方面としての彼女を手に入れようと企んだ。
(ま、コトネちゃんをあそこまで追い込んでやれば、例えばパーティの味方がピンチの時率先して盾になろうとかはするだろうし…)
計画自体に問題は無い…と思う。ただし例えば凄く強い連中と組むことになって、捕獲に手間取るようなことがあったなら…

実は、練りに練ったこの計画における一番の不安要素がそこなのだが、さらに捕まえて、陵辱して、完全に堕ちたと思っても、まだ油断出来ない。
勿論失敗したら自分は破滅するだろう。
しかしその一方でそれぐらいのリスクは仕方が無いとも考えてしまうのがオニヘイであり、とにもかくにも発動した計画の推移を見守ることにするのだった。

オニヘイにとってコトネは自分のデッキに組みこんだ1枚のカードである。
しかし、デッキの中でそのカードがどのような役割を果たすことになるのかは、カード次第。
そのカードをどう使いこなすのかは使い手次第。

こうして1枚のカードとしての役割を与えられたコトネは、罠が張り巡らされている竜神の迷宮に挑むことになる。