「るぉぉぉぉん!」

『龍神の迷宮』第8層。
数にものを言わせて襲い掛かってくるハイウェイマンズギルドのならず者達を撃退しているのは、剣や魔法だけではなかった。

『エルフのウルフ』

先日、あるエルフから譲られたこの子…、ウェルフはいまや私達のPTにとって無くてはならない存在となっていた。

「お疲れ様、ウェルフ」

タンがならず者の返り血で濡れた身体を拭うと、ウェルフは気持ちよさげに鳴いていた。
他のPTでも同じだが、私達のPTでもならず者に襲われる可能性が高いのは間違いなく後衛タイプのタンだ。
圧倒的な物量を投入してくるハイウェイマンズギルドの為に、私達前衛がならず者を推し留めきれない。
そして…、体力が低い後衛が襲われ拉致されるという事件は何度もおこっていた。
正直な所、私達でも危うい所はあったのだが…。
私達のPTにウェルフが加わってから状況は大きく変った。
ウェルフがタンの護衛についていてくれる為に、タンの負担がぐっとへったのだ。
それだけではない。
狼特有の鋭敏な知覚は、今まで何個もの罠を発見したり、待ち伏せをしていたはずのならず者を察知したりしているのだ。

「ウェルフがこの周囲は安全だって言っている」
「そうですか。 では、もう少し進んだら休憩しましょうか。 彼らの様子も見なくてはなりませんし」

タンの言葉にリエッタは頷き、私達の背後を見る。
そこに『彼ら』はいた。

『ライオットトルーパー』

先日迷宮で見つけた魔法人形部隊。
魔物との戦いでは役に立たないが、ならず者達ならば十二分に力を発揮してくれている。
彼らの操作を行っているのが私、なのだが……。

「うん。 多分大丈夫だとは思うけど、念の為に動力周りのチェックをしておきたいから。」
「そうか。 しかし…、キルケーが魔法人形に造詣があるとはな。 一体、どこで学んだのだ?」

黒曜の言葉は最もだ。
私はここでは、ただの魔法戦士『キルケー』にすぎない。
だが…、私には皆に隠している事がある。
西方大陸が誇るスティアート帝国。
そのスティアート帝国でも有数の家柄を持つ貴族であるアンブレラ家の長女、キルケー=クロウン=アンブレラ。
それが私のもう一つの名前だ。
そして、アンブレラ家が帝国有数の貴族たる最大の理由が7体のゴーレム。
1000年前の魔導大戦にて建造されたという強力無比にして一騎当千たる鉄巨人。
アンブレラ家の長女である私は、彼らを操る魔眼”操錠の魔眼”を持って生まれた。
そうは言うものの『あいつ』曰く私の魔眼はかつての魔眼と較べると大分力を落としてしまっているらしく、実際私も7体の内の1体しか操る事が出来ないわけだが。
まあ、とにかくそういう縁があって、私は魔法人形に関してはそれなりの知識を有している。
とはいえそんな事を今更言えるはずもなく…。

「ん、昔にちょっとね。」

と、こんな風に曖昧な返事をすることしか出来なかった。
この冒険が終わったら…。
皆がそれぞれの道へと戻る時になったら、本当の事を話すことが出来るのだろうか。

「キルケーが何を知っていてもキルケーだよ。」
「そうですね。 キルケーは魔法人形の事を知っている。 これで十分じゃないですか。」
「それもそうだったな。」
「………ありがと、タン、リエッタ、黒曜。」

私の雰囲気を察したのか、皆がそう声をかけてきてくれる。
本当に、私は良いPTを組む事が出来たと思う。

「わぅ!」
「ごめんね、ウェルフにも心配かけちゃったかな。」

そうだ。
今の私達にはウェルフもいる。
ライオットトルーパー達もいる。
多分……、いや間違いなく龍神の迷宮の中で最も恵まれたPTだろう。
そこまで考えて……、ふと、気がついた。
ウェルフは特にタンに懐いている。
タンもウェルフの事を仲間だと思って大切にしている。
私はライオットトルーパー達が居る。
”操錠の魔眼”を持っているからか、どうも他の人よりも彼らの動きがいいらしい。
と…、いうことは、だ。
黒曜とリエッタにも特に近しい仲間ができてもおかしくはないんだろうか。

黒曜は……。
迷宮の各所で出てくる忍者達が偶然仲間になってもおかしくはなさそうだ。
……なんとなく、こう、うっかりな性格の忍者が出てきそうな気がする。

リエッタは……。
どうなのだろうか。
風神デュラに仕える、との事だが、あいにく私はデュラという神様の事を知らない。
だから何となく、風の精霊が彼女の隣に立っているのが相応しいように思えて。

「……っ!?」

思わず噴出してしまった。

「あ、あのキルケー? 一体何が……?」
「……ごめん。 なんでもないから……。」

私の奇行に恐る恐るリエッタが聞いてくるが、今の私は何とか言葉を返すのが精一杯だった。
何せ……。
彼女の隣に立つ風の精霊のイメージが、何故か、『褌』姿の珍妙な姿だったから。
私だって何故だと叫びたい。
叫びたいが、叫んでも理解されることは無いだろう。
だから私は一人で煩悶し続ける他無かった。
…………もしかすれば、彼女の性格が「さっぱり」しているからなのだろうか。

何とかその場は納めたが、何時までも何時までもその妙なイメージは頭を離れる事は無く……、その日の夢は風が吹く谷で、珍妙な風の精霊が褌を風にさらしている、という悪夢だったと記しておく。

ちなみに。
次の日になって悪夢は一つの疑問に変った。

リエッタの下着って、もしかすると…もしかするんじゃないだろうか。
第五層の地底湖を渡る為にリエッタの装備を全て骸骨に渡す事はあったのだが、そのときには悪いと思ってほとんど彼女の姿を見ていなかったのだ。
地上に戻ったら、確かめてみようと思う。
うん。 女の子同士の洗いっこだ。
それにかこつければ何の問題も無い。

この冒険が終わってしまうまで後数日。
だがその後の事も私はようやく考え始める事が出来ていた。



〜了〜